━━━━そこは、地獄だった。
火花散り、硝煙むせぶ鉄火場。
少女達が青春を謳歌していた中庭、校舎、体育館。その総てが崩れ落ち、焼けていく。
「急いで校舎中央棟かグラウンドにあるシェルターへ避難してください!!早く!!走って!!」
そんな地獄の中で、戦い続ける男達が居た。
避難誘導と共に、迫りくるノイズ達を足止めする為にせめてもと実弾を叩き込み続けるのは、特異災害対策機動部一課。
「隊長!!西側の戦車一両大破!!隊員の生存確認出来ず!!」
「東側、大型ノイズが小型ノイズを吐き出し始めました!!戦線の瓦解は時間の問題かと!!愚考ながら、校舎中央棟への撤退を進言します!!」
「そんな事は分かってる!!だが、いつもの連中は全員スカイタワーまでお出かけ中だ!!この状況で俺達が退くという事は、即ちこの学園の子達を危険に晒すのと同義だ!!そんな事をすればアイツ等に顔向けすら出来ん!!
……幸い、学生の中に我々と共同した事もあるボランティア団体のメンバーが混じっていた事で避難誘導に回せる人員が最小限で済んでいる。
最悪でも、我々が『
「了解!!」
━━━━それは、死を意味する命令だった。普通ならば、容易く受け入れられる物では無い。
だが、此処に居るのは一課に望んで配属された大馬鹿ばかり。それに……
「……なぁ、知ってるか?」
「なんだよ、こんな非常時に。」
「━━━━この学園、二年前のノイズ災害の被害者達を多く受け入れてるのは知ってるよな?……その中に、俺等がいっつも助けられてるあの歌のヌシが居るらしいぜ?」
「……嘘だろ?今まで話題にならなかったって事は、あの黄色い子か?」
彼等は、助けられてきたのだ。ノイズと日夜戦い続ける少年少女達に。
「この前、いつも御礼を言ってくるあの小僧っ子と制服でデートしてるのを見た奴が居てな?……ソイツは、さっき戦車と一緒におさらばしちまったからよ。」
「ハハッ!!ここで教えられても世話ねぇだろお前!!目の前に死が迫ってるってのによ!!」
「だけどよ、奇跡が起こってあの子達がいつも通り駆けつけてくれる可能性だって……」
そんな
希望なんて無い、ただの負け戦だと分かっているのだ。だけど……
「ハッ!!んなもんはねぇから、俺達が命賭けて戦うんだろうが!!あの子達の日常を!!護るべき人々を!!だから撃て!!撃ちまくれ!!
万に一つに賭けるなら、あの子達に助けてもらう可能性じゃなくて俺等の弾丸がノイズ野郎をぶっ潰す可能性に賭けろってんだ!!」
彼等が退く事は有り得ない。歌は届かず、希望は無く。
けれど、自分たちの一所懸命で救われる命の多さを知っているが故に。
━━━━この日、特異災害対策機動部一課は五割を超える全滅規模の犠牲者を出す事となる。
それ以上の、数多くの人々の命を救う事と引き換えに。
◆◆◆◆◆◆
「━━━━落ち着いてシェルターに避難してください!!シェルターの定員は学園生徒全員分が確保されています!!だから慌てないで、確実にシェルターに避難してください!!」
学園中央棟。ここにもシェルターの入り口がある事から、多くの生徒が波のように詰めかけていた。
けれど、特異災害対策機動部一課の人達と、それからお兄ちゃんの支援するボランティア団体の人達も手伝ってくれた事でなんとかその波も収まり始めていた。
「ヒナ!!大丈夫!!」
そんな時に声を掛けて来たのはいつもの三人だった。無事で良かった、とホッとする。
「一体どうなってるワケ……?学校が襲われるなんてアニメじゃないんだからさ……」
「残念だけど、アニメじゃなくて現実なんだよ。だから、みんなも早く避難して!!」
「小日向さんも一緒に避難しましょう!?」
寺島さんの提案はありがたい事だったし、当然の言葉だろう。だけど……私は託されたのだ。みんなが居る日常を。
「ゴメンね……私、まだ残ってる人が居ないか探してくる!!みんなは先にシェルターに!!」
「ヒナ!?」
後ろから掛けられる言葉に罪悪感を感じながらも、私の脚は緩まない。
━━━━これが、今の私に出来る戦いなのだから。
◆◆◆◆◆◆
「行っちゃった……」
「とりあえず、小日向さんの言う通り避難した方がいいのでは?ここで小日向さんを追いかけて二重遭難になってしまうのはナイスでは無いですし……」
「そだね……とりあえずシェルターに……」
「キミ達!!」
