戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第十九話 黄金のアウェイキング

胸から溢れる歌を、今こそ歌う。

ガングニール、無双の一振りだと言うその力。

未だ使いこなせているなんては言えないけれど、それでも、目の前の人を助ける為にその力を貸して欲しい!!

 

「こんなにホラ、あった……かいッ!?」

 

突撃してくるノイズをステップで避ける。けれど、足元に設置されていたパイプにヒールが挟まって転んでしまう。

そういえば、今まではただパワーに任せて爪先で踏み出す事が多かったから気づかなかったけれど、ガングニールのまるでロボットみたいな装甲に覆われた脚部は数cmもある高いヒールが付いている形をしていた。

けれど、今の私が師匠から教わったスタイルはそうではない。勁を徹す為の踏み込み、反動を受け流す為の突っ張り、そして踵落とし(ネリョ・チャギ)を入れる為の振り下ろし。

あらゆる動作において、素足が前提となっている。例外として、サバットやジークンドーでは靴の運用も前提だが、それにしたってこんな高いヒールでは無い。だから━━━━

 

「ヒールが邪魔だッ!!」

 

踏み込みの要領でヒールを砕く。ごめんなさい。とガングニールに謝る思考も一瞬。

腕を構え、呼吸を整える。周囲を囲むは無数のノイズ。以前までならただ怯えて逃げ回るしか出来なかっただろう。

だが、今は違う。考えるのは『どのノイズが真っ先に襲ってくるか』と『どのノイズから倒すべきか』のその二つ。

 

映画で学んだ事なのだが、こんな風に多勢で囲まれたとしても『一度に襲ってくる数』というのは実の所多くはない。

それは味方への配慮といった例も多いが、ノイズの場合は些か事情が違う。

ノイズは機械的に人間を襲うが為に『同士討ち』をけして行わないのだ。細く槍状に変化しての面制圧も、ノイズが横一列となっている局面でしか使用されない。と師匠やお兄ちゃんは言っていた。

 

「せいッ!!」

 

だからこそ、そのセオリー通りに正面から突撃してくる、私よりもサイズの大きいイソギンチャクかウミウシみたいなノイズに正拳を叩き込む。

地を砕く踏み込みの力を、身体の中を徹して拳へ載せて、イソギンチャクノイズを砕く。

イソギンチャクノイズが射線を塞ぎ、他のノイズは私を狙う事は出来ない。今までのように逃げ回って居れば集中砲火を受けていただろう。

死中に活を求め、虎穴へと自ら飛び込む。お兄ちゃんのレゾナンスギアのように中距離・遠距離攻撃を持たない今の私には、その戦術がピタリと嵌っていた。

 

「フッ……ハッ!!」

 

槍状の面制圧が出来ない以上、ノイズの取れる攻撃手段は一体ずつの突撃か、腕を使った攻撃となる。

そうやって攻撃してきた人型ノイズの腕を掴み、背中を使って投げ上げる。空中への追い討ちはかけず、落ちてくる所を狙って正拳で吹き飛ばす。

空中は射線が通りやすい為危険性が高い。地上であれば前後左右のいずれか数方向にノイズが居れば問題無いが、空中では文字通りどこからでもノイズが襲ってくるのだから。

 

━━━━私は、私らしく強くありたい。

 

フォニックゲインを固着させて範囲攻撃が出来る翼さんやお兄ちゃんに比べれば、殲滅速度は格段に劣る。だが、私が取れる地道で安全な戦法こそが、コレだったのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「アイツ……戦えるようになっているのか……ッ!?」

 

目の前でフィーネ━━━━向こうでは櫻井了子と名乗っているらしい。彼女を護りながらノイズを手堅く殲滅するアイツ━━━━ガングニールのシンフォギアを纏う少女の動き。二週間前までとは全く違うその動きに驚愕する。

二週間前までのアイツのマヌケな姿はフィーネからの情報で見ていた。

その情報通りであれば、アイツはただの甘ちゃんであり、ノイズの大群で脅しつければケツをまくって逃げ出すだろう……あたしはそう考えていた。

 

━━━━だというのに、蓋を開けてみればどうだ。

 

