戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第二十話 兆候のウェアアバウト

あれから一晩が明けた、日曜。

陸上部の活動も今日はお休みという事で、私と未来は空いているグラウンドを貸してもらって走り込みをしていた。

 

一定のペースで走り続ける事。それは、鍛錬でありながらも、私に冷静に考える時間を与えてくれた。

 

デュランダルの力……黄金の暴流。恐ろしい程に強大な、完全聖遺物という力。

 

━━━━けれど、怖いのは力そのものでは無い。ネフシュタンの少女へとそれを振り下ろしてしまった、私自身の弱さだ。

 

誰かに悪意を向けてしまう事。それが簡単に出来てしまう事なんて、二年前の事故の時からよく知ってる。

……だからこそ、誰かに悪意を向けるなんてことを、私はしたくないのだ。

だというのに、いとも容易く私はあの黄金に呑まれてしまった。

 

「くっ……!!」

 

アレは、イヤだ。

だから、私は、私らしく強くなりたい。

ゴールで止まってはダメだ。結論に留まってはダメだ。握り続けなければダメだ。

踏みとどまって、踏ん張って、踏みにじらないように前を見据えなければならない。

 

━━━━そうして、気づけば未来をも置き去りにして、私は走り続けてしまったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

立花さんと小日向さんがグラウンドを走り続けるのを病棟から見下ろす。

リハビリ代わりの散策の途中で、ふと見下ろした先。そこに彼女達は居た。

 

「……懐かしいな。」

 

「何がさ?」

 

「ん……奏と一緒に、ああやって特訓したなって思い出して。」

 

隣に付き添ってくれた奏からは、車椅子の高さなので見えていないようなので窓際に誘導する。

 

「あぁ……なるほど。あんな風に一緒に走ったもんだよなー。確かに懐かしいや。」

 

そうやって奏と二人、暫し想い出に耽る。

 

「……ねぇ、奏。」

 

その心地よい空気を振り切って、私は奏へと言葉を切り出す。

 

「ん?どうしたのさ翼。いつになく神妙な顔して。」

 

「……うん。神妙な話だから。」

 

「……そっか。で?」

 

「……歌女としての私を、奏に預けたいの。」

 

歌女としての私。奏と共に、皆に歌を届けていた私。

それを、奏に預けたい。

 

「……それは、今回の件が終わるまでか?」

 

奏はやっぱり優しい。一見すれば意味不明な私の言葉を、ちゃんと理解してくれている。

 

「えぇ。まずは、この件が終わるまで。その後は……卒業して、海外進出する時までに道を決めたい。」

 

「……ま、元々アタシと翼は両翼揃ってツヴァイウイングだもんな。分かった。ひとまずはライブの時以外は預かっておくさ。ただし、ちゃんと取りに戻ってくる事。」

 

「えぇ。私と奏、いつか両翼揃って歌う日の為に……防人としての私、風鳴る翼は必ず戻ってくる。」

 

二週間前の失態。起動した完全聖遺物。ネフシュタンの少女。

誰がこの絵図を描き、どうしようとしているのかは未だ分からない。だが、必ずやその企みを斬り裂き、人々の平穏を護り通して見せる。

防人としての新たな誓いを胸に、私はリハビリ代わりの体力づくりを再開するのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

リディアンの学生寮はとても充実した設備を備えている。一室毎にユニット式では無いバスとダイニング付き。しかも広い。

そんな充実のラインナップの一つであるお風呂に朝から浸かる贅沢を楽しみながら、響を見やる。

昨日の昼過ぎに帰ってきた響はなんだか沈んだままだったけれど、一夜明けて、気分転換にと走りに行ってようやく落ち着いたようだった。

 

「もう……響ったら張り切り過ぎだよ。」

 

「ゴメン。考え事してたら、つい……」

 

「ボランティアの事?」

 

「……も、あるかな。」

 

「……やっぱり響は変わった子。」

 

「あはは、そうかもだね……ゴメンね、折角の日曜なのに付き合って貰っちゃって。」

 

