戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第三十五話 双翼のテイクオフ

「立花!!おい、立花!!」

 

フィーネの罵倒に返した咆哮と共に黒く染まった立花。

その異様に私は、思わずに一歩後ずさってしまっていた。

それでも、彼女の暴走を諌める為に名前を呼ぶ。

 

「グルルルル……!!」

 

━━━━だが、返答は無かった。

私を見る事すら無い。ただ真っ直ぐに、フィーネを睨みつけるだけだ。

 

「ふっ、無駄だ。融合したガングニールの欠片の暴走……制御できぬ力は、やがて宿主の意識をも塗りつぶしていく。

 ━━━━見物では無いか。ちっぽけな人間風情が聖遺物に呑まれて行く様は……」

 

━━━━フィーネの言葉に思い出すは、立花の聖遺物との融合を指摘したあの日の彼女の言葉。

 

『けれど、そうね……人として、櫻井了子として言うなら、お相手も居る女の子なのだし、まっさらに戻して帰してあげたい気持ちもあるわ。』

 

「……あの言葉を、櫻井了子として吐いたあの言葉すら、貴方は忘れたのですかッ!!」

 

十二年前から櫻井女史はフィーネであったというのは、先刻フィーネが自白した通り。

……であれば、あの時の櫻井女史もまた、フィーネであった筈なのだ。

だから、咆える。

 

「……気の迷いだ。貴様等は所詮実験体でしか無い。立花だけで無く、お前たち双翼も含めてな。」

 

「貴方という人は……ッ!!立花ッ!?」

 

━━━━それが、虚勢なのか、本心なのか。

確かめる術は私には無い。それを問うよりも先に、暴走した立花が先走ったのだから。

 

「ガァァァァ!!」

 

最短で、真っ直ぐで、一直線で、けれど同時に獣染みたその一撃は、しかしてネフシュタンの双鞭に防がれる。

 

「立花!!」

 

「……もはや人に非ず。人のカタチをしただけの破壊衝動の塊だ。」

 

「……ガァァァァ!!」

 

━━━━ASGARD

 

防がれて尚諦めない立花の二撃目を、フィーネは双鞭では無く、そこから形成されたバリアのような物で防ぐ……いや、防ごうとした(・・・・・・)

立花の拳は、まるで何物をも貫く槍のように(・・・・・・・・・・・)、薄紙を破るようにそのバリアを砕き、破壊の衝撃をまき散らす。

 

「くっ……!?」

 

拳の着弾とは思えぬほどの、爆発染みた衝撃を踏ん張って耐える。

舞い上がる煙の中に見えたのは、上半身を真っ二つに割断されたフィーネの姿。

━━━━だが、その瞳がギョロリと此方を見据える。

 

恐らくは、報告書にもあったネフシュタンの鎧の再生能力だろう。

無限に再生するというネフシュタンの鎧と、聖遺物との融合を続ける立花。

互角どころか、立花が圧しているように見えるこの千日手だが、その実態は間違いなく立花が不利だ。

 

「もうよせ、立花!!これ以上は聖遺物との融合を促進させるばかりだ!!」

 

━━━━その声掛けへの返答はしかし、獣の如き眼差しと、そこに宿る明確な敵意だった。

 

「ガァァァァ!!」

 

「ッ!!立花ァ!!」

 

立花の獣の如き鋭さの一撃を受け止めるのではなく、弾いて逸らす。ネフシュタンの鎧を真っ二つに割断したあの威力をマトモに受けてしまえば、如何にアメノハバキリといえど無傷では済むまい。

 

━━━━共鳴。お前は一体今どうしているのだ?

私は、アナタを信頼出来る。手を伸ばして死地に飛び込もうと、戦友であるアナタならば必ず帰ってくると信じられる。

けれどきっと、立花響にとっての天津共鳴は違うのだ。そのカタチは分からないが、私の持つ信頼とは違う事は分かる。

 

共鳴が恐らくは生きている事を伝えられればいいのだが……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「頼みたい事って……響をなんとか出来るんですか!?」

 

「あぁ、多分な。」

 

「……出来っこないよ!!もう終わりなんだよ私達!!