急に駆けだして行っちゃった未来を見送って、私達も避難しようとした鼻先を挫くように声を掛けて来たのは特異災害対策機動部の人だった。アニメみたいでカッコいいからつい名前を覚えてしまっていたのもあり、すぐに分かった。
「校舎内にもノイズが入り込み始めました。キミ達も早く避難……ッ!!」
━━━━その注意の言葉は、最後まで続かなかった。
窓を割って飛来したのは、まるで昔の特撮に出てくるドリルみたいな形のノイズ。
ソレが、目の前の人間に突き刺さる。
最期の表情は、愕然だったのだろうか。それとも、私達に何かを伝えようとしていたのだろうか。
わからない。わからない。わからない。
私の常識を超えた現実を前に、頭がパンクする。
「いやァァァァ!!」
━━━━その叫びが、私の喉からあふれ出た物だと気づいたのは、叫び始めてからだった。
校舎内のどこかで、硝子の割れる音がする。早く、早く逃げ出さないといけない。
なのに、恐怖にすくんだ脚は動いてくれない。
……死んじゃうのかな、私達。アニメのモブキャラみたいに呆気無く、主役の見ていない所でサックリと死んでしまうのだろうか。
……それはイヤだな。と、ふと思った時に何故か脳裏によぎるのは、アニメが好きと言っても気にしないで話を合わせてくれたあの人の顔で……
「バカかお前等!!死ぬ気か!!」
━━━━けれど、私達は死ななかった。錯乱から抜け出して気が付いた時には、シェルターへと向かう階段を俵抱きに担がれながら私達は下っていた。
「全く!!給料上げてもらわなきゃ割に合わんぞこの仕事は!!なぁジョージ!!」
「あぁ、そうだなマーティン!!スクールガールのお守なんて聞いちゃいねぇぞ!!こりゃアマツの小僧に追加ボーナスをせびら無い事にはやってられん!!」
私達を助けてくれたのは、いわゆる特殊部隊というのだろうか。特異災害対策機動部の人とはまた違う格好をした大柄な男性の二人組だった。
……というか、アマツ?
「あ、あのっ!!」
「あ?なんだ嬢ちゃん、もう歩けるようになったのか?」
「あ、いえ……すいません。まだ脚、震えてて……」
「冗談だ。見なくても分かる。んで、なんか気になる事でもあったのか?」
「えっと……さっき、アマツって言ってましたよね?もしかして、それって天津って苗字……ファミリーネームの人の事なんですか?」
凄い。まるで映画みたいな軽妙な会話だ……だなんて脇道に逸れる思考を無理くり軌道修正して気になった事を訊いてみれば、私を担いでる人は露骨にイヤな風にもう一人と話し出す。
「おいおい……ティーンエイジャーだからハナから射程外だったとはいえ、命助けた美少女が粉掛けるよりも先にアイツの女だったとか流石に凹むぞ……」
「ハハハ、条例でとっ捕まる騒ぎにならなくてよかったなジョージ。んで、どうするよ?こんな状況になっちまったからには隠し通せやしないだろうが、一応俺等の存在は機密事項だろ?」
「……どうすっかな、めんどくせぇ。あー……多分だが、お前さんが思ってる通りのアマツだろうから、説明は後で本人から、って事でもいいか?なにしろここじゃまだ浅すぎてノイズを引き寄せかねねぇ。」
「あっ、はい……」
━━━━一体全体、何がどうなってるの……?
担がれながら階段を降りていく中で、やっぱり私の頭の中はグルグルと回っていたのだった。
◆◆◆◆◆◆
「誰か!!残ってる人は居ませんか!?……キャッ!?」
皆の基を去って、更に数人の生徒をシェルターに誘導した私を襲ったのは、爆発の振動だった。
「あの方向は……食堂の方かな……響の帰ってくる所が……ドンドン壊れて行っちゃう……」
━━━━なんて、残酷なのだろう。響はもう、ノイズに大事な物を奪われてしまっているというのに。
ノイズが全てを否定して我が物顔で闊歩するのを、ただ遠巻きに見ているしか無い。
━━━━そんな思考を切り裂いて、ガラスを突き破ってくる存在があった。
「……あっ!?」
それは、ノイズ。おたまじゃくしみたいな姿が三つ。私を否定する為に襲い掛かってくる。
逃げなきゃいけない、と思っても体は動かなかった。感覚と恐怖だけがスローモーションになって、私の脚は一歩も動いてくれない。
「クッ……!!」
そんな私を抱き上げてノイズの突進から助けてくれたのは、緒川さんだった。
「緒川さん!?」
「ギリギリでした……修練が足りませんね。次までには確実に助けられるよう、鍛えておきますね……!!走りますよ!!」
「えっ!?」
「三十六計逃げるに如かず、です!!」
━━━━展開が早い!!