あの拳は、あの脚は、一撃毎にキレを増し、一体毎に倒す速度を上げていくその姿は。どう見ても、二週間前のトリモチに捕まった哀れな姿とは繋がらない。

 

「……たった半月で、化けやがったってでも……!?」

 

こんなのは、あり得ない速度での成長だ。確かに、シンフォギアというブツは、業腹ながら装者の歌によって無限のエネルギーを産む。実際、あたしが見るにアイツの放つフォニックゲインは二週間前とはダンチだ。

 

━━━━だが、あの強さの理由はそれだけではない。

 

名コーチでも居たって言うのか?戦場(いくさば)に立つ覚悟すら定まっていなかったズブの素人が、いつのまにやら御立派な戦士と化していやがる……!!

 

「認めねぇ……認めるものかよ……ッ!!」

 

ネフシュタンを振るい、獲物を追い立てながら、思う。

 

━━━━狩るのは、このあたしだ!!雪音クリスだ!!

 

振るわれたネフシュタンを避ける反射は中々のモンだが、ジャンプが高すぎる。あめェ!!

 

「今日こそ……テメェをモノにしてやらぁ!!」

 

「くぅっ!?」

 

引き戻しを利用した跳び蹴りをぶち込む。コイツさえ……コイツとデュランダルとさえ揃えば、フィーネはあたしを褒めてくれる!!フィーネの計画の基で人類は『呪い(・・)』から解き放たれ、世界は平和になるんだ!!

 

━━━━黄金が目を覚ましたのは、その瞬間の事だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

あぁ、全く使えない駒だこと。

クリスに対して冷たい想いを抱きながらも、それをけして表に出さぬように戦況の推移を見守る。

戦況は未だ完全聖遺物が二つ、という圧倒的なアドバンテージを持つクリスがノイズを召喚し続けて優位に立っている。

 

━━━━しかし、立花響がこれほどまでに成長しているとは。

 

弦十郎くんの基で本格的な修行を始めたとは聞いていたが、予想外のファクターに驚愕が隠せない。まさか、あんなトンチキ修行で瞬く間に強くなれる人類が彼以外にも存在するだなんて。

……ハッキリと言ってしまえば、私の計画にとって立花響の価値とは即ち、融合症例というただ一点のみであった。

 

━━━━聖遺物と人体の融合、融合症例。それは即ち、聖遺物の莫大なエネルギーを『使いこなす』という事と同じである。

 

半万年もの放浪によって補佐として使っていた、完全にして無敵であるはずの聖遺物の大半は喪われ、もはや四百年前のように『アダム(・・・)』を搦手にて封じ込める程度が限界となっていた私にとって、それは福音であった。

融合症例の謎を解き明かし、ネフシュタンとの完全な適合を果たせばもはや不安定なリインカーネーションに頼る必要も、『予備プラン』である米国のシンフォギア(ふかんぜんひん)に頼る必要もない!!

 

……だが、その前に立ちはだかるハードルは高い。

シンフォギア装者として彼女を護ると誓った風鳴翼、貴重な装者を護る為に表裏を問わず保護する二課。

そして、なによりもあの忌々しい天津の裔。奴等が居る以上、半端な策での誘拐では瞬く間に私が黒幕である事に気づき、そして打倒されてしまうだろう。

それが故に、そもそもは完全聖遺物起動の為の手駒として確保していたクリスにシンフォギアシステムだけでなく、ネフシュタンをも与えて彼女を誘拐せんと画策したのだ。

 

これまでの計画を振り返り、立花響の予期せぬ成長を計画へ組み込もうとする私の目の前で、更に予期せぬ出来事が起きる。

 

━━━━デュランダルを保管しているトランクケースのロックが、内圧の上昇によって強制解除されたのだ。

 

「……えっ?」

 

さしもの私も、この結果の前には一瞬思考が停止する。

 

「まさか……この反応は……ッ!?」

 

間違いない。デュランダルが目覚めかけている。

だが、それは計算が合わない。

確かに立花響は融合症例によってか、適合係数が鰻登りに上昇している。だが、それでも、二年前にネフシュタンを起動した時ですら装者二人のデュエットを必要としたのだ!!明らかに成長曲線が破綻している!!