 学校もメチャメチャになった!!お兄さんは焼かれて落ちてった!!挙句の果てに響までおかしくなって……!!」

 

お兄ちゃんが飛んで行ったと思ったら墜落して、響が真っ黒に染まってしまって……どうすればいいのか、わからなくなってしまった。

そんな時に私に声を掛けてくれた奏さんには何かの策があるようで。けれど、その言葉を遮るようにあがったのは、きっと私と同じようにどうすればいいのか分からなくなってしまったのだろう板場さんの叫びだった。

 

「ッ!!終わりじゃないよ!!響だって私達を護る為に……」

 

「アレが!?アレが私達を護る為の姿なの!?」

 

「━━━━私は、響を信じてる。お兄ちゃんも、翼さんも、そしてクリスの事も……」

 

真っ黒に染まった響を指さす板場さんに返す言葉、それは大事な物の筈なのに、月並みな言葉しか出てこない自分の無力さが恨めしい。

 

「私だって信じたいよ……!!この状況がなんとかなるって信じたい……!!でも……でも……!!

 もうイヤ!!誰か……助けてよぉ……!!」

 

「板場さん……」

 

その叫びは、(けだ)し正しい物だった。追い詰められた状況で、気迫を以て拳を握る覚悟。それを常に胸に抱いている人なんて、そうそう居ない。

私だってそうだった。急に巻き込まれて、泣きたくなって、信じられなくなった。

だからこそ、掛ける言葉が見つからない。今の私は確かにお兄ちゃんと響を信じられている。けれどそれは、誰でも無い彼等の言葉があったからだ。

 

「……あぁ、助けるさ。皆も、響だってな。こんな状況をなんとかする為に、アタシ達二課は居るんだからな。」

 

━━━━だからこそ、奏さんのその言葉に、酷く安心してしまう。

力強く断言するその姿に、怯えは一切混ざっていなかった。

……そして、友里さんや藤尭さんも、それを無言の首肯で後押ししてくれる。

今は治療の為にある程度消毒した近くのシェルターに移動している風鳴司令だって、他の手段を探しに動いている鳴弥おばさんや緒川さんだって、きっとそれを肯定する筈だ。

 

「アレもさ、きっと響が誰かを護る為の姿なんだよ。だけど、アレじゃちょっとカッコつかないだろ?

 ━━━━だからさ、アタシがちょっくら助けて来てやるのさ。簡単だろ?」

 

「……信じて、いいんですか?」

 

「あぁ。皆が信じてくれたら百人力だ。今のアタシの歌は━━━━人の為にあるんだから。

 だから未来、そこのケースを取ってくれないか?」

 

「あっ、はい……」

 

言われた通りに持ってくるのは、鳴弥おばさんが置いて行ったスーツケース?のような物。

 

「あ、未来ちゃん。ありがとう……後は私がやるわ。」

 

「えぇー?未来に頼んだっていいじゃんかあおいさんってばさー」

 

「あのねぇ……今さらではあるけれど、Linkerだって機密の塊なのよ?普通の女の子に打たせるモノじゃないわ。

 それに、こんな所で遠慮したってしょうがないでしょう?あとは、お姉さんに任せなさいな。」

 

けれど、それを遮るのは了子さんが敵だったというショッキングな事実から立ち直った友里さんだった。

言っている事の意味は私にはよく分からないけれど、二人にとってはそれで十分だったらしい。

 

「……あんがと。んじゃ、シェルターの地上入り口までお願い。そっからは……アタシが行くからさ。」

 

 

「━━━━グ、オォォォォ!!」

 

 

治療室に使っているというシェルターの方から、風鳴司令の絶叫が聴こえて来たのは、ちょうどそんな時だった。

 

「……あー、コレも一応、状況をひっくり返す為の切り札の一つみたいなもんだからさ。うん……なんか見事にオチが付いちゃったな……」

 

そんな奏さんの言葉に、こんな状況だけれど私達は微笑を浮かべてしまうのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「クッ!!」

 

ギアが砕ける感覚。今ので何撃目だ?などと意味のない思考も一瞬、黒く染まったまま抜け出せない立花を見据える。

 

「━━━━ハハハハハハ!!どうだ?立花響と刃を交えた感想は?

