戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第二十六話 陰翳のブレイカー

「おい、こりゃ一体なんの騒ぎだ?」

 

甲高い音が空を裂いた直後、よく分からないままに未来……というらしい。ソイツに連れられて外に出て見れば、其処に広がっていたのは人々が取る者も取らず逃げ惑う光景だった。

まるで襲撃があった時のようなその物々しさに、いやな想い出が顔を覗かせるのを必死に抑える。

 

━━━━だが、その努力を嘲笑うかのように、現実はあたしを蝕んでいく。

 

「なにって、ノイズが現れたのよ!?」

 

「ッ!?」

 

「警戒警報、知らないの……?まさか、クリス、貴方……!?」

 

あぁ、あたしは、なんて愚かなんだ。

こいつ等のあたたかな温もりに触れてすっかり忘れてしまっていた。

 

━━━━フィーネがあたしを追っているという、あまりにも重大な事をだ。

 

あたしは、フィーネの計画に深入りし過ぎている。フィーネの拠点の位置、フィーネが二課にて纏っている仮の姿について、そしてなによりも、詳細こそわからないが、カ・ディンギルというフィーネの計画の根本にまで迫ってしまった。

そんな奴を野放しにしておく程フィーネは暢気していない。実際、昨日から夜中じゅうノイズと追いかけっこをするハメになったのだ。

そんなフィーネが、たかだかあたしを見失った程度で追跡を諦めるだろうか?

 

━━━━いいや、有り得ない。

 

その証拠に、今も警報の音は鳴り響いている。目が覚めれば見知らぬ場所だったから上空から見た時の記憶頼りの推測程度になるが、警報が避難を促している地域は今朝にあたしが行き倒れていた辺りだろう。

 

「……あたしのせいだ。」

 

「クリス……」

 

「お前は逃げろ。もう、お前は関係無い。ノイズなんかに関わらなくていいんだ。だから、さっさと避難しろ。」

 

「でも……!!」

 

未来(ソイツ)が紡ごうとした言葉ごと置いて走り出す。このノイズの狙いは間違いなくあたしだ。であれば、あたしが身を晒せば無差別な攻撃は無くなる。

一体、何をやっていたのだろうか。あたしなんかが幸せになれる筈が無いというのに……!!友達なんて、願ってはいけないというのに……!!

 

視界の端で、親に連れられて避難する少女が落としたぬいぐるみが踏みつぶされて行くのを横目に見ながら、避難する人の波をあたしは逆巻いて行った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「はい、翼です。立花も一緒に居ます。」

 

『共鳴です。此方も今学校を出るところです。』

 

リディアンの屋上にて、本部からの緊急通信を受ける。師匠やお兄ちゃんも含めての同時通信で一気に連絡事項が通達されるシステムである。

 

『相当な数のノイズを検知した。出現場所もほぼ同じことから、未明のノイズ出現と関連していると思われる。』

 

「了解しました。では立花と共に現場に急行します。共鳴とも現場で合流を……」

 

『いや、一塊になって殲滅するには範囲が広すぎる。商店街入り口のアーケードに翼が、その周辺地域での遊撃に響くんと共鳴くんのタッグで当たってもらう。

 特に翼、お前は未だ体力が戻り切っていない筈だ。動き回るのは元気な二人に任せて避難する人々を護って欲しい。』

 

「なるほど……」

 

「しかし!!」

 

師匠のいう事は尤もだ。幾らお兄ちゃんのお陰で軽く済んだとはいえ、翼さんの負傷はそれでも重い。

そして同時に、ノイズの広範囲出現に対して守勢にしか回れない翼さんの歯がゆさもまた、私にはわかる。だから……

 

「翼さんは、皆を護ってください。そしたら私とお兄ちゃんは真っ直ぐ前だけ見つめて突き進めます。」

 

真っ直ぐに、翼さんを見つめる。掛けた言葉は紛れもない私の本心だ。

後ろを護ってくれる誰かの存在がこんなにも心強いだなんて、ここまで痛感したのは初めてだ。

 

━━━━だって、いつもは未来が私の隣に居てくれたから。

 

「……ふっ、私の負けね。分かったわ。共鳴くんの事、よろしくね?」

 

『どうして俺の方が世話される事前提なのかなぁ!?』

 

「さぁ?自分の胸に訊いてみればいいんじゃないかしら。それでは司令、私はアーケード街へ直行します。」

 

『全く……司令、俺は響と現地で合流します。もしも避難しそびれた人が居たら誘導しますので、緒川さんに作戦範囲外での待機をお願いします。』

 