「ううん。私も中学時代を思い出したからいいの。久しぶりに走ると気持ちよかったー!!」

 

本当に、久しぶりだった。

走る為のグラウンドに、走る為の服装、そして、隣で一緒に走る人。

ここまで揃ったのは、リディアンの中等部に転校する前まで遡るだろう。

 

「あれだけ走ったのに!?……やっぱ元陸上部はさすがだなー。」

 

響はそう返してくれるが、私としては響の体力の方が驚きだ。

確かに、前からモリモリ食べてくれる子ではあったけれども、人助けを除けばどちらかといえばものぐさな方だったのに、今では私よりも長く走れている。

 

「……響、やっぱりボランティアに参加してから変わったね。前は、お兄ちゃんに影響されてやってた人助け以外ではそこまで頑張る事とか好きじゃなかったでしょ?」

 

「そうかなぁ?自分では、あんまり変わったつもりは無いんだけど……」

 

「ううん。前より筋肉も付いたし……でーも、傷だらけなのはちょっと女の子としてどうかと思います!!」

 

そういいがかりを付けながら、響の身体に触れる。

私が言った通りに、傷だらけな身体。誰かを護る為に一生懸命な、その身体。

誤魔化すように、その肌に触れる。

 

「ほら、ここも。こんな所も。」

 

「や、やめてとめてやめてとめてやめてやめて!!あははははは!!」

 

くすぐったいからか、笑いだしてしまう響。そんな響に、私も思わず笑ってしまう。

 

「うふふふふ……」

 

「あはははは……」

 

 

 

「……ねぇ、今度ふらわーのお好み焼き奢ってね?今日の分のお返し。」

 

「……えっ?確かに、おばちゃん渾身のお好み焼きにはお兄ちゃんと私がユニゾンしてうーまーいーぞー!!ってリアクションを取る程の頬っぺたの急降下爆撃だけど……」

 

「じゃ、契約成立って事で。楽しみだなー。」

 

「……ホントにそんなんでいいの?」

 

「うん。そんなのが一番いいんだ。私には。」

 

……そう。何でもない、こんな約束が守ってもらえるくらいが、一番大事。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

デュランダル輸送から、四日が経った。

輸送作戦の中断から、政府は方針を転換、持ち出せないデュランダルを護るべく二課本部の拡充に予算と人員を注ぎ込む事となった。

 

「……あぁ、今日は亡くなられた広木防衛大臣の繰り上げ法要でしたものね。」

 

「ああ。ぶつかる事もあったが……それも俺達を庇ってくれての事だ。」

 

珍しくも黒スーツにしゃんと絞めたネクタイだった司令にびっくりしながらも了子さんが応じる。

……といっても、司令室に入ってきた途端にネクタイは緩められたのだが。まぁその方が此方も収まりがいい。

 

「対抗意見が無ければ、仮に我々二課が暴走した場合にそれを食い止める勢力が居なくなてってしまいますからね……そういう意味では、重荷を背負わせてしまって居たかもしれません……」

 

「心強い後ろ盾を喪ってしまったな……作業の進捗は?」

 

「予定より+17%。やっぱり予算が通ると作業が捗るわ~。」

 

「正直な所、移送計画が頓挫してホッとしましたよ。幾ら記憶の遺跡が難攻不落とはいえ、その上には永田町が載っていますから……」

 

「もしもデュランダルの輸送が成功していたら、永田町という政経の中核にノイズを呼び込んでいたかもしれませんからね。怪我の功名と言ったところでしょうか。」

 

「それどころか本部の防衛システムの強化まで行えるだなんて……」

 

合理的に考えれば、二課本部から動かすのが危険である以上はその防壁たる二課を強化するのは必定と言える。だが……

 

「そもそもこの本部は、メインシャフトを除いた本部機能部分にブロック構造を採用しているから、地下構造物でありながらも縦横無尽に予算に合わせて拡充可能な形式になるように設計段階からしてあったのよ。

 ただまぁ……」

 

「予算案の時点で数千億から数兆円規模の大工事でしたから、当たりの厳しい議員連から反対されてたんでしたっけ……」

 

