戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第二十四話 背反のアンビバレンツ

「━━━━まさしく神に愛された、と言える天才、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは様々な音楽ジャンルにおいて名を馳せました。

 扉の前で情熱的に歌う『扉の前で』という形態から発生し、後に弦楽の一大テーマを表す言葉となったセレナーデの日本語訳が『小夜曲』とされる場合が多いのも、

 最も有名なセレナーデ編曲がモーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』……ドイツ語で『小さな夜の曲』と意訳される曲である事から来ているのです。」

 

明けて、翌日。

リディアンでは音楽学校というカリキュラムの都合上回数も多い音楽の授業中にふと、隣に座る未来を見る。

……結局ずっと、未来とはまともに話せていない。朝ごはんの間も沈黙が痛かった。

どうすればいいのか、一晩中悩んだけれど、結局分からない。

未来が大事な事も、未来を巻き込みたくない事も、未来に嘘を吐いていたくないのも、その全てが私にとっての本当の気持ちだからだ。

 

「━━━━このように、音楽が辿ってきた軌跡もまた、立派な歴史と言えるのです。私達はコレを『音楽史』と名付け、研究対象として扱ってきました。

 それではこの続きを……立花さん!!」

 

「は、はい!!」

 

「教科書の続きを読んでもらえますか?」

 

しまった。と気づいた時には既に手遅れ。

授業中だという事も失念して考えに耽ってしまっていた為に、どこまで進んでいたのか全くわからない。

……いつもなら、こういう時には未来を頼っていたのだが、チラリと見ても反応はなしのつぶて。

 

「……すいません。ぼんやりしてました……」

 

「……最近、酷くなってませんか?

 ……まぁ、レポートの提出も一応!!期限に遅れてはいませんので今回は見逃しましょう。

 では、そうですね。ぼんやりしていた立花さんの気を引くのも兼ねて、本筋とはちょっと関係ないですが、音楽史の起源についてお話しましょうか。」

 

━━━━お兄ちゃんに手伝ってもらう事になったが、ちゃんとレポートを提出していてよかった。

心の底からそう思いながらも、ひとまずは授業に集中しようと思い直し、先生の話を聞く。

 

「……と言っても、音楽の明確な起源がコレだ。という証拠は未だに見つかっていません。なにせ、音は証拠として残りませんから。

 その発生が声によるコミュニケーションの結果だったのか、或いは、感情の発露の結果だったのか……それについては今もなお議論が絶えません。

 けれど、歌の始まりについて有力だろう、と言われている事があります。」

 

先生の突然の話題転換にクラスの皆が注目しているのがわかる。

しかし、歌の起源か……

そういえばシンフォギアも、胸の奥から溢れる歌を歌って力と変えているのだっけ。などと早速に思考が逸れてしまう。

 

「古代メソポタミアにおける百科事典のような物━━━━ナブニトゥ、創造物という意味の名前を持つ粘土板がウルという遺跡から発掘された際、その中に『歌』を示す節があった、という物です。

 それは九本の弦からなる楽器の使い方を記しているとされ、歌が当時の人にとって身近だった事を示しています。残念ながら、この楽器で奏でられた音楽がどのような物だったのかは、今だに解明されてませんが……

 そしてもう一つ、シリアの遺跡から発掘された粘土板にも歌が記されています。此方もまた解明出来ていない謎のままですが、ハーモニーを示す節が見られる為に、コレを合唱曲であるとする考古学者も居ます。

 櫻井了子さんという考古学の権威がいらっしゃるのですが、彼女によればこれらの遺物は『ある一つの歌』を指し示すパズルのピースなんだとか。真実はまだ誰にも分かりませんが、もしもそうだとすれば……浪漫があるお話ですよね?」

 

━━━━よーく知っている知り合いの名前が出て来て大声をあげそうになって、すんでの所で食い止めた自分を褒めてやりたい。

……そういえば、考古学の権威なんだっけ……でもなぁ、了子さんはいっつも二課本部に居るから、なんだか実感がとっても薄い。

しかし、言われてみれば当然の話ではある。雑誌でも大人気~だなんて自称するくらいの凄い人なのだから。

 

「……いや、でも流石にアレはなぁ……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『……ふぇっくし!!』

 

「……大丈夫ですか?風邪を引いてるようなら実験の中止も……」

 

