戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第三十四話 天女のレイメント

━━━━MEGA DETH PARTY

 

「ふんッ!!」

 

あたしが放つミサイルの雨霰を、ネフシュタンの一撃で総て薙ぎ払うフィーネ。

シャクな話だが、確かにフィーネの言う通りあたし達のシンフォギアの出力では、フィーネに攻撃を届かせる事は難しい。

だからこそ、撃ち落とされたミサイルが煙幕となる瞬間を利用して剣女(つるぎおんな)に視線を送る。昼間にやった戦法をもう一度取る事を暗に伝える為に。

 

それに対する返答は首肯。やはりあのバカより戦慣れしているからだろう。打てば響く、という言葉が頭をよぎる。

しかし、その話題のバカの方も事ここに到っては流石に戦法を理解したらしく、真っ先に突っ込んでいく。

 

「━━━━ハァァァァ!!」

 

「フフッ、その程度では……む?」

 

バカの突っ込みに易々と対応するフィーネ、その隙を突く為にバカと剣女が前衛を入れ替える。

だが、敵もさるもの鞭打つ者。虚を突いた筈の入れ替わりを鞭にて受け流し、それどころか剣を絡めとって弾きあげて見せた。

 

「喰らえッ!!」

 

「フッ!!ハァァァァ!!」

 

━━━━逆羅刹

 

勢いに乗って薙ぎ払うフィーネの一撃を剣女は軽々と避け、逆に脚部のブレードを展開して倒立回転する事で更に時間を稼ぐ。

 

「ぬぅっ……ハッ!?上か!!」

 

その隙を突いて、跳んだ勢いをそのまま落下に変えたあのバカが再び突撃する。

二人がかりの怒涛のラッシュ。

 

━━━━それでも、ネフシュタンは崩れない。

 

「だったら、テメェにはコイツをくれてやらァ!!」

 

放たずに溜めこんだフォニックゲインをメガデス級のミサイル二発へと変えて、フィーネを狙う。

 

「クッ……!!」

 

━━━━だが、やはりフィーネには届かない。

ネフシュタンの持つ飛行能力を用いて逃げられては、当たれば必殺のミサイルも当たらない。

 

「━━━━スナイプ!!」

 

だから、留めておいたもう一発で狙うはカ・ディンギルの砲塔そのもの。フィーネが逃げるというのなら、逃げられぬ存在、フィーネが護らざるを得ない物を狙えばよい。

 

「チッ!!」

 

「デストロイッ!!」

 

「させるかァッ!!」

 

その狙いを、一瞬で見抜いたフィーネは自らを追うミサイルよりも、カ・ディンギルを狙って今しがた放たれたミサイルを優先して破壊する。

 

━━━━そう。その瞬間を、あたしは待っていた。

最初から、分かっていたのだ。デュランダルの放つエネルギーの強大さ、そして、それがもたらすカ・ディンギルのチャージの速さなど。

このままフィーネを相手にかかずらって居ては、カ・ディンギルの発射を止める事など不可能だと、あたしの頭は残酷な計算を導きだしていたのだ。

 

だから、やる事はただ一つ。フィーネを追っていたミサイルを呼び戻し、それに掴まって空へと駆ける。

 

「━━━━クリスちゃん!!」

 

その背に追いすがる男の叫びを努めて意識から外しながら、空へ、空へ━━━━!!

 

「もう一発は……!?」

 

「クリスちゃん!?」

 

「何のつもりだ!?」

 

「ちっ……私が手出し出来ない高高度からの急降下攻撃か、味な真似を……だが所詮は不完全品風情!!発射態勢にまで入ったカ・ディンギルを今さらに止める事など!!」

 

眼下の声すら遠くに置き去る空の上であたしの脳裏を(よぎ)るのは、不思議な事に死への恐怖では無かった。

━━━━それは、温かな想い出。

あの大男と、バカな男との語らいで思い出したのだ。

あたしのパパとママは、いつも夢を語っていた。夢を抱く事で人は強くなれるのだと。

だから……

 

「━━━━Gatrandis babel ziggurat edenal……」

 