クリスはネフシュタンを纏っているが故に、シンフォギアシステムとは異なりフォニックゲインを生成してはいない。つまり、立花響はただ一人の歌で以て完全聖遺物を起動させかけているのだ!!

 

……融合症例。それは、私が思っていた以上に素晴らしい物だったらしい。

計画の修正が必要だ。それも、かなり早期に、だ。

 

心中でそうほくそ笑む私の前で、デュランダルがトランクケースを突き破り、その姿を現す。

 

「覚醒か?それとも、起動に留まるか?」

 

「こいつが……デュランダル!!」

 

クリスがデュランダルを確保する為に剣へと迫る。余計な事を……だが、『完全聖遺物を同時に運用する場合』のデータも取れる。まぁ見逃してやろう。

などと、暢気していた私の予想を、またも覆す少女が居た。

 

━━━━その少女の名は、立花響。

 

「でぇぇぇい!!渡す……ものかァァァァ!!」

 

空中でクリスに追い付き、彼女を突き飛ばしながらデュランダルへと彼女が触れた、その瞬間。

 

「えっ……?」

 

━━━━世界が、一変した。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「う、うぅぅぅぅ……うあ、アアアアアアアア!!」

 

視界が、反転、する。

 

━━━━ローランよ、誉れ高き聖騎士(パラディン)たるお前にこそ、天使から託されしこの聖剣デュランダルを託そう。

 

それは、黄金だ。握った剣から溢れる黄金が視界を、いや、私の世界を埋め尽くす。

私が私でなくなるあの感覚。ダメだ。私はそうならない為に想いを握って……

そんな風に踏ん張ろうとする私の意識を押し流す、黄金の暴流。

 

━━━━ローラン!!ダメだ!!数が多すぎる!!やっぱ援軍を呼ぶべきだったって!!

 

だが、それは矛盾していた。私を浸食する黄金とは別に、私を包み込む暖かな想いがある。

春風は黄金を抑え込むように私を護ってくれる。だが、黄金が破格すぎて制御が出来ない。

 

━━━━ローラン……我が盟友。お前は、ただデュランダルだけで帰ってきたというのか……

 

歌が、聴こえる。それは、誰かの物語だ。と分かった。

春風の正体は、きっとコレだ。

あぁ、お兄ちゃんが言っていた気がする。

ローランの歌。誉れ高き聖騎士が最後まで戦い抜いたお話。

 

━━━━デュランダルをあの崖に突き立てよ。誉れ高きブリテンのアーサー王の如く、いつかあの剣を抜く者が現れるだろう。余は、それを待つ。そして、願わくば……デュランダルを抜きし者が、ローランの如き心根清き者である事を祈る。

 

ならば、この黄金は、デュランダルの力なのだろうか。

無限に溢れ、零れ落ち続けるも、尽きる事の無いこの黄金。

溢れに溢れて、私を塗りつぶすこの衝動。

 

「そんな力を……アタシに見せびらかすなッ!!」

 

「グル……?」

 

なんだ、今の音は?

その問いは、聴こえた声にでは無い。私の喉から零れた音の方にだ。

まるで、本能のまま咆え唸る獣のような、音。

 

それすらも黄金に呑まれる中で、視界に映るのは、大量に召喚されたノイズ達と、そして━━━━ネフシュタンの少女。

振り下ろせ、と黄金が叫ぶ。踏みとどまれ、と春風が謳う。

この黄金を振り下ろせば、彼女を倒せるだろう。倒してしまえと叫ぶ声がする。

……だが、それは、私の願いではない。

 

「グ、グルル……に、にげ、て……!!はや……く!!人に、振るいたくない!!こんな力を!!」

 

一瞬だけ、一瞬だけだったが、黄金を引き裂いて、春風が私の言葉を伝えさせてくれた。

だが、それすらも黄金に呑み込まれる。

ダメだ、それを振り下ろしてはいけない……!!

