戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第三十話 大人のオブリゲーション

「失礼しましたー!!」

 

「失礼しました。」

 

翼さんのライブから一週間近くが経った、何でもない休日の朝。私は未来の付き添いとしてリディアンの中央棟、職員室まで足を伸ばして居た。

 

━━━━そんな折に、ふと耳に留まる歌があった。

 

リディアンの校歌。入学してからも授業で何度も聴いた歌。

きっと合唱部の活動なのだろう。

 

「フ~ンフフフ~フ~」

 

「ん?なぁに鼻歌?もしかして、合唱部に触発されちゃった?」

 

「んー……なんて言うのかなぁ、リディアンの校歌を聴くと落ち着くんだ。気持ちが凄くまったりするって言うか……皆が居る日常、私が護りたい物……そういう物が此処に有るんだって安心するんだ。

 入学してまだ二ヶ月ちょいなのにね?」

 

「でも、色々あった二ヶ月だよ。響なんて、グラウンドのトラックから飛び出しちゃったりしたでしょ?」

 

「あ、アレはそもそもリディアンのグラウンドが直角に曲がっているのが原因でありまして……」

 

「そういえば……鳴弥おばさんに聴いたんだけど、リディアンがこんな高い所にある理由って、了子さんがどうしても此処に二課本部を設立するって強硬したかららしいよ?

 その上で、研究施設も兼ねた病院もリディアンの近くに建てたら用地が足りなくてこんな事になっちゃったらしいね……」

 

未来の茶化しに答えた私の言い訳は、私の知らなかった裏事情を掘り出してくれた。

しかし、それは納得と同時に新たな疑問を私にもたらした。

 

「へぇ……了子さん、なんでそんなに此処に拘ったんだろう?」

 

「うーん……鳴弥おばさんも詳しくは分からなかったらしいのよね。ただ……『深淵(アビス)までのエレベーターシャフトを中軸にしたブロック構造とする事で二課本部は完成する』って言う計画は最初から了子さんの案だったらしいよ?

 了子さんの事だから、きっと何か深い考えがあったんじゃないかな?」

 

「そうだよねー。了子さんの話はいっつも難しくてチンプンカンプンだけど、私達の事ちゃんと考えてくれてるもんね!!」

 

━━━━そう、きっと了子さんの事だから防衛に必要だとか、そういった事があるのだろう。

だから、他愛のない話であるその話題は、未来とのこの二ヶ月の学校での想いで話の中に埋もれて行ったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そこは、巨大な屋敷であった。

 

 

 

人口の池と、人口の崖。

 

 

 

かつての明治・大正期に、人すら避けての避暑地として建てられたこの西洋かぶれの別荘は、今や没落によりその所有者を喪い、海外の資産家が新たに買い直したのだという。

 

 

━━━━それは、いつだったかフィーネが教えてくれたこの屋敷の成り立ちだった。

 

此処に来るまでの間に纏っていたシンフォギアを解き、屋敷の中へと走り込む。

わざわざ此処に来た理由はただ一つ。

 

━━━━フィーネと決着を着ける。

 

思い返せば、フィーネの基を去る事になってから既に半月近くが経っていた。

その後にアイツが勝手に貸して来やがった金はまだ半分以上残っている。だが、それ以上に精神的に限界が近づいている事があたしにはよく分かった。

いつノイズに襲撃されるか分からない状況、そして、誰かを巻き込んでしまうかも知れないと気を張らざるを得ない状況。それはあたしの体力を少しずつ奪っていた。

 

だからこそ、狙うは短期決戦。前回のように迷うあたしでは、完全聖遺物を纏うフィーネには勝てないからだ。

 

━━━━だが、その屋敷で待っていたのは予想とは全く異なった光景だった。

 

「……なにが、どうなってやがんだ……?」

 

まず気づいたのは、屋敷の外観。確かにあたしもフィーネが差し向けたノイズ共とドンパチ大立ち回りは繰り広げた。

だが、その時よりも遥かに屋敷は荒れ果てていた。まるで爆発物でも叩き込んだかのように吹き飛んだ窓などは一目で何かしらの異常があった事を知らせていた。

 