 共に戦場に並び立つと宣言したにも関わらず、この体たらくか。」

 

「クッ……!!人の在り方すら捨て去ったのか、貴方は!!」

 

「フフフ……私と一つとなったネフシュタンの力だ。面白かろう?」

 

再生したフィーネの煽りに返す言葉の切れ味が落ちている事は、自分が一番分かっている。

だが、真っ二つにされてなお蘇るその姿への生理的嫌悪感はぬぐい切れない。それを誤魔化す為に、心中にて彼女を『魔』と定義する。

 

━━━━背後に背負ったカ・ディンギルが輝いたのは、その瞬間であった。

 

「━━━━まさかッ!?」

 

「ハハハ、そう驚くな。如何にカ・ディンギルが最強最大の兵器だとて、それが一撃で終わってしまえばそれは兵器としては欠陥品に過ぎぬ。

 ━━━━何のためにデュランダルを据えたと思っている?必要があれば何度でも撃ち放つ。アレはその為のエネルギー炉心……即ち『無限の心臓』なのだ。」

 

 

言われてみれば、確かにそうである。

兵器として最も大事な物は過剰な威力よりもむしろ信頼性と再現性。

シンフォギアとて、聖遺物の能力を安定して引き出す為に歌というファクターを使っているのだ。

ならば、そのシンフォギアを上回る完全聖遺物を用いて造られたカ・ディンギルに再現性が無いはずが無い。

 

「━━━━だが。」

 

「ん?」

 

「貴方を倒せば、カ・ディンギルを動かす者は居なくなる。」

 

━━━━兵器としての信頼性というのは、同時に『使うかどうかをコントロール出来る』という事でもある。

ならば、担い手であるフィーネを止めれば、発射を止める事もまた不可能では無いはずだ。

 

「グルル……」

 

だが、その前に止めねばならぬ者がもう一人居る。

 

「立花……」

 

出来るだろうか?いいや、やらねばならぬ。防人として、共鳴や雪音が護った世界を私は護りたい。その中には、当然立花響も含まれるのだから。

 

「私はカ・ディンギルを止める。だから……」

 

だから、どうか正気に戻って欲しい。だって、貴方が握るその拳は、否定する為の物では無いのだから。

 

「グルァァァァ!!」

 

━━━━剣を突き立て、立花を止める為に手を広げる。それは、今日に彼女から教えてもらったやり方だ。

私には思いもよらなかった世界を見せてくれた立花。そんな彼女を救う手段が、私にはこれしか思いつかない。見様見真似だから、上手くはいかないかも知れないけれど……それでも、無駄では無いと信じたい。

 

 

 

「━━━━Croitzal ronzell Gungnir zizzl(戦士と死すとも、人と生きる)

 

 

 

━━━━だが、その予想は裏切られる。

 

「━━━━なッ!?バカなッ!!何故、貴様が此処に居る!!何故、そのギアを纏っている(・・・・・・・・・・)ッ!!」

 

━━━━そこには、一人の戦乙女が立っていた。喪った筈の四肢を、かつて握っていた槍の如き装飾が付いた機械体(アームドギア)へと変えて。

天羽奏が、ガングニールのギアを纏って其処に立って、立花の拳を受け止めていた。

 

「なんでってのはヒドイじゃないか、了子さんってば……さ!!」

 

奏の姿に、立花が混乱しているのが伝わる。だから、状況の整理は出来ずとも、何はともあれと立花を抱きしめる。

 

「立花さん。この拳は、束ねて繋げる貴方だけのアームドギアの筈でしょう?

 ……どうか、奏が託した力をそんな風に使わないでくれ。」

 

「あぁ、そうだぞ響。今のお前より、いつもの響の方が断然カッコいい。

 それに……共鳴もクリスも生きてる。死んでないんだから、なんとかなる。だろ?」

 

━━━━影縫い

 

小刀を一本形成し、立花を縫い留める。

奏が齎した望外の吉報に喜ぶ心を抑えて、奏と二人でフィーネ……いや、櫻井女史と向き合う。

 

「お待たせ、了子さん。」

 

「どこまでも……まぁいい、その四肢はアームドギアか?

 ……それに、今の貴様の身体ではたとえLinkerを使おうとガングニールは起動せぬ筈だ。何故立ち上がれる?」

 

「ハッハッハ……それがな、アタシにも分かんないんだよね、そういう細かい理屈はさ。

 ただ一つだけ言えるとすればそれは……『この空に、歌が響いていた』からだろうさ。」

 

━━━━その言葉に思い出す。

共鳴は、諦めなかった。完封されていたレゾナンスギアから、アメノハゴロモと思しき聖遺物を発現させ、空に歌を響かせていた雪音の命を救った。

 

『お前たちの歌が空に響く限り、俺は死なない!!』

 

奏の言葉は、その共鳴の言葉を踏まえていた。だからきっと、奏がガングニールを纏えたのは空に響く歌を思い出せたからなのだろう。

 