「あぁ。そして、その反対派筆頭こそが、広木防衛大臣だ。二課本部という『見えない兵器』では無く、シンフォギアという『明確な兵器』を正しく国際社会に認めさせ、それによって国防を為すべきである……

 非公開の特務機関への無制限な血税投入と、超法規的措置の常態化など言語道断。いや、バッサリと叩き切られたもんだ……

 大臣はそうやって、二課の利益と国防の為の建前を両立させつつも、俺達が法令違反を犯したところを突こうとする親米派の意見を封殺していたんだ。

 異端技術(ブラックテクノロジー)を使用した軍隊を認めさせるなど、間違いなく理想論ではあるのだが……理想的な結論であるが故に筋道だって反対する事は難しいからな……」

 

「司令……大臣の後任は……?」

 

重苦しい雰囲気が司令室を包む。裏からとはいえ、二課を護ってくれていた後援者を喪った事は大きな痛手だ。ある意味当然とも言える。

 

「副大臣がスライドだ。さらに言えば、彼こそが今回の本部改装計画への予算承認を後押ししてくれた立役者でもある。あるんだが……」

 

「……『国内でのテロ行為による大臣殺害などという未曽有の大惨事。その再発を防ぐ為にも、安保理によって深く日本と国交のある米国との協調によって治安の安定化を図るべきである』。就任演説の草案を見せてもらいましたが……」

 

「それって……!?」

 

「あぁ、協調路線を強調する、親米派の防衛大臣の誕生ってワケだ。」

 

表向きの話だけ見れば確かに、高い国力を誇る米国との関係友好化は歓迎すべき事である。だが、こと我々二課にとってはそう簡単な話では無い。

 

「まさか……」

 

「そのまさか、だと思いますよ。確証も物証も無いのでまだまだ憶測に過ぎますが、広木大臣は日本単独での国防を提唱するある種の国粋主義的考えの持ち主と世界的にも有名でしたから。」

 

「そんな!!それじゃこんなの全部茶番じゃあ……」

 

友里さんの悲痛な叫びを切り裂いて、警報の音が鳴り響く。

自動的にメインモニターに映るのは、改装作業の最前線。どうやら事故で出火してしまったようで、現場では消火器を使っての初期消火が行われている。

 

「あら、大変。トラブルみたいだから見に行ってきくるわね?」

 

そう言い残して、了子さんは去って行く。

 

「……共鳴くんは、この後は緒川と合流する予定だったな?」

 

「えぇ。学校の方も元々全休で調整していましたから……ところで、母さんは一体どこまで行ってるんです?最近本部でも見かけないんですけど……」

 

二週間前、ネフシュタンの少女と遭遇した辺りで、今回の件とは別件の事案が発生したからと本部でも屋敷でも見ない日が多くなっていたのだが……

 

「あぁ、鳴弥くんなら……そうだな、今は栃木に居る筈だ。」

 

「栃木?」

 

「あぁ、早期に研究して欲しい聖遺物があるというタレコミが来てな。そっちの方は了子くんも興味無し……というか、デュランダル関連で手が回らんという事で鳴弥くんに丸投げした形になる。

 現地で聖遺物を回収して、そろそろ戻ってくる筈だ。」

 

「聖遺物ですか……了子さんが動けない以上、シンフォギアとしての改修も出来ないのに、ですか?」

 

「あぁ、どうも限定的な起動条件を満たしているらしく、怪異現象を頻発させているとの事でな……こっちも正直手一杯とはいえ、実害まで出ているとなれば捨て置けん。」

 

「なるほど、それは母さんも放っておかない筈ですね……」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はい。はい……え?私がお見舞いに、ですか?」

 

『すいません。今ちょっと手が離せないんですよ。』

 

昼休みに掛かってきた電話は、緒川さんからだった。

内容は、というと翼さんのお見舞いに行って欲しい。という物で……

 

『響さんでしたら関係者ですので、翼さんの事を安心して頼めるんです。』

 

