戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第二十九話 共動のシージバトル

━━━━重苦しい沈黙が、この部屋を支配していた。

言葉を発する事すら躊躇われるその沈黙を産み出しているのは、部屋に備え付けられたベッドに座る彼女━━━━天羽奏。

 

「……アタシだって、デート行きたかったのに。」

 

━━━━彼女の顔を曇らせる不機嫌の理由は、全く以て正しい物であった。

 

「えーっと……すいませんでした。流石に、ツヴァイウイングの二人が揃って出歩くとなると目立ってしまいますし……」

 

だが、俺はそんな彼女に言い訳染みた言葉しか返せない。

 

「……分かってるよ。今のアタシが出歩いたりなんかしたら目立っちまう事は。

 ……でも、やっぱり一人だけ放っておかれるのは、イヤだよ。」

 

━━━━それは、俺が一番恐れている感情だった。

未来に味わわせてしまった孤独。致し方なかったとはいえ、そんな物を奏さんにも味わわせてしまったのだ。俺の選択は。

勿論、現役アイドルとのデートに、世間的には入院中とされている元アイドルが車椅子で混じってなど居よう物ならば、即座に見つかって大事になってしまう事など、頭では分かっている。

けれど、それでも。思い合う二人を別ってしまったのは俺の判断なのだ。だから……

 

「……ごめんなさい、奏さん。代わりに、今度改めてデートしましょう。

 今回の皆とのデートとは違う方向になっちゃいますけど、母さんに車を出して貰って天神巡りなんてどうです?俺の親戚が関わっている所も多いので騒ぎにはならない筈ですし。」

 

だから、せめて二人の不均衡を正す為に約束をする。

奏さんが公の場を出歩けば問題になってしまうのなら、出歩いても問題の無い場所を用意してやればいい。

どの道、この事件が片付いた後には天神である御先祖様の遺した聖遺物を探す為に母さんは全国の天満宮を巡る予定らしいので、渡りに船でもあると言える。

俺の言葉を受けて驚いた顔で固まる奏さんを可愛らしく思いながら、彼女の返答を待つ。

 

「……あぁ!!いいよ、付き合ってやるさ。だから……この事件、ちゃんと解決しろよな?」

 

「はい。必ず解決して、奏さんとデートして見せますから。楽しみに待っててください。」

 

━━━━護らないといけない約束がドンドンと増えていく。だが、それは俺にとっては心地よい物だ。

誰かの心を護れるのなら、多少の重荷程度ではへこたれる気はないし、むしろ燃えてくる。

……つくづく、俺は目の前の誰かが悲しむ姿を見ているだけというのが嫌なのだと認識した。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

デートの翌日、私と未来はリディアンの屋上で翼さんと向き合っていた。

手元には、翼さんが渡してくれたチケット。

 

「えっ!?復帰ステージ!?」

 

「ああ……初夏のアーティストフェスタが十日後に開催されるのだが、そこに急遽ねじ込んでもらったんだ。

 ……コレを逃せば、次のライブは夏休みに入った八月にまでなってしまう。それは避けなければならなかったからな……」

 

「なるほど……確かに、梅雨の時期ってライブが少ないですもんね。」

 

「あぁ、私が倒れて中止になってしまった五月末のライブの代わり……というワケだ。」

 

「へぇー……あっ。翼さん、此処って……」

 

翼さんからもらったチケットの裏には、一般的なライブチケットにもあるような様々な注意事項と共に会場の場所が描かれていた。

━━━━其処は、二年前のあの日、ツヴァイウイングが最後にライブを行った場所。

 

「……立花にとっては、辛い想い出のある場所かも知れないが……」

 

「いいえ。ありがとうございます、翼さん。」

 

「……えっ?」

 

「響……?」

 

口を濁した翼さんへの私の迷い無い返答に、翼さんも未来も驚いた反応をする。

それは、当然の反応だろう。二年前のあの日、私はあそこで総てを喪って、命の灯さえも消え去る筈だったのだ。

死の恐怖は、いまだに拭い去れたなんて言えない。今でも私は、あの日の悲しみを背負って生きている。けれど━━━━

 