━━━━その歌を口ずさむ事に、一欠片の迷いもありはしなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ダメだ!!クリスちゃん!!その歌は……!!」

 

「この歌は……」

 

「まさか、絶唱!?」

 

クリスちゃんがミサイルに飛び乗って行った時から、イヤな予感が俺の頭の中を渦巻いていた。

だが、その予感は、よりにもよって最悪のカタチで結実する事になる。

絶唱による荷電粒子砲の迎撃。確かに、それは今の俺達に出来る最善の戦略ではある。しかしそれは、『使用者の損耗を一切考えない場合』の最善だ。

絶唱がもたらす莫大なフォニックゲインは、同時に装者の負担を度外視した最大規模のバックファイアをも引き起こす。

それだけでは無い。そこまでして撃ち止めようとしたとても、相手は完全聖遺物……それも、『無尽のエネルギー』を特性とするデュランダルなのだ!!

 

完全聖遺物とのポテンシャルの違い……いや、それだけでは無い。クリスちゃんのイチイバルの特性は『長射程広域攻撃』。それを絶唱にて増幅した所で対単体を想定した運用などそうそう出来る筈が無い!!

相性の時点で完敗しているのだ。当然、その先に待つ結果は……

 

━━━━頭の中を一瞬で駆け抜ける計算。それはどうにかして、彼女の覚悟の果てに待つ結末を覆す解を出そうともがく俺の心を代弁していた。

だが、奇跡は無い。いや、そもそもシンフォギアの存在が、そしてクリスちゃんと手を繋ぎ合えた事自体が奇跡なのだ。だから、『これ以上の奇跡はありえない』。

残酷な……ひたすらに残酷な答えが頭を(よぎ)る。それを認めようとしない心すら、今にもこの残酷が過ぎる現実を前に折れそうになる。

 

『━━━━諦めるのか?』

 

━━━━そんな時に、声が聴こえた。

 

「いやだ……」

 

レゾナンスギアは未だ暴走を避けて停止したままだ。そんな無様を晒すだけの俺にこの状況を覆す手札など、無いと言うのに……

 

「諦めたくない……!!クリスちゃんを、『護ると約束した人』を……俺はもう、諦めたくない━━━━ッ!!」

 

その慟哭は、心の底からの本心だった。

もう二度と、目の前で伸ばした手の先からすり抜けていく命など見たくはない。認めたくない━━━━ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ゴトゴトと、轟々と、鳴り響く音に、意識が浮上する。

 

そこは、機械と機構で組み上げられた玉座だった。

 

大小の歯車で組み上げられた機構達。まるで、世界の総てを記す時計の中に放り込まれたような錯覚する巨大な空間、そこに玉座はあり、彼女はそこに座していた。

 

『━━━━ならば、希望へと手を伸ばせ。』

 

駄々っ子のような俺の想いを、彼女は━━━━ヴァールハイトは、笑わなかった。

 

「希望……?」

 

ヴァールハイトは、この状況の中にもまだ希望があると言う。

だがどこに?翼ちゃんも響も、あそこまで高く、放たれるよりも早く飛び上がる術など持ってはいない。

……そして、俺のレゾナンスギアも情けない話だが封殺されている。

 

『ハッ。先ほどまであの女がご高説を垂れてくれただろう?お前が持つソレ(・・)は、そもそもギア等というカタチに縛られた物では無かった筈だ。』

 

━━━━アメノツムギ?

確かに、今のレゾナンスギアはアメノツムギをセットする事で起動している。

だがそれは、アメノツムギの特性を更に伸ばす為の物であり、単独で起動した所で……

 

『……その認識こそがそもそもの誤りだ。まだ気づかないのか?ソレは━━━━アメノツムギは欠片だ、断片(フラグメント)と言っても構わんだろう。

 それを、あの女はそのカタチのまま運用出来るようにレゾナンスギアを作り上げた。全く以て技術屋らしい発想だ。完全なる姿で無くとも十全の性能さえ発揮出来ればそれでよいという割り切り……

 だが、もし━━━━もしも、アメノツムギの真の力を取り戻す事が出来たのなら?』

 

