戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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シンフォギア世界において、夢は重要なファクターとして死者の想いを伝える事があります。
それは何故なのか?へのレゾナンスなりの答え。
彼女が語るのは、その一端のお話です。


第十八話 見開きのブービートラップ

━━━━ふと、誰かに名前を呼ばれた気がした。

 

「翼?つーばーさー?いい加減起きないと頬つねっちゃうぞ?」

 

「ん……?奏……?」

 

「そうだぞー、放課後一緒に買い物する約束をしたのに、目の前で気持ちよくお昼寝されて暇な奏さんだぞー。」

 

「えぇっ!?」

 

その言葉に思わず飛び跳ねそうになる。

奏と買い物の約束なんてしただろうか?いや、そもそも今の奏は━━━━

 

そこまで思考を回した所で、目の前の彼女をようやく認識する。

 

「奏……?」

 

そこに居たのは、学生服に身を包んだ少女だった。

 

━━━━紛れもなく、五体満足な(・・・・・)天羽奏だった。

 

「……どうしたのさ翼?いきなり立ち上がったと思えば、人の顔見て固まって?それとも、アタシの顔になにか付いてたりするのか?」

 

「あぁ、いえ、そうじゃなくて……ごめんなさい。起き抜けで混乱していたみたい。」

 

あぁ、そうだった。

彼女は天羽奏、共にトップアイドルを目指してユニット『ツヴァイウイング』を組んでいる私のパートナーだ。

 

━━━━ほんとうに?

 

「そっか。んじゃ行こうぜ?レッスンも無い完全なオフとか最近少なくなったんだし、今日くらいはパーッと遊び倒そうじゃないか!!」

 

「ふふっ、うん。わかった。奏と一緒だと思うと、ただの買い物でもワクワクするね。」

 

「……ぷっ、ふふっ、あはははは!!どうしたのさ翼!!今日は大分テンション高いね?」

 

……そうだろうか?私としては私が思った事を述べただけなのだが。

 

━━━━だって、こんな光景はありえない。

 

「むぅ……人が乗り気になったのに、そんな風に笑うなんて……奏は意地悪だ。」

 

「ごめんごめん。それじゃ、行こうか翼。」

 

「……えぇ。」

 

━━━━そして、場面は移り変わる。楽しかったという想いだけを遺して、詳細な場面など無いままに遊び倒した、という事実だけが心に齎される。

 

「はー!!遊んだ遊んだ!!翼はそろそろ門限だよな?」

 

「えぇ……父様も、そういう所は厳しいから。」

 

━━━━そう。父様は厳しい方だ。けれど、それはこういった方面の話では無かった。

 

「……奏。一つだけ、訊いてもいい?

 ━━━━天津共鳴、という名前に心当たりは、ある?」

 

その質問を口にするのは勇気が必要な事だった。

 

━━━━邯鄲枕の夢、というお話がある。

曰く、ある欲深い若者が道士の基を訪れ、薦められた枕を使った所、波乱万丈ながらも満ち足りた一生を送る事となった。

けれど、目が覚めればそれは粥が沸きあがらぬ程の一瞬の夢だったという。

 

この世界には奏が居て、ノイズと戦う使命も無く。それ故か、父様とも共に暮らしているという。

あまりにも理想的な世界。けれど、大事な物が欠けている。

どちらが夢なのか。どちらが現実なのか。

それが分からないが故に、この問いを発したのだ。

 

「……誰だ?それ?翼の知り合い?」

 

━━━━そして、返答は、この世界には決定的な物が欠けているという事の証明だった。

 

「ええ……私の、私の大事な人よ。

 ━━━━こんな救われた世界に、それでも居ない人。

 地獄だと分かりながらも、諦めるという事を諦めた、とても……とても格好いい人。」

 

「……そっか。ゴメンな。忘れちゃって。今日の翼がいつもと違った……ううん、今の翼だけが違ったの、そういう理由だったんだ。」

 

奏は優しい。こんな、傍から見れば妄言に過ぎない言葉を、それでもしっかりと受け入れてくれる。

私に意地悪だけど、私に優しい奏だ。

 

「ううん……奏は悪くないの。コレは多分、私が見た夢。私も見て見たかった何でもない日常なのだもの。」

 