「どんなに辛くても、過去は乗り越えていけます。それに……今の私は、お兄ちゃんに救われたから、大丈夫なんです。

 きっと、翼さんもそうですよね?」

 

「……あぁ。そうだな。共鳴のお陰で私は奏を喪う事無く、立花を含めた多くの人々の命を救う事が出来た。

 その揺ぎ無い事実があるのだから……きっと、乗り越えていけるんだな……ありがとう、立花。私も、キミに救われたよ。」

 

「そ、そんな~。それほどでもありますけど、やっぱり翼さんから褒められると舞い上がっちゃいますよぉ。」

 

翼さんからの真っ直ぐな言葉に、思わず顔が赤らむのが自覚出来てしまって、ついつい茶化す事で誤魔化そうとしてしまう。

 

「もう……響ったら、カッコつけたばかりなのにもう三枚目?」

 

「さ、三枚目!?私ってば未来からはコメディアン扱いだったの!?」

 

「ふふっ、安心するといい。立花の二枚目半は私の心にもしかと響いたからな。」

 

「に、二枚目半……うえーん!!翼さんからもやっぱりコメディアン扱いなんですかー私ってー!!」

 

その誤魔化しにちゃんと乗ってくれたのはありがたいのだが、未来からのキラーパスと、翼さんの恐らく無自覚だろう言葉に思わずメゲそうになってしまう。

 

「む……?二枚目半とコメディアンは違うのではないのか?」

 

だが、どうにも翼さんの様子がおかしい。はて……?てっきり翼さんも私の間の抜けた所に言及したのでは無いのだろうか?

 

「あ、そういえば……二枚目半って今だと『締まらないイケメン』ってイメージが強いけれど、昔は『カッコいい演技が出来るけど気取らない役者』って意味もあったって聴いた事があります。

 もしかして、翼さんはそういう意味で言ったんです?」

 

「あぁ、私としては普段の立花の頑張りも見ているからこその賛辞として使ったのだが……むぅ、やはり立花達と話していると己の未熟が目立つな……二枚目半が褒め言葉にならない事もあるとは……」

 

「つ、翼さ~ん!!ありがとうございます~!!」

 

未来のアシストでその謎は解けた。翼さんは私の事を無自覚に弄っていたのでは無く、しっかりと評価して褒めてくれていたのだった。

翼さんの難しい言葉遣いには慣れたつもりだったが、それでもやっぱり時々ついていけないなぁ。だなんて思う六月の昼下がりなのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そして、十日が過ぎた。

二年前のあの日、不安に膝を抱えていた私を奏が激励してくれた会場裏の通路。

そこに、私はまた奏と共に立っていた。

 

「いやー、いい感じのリハーサルだったな。肩の力も適度に抜けてるし、振り付けに不安な所も見えない。

 この二年、頑張ったんだな、翼は。」

 

『本番のライブには参加出来ないから』と、私が我儘を言ってリハーサルを見て貰った奏からの惜しみない賛辞に思わず頬が赤らんでしまう。

 

「えぇ……皆に支えられて、より多くの人に歌を届けられるようにと頑張ったのだもの……いつか、奏が目覚めた時に、一緒にステージに立てるようにと、夢見ても居たわ。」

 

「アハハ!!そりゃ光栄だな!!だったら、頑張ってリハビリして復帰しないといけないな!!いつまでも翼を待たせてたら海の向こうの翼のファンから怒られちまう。」

 

「━━━━それは、どうですかな?」

 

私たちの会話に割り込んできた声は、見知らぬ人の物だった。

 

「トニー・グレイザー氏!?何故此方に!?」

 

奏と私の会話を微笑ましく見守っていた緒川さんが驚くのも無理はない。

 

「確か、イギリスのメトロ・ミュージックのプロデューサーの方でしたか……お忙しい中、ご足労いただき感謝いたします。」

 

━━━━そう、彼こそが私に海外進出の話を持ち掛けている音楽プロデューサーその人なのだ。

 