「関係者だったら、お兄ちゃんという手も……」

 

『すいません……共鳴くんはこの後、此方と合流する予定なんです。』

 

「なるほど……わかりました!!じゃあ、私がちゃーんとお世話しますので、緒川さんとお兄ちゃんもお仕事頑張ってください!!」

 

お見舞い、となれば花も用意しなければならないだろうか。等と考えていた所で、階段の上から声を掛けられる。

 

「響。今日、これから買い物に行くんだけど……一緒に行かない?約束、今日にしようと思って。」

 

「……ゴメン。未来。今、翼さんのマネージャーさんから連絡が入って……お仕事で忙しいから、代わりにお見舞いに行って欲しいって……それで……」

 

「え?じゃあ私も……あ、そっか……芸能人だもんね。パパラッチ対策?」

 

「うん……そんな感じ。折角未来に誘って貰ったのに……私呪われてるのかも……」

 

「ううん。わかった。じゃあ、また今度にしよう?私も図書室で借りたい本があるから、今日はそっちにするよ。」

 

しょんぼりする私を、未来が諭してくれる。

約束を護れなかったのは私なのに、未来に迷惑掛けちゃって……改めて、装者と学生の二足の草鞋を履く事の大変さを痛感する。

 

━━━━翼さんは、それに加えてアイドルとしても活動しているというのだから、驚きだ。

 

一ヶ月程前に翼さんが忠告してくれたのは、きっとこういう事なのだろう。

 

「ごめんね……未来。」

 

手を合わせて謝りながらも、未来に本当の事を言えない辛さが、私の心を蝕んでいた。

 

 

 

 

結局、お見舞いの品には近くのお店で買った花束を持っていくことにした。

 

「スーッ!!ハーッ!!」

 

しかし、病室の前まで来て私は滅茶苦茶緊張していた。なにせ、翼さんといえばあの高嶺の花にして絶世の美少女。

さらに言えば、私にとっては二年前からときめく女性ランキングトップ爆走の綺麗な人でもあるのだ!!

そんな翼さんのプライベートに触れる。なんて言う機会に緊張しない筈があろうか?いや無い!!

 

「失礼しまーす。翼さー……」

 

━━━━そうして、踏み入った病室の惨状に、私は言葉を喪った。

 

「まさか……そんな……ッ!!は、はやく二課の皆に……!!」

 

「……どうしたの?私の病室の前でそんなに騒いで……」

 

そんな混乱の中の私に後ろから声を掛けて来てくれたのは、当の翼さん本人と奏さんの二人だった。

 

「……」

 

「ッ!?翼さん!!よかった!!無事だったんですね!!」

 

「え、えぇ……そこまでの大事でも無いから、そろそろ退院の予定だけど……どうしたの?そんなに慌てて。」

 

「…………クッ。」

 

「だ、だって……!!こんな!!まるで強盗か乱闘でもあったかみたいな病室のあり様で……!!てっきり私、お兄ちゃんみたいに入院中に誘拐されちゃったんじゃないかって……!!」

 

「……あ。」

 

「……プッ。アハハハハハハハハハハ!!翼……ッ!!翼……!!ク、アハハ!!ダメだゴメン!!我慢出来ない!!アッハッハッハ!!」

 

顔を赤らめて押し黙る翼さんと、我慢出来ないと爆笑し始めた奏さん。

━━━━そんな二人の反応に、どうも私の勘違いだったようだ。とようやく気付いた私なのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

図書室を探索して、お目当ての本を見つける。

その本のタイトルは『素直になって、自分』

 

「はぁ……」

 

その本を手に取って、大きく息を吐く。

素直になって、とは誰に対してなのか。

私?それとも……

それこそ素直になれていない、錯綜する思考の中、ふと外を見る。

 

━━━━そして私は、そこにお日様の色を見つけてしまった。

 

「……そっか。お見舞いなんだっけ……!?」

 

病室に翼さんと響と一緒に居たのは、私でも知っている人だった。

 

「天羽……奏、さん……!?」

 