━━━━フィーネは言っていた。天津の祖先となった女性は天より、月より降りて来た天女だと。

━━━━母さんは語っていた。天津家の祖先は、羽衣の聖遺物を用いて怪異と戦っていたが、それは破壊されたのだと。

 

「アメノ……ハゴロモ……?」

 

『そうだ。お前の持つアメノツムギの真なる姿。既に喪われ、意味を砕かれた聖遺物。それを、この地に集いしフォニックゲインを以て再生させる。』

 

━━━━けれど、それは……

確かに二年前までとは違って、俺はアメノツムギの由来を知っている。アメノハゴロモの意味さえも知った。

だが、ギアという安全装置(セイフティ)無しでの聖遺物の起動は大きな危険を伴う。そして、なによりも『聖遺物の再生』等という埒外にも程がある事象が、本当に起こせるのか?

頭を過る不安に脅えるのは、しかし一瞬しか許されない。こうして念話の中で悩む間にもカ・ディンギルのチャージは進んでいるのだ。

 

「……出来るんだな。ヴァールハイト。」

 

『あぁ……本来ならば不可能だが……奇縁、だな。オレはアメノハゴロモを知っているし、奇しくも同じカタチを取れる聖遺物(モノ)を持っている。

 本来ならば用意が一番難しい素材も、物理的に固着する残留したフォニックゲインという急場凌ぎにはうってつけの物が存在している。

 ━━━━布の織り方は分かるな?縦糸と横糸の交差……それも複雑に絡み合わせたそのカタチ……アメノハゴロモは其処に力を宿す、いわば魔法陣のような術式を織り込んでいたのだ。』

 

━━━━彼女のその言い分に対して零したい疑問は数多くあった。

何故、かつてに散った筈のアメノハゴロモを知っているのか?

何故、同じカタチを取れる……つまり、異端技術(ブラックアート)に関するなんらかの代物を持っているのか?

何故……そこまで事情を知りながらもわざわざ俺に肩入れしてくれるのか?

 

だが、ひとまずはその総てを棚に上げてヴァールハイトが念話にて脳裏に描く紋様を強く刻み付ける。物質としてのアメノツムギはこの念話の場には実在しないのだから。

━━━━そうして、俺の意識は現実へと浮上する。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━それは、美しく、同時に残酷な光景だった。

 

雪音クリスの絶唱(うた)を受けたイチイバルは、無数の子機となって輝く蝶の羽根を模し、その砲身は両の手の二つが一つの塔となって羽根が集めた光を溜める。

 

━━━━ROSES OF DEATH

 

カ・ディンギルの発射と共に聴こえたその歌は、極大のビームとなって夜闇を切り裂いた。

 

「あ……」

 

「バカなッ!?一点収束ッ!!押しとどめているというのかッ!!」

 

フィーネの叫びに、遅まきながらに事態を理解する。雪音クリスは、彼女は自らのギアの特性である『長射程広域攻撃』を応用し、あの羽根のように見える子機群によって反射・収束させる事でカ・ディンギルの暴威に耐えて見せているのだ。

……だが、それも長くは()たないだろう。という事すらも、私には同時に理解出来た。絶唱がどれほどの負荷を歌い手の身に齎すのか、それを知らぬ私ではないのだから。

 

「あ、ああ……!!ウァァァァ!!」

 

「共鳴ッ!?ダメだ!!レゾナンスギアはまだ……ッ!?」

 

そんな緊迫した場を裂いた咆哮の主は、フィーネにギアを封じられた共鳴だった。だが、その叫びに乗せられた感情は無力さを嘆く悲嘆では無かった。

むしろ、裂帛(れっぱく)の気合いのような叫びと共に腰に巻いたギアへと手を伸ばす共鳴。

だが、行うはギアを纏う事では無く、その逆。ギアからアメノツムギを引き抜く事(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「━━━━目覚めろッ!!アメノハゴロモ(・・・・・・・)ォ!!」

 

