「いやだよぉ……」
リディアンの屋上で、私は一人だった。
『……ごめんなさい。響、私……ダメなの……このままじゃ、こんなんじゃ、響の友達で居られない……!!お兄ちゃんと胸を張って一緒に居られない……!!』
私にとって、一番に大事な人。お兄ちゃんと同じあの日に出逢った少女。
小日向未来の言葉に、私は何も返す事が出来なかった。
だって、そんな言葉を言わせてしまう程に未来を追い詰めてしまったのは、私のせいだ。
未来は何も悪くないのに、未来を怒らせてしまったのは、私とお兄ちゃんなのだ。
「今すぐ来るってお兄ちゃん言ってたけど。今ってまだ昼休みだよ……ね?」
今日は珍しく、屋上で昼休みを過ごす生徒も居ないようで見える範囲には私しか居ない。
まぁ、それはむしろありがたいのだけれど、果たしてお兄ちゃんはどうやって来るつもりなのだろうか。
校舎内のエレベーター前は昼休みでごった返す生徒たちが居るから使えないだろうし、そもそも対外的にはお兄ちゃんも部外者なのだ。
正面切って入ってくる事も出来ない以上、一体どんな方法が……
━━━━なんて、つらつらと考えていた私の足元をよぎっていく影が一つ。それは丁度、人一人分くらいの大きさで……
まさか……まさかまさか!?
そのまさかに思い至って顔を上げた私の目の前には、まさしく思った通りの人がたたずんでいた。
「悪い、ちと遅れちまった。」
屋上の入り口である時計塔の壁に張り付くように、レゾナンスギアの糸でその身を支えたお兄ちゃんが、そこに居た。
「え、えええええええ!?一体全体どうやって!?っていうか、ギアはもう戻ってきたの!?」
「あぁ、丁度改修が終了したとこでな。それで、アメノツムギも戻ってきたからホレこの通り、向こうの病院から飛んできた。」
「えぇ……?いや、確かに真正面から来るよりはいいだろうけどさ……お兄ちゃん、時々周りが全然見えなくなることあるよね……」
お兄ちゃんのその言い分に思わず唖然としてしまった私は悪くないだろう。だって、距離としては近いからと建造物から建造物へと飛び移るのを最短距離とするだなんて、それこそ漫画やアニメみたいな感覚だ。
しかも、当然のように立派な不法侵入である。学園自体が二課と繋がってるとはいえ、こんな事やっちゃっていいのかなぁ……?
「……心配したんだよ、響と未来の事を。」
「……ッ!!う、ううううう……!!」
時計塔の壁から降りてそう告げるお兄ちゃんを前に、私はあっけに取られて引っ込んでいた涙を耐えきれなくなってしまった。
「未来が……未来が……!!」
「おーよしよし、全部聴いてやる。俺だって、悪かったのは響と一緒なんだ。
……だから、未来が落ち着いたらキッチリ一緒に謝ろう。な?」
感極まって飛びついた私に、お兄ちゃんは動じずに抱き留めてくれた。
そのあたたかさを感じて、溢れた涙が止まらない。けれど、その意味はさっきまでの悲しみに満ちた物とは、少しだけだけれどその姿を変えていた。
「うん……うん……!!やっぱり、私はあったかいのがいい。未来にあんな顔をさせていたくない!!」
「あぁ……俺もだ。未来にも、勿論響にも笑いあって居て欲しい。
……単なる我がままだけど、それが俺の本音だ。」
━━━━未来が泣いていた理由はまだ、私には分かり切れていない。
どうすればよかったのかも、どうすればいいのかもまだ分からない。
けれど、それでも。
この胸の想いを、伝えたいと思う。
「……それで、お兄ちゃんどうやって戻るつもりなの?」
「えーっと……もう一回跳ぼうかと思ってました。」
「流石に未確認飛行物体が一日に二回も出現したら大騒ぎになるでしょ……私が先導するから、授業始まったら下のエレベーターから帰ろう?」
「すまん……」
◆◆◆◆◆◆◆
「天津鳴弥、ただいま帰還しました。」
「鳴弥くんか、ご苦労……悪いな、こんな時期に遠出をさせてしまって。」
二課本部内の通路にて、司令に略式の報告を行う。当然、後程正式な報告書は提出するが、その前に話すべきことがあったのだ。
その話すべき事とは当然、私が出向いて回収した聖遺物について……だけでは無い。
「いえ、手隙だったのは私だけでしたし……この聖遺物が、切り札になるのでしょう?」
「……あぁ。信じたくはない可能性だが、それが現実の物となってしまった場合、我々が切れる手札の最後の一つ……それが、『雷神の
━━━━
その正体が、奇しくも天津家に所縁ある品だったというのは、皮肉な物だ。
「……天神様のお導き、でしょうかね?」
「……かも知れんな。であれば、かの菅原道真公の名に泥を塗らないように気合いを入れ直さにゃならんな。」
そう言って苦笑する司令の表情は硬い。
その理由は分かり切っている。
今回の聖遺物回収の直前に司令から打ち明けられた極秘情報。それが示す事。
「……やはり、『
「……あぁ、裏取りもある程度は取れた。だが、彼女の目的が分からん。米国におもねるでもなく、さりとて直接的な利益に拘るでも無い……
もともと奔放な女性だからな。行動の予測も難しかったものだが……恥ずかしい話、これだけ隣に居たと言うのにサッパリ分かっていない。」
そう打ち明けてくれた司令に、掛ける言葉が咄嗟には出てこなかった。
だって、そうだろう?
