戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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9月7日 設定ミスによる描写の食い違いを修正


第零章 始動(プレリュード)
第一話 始まりのレゾナンス


静かな霊園にぽつぽつと降り出した雨はにわかに勢いを増して来ている。

そんな霊園の、ノイズ被害が増えてからありふれる程になった名前の無い墓標を前にして、一人の少女が座り込んで泣いている。

雨に濡れる事など考える余裕も無く泣きじゃくる彼女――――小日向未来(こひなたみく)に対し、俺は何も口に出せる言葉を持たず、彼女に傘をさしてやる事しか出来なかった。

 

 

――――俺は結局、未来との約束を護る事が出来なかったのだから。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

俺――――天津共鳴(あまつともなり)の家系は防人(さきもり)の末であるという。

天津家はその証である家伝の宝物たる糸『天紡(アメノツムギ)』を使った格闘術を用いて異国から押し寄せるあらゆる怪異を討ち祓い、日本という国の護国を成す影の守護者――――で、あった。

 

だが、俺の父である天津共行(あまつともゆき)はそれに異を唱えた。

 

すなわち、『今や日本だけを世界の総てと語る事能わず。世界の守護無くして日本無し。防人とはもはや国家利益を護るだけの存在にあらず』と。

 

日本の影を総べるという一族のトップに対してそう咆えた天津家は不興を買い見事に防衛関連の仕事から干され追い出され、

さりとて『天神・菅原道真の末』という重要な血統であるが故に武力行使によって排除する事も出来ず、父の国連直轄の特殊部隊への入隊を期に『国連とのパイプ役』として半ば取り残される形での沙汰を下される事になった。

当時の俺はまだ小学生であり、細かい経緯などは後から聞いただけの話だが、父の迷いない叫びと、その後の国連との手早い契約からして、今になって思えば最初から計算づくでの行動だったのだろう。

護る為に闘うのだと、その為に護るべき物を見つけなければいけないと、俺に伝えてくれた、偉大な父だった。

 

 

――――そんな父は、最期には腕だけになって帰ってきた。

 

 

俺が高校に入学したばかりのある日、祖父から告げられたその言葉を俺はにわかに信じる事はできなかった。

父から天津式糸闘術を学んでいた俺にとって父は超えるべき壁であり、同時に未だ倒す事すら敵わない越えられない壁でもあったからだ。

そんな父が、特殊部隊として任務に臨んでいたとはいえ死んでしまったなど、当時の俺には全く受け入れられる物では無かったのだ。

 

だがそれでも、遺体すら無い葬儀や四十九日と月日は巡り、引退していた祖父から鍛えて貰う事で一応の精神的安定を得た俺は、父の跡を継ぐ為に、そしてその死の真相を知る為に闘おうと、そう決めたのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「えーっ!!そんなぁ……急に来れなくなったって……うん、わかった。未来の分もお兄ちゃんと一緒に楽しんで来るから!!」

 

だが、俺にとっての救いは父を継ぐという誓いだけでは無かった。悲しみを乗り越えられた理由の一つに、共に居てくれる幼馴染の少女達が居た事は間違いないだろうと胸を張ってそう言える。

立花響(たちばなひびき)と小日向未来は俺の三つ下だったが、家が近かった事もあり歳の差や性別の違いを超えた絆で結ばれていると、そう胸を張って言える。

そして、今日はそんな幼馴染の妹分達と人気ユニット『ツヴァイウイング』のライブを見に来たのだったが……

 

「未来、やっぱり来れないって?」

 

「うん……親戚の人が怪我をしちゃったから、急に実家に行かなきゃいけないんだって……だけど!!その分お兄ちゃんと一緒に楽しんで来てって未来からも託されたからね!!だから、ちゃんと楽しんで未来に感想を伝えてあげようよ!!」

 

「ははは、そうだな。未来が来れなかった事を悔しがる程今日のライブを楽しんでやろうな」

 

俺より頭一つ程低い響の頭を撫でてやりながらそう返す。そう、未来は急に用事が入って来れなくなったというのだ。勿体ない話ではあるが、さりとて身内の無事を心配する事、その重大さも俺はよくわかっている。