━━━━そして、もう一つの光が現れた。

アメノツムギを覆っている多角結晶体から放たれたその光は四本の煌めく糸となって空を駆ける。

呪術的な紋様を描きながら、空中へと複雑に描かれるレイライン。

そこに紡がれたのは、一枚の布だった。輝く糸で紡がれた、摩訶不思議なそれを、共鳴くんは握り、振り抜く。

 

「はァァァァ!!」

 

━━━━次の瞬間、共鳴くんの姿が消えていた。

いや、咆哮は聴こえる。ではどこに?頭を駆け巡る疑問の答えは、未だ危うい拮抗を続ける光条が鍔競り合う夜空にあった。

空を、飛んでいたのだ。まるでネフシュタンのように、噴射や跳躍による物では無く、自在に、まるで滑るように彼は空を飛んでいた。

 

「バカなッ!!この土壇場で……聖遺物の再生だとッ!?どこまで私の、邪魔をするッ!!」

 

「邪魔はコッチの台詞だ……ッ!!鬱陶しいッ!!」

 

どうやら何かしら事情に気づいたらしきフィーネは、空を飛ぶ共鳴目掛けてネフシュタンの鞭を伸ばしに伸ばして放ち、共鳴はそれを避ける為にカ・ディンギルの砲塔に沿うように加速しながら駆け上がり続ける。

あまりの急展開に追い付けない私と立花を蚊帳の外へと置き去りにしながら、フィーネと共鳴の熾烈なドッグファイトが始まった……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━なんてじゃじゃ馬!!

 

ヴァールハイトが(もたら)した情報を基に組み上げたアメノハゴロモ。

その能力に振り回されながら、俺はカ・ディンギルの上を飛ぶ。

 

アメノハゴロモの能力、それは伝承に謳われる天女の如き空中機動力と、そしてもう一つ。

いわゆる『空間跳躍(ジャンプ)』のような機能を持っていると、ヴァールハイトは教えてくれた。

かつて空より来たりて世界を繋いだというその力。だが、それを使いこなすのはこの土壇場では無理だと判断し、その選択肢を投げ捨てる。

 

━━━━なにせ、空間跳躍の際に必要な計算式が複雑すぎる。

 

ヴァールハイトに叩き込まれた情報を基に『現在の自分の場所を主軸にした短距離跳躍』に関しては代入可能な式を見いだせたが、特定座標への長距離跳躍の計算式はあまりにも複雑が過ぎる。

かろうじて理解出来る範囲だけでも『地球の現在座標の計算式』らしき物が見え隠れしているのだ。目の前のクリスちゃんを救う為になど到底使えた物では無い。

 

「ぬぅ!!」

 

「クッ……!!しつこい!!」

 

だがそれでも、見いだせた短距離跳躍を先ほどからフルに活用する羽目に陥っている以上無意味では無い。

追いかけてくるのはフィーネが振るうネフシュタンの双鞭。

蛇のようにしつこく、そして縦横無尽に追跡してくるそれを短距離跳躍の使用やカ・ディンギルの表面構造物を盾にする事で避けながら、ひたすらに俺は天へと昇る。

先ほどまでは手が届かない場所に居た、一人の少女を救う為に。

 

━━━━そうして、俺は遂にカ・ディンギルの砲塔を乗り越え、空を裂くその光条と並走する。

 

「……バカめ!!最早その先に隠れ場所など存在しない!!消え失せろ!!」

 

近づくだけで焼き尽くされそうなカ・ディンギルの熱量を感じながら、地上から今なお追いすがるフィーネの戯言を耳にする。

確かに、この空には最早ネフシュタンの双鞭の執拗な追跡から逃れる為の障害物が存在しない。

そして、少しずつカ・ディンギルの出力に()し負け始めているクリスちゃんの基までの距離は未だ遠い。

だからこそ、双鞭の包囲によって俺を誘導し、カ・ディンギルの光条へと押し付けようとするフィーネの必勝は間違いない。

━━━━その死中に、俺が活を見極めるまでは。

 

「お、おォォォォ!!」

 