「ハハハ!!そこまでかしこまらなくてもいいよ。今回は一観客としてキミのライブを楽しみに来ただけなのだからね。

 ……しかし、ウワサには聴いていたが、天羽奏くんが目覚めていたとは驚きだよ。公式発表では入院中となっているだけだったからね。」

 

「まぁ……瓦礫に挟まれてこのザマなので、殆ど入院しっぱなしと変わりはありませんよ。

 ……ところで、さっきの言葉はどういう意味なんです?」

 

━━━━公的な発表では、奏は事故の際に崩れたモニュメントの下敷きになり、瀕死の重傷を負ったことになっている。

原因こそ違えど、殆どが事実に沿った情報である為に情報封鎖も殆ど為されていない事だ。私に話を持ち掛けるのなら知っていて当然と言えるだろう。

 

「あぁ、私が翼くんに海外進出を打診している事は聴いているだろう?

 ━━━━だがね、実はこの話は元々、二年前に挙がっていた話なのさ。」

 

『……え?』

 

━━━━それは、初耳となる情報だった。

 

「と言っても、実現する前に二年前の事故が起き、奏くんは入院し、翼くんも深く傷ついているだろうと企画倒れになった話でね……

 それは『風鳴翼と天羽奏』、一対のツヴァイウイングを世界に羽ばたかせようという企画だったのだよ。

 ……海外のファンたちも、今でも待っているのさ。天羽奏が再び立ち上がり、風鳴翼と共に世界に歌を響かせるその日が来る事をね?

 だから、正直に言えば翼くんが海外進出を高校卒業まで控えようとしているのは、私としても喜ばしい事なのだよ。なにせ、その間に奏くんが復帰する可能性が十分にあるのだからね?」

 

寝耳に水もいい所だ。だが━━━━とても嬉しかった。

二年間、私一人で歌ってきた。世間はライブ事故の傷をも忘れようとしていて、たかが極東のアイドル一人、ずっと覚えている人などそうは居ないだろう。だなんて、勝手に諦めていた。

 

けれど、実態は違った。覚えていてくれたのだ。私たちの事を、天羽奏の事を。

 

「……ありがとうございます。じゃあ、賭けはトニーさんの勝ちですね。アタシは這ってでも歌いに戻りますから。もうちょっとだけ待っててもらえます?」

 

奏も、強く感じる物があったのだろう。グレイザー氏への返答は力強かった。

 

「ハッハッハ!!それは良かった!!なにせプロデューサー業というのは大博打もいい所ですからね!!久しぶりに大勝ちが出来そうだ!!

 ……お待ちしていますよ。ツヴァイウイングの二人の事を。」

 

そう言い残して去って行くグレイザー氏の背中に、深く礼をする。

━━━━本番の前に、強く発破をかけられてしまった物だ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「うえーん!!折角チケットまで貰って準備万端だったのにー!!プリントとプリントの間に宿題が隠れてたなんて聴いてないよー!!」

 

ライブ会場のある複合施設へと続く下り坂を走りながら、私は叫んでいた。

……まぁ、理由は叫んでいる通り。最近はお兄ちゃんと未来に手伝って貰って頑張っていたのに、よりにもよって今日に限って提出忘れが発覚してしまったのだ。

 

「うぅ……コレじゃ開演時間に遅れちゃう……私、やっぱり呪われてるのかも……ッ!?」

 

━━━━そんな折に、鳴り響く携帯端末。

ノイズの襲撃を告げるその音に、思わず身構え、そして決意する。

 

「はい、響です!!」

 

『ノイズの出現パターンを検知した。翼にもこれから連絡を……』

 

「師匠!!」

 

良かった。緊急連絡が来たのは私の方が先だった。そのことに安堵しながら、師匠の言葉を遮る。

━━━━だって、ここは私が意地を張らないといけない場面なのだから。

 

『どうした?』

 

「現場に向かうのは、私とお兄ちゃんの二人だけでお願いします!!今日の翼さんは、あのステージで戦っているんです!!自分の戦いを、自分の意思で!!