『ずっと傍に居たパートナーとも呼べる女性』が、災害を操る巨悪の根源だっただなんて。本人以外がそう容易に口出し出来る問題では無い。
━━━━けれど、それでも言える事がある。いや、言わなければならない事があるのだ。
「……司令?難しい話は置いておいて単刀直入に聞きますけど、彼女の事、愛してますか?」
「ぐっ……!?鳴弥くんはバッサリ斬り込んで来るな……
……あぁ、そうだな。俺は彼女を愛している。惚れているんだ、俺は。」
その言葉が聴けてよかった。
司令は『あの人』と同じく防人としての覚悟を握っている。
だから胸中に秘めると決めたら、きっと最期の一瞬まで秘め続けるだろうと、防人の妻である私には分かっていたから。
「だったら、簡単ですよ。彼女が居なくなる前に、その想いを真っ直ぐにぶつけてあげればいいんです。
━━━━確かに、彼女の為していることは許されざる罪です。けれど……罪を犯したからといって、愛し合ってはいけないだなんて、そんな道理は無いでしょう?」
「━━━━あぁ、そうか。そうだな……彼女を止める事にばかり必死になって、気づいていなかったな、そういう事は……そうか……単純な事、だったんだな。」
告げられた言葉に一瞬面食らっていた司令だが、覚悟を決めるまでの時間はさほども掛からなかった。
「えぇ、だから……この聖遺物は、私の方で調査を続けておきます。もしもの時があれば……
「あぁ、頼む……ありがとう、鳴弥くん。
……どうにも、この手の分野では一生、キミや共行さんには勝てんみたいだな。」
そう言って頬を掻く司令は、いつもの凛々しい姿よりも幼く見えて、ちょっと可愛らしかった━━━━なんて言ったら、どんな反応を返すだろうか?
「どういたしまして。それはまぁ、一児の母ですからね。
でも、覚えておいてくださいね?女性はどこまで行こうと女の子なんですから、告白するならちゃんとムードを考えないとフラれちゃいますよ?」
「肝に銘じておくよ。」
そうして、和やかな会話は終わる。不穏への一筋の希望を確かに点しながら。
◆◆◆◆◆◆◆
━━━━今日は、雨が降っている。
結局昨日、鳴弥さんに送ってもらってからもまだ響とはぎくしゃくしたままだ。
けれど、日常的なやりとりくらいなら出来るようにはなった。
本格的な話し合いはまだ出来ていないけれど、幸いにも明日は土曜日だ。
お兄ちゃんも交えて、ちゃんと話がしたい。難しい事かも知れないけれど、このまま逃げ続けていてもお兄ちゃんや響の事情が解決する事は無いのだから。
……それでも、響と一緒に登校するのは……今日だけは流石に心の準備が出来ていない。
一緒の場所に居れば、響を傷つけるような暴言を吐いてしまうかもしれない。
その恐怖は、やはりある。昨日の夜は幸いにもそうはならなかった。けれど、今日にそうならないとは限らない。
「……響。私、今日は先に行くね?」
……この言葉は、聴こえているだろうか。そんなちっぽけな、けれど確実に首をもたげた不安。
「……うん、分かった。
……あのね、未来……明日、お兄ちゃんと一緒に、未来と話し合いたいんだ。」
けれどそれは、既に起きていた響が返してくれた言葉に
「……ッ!?