━━━━そして、内部に踏み込めば、そこには地獄が広がっていた。

 

真っ二つにされた死体、脚を切断された死体、大穴の開いた死体。腕や脚の一部しか残っていない死体。

様々な手法で惨殺された男達が其処には転がっていた。そして、そのいずれもが完全武装の兵士だった。

 

━━━━そんな、あからさまな異常事態を前に混乱するあたしの耳が足音を捉えたのは、そんな折だった。

 

「ッ!?」

 

そこに居たのはいつかのアイツと、赤いオッサンだった。

 

「ち、違う!!あたしじゃない!!やったのは……」

 

間違いなく、コレはネフシュタンの鎧を纏ったフィーネの仕業だろう。切断の痕が鋭利な事からもそれは見て取れる。

……だが、ここは彼等にとっては敵地。状況だけを見れば、惨劇の舞台に立っているあたしがやったとみなされてもおかしくはない。

ほら、それを裏付けるかのように後詰めの黒服たちがあたしを━━━━取り囲まない?

 

何故か、彼等はあたしの横をすり抜けて兵士達の確認に走る。

……あたしを危険視していない?

 

ワケが分からずに身構えたままのあたしの頭を、大きな掌が覆う。

いつの間に近づいたのか、赤いオッサンがあたしの頭を撫でていた。

 

「誰も、お前さんがやった事だなんて疑ってはいない……すべては、俺や君達の傍に居た彼女の仕業だ。」

 

「……えっ?」

 

━━━━気づいていたのか?

フィーネの正体、二課に潜伏する為の仮の姿に?

 

「風鳴司令!!」

 

黒服がオッサンに声を掛ける。

 

「━━━━I Love You SAYONARA……?」

 

意訳するならきっと、『愛していました。さようなら』となるだろう別れの挨拶。

それは、死体の上に載せられた紙に深紅のルージュで書かれていた。

フィーネからのメッセージ?だが、誰に?

 

「……ッ!!全員、伏せろ!!」

 

黒服がその紙を取ろうとした瞬間、押し黙っていたアイツが叫ぶ。

その注意であたしが思い出したのは、遠いあの日の記憶。

 

『クリス!!危ない!!』

 

パパとママが焼かれたあの日、あたしだけを爆弾から助けてくれたソーニャお姉ちゃん。その姿。

その記憶が割り出した結論はただ一つ。

 

「爆弾━━━━!!」

 

━━━━その理解と同時に、あたしの五感を爆風が掻き消した。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……どうなってんだよ、コイツは……」

 

腕の中の少女が呟く言葉も尤もであろう。

建物の一部を倒壊させるに足る爆発だ。何故自らが無傷であるかが分からず混乱するのも無理はないだろう。

 

「衝撃は発勁で掻き消した。拳法のちょっとした応用って奴だ。」

 

「そうじゃねぇよ!!……いや、それも分からなかったけど、あたしが聴きたいのはそんな事じゃねぇ!!

 なんでギアを纏えない奴があたしを護ってんだよ!!」

 

あぁ、なるほど。彼女━━━━雪音クリスにとってはそこが疑問点だったのか。

 

「俺がお前を護るのはギアの有る無しでじゃない。お前よか少しばかり大人だからだ。」

 

共に突入して来ていた黒服たちが瓦礫の中から特殊部隊の遺体を引きずり出す姿を横目に捉えながらも、俺は彼女に真摯に向き合う為に口を開く。

共鳴くんは……何も言わない。きっと、俺に任せてくれているのだろう。彼女が今向き合っているのは俺なのだからと。本当に……優しい子だ。

 

「大人……!?大人なんざ……あたしは!!大人が嫌いだ!!死んだパパとママも!!大っ嫌いだ!!

 とんだ夢想家の……臆病者!!あたしはアイツ等とは違う!!戦地で難民救済?歌で世界を救う?