だから、俺は特に気にする事も無く、鼻歌混じりにツヴァイウイングの曲らしき歌を歌う響を微笑ましく見守る事を未来への土産話としようとしたのだった。

 

 

――――その裏で、誰にも知られず進んでいた陰謀に気づくことなど無く。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

数多くの人が並んでいた待機列を共に抜け、会場の指定された席に辿り着く。運よく響と未来と連番の席を確保出来たのはとても運がよかった。

 

「うわぁ……!!」

 

「これだけ多くの人がいるとはな……流石人気爆発のトップアイドルって感じだ……」

 

「うん!!すっごい熱気!!」

 

どこもかしこも、会場内は人、人、人で埋め尽くされていた。ざっと見渡して数万を超える人が、このライブで歌を聴くために集まっているのだという事を示していた。

 

「……凄いなぁ」

 

その光景に圧倒される。それは間違いなく、人が持つ熱意、熱気、そういった前向きな物がこの空間を彩っているのが自分の肌で感じられたからだ。

きっと、この光景は美しい物だと。それを、護るべき物だと強く心に刻んで俺はライブの開始を待つ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――――そして、その時は訪れる。

会場に鳴り響くイントロダクションの音色、それはフリューゲルの前奏なのだと、興奮気味に隣に座る――――いや、既に会場の熱気に充てられて立っていた響が教えてくれた。

その前奏に合わせて空中に投影される無数の羽々と、それに混ざりながらステージに降り立つ歌姫。

 

俺は、そこに天女を見たような錯覚を覚えた。

 

ペンライトを折り光らせてテンション高くエールに混ざる響を他所に、俺は呆けたように二人の歌姫を見つめていた。

赤い少女と、青い少女。羽を象った衣装に包まれた彼女達に、一瞬で心奪われたのだ。

 

――――だが、同時に違和感を感じた。

それは歌を歌う少女達では無く、俺自身の問題。

使う事は無かろうとも、護る為にと念のため服の中に潜ませていた糸、『天紡(アメノツムギ)』が、震えていたのだ。

それはまるで彼女達の歌に共鳴するかのように、彼女達の歌を待ち望んでいたかのように、少しずつその震えを増してゆく。

 

こんな現象は初めてだった。響と未来に連れられてカラオケでさんざツヴァイウイングの曲を聴かされた事もあったが、その時にもこんな事は起きなかったのだから。

なにか、彼女達の歌声は違うのだろうか?だとか、このまま震えが大きくなってライブを楽しむ周りのお客の迷惑になってしまったりはしないだろうか?などと、天女に心奪われ、熱に浮かされた頭でぼんやりと考える。

 

ライブ会場が変形するという大仕掛けを前にしてもそれはさして変わらず、天紡の震えが一定よりも強まらない事を確認出来てからは一層、俺はツヴァイウイングの歌に聞き惚れていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――――そんな心地よい熱狂と嬌声は、一瞬にして狂乱と悲鳴へと変わった。

 

始まりはライブ会場中央で起きた爆発だった。そして、悲鳴。

瞬間、頭を切り替える。

会場警備は警備員の仕事だろうと気を抜いてしまっていたか?いや、会場そのものの警備には問題は無かった事は待機列がスムーズだった事で確認出来ている。ならば、この爆発は?

自問に自答を返しながら周囲を見渡す。避難路の確保と要人――――この場合は何よりも響である。の状態を確認し、爆発の状態もまた同時に確認する。未だ正式な仕事は受けていないが、元々天津家は要人警護において活躍する家系だったのだから、コレくらいは前提として叩き込まれている。爆発こそ警戒すべきだが、急な避難に巻き込まれず響を逃がしてやるくらいは真っ先に行い、余裕があれば自体鎮圧を手助けするかなどと事態を静観していた。

 

 

――――その余裕が、絶望を捉えるまでは。

 

「ノイズだァァァァ!!」

 