光条へと飛び込まんばかりに接近し、出来るだけ双鞭を引き付ける。ネフシュタンの再生能力があろうと、カ・ディンギルに焼かれれば一瞬とはいえその速度は鈍る。

その一瞬に、俺は総てを賭けた。

 

「何ッ!?一体どこへ消えた!?……まさか……()かッ!!カ・ディンギルの光柱のッ!?」

 

「━━━━クリスちゃん!!」

 

カ・ディンギルの光条を短距離跳躍にて『すり抜ける』。そして、フィーネからは見えぬ光の裏側を再び駆け上がり、俺は彼女へと手を伸ばす。

やはり無謀な試みだったのだろう、距離が足りずに熱圏に入ってしまった事で背中が焼け付く感触を敢えて無視する。

そうして遂に俺は、彼女の絶唱(うた)に触れたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━いったい、どれほどの時が過ぎたのだろうか?

一瞬だったのかもしれない、それとも、数分は保ったのかもしれない。

それは分からないが、一つだけ分かった事は、あたしの絶唱(うた)ではやはり真正面からこの光条を防ぎきるのは不可能だという事。

絶唱の出力にギアが耐えきれないのだ。砲身が、そしてあたしの身体がバックファイアで罅割れていくのを感じる。

 

━━━━それでも、怖くは無かった。

繋いだ手だけが紡ぐ物を、パパとママがあたしに遺してくれた夢を、思い出させてくれた奴等が居たのだ。

パパと、ママと、それから、ちょっとこそばゆいけど、アイツの親父さんの為にも。あたしは平和を掴んで見せる。その為なら、この身朽ち果てても惜しくはない。

 

だから、考えるのは生き残る事では無く、未だ消え去らぬこの光条をどうにかする事。

正面から受けきる事が出来なくとも、こうして一瞬だろうと拮抗出来ているのならその出力の当て方次第で逸らす事くらいは出来る筈━━━━!!

……それが、分の悪い賭けである事も、そうして逸らす為に真正面からの押し合いを止めればあたしは為す術なく焼き尽くされるだろう事も、全部承知の上だ。

 

「━━━━クリスちゃん!!」

 

━━━━だというのに、声が聴こえた。

思わず、涙が零れる。どうして、お前はそこまで手を伸ばそうとするんだ。こんな空の上の、光と光がぶつかり合う鉄火場のド真ん中にまで。

もう間に合わない事なんて、お前も分かっているだろうに。

 

「……共鳴。」

 

━━━━呟いた名前は届く事無く。

僅かに逸らす事の出来たカ・ディンギルの光条が齎す破滅的な輝きに呑まれて、消えた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━月が、欠けた。

 

「……仕留め損ねた、だとッ!?わずかに逸らされたのかッ!!」

 

フィーネ……了子さんの声が遠くに聴こえる。

何が何だか、理解が追い付かない。クリスちゃんが絶唱を放って、お兄ちゃんが空を飛んで、そして……二人共光の中へと消えてしまった。

 

「う、ああ……ううっ……」

 

嗚咽が漏れるのを抑えきれない。心が(かげ)って行くのを抑えきれない。

どうして、こうなってしまうの?どうして、夢を握った二人が犠牲にならなければならなかったの?

 

「こんなの、イヤだよ……折角、クリスちゃんと仲良くなれたのに……お兄ちゃんのお陰で、手を繋ぐ事、やっと出来たのに……!!

 夢があるんだって、クリスちゃん言ってたのに……お兄ちゃんだって、夢を握ってたのに……どうして……」

 

「……フン。自分を殺してまで月への直撃を逸らした女と、そんな女を護る為に死地に飛び込んだ男、か。

 ……くだらんな。実にくだらん。見た夢一つ叶えられん程に、人は弱い。」

 

━━━━その言葉が、私の悲嘆を憤怒へと塗り替える。

 

「笑ったか……命を燃やしてでも大切な物を護り抜こうとした防人の魂を!!お前は無駄だとせせら笑うか!?」

 

ドクン、ドクンと、鼓動の音がうるさく響く。

━━━━私が塗り替わって行く、あの感覚。憤怒が視界を真っ赤に染め上げる。

 

「ハッ!!護り抜けすらしなかった愚か者を笑って何が悪い?それが貴様等人類の……」

 

うるさい。うるさいうるさいうるさい!!