二年前のライブ事故の際にモニュメントの下敷きになって、今も寝たきりだと聞いていたその女性の存在に、私は響の歯切れが悪かった理由を知る。

 

「そっか……そうだよね。ボランティアを通じて翼さんと仲良くなったのなら、目覚めた奏さんとも仲良くなるのも、当然だよね……」

 

━━━━すごく、寂しい。お兄ちゃんを通じて知り合った翼さんを通して、私の知らない響がドンドン増えていく事が。

 

「……私、重い女なのかなぁ。」

 

響にも、お兄ちゃんにも、変わらないまま居て欲しい。昔みたいに、三人でずっと一緒に遊んでいたい。

感傷だと思っていた感情が、コントロール出来ない。

 

そうして、そっと本棚に本を戻す。

……私が今胸に抱くコレはきっと、素直になったらいけない感情だから。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━まず初めにしたのは、病室の掃除だった。

 

実を言えば、普段はやっていないがこういった家事は嫌いでは無い。自分の物を片付けるとなれば話は別だが……誰かの役に立つのは、やっぱり好きなのだ。

 

「もう……そこまでしてくれなくてもいいのに……」

 

「いや、ダメだろアレは。アタシじゃ出来ないから仕方なしに放置してただけだぞ?」

 

「あはは……緒川さんからお願いされたんです。お片付けだけでもさせてください。」

 

翼さんのお世話が出来るなんて夢みたいで、鼻歌混じりに片付けが捗る。

 

「私は、その……そういう所にまで気が回らなくて……」

 

翼さんのそんな独白にうんうんと頷く奏さん。昔からそうだったんだろうなぁ。と思う。

 

「……でも、ちょっと意外です。翼さんって、奏さん絡みを除けばなんでも華麗にこなすイメージがありましたから。」

 

零れたのは、私の本音。学院での翼さんのイメージといえばやはり高嶺の花なのだ。

勿論、奏さんやお兄ちゃんの前では違う部分も見せているけれど、それでもやっぱり王子様のような立ち姿のイメージが先行するのだ。

 

「……真実は真逆ね。戦う事と歌う事以外、何もかも捨てて来てしまったのだもの……」

 

「……捨てたワケじゃないさ。翼がやった事無い事も、これから全部やれる事なんだ。」

 

「……ありがとう、奏。」

 

後ろで、二人が何か話しているのが分かるが、詳細はよく聴こえない。まぁ、聞き耳を立てるのも野暮天さんだし、私は私のやりたい事を……おっ?

 

「よーっし!!これでおしまいです!!」

 

「ごめんなさい……普段は緒川さんにやってもらっているのだけれど……」

 

「えぇッ!?お、男の人にですか!?」

 

自分でやる、という発想が無い辺り、流石のブルジョワジーだ……等と、未来が聴いたらニッコリ怒りそうな事を思ってしまいつつも、自分に置き換えてみたらどうかとふと思考が脇に逸れてしまう。

未来から片付けてもらうのは、私にとって未来への甘え方のような物だけれども……もし、それをお兄ちゃんにしてもらったら……

……そんな風に考える今の私の顔はきっと、トマトのように真っ赤になっているだろう。

 

「た、確かに考えてみれば色々と問題だけれども……散らかしたままは流石に良くないからと緒川さんの善意に流されてしまって……つい……」

 

「二年もやってりゃ、もう兄気分なんじゃないかなぁ緒川さんの方も。」

 

けれど幸いな事に、男の人に世話してもらう事に意識が向いたと思われたのか、二人共そこにツッコんで来る事は無かった。

た、助かった……

 

「……今はこんな状態だけれども、報告書は読ませてもらってるわ。立花さん。共鳴くんと一緒に、二人でよく頑張ってくれたわね。」

 

「おー、アタシもちゃんと見届けた分を翼に教えてやってるぞー。」

 

「はい……お兄ちゃんと、二課の皆に助けられて、なんとか……でも嬉しいです。翼さんから褒められるなんて。」

 

「……だからこそ、ゆっくり聴かせてほしいの。あの日約束した通り、貴方の握る答えを。」

 