何も無かった胸元に、しゃらん、と音を立ててアメノハバキリのペンダントが現れる。

きっと、そういう事だったのだろう。

 

「だから……出て来るがいい!!何者かは知らぬが、私の微睡みに浅沓(あさぐつ)で入り込むとは良い度胸だ!!」

 

━━━━そう叫んだ瞬間、視界が白に染まる。否、世界が白一色に変わったのだ。

 

『ごめんなさい。貴方を謀るつもりは無かったの。』

 

白一色の地平へと変わった世界で、先ほどまで奏だった何者かはそう語る。

その言葉に嘘は無いのだろう。あの世界には悪意は無かった。

 

━━━━だが、それだけだ。悪意は無くとも、今の私にとっては千の憎悪よりなお怒れる理由となりうる世界だ、コレ(・・)は。

 

「一体何が目的だ?私に夢想でも見せて優しく心を手折ろうとでも?」

 

夢の世界だからだろう。いつの間にか纏っていたギアから剣を取り出し、突きつける。

夢に干渉するなど聴いた事の無い技術であり、彼の者が私を害さんとすれば為す術も無いと分かっている。だがそれでも、

━━━━共鳴くんの居ない世界など、到底許容できる物では無い!!

 

『目的……目的は、あるわ。貴方にこの先待ち受ける可能性(・・・)を見せる事。

 ……この世界は、シンフォギアシステムが存在しなかった世界。彼については、何もしていないわ。』

 

「可能性……?何を言っている……それに、シンフォギアシステムが存在しない世界だと?

 ……それでは道理が通らぬでは無いか!!ならば何故、シンフォギアシステムとは関係せずともいい筈の共鳴が存在しない!?」

 

『今はまだ、語れる事象はこれしかない。確定させれば、彼もろともこの世界が崩壊してもおかしくはない。IF(もしも)を語る並行世界理論も完璧なものでは無いのだから。

 ……けれど、彼が居なくなる事を悲しいと思うのなら、どうか彼を離さないで。』

 

ふと、気づく。この声は、共鳴を蔑ろにはしていないと。むしろその逆だ。

 

「……いいだろう。今はその言葉を信じておく。だが、言われずとも彼の手を離す気など毛頭ない。それだけは覚えておけ。何者かは知らんがな。」

 

『私は……ううん、私達(・・)は、ソーマ。永劫にして永遠故に、もはやこの世界の何処にも存在しないモノ。今は、それでいい。』

 

その言葉と共に、白一色だった視界が黒く染まってゆく。恐らく、目覚めるのだろう。

ソーマと名乗った存在もまた、いずこかへと去ってゆく感覚がする。

 

━━━━だが、彼の者は一体何者なのだろうか?何故、共鳴くんを特別視するのだろうか?

 

解けてゆく意識の中、その問いだけが心に引っかかっていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ん?」

 

今日もまた、何をするでもなく眠り続ける翼を見ているとふと、その眼が開いた。

 

「……かな、で?」

 

「そうだぞー、お前さんが起きるまで付いていた奏さんだぞー?」

 

「……ふふっ、いつもの奏だ。私にいじわるで……けど優しい……」

 

「……どうした?」

 

翼の問いかけに応えると。彼女は何故か微笑を浮かべた。

 

「ん……皆勤賞、逃しちゃったなって。二年前……奏に言われたでしょ?真面目が過ぎるって……けど、私もコレで、不真面目さんの仲間入りだな。って。」

 

「……そっか。じゃあ今度は不真面目の先輩であるアタシがまた、色々教えてやるよ。」

 

「ふふふ……お手柔らかにお願いします。」

 

あぁ、なんだかんだ最近は取れていなかったが、翼と二人だけの時間というのもいいものだな。アタシはそう思いつつ、翼を預ける為にナースコールを押すのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「たぁいへん長らくお待たせしましたぁ!!」

 

入室と同時に司令室に響く声に、皆して安堵の息を零す。

 

「了子くん!!」

 

「なぁによぉ、そんなに寂しくさせちゃった?」

 

「……広木防衛大臣が暗殺された。」

 

「えぇっ!?ホント!?」

 

そう言ってメインモニター前へ駆け寄る了子さん。

どうやら怪我は無いようだと安心する。

 

「複数の革命グループから犯行声明が出されているが……」

 