思わず思ってしまった事だが、緒川さんの言う通りだ。ノイズを相手に戦える響達は今出払っている。ならば、倒せない私達はノイズから逃げるしかない。
緒川さんの誘導に従って二課直通のエレベーターに走り込む。
「ヒッ!!」
だが、ノイズの追撃は止んだワケでは無く、エレベーターのドアを突き抜けんと突進してきた。しかし……
このエレベーターはゆうに1000mを下る高速エレベーターなのだ。物質を透過してこようとしたノイズ達は、急激に動き出した此方について来る事は出来ずに置いて行かれてしまう。
「……ほっ……」
「……はい。リディアンの被害は依然拡大中です。ですが、未来さんやボランティア部の皆さん、そして……一課の皆さんの奮戦のお陰で被害は最小限に抑えられています。
ちょうど合流も出来ましたので、このまま未来さんをシェルターまで案内します。」
『わかった。気を付けろよ……』
恐怖が抜けきらない私に対して、緒川さんは流石に慣れているのかもう切り替えて携帯端末で連絡をしていた。風鳴司令宛てだろうか?
「それよりも司令。カ・ディンギルの正体が判明しました。」
『なんだと!?本当か!?』
「物証はありません。ですが、カ・ディンギルとは恐らく……」
━━━━エレベーターが衝撃に揺らいだのは、緒川さんが本題を口にしようとした瞬間だった。
「きゃああああ!?」
エレベーターの屋根を貫いて降ってきたのは、金色の鎧を纏った女性だった。
『どうした!!緒川!?』
「こうも早く悟られるとはな……確かに手駒の不手際こそあったが、カ・ディンギルについてのヒントなど無かった筈……なにが切っ掛けだ?」
「ぐっ……塔なんて、そんな目立つ物を人知れず建てるなんて不可能です……普通なら。ですが、天地を逆として『地下へと伸ばす』なら、一つだけ人知れず建っていた塔が有り得ます。
つまりは此処、特異災害対策機動部二課本部、その中枢構造であるエレベーターシャフト!!これこそが『カ・ディンギル』!!そして、それを悪用する事が可能なのはただ一人……!!」
「……漏洩した情報を逆手に偽の塔を仕立て上げ、上手くいなしたつもりだったのだが……」
緒川さんを掴みあげるその女性に、どこか見覚えがある気がする。
そして、緒川さんが語ったカ・ディンギルの正体。
━━━━それらを繋ぎ合わせてしまう一つの事実。
だが、衝撃を受ける私の前で自体は急展開を続けていく。
エレベーターが二課本部に到着した瞬間、緒川さんが動き出したのだ。
私の眼で追えたのは、後方宙返りとその後の射撃くらい。
銃声に竦む私をよそに、金色の女性はなんでもない顔でそれを受け止める。
「ネフシュタン……!!クッ、うああああ!?」
「緒川さん!?」
緒川さんの動きも凄まじかったが、金色の女性は更にその上を行っていた。
鞭のようなパーツが緒川さんを捕らえ、締め上げる。そして……トドメを刺さんとじりじりと迫る切っ先。
「未来さん……逃げて……」
━━━━だというのに、緒川さんは弱音を吐かなかった。
助けてと言わなかった。たとえ最期になろうとも、私のような力を持たない誰かを案じ続ける。それは……お兄ちゃんと同じ眼だった。
「くっ!!」
だから、私も諦めない。その気持ちを込めて体当たりをする。
この程度では倒せない事は分かっている。けれど、風鳴司令との連絡が途絶えた事で恐らくは近いうちに増援がやってくるだろう。
それまでの間、金色の女性の━━━━了子さんの注意を引ければそれでいい。
「……麗しいな。」
けれど、振り向きざまに私を射抜くその眼は、冷たくて。思わず喉から出た声を聴いて、彼女は嗤う。弧を描いた綺麗な唇が言葉を紡ぐ。
「彼等はずっとお前たちを騙して、利用してきたというのに。そんな者共を護ろうというのか?」
「それは……」
それは、鳴弥さんが教えてくれた事。
「聖遺物を起動する為のフォニックゲイン……それを身に纏う者達を全国から集める……『
それでも、お前はそんな彼等を庇うと?ハハハハハハ!!笑えるな!!」
━━━━リディアンが、実験の為に造られた事。そして、実際に実験にも及んでいたという、拭いきれない後ろ暗い事実。
「それは……そうかも知れない。けれど……それだけでは無いって、お兄ちゃんが教えてくれた!!
