「イチイバル、だとぉッ!?」
司令室のメインモニターに映し出される情報に驚愕の念が隠せない。
シンフォギアと比してもなお圧倒的な出力差を誇る完全聖遺物・ネフシュタンの鎧という戦術的優位を放棄する、という彼女━━━━雪音クリスの一見無謀に見えた戦法。
まさかその中から出て来た隠し玉が、
「アウフヴァッヘン波形、検知!!」
「過去のデータとも照合、完了!!コード・イチイバルです!!」
「ぬぅ……!!」
━━━━イチイバル。
北欧神話の狩猟神ウルが持つとされる『イチイの長弓』。その欠片。
そもそもは護国を為す為、前大戦中にドイツの秘密機関『アーネンエルベ』から日本の風鳴機関へとガングニールとネフシュタンの鎧と共に持ち込まれた聖遺物であり、
その際に便宜上の番号として第二号聖遺物というナンバリングが振られていた。だが、十年前の風鳴機関の二課への再編時の輸送中の事故により喪失……その責を以て親父殿が二課司令を辞任、
それによって裏社会への影響力を弱めた事で共行氏の反乱を齎したという、俺にとっても、共鳴くんにとっても因縁のある聖遺物だ。
━━━━まさか、そのイチイバルが、これまた俺達に因縁深い雪音クリスを適合者とするとは。
これもまた、運命の皮肉という物であろうか。
だが、敵の手に第二号聖遺物であるイチイバルが渡り、『シンフォギアとなっている』。という、この情報がもたらす戦略的意味は大きい。
敵が強奪したネフシュタンの鎧という
……正直に言って、この考えを否定したい気持ちはとても大きい。
だが、殆どの証拠が彼女の関与を示している。更に言えば、先ほど共鳴くんからもたらされた情報が雪音クリスと米国の間に直接の関係が無い事を示し、彼等が全ての黒幕であるという可能性を否定した。
元公安としての俺の勘が、目の前の証拠を裏切るなと叫んでいる。
そして俺は、司令室の誰にも気づかれぬように静かに、しかし強く、強く拳を握る。この残酷な世界の現実を前に。
◆◆◆◆◆◆
━━━━あたしは、歌が大嫌いだ。
歌で世界を平和にするだなんて世迷言を抜かして、パパとママは爆弾で吹き飛んで死んだ。
あたしの人生を滅茶苦茶にしたのはいつも歌だった。
あたしの人生に傷をつけにつけまくったのはいつもいつも歌だった!!
だから、そんな物は要らない。傷ごと抉って忘れてしまえばいい。
「歌が……嫌い?」
そんなあたしの叫びに呆ける目の前のマヌケに、問答無用に矢を放つ。
あたしの知ったこっちゃ無いが、フィーネが言うにはイチイバルは本来ならば弓の聖遺物であるという。
だが、あたしが握った力の象徴━━━━アームドギアは、そんななまっちょろいモンでは無かった。
あたしがこの八年間で飽きる程に見て来た力の象徴。
あたしをずっと脅して来たモノ。
火力を放つ銃砲こそ、あたしが力と握ったアームドギアだった。
矢をその場で作り出し、弦すら存在しないクロスボウ型は最も取り回しが良いアームドギア。そこから放たれる爆裂でマヌケを追い詰める。
クロスボウで爆弾を撃ち出すのはあのクソッタレな自称レジスタンス共がよく行っていた戦法だった。爆裂が人を吹き飛ばし、焼き焦がす臭いは未だにあたしの記憶に焼き付いている。
「遠距離!?」
「おせぇよマヌケが!!あたしの間合いは遠距離だけじゃねぇ!!」
「ぐっ……!?」
あたしの弾幕を前に無様に逃げるしか無いアイツに先回りして蹴り飛ばしてやり、砲火の種類を変える。
