戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第二十七話 約束のオフタイム

「わぁ……学校の地下にこんな基地やシェルターがあったなんて……」

 

あれから、三日が経った。あの日の事後処理も終わり、響と未来もまた束の間の日常に戻る……というワケでは無かった。

 

━━━━未来は、嘱託職員(しょくたくしょくいん)という形で二課の外部協力者となった。

 

正式な採用では無い為にある種の部外者であり、同時に響の事情を知って手助け出来る立場。

司令の厚意によるその沙汰により、未来は俺達の仲間として二課本部へと足を踏み入れる事になったのだった。

 

「そもそも、リディアンという学園自体この本部の為に建造された物らしい。シンフォギアによる聖遺物へのアプローチの為に被験者を集めるなんて後ろ暗い理由もあったらしいが……」

 

「うん、鳴弥おばさんも言ってたね。シンフォギアを使うに足るフォニックゲインはまず見つからなかったって。だから、お兄ちゃんの働きかけもあって今は殆ど普通の学校なんでしょう?」

 

「そう……なるのかな?俺は部外者として交渉を持ち掛けただけだから、外部転入枠の影響とかはよく分かってないんだが……」

 

「ふーん……あっ、翼さん!!おはようございます!!」

 

小難しい話だと判断したのだろう響が前を向いて見つけたのは、二課通路内の休憩所にたむろする翼ちゃん達だった。

 

「おや、共鳴と立花に……小日向さんもか。嘱託職員という形ではあるが、共鳴と立花のサポートをよろしく頼む。まぁ釈迦に説法な気もするが……」

 

「いえいえ。此方こそ、お兄ちゃんと響をよろしくお願いします。見ての通りの直情型なので考え無しに突っ込んだりしちゃうと思いますので、そのフォローもお願いしますね。」

 

「……ふっ。」

 

「……うふふっ。」

 

「ど、どうしようお兄ちゃん!!私達二人一緒くたにされた上になんだかとってもマズい雰囲気なんだけど!?」

 

「はっはっは、未来は心配性だなぁ……そういえば、司令はどこに?未来の処遇に関してのお礼も言えてないから探していたんだが……」

 

否定出来ない二人の言い分に震える声をひた隠して、話を切り替える。

……司令と出逢えていなかったのも本当の事だったので、まぁ嘘は吐いていない。だから未来がジト目で見て来ている事実を前にも耐えられる。多分。

 

「……うん?あぁ、私達も探しているのだが……レンタルショップに緊急返却に赴くとデスクに書いてあってそれっきりだ……それ故、詳細も分からないのでどうしたものかと思っていてな。」

 

「……レンタルソフトって大抵期限は一週間だよな?小父さんってばこんな時でも映画を借りてたのか……」

 

「あらあら?少年少女が集まって青春まっさかりって感じ?懐かしいわねー。」

 

━━━━そんな折に通路の奥から現れたのは、了子さんと母さんの二人組だった。

 

「……色々ツッコミたい所はありますが、とりあえずボクと藤尭くんを無視しないでください……」

 

「あ!!了子さん!!鳴弥おばさんも!!懐かしいって言うともしかして、了子さん達も昔には青春してたんですか?」

 

少年少女、という括りで括られてしまったのであぶれることになった男性陣二人を代表して緒川さんが苦言を呈す横で、響が了子さんに食いついていく。

 

「モチのロンよ!!青春どころかもーっと大人(アダルト)危険(デンジャラス)な私の恋バナ百物語、聴いたら夜眠れなくなるわよ~?」

 

「恋バナというよりまるで怪談みたいですね……」

 

「了子さんの恋バナ!!私、気になります!!」

 

そんな緒川さんの苦言も何のその。女三人寄れば(かしま)しいと(ことわざ)にもあるように、女性というのは『会話』そのものを楽しむのだから易々と止まる筈が無い。

 

「緒川さん、コレ多分終わらない奴ですから俺達は場所を移した方がいいかも知れませんよ……」

 