空気を軽くするためのジョークなのだろう、お兄ちゃんと翼さんの軽口の掛け合いに苦笑しながら師匠の返答を待つ。

連絡事項の確認は大事な事だ。特に、私達のように命を懸けた現場では、忘れていたでは済まされない。

 

『あぁ、緒川も既に本部を出立している。いつもの黒い車だ。何かあればそれを探せ。では、作戦開始!!』

 

『はい!!』

 

そして、私達は師匠の指示に従って走り出す。

最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に、ノイズに苛まれる人々の基へと向かう為に。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

走って、走って、走って。

周囲に人っ子一人居なくなるまで走り続ける。

 

「はぁ……はぁ……」

 

息が辛い。結局、あの後も何も食べちゃいないから、空腹を通り越して苦痛になってきた。

だが、それでいい。あたしにはそれがお似合いだ。

 

「そうだ……あんな風に関係無い奴等が巻き込まれたのだって、あたしのせいなんだ……」

 

だから、コレでいいのだ。

 

「う、あ、あぁぁぁぁ!!」

 

涙が溢れる。膝に力が入らない。

ガクリ、と崩れ落ちる身体を止める術が、止めようという気持ちが、今のあたしにはまるでなかった。

 

「あたしがしたかった事は!!こんな事じゃなかった!!なのに、いつだってあたしのやる事は……

 いつもいつもいつも……!!うう……ああ……」

 

━━━━ノイズを使った。

そう、あたしは平和の為にと唆されて、自分の意思でソロモンの杖を振るったのだ。

ノイズという武器を使って、人を殺したのだ。

結局のところ、あたしは、あたしを虐げたクズな大人たちと何も変わらない。

武器を振るって、傷つけ、犯し、殺す。

同じことだったのだと、フィーネから突きつけられた心の傷が今さらになって痛みやがる。

 

━━━━世界を平和にしたかったのに。

 

泣きじゃくるあたしの背後から迫りくる音。死の足音。

ノイズの音。あたしが振るった武器の音。

 

「来いよ……あたしは、此処に居る!!だから……他の奴等の所になんぞ行かせねぇ!!」

 

啖呵は切った、だが数が多い。イケるか?

━━━━いいや、行かせるワケにはいかないのだ。こいつ等を通してしまえば、それだけ人が死ぬ。

だから━━━━

 

Killter━━━━(銃爪にかけた指で━━━━)……ゴホッ!!』

 

━━━━そんなことが、あたしに許されるとでも?

刻まれた心の傷が、一際疼いた。

シンフォギアを構成する歌は、装者の心理状況を反映する。フィーネはそう言っていた。

あぁ、だから。ノイズを振るって人を殺したあたしが、いまさらに人々を護ろうだなんて、そんな虫のいい話をあたし自身が信じられなかったから。

胸の歌は、掻き消えて━━━━

 

しまった、と思うよりも早く、死は空から降ってくる。飛行型ノイズの突撃。奇しくも二日前と同じ技。あの時と違って突撃してくるようなバカも居ない。

コレは死んだな。と脳が冷静な判断を下す。嫌な予感もビンビンだ。直撃コースを避けられない。

 

「━━━━ふんッ!!」

 

━━━━だというのに、その未来は覆された。

一体どうして?

 

 

━━━━其処には、炎が立っていた。

否、炎が如き髪を逆立てた、一人の男が立っていた。

力を踏みしめた両足は路面をめくれ上がらせ、

岩山にも似た、険しい真顔を浮かべて。

男が、其処に立っていた。

 

「覇ァァァァ!!」

 

めくれ上がった路面を、続けざまの一撃が砕く。その衝撃にノイズすら吹き飛んで、続けざまに突撃せんとしていた地上の連中をも巻き込んでいく。

……そういえば、フィーネが言っていた。攻撃の瞬間のみ、ノイズはこの世界に実体化すると。だから、この瞬間だけは物理的な、あまりにも物理的なその攻防が成立したのだろう。

 

「なッ!?」

 

だが、それでも並大抵の事では無い。ノイズという絶対の死を前に臆せず飛び込み、路面の堅さすら意に介さず一撃で以てめくれ上がらせ、砕き散らすなど。

 

「はぁぁぁぁ……!!ふん!!」

 

その乱入者に気を取られている間にか、ノイズに三方を囲まれてしまっていた。だが、目の前のノイズ達相手には路面が盾になっているし、ノイズというのは同士討ちをしないようプログラムされているから挟み撃ちの心配は無い。

だからだろう、その乱入者の行動は素早かった。

またもや路面をめくれ上がらせて右から突撃してくるノイズを食い止め、あたしを抱きかかえて跳んだのだ。

 

━━━━そう、跳んだのだ。

 