「……なるほど。たとえ今日に戦士として折れ、朽ち果てるとも、明日に人として歌う為に!!」

 

「あぁ!!ツヴァイウイングの歌は、戦場にだって響き渡るさ!!」

 

「人の世界が受け入れる物かッ!!そんな異物を!!」

 

問答は終わりだと言わんばかりに飛んで来るネフシュタンの双鞭を、二人で飛び上がって躱す。

 

「受け入れられる必要は……無いッ!!奏!!」

 

「あぁッ!!見せてやろうじゃないか、ツヴァイウイングの歌を!!」

 

突き立った地面から再度追跡する双鞭を奏と私の蹴りが砕き散らす。

やはり、奏の四肢を補っているのはアームドギアが変型した……即ち、立花のアームドギアと同じ物なのだろう。

 

「ハァァァァッ!!」

 

━━━━蒼ノ一閃

 

「ぬぅッ!!」

 

思考を回しながらに振り抜くは、砕かれながらも復活し、更に迫る双鞭を弾き飛ばす為の一撃。

 

「奏!!」

 

「あぁ!!」

 

━━━━二年ぶりの共闘だが、そこに言葉は必要無かった。

私は左へ、奏は右へ。フィーネを翻弄する為に挟み打つ。

 

「くっ!!がァァァァ!!」

 

━━━━フィーネは、確かに強い。ネフシュタンによる飛行・再生・双鞭と攻守両面においてシンフォギアを上回る。

先ほど、立花が貫いたバリアとて、私と奏ではあそこまで即座に打ち砕く事は叶わないだろう。

━━━━だが、それはフィーネに勝てない事を意味しない。

櫻井女史の時もそうだったが、彼女はかつて英雄だったと宣う割には然したる戦巧者では無い。

恐らくは、そういった物事をも聖遺物の性能頼みにしていたのだろう。故に、単純なコンビネーションによるフェイントでもこのように翻弄出来る。

 

アメノハバキリと、奏の強烈な回し蹴りを受けて吹き飛ばされ、カ・ディンギルへと埋まったフィーネ。

だが、その程度で倒されるネフシュタンでは無い。それを分かっているが故に、さらなる追撃をかけるべく剣を変形させながら跳び上がる。

その最中に、奏と眼で言葉を交わす。それは、この後に取るべき手段についての覚悟。

━━━━即ち、カ・ディンギルを優先して叩くという事。

 

十分な高度と角度が取れたことを確認し、アームドギアを投げつける。

奏もまた、右腕を形成するアームドギアを槍へと変じさせ、並ぶように。

 

投げられた二振りのアームドギアは並列に空を裂いて疾走しながら、その身を巨大なる姿へと変形させていく。

 

━━━━天ノ逆鱗

━━━━SPEAR∞ORBIT

 

「ッ!!」

 

その追撃の危険性と、避ければ背後のカ・ディンギルを貫くという事を流石に感じ取ったのだろう。埋まっていたフィーネは脱出を諦めて先ほどのバリアを三層にも渡って展開する。

 

一層目、二本の衝撃に耐えきれず割れる。

二層目、先端の形状故に突破力の劣るアメノハバキリを弾くが、ガングニールを止める事能わず。

三層目、ガングニールの突破力で半ばまでめり込むが、進撃はそこまで。

 

「フッ……」

 

それを見て策が尽きたと思い込んで勝ち誇るフィーネの姿を眼下に、私は『本当の策』を進める。

中空に形成されたバリアは今、二本のアームドギアを支えている。

━━━━故に、フィーネの頭上を塞いだままにより高くへと飛べたのだ。

 

「なにッ!?まさか、狙いは最初から……ッ!?」

 

「その……まさかさぁ!!」

 

━━━━炎鳥極翔斬

 

フィーネを止める為に三層目に半ばまで突き立った槍を縮小し、その穴から飛び込んでいく奏を横目に見ながら、剣に宿した炎を推進力として塔に沿うように飛ぶ。

狙うべきは、出来るだけ上部。エネルギーを臨界まで溜め、光り輝いているその中枢、デュランダルの基へと飛び込めば、行き場を喪ったエネルギーは巨大な爆発を呼び、奏がやってきただろう地下のシェルター、いやそれどころか同じく地下にある二課本部ごと吹き飛びかねない。

さらに言えば、この近くのどこかには共鳴と雪音が居る。であれば、カ・ディンギルの砲塔が出来るだけ倒れぬよう、さりとて確実に発射は出来ぬよう念入りに破壊せねばならない。