「……犯行声明を出しているグループはどこも実戦力に欠けるところばかりです。十中八九、陽動でしょうね。二年前と同じく、米国の特殊部隊の仕業という線が濃厚かと。」

 

「詳細は目下捜査中だ……とにかく、了子くんが無事でよかった。」

 

「連絡も取れないからみんな心配してたんですよ!!」

 

「えっ?」

 

その言葉を聴いて、ポケットから携帯端末を取り出して操作しだす了子さん。

 

「……壊れちゃってるみたい。」

 

「はぁ……」

 

その言葉に、思わず毒気を抜かれる響。

だが、俺はその言葉にどうしても引っかかる物を感じていた。

二課の端末は、自衛隊などでも使われている耐衝撃性の高い質実剛健な物だ。

その分、内部機能はそこまで充実していないし、ネットワーク面での脆弱性が指摘されてはいるものの、了子さんがそんな初歩的なウィルスを踏むワケも無いだろう。

 

━━━━それが、この絶妙なタイミングで壊れて、了子さんとの連絡が途絶えた?

 

小父さんへと視線を向ければ、険しい顔。そして、了子さんに気づかれぬ程度に頷かれた。泳がせておけ、という事だろう。

腹芸は苦手だが、響にこんな汚れ仕事をさせるワケにもいかないと気を引き締める。

 

「でも、心配してくれてありがと響ちゃん。そして……」

 

そんな俺達に気づいてか気づかずか、そう言って了子さんは持っていたアタッシュケースを開く。中に収まっていたのは、データチップ。

 

「政府から受領した機密指令は無事よ。任務の遂行こそ、広木防衛大臣への弔いよ。

 大がかりな作戦になるから、大会議室の利用を要請するわ。鳴弥ちゃんは?」

 

「彼女には別件で動いてもらっている。なんであれば呼び戻すが……」

 

「……いえ、じゃあ相槌役は弦十郎くんに頼むとしましょう。先に資料を閲覧してもらっても?」

 

「了解した。」

 

……なんにせよ、今は受領した機密指令の開示を待つしか無いだろう。

米国の狙いがこの機密指令であれば、狙われた理由もまたこの指令の中にあるだろう。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「私立リディアン音楽院、即ち特異災害対策機動部二課本部を中心に異常発生しているノイズの存在から、政府はその狙いを二課本部の深奥━━━━アビスに保管されている完全聖遺物サクリストD、即ちデュランダルの強奪であると結論付けました。」

 

「デュランダル……って言うとこの前話題に挙がった……」

 

了子くんの言葉に、響くんが反応する。

 

「えぇ。EU連合が異端技術を巡る暗闘によって連鎖的超規模財政破綻する際に、一部不良債権の肩代わりとして譲渡、そして保管している、日本政府所有の数少ない完全聖遺物の一つよ。」

 

「……しかし、移送するって言ったってどこに?ここ以上の防衛システムなんて日本中探しても松代の風鳴機関本部や、深淵の竜宮(たまてばこ)くらいしか存在しない筈では?」

 

藤尭が言うのも尤もな意見である。現状、米国と思しき黒幕の干渉を全て弾いている二課本部からの移送。明らかにリスキーだ。

だが━━━━

 

「移送先は永田町地下の特別電算室。通称・記憶の遺跡だ。あそこならば、設計者の古金瑠璃(ふるかねるり)氏でも無ければハッキングは不可能。奪われる心配も無いって算段さ。

 ……どのみち、俺達も木っ端役人である以上、お上の意向には逆らえん。」

 

そう自嘲しながら発言を締める。

 

「デュランダルの移送予定時刻は明朝五時。詳細はこのデータメモリーに記載されています。」

 

━━━━この作戦を巡る思惑の数は多い。それらが揃って賽へと干渉する中、振って出る目は鬼か、それとも……

了子くんを見ながら、思う。願わくば、信じた想いが否定されぬ事を。

そして、鳴弥くんに託した『最後の希望』を抜かずに済む事を願いながら。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━というワケなんだ。流石に、この厳戒態勢の中で夜歩きさせるのも忍びないし、明日は土曜だろ?だから、このまま俺の小父さんの屋敷に泊めてもらおうと思ってさ。』

 