……うん。私も、お兄ちゃんと響と話し合いたかったから……明日、だね?」
「うん……ホントは、今すぐがいいって頭では分かってるつもりなんだけど……」
「……ううん。それは私も同じ。だから、大丈夫。」
結局、覚悟が出来ていないのだ。また、相手を傷つけてしまうかも知れないという事への覚悟が。
それは、響やお兄ちゃんの性格からしてそうそう簡単に出来る事では無いし、私だってまだまだ全然出来ていない。
けれど、約束したのだ。約束は、守らないといけない。
束縛なのかも知れない。けれど、そのお陰で、覚悟は固められそうで……それになにより、響とまた約束出来た事が、一番嬉しかったのだ。
━━━━雨の街を歩く。
そういえば、今日は体育があるのだった。この雨では屋内での授業だろうな、なんてある意味暢気に思考が回る。
響はちゃんと体操着を準備出来ただろうか。私の分が無くなってしまうから流石に体操着は貸してあげられないのだが……
昨日までなら、こんな風に考える事すら出来なかっただろう。どうして?と叫ぶだけで、そこに意味を載せてあげる事は出来なかっただろう。
事情を明かしてくれた鳴弥さんに、心の中で感謝する。
━━━━その音を聞いたのは、そんな時の事だった。
どさり、とまるで人が倒れるような音。路地裏から聴こえたその音に気づけたのは、雨で人通りが少なかった事も理由の一つとしてあっただろう。
「……放っては、おけないよね。」
響なら、絶対に放っておかない。そして、それはお兄ちゃんも同じだ。
そんな想いで入り込んだ路地裏には、まさしく少女が倒れていた。そして、周囲にはまるで話に聞くノイズの暴虐の後のような炭の痕。
「大変……!!大丈夫!?」
そんな風に雨に濡れる少女を見かけて、放っておけるはずもない。
真っ先に風邪を引いてしまわないかを心配して、私はどうすべきかを考える。
━━━━そして、困ってしまう。
警察に届け出る?却下だ。周囲に残るノイズの痕跡からして大事になるだろう。そうなれば、彼女の体調は二の次になるかもしれない。
お兄ちゃん達を頼る?これはいい案かも知れない。けれど、その先は?雨の下で意識を失う程に追い詰められている彼女に、二課の人がどんな対応をするのかが分からない。
「未来ちゃん?どうしたんだい、こんな路地裏で。」
━━━━そうして頭を悩ませる私に声を掛けてくれたのは、ふらわーのおばちゃんだった。
一人では答えが出ない難局を前に、頼れる大人が通りがかってくれた事にホッとする。
「おばちゃん!!この子が、路地裏に倒れてて……!!」
「あらまぁ……よし!!未来ちゃん、その子の足の方持ってちょうだい。まずは私の家で休ませようか。その後の事は……その後考えたっていいさね?」
「……はい!!」
そっか。まずは、目の前の誰かに手を伸ばしてから考えたっていいんだ。
後回しではあるけれど、目の前の彼女を放ってはおけないのは、私の中の本当の気持ちなのだから。
……もしかしたら、響だって同じように思ったのかも知れない。だから、私への言い訳とか全部お兄ちゃんに丸投げして、真っ直ぐに突き進んだのかも知れない。
おばちゃんと一緒に少女を運びながら、私はそんなことを考えていたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆
「……ノイズの反応、ですか?」
『あぁ、市街地第六地区……駅前の商店街付近でノイズの反応が検知されてな。未明の事だったので店を開けている人も殆ど居なかった為に人的被害は無かったのだが……
同時に、イチイバルの反応も検知された。』
朝の学校にて、私は師匠からの連絡を受けていた。要件は今朝早くに発生したノイズについて。
「って事は師匠、クリスちゃんがノイズと戦ってたって事ですか?」
『状況から判断するに、そうだろうな。』