『あぁ、大丈夫大丈夫。どうせどこかの誰かが天才考古学者である私の事をウワサしてるだけだから。素晴らしいって罪ねぇ……

 そ、れ、よ、り。共鳴くんの方こそ大丈夫?レゾナンスギアの改修が終わったって連絡しただけでわざわざ学校まで休んで来てもらっちゃって……』

 

「はぁ……まぁ、出席日数は正直怪しいですけど、この件の早期収束が無ければ確実にヤバくなっちゃいますので……ゴメンな、翼ちゃん。まだ病み上がりなのに。」

 

「いや、防人として体力を戻す為にもリハビリ代わりの鍛錬を欠かすワケにはいかない以上、こちらとしてもむしろありがたい話だ。

 それに、新たなレゾナンスギアとの連携訓練もまた急務……一挙両得、というものだ。」

 

今朝早くに櫻井女史から入った連絡を受け、私は二課本部内のシミュレータールームに居た。

私がこの身の未熟によって絶唱を放つしかないほどに追い込まれたあの日、私と同様に限界を超えた超過駆動を為したレゾナンスギアの抜本的な改修。それがようやく終了したのだ。

今回はレゾナンスギアの初起動時とは違い、既にギアを身に纏い、フォニックゲインを高め始めている。

起動自体は今までの例でデータは取れているが、今度のレゾナンスギアが求めるのは『その先』なのだ、と櫻井女史は言っていた。

 

「……ありがとう。」

 

『それじゃあ、新型レゾナンスギアの起動実験を始めましょうか。』

 

「はい。レゾナンスギア、セット!!」

 

そう言って、共鳴は手に持っていた物体を腰にセットする。

まるでベルトのバックルのような形状をしたその機械には、何かをはめ込むかのようなスロットが『三つ』付いていた。中央の一つは丸型。そして左右にある残り二つは、ちょうどギアのペンダントが嵌まりそうなスロットになっている。

 

━━━━もしも今後、アメノツムギがシンフォギアとして加工可能になった場合も考えてちょっと拡張してみたのよ。

 

櫻井女史はそう言っていた。現行の技術では、聖遺物としての特性を喪失しているアメノツムギをシンフォギアと成す事は出来ないのだと。

 

「レゾナンスギア、同調開始(チューニングスタート)……!!」

 

共鳴くんの言葉と動作に応じて、レゾナンスギアが起動する。

私がアメノハバキリにて生成し、しかし再集束もしないまま発散され、大気を震わせるだけとなっていたフォニックゲインがレゾナンスギアへと集まって行く感覚がある。

 

━━━━そして、輝く光が彼の身体を覆っていく。

 

その両手には機械腕(ギアアーム)が、そして、その首元には光の襟巻(マフラー)が。

以前までのレゾナンスギアとは一線を画す出力である事は、その威容からすら窺い知る事が出来る。

 

「……すげぇ。ここまで様変わりしてるとは……」

 

『当然よぉ、この櫻井了子肝入りの改造だもの。半端な品なんて出さないわよ。

 ……それじゃあ、用意はいい?』

 

「はい!!」

 

「いつでも行けます。」

 

さて、新たなレゾナンスギアの力……この身でしかと確かめさせて貰うッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━響と真っ直ぐ向き合えない。

お昼休み、いつもなら誘ってくる響を待っているのに、私は一人食堂へと入って行く。

空間投影型ディスプレイに表示された今日のメニューを基に好きな物を取る、いつものバイキング形式。

作る人は大変だろうな、とか、ラーメンがあるから響はそれを選ぶだろうな、なんてぼんやりとしながら選ぶのは、ハンバーグとパンという無難な組み合わせ。

 

……どんな顔をすればいいのだろうか。どんな事を言えばいいのだろうか。

お兄ちゃんへの想いの答えは、未だ見えない。

響への想いもまた然りだ。

 

けれど、一番恐ろしいのは、また別の事。

あの二人が命の危険に自ら飛び込んでいた事よりも、私にとっては『それを隠されていた事』の方が裏切られたという感情の比重が重かったのだ。

 

━━━━二人を心配する気持ちには、一片の嘘偽りも無いというのに。

 

「……ここ、いいかな?」

 

さっき思った通りにラーメンを持ってきた響がやってきたのは、そんな時だった。

その言葉に、今は返す事が出来ない。

あまりにも想像の範疇を超えた事情に、感情が振り回される。きっと、今口を開いたら響に酷い事を言ってしまう。

 

━━━━あの頃、響に掛けられた無責任な罵声達のように。

 

そんな確信があるから、言葉を口の端に載せず、ただただ食事を続ける。

 

「……あのね、未来。私、やっぱり……」

 

やめて。

今はそれ以上言葉を紡がないで。

溢れそうな重い想いを必死に抑えつける。この想いを突きつけてしまえば、私は響の友達で居られなくなってしまう━━━━!!