 ━━━━いい大人が夢なんか見てんじゃねぇ!!」

 

「……大人が夢を、ね。」

 

━━━━共鳴くんには、少し悪い事をしてしまったかも知れん。

俺の方から対話の機会を設けようと同伴させておいて、身勝手な話だと自嘲を胸に秘めながら、彼女の血を吐くような慟哭を聞き届ける。

 

「本当に戦争を無くしたいのなら戦う意思と力を持つ奴を片っ端からぶっ潰して行けばいい!!それが一番合理的で現実的だ!!」

 

━━━━そう叫ぶ少女の姿が、俺には泣いているように見えた。

イデオロギーは、違いは無限に闘争を産み続ける。彼女のやり方では、ただその流れる血を新たな火種で無限に増やしていくだけだ。

戦う意思と力は誰もが持つ生命の基本原理なのだから。

……だが、それを頭ごなしに突きつけるのでは、彼女は救われない。泣いている彼女に必要なのは現実を思い知る事では無い。『現実を受け入れる』事だ。

 

「そいつが、お前さんのやり方か……なら訊くが、お前はそのやり方で戦いを無くせたのか?」

 

「ッ!!……それは……」

 

だから、投げるのは問い。彼女自身、その理想を最早信じ切れては居ないのだろう。だから、迷う。

だが、答えは既に彼女の目の前にある。それに気づいて欲しい。

 

「……いい大人は夢なんて見ない。と言ったな。そうじゃない。大人だからこそ夢を見るんだ。

 大人になったら背も伸びるし、力も強くなる。財布の中の小遣いだってちっとは増える。

 子どもの頃は見るだけだった夢も、大人になったら叶えるチャンスが大きくなる。

 ━━━━夢を見る意味が大きくなる。

 お前の親は、ただ夢を見に戦場に行ったのか?違うな。

 『歌で世界を平和にする』っていうデッカイ夢を叶える為に。自ら望んでこの世の地獄に踏み込んだんじゃないのか?」

 

━━━━いつか、共鳴くんに語った事を思い出す。

子供が夢を見れるように応援してやるのは、大人の責務だ。

だが、大人も夢を見る物だ。自分で出来るかどうかの線引きをして、それでも叶えたい夢の為に邁進する。それは、大人にしか出来ない事だ。

……そして、そんな大人の夢を応援し続けた、一人の偉大な背中をも思い出す。

 

「なんで……そんな……」

 

「きっと、お前に見せたかったんだろう。

 『夢は叶う』という、揺ぎ無い現実を。」

 

「ッ……!!」

 

「お前は『嫌いだ』と吐き捨てたが、お前の両親はきっと……お前の事を大切に想っていたんだろうな。」

 

━━━━彼女の身の安全だけを想うのなら、夫妻だけが戦地に向かう事だって出来た筈だ。けれど、彼等はそれをしなかった。

身勝手だと罵る声もあるかもしれない。けれど、『置いて行かない』というその選択はきっと愛ゆえだろう、と今なら分かる。

 

━━━━何故ならば、雪音クリスがここまで真っ直ぐに成長してくれているからだ。

確かに、彼女は深く傷ついた。だがそれでも、『両親の理想』を捨てる事無く今まで持ってきてくれたのだから。

その優しさは、両親が与えた愛の深さを示していた。

 

「う……うぅ……うぁ……うわぁぁぁぁん!!」

 

だから、静かに彼女を抱きしめてやる。彼女が此処に居る事は間違っていないのだと、確かに伝える為に。

 

 

「……やっぱり敵わないなぁ、おじさんには……」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……やっぱり、あたしは……」

 

「一緒には来られない、か?」

 

あれから少しして。落ち着いた雪音さんは、やはり二課に味方する事は無かった。

それも当然だろう、彼女は今まで手酷く裏切られ続けて来たのだ。今さらに優しい言葉一つで信頼が芽生える程、彼女に植えついた疑心の根は浅くは無い。

 

「……お前は、お前が思う程独りぼっちじゃないさ。お前が一人道を行こうとしても、おせっかいにも横を並ぼうとする奴がきっと現れるさ。」

 