「……慣れてるんですね、共鳴くんは。」

 

緒川さんの言葉に零れる苦笑。全く以てその通りである。

 

「二人と一緒に出掛けるだけでも会話が途切れませんからね。それが五人に増えた上にちょうどいい燃料(わだい)まで放り込まれたんですから……」

 

その先が言われずともわかったのだろう、緒川さんもまた苦笑を深くする。

 

「そうね……遠い、遠い昔の話になるわ……私ってば、こう見えて呆れる程に一途なんだから……」

 

『おぉ――――!!』

 

そんな男性陣を後目(しりめ)に、女性陣の話題は加速していく。

 

「……少々意外でした。櫻井女史はどちらかというと恋というより研究一筋であるとばかり……」

 

「命短し恋せよ乙女……って言うでしょ?それに、女の子の恋するパワーってスゴイんだから!!」

 

━━━━その年代で女の子を自称するのはどうなのだろうか。

そう想っているのが目に見える緒川さん。だが、それは間違いなく悪手だと俺には今までの経験から分かった。

 

「緒川さん、此処は口チャックが賢明ですよ。」

 

だから、機先を制して緒川さんに釘を刺しておく。

女性というのはいつまで経っても女の子なのだ。とおばちゃんが言っていた。

 

「……はい。本当に、慣れてるんですね、共鳴くんは……」

 

「私が研究を始めたのだってそもそも……」

 

━━━━そこまで言葉を発して、しかし続きを紡ぐこと無く了子さんの口は閉じられた。

もしや、なにかを隠しているのだろうか?

怪しまれないように心掛けながらも、心は(はや)る。

 

━━━━聖遺物と深くかかわったこの事件の黒幕が彼女であるのなら、聖遺物研究を彼女が始めた理由こそがこの事件の発端であろうから。

 

『うんうん!!それでそれで!?』

 

響と未来の息の合った掛け声が了子さんに突きつけられるのを、緊張を表に出さぬよう気を付けながら見守る。

……やはり、腹芸は苦手だ。真実を言わず、事実を悟らせず、相手を思う様に誘導するというその技術は、間違いなく防人として万難を排す天津の長として長じねばならない物だというのに。

 

「あ……あー……ま、まぁ?ちょーっと少年が居るところで話すには刺激が強すぎるかなー!!って事で鳴弥ちゃん、パス!!私、先に研究室でデータを纏めておくわ!!」

 

だが、追及の風向きは苦し紛れと思しき了子さんの言葉によって唐突に変えられてしまう。

 

「あらあら?私の恋バナにバトンタッチですか?」

 

「えっ!?ちょっ!?了子さん!?……って、翼ちゃんまでどうしたの!?」

 

思うよりも先に、了子さんを呼び止める言葉が口を突いてしまったが、それによって訝しがられるかも知れない事に思考が到るよりも先に、腕を取る感触が俺を止めていた。

 

「まぁまぁ共鳴。自分の家族の恋の話となれば息子として肩身が狭いのも分かるが、決して悪い話では無いのだから聞けるうちに聞いておいた方がいいぞ?

 緒川さん、そちらの腕もお願いします。一人だけでは止められかねる可能性がありますから。」

 

━━━━どうも、翼ちゃんは俺の行動を『家族の恋バナに流れたので恥ずかしくなって止めようとした』と捉えたらしい。

……いや、確かに。そこに思い至ってしまえばまったく以てその通りなのだが!!

というか、幾ら興味がある話題だからとはいえ緒川さんまで巻き込むのか!!