 ━━━━だから、私とお兄ちゃんが戦うんです!!私たちの戦いを!!翼さんが、今日に希望を謳えるように!!」

 

『ッ!?……しかし……』

 

『いいんじゃないですか?俺なら準備は万端です。響と二人でノイズを殲滅する。それだけの簡単な事じゃあ無いですか。』

 

戦力を冷静に分析し、珍しく逡巡(しゅんじゅん)を示す師匠に声を掛けたのは、いつのまにやら通信に参加してきていたお兄ちゃんだった。

 

『……やれるのか?』

 

「はいッ!!」

 

『はい!!』

 

返答と共に、私の足は告げられたノイズの出現地点へと走り出していた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「クソッ!!なんなんだあのデカブツは!!砲火代わりにノイズを垂れ流して来やがるとは!!」

 

━━━━それは、まるで御伽噺に出てくる魔女の城のようなノイズだった。

黄金で飾られたその『高き家』は自在に動く砲門を幾つも持ち、無尽蔵であるかのようにノイズ共を垂れ流しやがる。

 

「クソが!!だったら一気に吹き飛ばすッ!!」

 

腰のアーマーから引き出したミサイルによる多段攻撃。だが、必殺技である筈のソイツを受けてもデカブツはビクともしやがらねぇ。

お返しだとばかりにノイズを垂れ流す砲門を此方に向けると、飛んで来るのは恐らくは飛行ノイズだろう高速飛翔体。

そして同時に襲い来る、デカブツが垂れ流したノイズ共の波状攻撃。

あたしのお株を奪うかのようなその戦法に、あたしは為す術も無く吹き飛ばされてしまう。

 

「ガッ……!?クソ……フィーネ……!!」

 

━━━━間違いなく、フィーネの指揮なのだろう。

街中のポスターで、あの剣女(つるぎおんな)のライブが行われる事は分かっていた。

だからこそ、大規模な襲撃が来るとすれば今日だと踏んでいた勘は当たっていた。

だが、それでもここまでの殺意が込められているとは思わなかった。

 

此方を向いたデカブツの砲門が輝きを湛えるのを、為す術なく見守るしかない。

確かにあたしのイチイバルは対多数に向いた性能をしている。だがそれでも、この数は流石に多すぎる。

 

━━━━だが、高速射出されたその輝きがあたしを貫く事は、無かった。

 

「━━━━天津式糸闘術、(かえし)が変型……!!返奏曲・四連!!」

 

「でぇやァ!!」

 

視界の横から飛び込んできたのは、いつかの黄色と、あの日以降見る事の無かった黒い男の二人組だった。

片方は高速射出された飛行型ノイズを糸で弾き返してデカブツに叩き込み、もう片方は周りのノイズ共の突撃を片端から薙ぎ払う。

 

「お兄ちゃん!!突っ込むから援護よろしく!!」

 

「わかった!!後ろは任せろ!!」

 

そう言って、腕のプロテクターを伸ばす黄色い女。あの日見たバカは、あの時よりもさらに力を使いこなしていた。

フォニックゲインに輝くマフラーをたなびかせ、ノイズの大群を蹴散らすバカと、そんなバカを支援する男。

 

━━━━だが、それを阻まんとする奴がいる。

 

デカブツが、至近距離から二人を砲撃せんとしていたのだ。当然だ。敵の集団に突っ込むという事は、同時にデカブツに近づく事であり、同士討ちしない筈のノイズとて、上方からの砲撃ならばノイズが近くに居ようと関係無く攻撃する事が出来るのだから。

 

「ッ!!響!!俺の後ろに━━━━!!」

 

「だが、そんなのは気に入らねぇんだよ……!!」

 

今度はあたしが、二人を狙う砲撃を両腕のガトリングで撃ち落とす。

 

「コレで貸し借りは無しだ!!」

 

そう、助けられたままだなんてのはあたしのプライドが許さねぇ。

あくまでもあたし自身の為に、あのバカ二人への攻撃を邪魔してやっただけだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「えへへ、クリスちゃんに助けられちゃった。」

 