ゆうに十mはあるだろうビルの屋上へと着地して、ようやくあたしの現実味が戻ってくる。

 

「大丈夫か?」

 

「……ッ!!」

 

あまりの理不尽に思考が停止してされるがままだったが、あたしに助けなんて必要ない。だから、それを拒絶する。

けれど、その前に立ちはだかるのは飛行型ノイズ共。

 

何がどうなったのかは全く分からないが、ひとまず頭の中の疑問は総て棚に上げて、胸の歌を紡ぐ。

 

Killter ichiival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

抜き撃ち代わりにボウガンをお見舞いして飛行型を殲滅して、後ろの男を見やって言い放ってやる。

 

「ご覧の通りさ!!あたしの事はいいから他の奴等の救助に向かいな!!」

 

「だが!!」

 

「こいつ等はあたしが纏めて相手してやるってんだよ!!

 ……ついて来やがれノイズ共!!」

 

━━━━BILLION MAIDEN

 

対多数、あまりにも多勢のノイズを一掃する為にはあたしのイチイバルのような面制圧の火力が必要だ。アームドギアをガトリングへと変形させ、弾幕を張ってノイズ共をおびき寄せながら開けた場所へと移動する。

後ろに開けていた川っぺり。そこが最適だ。

 

「オラオラオラァ!!」

 

そんな開けた場所故に、数を頼りに空から強襲してくる飛行型ノイズの群れ。

それを相手するには取り回しの重いガトリングは適さない。二日前のでそんなものは見切っている。だから状況を読み、アームドギアをクロスボウへと変形させながら群れるノイズ共に対処する。

 

「接近戦ならってか?無駄なんだよッ!!」

 

そんな飛行型ノイズに紛れて近づいて来た人型ノイズを背負って投げながら、操っているだろうフィーネに告げてやるつもりで言葉を吐く。

あたしの弱点である接近戦を飽和攻撃に紛れて行ってくるなんて秩序だった動き、間違いなくソロモンの杖の指令(コマンド)が入ってやがる。

 

「そう、接近戦に持ち込もうったって無駄なんだ。だから……アンタがそうやって大物を呼び出して来やがるのも計算済みだってんだ……!!」

 

息があがる。あたしを見つけて着々と集ってきたノイズ共が寄り合わさり、大型ノイズへと変じるのを見逃すしか無い事実に歯噛みする。

だが、数が多いだけならともかく、さっきのような策を弄した飽和攻撃を続けられれば、疲弊した今のあたしに勝ち目はない。

だから、フィーネの勝負下手な研究者気質を利用してちょいと鎌を掛けてやったのだ。

 

━━━━弱点である接近戦であたしを対処出来ないとなれば、大技でしか吹っ飛ばせない大物を用意してくる筈だ。

 

イチバチだったその策は大当たりを引き、周囲を彷徨ってたノイズも含めて混ぜ込んで生成された大型ノイズは二体。

こいつ等を吹き飛ばしちまえばフィーネも今の攻撃は無駄と諦める筈だ。なにせ二課の連中が出張ってきている以上、ノイズの連続召喚によってあまりにも長い時間襲撃し続ける事は二課に潜むフィーネ自身の頸を締める結果になる。

だから、コイツ等に大技を叩き込んでやればそれで終わり……だが、それを為すヒマがない。

 

大型ノイズ共の攻撃を避けながらチマチマ攻撃を叩き込んでは見るが、やはりこのサイズともなると位相差障壁が分厚くなり、有効打の一つすら通らない。

しかし、今のあたしではこいつ等をどうにか出来る飽和火力を叩き込めるのは一回こっきりが限界だ。それ以上はバックファイアで今朝のように意識を刈り取られかねない。

となれば取れる手は一つ。こいつ等を起動限界まで引っ張り続けるだけ……そう、あたしは考えていた。

 

━━━━この千日手を打ち破る閃光が、空から降ってくるまでは。

 

「ッ!?なんの用だ!!」

 

━━━━其処には、剣が突き立っていた。

大型ノイズの中心を(あやま)たず貫き、地面に突き立つ揺るぎ無き刃。

二日前、あたしの攻撃を悉く受け止めた分厚い剣が、其処に突き立っていた。

 

「勿論、ノイズを殲滅する為だ。加勢……と言いたい所だが、キミはそれでは納得しないだろう。だからまぁ、余計なお世話だとでも思っていてくれ。」

 

一体の大型を一撃で叩き潰し、もう一体の攻撃をも軽やかに躱しながらにそんな暢気を吐いてくるその女に苛立ちが募るが、アイツのお陰で大型が減ったのは確かだ。

その口車の通り、加勢のつもりなのだろう。

 

「全く以てその通り過ぎるから余計なんだよ!!」

 

そんな風に行動や思考を読まれているのが気に食わないのだから、反射的に口を突く言葉は当然荒っぽくもなる。

 

「残りはあたしがやってやる!!余計過ぎる手出しはするんじゃねぇぞ!!」

 

「……いいだろう。ならば見せてもらおう、戦場(いくさば)に響くキミの歌を。」

 

「ッてめ……!!あぁクソ!!いちいちが癪に障りやがる!!