「……」
クリスちゃんが、ノイズと戦っている。それが意味するところはつまり……
『どうした?』
「いえ、クリスちゃん、もしかしたら戻る場所がないんじゃないかなって……」
フィーネというあの女性は、クリスちゃんにもう用は無いと言っていた。
あの言い分は、よく知っている。
誰かを否定する為の言葉。人と人との繋がりを断ち切る悪意。
クリスちゃんはそれでもフィーネにすがろうとしていたけれど、あんな言葉を面と向かって吐く人が掌を返してクリスちゃんに優しくするなんていうのはどうにも想像できなかったのだ。
『……!!そう、だな……そうかも知れん。この件については此方で引き続き調査しておく。なにかあれば連絡するから、それまでは待機していてくれ。』
「わかりました!!」
教室に入る。明日の未来とのお話の為にも、出来れば今日の間は何事もなく進んで欲しい……なんて思いながら入った教室には、肝心要の未来が居なかった。
「小日向さん、お休みなんですか?」
そう声を掛けてくれたのはいつもの皆。
「うーん……私より先に登校した筈なんだけど……」
━━━━一瞬、脳裏をよぎるのはノイズの暴虐。だが、大丈夫だ。師匠は人的被害は無いと言っていたのだ。
……だから、大丈夫だ。
「……ビッキー!!昨日はゴメン!!」
「へ?」
「食堂で二人の事茶化しちゃった事!!コレでも責任感じてるんだから!!」
「あ、あー……」
なるほど、そう言われて思い返してみれば、未来が走り去ってしまう前には皆と会話していたのだった。
であれば、
「うん……まだ大丈夫って胸張っては言えないけど、この週末にちゃんと話し合うつもりだから。」
「そっか……よかった……」
「うーん……アニメだったらこういう時……落ちそうになったのを助けるとか!?」
「ちょっと。真面目に考えてくださいな?第一、そんな状況に陥る事なんてそうそう無いでしょうに……」
「あはは……」
……一昨日の事を思えば、正直ちょっとあり得るかも知れない。なんて言葉は当然口に出す事は出来ないままなのだった。
◆◆◆◆◆◆◆
━━━━意識が、浮上する。
「━━━━ハッ!?」
跳ね起きた場所は、話に聞く和室という物に見えた。
━━━━ここはどこだ?あたしは確か、フィーネの所から逃げ出して……一晩中ノイズ共と追っかけっこして……あぁそうだ。粗方片付けた所で限界が来ちまったんだ。
シンフォギアを纏うには、体力が要る。走り回れば更に腹は減る。
……業腹だが、アイツから貰った金で腹ごしらえしてなけりゃもっと早くに限界を迎えていたかも知れない。
「よかった……目が覚めたのね。びしょ濡れで倒れてたから、服は着替えさせてもらったわ。」
混乱するあたしに声を掛けて来たのは、アイツと同じ制服の少女。
そして、その言葉でようやく気付いたが、あたしの恰好も確かに変わっていた。
「なっ!?勝手な事を!!」
「あっ……」
意識がない内に勝手に身体を触れ回られるなんざ反吐が出る……そう思って反射的に憤って立ち上がったあたしに、何故かソイツは顔を真っ赤にしていた。
……そういえば、立ち上がって気づいたが、胸元が随分ザラザラするし、下の方はなんだか心もとなくスースーするよう……な……!?
「なんでだ!?」
「さ、流石に下着の替えまでは用意出来なかったから!!」
下に何も履いていなかった事にあたしの混乱は深まったが、通りすがりだろう彼女があたしに合う替えの下着を持ってるなんてそんな偶然があるワケも無く、その言葉には納得せざるを得ない。
だから仕方なしに、あたしは布団とやらにくるまって肌を隠す。
別に、あたしはフィーネみたくやたらめったらと露出する趣味は無い。むしろ……
「未来ちゃん。お友達の具合はどうだい?」
そんな風に思っていた所に顔を出して来たのは、温和そうな女性だった。
……しかし、友達?