「今まで戦ってきた相手だぞ?そんな奴と並ぼうだなんて綺麗事を宣(のたま)う奴が……居たな。」

 

言葉の途中で気づいたのだろう雪音さんからジトッとした目で見つめられて、思わず頬を掻くしかない。

 

「ハッハッハ!!いい機会だし、共鳴くんから訊きたい事があれば今のうちに彼から訊いてみたらどうだ?それと、ホレ!!」

 

「おっと……んだこりゃ、通信機……?」

 

おじさんが雪音さんに投げ渡したそれは、二課の実働部隊が使う用途が限定された携帯端末だった。

 

「そうだ。限度額内なら公共交通機関が利用できるし、自販機で買い物も出来る優れモノだ。便利だぞぉ?」

 

「……カ・ディンギル!!」

 

「ん?」

 

「フィーネが言っていたんだ。カ・ディンギルはもう完成したって。そいつが何なのかは分からないけど……それが、フィーネの計画の中枢だって。」

 

『カ・ディンギル……』

 

雪音さんの言葉に、おじさんと俺が返す言葉が重なる。

それが一体なんなのかは、今だ分からない。けれど━━━━

 

「……後手に回るのは終いだな。今度は此方から打って出る!!共鳴くんも後程、響くんたちと合流してくれ!!」

 

「はい。」

 

そう言い残して、おじさん達は去って行く。

遺されたのは雪音さんと、俺の二人だけ。

 

「……お前は、行かないのかよ。」

 

「……雪音さんは、この後どうするのかなって思って。

 ……山を降りるんだったらせめてそこまでは……って思ったんだけど、やっぱり余計なお節介だったかな?」

 

「あぁ。お節介にも程がありやがる。

 ……けど、その前に一つだけ聴かせろ。オッサンは『大人だから』あたしの夢を応援すると言った。だったら、お前は?お前も大人だなんて言い訳は聞きたくねぇ。何故あたしに拘る?」

 

━━━━それは、いずれ来ると分かっていた問いだった。

だがそれは同時に、俺にも答えが分からない問いでもあった。

 

「……未練、かな?」

 

だから、心の中を整理するように、少しずつ、間違えないように言葉を紡ぐ。

 

「……はぁ?」

 

呆れるような彼女の言葉も当然だろう。いきなり未練だなどと言われても、きっと分からない筈だ。

だから、続けるのは前提となるお話。俺の理想の原型の一つを形作る、父さんの背中の話。

 

「俺の家系は、代々護衛……いわゆるガーディアンを生業としていたんだ。けれど、ガーディアンとしての方針の違いで他の家と対立して国内に居場所が無くなってね。

 だから、俺の父さんは国連直属の特殊部隊として秘密裏に世界中の要人を警護していたんだ。」

 

「へぇ……要人警護ねぇ。あたしにはトンと縁のない話だな。」

 

━━━━雪音さんは、自信家で攻撃的な外面とは裏腹に、内面では自分を卑下する傾向があるのだな。という事にふと気づく。

だから、返す言葉はその卑下を打ち消す物。

 

「ふふっ、それがそうでも無いんだよね……八年前、雪音さん達家族がコロンビア経由でバル・ベルデ入りした時の事、覚えてない?」

 

「はぁ?いや、まぁ……NPO団体のメンバーと一緒に陸路だったからな。一応覚えてるけどそれが……待て。」

 

俺の返答に一瞬だけ顔をしかめながらも、きっと辛い記憶よりも過去にあったその記憶を辿っていた雪音さんは、一つの事柄を思い出す。

 

「……一人だけ、コロンビアとの国境で帰った奴が居た。パパに聴いたら『彼は国境までの護衛だったのさ。』って……まさか……お前……!?」

 

「……うん。その人、コロンビアとの国境まで護衛した人が、俺の父親。天津共行だったんだ。」

 

俺の返答に、茫然とする雪音さん。急な話で着いていけないだろう気持ちは分かる。

 

「……それで未練と?お前の父親が?」

 