 ロックオン!!八つ当たりだが悪く思うな!!喰らって散りやがれデクノボー!!」

 

━━━━MEGA DETH PARTY

 

ソイツの言い草に憤りながらも、大型ノイズを叩く為に腰のアーマーから引きずり出したミサイルを撃ち出す。それは、二日前にあのバカに向かって放ったのと同じ技。だが、今回のそれは一味違う。

アイツを逃さぬように範囲攻撃としたあの時とは違い、今回必要なのは一点火力。それ故に、ロックオンするのは大型ノイズの中枢ただ一点のみ。

寸分たがわずに一点へと火力を叩き込み、最大限の破壊と成す。

 

「ケッ……こんなもんだ。」

 

大型も含め、粗方のノイズは殲滅された。被害こそ出たものの、それは最小限と抑えられただろう。

さらに言えば、あたしを躍起になって殺そうとノイズを放てば、それは二課にも伝わってしまうという事実がフィーネへの牽制ともなるだろう。

なにせ、今日の襲撃を以てしても二課の横入りによってフィーネはあたしの限界点を見定められ無かった。フィーネの制御を離れた少数相手に一夜中追いかけっこして今朝に限界を迎えて倒れるなんて無様を晒した時に未来(アイツ)に拾われたのが功を奏した形なのは、皮肉なのだろうか。

 

未だ展開したままのイチイバルによる身体能力向上を利用して足早に戦場を離れながらも、そんな風にあたしの思考は回り続ける。生きる為に。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「はぁ、はぁ……もう被害が出ちゃってる……」

 

走って、走って、走って。

ようやくに現場周辺まで辿り着いた時には既に状況は大分進行してしまっているようだった。

空を駆けてノイズがアーケードの方へ集っていくのが分かるが、そちらには翼さんが居る。むしろ警戒すべきは集わなかったノイズだと気を引き締め直す。

 

━━━━集っていかない、という事はつまり、誰かを狙っているという事なのだから。

 

「きゃあああああ!!」

 

「ッ!?」

 

そして、その予想通りに聴こえた悲鳴に、思考よりも先に身体が反応する。

悲鳴の出所は近くにあった廃ビルだった。

 

「誰か!!誰か居ます……ッ!?」

 

誰か居ますか?と問いかけようとした言葉を終えるよりも先に、死が頭上から降ってきた。

 

「くっ……!!」

 

映画のように足を抱え込んでの前方宙返りで床が抜けた地下フロアまで一気に飛び降りて着地。見上げた先に居たのは新種のノイズだった。

まるでタコのような姿をした、多足の触手ノイズ。

ビルの鉄骨に巻き付いたままに薄暗がりに身を隠していたそのノイズに襲撃されたのだ、と気づいたからにはやるべき事は一つ。

 

━━━━ガングニールを纏う。

 

「ッ!?」

 

そう決心した私を、止める手があった。

気づけば、隣に未来が居た。もしかして、さっきの悲鳴も未来が!?

そんな風に混乱する私を抑えながら、未来はスマホを操作してある文面を見せて来た。

 

『静かに。あれは大きな音に反応するみたい』

 

「ッ!!」

 

そうか、だからさっき、私の大声に反応してあのノイズは攻撃してきたのか。

 

『アレに追いかけられて、ふらわーのおばちゃんとここに逃げ込んだの。

 ただ、その時におばちゃんが倒れてしまって……上の方の足場があのノイズの攻撃で崩落したから、その時の私の悲鳴で今は場所を誤魔化せてるけれど……』

 

マズい状況だ。シンフォギアを纏う為には歌が必要だ。しかし、歌を歌えば未来やおばちゃんも私を狙う攻撃に巻き込まれかねない。

 

『響、聞いて。私が囮になってノイズを引き付ける。だから、おばちゃんをお願い。』

 

悩む私を前に、未来が示してきたのは、私には到底受け入れられない打開策だった。

 

『ダメだよ!!そんな危ない事、未来にはさせられない!!』

 

だから、未来を説得する為に私もスマホを取り出して反論する。

幾らなんでも、ノイズを前に身を晒して逃げ続けるだなんて危険が過ぎる。

 

『元陸上部の足だからなんとかなる』

 

『ならないよ!!』

 

『だったら、なんとかして?』

 

え……?