━━━━BILLION MAIDEN
ガトリング砲、と言っただろうか。細かい種別なんぞは知らないが、ヘリコプターに搭載されたそいつが逃げ惑う人を粉々に砕いていくのもまた、見慣れた光景だった。
だが今やその圧倒的な火力を握るのはあたしだ。もうあたしは、誰かに蹂躙されるだけの無力な存在なんかじゃない。
「わ、わ、わ、わぁッ!?」
しかし、それでもアイツはよく逃げる。射線を読んでいるのか、単純な薙ぎ払うような連射では捉えきれない。
「だったらコイツでブッ飛ばしてやらァ!!」
━━━━MEGA DETH PARTY
イチイバルの腰の装甲から引き出され出てくるのは、ミサイルの雨霰。コイツに関しては流石に間近で見た事は無い。間近に居た奴は誰もが死んでいったからだ。
だが、遠目に見るだけでもその暴虐は見て取れた。炸裂する火力が森を焼き払い、乱射するガトリングが木々を薙ぎ倒す。
否定してやる。そうだ、あたしは否定してやる。お前のようなイイ子ちゃんぶった正義なんぞ認めねぇ。
痛みも知らず、悲しみも知らないクセに人は分かり合える等とキャンキャンと咆えるその口を塞いで永遠に黙らせてやる……!!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
アームドギア展開の二連打、そのバックファイアがあたしを蝕んでいく。だがこの程度、ネフシュタンにも、あたしの記憶の中の痛みにすら劣る。ならば耐えられない筈が無い。
集中砲火が巻き上げた煙幕の中のアイツを睨みつける。コレで倒れればよし、倒れていないのなら……
「……盾?」
だが、あたしの前に現れたのは、その二つの予想のどちらでも無かった。
鈍く輝く一枚岩のような鋼。がアイツが居る筈の場所を覆い隠していたのだ。
まさか、アイツのアームドギアか?
「いいや、剣だ。力無き誰かを護る為のな。」
「━━━━ッ!?」
見上げれば確かに、その一枚岩は剣であった。
絶唱を放ってズタボロになったというあの女の、剣のアームドギア。
「ハッ!!なるほど、なら今回も力が無いソイツを護る為ご登場ってワケか?二週間前と同じく!!」
「違う。私が護っているのは彼女自身では無い。立花さん……いや、立花!!」
「翼さん!!」
「貴方の覚悟、見極めさせて貰ったわ。だから、防人としての私と共に戦って欲しい!!」
「……ハイッ!!」
「ハッ!!今さら仲良く友情ごっこたぁ片腹痛てぇ!!」
挨拶など無用だろうと、代わりに乱入者である剣の女にガトリングをプレゼントしてやる。
……だが、それをものともしない。
「フッ……!!」
「くっ……!?」
一瞬の交錯だった。その一瞬で、あたしは追い詰められていた。
確かに、ガトリング形態は重く、取り回しは悪い。だが、それを補いうるだけの制圧力があるのだ。だというのに、その弾幕を一瞬で掻い潜られ、懐へと飛び込まれた。
避けられてはいたが、逃げるだけが精一杯だったアイツとはやはり場数が違う。
二週間前、あたしがノイズ召喚による圧殺というまだるっこしい戦法を取っていたのも、話に聞いていたコイツの戦闘力を警戒しての事だ。あの時と違い、あたしの手にソロモンの杖は無い。
━━━━それがどうした。あたしは勝つ。
そう思って再び構えたガトリングは、意外の力に砕かれる。
「……何ッ!?」
◆◆◆◆◆◆◆
━━━━危ない!!