雪音さんの訝し気な声に、あぁ、またやってしまった。と気づく。

この言い方では、父さんが未練を抱いていたようにも聴こえてしまう。

 

「いや、父さんはプロだった。悲しみこそしていたけれど……自分の手の届かなかった誰かに手を伸ばすのは、護れなかった人への侮辱にもなるとそれを表に出すまいとしてた。

 ……だけど、俺はまだ、そこまで割り切る事が出来ないんだ。それに……父さんは、もう居ない。」

 

「……ッ!?」

 

「三年前、父さんは任務の途中で腕だけになって帰ってきた。結局━━━━父さんがどこまで悲しみを背負っていたのか、俺には分からずじまいのまま。

 ……だから、未練なんだ。父さんが悲しんでいた事が俺には伝わっていたから。

 偶然に偶然が重なった出逢いだったけれど、雪音さんを━━━━雪音夫妻の娘を放っておくのは、父さんにも、父さんの親友だったという雪音夫妻に対しても不義理に当たると思って。」

 

━━━━あぁ、俺は未だに父さんの死が受け入れられていないのだな。

雪音さんに語る為に自分の中を整理する中で、俺の想いの輪郭がようやく掴めた。

ようは、父さんの幻影を未だに追っているのだ。コレが悪い事かどうかは、まだ分からない。けれど、今の俺は父さんとはまた異なる理想を掲げている。

であれば……

 

「……クリス。」

 

「ん?」

 

「クリスでいい。パパとママの知り合いの身内だってんなら……邪険に扱うのもわりーだろ。」

 

━━━━それは、彼女なりの精一杯の譲歩だったのだろう。

半月前、夜の街を彷徨う中、彼女は近づくことを拒み、名前で呼ばれるのを嫌がった。

そんな彼女が名前で呼ぶように願う事の重さ。その重さを、俺は正面から受け止める。

 

「……あぁ、ありがとうクリスちゃん。俺の事も、好きに呼んでくれていいよ。」

 

「フン!!呼ぶ機会なんぞがあれば考えてやらぁ。」

 

━━━━暫し、会話が途切れる。

だが、それはいつかの夜のような重苦しい沈黙では無くて……響や未来、翼ちゃんや奏さんともまた違う、新しい温かさを伴った静寂だった。

 

 

━━━━その沈黙が不意に切り裂かれたのは、言葉が不要になってから暫し経った後だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『はい、翼です。』

 

『響です!!』

 

「収穫があった。共鳴くんは別件で動いているが……了子くんは?」

 

二課本部の司令室にて、半ば答えの分かった問いを投げる。

━━━━覚悟は、出来ている。問題は……

 

「まだ出勤していません。朝から音信不通で……」

 

「そうか……」

 

彼女の出方が分からない事だ。このまま雲隠れしてくるか、それとも……

 

『了子さんなら大丈夫ですよ!!私を護ってくれた時みたいにドカーンとやってくれますって!!』

 

『……いや、戦闘訓練も面倒だとサボタージュする櫻井女史にそのような事は……』

 

『へっ?了子さんって、師匠と並んで二課の最終兵器だったりしないんですか?』

 

……最終兵器、か。確かに、頭脳面で言えばまさしくその通りだったな……

等と、思考が感傷に傾きかける中で、サウンドオンリーのコールが届く。

通信相手は、渦中の了子くん。

 

『やぁっと繋がったぁ。ごめんねぇ?寝坊しちゃったんだけど、通信機の調子が悪くって~』

 

「……無事か、了子くん。そっちに何か問題は?」

 

━━━━前回の故障に続いて二度目。どちらも米国の関与した案件において立て続けとなれば、最早疑う余地もない。

了子くんは、分かった上で敢えて情報を出し渋っている。

 

『寝坊しちゃってゴミを出せなかったけど……なにかあったの?』

 

『良かった~』

 

「ならばいい。それより、訊きたい事がある。」

 

世間話に流れかけた響くんの言葉を断ち切って、了子くんにカマをかける。

 

『んもぅ、せっかちね……それで?聴きたい事ってなにかしら?』

 