「笑ってる場合じゃないだろ!!一気に決めるぞ!!次の砲撃が来たら俺が受け止める!!その隙に響はアイツの体勢を崩してくれ!!」

 

「分かった!!思いっきり行くよッ!!せぇ、のッ!!」

 

砲門を備えた要塞のような大型ノイズを相手に苦戦するクリスちゃんを見て、気づけば身体が動いていた。その考えは響も同じだったので良かったのだが、あの攻撃力と防御力の前に中々攻めあぐねていた。

俺達が来る直前にはクリスちゃんがミサイルの雨霰を叩き込んだような大爆発が見えたが、それでもあの大型ノイズには傷一つ無い。

 

━━━━であれば、レゾナンスギアでも叩き切る事は不可能であろう。

判断は一瞬。響の一撃に大型ノイズを破壊する事を任せ、俺はその邪魔をせんとする砲撃を叩き落とす事に専念する。

 

━━━━天津式糸闘術、(かえし)

本来ならば相手の矢弾を糸に乗せて弾き返すその技を、高速で射出される飛行型ノイズに行うのは中々の難易度だった。

 

「だが……さっきの二発でタイミングは読めてるんだよ……!!」

 

大型ノイズが響を狙う四門の砲撃、その全てをレゾナンスギアの糸で受け止め、勢いをそのままに砲門へと弾き返す。

 

「だァァァァ!!」

 

返された砲弾ノイズによって砲門が爆散し、大型ノイズが蹌踉めいたその隙に、響の一撃が大地を割る。

割れて崩れたコンクリートに、シンフォギアの調律によって実体を持たざるを得ないノイズは大きく体勢を崩す。

 

「ううううう……!!だァッ!!行くよ、お兄ちゃん!!」

 

「あぁ!!雑魚は俺とクリスちゃんに任せろ!!」

 

「気安く呼ぶなアホンダラァ!!」

 

腕のバンカーを二の腕の限界を超えて、肩近くまで引き出した響の一撃。その一撃でこの戦いに幕を引かせる為に、クリスちゃんと俺の二人が小型ノイズ達を蹴散らしていく。

 

「はァァァァァッ!!だりゃアアアアア!!」

 

━━━━込められた全ての力が収束し、撃ち抜く。

 

恐るべき頑健さを見せつけた要塞型ノイズはしかし、響の一撃で完全に破壊されていた。

イチイバルの火力すら上回るガングニールの一撃。まさしく必殺であるその威。

 

……コレも、響が聖遺物と融合した事による力なのだろうか?

こんな力が、何の代償も無い安全な物なのか?

 

ふと、頭を過ったその疑問は、俺の頭の中にこびりついて、消える事が無かったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━最高のライブだった。

二年前、奏が教えてくれたように、全てを出し切って歌うとお腹が空くんだな。なんて風に思考が横道に逸れてしまうくらいに、私は浮かれてしまっている。

 

「ありがとう、皆!!今日は思いっきり歌を歌えて、気持ちよかった!!」

 

ファンの皆への感謝の言葉を声に出しながら、同時に思い出すのは共鳴くんとの想い出。

私の、歌女としての始まり。

 

「久しぶりのステージだったけれど、とても、とても楽しかった!!私は歌が大好きなんだって、改めて思い出す事が出来た!!」

 

━━━━私は、歌が大好きだ。

 

「もう知っているかもしれないけれど、海の向こうで歌ってみないかってオファーが来ている。

 けれど、それは少しだけ待って欲しいの。だって……天羽奏が、ツヴァイウイングの両翼がまだ揃っていないのだもの!!」

 

グレイザー氏が去った後に、奏や緒川さんとした会話を思い出す。

 

『トニーさんも知ってるんだしさ。ここでドーン!!とアタシも復帰する気でいる事をぶちまけちゃえばいいんじゃないか?』

 

『それは……緒川さん、もしもそうしたとしても……大丈夫ですか?』

 

『……率直に言えば、改めて声明などをちゃんとして欲しい所ですが……翼さん達の決意を止める術はボクにはありません。

 翼さんの夢は、翼さん自身の選択の先にあるんです。だから、大丈夫ですよ。』

 