結局、修行の為にと一日お休みをもらった響は帰ってこなかった。なんでも、防衛大臣の暗殺事件があったそうで、テロリストを捜索する為の厳戒態勢が敷かれているのだそうだ。

確かに、今日の夕方のニュースはその事件で一色だったし、遠くに聴こえるパトカーの音もひっきりなし。これでは確かに、お兄ちゃんが響の一人帰りなど承知しないのも当然だろう。

 

「そっか……うん。じゃあ、響のお泊りセットだけ私が準備しておく。」

 

『ゴメンな……未来も、万が一は無いと思うけど気を付けて。学園側に事情は話してあるから、今日は俺が寮のロビーまで行くよ。そこで待ってて。』

 

「わかった……お兄ちゃんも、気を付けてね?」

 

『あぁ、絶対無事で帰ってくる。約束だ。』

 

「……うん。」

 

そうして、通話は切れる。

……どうしてだろう。前なら無条件で信じられたはずのお兄ちゃんとの約束が、少しだけ信じられないのは。

たった一回、仕方なしに約束を破っただけなのに

 

「……やめやめ。響のお泊りセットの準備しなきゃ!!」

 

そう言って、響のお泊りセットを準備しに掛かる。

━━━━それは、もしかしたら私なりの誤魔化しだったのかも知れない。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

司令室のメインモニターに映るのは、メカメカしい機械が、錆びた剣のような物が入ったカプセルを運び出す映像。

 

「あそこが、アビスですか?」

 

「えぇ、そうよ。地下1800m。東京スカイタワー三つ分の地下にある極秘ブロック。あそこには色々と厳重な保管が必要な物が収められてるのよ。」

 

そうして、機械が剣をエレベーターへと搬入した辺りで了子さんが私に声を掛けてきた。

 

「はい。じゃあ、響ちゃんは予定時刻までゆっくり休んでちょうだい?貴方のお仕事はそれからよ。確か、共鳴くんが根回ししておいてくれたんだっけ?」

 

「あ、はい。未来にも学園の方にもやっておくからって……」

 

お兄ちゃんが司令室に入ってきたのは、その時だった。

 

「お、ここに居たのか。はい、響のお泊りセット。

 ……未来にも、心配かけちゃったな。」

 

「うん……」

 

お兄ちゃんが渡してくれたお泊りセットはちゃんと整頓されていて、未来の気持ちが伝わってくる。

 

「……とりあえず、部屋まで案内するよ。なんか飲みたいのあったら言えよ?途中で休憩所寄ってくけど、それ以外の購買とかは無いんだから。」

 

「……うん、わかった。」

 

そうやって本部内を歩くお兄ちゃんと私の間に会話は無かった。隣で顔を窺えばしかめ面。

きっと、何か難しい事を考えているのだろう。

 

「……ゆっくり眠れないかも。」

 

「かもな……じゃあ、そういうのも考えてホットミルクにしておくか?」

 

「あ、それいいかも!!ってアレ?誰か新聞置きっぱなしだ……なんか気晴らしになるような記事でも無いかなー。」

 

「あ、ちょ!?それスポーツ新聞……」

 

「ひっ!?」

 

ワーオ!!

新聞をめくった途端に現れた下着姿のおねーさん。それを見て脳内を駆け巡るのはそんな擬音。テレビでよく聞くアレだ。

 

━━━━そういえば、お母さんがお父さんが買ってくるスポーツ新聞の二面辺りが過激だって文句を言っているのを聴いた事がある……!!

 

慌てて顔を逸らせば、そこに見えるのは、顔を抑えてやれやれと言った風情のお兄ちゃんの姿。

 

「お、男の人って、こういうのとか、スケベ本とか好きだよね……お、お兄ちゃんもこういう胸がおっきい人す、好きなんでしょ!?」

 

待て私。何を言っているのか。

今の空気でそれをブッ込むのは流石に空気が読めてないとかそういう物では無いのだろうかー!?