中心付近にいた観客の叫びと、事態を捉えていた俺の眼と、果たしてどちらが先だったのか。それは分からない。

だが、その叫びが引き金となり、ライブ会場に満ちていた熱気が最悪な物へと変質していくのが肌で感じ取れた。だから、覚悟を決めた俺は隣で立ち竦む響にこう告げた。

 

「響。落ち着いて。よく聴くんだ。コレからこの会場は混乱で溢れかえる。真っ先に逃げたいと思うかも知れない。けれど急いで自分だけが逃げ出したいというのは誰しもが思う事なんだ。だからゆっくりと、けど着実にあっちにある正しい避難路に行くんだ。いいね?」

 

「え?え?お兄ちゃん……言ってる意味、全然分からないよ……それになんで自分は逃げないみたいな言い方するの……?私と一緒に逃げようよ……怖いよ……」

 

妹分が不安に思っている事も、勿論分かる。一緒に逃げる事が、俺の命を護る上での安全策だという事も、また分かっている。

 

――――それでも。と思う俺の脳裏に浮かぶのは、在りし日の父との稽古の記憶。

特定特異災害――――ノイズと呼ばれるその存在は、出逢う確率こそ低いが、要人警護その他あらゆる場面で『有り得ないけど有り得るかも知れない』不測要素として数えるべき物だと、父から教わった。

ノイズは災害と名に着く通り、そうそう現われはしない。だが、通り魔に逢うよりも低い確率だからと言ってそれへの対処法を考えすらしないのは慢心であり不足である、と。

 

 

そして、ノイズに対して警護者が留意すべき特性は主に三つ。

一つ目はノイズが持つ『対象と自身を炭化せしめる』能力。これによりノイズは究極の攻勢兵器としての強みを持つのだと父は語った。炭化した存在は、もはや判別も不可能なほどの粒子となる。――――人の尊厳を、死者への想いすらも全て踏みにじる最悪の兵器であり、触れられればもはや救う術がないという厄介極まる能力。

 

二つ目もまたノイズが持つ『位相差障壁』という能力。コレは本来機密事項だと言うが、警護を万全とする為にと父から教えて貰った物だ。一般的には『ノイズには物理的な攻撃が効かない』と認識されているソレは、ノイズが『この世界とは半ばズレた場所』に居る為に起きる物であるという。一応、攻撃の際には此方と接触する為にその身を晒すが、晒されたノイズの躰に触れれば炭化してしまう、という事を考えればカウンター戦法も非合理的。これらの要素から、ノイズの物理的な排除は考えるべきではない、というのが上層部の判断であるらしい。

 

そして三つ目。ノイズへの対処法を考える上でもっとも重要であり、もっとも厄介な特性である『ノイズは同質量の物体を炭化させるか、一定時間が経つ事による自壊を待つ必要がある』という物。これにより、物理的排除が不可能なノイズへの対処法は『誰かを犠牲にする』か『ノイズが自壊するまで逃げ続ける』事である。と父は纏めていた。

 

『勿論、誰かを犠牲にするなど本来は此方からも願い下げではあるが、警護任務という我が家の責務の重さを想えば、より多くの人を救える力を持つ重役を護る事が最優先される。

……だが、お前はまだそうではない。だから、警護の場以外であれば、まずは逃げろ。その上で安全な範囲で人々を護れ。取りこぼす人々の中にお前や、お前が護りたい人が含まれれば、必ず後悔をもたらすからだ』

 

そんな、不器用ながら心配を口にしてくれた父との想い出は、かえって俺を意固地にしていた。

俺に何も言わないまま、何一つ遺さずに逝ってしまった父。取りこぼされる誰かの中に、任務だからかは知らないが混じってしまった父。

 

「……御免。けど響。俺は戦わなくちゃならないんだ。取りこぼされてた人が遺した人の無念を知ってしまったからさ。だから、キミだけは逃げてくれ。頼む。」

 

その言葉が父と同じ趣旨の事を言っている自覚はあった。けれど、『立花響はただの少女(・・・・・・・・・)』なのだ。だから、どうか。喪われないでくれと、祈るように頼んだのだ

 

「そんな……やだよぉ……一緒に逃げようよぉ……」

 