私の言葉を受けてざわめく観客席。私は、彼等と向き合う為に声を挙げる。

 

「━━━━天羽奏は、今も頑張っています。また、スポットライトを浴びてステージに立つ為に、ツヴァイウイングとして、私と二人で世界に歌を届ける為に!!」

 

━━━━歓声が挙がった。この会場の誰もが、ツヴァイウイングの復活を待っていてくれていたのだ。

単純なその事実に、思わず涙が流れる。

 

「━━━━私は、私達ツヴァイウイングは、必ず舞い戻って、両翼を揃えてどこまでも飛んで行く!!世界に向かって!!」

 

割れんばかりの拍手と、耳鳴りがしそうなほどの歓声。

そうして、十万を超えるこの会場の誰もが、私達ツヴァイウイングの復活宣言を受け入れてくれたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そこは、巨大な屋敷であった。

 

 

 

人口の池と、人口の崖。

 

かつての明治・大正期に、人すら避けての避暑地として建てられたこの西洋かぶれの別荘は、今や没落によりその所有者を喪い、海外の資産家が新たに買い直したのだという。

 

その屋敷━━━━フィーネの隠れ家を包囲する部隊を指揮する自らの任務を確認する。

第一目標、裏切者であるフィーネの抹殺。コレは『(レセプター)』を我々が握っているが故の措置である。いかに『シンフォギア(・・・・・・)』を使えようとアレ等は所詮紛い物。

アレの内のどれかにフィーネが宿ろうと我々に逆らえなくなるが故、最優先事項に設定されている。

 

第二目標、ネフシュタンの鎧を含めた聖遺物に関するデータの回収。これに関しては第一目標を達成すれば自動的に達成可能な目標である。

如何にフィーネが『異端技術(ブラックアート)』に精通しようと所詮は人の枠組みすら超えられない存在。

フィーネの肉体を処分した後にゆっくりと探せばいいだろう。

 

第三目標、正規適合者である雪音クリスの確保。コレは恐らく不可能であろうと判断する。彼女はフィーネと袂を別ち、市井に紛れ込んでいる。調べ上げて捕まえる事は不可能では無いが、その場合二課との衝突は避けられないだろう。

正規適合者の確保は魅力的ではあるが、風鳴と公に事を構える事態とでは天秤が釣り合わない。

 

『ターゲットを室内に確認。我々も位置に着きました。突入準備完了です。隊長。』

 

『よし、さっさと終わらせてこのクソったれな蒸し風呂の国からおさらばしてやろうじゃないか。作戦開始!!』

 

『ゴーゴーゴー!!』

 

突入とは言え、相手はほぼ丸腰の女一人。周囲から囲んで、撃ち抜くだけだ。

 

「ッ!?米軍!?何故ここが!?

 ……きゃあッ!!」

 

至極当然の結果が、目の前に転がっていた。ノイズを呼び出す魔女であろうと、そんな暇さえ与えずに撃ってしまえばなんという事は無い。

 

『勝手が過ぎたな、魔女め。聖遺物に関するデータは我々が有効に活用させてもらう。』

 

『掠め取る準備が出来たら後は用無しと……流石はチルドレンたちを集める為だけに偽装工作まで完璧に行う連中ね……やる事がいちいち徹底していて癇に障る……』

 

『ふん……なんとでも言うがいい。お前にはコレからも我々の指揮下で働いてもらう。器に宿った魂としてな。』

 

『生憎だけど……まだあの小娘たちを使うつもりは無いのよ……あ、ああああああああ!!』

 

━━━━その瞬間、有り得ない事が起こった。

確かに与えた筈の致命傷が、目の前で治って行く。

ひび割れた器が逆再生するかのように、ひび割れと共に治っていく。

 

『その力……まさか、ネフシュタン!?馬鹿な!!如何に完全聖遺物が扱えようと、そんな事をすれば貴様の自我すら危ういはず!!』

 

『ハ!!そうやって見下して、他人の成果しか見ないからこうやって足を掬われるのよ、貴方達は!!