クリスちゃんのアームドギアを砕いた飛行型ノイズ、そこに引き続いてクリスちゃんを狙うノイズを見た時には既に、私は動き出していた。
……先ほどの一撃で全力を出し過ぎたのか、身体が重い。それでも動いてくれることに感謝する。
「ぜぇえいッ!!」
だけど、鍛えた構えを取り直す暇すら無い。ただ力に任せたタックルでノイズを粉砕する。
「立花!!」
疲れからか朧げに揺れる視界の端に見えるのは、私を心配して声を掛けながらも油断なく周囲を警戒する翼さんの姿。
そして、着地なんて考えずに突っ込んだ私を抱きとめてくれたクリスちゃんのぬくもり。
━━━━あぁ、そっか。武器を持たなければ、こんな風に誰かを抱きとめることが出来るんだ。
「お前……なにやってんだ!?あたしは敵だぞ!!」
「ごめん……でもクリスちゃんが傷つくのは見てられないって思ったら、つい……」
「ッ……!?馬鹿にしてるのかこのバカ!!余計なおせっかいにも程がある!!」
私の咄嗟の判断に、クリスちゃんはやっぱりお冠だった。わかってやった事だけど、ちょっとつらい。
『……命じた事すら出来ないなんて。クリス、貴方はいったい私をどれだけ失望させれば気が済むのかしら?』
「ッ!?岬か!!」
どこからか響いた声に、クリスちゃんが怯え、翼さんが構え直すのが伝わる。
この声は、いったい何者なのだろうか?
「フィーネ!!」
フィーネ?この声の人はフィーネというの?でも、この声はどこかで聞いた事があるような気がする。
顔が見えないから、勝手に身近な誰かを重ねてしまっているのだろうか?
「う……」
「くっ……こんな奴居なくたって!!」
「うあ……」
脱力しきった私を、クリスちゃんが突き放す。けれど私は投げ出される事無く翼さんに受け止められる。
「ありがとうございます……」
「気にするな。」
「こんな奴が居なくても、あたし一人で戦争の火種くらい消してやる!!
そうして叩き潰して行けばアンタが言うように人は呪いから解放される!!世界はバラバラの状態から一つへ戻る!!違うのかよ!!」
そんな私達に構わず、フィーネという女性に叫びをあげるクリスちゃん。
その叫びは、悲痛だった。
けれど、それは違う。と返したいのに、もう大声をあげる事すらできないほどに疲労が私を満たしている。
火種は、そんなに大きなものだけでは無いのだ。人がバラバラになる理由に大仰な事など必要ないのだ。
私は知っている。そんな、クリスちゃんからすればちっぽけだろう理由で居なくなってしまって、それでもなお誰かの心に影を落とす悲しみを知っている……!!
『はぁ……クリス、貴方にもう用はないわ。』
「え……?なんだよ……なんだよ、それ!!」
そんな悲痛な叫びを、フィーネという人は取り合わない。ただ否定してしまうだけ。
━━━━動いてくれ、私の身体!!
クリスちゃんを抱きとめないといけない!!否定される辛さ、痛み、私が知っているモノ!!