「目が覚めた所です。ありがとう、おばちゃん。布団まで貸して貰っちゃって……」
「いいのいいの。あ、お洋服洗濯しといたからね。」
「ッ!?」
ここまでしてきた以上、何かしらの要求があるだろうと思わず身構えるあたしに掛けられた言葉は、その予想に反する物ばかりで。
「あっ、干すの手伝いますよおばちゃん。」
「あら、ありがとうね?」
「いえいえ。」
ありがとう、か……
『誰かと敵対する誰かよりも、誰かと仲良く出来る誰かとの方が仲直りしたくなりますよ』
頭の中はまだまだグチャグチャだ。フィーネから切り捨てられた事実に胸の中も傷み続けている。
━━━━けれど、なんだか。そういうのを見ているとちょっとだけ、あったかい気がしたんだ。
◆◆◆◆◆◆◆
「……あ、ありがとう?」
「ふふっ、どういたしまして。」
あったかいタオルで拭う少女の背中は、痣だらけだった。
やはり、一般的な状況には居なかったのだろう。なんてボンヤリ考える。
「……なんにも、訊かないんだな。」
「うん。私、そういうの苦手みたいなの。だから……貴方が教えてもいいって思ったら、その時でいいかなって。
今はちょっと、そこまで踏み込んであげられない。今の私は自分だけで手一杯なの。大事な人と、距離の取り方が分からなくなっちゃって。」
━━━━そうなのだ。お互いにお互いを想うからこそ、私たちはすれ違ってしまって。距離の取り方がお互いに分からなくなってしまって……
「……それって、誰かと喧嘩してるって事か?」
「そう……かもね。解決策は分かってるんだけど、今までのように仲直り出来るかの自信が出なくて。」
「喧嘩と仲直り、か……あたしにはよくわからないな、やっぱ。」
「貴方は、友達と喧嘩した事は無いの?」
ふと返ってきた答えに、気づけば聞いてしまっていた。
「……友達、居ないんだ。」
「……え?」
「……地球の裏側でパパとママを殺されて、それからずっと……あたしは一人で生きて来たからな……友達なんてそんな余裕は……」
「そんな……」
それを、今更になって後悔する。今は踏み込めないと、そう言ったのは私なのに。
結局は無遠慮にずけずけと彼女の心に踏み込んでしまった。
「ただ一人、あたしを理解して、正しい道へと導いてくれると思った人も……実際は、ただあたしを道具として扱うだけだった……
誰も、まともに相手なんかしやしてくれなかった。どいつもこいつもクズ揃いで……痛いと言っても聴いちゃくれなかった。やめてと言っても聴いちゃくれなかった。
あたしの話なんて……誰一人聞いてくれやしなかった……」
「……その、ごめんなさい。踏み込めないって言ったのは私の方なのに、結局……」
「いや、そうじゃねぇよ。コレは、あたしがただ勝手に語っただけの話だ。お前には、その……感謝してる。
……なぁ、きっと、大丈夫だよ。お前は。『誰かを傷つける誰かより、誰かと仲良く出来る誰かとの方が仲直りしたくなる』らしいぜ?
だから、お前とその友達なら、大丈夫だろうよ。」
貴方に辛い事を思い出させてしまった。そう続けようとした私の言葉は、彼女の言葉に遮られる。
「……ありがとう。気遣ってくれて。えっと……」
私を思いやって悪ぶって、それどころか私を応援してくれた。彼女のその気遣いが分かったから、お礼を告げたかった。けれど、そういえば彼女の名前を聞いていなかった事を思い出す。
「ふん……あたしはクリス。雪音クリスだ。それに……コレはあたしの言葉じゃねぇ……ただの受け売りだ。だから、効能なんざ保障しねぇからな。」
「ふふっ、クリスは優しいんだね。」
心から、そう思う。ぶっきらぼうで、噛みつくような態度で、けれど、他人を想える優しさに満ち溢れている。
クリスとはまだ短い時間しか話せていないけれど、それは確かに伝わってきた。だから……
「ッ!?……そうか?」
「うん……私の名前はね?小日向未来。もしも、クリスがいいのなら、私はクリスの友達になりたい。
……背負うべき覚悟は、もう決まったから。」
クリスが教えてくれた、受け売りだというその言葉。それで、思い出したのだ。お兄ちゃんも、響も、誰かを助けて、仲良くなりたいと思って無茶をし続けていたのだと。
だけど、今回は命がけの無茶で、しかも何も教えてもらえなかったから、私にもよくわからない感情が拒絶を起こしていた。
━━━━けれど、そうだ。私は元々、そんな無茶を受け入れていたのだ。
誰かと仲良くなりたいと思って、理不尽に挑む彼等の姿を覚えている。
だからきっと、何も教えてもらえなくて辛かった一番の理由は、私がお兄ちゃんや響の役に立てなかった事なのだ。
━━━━私も、お兄ちゃんや響の役に立ちたい。
この想いは紛れもない私の本当の気持ちだと、そう胸を張って言える。
どんなに辛い道のりだとしても、お兄ちゃんや響の傍に居たい。心配されるだけじゃなく、私だって二人の事を心配したいのだ。
その覚悟は決まった。だから、まずは目の前のクリスに集中する。彼女を放ってはおけないし、きっとお兄ちゃんも響も彼女を放ってはおかないだろう。
だから、踏み込む。
「……ッ!!ダメだ!!」
けれど、クリスはその手を払った。
「どうして?」
だが、重い事情を背負いながらも心優しいクリスが目の前に下げられた救いを否定するだろう事は織り込み済みだ。だから、その理由を知る為にグッと踏み込む。
「あたしは……あたしは、お前たちに酷い事をしたんだぞ……」
背を向けるクリスが返した言葉に、一瞬理解が追い付かなくなる。私たち?それって誰の事?