 

「……なんだか、いつもとお二人の様子が違うようなのですが……」

 

「一体全体どういう事なの?傍から見ててよくわかんないからアニメで例えてよ。」

 

「これはきっとビッキーが悪いに違いない。ゴメンねヒナ。この子行動力の塊で反省しない子だから、なんかやらかしても出来るだけ許してあげてね。」

 

そう言って乱入してきたいつもの三人のなんでもない言葉。なんでもないのだと分かっているのに、その言葉にすらイラついてしまう自分が居る。

確かに、悪いのは響だ。けれど、今回の事だけはそうそう簡単には割り切って許すことが出来ないのだ。

 

「そういえばレポートの事で先生が釘を刺してましたが……」

 

「大した量でもないのにどうやったら毎回律儀に期限ギリギリになるのよ……」

 

「幾ら人助けの為だからって、ボランティア活動の方、少し回数減らした方がいいんじゃない?このままじゃビッキーの成績が急降下しちゃうよ?」

 

「……ッ!!」

 

━━━━彼等(・・)にとって、それが出来ればどんなによかった事か!!

 

感情が溢れ出して止まらない。理解出来るからこそ理解してあげられない。

此処に居てはダメだ。この昏い感情を吐きだしてはいけない。

 

気づけば、私は走り出していた。

逃げて、逃げて、逃げ出して、辿り着いたのは屋上。三週間前のあの日、流れ星の動画を響に見せた場所。

 

━━━━次こそ約束を守ってもらうって、約束した場所。

 

「あ……」

 

涙が溢れて止まらない。

響やお兄ちゃんの決意を尊重すべきだ、という想いがある。

けれど同時に、そんな危ない事をしてほしくはないという想いもある。

そして、それらを凌駕する程に大きな感情、『裏切られた』という失望感。

 

「━━━━未来ッ!!」

 

「来ないで!!」

 

放っておけないのだろう、黙っては居られないのだろう。そうして追ってきてくれた響に、けれどやっぱり、真っ直ぐ向き合えない。

 

「……ごめんなさい。響、私……ダメなの……このままじゃ、こんなんじゃ、響の友達で居られない……!!お兄ちゃんと胸を張って一緒に居られない……!!」

 

━━━━あぁ、なんて醜い想いだろう。

それでも、かろうじてだが、きっと響を一番に傷つけてしまうだろう罵倒の言葉は飲み込む事が出来た。

裏切っただなんて、私が勝手に想っているだけなのだ。大事にされているからこそ、私はただ丁寧に仕舞われただけなのだ。

 

━━━━それが、正しいと分かっていても、私の想いは割り切れないのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━さて、共鳴くん。弁明の言葉はあるかしら?」

 

改修されたレゾナンスギアの起動実験、並びにその後の連携訓練が終わった後のデブリーフィングにて、俺は会議室にて正座させられていた。

 

「えー……なんといいますか、調子に乗ってしまいました。」

 

「……二年前にも同じ事を言った気がするのだけれども、幾らレゾナンスギアがアンチノイズプロテクターとして機能しているとはいえ、その出力には限度という物があるのよ?