 

「いや、まて。何故そうなる。いや、否定は出来ないんだがちょっと待て……って、あ。」

 

私の勢いに中てられたのか、口を滑らせるお兄ちゃん。

……それが、なんだかみょーに腹立たしくて頬を膨らませてしまう。

 

「……ふーん。お兄ちゃんも、了子さんみたいなナイスバデーには悩殺されちゃうんだね。」

 

「いや、待て。弁明の機会を要求する。というかそこで明確に名前を出されると余計言い訳しないといけなくなるだろ!?」

 

「弁明が必要って事はやっぱり思ってるって事じゃん!!お兄ちゃんもやっぱりあのメロン級のお山に心奪われちゃったんだ!!」

 

「いやまて!!セクハラ染みるから流石にそれを大声で言うのは止めてくれ!!というか、俺としては響や未来のサイズを意識していないワケでも無いが、ただ幼馴染をそういう目で見たら不義理になると思ってだな……あ。」

 

本日二回目となるお兄ちゃんの自爆発言に、私の顔が真っ赤になってしまっている自覚がある。

えーっと、つまり今の発言は、私や未来の胸をそう言った目線で見た事がある。という趣旨でよろしいのだろうか。

いや。私も自分から振った通り、男の人はこういった物が好きであるのだから胸に惹かれるというのはある程度は納得出来るし、お兄ちゃんからの視線を感じた事が一切無かったかというとそうでもないのだが、

それでもやはり、恥ずかしい。

 

━━━━でも同時に、お兄ちゃんが私を女の子として意識してくれているのが、ちょっぴり嬉しい。と、そう思ってしまったのはなんとか隠し通さなければならない。

……この気持ちを知られたら、きっとこの心地いい距離感が変わってしまう。

 

「……すいません!!」

 

そんな風に慌てふためく私に対して、自爆に気づいたお兄ちゃんの行動は素早かった。私から少し距離を取りつつのバック土下座。美しい程のフォームで繰り出されたその技にビックリして少し落ち着いた。

 

「えーっと……あっ。」

 

なにか、この状況を変える切り札は無いかと見渡せば、目についたのはスポーツ新聞の芸能面。そこに踊るのは、翼さんが過労で入院したという見出しだ。

 

「こほん。失礼、情報操作も、ボクの役目でして。」

 

「お、緒川さん!?」

 

「ッ!?い、いつからそこに!?」

 

「えーっと、すいません。響さんの叫びがちらと聴こえたので、せっかくだからと来たんですが……なにか、あったんですか?」

 

……間違いなく、内容も聴こえていただろうにこうやって流してくれる緒川さんは凄く出来た人だな。と思いながら、折角なので私とお兄ちゃんはその助け舟に全力で乗る事にしたのだった。

 

「あ、いえ。なんでもないですよ。あは、あはははは……」

 

「え、えぇ。何も無かったですよ。は、ははは……」

 

「……そうですか。ところで翼さんですが、目が覚めたそうですよ。今は、奏さんが傍に付いています。」

 

「本当ですか!?」

 

「……よかった。」

 

その朗報に、ホッとする私とお兄ちゃん。

二週間も目を覚まさなくて心配していたのだ。

 

「ただ、体力の落ち具合やリハーサルの準備不足からして、検査が終わって退院できたとしても、出撃やライブは難しいでしょう。

 ……そこでなんですが響さんや共鳴くんに、ファンの皆さんにどうやって謝るべきかを一緒に考えてもらおうかと思いまして。」

 

その言葉に、お兄ちゃんの顔が曇るのが分かる。

私も、似たような想いだ。

あの時力があれば、あの時もうちょっと強ければ。そう思うのは仕方のない事だろう。

 

「……ごめんなさい。責めるつもりでは無いんです。ただ、響さんには前にも言った通り、何事もたくさんの人が少しずつバックアップしているんです。

 だから共鳴くん。キミはもう少し、肩の力を抜いてもいいと思いますよ?」

 

「……見抜かれてますか。」

 

「二年間の付き合いですから。」

 

緒川さんのさりげないやさしさに、気を遣われているのだな、と思う。だから私は殊更明るく、漫才みたいにお兄ちゃんに話を振る。

 

「お兄ちゃんはすーぐ自分のせいだって背負っちゃうもんねー。ありがとうございます、緒川さんは優しいんですね。」

 

「んなッ!?それを言うなら響だってそうだろ!?」

 

「ええー?そんな事無いよー?」

 

「ふふっ、その息の合いようなら大丈夫そうですね。それじゃ、ボクはコレで。明日の作戦、頑張ってくださいね。」

 

「はいッ!!」

 