━━━━その瞬間を狙いすましたかのように、大気を裂くサイレンのけたたましい音が私たちを貫いた。
◆◆◆◆◆◆◆
「……どう思いますか?翼さんは。」
昼休みのリディアンの屋上、昨日にお兄ちゃんから抱き留めてもらった場所で、今日の私は翼さんに相談を持ち掛けていた。
相談の内容は、未来の事について。
「……まず、叔父様が報告していない、というのはあの人の性格上も、立場上も有り得ないだろうからまず無いだろうと除外出来る。そして、小日向さんは決して理由無く学校を休むタイプでは無い。
つまり、なんらかの事情で学校には来れなくなったが、それは直接ノイズに関係する事では無いだろう。と推測出来る。」
その返答に、思わず呑んでいた息がホッと抜けていくのが分かる。
……やっぱり、不安だったのだ。今朝のノイズ出現は未来が出て行った時刻と近くて、なおかつ出現場所も通学路に程近かったからだ。
「安心しろ、立花。小日向さんとて、自身が危険だと分かれば一も二も無く真っ先に立花か共鳴を頼る筈だ。便りが無いのは良い知らせとも言うだろう?」
「……そうですね。多分、野良猫でも拾っちゃって、寮じゃ飼えないからっておばちゃんのとこにでも転がり込んでるんじゃないかって思います。」
翼さんの励ましに、私もちょっと茶化して返す。
けれど、翼さんは困り顔のままで。
「……本来であれば、私が万全の剣として万難を払って、立花が苦労する必要がないのが一番なのだが……
他者も自身も、その全てを滅ぼしつくす破壊の歌たる絶唱。その反動を身に受けてしまっては……立花には苦労を掛けるな……」
「絶唱……滅びの歌……」
あの日、あの時、奏さんが歌った歌。そして、三週間前、翼さんもまた歌った歌。
けれど……
「でも!!でもですね!!絶唱でも壊せない物だってちゃんとありました!!お兄ちゃんが居れば、絶唱は滅びの歌じゃなくなるんです!!
それに……私が二年前の事故の後、辛いリハビリに耐えられたのは、翼さんの歌に励まされたからです!!
だから、翼さんの歌はただ壊すだけの歌なんかじゃありません。聞く人に元気をくれる歌なんです!!それだけは、絶対に、絶対です!!」
そう、今の私を支えてくれているのは、未来やお兄ちゃんだけでは無い。
翼さんの歌があったからこそ、その歌声に元気をもらったからこそ、今の私がここに居るのだ。
「……ふっ、ありがとう。立花。けれど、これではむしろ私の方が励まされてしまっているみたいだな。」
「……あ」
あったかいなぁ。と思う。そうだった。こんな風ななんでもない時間を私は未来やお兄ちゃんと過ごしていたのだ。
「そういえば、あの後、奏さんの調子はどうなんですか?結局昨日あのまま別れちゃいましたけど……」
「むしろ元気過ぎるくらいね……ギアが纏えない以上は義手や義足を使う方向でリハビリの話が進んでいるのだけれど、今朝聞いたら、それが完成したら歌手への復帰も考えているらしい。
……立花のお陰だ。」
「わぁ……!!もしかして、ツヴァイウイングの復活も有り得るんですか!?」
ふと訊ねた事への返答として聞かされたその知らせは、私に更なる勇気をくれるものだった。
「今はまだ、かもしれない。程度の話だがな。奏が前向きに復帰を目指す以上は……きっと、いつか……」
「はい!!私も信じてます!!翼さんと奏さん、また二人一緒に並んでステージに立つ日が来る事を!!」
━━━━そうして、無邪気に明日への希望を交わす私たちの間に流れる心地よい空気を裂いたのは、本部からの緊急連絡のコール音だった。
サイレンは鳴り響いた。
差し向けられし刺客は無差別に人を喰らい尽くすだろう。
━━━━それが、少女には我慢ならなかった。
手に入りかけたぬくもり、その代償だと言わんばかりの暴虐を前に、少女の心は傷つき、泣き叫び続ける。
その叫びを聞き逃さぬ男達が居る。暴虐の嵐に抗う男達が居る。
男が覚悟を握った拳に、貫けぬ物などありはしない。コレは、その証明の第一楽章だ。