 だというのに、いきなりに敵の中心に突っ込むだなんて……」

 

理由はまぁ、この通り。改修によってキャパシティも跳ねあがったレゾナンスギアの限界を試す為に一番ノイズが多い所に突っ込んでしまった事で、翼ちゃんの逆鱗に触れてしまったのだ。

 

「まぁまぁ、シミュレーションの内に最大出力を測るのは元々予定にあった工程だし、そんなに怒らないでもいいじゃないの。

 それに、共鳴くんも感覚的に今回のレゾナンスギアの仕様を理解出来たでしょう?」

 

「櫻井女史まで……はぁ……今回は致し方ないと諦めます。けれど、もしも実際の戦闘の最中にああいった無茶をするのならせめて事前に一言言ってちょうだい。」

 

「すまん……で、はい。そうですね。バリアコーティングの削れ具合がマフラーと連動して分かりやすくなったのはありがたいですね。

 結局は一度も削り切られる事はありませんでしたけど、バリアコーティングがどれくらい残ってるのか分からないのは中々の恐怖感がありましたから。」

 

淡く発光する為に確認が出来ないワケでは無かったのだが、戦闘中に自分の身体が光っているかを気にする余裕は流石に無かったのだ。

だが、光のマフラーとなった今のレゾナンスギアであれば、口元を覆う輝きでバリアコーティングの有無が判別可能だ。

 

「それだけじゃないのよー?マフラーを構成するのはシンフォギアが発生させて空中に残留したフォニックゲインを再集束させた物……つまり、マフラーを構成するフォニックゲインを電池代わりにしてある程度の単独戦闘が可能になるのよ!!」

 

「おぉ!!」

 

「なんと……!!」

 

それは、望外の朗報だった。

レゾナンスギアは自らフォニックゲインを生成する事が出来ないが故に、シンフォギアとの連携は必要不可欠だった。前回問題となったのもその共振距離だったワケで……

 

「一気に欠点が解消された感じですね……」

 

「……まぁ、認めるのはシャクだけど今までのレゾナンスギアは欠陥品もいい所だったのよね。共鳴くんと翼ちゃんの連携が上手かったから特に問題にはなっていなかったけれど……

 今回の件は、普段の散発的なノイズ退治とはワケが違うのだからって一気に設計思想を数段階上に押し上げたのよ。お陰で寝不足だわー。」

 

「ありがとうございます……シンフォギアの調整も含めて、色々手広くやってもらっているのに……」

 

「いいのいいの、こういう事こそ私達の仕事なんだから。むしろ鳴弥ちゃんの手まで借りちゃった事をコッチが謝るべき所よ。

 ……そういえば、今日はその鳴弥ちゃんが現地での調査を終わらせて帰ってくる予定だったわね。折角だから早めに帰って家族団欒してきたらどう?」

 

レゾナンスギアについて粗方語り終わった後に振られた話題に、俺は思わず顔をしかめてしまう。

母さんとの仲は悪いワケでは無いのだが、話す事にも困るのだ。そうやってまんじりともせず過ごす時間が、俺はどうにも苦手なのだ。

 

━━━━手の届く総てを、救い切れても居ないというのに止まっているというのが。

 

「いや……なんというか、そういう感覚じゃないんですよ、我が家は……説明も難しいので、そういうもんだと思ってください。

 それに、これからなら午後の授業くらいは……」

 

そんな想いを誤魔化して退出しようとしていた俺の携帯に入ってきた着信の音。

画面に表示されているのは立花響の文字。

……きっと、未来の事だろう。

 

「すいません、響からです。ちょっと出ますね。……もしもし?」

 

『うっ……ぐすっ……おにいちゃん……私……私、こんなのイヤだよぉ……』

 

━━━━その声を聴いた瞬間、俺の中で思考が切り替わるのを感じる。

 

「響、今どこだ?すぐそっちに向かう。」

 

『リディアンの、ぐす、屋上……で、でもまだ授業中だし、私が二課の方に……』

 

「いや、問題無い。今すぐ行く。

 ……翼ちゃん、了子さん、そういう事ですので先に失礼します。」

 

「……わかったわ、響ちゃんの事、悪いけどお願いね?」

 

「私からも、頼む。本来なら私も隠していた事を責められるべきなのだろうが……」

 

「いや、翼ちゃんは悪くないよ。

 ……どうすればよかったのかなんてまだ分からないけど、それだけは間違いないと言える。」

 

「そういう事では……はぁ、とりあえず、立花さんの所に向かってあげなさい。すぐに行くって言ったのだから。」

 

「あぁ、その通りだ……すまん、行ってくる。」

 

そう言い残し、俺は二課本部の通路を走り出す。

今の時間は未だ昼休み、校内のエレベーターは使えない。ならば……外部から高速で侵入するのみ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

走って、走って、気づけば校外まで出て来てしまっていた。

息は荒くなり、汗もかいてしまっている。

 