黙れ黙れ黙れ黙れ!!

 

「それが……夢ごと命を握りつぶした奴の言う事かァァァァ!!」

 

「ッ!!立花!?」

 

━━━━否定してやる。

お前が、人の想いを、献身を全て否定するというのなら、私がお前を否定してやる……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「そんな……クリス!!お兄ちゃん!!」

 

「藤尭ァ!!周辺敷地内で生きてるカメラを探せ!!クリスくんも共鳴くんも勝算の無い真似はしない筈だ!!必ず脱出の痕跡がある筈だ!!」

 

「もうやってますよ……!!居た!!北西方向の森!!ほぼ自由落下ですが、二人ともギアは無事です!!恐らくはさっき共鳴くんが見せた空間跳躍かと!!」

 

━━━━雪音クリスの献身は、世界を救った。

月を破壊するだなんて大言壮語を実現する筈だったフィーネのカ・ディンギルは僅かにその一撃を逸らされ、欠けるだけに終わった。

その代償として光の中に消える筈だった彼女を救ったのは、新たな力に目覚めたトモだった。何故なのかとか、どうやったのかとか……色々、分からない事はいっぱいある。けれど……

緒川さんのバックアップとして準備に勤しんでいた鳴弥さんが一旦置いて行ったLinkerの保管ケースを見据える。

 

━━━━今のアタシは、何のために歌うのか?

その答え合わせを行う時は、きっと今なのだろう。

 

「待たせたな司令!!ひとまず負傷者が居ない事だけ確認してドクターを連れて来た!!看護師の人等もな!!」

 

「やぁやぁ、重傷者一名って事でおっとり刀だけど駆けつけさせてもらったよ。

 ……脇腹貫通と、こりゃ酷い。で?司令殿のオーダーは?本来なら即入院をオススメしたい所だけども……」

 

「……後一回、一回だけ全力で動ければ、それでいい。」

 

「……やれやれ。共鳴くんもそうだが防人系男子ってのはみんなして頑固だね。

 ……すまないが、誰かソーイングセットと火種を持ってないかい?」

 

「あ、はい。私持ってますわ。」

 

「ホレ、ライターならあるぞ。」

 

「……なによ、アレ……」

 

周囲のシェルターに向かっていた連中も一旦戻って来て騒がしくなり始めた部屋の空気をまた殊更に一変させたのは、画面の中の響の変貌だった。

漆黒に染まった異様な肢体、真紅に染まった異形の瞳。それは、まさしく変貌だった。

 

「響……」

 

「あれ、本当にビッキーなの……?」

 

「……まったく、しょうがないなぁ響の奴は。なぁ未来?ちょっと、手伝ってくれないか?アイツを小突いて、戻してこないといけないからさ。」

 

━━━━きっと、あの子は怒っているのだ。誰かの為に。

いつだって、立花響は護る為に拳を握っていたのだ。だからきっと、フィーネ辺りが雪音クリスの献身を侮辱した事に耐えきれなくなったのだろう。

それは、正しい怒りだ。義憤と言ってもいい。けれど、今この場面において必要なのは怒りで握った拳では無くて、きっと彼女が握った決意の方の筈なのだ。

だったら、その憤怒を抑えて導いてやるのが……センパイのやる事ってもんだろう?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━落ちる。落ちる。落ちる。

 

漆黒の闇の中を落ちて行く。流れる汗は自由落下の恐怖によってか、或いは落ちていく事で急速に気温が上昇する地下空間故の生理現象か。

 

二課本部メインシャフトに偽造されていたカ・ディンギル。その表向きの顔であるエレベーターシャフトによって繋がれていたブロック構造施設の中でエラーが発生していたのは不幸中の幸いだった。

本来ならば閉じきる筈の隔壁が、カ・ディンギルの構造体が地表に露出する際の衝撃で途中で止まっていたのだ。

そこから侵入したここはまさにカ・ディンギルの真下。旧エレベーターシャフトそのものである。

 