 ブラックアートの本質を、深淵(アビス)すら知らない青二才のアンクルサム。ハハ、ハハハ、ハハハハハハ!!』

 

『クッ!!撃て!!撃て!!とにかく撃ち続けろ!!こうなれば奴の自我が消滅しても構わん!!再生させ続けろ!!』

 

フラフラと立ち上がる、ゾンビ映画のゾンビのような女の肉体を弾丸が抉る。

そして、再生。

弾丸が抉る。

そして、再生。

弾切れした銃を一端放っておいて全員がサイドアームの拳銃を抜き、弾丸を放つ。

━━━━そして、再生。

 

『グレネード!!』

 

早くに弾丸が切れた隊員がグレネードを投げ込み、その爆発から逃れるべく部隊の全員が物陰へ隠れる。

そして、爆発。

 

『……やったか……?』

 

『分かりません……煙で何もみえな……ギャッ!!』

 

━━━━報告の途中で、隣に隠れていた隊員が真っ二つになって床を滑る。

 

『そんな……バカな……』

 

━━━━隊員を真っ二つにした鞭を引き戻しながら煙の中から現れたのは、黄金の鎧だった。

 

『ば、化け物……化け物がァァァァ!!』

 

隊員達が恐慌に陥りながら弾丸をばら撒く。だが、もはや通じない。

六角形で構成された防壁を張り、その女は弾丸を防ぐ。

 

『ネフシュタンの鎧は、宿主を浸食し、自らの一部と取り込む永劫の蛇……幾ら貴様と言えど、取り込まれれば永遠の命を喪う筈なのに……何故……』

 

頭が回らない。撤退命令を下す事すら考えが及ばない。

━━━━目の前に居るのは、ナンダ?

 

『ハ。だから言ったでしょう、サム?

 見下して、足を掬われるって。』

 

━━━━気づけば、視点の高さが床と同じになっていた。はて?俺はいつしゃがんだだろうか?

 

いや、違う。『足を斬り飛ばされたのだ』と、そう気づいたのは、痛みが脳天に昇って、それに叫びを挙げてからだった。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』

 

『はぁ……五月蠅いわね。お黙りなさい。』

 

そうして、女の言葉を最期に、俺の意識は、闇に溶けて、消えて。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「うっ……ぐぅっ……!!」

 

あれだけ派手に動けば、すぐさま二課に捕捉されてしまうだろう、と屋敷を見限り『仕掛け(・・・)』を施して車を走らせる。行先はリディアン近くの廃屋。

 

「まったく……コレだから下等な猿共は……!!」

 

ネフシュタンの鎧を纏い、特殊部隊を殲滅させたのはいい。だが、その方法がマズかった。

 

「拒絶反応で身体が真っ二つになりそうだ……!!立花、響……!!彼女は何故、こうならなかったのか……!!」

 

この期に及んで、研究者としての血が騒ぐ。

融合症例である立花響、彼女のデータを参考にして、瀕死の土壇場で行った人為的な聖遺物との融合。だが、それは如何に聖遺物に精通する私と言えども危険極まりない方法だったのだ。

第一、たったの一例しか存在せず、それも融合症例の初期段階の観測データがすっ飛んでいる立花響のデータでは『不安定になった聖遺物と人体の均衡』を元の天秤に戻す方法が全く分からなかったのだ。

 

━━━━それでも、時間を掛ける事で融合は着実に進んでいる。

 

このままあと少し、あと少しの時さえ稼げれば……そうすれば、カ・ディンギルは、私の手に落ちる。

非常階段でみじめに息を整える私はしかし、悲願の成就を目前に見据えていた。




━━━━何のために?
少女の問いに、少年は自らの誇りであるある男の人生を語る。
━━━━何のために?
女の言葉に、男は朧気ながらにその目的を推理する。
━━━━何のために?
少女の言葉に、陽だまりの少女は自らの使命を見出す。

あらゆる要素が大いなる塔の基に集う。
━━━━そして、神なる門(カ・ディンギル)は開かれる。

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