「カ・ディンギル。この言葉が意味する事とは?」

 

『……カ・ディンギル。古代シュメール語で【高みの存在】を意味する言葉……転じて、天を仰ぐ程の塔とも言われるわ。

 アッカド語ではバーブ・イリと呼ばれていて……これを以て【バベルの塔】と同一視する見方もあるわ。いずれにしろ、巨大な構造物を指す言葉よ。』

 

「……なるほど。だが、そうだとすれば疑問が出てくるな。何者かがそんな塔を建造していたとして、何故我々はそれを見過ごしてきたのだ?」

 

……朧気ながら、目的は見えて来た。彼女が二課本部の建設予定地に拘った理由、ブロック構造による拡張性を確保しながらも本部を貫く一本の塔。

それをどう使うのかは未だ分からない。だが……【カ・ディンギル】がどこにあるかは掴めた。

 

『確かに、そう言われちゃうと謎ですねぇ……』

 

「あぁ、だがこれがようやく掴んだ敵の尻尾だ。このまま情報を集めて一気に叩く!!

 最終決戦、仕掛けるからには仕損じるな!!」

 

『了解です!!』

 

『了解。』

 

『じゃ、ちょっと野暮用済ませたら私もそっちに向かうわ。』

 

……そう来たか。となれば、この後の彼女の行動はある程度読める。

まず第一に、『カ・ディンギルを利用して二課は総攻撃を仕掛ける』という俺が出した情報。

そして第二に、『カ・ディンギルに彼女が辿り着こうとしている』という彼女が出した情報。

この二つから考えられる彼女の作戦は……

 

「些細な事でもなんでもいい!!カ・ディンギルについての情報をかき集めろ!!」

 

━━━━本気の戦略には、本気のブラフが必要だ。

二課が本気で最終決戦を仕掛ける気だと分かれば、二課の保有戦力を知り尽くした彼女ならば……

その思考に応えたのは、鳴り響いた警報音だった。

 

「どうした!!」

 

「飛行タイプの超大型ノイズが三体……!!いえ、もう一体出現!!合計四体!!」

 

……やはり、大規模攻勢をかけて来たか。

緒川と共鳴くん、それに鳴弥くんと奏くんにも連絡を取らねばならんな……

 

 

━━━━決戦の火蓋は、今まさに斬って落とされたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……響?」

 

「大丈夫!!お兄ちゃんと、私と、翼さんの三人が居るからなんとかなるって!!

 ……だから、未来は学校に戻って。」

 

「リディアンに?」

 

「うん。もしもだけど……これが最後の決戦で、あの杖が使われたなら……もしかしたら、急にノイズが出てくる事があるかもしれない。

 そんな時には、リディアンの地下シェルターを解放して、皆を避難させないといけないから……未来には、それを手伝って欲しいんだ。」

 

……それは、私がやっていた事になっていたボランティア活動と同じ。戦えない誰かが、それでも抗う為の最前線。

危険もあるけれど……それでも、未来に頼みたい事。

 

「……うん。わかった。」

 

「……ゴメンね。巻き込んじゃって。」

 

「ううん。私は巻き込まれたなんて思ってないよ。それに、言ったでしょ?私はもう、ただ待つだけじゃイヤなんだって。

 だから、私が響の帰ってくる日常を、リディアンを護るから。

 ━━━━絶対に、帰って来てね?お兄ちゃんと、翼さんと、皆一緒に。」

 

「━━━━うん。

 小日向未来は、私にとっての陽だまりなの。それで、お兄ちゃんは大木。未来とお兄ちゃんの傍が、木漏れ日の陽だまりが一番あったかくて……だから、そこは私やお兄ちゃんが絶対に帰ってくる所。これまでもそうだし、これからもそう。だから……今度は皆で、流れ星を見に行こう?」

 

「ふふっ、楽しみに待ってるから。」

 

言外に、必ず帰って来ると約束する。決めたのだ。もう未来との約束を破らないと。

だから、この約束も、絶対に絶対なのだ!!