彼女が今したのはまさに
「う……あぁ……!!」
「無理をするな、立花!!ここは私に任せろ!!……少し揺れるぞ!!」
━━━━けれど、私の身体はピクリとも動かせず。
翼さんへの釈明も叶わぬまま、戦いを始めた翼さんの腕の中で揺れているしか無かった。
「待てよ!!フィーネ……フィーネッ!!」
届かない。届かない。この想いが、届かない。
フィーネという人が何かをして去って行き、彼女を追いかけてクリスちゃんが去って、残されたのは私と翼さんだけ。
あぁ、私って、やっぱり呪われてるのかも知れない。
未来にバレちゃって、クリスちゃんから否定されて、目の前でクリスちゃんが否定されるのすらただ見ている事しか出来なかった。
くぅくぅと空いたお腹を抱えて、ぐるぐると空回りする思考は悪い方へ悪い方へと転がって行って。
そんな無力感の中で、私の意識は闇へと溶けて消えていった。
◆◆◆◆◆◆
「司令!!状況は!!」
「……来たか。ひとまず、事態は一旦収束した、と言っていいだろう。ネフシュタンの少女━━━━雪音クリスは撤退、彼女に指示を出していたと思しきフィーネという女性もまた撤退した。
だが、ネフシュタンの鎧はフィーネに回収され、彼女はソロモンの杖をも保持していた……この事件の黒幕と見て、間違いないだろう。」
緊急事態を受けて取って返して来た俺を迎えてくれた小父さんが状況を説明してくれた。
如何に都内とはいえ、郊外の再開発地区にあった特殊部隊の倉庫からは時間が掛かってしまい、間に合う事は無かった。
……そも、間に合ったとしても、レゾナンスギアの改修は未だ終わっていないのだ。
俺にも緊急連絡を回してくれたのは、俺を蚊帳の外にはしない、という小父さんの温情だろう。
「フィーネ……音楽用語で、終わりを意味する言葉でしたか?」
「あぁ、素性も不明、当然ながら目的も不明。だが、完全聖遺物を掌握し、第二号聖遺物・イチイバルをシンフォギアへと改造せしめていた事から、先史文明への造詣が深い人物であると推測される。
……また、米国との直接的な繋がりこそあれ、どうやら同盟相手であって蜜月とは行ってないようだな。」
「ということは
その言葉に言外に含めるのは即ち、疑いを向け始めている
勿論、異端技術の研究には膨大な資金が必要となる為にフリーランスは難しい、というのもまた事実だ。
緒川さんはともかく、オペレーター達が裏の意図に気づく可能性は低いだろう。
「さてな……東欧や、それこそ欧州の闇からの資金提供があれば可能かも知れん。ギリシャを除く各国が経済破綻を来たした中で、その消えたカネの大半は秘密結社へと流れている。
それこそ、城でも建造できるくらいの資金は捻り出せるだろうさ。もちろん、それに対する対価も当然彼等とて要求するだろうがな。
……それよりも、共鳴くんにはもう一つ、残念な知らせがある。」
そう言ってはぐらかす小父さんに、まだ泳がせる時期と判断する。此方としてもその判断に否やは無い。
だが、もう一つの残念な知らせとは一体……?
「……小日向未来くんが、戦闘に巻き込まれた。幸い、大きな怪我は無い。今は二課本部内で友里くんから説明を受けているから……共鳴くん?」
「そんな……」
その知らせに、足元が崩れていく感覚が俺を蝕んでいく。
未来だけは、巻き込みたくなかった。あたたかな彼女には、せめて後ろ暗い事など、なにも知らぬまま日常を過ごしてほしかったというのに……
「……大丈夫か?」
「……大丈夫、とは言い切れません。けれど、彼女を遠ざけようとしたのは俺です。
……なら、隠し続けた責も、負うべきは俺でしょうから。」
小父さんの心配に返した答えは弱弱しく、それが強がりだというのは、口にした自分すらわかる。
「……そうか。ならば彼女に直接話すといい。」
けれど、その強がりを受け入れてくれる小父さんに黙礼して司令室を辞し、俺は本部内を歩き出す。
自分が為した不義理を伝える為に。
◆◆◆◆◆◆
━━━━どうして、こんな事になってしまったのだろうか?
ようやく響と向き合えると思ったら吹き飛ばされて、響がまるでアニメか何かみたいに変身して、そのまま土煙を上げて去って行って。
そんなワケが分からない事態を前にに呆然としていた私は、黒服の人達に連れられてどこかの地下施設へと来ていた。
此処は一体なんなのだろうか?ぼんやりとリディアンの方向に歩いていたのは覚えているのだが、アーティスティックな構造が目立つリディアンの中でも流石にこんなSFチックな施設は見た事が無い。
そして、アレは一体なんだったのだろうか?夢?幻?飛んで来る車を殴って跳ね返すなんて、まるで現実味が無い。
ふわふわとしているのは疲れだろうか、それとも許容量を超えた情報を受け止め損ねているのだろうか?