 

「くっ……分かった!!分かったから!!逃げないからせめてこの異星人めいた扱いはやめてくれ!!」

 

━━━━そんな風にドタバタしている間に手を振りながら去って行く了子さん。

それを遠目に見る事しか出来ない以上、俺は翼ちゃんの誤解に乗るべきなのだろう。

 

「本音を言えば私としても、櫻井女史の恋バナに興味があったんだけど……まぁいっか。さて、じゃあ何から話した物かしらね━━━━」

 

正直、酷く恥ずかしい。顔を覆いたい。聴きたくないという気持ちでいっぱいだ。

けれど、では全く興味がないか?と問われれば、それもまた否定出来ないのであった……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そうね。ではまず、前提を語りましょうか。

 

コレは、二十年程前のお話よ。

私は当時、考古学専攻の学生として大学に在学しながら聖遺物に関する研究を始めたばかりの研究者の卵だったわ。

聖遺物の研究は秘密裏に行われていたから、当然その機密性も高かったのだけれど、私は運よくOBの方と知り合う事が出来て推薦されたの。

……このOBの人こそ、天羽先生だったのだけれどもね?

 

……話が脱線しちゃったわね。

まぁそんなこんなで研究に携わる事それ自体は出来たのだけれども、当時の私は言ってしまえば木っ端研究員。当然、やる事は書類整理やお茶くみと言った雑用ばかりだったのよね……

 

勿論、機密性や危険性の観点から見ても、幾ら実績主義の聖遺物研究界隈とはいえ何の実績も無い小娘を重用するなんて有り得ないって頭では分かっていたわ。

 

━━━━けれどまぁ、若かったのね……当時の私は、自分だけの実績を求めて駆けずり回ったわ。

 

当時、日本で研究されていた聖遺物は殆どが研究グループ毎に情報を独占する閉じた形式で行われていたの。

それを総て破壊し尽くした暴虐の嵐こそが櫻井理論なのだけれど……まぁコレも脱線ね。

つまり、当時の私では既存の聖遺物研究に参加するのは難しかったというワケ。

だから、私はそんな既得権益から逃れられる、未発見の聖遺物を探し求めたわ……

そして━━━━その探索の中で、当時の私は天津の家に辿り着いたの。

 

けれど、まぁ……出逢いは最悪だったわね。今だからこそ言える事だけれども━━━━

 

『━━━━我が天津が、聖遺物を隠し持っているのでは無いか、というお話でしたか。』

 

『えぇ。天神たる菅原道真公。その直系にあたる天津であれば、遥けし過去より伝承されし聖遺物を保持しているとしてもおかしくはありません。ですから━━━━』

 

『━━━━失礼。何の話か分かりかねます……風鳴の聖遺物研究機関の正式な要請であれば、我々とて無碍(むげ)には扱いません。しかし、コレは機関の方針から逸脱した貴方の独断……であれば、我等としては貴方の調査をおいそれと受け入れるワケには参りません。

 風鳴の組織の要求に易々と屈するワケには……という面子の問題も勿論あります。しかし何よりも、風鳴が知らぬ存ぜぬで尻尾切りを出来る段階で貴方に何かしらの情報を与えてしまっては、何よりも貴方自身を諸外国からの脅威に巻き込んでしまいかねない。

 ……それは、私の防人(さきもり)としての道━━━━剣持たぬ人々を護る。それに反する物です。どうか、お引き取りを。』

 

 

 

『……なによ!!色々と理由を並べ立てても、結局は知らぬ存ぜぬを切り通したいだけじゃない!!』

 

私から申し込んだ会合で、あの人━━━━共行さんは真摯に対応してくれたわ。けれど、当時の私は焦っていてその優しさに全く気が付かなかった。

だから━━━━天津の家からの帰途で誘拐された事に気が付くことも出来なかったのね。

 

 

 

『どうして……どうして私なんかを助けたのよ!!貴方にとって、私はただの目障りな研究者でしか無いでしょう!?私が闇に消された所で貴方には何の支障もないはずなのに!!』

 

『言ったでしょう。私の防人としての道は、貴方のような剣持たぬ誰かを護る物だと━━━━それに、お恥ずかしい話なんですが、貴方のその真っ直ぐな眼に見惚れてしまいまして。』

 