決意を胸に、私は真っ直ぐ未来を見て言う。

 

「じゃあ、行ってきます!!」

 

 

 

『ノイズの進行経路に関する最新情報だ。

 第四十一区域に発生したノイズは第三十三区域を経由して第二十八区域へ進行中だ。

 同様に、第十八区域と第十七区域のノイズも第二十四区域へと向かっている……』

 

未来と離れて、改めて端末を介して本部と通信する。割かし山間にあるリディアン近くである為に、空中に現れたという超巨大ノイズがここからでは見えないのだ。

 

『コレは……!!』

 

『各ノイズの進行経路の交差地点には、東京スカイタワーがあります!!』

 

「東京スカイタワー……って言うと、最近完成したあの……?」

 

確か、高さ634mの日本最大のタワー型構造物という事で観光地としての人気も高く、入場待ちに列ができると聞いた事がある。あのスカイタワーだろうか?

 

『カ・ディンギルが塔だとするなら、スカイタワーはそのものなのでは無いでしょうか?』

 

『なるほどな……スカイタワーには表向きの電波塔としての役割の他に、俺達二課の活動時の映像や交信の履歴を保存・統括制御する機能が備わっている。コレを破壊されれば俺達は孤立したも同然か……

 二人共!!スカイタワーへ急行だ!!共鳴くんも後から合流する!!』

 

 

 

「……と言っても、ここからスカイタワーへだとシンフォギアを纏っても距離が……ってうわわ!?」

 

急行せよ!!とは言われたものの、私にはお兄ちゃんや翼さんみたいな移動の脚が無いのだ。

どうしたものかと悩む私に吹き付ける強風、上を見上げれば、其処には二課所有と思しきヘリコプターが着陸せんと降下して来ていたのだった。

 

『なんともならない事があるのなら、俺達大人がなんとかしてやるさ。それが俺達の仕事だからな。』

 

そんな、師匠の頼もしい声に後押しされて、私はヘリコプターに飛び乗ったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━まったく、やってくれる。

 

自らの身体を利用した融合症例の実験。それが最終段階を迎えようとする中で鳴り渡った通信。

そして、カ・ディンギルの露呈。

今日は朝から計画が狂わされる事ばかりだ。

……だが、それは私の敗北を意味するモノでは決してない。

 

カ・ディンギルという言葉に惑わされ、私という存在に惑わされれば、厄介なシンフォギア装者達を本物のカ・ディンギルから遠ざける事は容易に出来るだろう。

 

……その為には、代わりになる塔が必要だ。だが、この東京にカ・ディンギルのような塔など……そこまで思考が到った時にふと頭をよぎったのは二課が秘密裏に利用する電波塔の事。

 

コレだ!!コレならばカ・ディンギルと誤認させつつ、二課の戦力を全てそちらに呼び寄せられる!!

 

……唯一の不安要素は天津の(すえ)とクリスが見当たらない事だが、まぁいいだろう。どうせ大規模な戦闘が起きればあのお人好し共がノイズを放っておける筈が無い。

それもあり、彼等に見せつけるようにノイズの機動をプログラミングする。全く、あのライブの日にとっておきであるバエルのコマンドを使ってまで生成した黄金のノイズも結局は時間稼ぎにしかならなかった。

それを反省して、さらなる絶望を与える為に使うのは飛行型超巨大ノイズを四種━━━━パイモンのコマンドに内包されたオリエンス、エギュン、アマイモンのコマンドをも使う事とする。

遠距離攻撃の使い手はクリスだけ。であれば、時間稼ぎならこれだけで十分に過ぎる。

 

 

もうすぐだ……もうすぐ、私は……




何故だろう、戦う理由も無いが、戦わない理由も無い私達が共に轡を並べ戦う理由は。
何故だろう、諦めかけた夢をもう一度信じさせてくれるナニカの存在を感じるのは。
その答えは、きっとこの繋いだ手が紡ぐ未来の先にあるのだと信じて。

━━━━だからこそ、そんな君たちを護る為に、俺は拳を握って戦おう。

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