「……ありがとうございます。」

 

そう言って、緒川さんは風のように去って行った。

 

「……お兄ちゃん。私、必ず帰ってくるから。この事件全部終わったら、もう一回話し合おう?それまでは保留って事で。」

 

私も、お兄ちゃんも、誰かから支えられている。だから、私とお兄ちゃんの関係は、支えてくれる皆にお返しをしてからだ。

 

「……わかった。それまでに弁明を考えさせてもらう。明日、頑張れよ。」

 

━━━━お兄ちゃんのレゾナンスギアは未だ完成していない。アメノツムギも了子さんの基で研究中の今、お兄ちゃんはこの作戦において何も出来る事が無い。

 

だから、私がお兄ちゃんの分まで頑張るのだ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

朝五時、朝日が昇る中、四台の黒い車と、了子さんのピンクの車が整列していた。後方のヘリポートには、前線指揮用のヘリコプター。

 

「防衛大臣暗殺実行犯の逮捕を名目に検問を配備!!記憶の遺跡まで一気に駆け抜ける!!」

 

「名付けて、天下の往来独り占め作戦!!」

 

「輸送に時間を掛ければかける程、ノイズによる一般市民への被害の可能性が増える。だからその前に最短距離を突っ走る……流石ですね、了子さん。」

 

ネフシュタンの少女の狙いがデュランダルであるのなら、ノイズの襲撃は避けられない。

であるのなら、一般戦力による警護はむしろ足枷となりかねない。

故に、装甲車を排しての一般車両による電撃作戦。なるほど合理的である。

 

「それほどでもあるけどぉ……ふっふっふ、後はまぁ、おねーさんのドラテクにお任せあれ!!」

 

「……なんか、急に不安になってきたんですが。」

 

「ハッハッハ、了子くんの運転は荒っぽいぞ?」

 

「えぇー!?それを今言うんですか!?私、これからその車に乗るんですけど!?」

 

「……響。ちゃんとシートベルト、しておけよ。」

 

「はい……」

 

「……ごめんなさいね、共鳴くん。レゾナンスギアの改造が間に合わなくなってしまって……」

 

「いえ。レゾナンスギアの改造は確かに急務ですが、仮に今あったとしても俺はまだ扱える状態じゃありませんから……響の事、よろしくお願いします。」

 

「……えぇ。よろしく頼まれたわ。」

 

今回、俺に出来る事はもはや、何もない。

思わず握りそうになる拳を傷つけぬよう耐えながら、朝焼けの中出発する車列を見送る。

 

……司令室へと、戻らねば。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

リディアン音楽院から永田町へと抜ける最短ルートは、湾岸地区に最近出来たばかりの大橋を渡る事となる。

通常の輸送であれば真っ先に避けるべき遮蔽物が無いエリアだが、こと今回に関してはむしろ逆にその遮蔽物こそが最大の敵となる。

なにせ、ノイズは『物質を透過する』のだ。であれば、最短ルートかつ見渡しも良いこの橋を通るのは最適解であろう。

 

「……と言っても!!足元から橋ごと潰してくるのは想定外だったわね、もう!!響ちゃん、しっかり掴まっててねー……こっから、更にギア上げてっちゃうんだから!!」

 

橋を崩された事で護衛の一台が落下してしまった。橋こそ抜けたものの、既に此方の動向も、目的も捕捉されている。

であれば……

 

『敵襲だ!!まだ確認できていないが……人力にしては豪快が過ぎる!!恐らくノイズだ!!』

 

「想定より早く展開しちゃってるかもだわね……」

 

瞬間、後ろを走る護衛車両が、下から吹きあがった水柱で吹っ飛ぶ。

 

「ひぃっ!?」

 

「地下!?」

 

『そうか、下水道か!!あの大橋にも緊急時用パイプラインとして下部に通路が備え付けてあった!!上では無く下からの攻撃とは……難しいだろうが、なんとかマンホールを避けてくれ!!』

 

「この速度帯で無茶言うわね!!でもやっちゃう!!」

 

マンホールの位置を確認しながら、加速した車を手足の如く操る。

だが、先行していた護衛車両がマンホールの上を通ってしまい、またも吹っ飛ばされる。コースはこちらへの直撃……!!