━━━━その言葉に、胸の奥の怯えが強くなるのを感じる。

 

「ノイズとの戦いが遊びでは無い事も、ただの学生としての生活との両立が辛い事も、今の貴方は分かっている筈。

 ━━━━それでも、握って貫き通したい思いは、貴方の胸にしかとあるのかしら?」

 

奏さんは、何も言わない。私の答えを待ってくれているのだろう。その心遣いがありがたい。

だって、まだ私の胸の想いは定まりきっていないのだから。

 

「辛い事も、苦しい事も、悲しい事も、あるって分かってます。けど、それでもと貫き通したいのはきっと、二年前の事故の時の事を覚えているからなんです。」

 

━━━━けれど、この胸の欠片を言葉と紡ぐ事は出来るのだ。

 

「あのライブの日、奏さんとお兄ちゃんが、命を賭けて私を救ってくれました。

 ……けれどやっぱり、それでもあの時に救われなかった人が居て。それだけじゃなくて、あの日以降にも救われなかった人達が、居たんです。」

 

それは、生存者へのバッシング。名前も知らぬ、お兄ちゃんの覚悟を定めてくれた、名も知らぬ一人の少女。

 

「私の家族も、本当は救われない筈でした。けど、お兄ちゃんが居てくれた。助けてくれたんです。最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。

 お兄ちゃんがそこまでしてくれた理由は、一人の女の子だったんです。生存者へのバッシングから救われる事の無かった、お兄ちゃんの友達。」

 

私の言葉に、息を呑む二人。翼さんは沈痛の面持ちで、奏さんは心底驚いた顔で。

 

「だから、私は護りたいんです。ううん……失いたくないんです。些細な日常も、友達との約束も、大事な人の命も、全部。

 それが一人じゃ絶対不可能だって事も、分かってるつもりです。けど、諦めたくないんです!!」

 

あぁ、そうか。

言葉にしてようやく理解する。私のコレは、我儘だ。

『零れていくナニカが我慢出来ない』のだ。私は。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

響の熱烈なカミングアウトを受けて、翼は場所を変える事を選んだ。その理由は、まだわからない。

 

「……貴方のそれは、もしかしたら前向きな自殺衝動なのかも知れないわ。

 失いたくない、喪われるのが我慢できなくて、自らを犠牲にする事すら厭わない。」

 

「自殺衝動……ですか。」

 

「えぇ。共鳴くんも恐らくは同じような理想を握っているのでしょう。けれど、彼は届く範囲を決めている。決めているからこそ、決して離さないと決意を胸に握っている。

 ……けれど立花さん。貴女の優しさは違う。敵味方の区別も無く、善悪の差別も無く、手を伸ばしたいと思っている。……違うかしら?」

 

「……違いません。ノイズに襲われている人が居るのなら、お兄ちゃんみたいに飛んでいって助けてあげたい!!最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線にッ!!

 ……そして、もしもその相手がノイズでは無く人だったとしても……手を伸ばしたい。どうして戦わなくちゃいけないのかとか、そういう疑問全部!!手に握って想いに変えて、届けたいんです!!」

 

その言葉に、二週間前の自分の大きな過ちに気づく。

……あぁ、なんて思い違いをしていたのだろう。(この子)がアタシと同じだ。だなんて。

アタシとはまるで違う。最初から、この子の怒りは『誰かの為』だったんだ。

復讐からノイズを屠る牙を求めたアタシとは違う。復讐を辞めて、全部吐き出して歌ったアタシとも違う。

最初から、立花響は護る為に拳を握っていたのだ。

 

「……だったら、その想い全部、直接ぶつけてやったらどうだ?偶にはそんな直球解決があったっていいだろ?」

 

「えぇ。そうして胸に浮かぶ想いを握りしめた……その先にある物こそ、立花響のアームドギアに他ならないのだから。」

 

「はい!!……そういえば、私のアームドギアに繋がるかはわからないんですが、奏さんに頼みたい事があったんです。今、いいですか?」

 

「アタシに?」

 