━━━━あぁ、こんな状態じゃ教室には戻れないな。

 

頭の中の、酷く冷静な部分がそう告げる。

一度止まってしまった足はとても重くなり、まるで鉛が入ってしまったかのよう。

 

━━━━でも、最悪な言葉を響に掛けずに済んだ。それだけは唯一、良かった事だ。

 

それ以外の総ては悪かったけれど、最悪の中の最悪だけは結実せずに済んだ。

荒くなった息を整えながら、自分の自制心に感謝する。

 

「あら?未来ちゃんじゃない、どうしたのこんな時間に。」

 

そんな私に声を掛けてくれたのは、車に乗って通りがかった鳴弥さんだった。

 

「鳴弥さん……」

 

「あらあら、そんなに泣きはらした目をしちゃって……とりあえず乗りなさい、事情とかは後で聞くわ。」

 

「……ありがとう、ございます。」

 

「さて、んじゃまずは、このまま山奥までスリルドライブと言っちゃいましょうか!!」

 

「えっ?えっ?えェェェェ!?」

 

ちゃんと乗り込んでシートベルトを締めた私を見て鳴弥さんそう言って、アクセルをガッツリと踏み出す。

急激な加速に引っ張られる感覚に、思考がまるで追い付かない。

いったい、何が起こっているの?

 

 

「うーん……!!いやぁ、久々にカッ飛ばすと気持ちいいわねー!!高速に乗って帰ってきたけど、仕事の範疇だから安全運転心がけてたし。」

 

「私はおっかなびっくりだったんですけど……」

 

「でも、楽しかったでしょ?」

 

「……ちょっとだけ。」

 

リディアンから更に奥地へ走ってゆくと、そこには山々と、小さな湖が存在していた。

こんな所があったなんて初めて知った。

 

「んー、それで……泣いてた事情について話してもらう前に、やっぱり私の方から喋るべきでしょうね。隠したままってのはフェアじゃないし。

 未来ちゃん、私もまた、二課に所属する研究者よ。貴方が保護された事も、風鳴司令から聞いているわ。」

 

「ッ……!!」

 

うすうす、気づいてはいた。だって、お兄ちゃんが命を懸けて戦っているのだ。一番近くに居て、友達だからと一線は引いていた私と違って身内として関わって行く筈の鳴弥さんが、それを知らないで居る筈が無い。

 

「……ごめんなさい。と言っても遅すぎるでしょうね。けれど、今の貴方を見て放っておく事は出来ないと思ったからこうやって声を掛けたの。それは紛れもない事実よ。」

 

そして、鳴弥さんは優しくて、同時に、私の事を思いやってくれる人だった。

 

「……なら、教えてください。どうしてなんですか?」

 

それに対する私の返答はとても要領を得ない物で、けれど、心の底から放たれた疑問だった。

 

━━━━どうして?

 

どうして、お兄ちゃんは私に黙って居たの?

……本当は、お兄ちゃんから直接聞かなければいけない事だ。けれど、今のままではきっと、手酷く罵ってしまう。そんな自分が分かっているから、このチャンスを逃すワケにはいかなかった。

 

「そうね……まずは、基本的な事から話す事にしましょう。」

 

━━━━そうして、鳴弥さんが話してくれたのは、天津の家の歴史だった。

 

「━━━━護るべき人だから、何も言わなかったんですか?」

 

防人として、守護者として、ずっと誰かの為に戦ってきたお兄ちゃん。

だから、私に心配をかけまいと黙って居た?

 

「それもあるわね。けれど、あの子にとってはそこは特別大事な事では無いと思うの。

 あの子が一番恐れたのは、恐れているのは間違いなく米国だもの。」

 

「米国……?」

 

「えぇ、二年前、あのライブ会場での事故の後、基督教過激派によるテロがあったでしょう?」

 

それは覚えている。病院を狙った悪質なテロ事件という事で、世間も湧いていたものだった。

……まさか。

 

「……アレは米国による誘拐未遂だったのよ。狙われたのは共鳴自身。そして、間違いなく二課の力を借りなければ、共鳴一人ではどうにも出来なかった事。

 だからこそ、あの子は恐れているのよ。貴方自身もまた、狙われるに足る理由があるのだから。」

 

「……え?」

 

「私立リディアン音楽院が、同時に二課所属者を集める為の場所である……というのは、まぁ分かってもらえたと思うわ。けれど、それは同時に、『二課に所属する可能性がある者も最初から集めておく』という事も意味するの。」

 

「どういう……事なんですか?」

 

「……リディアンの生徒たちの中には、全国から選抜された装者候補も存在するわ。貴方も、正式適合者となれる程では無かったけれど、その身にフォニックゲインを宿しうる存在。

 もしも適合する聖遺物があるのなら、ギアを纏う事も不可能では無いの。」

 

「そんな……」

 

前提が覆されてゆく感覚にめまいがする。私も、響や翼さんと同じ?