嘘をついても……本当の事が言えなくても……誰かを護る為に自分の命すら懸けて戦う人達が居ます!!だから、私は……そんな人たちを信じている!!」
━━━━けれど、お兄ちゃんが頑張って、二課の皆が呼応してくれて。
だからこそ、ノイズ災害の犠牲者である響や、それに巻き込まれる筈だった私が此処に居るのだという事を、私は知っている。
「━━━━ッ!!」
それに対する答えは、平手打ちだった。
「あうっ!!」
張られた頬が痛む。けれど、それだけで済んだ、と思うべきなのだろうか。
痛みに歪む世界の中で、けれど彼女が遺して行った言葉だけは、何故かハッキリと私の耳に届いていた。
「━━━━まるで、興が冷める……呪われたお前たちが、そんなに簡単に信頼し合えるものか……」
◆◆◆◆◆◆
━━━━全く以て、興が冷める。
腹立たしい、憎らしい、忌々しい。
だが、それももう終わる。二課本部内を『ワタシ』のパスで以て通り抜ければ……
━━━━それを、またも邪魔する無粋な銃声が轟く。
「デュランダルの元へは行かせません!!……この命に代えてもです!!」
「ふう……」
どいつもこいつも、何故私の計画を邪魔しようというのか……まるで理解出来ない。いや、理解する必要など無いか。
だから、否定の意思を以てネフシュタンを構え━━━━
「━━━━待ちな、了子。」
聴きなれた声と共に、通路が崩壊した。
……いや、分かっている。その男は、通路を破壊して降ってきたのだ。司令室からここまでの最短距離を、だ。
「……私をまだ、その名で呼ぶか。」
━━━━風鳴弦十郎。
『日本の最終兵器』の異名を持つ男が、そこに立っていた。
「あぁ、いつだってその名で呼ぶさ。その上で……キミを止めに来た。」
「司令……!!」
「
だが、正面からキミと相構えれば響くんが全力を出すのは難しいだろう。だからこそ、キミが動き出すよう真実に迫り、差し出された偽の策に乗って装者全員を出撃させたってワケだ。」
「陽動と分かって尚、自らの全力をぶつけて陽動とするとはな……食えない男だ。だが!!この私を!!ただ人一人が止められるとでも!?」
━━━━やはり、計画の最大の障害はこの男だったか。
甘ったれた考えと、組織としての最大限の利益を両立させる手腕を持つこの男こそ……!!
「応とも!!一汗かいた後で改めて話合わせて貰う!!」
言葉と同時、迷いの無い眼で踏み込んで来る男をネフシュタンの鞭で迎撃せんと振るう。だが、見切られる。
「ならば、地ごとに薙ぎ払ってくれるッ!!」
今度は直線では無く、薙ぎ払う面の攻撃。
「ふんッ!!」
━━━━だが、男は最早地には居なかった。
飛び上がって天井へ、そしてそこを走るパイプラインを握る事で体勢を変え、天を蹴って地へと。
それはおよそ、人の肉体で成しうる動きでは無かった。
「覇ァァァァ!!」
「クッ……なにッ!?」
━━━━その一撃を回避した瞬間、有り得ない光景が私の眼に飛び込んで来る。
回避した筈の一撃で、ネフシュタンに罅が入ったのだ。それは距離を取る間に即座に再生する。
だがそれでも、あまりに馬鹿げた光景だ。ネフシュタンの真価が無限再生にあるとはいえ、その強度は鎧の名に相応しく、現行技術程度では殆ど傷つけられない筈なのだ。
確かに立花響は絶唱並みの一撃でネフシュタンを貫いた。だが、この男にそんなアシストは無い!!ただ己が身のみで絶唱に匹敵する一撃を放つとでも!?
「ぬぅ……ならば、肉を削いでくれる!!」
話には聞いていた。だが、趣味の格闘術とやらがここまで真に迫るなど想定外もいい所だ。
だが、所詮は不完全な肉体で放つ一撃!!肉を削ぎ、威を放つ筋を落とせば問題は無い!!