「失礼します。小日向未来ちゃんですね?」
黒服の人が通してくれた一室で待っていると、綺麗な女の人が入ってきた。
「あ、はい……あの、ここって……?」
「えぇ。それを含めて、今から貴女に説明をさせてもらいます、友里あおいって言います。よろしくね?」
そう言って彼女━━━━友里さんは手を差し出してくれる。
「あっ……はい。よろしくお願いします。」
「さて……じゃあ、改めて説明しましょうか。本来なら通り一遍の規則を説明するだけなのだけれど……
きっと、貴女はそれだけでは納得できないでしょうから。基本的な事から説明させてもらいます。」
━━━━そう前置きして友里さんが語ってくれた内容は、にわかには信じられなかった。
国家特別機密事項?
先史文明の遺産?
そしてなによりも、響やお兄ちゃんがノイズと戦っている?
あまりにも荒唐無稽。あまりにも無理筋な筈のその話を聴いて、私は気づいてしまった。
お兄ちゃんが響をボランティアに誘ってくれたという、あの日。
流れ星を見よう、と約束したのに、結局一晩中帰ってこなかったし、お兄ちゃんまで怪我をした、あの日。
あれも、これも、それも、きっとそうだ。という直観がある。
今まで感じていた違和感に、答えが用意されてしまう。
「そんな……お兄ちゃん……どうして……!!」
━━━━ずっと、隠し事をしていたの?私に黙って、響を危険に巻き込んでいたの?隠し事はしないって言ったのに?
酷く、裏切られた気分。私は、二人が命を懸ける事を心配する事すら許されないの?
「……先ほど説明したように、シンフォギアは国家機密。軽い気持ちであろうとそれを知ったのならば、最悪一生の間生活を監視される事となります。
共鳴くんはそれを危惧して貴方を巻き込まないようにと……」
「そんなのはどうでもいいんです!!
……あ。その……ごめんなさい。急に怒鳴ったりして……」
「……ううん。親しい人から、ずっと、命を懸けた隠し事をされてたのだもの。不安定になるのも当然だわ。」
「……一生、監視されたっていいんです。でも、それでも……私だけ蚊帳の外で、心配もさせてもらえないなんて……それが、一番……」
友里さんに抱きしめてもらって、思わずに涙が溢れる。言葉が続かない。
『……失礼します。友里さん、入室してもいいですか?』
そんな時に、お兄ちゃんの声が聴こえた。
「ちょっと待ってちょうだい!!……さ、コレで涙を拭いて。」
そう言ってインターホン越しにお兄ちゃんを制して、ハンカチを貸してくれる友里さん。
「ありがとうございます……その、コレは後で洗って返しますので……」
「ふふっ、返さなくていいわ。お姉さんからのプレゼントって事で。それよりも、心の準備はいい?」
「……ありがとう、ございます。大丈夫、だと思います。」
「わかったわ。それじゃあ共鳴くん、今ロックを外すわ。」
「……失礼します。未来……よかった……」
入室して私を見るなり、あからさまにホッとした顔をするお兄ちゃん。多分、私が吹き飛ばされた事を心配したのだろう。
━━━━けれど、それは最早的外れで、手遅れだ。
「……それじゃあ、私は席を外すわね?終わったら、司令室に連絡をちょうだい。」
「わかりました。」
そんな言葉を残して、友里さんは去って行く。そして、この部屋に残ったのは重苦しい沈黙。
心の準備は大丈夫だと思ったのに、既に私の中にはモヤモヤが渦巻いていた。
「その……すまなかった。」
「……それは、どれに対して?」
お兄ちゃんの切り出した言葉に思わず返してしまったのは、トゲトゲした言葉。
けれどそれは、紛れもなく私の本心だった。
━━━━だって、あまりにも隠し事が多すぎる。
お兄ちゃんがしていた事、響がしていた事、翼さんの事。
「……未来に嘘を吐いていた事、だ。」
「……それだけ?」
「……未来を護る為には、それ以外の仕方はなかったと、俺は思ってる。」
それだけなの?私を蚊帳の外に置いた事は?私に心配しかさせてくれなかった事は?