未来の言葉に、私の混乱はますます深まっていく。

確かに、私だって未来を助けたい。けれど、それは絶対に出来る事では無い。リスクが大きすぎる。だから、別の方法を探したいのに。

 

『危険なのはわかってる。だけど、私は大丈夫だって確信してるの。

 ━━━━だって、私が困って、泣きそうになったら、誰よりも速く駆けつけてくれる人が二人も居るんだもの。

 私の全部、響とお兄ちゃんに預けさせて?』

 

その言葉の強さに、その信頼の重さに、応える手段が、今の私には一つしか無い。

……未来は、覚悟してくれているんだ。私とお兄ちゃんが危険に飛び込む事を。

 

「うぅ……」

 

『ッ!?』

 

おばちゃんが目覚めそうなのか、呻き声をあげる。そして、それに反応を示すタコ型ノイズ。

まさか、あんな小さな音にも反応するの!?

 

「……私、響にもお兄ちゃんにも酷い事言っちゃった。けど、鳴弥おばさんから全部聴いたの。お兄ちゃんが私を護ろうとした事も。

 けどね?私だって、お兄ちゃんや響の背負う物を一緒に背負いたい。ノイズと戦う力は無くても、違う何かで。」

 

「……わかった、約束する。絶対、助けに行くから。」

 

抱きしめるように近づいて、私の耳元へと小声で告げる未来に、私は新たな決意を口に出す。

そうだ。約束だ。

次はもう約束を破らないって、未来と約束したんだ。だから、コレは絶対に絶対だ。

 

「……ありがと、響。それじゃ、行ってくる!!」

 

スッと立ち上がって、未来が叫びと共に駆けて行く。そして、それに釣られて行くタコ型ノイズ。

 

Balwisyall Nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)……』

 

それを見送るよりも先に、胸の歌を紡ぐ。

まずはおばちゃんを安全な場所へと退避させなければ━━━━!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

空を駆ける。

レゾナンスギアはシンフォギアとの同時運用を前提に造られた物であり、アメノツムギの性能を最大限に引き出す為の物だが、実はレゾナンスギア無しでもアメノツムギの能力を運用する事は不可能では無い。

恐らくは縦糸と横糸であろうと思われる二本の糸と、その両端。合計四本を十m程度まで伸ばす事はフォニックゲインが無くとも可能であり、この能力を用いて対人格闘術と為した物こそが『天津式糸闘術』であるからだ。

 

そして、今俺が行っている事はその応用。昨日に響の基へと馳せ参じた時と同じく、屋上の構造物を利用した急加速による大跳躍だ。

糸を用いた移動手段として以前から多少は利用していたが着地の危険性から使用を控えていたものの、新たなレゾナンスギアの完成を機に実戦投入し始めたのだ。

身体能力向上の機能が無いレゾナンスギアでは、三次元機動力においてシンフォギアには数段も劣る。それを埋める為にはこの技が最も早かったのだ。

 

「……避難はほぼ完了済みか。」

 

上空から見渡す限り、逃げ遅れている人は見当たらない。それを嬉しく思うと同時に、悲しくも思う。

それだけ、昨今のノイズの異常襲撃に馴れてしまったという事でもあるのだから。

 

「あれは……緒川さんか。」

 

そんな風に思う中で、逆に現場へと向かう黒い車を見つける。

恐らくは、逃げ遅れた人を保護する為に同じく現場へと向かっている緒川さんが駆る車だろう。

 

━━━━眼下の廃ビルが火山の如く吹っ飛んだのは、その瞬間だった。

 

「アレは……響!?それにおばちゃんも!?」

 

響がふらわーのおばちゃんを抱えているのを確認しながら、合流する為に緒川さんの車の基へと進路を変更する。

 

「響さん!!」

 

「緒川さん!!おばちゃんの事、お願いします!!」

 

「響さんは、どうするんですか?」

 

「急がないといけない所があるんです!!お兄ちゃん!!未来が!!」

 

響と緒川さんの基へとたどり着いた時に聴こえて来たのはそんな会話。

そこに出て来た名前に、焦燥が募る。

 

「未来がどうしたんだ!?」

 

「今も、未来は戦ってるの!!だからお願い!!未来を助けに行くのを手伝って!!」

 

「……わかった、跳ぶぞ!!着地任せた!!」

 

「うん!!方向はあっちの山の方!!」

 

どうしてそうなったのかとか、色々訊きたい事はあった。けれど、未来が今も戦っているというのなら、行かなければならない。

響の纏うフォニックゲインを受けてマフラーをたなびかせ始めたレゾナンスギアを繰り、響を抱き留めながらビル群を使って低空軌道の高速跳躍を敢行する━━━━!!