━━━━地上から約1㎞の直下行。それを為す理由はただ一つ。

 

「……RN式回天特機装束。」

 

司令が拳を握る為の切り札。了子さんが試作しながらもお蔵入りとなったというその装備。

今は深淵(アビス)に眠るそれを手に入れる為に僕は真っ直ぐに落ちているのだ。

 

━━━━落下開始地点からして、そろそろ到着の筈……

 

懐から取り出した風呂敷で落下傘を作り出して空気を孕ませる。急激な減速に軋む身体をねじ伏せて、ようやくに胸ポケットのライトが照らし出した最深部へと着地する。

 

「……ふぅ。」

 

━━━━気温約60℃。湿度も恐らくは危険域に達している事だろう。

およそ、人が長居する空間では無い。そう判断するが故に、行動は迅速に。

隔離されている筈の深淵の入り口へと直行する。

 

「これが……深淵(アビス)……カメラ映像では無く、実際に見るのは初めてですね……」

 

巨大なブロック構造体という基本的な部分こそ通常の区画と変わらないが、厳重なロックが施されたそれは物々しさを増している。

その開口部側面に取り付けられたセンサー部分に、鳴弥さんから託された端末をタッチする。

 

『━━━━認証、確認しました。ようこそ、天津研究員。』

 

端末認証と共に託されたパスコードを入力して、深淵(アビス)内部へと入る。

内部は気温や湿度も調整された空間となっていた。鳴弥さんの予想通り、予備電源が生きているようだ。

 

「保管されているのは……B区画でしたか。こっちですね。」

 

頭の中に入れて来た地図と、非常時の持ち出しを考えて案内記号の記された白い空間を進む。

……とはいえ、二課本部に収蔵されている聖遺物は殆ど存在しないのだが。

数年前に奏さんが実験を行ったという聖遺物も一度起動した後は何の反応も起こさなかったが故に『深淵の竜宮』に移送されたと聴いている。

では何故RN式が此処に収蔵されたかと言えば単純な話で、『シンフォギアに加工可能な程の聖遺物でなければRN式を起動させられなかった』からなのだ。

即ち、RN式とシンフォギアのどちらに聖遺物を利用するかは二者択一。

適合者さえ確保出来れば安定してフォニックゲインを供給出来るシンフォギアに比べれば、誰もが扱えるとはいえ使いこなすというにはほど遠いRN式がお蔵入りとなるのも納得という物だ……

 

「……あった!!」

 

そして、辿り着いたB区画にて、保管ケースに収容されたRN式をようやくに手に入れる。

 

「さて……では、此処からは1km程の縦走ですが……その前に、腹ごしらえですね。」

 

━━━━藤尭くんが本部食堂にかろうじて残っていた米で作ってくれたおにぎりと、緊急用として備蓄されていた水で簡単な食事をとる。

幾らシェルターにたどり着けたとはいえ、少ない備蓄から多めに持たせてもらった水は、この後の縦走に備える為だ。

 

「湿気が多く、気温も高い地下ではやはり体力がドンドン奪われて行きますからね……」

 

一度服を脱ぎ、水を含ませたタオルで全身を拭く。多少の壁走り程度なら確かに修行の一環で行ってはいるが、それを1km近くも続けるなどは当然ぶっつけ本番だ。

出来るだけの準備を行い、コンディションを万全にしなければならない。

 

「……翼さん達は、無事でしょうか。」

 

スーツを着直しながら、想う。

彼女達は今も頑張っている筈だ。彼女達を助ける為にも、RN式を司令に届けなければ━━━━!!




月を穿つ一撃は、少女の歌に逸らされた。
だが、その覚悟を嗤う女を前に、少女は憤怒に拳を握る。
しかして、未だ終わらぬ光は更なる一撃を以て世界を革命せんと輝きを放つ。
少年は墜ちた。希望など無い。

━━━━果たして、本当にそうだろうか?

戦場に響くは喪われた筈の歌。翼の少女と並び立つ為に、槍持つ少女は今、空へと飛翔する。

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