誘拐の実行部隊を叩きのめして、真っ青な月の下で私に苦笑を向ける彼の顔は、天津の家で見た当主としての物とは違ったわ。

━━━━だから、私の道はそこで変わったの。勿論、聖遺物研究の事を諦めたワケでは無かったけれども、それ以上に、彼の笑った顔が忘れられなかったのよ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━と、まぁ。駆け足だけど、出逢いのお話はこんな所かしらね?」

 

「ロマンチック……月の下で起きた運命を変える出逢いだなんて、私、憧れちゃいます!!」

 

「ホントだね……ただ、当然のように誘拐が切っ掛けになってるのは私としてはちょっと怖い話なんだけど……」

 

「防人としての道……か……剣持たぬ人々を護る。流石は、共行おじ様ですね。」

 

女性陣の三者三様の感想を受けて、照れる母さん。

━━━━だが、俺の感想は違っていた。

 

「……母さん、その誘拐の実行部隊って……」

 

「……私には、何も知らされなかったわ。けれどそうね……アレもまた、米国の特殊部隊か、その依頼を受けた何者かであったかも知れないわね。」

 

「だったら!!」

 

「あくまでも可能性の話。……それに、情けない事ではあるけれどある程度の警護が付いていても、私みたいな末端の研究者が姿を消す事は当時には稀にあった事件らしいわ。

 だからこそ、当時の聖遺物研究は機密保持が一段と厳しかったの。」

 

母さんの落ち着いた姿に、俺の言葉は気勢を喪わざるを得ない。

確かに、二十年前の世紀末の時代ともなれば、治安も今ほどは安定せず、行方不明に偽装する事も難しくは無かっただろうとわかるからだ。

そんな風に理想と現実の狭間で悩む俺を他所に、母さんは女性陣に話を振っていた。

 

「━━━━そうね。響ちゃん、翼ちゃん、そして未来ちゃん。私からのお願い、聞いてもらえるかしら?」

 

「はい?」

 

「どうしたんですか、おばさん?」

 

「おば様……?」

 

「どうか悔いを遺す事の無い、良い恋をしてちょうだいね?きっと、そうすれば櫻井女史みたいに美しい女性になれる筈だから。」

 

━━━━そう言い残して去って行く母さんの背中に、この心配の答えすら見定まらない今の俺には、何も言える言葉が無かったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━らしくない事をしたものだ。

 

ツカツカと廊下を早歩きしてきたその歩を緩め、櫻井了子(フィーネ)である私は自嘲する。

無理矢理に話を断ち切って逃げてくる事もそうだし、何よりも、遥けき彼方におわすあの方(カストディアン)への思慕を語りそうになってしまうなど。

千年を超える放浪の中で私は様々な人間になり、歴史のターニングポイントへと立ち会い、その度に(フィーネ)は人類を次なるステージへと押し上げて来た。

だがその中で、あの方への想いを語りそうになるなどという初歩も初歩の失態を犯した事など一度として無かった。

 

━━━━変わったのか、それとも……変えられたのか……

 

そして、もし私が変えられたとすれば、それを為したのは━━━━誰なのだろうか?

この問いの答えは棚に上げねばならないだろう。そんな直観がある。

 

何故ならば、カ・ディンギルは既に完成している。もうすぐにこの二課は壊滅し、私は新世界の秩序として世界の頂点に登り詰め、そして━━━━あの方へと昔年の想いを告げるのだ。

かつて、シンアルの野に建てた神之門(バベル)を凌ぐ(カ・ディンギル)を以てして。

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

了子さんと母さんが去り、藤尭さんも仕事に戻った。

そして、残ったのは学生組と緒川さんだけ。俺達は近くのソファーへと場所を移して、普段の学校の事とか、宿題の事とか、そんな他愛のない雑談をしていた。

 

━━━━そんな中、時間を気にし始めた緒川さんの言葉が話の流れを変えた。

 

「……司令、まだ戻ってきませんね。」

 

「メディカルチェックの報告もまだだというのに……」

 