 

「それで!!どうしてそんな事になってるんだ!?」

 

高速跳躍の最中、今度は響に抱えられる形で体勢を入れ替えながらに問いを投げる。

 

「未来は、鳴弥おばさんから事情を聴いたって……それで、未来は全部預けてくれたの。私達なら、絶対に助けてくれるって!!」

 

響のギアの脚部のジャッキが伸びきり、そして着地と同時に押し出されて第二跳躍へと入る。

二人一緒なために重心が高い事で荒ぶるその跳躍の向きをレゾナンスギアにて修正するのは、長く一緒に居て息が合う響とで無ければ出来なかっただろう。

 

「……そっか。全部知って、それで、受け入れてくれた。なら、今すぐに助けに行かないとな……!!」

 

「うん!!助けたいと思う私達だけじゃなくて……助けられる誰かも一生懸命だから!!その覚悟に応えたい……!!私は、未来を救いたい!!」

 

━━━━その想いは、どこまでも真っ直ぐな物だった。

いつの間にか沈み始めていた夕焼けが染める街並を眼下に見ながら歌を紡ぐ響の姿が、二年前のあの日、絶唱を放つと決めた時の奏さんと重なって。

護りたいと思った。誰かを助けたいと、友達を救いたいと願うその真っ直ぐな想いを。護りたいのだ。俺は。

 

「……そうだな。簡単な事だったんだ。誰かと敵対する誰かよりも……誰かと仲良くして、誰かを助けたいと思う人とこそ仲直りしたくなる……そういう事でもあるんだな。」

 

「きゃあああああ!!」

 

叫びが空を裂いたのは、俺が思い至ったその瞬間だった。

未来の声だとすぐにわかった。

 

「ッ!?お兄ちゃん!!あっちの坂道!!」

 

「あの池の上だな!!任せろ!!」

 

空中でまたもや体勢を入れ替え、ビルの角を利用して方向を入れ替えながらスイングコースへと入る。

 

「響!!地面に擦らせる!!ジャッキで加速頼む!!」

 

「わかった!!せぇ、の……ッ!!」

 

スイングバイに加えて、響のジャッキを使った二段加速。その初速で荒ぶる加速から響を護りながら見据える。

タコ型ノイズに追われる未来が転んでしまったのが見える。

 

「未来ゥゥゥゥ!!」

 

気づけば、叫びをあげていた。未来を喪うのが怖い。こうなってしまうのが、一番怖かった。

 

━━━━二年前の、響のように。そして、何よりも竜子さんのように。

 

けれど、未来は戦っていた。抗ってくれた。

だから、タコ型ノイズの攻撃をギリギリの所で躱してくれたのが、最早間近に見える━━━━!!

その攻撃の余波で崖が崩れて未来も投げ出される。だが、その程度は想定済みだ。

生きてくれているのなら、何度だって手を伸ばせる!!

 

「響!!ノイズは任せた!!俺は未来と着地に入る!!」

 

「わかった!!はァァァァ!!」

 

腕のジャッキを引き延ばし、響が拳を振りかぶる。アレならば、一緒に空中に投げ出されたノイズ程度なら何も問題無いだろう。

 

「未来!!手を!!」

 

「お兄ちゃん!!」

 

伸ばされた手と手を繋ぎ、未来を抱き留めながら後方の崖へとレゾナンスギアを振るう。

崖を固定するコンクリート壁へと伸ばした七つの糸の切っ先を突き立て、内部へと抉り込みながら固定する。

糸でありながら武器であり、超常の動きを可能とするレゾナンスギアでなければ出来なかった芸当だ。

 

「……ゴメン、ちょっと遅れた。」

 

「……ちゃんと間に合ったから許す。」

 

「わわわわわー!?」

 

二日ぶりにちゃんと話せた俺と未来の間の空気を裂いて、ノイズを吹っ飛ばした反作用で勢いが殺されて自由落下していく響にも糸を投げて捕縛する。

 

「あ、ありがとうお兄ちゃん……って、また足から逆さづり!?」

 

「あー、すまん。頓着してる暇がなくて。それじゃ降りるからなー。」

 

崖へと突き立てた七本の糸を伸ばして段々と崖を下って行く俺の耳に、不穏な台詞が聴こえて来たのはその時だった。

 

「……ま、いっか。ようやく一息つける……ホッ。」

 

「……おい響!?今レゾナンスギアはフォニックゲインでこの糸維持してるんだぞ!?ここで響がシンフォギアを解いたら━━━━」

 

「……へっ?」

 