「響は泣き虫だなぁ。大丈夫。俺も下のアリーナ席の人達を逃がしたら真っ先に逃げる。約束するよ。だから、慌てずに、一人で逃げるんだよ?」

 

その返答を待たずに、俺はノイズから逃げ出そうと避難路を急ぐ人々の上を飛び越え、二階席の手すりを乗り越えてさらなる地獄へと飛び降りる。その背に、俺を呼ぶ響の悲痛な叫びを聴きながら。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

アリーナ席は、控え目に言ったとしても、地獄と化していた。ノイズに襲われ炭化する人、他人を押しのけてでも助かりたいと暴力を振るう人、そして、そんな理不尽と暴力に晒されて泣き叫ぶ、護る力無き弱き人々。

そんな中を逆走して走った。幸か不幸か、その避難の流れをさかのぼる俺の逆走を止める勇気ある人は混じっては居なかった。それを嬉しく思うと同時に、全員がパニックに陥っている事を改めて痛感する。

 

「護らなければ……」

 

どうやって?ノイズに物理攻撃は効かない、盾すらも壁すらも人間以外は意味を為さず、人間だけを殺す存在だというのに?

知識はその想いに冷や水を掛け続ける。逃げてしまえと叫んでいる。

 

――――だが、止まるワケにはいかないのだ。一人でも護れるのなら、この命もさして惜しくはない。

 

そんな心を後押しするのは、やはり震え続ける天紡の存在だった。ノイズが現れた一瞬、歌が止んだ瞬間こそその震えは止まっていたが、今やライブの時よりも尚激しく震えているこの宝物。詳しくはわからないが、その力が俺を後押ししていると、そう思った。

全能感と言えるほどではない。きっと、最後の一押し程度の震えだが、俺が前に進むには十二分に過ぎる後押しだった。

 

 

 

「いや!!死にたくない……死にたくないっ!!」

 

 

だが、現実は非情だった。逆走する最中、人々に混じってしまったために天紡を伸ばせないまま、目の前で一人、また一人とノイズに追い付かれる人々を目の当たりにさせられる。

それでも!!と叫びを挙げる、だからこそ!!と千々にちぎれそうな思いを繋ぐ。

 

 

――――そうして、俺は人の濁流を抜け、戦いのステージに上がったのだ。

 

 

急速に開ける視界の中、前方より迫るノイズたち。考えるよりも先に身体が動いていた。避ければまだ後ろに澱む人々が死ぬ。ならば、早速ではあるが奥の手である『水際での迎撃』を行うのみ――――!!

 

天紡をジャケットの内より展開する。使うのは一本。幾らノイズが攻撃時には物理干渉可能になるとはいえ、なまなかな攻撃では倒す事はできないだろう。であれば、使う本数を最小限に抑え、その打撃力を存分に高めるのみ。

そのために、足元に転がるステージの破片を使う。不幸中の幸いというべきか言わざるべきか、ノイズの襲撃によって空中ステージ部分と、そこに建っていたモニュメントが崩壊している為、手ごろな大きさ――――人の頭サイズの瓦礫には事欠かない。

それを天紡で絡め取り、即席のブラックジャックと成す。そして、破片を引きずる勢いのまま、天紡を抑える指先を中心として回転運動を始める。一回転、二回転。

 

ノイズが形状を変え、飛んでくる気配を見せる。棒のような姿は攻撃の予兆なのだと聴いている。

つまり、攻撃が来ると判断して回転数を上げる。

即席の盾はあるのだが、強度には些かどころでは無い不安がある。ノイズを受け止められねば後ろで逃げ惑う誰かが死に、最悪は自分にも当たって死ぬ。回転速度は十分とは言えず、そもそも『ノイズを攻撃した際に物理的接触から回転が減速する』だろう事を思えばあまりにも脆い盾である。

 

 

――――だが、その予想を裏切る光景が俺の前で起きた。

 

即席のブラックジャックと成したとはいえ、単なる糸で出来た筈のその円盾は『当たるだけでノイズを粉砕した』のだ。

 