「次のスケジュールも迫ってます。もう少しだけ待って、司令が戻らないようでしたら報告書で後日提出……という形にしましょうか。」

 

「もうお仕事の予定を入れてるんですか!?」

 

「少しづつよ、今はまだ……馴らし運転のつもり。」

 

━━━━そう、翼ちゃんは装者としてのリハビリだけでなく、アイドルとしての活動復帰も同時に行っていたのだ。

表向きは過労として報じられた翼ちゃんの入院で大幅に狂ったスケジュールを取り戻す為、レッスンを中心に体力作りに励んでいるのだ……そう奏さんが言っていた。

 

「━━━━じゃあ、前みたいに過密スケジュールじゃないんですよね?」

 

馴らし運転だ。という翼ちゃんの言葉を聴いて、何かを思いついたのか響がグイグイと食いついていく。

こういう時の響は大抵頓狂な事を言ってくる物だが……等と思いながら、未来と一緒にお茶を飲む。

 

「ん……?まぁ、そうだな。テレビ番組やインタビューはまだ断っているし、ライブや収録の予定も総てキャンセルになってしまったから、スケジュールの空きは割かし多い。それが、どうかしたのか?」

 

「━━━━だったら、デートしましょう!!翼さん!!」

 

「……デート!?」

 

あぁ、やっぱりこうなった。隣の未来と顔を見合わせ、苦笑を一つ。

響の言いたい事は分かる。翼ちゃんと、響と、未来。三人を繋いだのはシンフォギアと俺だが、これまでは翼ちゃんのトップアイドルと装者という二足の草鞋の過密スケジュール等を理由に、昼食を共にする程度の交流であったと聴いている。

 

だから、デートなのだろう。だが、これでは物言いがあまりにも直截的に過ぎる。

 

「あー……翼ちゃん。元々、俺と響と未来は月に一回は遊びに行ってたんだよ。」

 

「その事を響がデートって呼んでたんです。けど、今月は……」

 

そう。今月になってからは響の事情によって未来と遊びに行くことが出来なかったため、今月はまだ遊びに行けていないのだ。

 

「だから、一緒に遊びに行きましょう!!翼さん!!」

 

「なるほど……緒川さん。今週末の予定は?」

 

「そうですね……土曜日は難しいですね。ですが、日曜はレッスンが一つ入っていますが、コレは元々キャンセルするかを棚上げさせて貰った所です。今からならキャンセルも間に合います。

 どうぞ、翼さんのしたい事をやり遂げて来てください。」

 

「……そう、ね。お邪魔で無ければ、貴方達のデートに混ぜて貰ってもいいかしら。ねぇ、共鳴くん?」

 

……何故、そこで俺に話を振るのだろうか。いや、まぁ確かに幼馴染とはいえ年頃の男女がデートをする、というのが特別な事であるというのは一応頭では分かっているのだが……

 

「邪魔なんかじゃないさ。俺も翼ちゃんと一緒に遊びに行きたかったんだ。昔みたいにさ。」

 

なので、フォローも兼ねて翼ちゃんと遊びに行ける事が嬉しい事をはっきり伝える。その横で緒川さんが悩ましそうな顔をしているのは敢えて見ないフリをする。

現役アイドルが男とデートするなんて、そこに込められた意味がいかに大きかろうともしもパパラッチされてしまえば大事なのだし、その対策に忙しくなる事についてなのだろう。

 

「……ふふっ。昔みたいにすると、風鳴のお屋敷に行かなきゃいけなくなっちゃわないかしら?」

 

「やったー!!翼さんとデートだー!!」

 

「もう……響ったらはしゃいじゃって……今からそんなにテンション上げてたら、前日に寝れなくなって寝坊しちゃうよ?」

 

━━━━こうして、新しい約束を胸に俺達は事件の間の束の間の日常を過ごして行った。それが最後の平穏になるとも知らずに。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