 

「勿論、貴方が編入出来たのはあなた自身の実力だし、そもそも事故被害者の編入枠も含めて、適合者たり得るほどの高度なフォニックゲインを宿す生徒なんて全く居なかった。

 人は誰しもがフォニックゲインを持つけれど、その量は微々たるもの。響ちゃんも、入学時のチェックでは適合できる程の数値は出していなかったのだから。」

 

「……じゃあ、どうして響は、シンフォギアを纏う事が出来たんですか……?」

 

「……科学者としては情けない話だけれども、それは分からないのよ。櫻井女史━━━━私の上司にあたる人ね。その人は何かを掴んでいるようだけれども、私には全然。」

 

ふと、出て来た名前には聞き覚えがあった。

 

「櫻井女史……櫻井了子さん、ですか?」

 

「あら、知ってるの?」

 

「今日、音楽史の授業でちょっと話にあがってました。逆に言うと、それくらいしか……」

 

「……本当に手広いわねぇあの人は……専攻的に当然っちゃ当然なんだけど……」

 

そう言って、眉間を抑える鳴弥さんに、不謹慎だがちょっと笑みが零れてしまう。

 

「えー、それで、そうね。貴方が狙われる理由だったわね。先ほども言った通り、貴方には才能が眠っている。だけど、本来は目覚めない筈のその才能を無理矢理に目覚めさせようとしている連中も居るようなの。

 ……実際、共鳴を狙った誘拐未遂の後の調査で、埼玉県の調神社(つきじんじゃ)鳥船神社(とりふねじんじゃ)という二つの神社で跡取りとなる筈の少女達が米国によって誘拐されていたことが分かったのだから。

 あの子は、それを一番に恐れている。自分や響ちゃんの親友で、もしかしたら装者として覚醒するかも知れない一般人。もしもそんな事情を知られてしまえば貴方は真っ先に狙われてしまう。

 勿論、リディアンの生徒たちを護る事も私達二課の仕事、そこに手を抜くつもり無い。けれど、事実として二課が後手に回ってしまう事も多い。だから、出来るだけ二課に関わらせまいとしていたのでしょうね。それが、あの子の決断。」

 

「……ッ!!」

 

実際に、護り切れなかった誰かが居る。

……あぁ、なるほど。お兄ちゃんが私にも響にも過保護だったのはその反動なのか、と納得する。

 

「……でも、勝手な言い分です。それって。」

 

だって、そこには私の意思が介在していない。

私がお兄ちゃんや響を心配する想いが考慮されていない。

お兄ちゃんが私を勝手に想って居るだけだ。

 

「そうね。あの子はなにも知らないで居てくれる事を望んだけれど、だからってなにも知らないままで居られる筈が無い……そんな事を言ってもまぁ、私も黙認したのだから同罪ね。」

 

「鳴弥さん……ありがとうございます。ちゃんと教えてくれて。まだ、このすれ違いをどうすればいいのかは分からないですけど、もうちょっとだけじっくり考えてみようと思います。」

 

そう、コレはすれ違いだ。

お兄ちゃんも響も、私を想うからこそ近づけまいとして、私もまた、二人を想うから隠してほしくなかった。

お互いに我がままだったのだから、それがぶつかってしまうのは当然の事だ。

想われるのは嬉しい事だが、想い同士がぶつかってしまえばお互いに傷ついてしまう。

このすれ違いを摺合せる結論はまだ出ていない。だって、私はやっぱり響にもお兄ちゃんにも傷ついて欲しくないのだから。

けれど、考え続ければきっと━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

カツカツと床を踏みしめて歩く。ここは、フィーネの屋敷。

一昼夜掛けてようやく戻り着いたそこに遠慮無しに入り込む。

 