胸の内からあふれ出す疑問の数々、何故?どうして?形は違えど、その疑問の意味するところは結局、『どうして私を響と同じように扱ってはくれないの?』というもの。
━━━━あぁ、そうか。お兄ちゃんにとって私は未だ、護るべき者でしか無いんだ。
大事にされている自覚はある。大切にされている自負もある。けれど、それだけだ。
壊れものを扱うように、ガラス細工に触れるように、おっかなびっくりと大切なスノードームの中に仕舞われる、特別だけど、特別なだけの存在。過保護が過ぎる愛の、その形。
でも、響はそうではなくなった。その切欠は二年前の事故かも知れないし、ノイズから響が逃げたというあの日なのかも知れない。
「……うそつき。」
「……ッ!!」
「お兄ちゃんの嘘吐き!!私に嘘は吐かないって約束したのに!!今言った理由だって、自分を誤魔化してるだけなんでしょう!?ホントは、私を巻き込みたくなかっただけ!!
……でも私はそれがイヤなの!!蚊帳の外で心配させられるだけなんて、もうイヤなの!!」
なみだがとまらない。お兄ちゃんとの関係が壊れてしまうのを直視出来ない。けれど、このままお兄ちゃん自身の気持ちを誤魔化されるのは、もっとイヤだ。
「……すまない……でも、俺は……」
「出てって!!今は……お兄ちゃんの言い分をちゃんと聞けないから……!!」
「……わかった。友里さんに三十分後に来てもらうよう頼んでおくから……」
最後まで、私に気を遣ったままに、お兄ちゃんは退出していった。
━━━━けれど、それもまた的外れなのだ。
「……わたし、どうすればいいのか全然わかんないよぉ……」
お兄ちゃんの特別でありたい。
お兄ちゃんの特別から抜け出したい。
今の関係を変えたくない。
今の関係こそを変えたい。
心配なんてしてもいい。
心配なんてしたくない。
嘘なんて吐いて欲しくない。
嘘なんて吐いて欲しくない。
二つの思考は矛盾し、背反する。
矛盾をはらんだ思考の螺旋に囚われて、私は独りぼっちだった。
◆◆◆◆◆◆
「まさか、イチイバルまで敵の手に墜ちていたとは……それに、ギア装着候補者であった雪音クリスまで……」
「聖遺物を力に変える技術において、私達の優位性は完全に喪われてしまいましたね……」
「……」
果たして、そうだろうか?
聖遺物を力に変える技術、そこにおいて敵が我々と並んでいる事は疑いようがない。だが、聖遺物を力に変える、と一口に言っても様々なアプローチがあるのだ。
古来より伝わる必勝の儀式や、特定の条件によって起動する聖遺物の伝承などがそれを示している。
ケルト神話・フィニアンサイクルにおいてフィン・マックールが振るったとされる震える槍、雀蜂の魔槍、或いはビルガとも呼ばれるその聖遺物は、持ち主の額に当てればその震えにより所有者の精神を護ったという。
だが、現代においてそのような儀式において起動する聖遺物も、その儀式の手法もまた喪われており、現代の技術にて再現出来る方法は限りなく少ない。
━━━━その数少ないアプローチ手段が、敵と味方とで偶然同じシンフォギアとなる事が、果たしてあるのだろうか?