もはや、ネフシュタンの少女が逃げられたかもわからない。ノイズがさらに増えていた気もするが、それすらも判然としない。

 

薄れゆく意識の中で見えたのは、振り下ろされる黄金だけだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

思わずに、高笑いしそうになる口元を抑え、工場の爆発から立花響を護ってやる。義理というワケではないが、私の予想を上回ってくれた事への礼だ。

 

━━━━やはり、計画は変更せねばならんな。

 

改めてそう思索を巡らすが、それは計画の後退を意味する物では無い。

むしろ、逆だ。

クリスによるデュランダル起動には、ソロモンの杖の例からして最低でも半年は掛かるだろうと予想していた。その間、二課からの追求を躱すのは骨が折れると思ったが、彼女はそれを一瞬で終わらせてくれた。

加えて、未だ二課本部に近いここで起動してくれた事もまたありがたい。輸送は中止となり、二課本部に起動したデュランダルが収容される事となる。

砲身(カ・ディンギル)と、弾丸(デュランダル)がコレで揃った。後は引き金を引くだけだ。だが……

 

『了子くん!!響くん!!無事か!?』

 

「えぇ、私も、響ちゃんも無事よ。彼女が奮戦してくれたからか、制御されていたノイズ達は私を襲ってこなかったし……その間に、爆風から身を隠す事が出来たわ。」

 

『そうか……とにかく、二人共無事で良かった。ネフシュタンの少女は?』

 

「わからないけれど……デュランダルが振り抜かれる時には射線上に居た筈よ。すぐさま現れるとは、思えないわ。」

 

コレは本当。あの時、私に視線を送るだなんて迂闊を晒してくれたクリスだが、運よくデュランダルを握って暴走した響ちゃんがいい目くらましになってくれた。

しかし、驚いたのは彼女だ。まさか、完全聖遺物とシンフォギアの同時起動だけに飽き足らず、その上で一瞬とはいえデュランダルを制御せしめるなどとは。

 

『……やはり、デュランダルは起動してしまったか。』

 

「えぇ、それに……私の仮説も証明されたわね。やはり聖遺物の複数同時起動は危険よ。出力に振り回されて碌に制御も出来ず……結果はご覧の通り。響ちゃんが悪いワケじゃない。ただ、人の手には余る。という事ね……」

 

━━━━そう、人の手には余る力。だからこそ、この私に相応しい。

 

『……あぁ、そうだな。では、後始末の為に諜報班を向かわせる。了子くんは……』

 

「簡易的な診察はしたけど、響ちゃんが目を覚ますまでは当然此処に居るわ。大丈夫よ。初撃でフッとんじゃったから二次爆発も無さそうだし。」

 

『了解した……では、了子くん。響くんのこと、頼んだぞ。』

 

……本当に、喰えない男だ。

風鳴弦十郎。通称……日本の最終兵器。

(フィーネ)の計画における最大にして最強の障害であり……彼の助力が無ければカ・ディンギルの建造すら立ち行かなかっただろう欠かせない協力者でもある。

全く、ただ拳を握るのが得意なだけか、或いは公安仕込みの捜査が得意なだけの人間であればどれだけ御しやすかった事か。

弦十郎くんはそのどちらでもあり、どちらでも無いのだから全く以てタチが悪い。

 

━━━━恐らく、私が何かを企んでいる事には薄々気づいているだろう。だというのに、それでも私を櫻井了子として扱う、不思議な男だ。

 

 

 

「ん……あれ……?私……」

 

「あら、起きた?響ちゃん。」

 

「了子さん!!あの……私、さっき……それに、了子さんも……!!」

 

「んー?いいじゃないの、そんなこと。二人共助かったんだし。ね?」

 

あからさまな誤魔化しだ。だが、それでも彼女は踏み込んでこないだろう。それは優しさか、それとも処世術か……まぁ、いずれにしろ此方としては嬉しい限りだ。

 

「……この、惨状は……」

 

「……貴方の歌声で起動した完全聖遺物、デュランダルの力よ。」

 

「……私、わたし……こんな事の為に拳を握ったワケじゃないのに……」

 

そんな、少女の甘ったれた言の葉は、風に乗って解けて、消えた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はぁ……」

 