「ふッ!!」
━━━━そう思って放った一撃は、容易く受け止められる。
馬鹿な。ネフシュタンの一撃だぞ?アーマーを容易く裂いて人体なぞ真っ二つにする一撃だぞ!?
衝撃と共に、引き揚げられる身体。
「あっ……」
そうして浮いた身体を、恐るべき一撃が、貫いた。
腹を貫かれるのは、今日だけで二度目だ。全く、忌々しい。
「あぁっ!!くっ……完全聖遺物を身一つで退けるなぞ……どういう事だ……まるで意味が分からんぞ……!!」
この男の趣味が鍛錬である事も、その教えを受けた立花響が飛躍的に強くなった事も知っていた!!
……だが!!真の力を発揮した完全聖遺物までもがこうも容易くあしらわれる等想定外にも程がある!!
そもそも人の限界を超えたその力に疑問を投げる。
「知らいでか!!飯食って映画見て寝るッ!!男の鍛錬は、ソイツで十分よッ!!」
━━━━だが、返ってきたのはあまりにも馬鹿げた返答。
教える気はない……いや、そうでは無いだろう。事ここに到って嘘八百を並べ立てる男では無い。つまり、
「クッ……!!なれど人の身である限りはッ!!」
━━━━接近戦では勝ち目はない。後方への逃げ道も、端末を破壊された事で閉ざされたまま。
それ故に、禁じ手を放つ。腰に据えたもう一つの完全聖遺物、ソロモンの杖を構え……
「させるかッ!!」
「ぬぅっ!?」
そうして構えた瞬間には、彼は対処を終えていた。
踏み砕いた床を飛礫として、私の手から杖を弾いてノイズの召喚を阻止したのだ。
━━━━事ここに到ってしまえば、認めるしか無いだろう。この結果は、スペックの差によって起きた物では無い。
戦う意思を握る事において、私よりも彼の方がよほど上だった、というただそれだけの事実。
だが、しかし。今の『私』には彼を上回りうる策がただ一つ、ある。
「ノイズさえ、出てこないのならァ!!」
杖を弾いたのを好機と見たのだろう。勝負を決める一撃を叩き込む為に飛び込んできた彼。
━━━━そんな彼に向って、呼びかける。
「━━━━弦十郎くん!!」
「ッ!!ッらァァァァ!!」
「フッ……コレで私の勝ち……なに!?」
「司令!!」
『櫻井了子』の意識を模倣した私自身の渾身の演技。それは狙い通りに彼の拳の威を削ぎ、私の反撃を見事に叩き込ませた。
━━━━だが、それでもなお。彼は拳を握る事を止めなかった!!私の野望を打ち砕かんとする事を止めなかった!!
「ガッ!?アアアアアアアア!!」
「ゴフッ……!!」
━━━━クロスカウンター、というのだろうか。
私の振るった鞭は、彼の拳に阻まれてその脇腹を穿ち。
━━━━そして、私の腹には、彼の拳によって刻まれた大穴が開いていた。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
「グ……ガフッ……ハ……ハハハ……ハハハハハハ!!残念だったな。抗うも、覆せぬモノ……それが、運命だ。」
止まる事の無かった彼の拳が、私を撃ち抜いた事。それは完全に想定外だった。
━━━━だが、それだけだ。
「ネフシュタンの鎧の真価は、無限の再生力にある……だが、惜しかったな。いかに聖遺物との完全な融合を果たした私とて、その拳が直撃して真っ二つになっていれば行動不能に陥っていただろうよ……」
腹の穴が塞がるまでの間に総てを終わらせる為、手早く行動を始める。
まずは彼によって弾かれ、天井へと突き刺さった杖を回収する。そして、血の海に倒れた彼の懐を探る。壊された私の端末の代わりが必要だからだ。
「だが、殺しはしない。お前たちにそんな救済は必要ない。せいぜい生き延びて……カ・ディンギルが
━━━━そうして辿り着くのは、本部最下層にある
「さぁ、目覚めよ……天を衝く魔塔……深淵より浮上し、
そこに眠るデュランダルを起動し、エレベーターシャフトの基部と接続する。
━━━━カ・ディンギル。
私の計画の根底であり、最も重要なその砲身は実に1800mにも及ぶ長大なエレベーターシャフトそのものだ。
デュランダルの無限のエネルギーをこの長大な砲身で加速、荷電粒子砲として解き放つ事で、私は……
◆◆◆◆◆◆
━━━━イヤな予感がする。
思い返せば、今日は朝からそうだった。
日課の筈のリハビリは早めに切り上げられ、何故か鳴弥さんが口頭で伝えに来た本部での待機という妙な指示。