「敵の正体……フィーネの目的とは……?」
「深刻になるのはわかるけど、シンフォギアの装者は三人とも無事だったんだから。頭を抱えるには早すぎるんじゃない?」
「了子くんか。すまんな、メディカルチェックを任せてしまって。それで翼……問題はないんだな?」
「はい。体力的に些かばかり不安な所はありますが、体調には問題ありません。
それに、今の立花は腕こそ未熟ですが、それでも握る覚悟を抱いた戦士です。彼女や共鳴と共にであれば
「翼さん……!!はい!!私、頑張ります!!」
「そうか……共鳴くんのお陰だな。しかし、響くんの場合はメディカルチェックの結果も気になる所だが……」
「それについても問題無いわ。映像を見せてもらったけど、あのパンチ……アームドギアを形成する筈のエネルギーを豪勢にも一撃に込めたあのパンチが、指向性を持たせた絶唱のような破壊力を産み出した結果……
つまり疲労ね。」
「だから、ご飯をいっぱい食べて、ぐっすり眠れば元気百倍です!!」
「……そうか。」
元気百倍だ、と言いながらも、響くんの表情は暗い。その理由は十中八九、未来くんの事だろう。
どうにかしてやりたい所だが、部外者であり、なおかつ隠させていた張本人である俺達では……などと思索を巡らす俺の前で、了子くんがまたぞろ響くんへとちょっかいを出し始めた。
「なァァァァ!?了子さん!?またですか!?」
「その豪勢なエネルギーの出所なんだけど、もしかしたら響ちゃんの胸のガングニールの欠片かも知れないのよ。メディカルチェックの結果、以前よりも体組織との融合が進んでいてね?」
「融合、ですか?」
「……それは、大問題なのでは無いですか?」
翼が投げかけたのは、当然の疑問。
聖遺物との融合など前代未聞だ。
「んー……研究者としては言うなら、むしろその存在の可能性に惹かれる部分は少なからずあるわ。現状、シンフォギアでさえ本来の聖遺物のポテンシャルを引き出し切っているとは言えないワケだし……
聖遺物との融合が、その解決の糸口になるかも?という考えが無いとは言えない。
けれど、そうね……人として、櫻井了子として言うなら、お相手も居る女の子なのだし、まっさらに戻して帰してあげたい気持ちもあるわ。
いずれにしろ、私という大天才が居る以上大丈夫よ。大事になる前に必ず解決して見せると約束するわ。」
━━━━その言葉に、酷く安心した自分が居た。
彼女の思惑は知れないが、少なくとも、櫻井了子は響くんの事を想ってくれている、というその事実が確認できたのだから。
「そう、ですね……失礼しました。櫻井女史の聖遺物研究の第一人者としての技前を疑うような発言をしてしまって。」
「いいのよぉそんなの。それだけ翼ちゃんが響ちゃんの事を心配してくれてるって事なんだから。」
「……アレ?そういえば師匠、こういう時真っ先に心配してきそうなお兄ちゃんはいずこに?」
「……友里くんに小日向くんの送迎を頼んだ後、今日の所は引き上げると言って帰って行った。なぁに、男には一人になりたい時ってのがあるもんさ。」
「……そう、ですね。じゃあ私も、そろそろ帰りますので……」
少年少女に辛い選択を強いてしまったものだ、と思う。
俺達二課が護りたいのは機密では無く、人の命だ。だというのに、命よりも時に大事なその心を護れなかったこの無様。
共鳴くんに任せきりにしてしまった事もそうだが、小日向くんと響くんの間にある信頼の重さを測り切れなかった事もまた、俺達の失態に他ならない。
人が人を想う心は、データを見るだけでは測り切れないと分かっていた筈なのにな……
◆◆◆◆◆◆
深夜、日付も変わる頃。研究スペースとして確保してある部屋にて私はこれまでの研究成果を反芻する。
歌によって聖遺物を起動させる、シンフォギア。
その特性は大きく三つ、
一つは装着した適合者の身体能力をおおよそ十倍以上に引き上げる能力向上機能。