土曜の昼下がりの病院、ゆったりと流れる時間の中に似つかわしくないその重苦しい溜息は、彼がどれほどに責任を背負(しょい)いこんでいるのかを感じさせる。

 

「なーに暗い顔してんだよ、トモ?」

 

「ッ!?……奏さん。あぁ、いえ。今日の輸送の件について……デュランダルは響のフォニックゲインで起動、その余波で薬品工場は全壊し、輸送作戦も一時中止……散々だったなって。」

 

……きっと、『自分がその場に居れば~』とか思っているのだろう。まったく、肩の力を抜くって事が出来ない男だ。

大方、後始末にまで手出ししそうだからとオペレーターの二人が気を回して手の経過観察にと病院(コッチ)に回してくれたと見える。

 

「ま、仕方ないんじゃないか?響だって、今できる事を精一杯やった筈さ。それを信じて後押ししてやるのも大事なバックアップじゃないかい?」

 

「……頭では、分かってるつもりなんですけどね。中々、上手く割り切れない部分です。」

 

「過保護だねぇ……それで?手の方はどうなのさ。」

 

「ホントはもう少し様子を見たいそうですが、派手な動きさえしなければもう動いていい、と。なので、これからしばらくは緒川さんと一緒に裏方仕事をしようかと思いまして。」

 

……あきれ果てた仕事根性だ。裏方仕事とは言うが、緒川さんと組む、という事は即ち、仕事の中身は米国の干渉を探る諜報活動だ。

 

「……もうちょっと、さ。トモはゆっくりしてもいいんじゃないか?そんなにガチガチだと、その内ポッキリ折れちゃうぞ?」

 

思わずポツリと出た言葉は、けれどもアタシの本心だった。

 

「……ですかね。」

 

「そ。なんならアタシと世間話していかない?鳴弥さんが別件で動いてるから、話し相手も居なくて暇なんだよ。翼もまだ本調子じゃないしさ。」

 

「話し相手、ですか……うん。いいですよ。それじゃあ、何を話しましょうか?」

 

「んー、なら、好きな音楽とかは?実は結構気になっててさ。いっつもシンフォギア装者の歌を聴いてるとなると、当然耳も肥えちゃうだろ?そんな中で、トモが好きな音楽は?」

 

「ん……ツヴァイウイングの曲、ってのは卑怯ですかね?」

 

「うん、卑怯だから出来れば別のアーティストがいい。褒めてくれるのは嬉しいけどな?」

 

「そうですね……だったらちょっと古いですけど、ソネット・M・ユキネさんの曲が好きですね。」

 

「へぇ?ちょっと意外……でもないか。そういうしっとりした感じが好きそうだもんな……確か、十年くらい前に亡くなったんだっけ?」

 

「……えぇ。八年前、今でもなお紛争が続く南米の小国、バルベルデでのNGO活動中に旦那さんと一緒に……実は、その時に父さんが入国までの間護衛として着いて行ってたんですよ。」

 

「……え?」

 

軽い気持ちで聞き出した話題は、これもまた少年の過去に暗い影を落としていた。

ウソだろ?と思いたいくらいの地雷率だが、まぁ致し方のない事だろう。アタシとて過去を穿り返せば暗い話題ばかりにもなる。

 

「コロンビアから陸路での入国……ただ、最後まで護衛すると主張した父さんを、雪音雅律(ゆきねまさのり)さんが止めたんだそうです。

 『国連軍の特殊部隊所属であると割れている共行氏の関与が分かれば、バルベルデに無意味な大義名分を与えかねない。ここまでの道中の護衛だけで、バルベルデ入国までの護衛という私達との契約は果たされている。どうか、貴方の護衛を待っている世界の誰かを護ってくれ』と。」

 

雪音さんの言う事も尤もだ。NGO活動はいつまで続くかも分からない。世界最高峰の護衛だったと伝え聞く共行さんがそこに付き添い続ければ、彼の護衛が無ければ喪われる多くの命が野ざらしにされる事となる。だが……

 

「その結果が、夫妻の死か。ままならないな……」

 