その先は、言葉よりも先に行動で成さなければならなかった。

シンフォギアからのフォニックゲイン供給が無くなっても、今のレゾナンスギアなら確かに多少の間はその力を保つことが出来る。

 

━━━━だが、今はとにかく場所が悪かった。

 

優に30mを超える高さのある坂。そこに重量を支える為に七本もの糸を引っかけていた為に、アメノツムギ自体が繰り出せる限界を大幅に超えているのだ。

既に地面までは数m程度の距離だが、下が坂になっているのがこの場合は幸いした。

引っかけていた七本を即座にパージし、二本の糸で響と未来を支え、残り二本を近くの樹へと括りつける。

 

「ッ!!」

 

「うわわ!?お、お兄ちゃん!?」

 

これによって落下の方向はスイングの為に投げ出される形にはなるが、それでも落下の勢いが殺し切れない。スイングされたその先には小さな池があるが、そこに響と未来を叩き込むワケにはいかない。

 

━━━━ならば、どうする?

 

「その答えはただ一つ……!!響、未来の着地、よろしくな。」

 

そして、スイングによる加速と同時に響と未来を坂の上へと放り投げる。だが、その反動によってブランコの要領で重心が大幅に前に寄ってしまうが為……

 

━━━━そうして、俺は頭から池へと飛び込む事になったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「お、お兄ちゃーん!?」

 

「響!!着地着地!!」

 

「あっ、そうだアタッ!?あらっ、あら、あららららー!?」

 

急展開に次ぐ急展開だ。ノイズから走って逃げていたら、私の名前を呼ぶ声が聴こえて、諦めたくないともう一度走り出したら吹き飛ばされて……

だけど、二人は助けに来てくれた。

 

「あたたた……ふっ、ふふっ。」

 

「いたたた……ぷっ、ふふっ。」

 

『あはははは!!』

 

「いやー、急に着地しろなんて言われて、すっかり転がっちゃった。」

 

「あちこち痛くて……でも、生きてるって感じがする。

 ありがとう。響とお兄ちゃんなら絶対に助けてくれるって信じてた。」

 

「ありがとう。未来なら絶対に最後まで諦めないって信じてた。

 だって、私の友達だもん。」

 

その言葉に、涙が溢れるのが抑えられない。

思わず響に抱き着いてしまう。温もりを感じたくて。

 

「怖かった……すごく、怖かった……」

 

「……うん、私も。すっごく怖かった。だから……」

 

━━━━その先に告ごうとした二の句は、後ろの池からあがった声にかき消される事となる。

 

「っぷはぁ!!」

 

「うわぁ!?……あ、お兄ちゃんの事忘れてた!?」

 

「……あ、た、大変!!」

 

響と一緒に、池に沈んだお兄ちゃんを引っ張り上げる。

水を吸った制服は重く、冷たくて。

 

「ゲホッ!!ゲホ、ゲホッ……すまん。助かった……それと、未来が無事で、本当に良かった。」

 

一番苦労したのはお兄ちゃんの筈なのに、一番温もりから遠ざかってしまったのはお兄ちゃんの筈なのに。

それでも何でもない事のように私の無事の方を喜ぶお兄ちゃんに、ちょっと腹が立つ。

 

「……お兄ちゃん、私ね?怒ってたのは黙って居たからじゃないのよ?

 だって、お兄ちゃんも響も、誰かを助ける為に一生懸命なのなんていつもの事だもの。

 私が腹を立てていたのは、私を護る為に私の事を考えて貰えなかった事。お兄ちゃんと響の役に立てない足手まといのままだったのが、一番イヤだったの。」

 

「それは……」

 

「分かってる。お兄ちゃんが何も知らせない事で私の事を護ろうとしたことも。けど……すっごく心配したんだからね?」

 

「はい……面目次第もございません……」

 

そう、心配だったのだ。お兄ちゃんや響が私の知らない所で命を懸けていることが。

 

「ぷっ……ふふっ、あ、ダメだ……コレ笑っちゃいけない奴だ……」

 

「なに?」

 

そんな私とお兄ちゃんを見て、何故か響が笑いを堪えていた。

 

「あははは!!だってさ、髪の毛ボサボサ、涙でグチャグチャ、なのにシリアスな事言ってる未来が、全身ビショビショで藻までくっ付いてるお兄ちゃんにお説教してるのがおかしくって、つい!!」

 

……言われてみれば、そうである。池に浸かっていたお兄ちゃんはビショビショだし、頭には藻がくっついた姿で正座しているのは確かにおかしいだろう。

私の方も、走って、吹っ飛ばされて、髪の毛を気にする余裕なんて一切無かったし、それはひどいことになっているだろう。だが━━━━

 