「フィーネ!!あたしが用済みって、一体どういう事だよ!!」

 

開口一番に叫ぶのは、ちょうど一日程前に放たれた、あたしへの言葉への疑問。

 

「あたしはもういらないって事か!?アンタも……アンタもあたしの事を物のように扱うのかよ!!」

 

優しい言葉を掛けてくれたのは、フィーネだけだった。

あの地獄から救ってくれたのは、フィーネだけだった。

今のあたしを支える物だって、フィーネがくれた言葉だ。

信頼、していたのに。

 

「頭ん中グチャグチャだ!!何が正しくて、何が間違ってんのかわかんねぇんだよ!!」

 

だって、フィーネは言ったのだ。

争いの火種を潰して行けば━━━━

 

「はぁ……どうして誰も私の想い通りに動いてくれないのかしら……」

 

「ッ!?」

 

振り返ったフィーネは、ソロモンの杖を握っていた。

そして、出現するノイズ達。

ギアを纏わなければならない、頭の中の冷静な部分はそう判断する。

けれど……けれど、頭の片隅に引っかかるのは、フィーネを信じたいという弱っちい心の叫び。

 

「そうね、流石に騙すにしても潮時かしら。クリス、あなたに教えたやり方━━━━争いの火種を潰す方法では人類に掛けられた呪いを解く事なんて出来ないわ。

 せいぜいが一つ潰して二つ三つを産むか……英雄となって自らを犠牲にしてようやく、一代限りの仮初の平和の代わりに、その死後の混乱を招くか。それが人間の限界よ。」

 

━━━━それが、踏みにじられて行く。

 

「あんたが言ったんじゃないか、その理屈を!!痛みこそが真の絆を紡ぐ物だって……ッ!!」

 

「あぁそれね、でまかせよ。私の真なる愛なんて、貴方風情に渡すはずが無いじゃない。私の愛は、遥けき彼方に坐すあの方にのみ捧げられる物。

 ……そうね、役に立たない貴方には、ここで幕を引いてあげましょう。」

 

━━━━それが、覆されてゆく。

 

フィーネの身体に光が集まる。それは、見慣れたネフシュタンの形成シークエンス。だが……

 

━━━━そこに現れたのは、黄金だった。

 

あたしが纏っていた時の鈍い銀色などどこへやら。黄金に輝き、装飾も華美なる物へと生まれ変わったネフシュタンの鎧が、フィーネを覆っていた。

 

「私は不滅、そしてこの鎧もまた然り……未来へと無限に続く永劫の存在。それに、砲塔(カ・ディンギル)は既に完成しているも同然だもの。もう貴方の力に頼る必要もない。」

 

「カ・ディンギル……?そいつは……?」

 

いったい、なんなんだ?

アンタの目的ってなんなんだ?

嘘を吐いてあたしを騙してたってのか?

グルグルと頭の中を這い回る思考が鬱陶しい。

 

「……喋り過ぎたわね。まぁ、いいわ。どのみち私について知り過ぎてしまっていたのだもの、貴方は。」

 

「ッ!!」

 

空回りする思考を全て断ち切り、生きる為に行動する。

……あぁ、まるで昔に戻ったみたいだ。

窓をぶち破るように開け、いったんフィーネとの距離を離す。

だが……

 

「フフ……せいぜい、良い声をあげて泣きなさいな、クリス。」

 

まだ、死はすぐそこにある。ここではダメだ。フィーネの視界から逃げ切らねばならない。

 

「ちく、しょう……ちくしょう……ちくしょおォォォォ!!」

 

どうにもならない、やりきれない感情を叫びに乗せながら、立ち上がり様にテラスの縁から飛び降りる。

そして口に紡ぐは、生き残る為の力。

 

━━━━フィーネがくれた、力。

 

Killter ichiival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

茜色に染まる夕焼けの中、あたしの決死の逃亡劇が幕を開けた。




降りしきる雨は、まるで少女達の涙を表すようで。
女が放つ追手から逃げ続ける少女は、今だ迷いの渦中に取り残された少女と出逢う。
それは、偶然が産んだ、奇跡のような巡り合わせ。
雑音に惑い、雑踏に紛れ、雑念に迷う。
そんな少女を導く為に、男は黙って拳を握るのだ。

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