ノイズが障子紙のように消し飛ばされていくのは全く以て予想外であったが、それは嬉しい誤算として次の攻撃に備える。

なにせノイズは未だ雲霞の如く在り、既に第二陣がスタンバイしているのだから。

 

「くっ……!!数が多い!!だがァっ!!」

 

声を挙げ、叫びを胸に、震える天紡を制御する。

 

第二陣、全て防げた。

さらにノイズが集まる。

第三陣、一匹が後ろに抜けてしまった。

背後で挙がる叫び声に傷む心を抑えて前を向き続け、咆哮を挙げる。ここで止まれば総てが水泡と帰すのだから

第四陣、今までに倍する数。とっさに全弾撃墜を諦める。被害を最小限に、そしてなによりも『自分が死なずに此処を護り続ける為』に回避行動を行う。

選んだのは空中横回転。銃弾による弾幕に対する防御姿勢として父から学んだ物だ。三匹、四匹のノイズが後ろに逸れる。挙がる悲鳴。だが後ろを見る事はできない。

 

悔しさに涙を流しそうになる。護れない自分の弱さを呪いたくなる。だが、ここで

終われば何の意味も無いのだ。と心を奮い立たせて立ち向かう。

 

 

――――そんな時に、再び天女にまみえた。

 

恐らく反対側のノイズを倒していたのであろう彼女達は、羽を模した衣装からメカニカルなスーツへと変身していた。だが、その眼は、そして今なお天紡を震わす歌は、紛れもなくステージで歌っていた彼女達――――ツヴァイウイングの二人だった。

 

「こんな所で何やってる!!下がれ!!死にたいのか!!」

 

その片割れ、赤い少女から声が飛ぶ。当然だ。ノイズに触れれば人は死ぬ。だから誰もが逃げ惑う。だが、俺はこの時点である種の確信を得ていた。

 

「すまん!!だがその歌!!君達の歌があればこの糸で俺はノイズに立ち向かえる!!だから心配よりもまずは歌ッてくれ!!」

 

確信、それは即ちノイズを障子紙の如く破った力、それを天紡に齎したのは彼女達の歌だという事。

 

「歌!?糸!?お前さん何を言って……」

 

「……待って、奏!!あの人は確か……」

 

青い少女が赤い少女となんらかのやり取りを交わしているが、それに気を逸らす余裕はなかった。話しながらもノイズを殲滅する彼女達だが、それでも漏れてきたノイズ――――即ち、第五陣が俺に殺到してきたからだ。

数を減らされたノイズたちは天紡で作った即席の盾をすり抜ける事も出来ず粉砕される。その光景を見て俺の言葉に多少納得したのか、赤い少女が先ほどよりは抑えた声音で此方へ語ってくる。

 

「倒せるってのは嘘じゃねぇようだな……だが、それでも下がれ!!避難準備がもうすぐ完了する筈だ!!コッチはアンタと違ってノイズから攻撃を受けても何ともないんだから、後はコッチに任せろ!!」

 

少女の言は本当だろう。と確信を持って言えた。なにせ、彼女達の戦い方は俺より洗練されているし、なによりも『捨て身の行動では無い』事が端々から感じられた。

ノイズと戦うのは専門家らしき彼女達に任せて、俺は避難誘導に行こうと、防御から撤退へと移ろうとしたその時。

 

――――視界に、絶望的な状況が写った。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

立花響は逃げていなかった。いや、逃げられなかった。ノイズが怖いというのもある。避難経路が人でごった返していてとても近づける状況では無かったというのも確かにある。だが、なによりも兄貴分である共鳴が心配だったのだ。

 

「お兄ちゃん!!」

 

何度も叫んだ。兄と呼ぶほどに親しい三つ上の少年が、父を失っても立ち直った憧れの存在が、自らの命を盾にして人々を護ろうとするのを遠巻きに見る度に。

奇跡的にも(・・・・・)』その総てを共鳴は凌いだ。そして、そこにツヴァイウイングの二人がやってきた。響にはよくわからないが、二人は共鳴よりも安全にノイズを倒せるようだった。