しとしとと、雨が降る音が部屋の中に木霊(こだま)する。此処は、どこぞの放棄されたマンションの一室。

あれから、結局戻るところも無かったあたしは街を彷徨って、最後に辿り着いたのが此処だった。

業腹だが、アイツ(・・・)が寄越した金のお陰で最低限の買い物こそ出来たし、銭湯というのを体験する事も出来たものの、地に足が着いたとは口が裂けても言えない状況にあたしは陥っていた。

アイツが寄越した金とて、いずれは尽きる。そうなれば……残された道は、せいぜい立ちんぼ(・・・・)がいい所だろうか。なにせ、あたしが一般的な方法で金を手に入れようとすれば間違いなく二課の連中に伝わってしまうのだから。

 

「どうすりゃいいんだろうな……」

 

フィーネの所に戻る事も出来ず、あたしはまた、ひとりぼっちだった。

 

━━━━ガチャリ、と戸が音を立てたのは、その瞬間だった。

 

「━━━━ッ!!」

 

思考は一瞬。敵襲を警戒したあたしは壁を背に身構える。

ここが一棟丸ごと放棄されたマンションだというのは事前に調べてある。であれば、先客のホームレスか?

いや、この国ではそういったホームレスは数少ない。特に、最近はノイズの頻出を受けて保護施設に我先にと逃げ込む者が多いのだ、とコンビニの店員の男はやけに饒舌に語っていた。

 

━━━━で、あれば。あたしを追ってきた敵である可能性こそがもっとも高い。

 

フィーネか?いいや、フィーネならばこんなまどろっこしい事をせずにノイズを放つだろう。

つまり━━━━

 

「ほらよ。」

 

「ッ!?」

 

その想いは、裏切られたのか、裏切られてはいないのか。

出て来たのは、あの時の赤い大男だった。

その手には、コンビニの袋。

 

「応援は連れてきていない。俺一人だ。

 ……キミの保護を命じられた者は、もう俺一人になってしまったからな。」

 

そんな言葉、信じられるものか。

二課の司令だというその男。フィーネの資料にもあった、最も警戒すべき人物。

そんな男を前に隙を晒す程あたしはバカじゃない。

 

「……どうしてここが?」

 

だから、問うのは聞き出したい情報。

あたしが使ったのは現金程度。幾らあたしの容姿が目立とうと街の人々の中から探し出すのは容易では無いはずだ。

 

━━━━偶然に偶然が重なった会合もあるだろうが、この言い草からしてアイツとは違ってあたしを探し当てたのだろう。この男は。

 

「元公安の御用牙でね。慣れた仕事さ。

 ホレ、差し入れだ。」

 

だが、返答は煙に巻く物だけだった。まぁ、半ば予想していた言葉だ。そこには頓着しない。

それよりも、問題は一緒に差し出された差し入れとやらだった。

中身は恐らく、パンと飲み物。

だが、買ったばかりのように偽造するなんてそこまで難しくはないだろう。アイツが差しだして来た時と同じく、手を付けたりはしない。

 

「あむ……何も盛っちゃいないさ。」

 

その警戒を分かっているのだろう。男はあんぱんを取り出すと、思いっきり一口食べた。

……ここまでやられれば、流石に毒が入っていない事は分かる。まさか毒が効かない特異体質だなんてワケでも無かろうし、遠慮なしにパンを奪っていただいてやる。

 

「━━━━バイオリン奏者、雪音雅律(ゆきねまさのり)と、その妻であり声楽家のソネット・M・ユキネが、バル・ベルデでの難民救済のNGO活動中に戦火に巻き込まれて死亡したのが、八年前。

 残った一人娘も同時に行方不明となった。だが、国連軍のバル・ベルデへの武力介入を切っ掛けに自体は急転する。現地の非合法武装組織に囚われていた娘は発見・保護され、日本へと移送される事となった。」

 

━━━━それは、あたしの人生の話だった。

袋から取り出した牛乳をこれまた自ら飲んで潔白を証明しながら、男は語る。

それを奪い取って、あたしは告げる。

 