 

「ぶ、ぶつかる!?」

 

「ふっ!!」

 

車線を変えてコレを回避する。ドラテクには自信があるが、未だ永田町までの道は半ばにすら達していない。

 

「弦十郎くん……コレは、ちょっとヤバイんじゃない?この先の薬品工場で爆発・誘爆でもしたら、さしものデュランダルと言えどその性質を喪っている今の状態じゃ……」

 

『分かっている!!だが、先ほどから護衛車両のみを狙い撃ちしているのは、爆発によるデュランダルの損壊を恐れているからだろう!!制御されているが故の弊害だ!!コレを逆手に取る!!』

 

「逆手に取る!?まさか……」

 

『狙いがデュランダルで、それを壊したくないってんなら、逆に危険地帯へ誘い込んでやればいい!!』

 

デュランダル。伝承に謳われし不滅の剣。だが、千年近くの時を経た今ではその不滅の性質も機能してはいない。とはいえ聖遺物自体の耐久力もかなりの物ではあるのだが、流石に地形が変わりかねない爆発の前には敵わないだろう。

だが、このように先史文明の技術を破壊力という点では既に上回っている現代科学の危険性を逆用するというそのアイデア。

危険だが、乗る価値はあるだろうか。

 

「勝算は?」

 

『思いつきを数字で語れるものかよッ!!』

 

「でしょうね!!弦十郎くんらしいッ!!」

 

勝算があるかどうかは分からない。だが、それ以外の逆転の一手も無い以上、乗るしかないという事だ━━━━!!

 

 

 

そうして薬品工場へと入り込んだ瞬間、ノイズの動きが変わったのが分かった。

マンホール直上を狙わずに出現して、護衛車両を上から封じ込める動きになったのだ。

危険を察知して諜報班の諸君も脱出出来ている。

 

「狙い通りですね!!」

 

そう言って笑う響ちゃんは可愛らしいのだが、この薬品工場……足元の舗装が、悪いッ!!

 

「ゴメン響ちゃん、制御出来なくなっちゃった。口閉じて衝撃に備えて!!」

 

「わわわわわ!?」

 

『南無三!!』

 

ひっくり返る私の愛車。ローン残ってたんだけど経費で落ちるかしら?なーんて場違いな思考まで芽生えるが、まずは対処だ。

 

「いたた……大丈夫?響ちゃん。」

 

「大丈夫です!!……けど、コレ重……い!!」

 

強い子だ。ひっくり返ってもなお、任務の為にデュランダルを確保しようと動いている。

 

「だったら、いっそ此処に置いてって逃げちゃうっていうのはどう?」

 

「そんなのダメです!!」

 

「そりゃそうよね……さ、逃げるわよ!!」

 

けれど、そんな私達を嘲笑うかのように愛車へと殺到するノイズ達。そして、爆発。

近くにあったタンクを巻き込んだらしく、黒煙がモクモクと上がっている。

 

━━━━コレは好都合。クリスがやり過ぎたせいで私がどうやって被害を逃れた事にするかに困っていたのだ。コレならば多少暴れても問題無かろう。

 

『チィッ!!爆煙で見通せん!!了子くん、響くん、無事か!!』

 

そんな弦十郎くんからの通信を遠目に聴きながら、殺到するノイズの第二陣を見据える。

 

━━━━先史の巫女を前に、ノイズ風情が幾ら束になろうと無意味だと教えてやろう。

 

「了子……さん?」

 

響ちゃんが髪留めと眼鏡が吹っ飛んでしまった私を見てビックリしているのが分かる。さてまぁ、どうやって誤魔化した物かとも思うが、まぁ彼女ならばみだりに言いふらしたりはしないだろう。

 

「しょうがないわねぇ……あなたのやりたいこと、やりたいようにやってみなさい!!」

 

だから、掛けるのは発破の声。

 

「……はい!!私、歌います!!」

 

Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

そうして、戦場に歌が広がる。

ふふふ……そうよ。戦いなさい。そして、デュランダルと共に私の手に墜ちてくるの。

 

━━━━融合症例第一号・立花響




目覚める黄金に笑みを深める女。
目覚めさせた少女に畏怖を感じる少女。
きっと初めから擦れ違って居た二人の距離は縮まる事はなく。
傷つき、疲れはてた少女の魂はいまだ安らぎを知らず。

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