もう一つは体表面へバリアコーティングを施す事でノイズの浸食を防ぐ防護機能。
そして最後は、並行多重世界に跨って存在するノイズを固有振動のインパクトにて調律、此方の世界の物理法則を以て打倒を可能にする調律機能。
これに加えて、励起した聖遺物による無限と言える動力も併せ持つシンフォギアは確かに現行技術からはかけ離れた技術的特異点である。
━━━━だが、そこにも限界はあった。
聖遺物は、人の手に余るシロモノだからだ。
技を放つ度に、或いはギアを纏うだけで固有振動は衝撃波による負荷として装者を蝕んでいく。
その最たるものが絶唱。負荷の低減を一切考えず、装者毎焼き尽くすシンフォギアに搭載された真なる歌。
人とシンフォギアを構成する聖遺物が隔てられている限り、たった
その一つはレゾナンスギア、聖遺物である理由すら喪った『
コレを使う事で、負荷そのものには干渉出来ずとも、装者を蝕むバックファイアを肩代わりし、エネルギーとして放出する事で結果的な負荷の軽減が可能となる。
だが、コレは未だ実験途上の技術であるし、なによりも再現性が低すぎる。あの忌々しい連中の子孫に頭を下げねばならんなど反吐が出る。
━━━━だからこそ、もう一つの手段を育て上げねばならない。
二年前のライブの際、ツヴァイウイングの二人だけではあの短時間でのネフシュタンの鎧の起動は行えなかっただろう。という研究結果が出ている。
それは即ち、二人だけでは無く、十万を超えたオーディエンス達が編んだフォニックゲインを以てして、ようやく完全聖遺物の起動に漕ぎつけた、という事を意味する。
クリスもまた、ソロモンの杖には半年という長い時間を掛けて少しずつフォニックゲインをため込む事でようやく起動へと漕ぎつけた。
━━━━だというのに、それをほんの一時で成し遂げた存在。
融合症例第一号・立花響。
彼女こそ、パラダイムシフトの鍵。ミッシングリンクの鎖。
人と聖遺物の融合。そして、そこから生み出される莫大なエネルギ―を自在に操り、負荷無く始まりの
それは即ち、人類に掛けられたバラルの呪詛からの脱却だ。
カストディアンが打ち込んだ楔から脱却し、真なる言の葉にて語り合う、真霊長への進化……間違いなくその階梯を彼女は昇り始めている。
……だが、些かおしゃべりが過ぎただろうか。融合症例に関してだけでなく、櫻井了子としては、だなどと……
私には、立花響を救ってやる義務など無い。むしろ、融合の末路までを研究し尽くしたいと考えている。
だが、そうなる前にやむを得ず実験を中止しなければならないとすれば……その際には、米国から
しかし、それにも一つの問題がある。アレは確かにシンフォギアとして製造されたモノではあるが、肝心要の適合者が存在せず、なおかつあまりにも危険性が高すぎる。
『あるべき姿を写し出す』鏡の聖遺物・
人は、バラルの呪詛を施された不完全な存在だ。完全な形であったカストディアンとは違う。
もしも、あるべき姿が無ければ……写る事すら無く消え果てる可能性すらあり得る。
私は永劫の時の狭間を生きる存在だが、その本体にすら干渉しかねないが為に率先して確保していた聖遺物なのだが……入手経路が経路だけに手元にも置いておけない。という、そのあまりのじゃじゃ馬っぷりに頭が痛くなる。
━━━━もしも、神獣鏡を纏う装者が現れれば。もしも、それによって融合症例ですら完全な形へと至れるのならば。
それもまた、呪詛を解かれた真霊長への階梯の一つだろう。だが、やはりリスクが高すぎる。この案もまた、ペーパープランにせざるを得ないだろう。
裏切って、裏切られて。
経緯は違えど、少年と少女は似たような傷を負ったまま、夜の街にてお節介を焼く。
人が持つ、不理解がもたらす行き違いと、それを乗り越えるほんの些細な事。
少女達は未だそこに辿り着けず、少年もまた踏み出せぬまま。
陽だまりに差す影は、今だ晴れず。