 

そして、ほっと一息をついた瞬間、立花響は落下していた。モニュメント倒壊によって強度が落ちていた外縁部分が耐えきれず落ちてしまったのだ。

一瞬の浮遊感と、そして全身を苛む痛み。

立花響の今までの『ごく一般的な人生(・・・・・・・・)』では味わった事の無い痛み。だが、立花響は強かった。それに負けずに立ち上がった。

――――だが、それまでだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

二階席からアリーナ席へと落ちていた響へとノイズが殺到するのを見て、俺はひどく後悔した。

――――やはり、響と一緒に逃げるべきだったのでは?

頭の中にこだまする罪悪感を天紡を振るうと共に振り払い、俺はノイズの群れを突っ切ってでも響の基に向かおうと駆けた。

 

――――そんな俺を追い越していく、赤い少女が居た。

槍を持つ少女は俺を追い越し、響とノイズの間に立ちふさがり、その猛威を防ぐ。

だが、先ほどまでと違い、彼女の余裕が削れているように見えたのは、俺の錯覚だろうか?

いや、違う。実際に精細を欠いているのだ。その証拠に彼女ですら時折ノイズをはじき返すのが遅れてその装甲を剥がされている。

 

曲がりなりにも、俺が天紡で成したように円と成した盾でノイズの突撃が防がれているのを見て、俺はとっさに目標地点を変える。場所は赤い少女と響の間。

そこで体を広げて天紡を盾とする。

赤い少女がもし取りこぼしたノイズや、破片があったとしても俺が天紡で拾い上げる二重の盾。

――――これなら行ける。

そう確信した俺は後ろの響へ声を掛ける。

 

「響!!今のうちに早く逃げろ!!」

 

「でも!!」

 

「だからこそだ!!お前が無事なら俺はためらいなく戦える!!……お兄ちゃんを信じろ!!」

 

「……わかった!!」

 

――――だが、それは最悪の状況を産む行動だった。

 

致命的な状況に陥った条件は三つ、

一つは、赤い少女の動きが精細を欠いていた事。これは致し方の無い事であり、むしろ耐えてくれているだけ上等だったのだ。高望みはしない。

二つは、響に声を掛ける事に集中して天紡の回転がおろそかになっていた事。二重の盾を謳いながらも、俺の力不足によってその状況は起きてしまった

三つは、単純に運悪く、『響が逃げようとした場所に欠片が突き刺さった』事。

 

――――そうして、壁に真っ赤な花が咲いた

 

 

 

思考が停止する。天紡の回転が止まる。戦わなければダメだと頭は理解していても、心がポッキリと折れていた。

 

「響ィィィィィィィィ!!」

 

自分が叫んだのだと、気づいたのは駆けだしてからだった。護りたかった日常、笑顔で居て欲しかった少女。それが、目の前で崩れ落ち、滑り落ちて行く事に、俺は耐えきれなかった。

 

 

――――あぁ、父が言っていた事は、本当はこういう意味でもあったのか。と遅まきな納得が諦念の中に混じる。

抱き上げた響の血が止まらない。護衛の為に応急処置も習っているからわかる。コレは致命傷だと。心臓の近く、恐らく大動脈に破片が突き刺さっている。取り除く事は不可能だし、むしろ突き抜けていないからこそ響は即死しなかったのだと理解してしまう。

 

「オイ!!死ぬな!!――――『生きる事を諦めるな(・・・・・・・・・)!!』」

 

赤い少女の叫びが聴こえるのか聴こえるのか、焦点が定まっていなかった響の眼に光が戻る。それを見逃さずに上着を脱ぎ棄て、下に着こんでいたシャツを天紡で切りとって即席の包帯として止血を行う。四肢であれば圧迫などの方法で出血を抑えられた筈だが、ここまで身体の中心部に近くてはそれも行えない。血に染まるシャツを見ながらも考える。救急隊に今すぐ見せなければ響は死ぬ。コレは間違いない。

だが、この状況で今すぐに救急隊は近寄れるか?答えはノーだ。救急隊含め、救助活動は二次被害を抑えるためにノイズの活動限界を待つ筈だ。それでは到底、響の命を保てない。