 

━━━━きっと、その衝撃に私は耐えられないだろうな。と冷静な思考が悟る。

幾ら中枢を避けるとはいえ、雪音の絶唱ですら抗えなかった完全聖遺物の砲撃を中断させるのだ。当然、その際に起きる衝撃、そして構造物の落下は生半可な物では無い。

だが、それをしなければ世界は滅ぶ。であれば……この身、砕けても惜しくはない。

 

……コレでは共鳴から怒られてしまうな、と、空が近づく中でぼんやりと思う。

けれど私にとっては、防人としての私だけでは無く、ただの歌女としての私としても、己が身可愛さで世界が滅ぶのを黙ってみているなど出来ようはずも無い。

そして同時に想う事は、奏への感謝。身体だってボロボロで、Linkerに耐えられるかも分からないのに、彼女は立花と私の為にもう一度覚悟を握ってくれたのだ。

 

「……こうして時を経て、また両翼揃ったツヴァイウイングなら……」

 

「あぁッ!!どこまでだって飛んで行けるッ!!行けェ!!翼ァァァァ!!」

 

聴こえたのだろうか?それとも、同じ事を想ったのか。

それは分からない。だが、奏の叫びが、私の身体を更に加速させる炎へと変わるのが分かった。

 

「ハァァァァ!!」

 

━━━━そして、私は光の中へと飛び込んで。意識を失った。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……アメノハバキリ、反応途絶……」

 

「そんな……そんなのって……」

 

「……どうして、どうして笑って居られたの!?奏さん、この状況をひっくり返すって言ったのに!!

 こんな結末じゃ、ひっくり返ってないじゃない!!」

 

シェルターに響き渡る、板場さんの振り絞るような絶叫。

 

「……いや、アメノハバキリの嬢ちゃんはな。車椅子の嬢ちゃんと一緒に世界をも救ったんだよ。

 ……もしくは、世界と一緒に車いすの嬢ちゃんを救った、か……」

 

━━━━それを諫める声は、司令を送り届けて再度戻ってきたジョージさんのものだった。

 

「イヤな予感がするんで急いで戻って来てみりゃ……」

 

「……それって、どういう事なの!?」

 

「あぁ?どうもこうも、あの車椅子の嬢ちゃんはな、たったの数ヶ月前まで絶対安静でコールドスリープしてたんだよ。当然、二年間健康体で戦ってきたアメノハバキリの嬢ちゃんとは耐えられる衝撃が違い過ぎらぁ。

 ……もしも、あの役目を逆にしてればカ・ディンギルとやらを破壊出来たかも怪しい……それにな、車椅子の嬢ちゃんは薬品によるドーピングで戦ってたと聴いてる。そのせいで、他の装者に比べて戦って居られる時間も短いってな。」

 

「薬品って……まさか、さっきのケースって……!!」

 

「……えぇ、そうよ。Linkerという、脳に作用する事でシンフォギアの適合係数を安定させる薬品。けれど、今の奏ちゃんではそのドーピングに身体が耐えきれるかも分からないから、最終手段として取っておいたの……」

 

友里さんの明かしてくれた事情は、残酷な真実だった。

つまり、奏さんは最初から、決死の覚悟で戦う事を選んでいたの?

 

「わかんない……わかんないよ……!!どうして、皆痛い思いして、辛い思いしてまで戦うの!?死ぬために戦ってるの!?」

 

「━━━━わからないの?」

 

奏さんが笑顔に隠した覚悟の重さ、板場さんだって分からないワケでは無い筈だ。

 

「う……」

 

「信じて欲しいって、その想いがあれば戦えるって。その言葉に、嘘偽りは決して無かったのよ?」

 

━━━━それはきっと、響も、お兄ちゃん達も同じ想いの筈だから。

 

「うあ……うわぁぁぁぁん!!」

 

キツイ事を言ってしまったかも知れない。けれど……板場さんなら目の前の恐怖に臆さずに立ち上がれると信じている。それは、今日で無くてもいい。いつか、きっと……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━私の想いは、またも……!?」

 

「へっ……ざまぁみろ、だ……」

 

━━━━溢れる涙に濡れる視界を、閃光が塗りつぶした。

 

「……クッ!!でぇい!!」

 

「ガハッ!?」

 

争う声を遠くに聴き、私はようやく自己を取り戻す。

 

「あ……あ……?翼、さん……奏さん!?」

 

奏さんがフィーネに……了子さんに鞭打たれて、二年前のあの日のようにギアが欠けて倒れている。

 

「━━━━どこまでも忌々しいッ!!