「えぇ……帰国して数ヶ月したある日の、夫妻の死亡のニュースを聴いた時の父さんの顔は、忘れられません。」

 

「……悪いな。世間話って言ったのに、重い話題にしちまって。」

 

「いえ、こっちこそ。重い話にしちゃったのは俺ですから……それに、父さんのその顔を覚えているからこそ、零さぬように護ろうと誓えたんです。」

 

「そっか……あ、ならそうだ。トモは恋の悩みとかあるか?なんならお姉さんがドーンと相談に乗ってやろうじゃないか!!」

 

流石に、コレなら暗い話題にならないだろう!!甘酸っぱい青春物語の一つや二つ穿り返せる筈!!

そんな野次馬根性半分、知りたい気持ち半分で訊いたのはそんな質問だった。

 

「ぐっ……その……ノーコメントって言うのは、アリですか……?」

 

「……ほー?ほほーん?ほほぉん?」

 

「ぐっ……なんですか!!その謎の三段活用は!!」

 

「別にぃ?ノーコメントって答えるって事はつまり……なにかあるって事だよな?」

 

語るに落ちるとはこのことか。しかもこの反応からしてごく最近の、未解決な事なのだろう。

ちょっと寂しいけれど、それを押し殺してトモを尋問する。

 

「ぐぐぐ……わかりました!!わかりましたよ!!……女性視点からのアドバイスも欲しかったですし……相談に乗ってもらいますけど、いいですか?」

 

「あぁ、別に構わないさ。」

 

「……その、響との事なんです。詳細は省きますけど、ちょっとした誤解というか、行き違いで……」

 

━━━━響と来たか。なるほど。幼馴染だというし、それっぽい話にも事欠かないだろう。

 

「その……響の事を、女性として意識する事がある、というのを本人にカミングアウトしてしまって……」

 

……はい?

 

「……んー?ちょっと状況が分からないな……それに、女性として意識するって、どれくらいの話なのさ?」

 

「えー……その、響が『やっぱりメロン級のおっきな胸がいいんだ!!』と言い出しまして……俺の方も、響や未来のそういった所に視線が向いてしまう事があったと口が滑ってしまいまして……」

 

「……プッ、ククッ……ハハハハハ!!なんだそれ!!メロン級って……!!ククッ、トモ!!お前さん達はホント……!!」

 

甘酸っぱい話そのものが飛んできた上に、その内容のあまりのピュアピュアさに思わず爆笑してしまう。

 

「……俺は、笑えないですよ……これから響や未来とどんな顔して遊びに行けばいいのか……」

 

「ハハハ……ゴメンゴメン。けどそうだな……トモだって男の子だもんなぁ。アタシの裸にもしっかり反応してたみたいだし。」

 

そう言って悪戯っぽく笑いかけてやると、露骨に目を逸らすトモ。きっと顔は真っ赤だろうというのがわかってなんだか可愛らしい。

 

「それは……ッ!!あの時は、すいませんでした。」

 

「あの時はアタシと鳴弥さんも油断してたってので話は終わり。それに、異性に興味があるってのはアタシ達にとっては健全な事だろ?だったら、そこまで意識しなくてもいいんじゃないか?」

 

「……そんなもんなんですか?」

 

そんなもん、とは見られる女性側として、という事だろう。だから、トモが勘違いしないようにしっかり釘を刺しておく。

 

「本当の事を言えば、そんなもんじゃすまないさ。顔しか知らないような奴から下卑た視線でネットリ見られるなんてのだったら、アタシだって最悪な気分になる。

 ……けど、トモは優しいだろ?そうやって反応するのはアタシ達に悪いと思って隠そうとしてる。そうやって紳士的に見てくれてるって事なら、多少のオイタは許してやってもいいかな?って慈悲が生まれるって話。

 だから、あんまり調子に乗るんじゃないよ?」

 

ツヴァイウイングとしてトップアイドルへと駆け上がるまでの間にはまぁ、大分浴びた物だ。今思い出してもあまりいい思い出では無いが、トモの場合は別だ。

アタシ達と正面から真っ直ぐ向き合ってくれているのが見えるから、それくらいならいいかな?と思ってしまうのだ。罪な男である。

 