「はン!!よく調べてやがる!!……そういう詮索、反吐が出るぜ。」

 

だが、男は動じない。

そして、男は言葉を続ける。

 

「当時の俺達は、新たなシンフォギア適合者を探す為に、音楽界のサラブレッドに注目していてね。天涯孤独となったその少女の身元引受先として名乗りを挙げたのさ。」

 

「フン……こっちでも女衒(ぜげん)かよ。」

 

この男も、結局フィーネと同じなのだろう。あたしの利用価値を求めて、あたしの才能が必要だからと追ってきているだけの……

 

「ところが、少女は帰国直後に行方不明となった。俺達も慌てて、多数の捜査員を投入したが……その末路は酷い物だった。運悪くノイズに襲撃された者、銃で撃ち殺された者、或いはなんの証拠もなく行方不明になった者……

 あまりに多くの犠牲を前に、上層部のお偉方はこの件から手を引く事を決定した。」

 

「……何がしたい、おっさん?」

 

だが、男が紡いだ言葉の先が、あたしの仮説を少しだけ覆す。

恐らく、フィーネと米国の連中がやった事だろうが……それほどの犠牲を出して、組織としてはもう終わった筈のあたしの件を、何故わざわざ引っ張り出してくる?

 

「俺がやりたいのは、キミをこの暗闇から救い出す事だ。」

 

「ッ!?」

 

予想外もいい所な男の返事を前に、思わず面食らってしまう。

 

「引き受けた仕事をやり遂げるのは大人の務めだ。少なくとも、俺はそう思って行動している。」

 

「……だったら、アイツはなんなんだよ!!あたしとさほど年恰好も変わらないあの男が!!それでもあたしにちょっかいを掛けて来やがるのは!!」

 

大人だから?そんな事で助けてくれる人なんて誰も居なかった。だから、信じない。丁度良く、反証もまた近場に転がっていた。

 

「アイツ……?共鳴くんの事か?」

 

「あぁそうだ!!アンタがそういう言い分で動くってんなら、アイツはなんなんだよ!!アンタと違って大人でもねぇアイツが、何故あそこまであたしに執着する?

 ……それは、あたしの能力が欲しいからじゃないのか?」

 

━━━━あぁ、言ってやった。前からイラついていたのだ。アイツには。何も言わず、ただあたしに優しくするだけのアイツが。あたしは大嫌いだったのだから。

 

「……それは、違う。共鳴くんが、キミの能力を目当てに擦り寄る事だけは決して有り得ない。それがどうしてなのかは、いつか本人に聴くといい。きっと、彼は真摯に応えてくれるはずだ。

 ……今日はここまでにしておくよ。どの道、ここは放棄するのだろう?ゴミは俺が捨てておこう。」

 

「……なんで。」

 

「む?」

 

「なんで!!アイツも!!アンタも!!あたしにそうも世話を焼いて来やがる!!責任を取る気なんて欠片も無い、無責任なおせっかいのクセに!!」

 

━━━━外と内をかろうじて隔てていた最後のガラスをぶち破って、少しの間だが見慣れてしまった景色を蹴り出して、あたしは雨の街へと飛び出す。

 

「━━━━Killter ichiival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

展開したギアで向上した身体能力で以て、男から逃げ出す。いや、もしかしたら、あたしはアイツ等の優しさから逃げ出しているのかも知れない。

 

━━━━一体あたしは、何を信じて、どうすればいいのだろうか。

 

雨に煙る街を電柱の上から見下ろしながら、あたしの逃避行は続いていく……




束の間の逢瀬。日常の中の非日常を楽しむ少女達の眩しさに、少年は護るべき輝きを見る。
それは、かつて彼が手に入れ損ねてしまったモノ。
それは、もしかすれば既に手に入れていた筈のモノ。
━━━━誰かを好きになる、という。原初の愛。
誰もが心に抱くそのカタチは、家族愛か、友愛か、親愛か、それとも━━━━
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