 

「……見せてやるよ。絶唱を」

 

――――そこで、赤い少女が動いた。言葉に宿る決意からして、切り札を切るのだろう、と推測出来た。だが……

 

「奏!?それを使ってはダメェ!!」

 

青い少女はそれを止めた。即ち導き出される結論は、――――捨て身。

天紡もまたそれを証明するかのように強く、強く震えていた。彼女の歌に呼応するかのように。

 

「……響、もうちょっとだけ、待っててくれ。すぐに彼女を助けて、救急隊を呼んで、お前を助けてもらうから……だから……!!」

 

醜い言い訳だ、と自嘲する。誰かを護りたいと無謀にも立ち向かったのは俺で、響が残る事を考慮しなかったのも俺で、響を護れなかったのもまた俺だというのに。

だが、ここで折れてしまえば、俺は二度と立ち上がれないと心が叫んでいる。響も助けて、赤い少女も助ける!!そんな夢物語を為さねばならぬと、みっともなくも叫んでいる!!

だから俺は響を壁に立て掛けてから立ち上がり、再び少女達の戦場へと飛び込んだ。

 

           ━━━━絶唱・高く奏でる明日の調べ━━━━

 

その歌が、どういう意味を持つのかは、全く分からなかった。だが、その一小節毎に強く震えだす天紡から状況を予測する。

間違いなく、暴走だ。それも、精細を欠いている今の状況では決死となる一撃だ。

共鳴するかのように鳴る天紡ですら俺の腕を食いちぎらんばかりに震えるそれの、発振源ともなればいかなる物か。想像もつかないエネルギーを放出しようとしている。

だが、それをどうする?どうすればいい?どうすれば反動で散るだろう彼女を助けられる?

わからない。あの歌の特性がわからない。わからない物は、理解出来ないモノは、どうすればいいのかがわからない!!

 

『わからないから諦めるのか?』

 

ふと、そんな声が聴こえた気がした。考えるまでも無く答えは否。伝わるかは分からないが声の主に否を突きつける。

 

『フッ、それでこそ我が契約者だ。ではヒントをやろう。その反動は確かにまともに受け止めればあの女を殺すだろう。――――だが、その反動をどこかに移せれば?』

 

どうやら、声の主には意思がちゃんと伝わったらしい。そして、貰ったヒントを基に考えて、気づく。

天紡だ。

天紡は歌に共鳴している。厳密に言えば空気を伝わる共鳴というのは音そのものを移す物ではないが、そこはそれ、物理的な力を及ぼす程の歌なのだから、『共鳴している方が負担を受け持つ』なんて事も出来るのでは無いか?

一縷の望みに総てを託し、膨れ上がるエネルギーに触れる。瞬間、天紡が暴れ始めた。

俺の腕を切り裂こうとする程の振動の暴力。腕ごと引きちぎられるかと思う程の暴れ馬になった天紡を、それでも気合いと、父から習った手癖で持って押しとどめる。

 

 

 

 

 

 

 

――――そうして、歌と共に膨れ上がった光が晴れた。

そこには赤い少女と、ズタズタに引き裂かれた俺が転がっていた。エンジンに巻き込まれたかと思う程のエネルギーは俺の両腕を粉砕し、それでも尚空へとそのエネルギーを逃がして、ようやく消え去った。

既にノイズは居ない。光に巻き込まれたノイズは悉くが炭に帰ったからだ。

赤い少女もまた満身創痍ではあるものの、一応は生きているようだった。たとえ『その四肢の大半が炭と化していようとも』

 

「……ガッハ……」

血反吐を吐く。生きているのが不思議なほどだ。というか何故死ななかったのか。間違いなくあの謎の声のアドバイスのお陰だ。通じるかは分からないが、頭の中で謎の声に『ありがとう』という感謝の意を述べて、赤い少女を抱きかかえて泣きじゃくる青い少女を見て、最後に後ろを振り返って響がまだ生きている事を確認して――――俺の意識は闇へと落ちていった。


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