「そういう響だって似たような物じゃない!!」

 

「えっ!?うそ!?未来、鏡貸して!?」

 

「鞄の中ならともかく制服の中には危なっかしくて入れてらんないよ……あ、そうだ。コレで撮影すれば……お兄ちゃんも入る?」

 

「いや、二人で撮るといいさ。俺は見なくてもヒドイ有様ってわかるし、まず藻を落としてくる……」

 

……そう言って離れていくお兄ちゃんの背中は、ちょっぴり煤けて見えた。

 

「んーっと、こんな感じかな?」

 

「もうちょっと左……よし、撮るよ?響。」

 

パシャリ、という電子音と共に保存された写真は、二人揃ってヒドイ有様だった。

 

「おおおおお……コレはヒドイ……もしや私達、呪われているのでは?」

 

「……私も、ちょっと想像以上だったかも……」

 

『あははははは!!』

 

「……一件落着。って奴かな……ふぇっきし!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「はい。ふらわーから回収しました。中身など、問題は無いでしょうか。」

 

「ありがとうございます!!」

 

「どういたしまして。」

 

陽は没し、既に夜の帳が落ちて来た中、事後処理が進められている。

共鳴くんと響くん、そして未来くんの三人が一緒に現れたのはある意味で予想外の事だった。

 

……まぁ、共鳴くんは服を着たまま池に落ちたとの事で、既に念を入れて病院へと搬送されているのだが。

 

「あの……師匠。」

 

「ん、どうした?」

 

そんな中で、響くんがおずおずと声を掛けて来た。

 

「未来に、またもや戦ってるところをじっくりバッチリ目撃されちゃいまして……」

 

「違うんです!!私が首を突っ込んだから……!!」

 

仲良き事は美しきかな。思わずそんな言葉が脳裏をよぎる。

だが、責任を取る大人の立場として、そんな美しい友情にも、なぁなぁでは無いちゃんとした落としどころを作ってやらなければならないのが辛い所だ。

 

「ふむ……詳細は、後で報告書の形で聞く。だがまぁ、不可抗力、という奴だろう。

 それに、人命救助の立役者にはうるさい小言も言えんだろうよ。」

 

即ち、人命救助の為の致し方のない事情であった。とするワケだ。実質的にはお咎め無しの形だが、こういった形式を護るのは我々二課の体裁を護る上で役に立つのだ。

 

「やたっ!!」

 

「うん!!」

 

『イエーイ!!』

 

━━━━そんなところに、けたたましい音を立てながら到着する軽自動車が一台。

所用(・・)にて遅れると連絡のあった了子くんだろう。

 

「ふっ……主役ってのは、遅れて登場するものよ!!

 さーて、どこから片付けましょうかねー。」

 

……その精力的な姿に、複雑な思いがよぎる。だが、それを表に出す事は許されない。少なくとも、これだけ人が居る場所でそれを出すのは致命的だ。

 

「……さて、後は頼りがいのある大人たちの出番だ。響くんと未来くんは帰ってゆっくり休んでくれたまえ!!」

 

『はい!!』

 

「……あの!!私、避難の途中で友達とはぐれてしまって……雪音クリスって言うんですけど……もしかして、彼女もこの件に関わっているんです、か……?」

 

「ッ!!」

 

未来くんの口から紡がれた名前に驚愕する。

雪音クリス。彼女と未来くんが友達になっていたとは……

 

「……今の未来くんに対しては、イエスとも、ノーとも言えない……それは分かって欲しい。だが、彼女はピンピンしていたよ。」

 

「あぁ、私も大分噛みつかれてしまった。随分元気になっていたのは、小日向さんのお陰かな?」

 

俺の返答に合わせて、奏くんに共鳴くんの状況を電話で聞いていた翼も戻って来て会話に参加してきた。

 

「えっ!?師匠も未来も、翼さんまでクリスちゃんに会ってたんですか!?ちょっとずるくないですか!?」

 

「いや、別にずるくは無いと思うのだが……」

 

「そっか、よかった……」

 

「……」

 

仲良く談笑する三人を見やり、そして、夏も近づく満点の星々を見上げる。

 

━━━━クリスくん。キミは、今もこの空の下で一人なのか……?

    俺は、俺達はまだ、キミを救えないのか……?




陽だまりに翳り無く。
あたたかなぬくもりを隣に置き、少年と少女達は束の間の日常を謳歌する。
そんな日常の一幕で語られるのは秘められた物語か、秘めたる恋心か。
逢瀬をしよう、と屈託なく語る少女の言葉に、新たなる歯車は動き始める。それは、新たな物語の始まり━━━━
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