なんだろうか。真っ先に思いつくのはアタシがガングニール握った理由。だが、それは二週間前に教えた筈だが……

 

「……その、歌を聴かせてほしいんです。二年前のあの日、聴こえた歌を。」

 

「……え?」

 

頼まれたのは、意外な事。

 

「それは……ツヴァイウイングの歌じゃなくてか?」

 

「はい!!二年前のあの日、聴こえたんです!!ツヴァイウイングの歌じゃない、奏さんの歌が!!」

 

━━━━君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ

きっと、その歌の事だろう。だが……

 

「けど、あの歌は……ガングニールから溢れた歌なんだ。だから……」

 

━━━━もう、アタシには歌えない。

人と死して、戦士としても死したアタシには……

 

「……力の使い方を知る者とは、即ち戦士。そして戦士として力を握れば握る程、人の生き方から遠ざかるという事……奏、貴方は……」

 

アタシの虚無に、たったこれだけで気づいてくれた翼が補足した通りだ。人として生きる事を辞め、戦士として槍を振るう事も出来なくなったアタシは……

 

━━━━ガングニールの装者の、抜け殻でしか無いのだろう。

 

「……それでも!!奏さんは此処に居ます!!生きてます!!戦士として立てなくなっても、今ここに、人として生きています!!それは、絶対否定出来ない事実なんです!!」

 

「アタシが……人として、生きている……?」

 

そんな、アタシが目を逸らしていた絶望を切り裂いたのは響の声と、

チリン、と。胸の上で音を立てた、ガングニールのペンダントだった。

 

風が、強く吹いている。

心地いい風が吹いている。

 

そうして、胸の奥から溢れる(モノ)があった。

それは、あの日よりも弱弱しい歌。

あの日よりも、きっと優しい歌。

 

━━━━ああ、そうか。こんなにも儚い希望と言う光を忘れぬよう、私達は出逢ったのかも知れないな。

 

「わあ……!!」

 

アタシのみっともない歌を聴いて、キラキラと目を輝かす響を見やり、思う。

あぁ、確かに。アタシの時間は、二年前のあの日から止まってしまった。

『人と死すとも、戦士と生きる』。そうガングニールに誓ったアタシの歌は喪われてしまった。

それは、仕方のない事だ。

 

━━━━けれど、アタシは此処に居る。

戦士と死しても、人として、無様を晒して、それでも生きて此処に居る。

 

「……どうだった?響。アタシのワンマンライブを独り占めした感想は。」

 

「最高でした!!」

 

そんな笑顔が眩しくて、微笑が零れてしまう。

 

「奏……奏……!!」

 

泣きじゃくってアタシに縋りつく翼を、半ばまでしか無い腕で抱きしめながら声を掛けてやる。

 

「泣くなよ翼……そんなんじゃ、防人としての風鳴翼の名が廃るぞ?……うん、決めた。翼。アタシはさ、歌女としての翼を預かりはする。

 預かりはするけど……あんまり受け取りが遅かったら、コッチから叩き返す為に駆け上っちゃうから。」

 

「うん……ッ!!奏に叩き返される前に、私は必ず帰ってくる!!そうしたら……そうしたら……!!」

 

「あぁ、両翼揃ったツヴァイウイングの、どこまでも飛び立つ為の復活ライブ、盛大に行こうぜ!!」

 

━━━━アタシの新たな夢の前に横たわる壁は、きっと数多いだろう。

けれど、気づいたのだ。だからどうした!!と。

トモは、乗り越えたという。親しくなった女の子の命が、目の前ですり抜けていく悲しみを。

……だったら、トモに惚れて、惚れさせようとするアタシが乗り越えていけなくてどうする!!




君ト云ウ 音響キ 尽キルマデ
私ト云ウ 音奏デ ソノ先ヘ
少女の決意は歌となり、継がれた想いは旋律となる。
それは私達が紡いで来た、幾万年もの奇跡の連鎖。
今はまだ、自分の気持ちに素直になれずとも。
歌に載せた心はきっと、それを伝えてくれる。
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