「調子になんて乗れませんって……けど、ありがとうございました。どうにか、響達と真っ直ぐ向き合えそうです。」

 

そう言って背けていた顔を此方に向けて、真っ直ぐ向き合ってくる少年の顔は、赤みこそ残っているものの、決意を決めた真っ直ぐな瞳で。

 

━━━━羨ましいなぁ、響達は。

 

だなんて、そんな事をつい思ってしまうのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

朝、日が昇るよりも前の湖は、冷たい空気を湛えて、無言で其処にご鎮座ましまして居た。

 

そんな中、桟橋に立って考えるのは、昨日の事。

 

(完全聖遺物の起動には、相応のフォニックゲインが必要だ。とフィーネは言っていた。アタシですらソロモンの杖に半年もかかずらった事を、アイツはたった一時で成し遂げやがった……)

 

黄金の暴流。まさにそう表現するに相応しい、デュランダルの目覚めと、その立役者の事だ。

 

(そればかりか、一瞬だけとは言え『聖遺物の同時制御』なんていう荒業まで成し遂げやがった)

 

聖遺物は、同時に起動してはいけない。一つだけでも莫大な……それこそ個人の意思など流しつくす程の強大なエネルギーを放つ聖遺物を同時に制御するのは人間には不可能だろう。というのがフィーネの説明だ。

故に、デュランダルの強奪も未起動の状態で奪い去り、後々に安全なこの屋敷で起動実験を行う予定だったのだ。

それを、あの瞬間だけではあるが、アイツは覆したのだ。

 

『グ、グルル……に、にげ、て……!!はや……く!!人に、振るいたくない!!こんな力を!!』

 

そして、それどころかこの雪音クリス様にケツをまくって逃げろなどと抜かしたのだ。

 

「……化け物めッ!!……フィーネが、このあたしに身柄を確保させようってくらいアイツにご執心なのも……」

 

━━━━納得だ。と続けようとしたその先は言葉にならない。いや、出来ない。

 

フラッシュバックする過去。

NGOへの支援物資と偽って運び込まれた爆弾は狙い過たずあたしのパパとママの命を奪い、あたしを庇ってくれたソーニャとも、結局喧嘩別れしたまま二度と会えなかった。

それからは……正直に言えば、思い出したくもない。痛いと叫んでも、イヤだと懇願しても、アイツ等はあたしの事なんか一切考えてくれなかった。

誰も……フィーネ以外には誰も、穢れ切ったあたしを助けてくれる人なんて居なかった……!!

 

そんなフィーネが、あたしよりもご執心な、立花響という女。

 

「……そしてまた、あたしは独りぼっちになるワケだ……」

 

朝陽が、目に沁みる。

 

「ッ!!」

 

ふと気づけば、フィーネが後ろに立っていた。

……フィーネは、何も言わない。当然だ。人を繋ぐのは痛みと報酬だけ。

フィーネに何も返せてないアタシに、フィーネが何かをくれるなんてそんな甘っちょろい幻想は最初から持っていない。

 

「わかっている。自分に課せられた事くらいは。

 こんなもんに頼らなくても、アンタの言う事くらいやってやらぁ!!」

 

ソロモンの杖を、フィーネへと投げ渡す。

受け取るフィーネは、ただ微笑むだけ。

今は、それでも構わない。

 

「あたしの方がアイツよりも優秀だと知らしめてやる!!あたし以外に力を持つ奴は、すべてあたしの手でぶちのめす!!

 それが、あたしの目的だからな!!」

 

━━━━ほんとうに?

 

あぁ、本当だ!!フィーネが教えてくれた事だ!!力を持つ奴をぶっ潰して行けば、世界は救われるって!!

歌なんかじゃ世界は救えない!!だから……あたしが力で世界を救って見せる……ッ!!

 




少女達はすれ違う。それは、少しずつ溜まった歪みの発露。
少年は対価を払う。それは、吐き続けた嘘への大きな代償。
だが、兆しは此処に。嘘はあれども、それが全てでは無かった。
優しい嘘のその行方。彼方を見据え、受け止めるのは誰の愛か。

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