そして、なによりも。アタシを指令室へと連れて来た鳴弥さんが手に提げているケースがその予感を後押ししていた。
━━━━LiNKER
それは、脳に作用する事でシンフォギアを形成しきれない程度の低い適合係数をブーストする薬品の事だ。
しかし、現状第一線で活躍している三人はいずれもLiNKERを必要としない装者であり、わざわざそれを保存する為のケースなど持ち歩きはしないだろう。
アタシの再適合実験か?とも思ったが、それにしては了子さんの姿も見当たらず。
聴けば響達は攻勢に出る為に既に全員で出撃したという。
そんなイヤな予感を一本の線が繋いだのは、響達がノイズを殲滅したのと同時に転がり込んできた司令達だった。
━━━━あぁ、なるほど。こうなる事を予期していたのか。
「司令!?」
「応急処置をお願いします!!その間に、響さん達に連絡を!!本部内に侵入者です。狙いはデュランダル……敵の正体は、櫻井了子。」
「そんな……!?」
「通信、繋がりました!!未来ちゃん、どうぞ。」
『あ、はいもしもし。』
「響!?学校が、リディアンがノイズに襲われてるの!!了子さんが━━━━」
だが、未来の言葉は最後まで続かなかった。
その前に本部の電源が落ちたからだ。
「なんです!?」
「本部内からのハッキング……!!それも、システムそのものが書き換えられてる!!こんなの、了子さんにしか……!!」
━━━━それは、残酷な真実。
了子さんの裏切りを示唆する証拠の数々。
「響……」
「大丈夫さ。トモの奴は、多分だけどこの状況をある程度予測してた。なら……対抗策の二つや三つ、あるんだろ?鳴弥さん。」
無事すら伝えきれずに消沈する未来を励ましながら、この混乱した状況の中でただ一人だけ沈黙を貫いていた鳴弥さんへと声を掛ける。
「━━━━えぇ。共鳴と私、そして、司令と諜報部のメンバーは、櫻井女史の裏切りを事前に察知していたわ。
だからこそ、それに対抗する為の最終手段を幾つか用意していた……のだけれど。
見ての通り、一つは奏ちゃんへのLiNKER投与による突破。コレは全員からの反対で最後も最後のとっておきとして、一応用意だけしておくものとなったわ。一度も起動実験をしていない以上、奏ちゃんがどこまで戦えるのかが誰にも分からないのだから。」
━━━━返答は、ほとんどが予想していた通りのもの。ただ、アタシこそが最終手段である。という返答では無かった事は意外だった。
てっきり、その為の本部待機かと思っていたのだが……
「二つ目は、『とある武装』を使う事による対抗……だったのだけれど、これは残念ながら、エレベーターシャフトそのものがカ・ディンギルであった事で使用不能になったわ。なにせ、その武装は今、地下1800mの
「なんだって!?」
だが、その後に続いた二つ目の案については、ぬか喜びもいい所だった。
どんな武装かは知らないが、手に入らなければこの状況では意味がない物なのだから。
「三つ目……恐らくは、これが現状取るべき手段ね。学園側のシェルターへ移動して共鳴達との通信を復旧させ、救援を要請する事……本当は、響ちゃんと出逢わせないままに彼女を打倒したかったのだけれど……」
「……響なら大丈夫さ。トモも、翼だって居るんだ。んじゃ、まずは移動しようぜ?……と、その前に、弦十郎のダンナに担架を用意してもらった方がいいか?」
「オペレーターの皆さんには通信用の機材を探して貰いましょう。この階層の倉庫に恐らくは予備機材があるかと。」
「後は……長丁場になるでしょうから、食堂から非常用の食糧と水も持ち出した方がいいわね。そっちは女性陣で探しましょう。」
流石は鉄火場にも慣れた二課の面々だ。と眺めながら思う。今、自分たちに出来る事を見つけて、そこに全力を挙げている。
━━━━対して、アタシはどうなのだろうか。
戦士として戦う事も出来ず、人として抗う事も出来ず……宙ぶらりんで、中途半端で。
━━━━悩むアタシの横で、LiNKERを保管したケースが、ハッキングされて消えていくモニターの明かりを照り返していた。
赤く染まる月の下で、華の如き女は謳う。
世界に食い込み続けていた、自らの計画を。
━━━━世界に知啓と不和をもたらした、