 月の破壊は、バラルの呪詛を解くと共に急激な重力崩壊を引き起こすッ!!

 かつての神代の、神々の怒りの如き惑星規模の天変地異に人類は恐怖し、永遠となった私を信奉し、帰順する筈だったのだッ!!

 痛みだけが世界を一つにする……圧倒的支配者による人類支配!!それは真なる絆を貴様等人類に取り戻すただ一つの真実だったというのにッ!!

 それを貴様は……貴様等はァ!!」

 

「うぐっ!!」

 

フィーネさんは、ギアすら解けた私を蹴り飛ばす。なにか難しい事を言っているようだけれど、私にはよく分からない。

 

「……だがまぁ、それでも貴様は役に立ったぞ?

 生命と聖遺物の初の融合症例。お前と言う先例が居たからこそ……私は己が身をネフシュタンと同化させる事が出来たのだから……なぁ!!」

 

痛い。痛い。痛い。

 

投げ飛ばされたのだろうか。空が見えるようになった。

もう、指に力が入らない。

 

「翼さん……クリスちゃん……奏さん……お兄ちゃん……」

 

もう、誰も居ない。クリスちゃんもお兄ちゃんは生きていると奏さんは言っていた気がするけれど、此処には居ない。そして、護りたかった日常の筈の学校も滅茶苦茶になってしまった。

━━━━未来も、無事かどうかすら分からない。

 

「━━━━私、何のために戦ってたんだろう……?」

 

伸ばした掌から、それでも護りたかった物が零れ落ちて行く感覚。

━━━━コレはいわゆる絶望感、という物なのだろうか?

そうしてボンヤリと見上げた空は夜の黒を段々と薄らせている。だが、夜明けはまだ、遠い。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ふぅ。先ほどの振動は危なかったですね。」

 

━━━━1km近くの縦走行、幾ら忍びとして日々鍛えているとはいえ、それは最早人間の身体能力を超えた絶技だろう。

故に僕は、共鳴くんのやり方からヒントを得た秘策を使って少しずつ壁を昇っていた。

その方法とは至極単純で、走って昇って、失速してきた所で鋼糸を結わえ付けたクナイを二本、斜め前方の壁面に投げ刺して支えとする事で簡易的な命綱(ザイル)を作る方法だ。

 

━━━━だがそれでも、危うい場面は数多くあった。

崩れかけた壁面、突き出した本部構造体、そして、今しがた起きたような地震だ。

幸いにも旧シャフト内に突き出した本部構造体の上を走り始めたばかりであった為にその地震でのロスは数十mと言ったところだ。だが、もしもこの構造体の上で無ければ……

想像した事態は間違いなく最悪の結末(ヴィジョン)。そうならなかった幸運に感謝しながら、次に通るべきルートを見定める。

 

━━━━そうして、どれほど昇ったのだろうか。なにせ、通信機器は短距離無線しか通じない。発信機なども無い以上、自分の正確な位置も分からない。

そんな先の見えない状況の中で、光が見えた。

 

『……緒川くん!?』

 

次いで、音が聴こえた。短距離無線越しの鳴弥さんの声。

あぁ、降り始めた場所まで到達したのだ、と頭が理解する。

━━━━だが、その矢先に第六感が指し示すのは、最大の危機。

 

『緒川くん!!早くそのスーツケースを投げ捨てて(・・・・・)!!』

 

通信越しの鳴弥さんの声もその第六感を肯定する。

恐らくは、盗難防止用のセキュリティシステム……!!時間制限式かッ!!

そう判断した僕が動き出すよりも先に、スーツケースが放った電撃が僕の身体を貫く。

 

「ガッ……!?」

 

呼吸が止まる。意識が明滅する。落下する感覚。一瞬で意識を刈り取ると言わんばかりの膨大なスタンショック。

 

━━━━けれど、けれど。

 

「緒川ァ!!投げ上げろ(・・・・・)!!お前ごと引っ張り上げるッ!!」

 

雄たけびが聴こえた。シャフト跡地を揺らさんばかりの、男の咆哮だ。

それに応えるべく、動かない身体を無理矢理に動かす。

落とさないようにと腹に括りつけていたスーツケースを恨めしながらも確認し、命綱に使っていたクナイの片方を全力で声に向かって投げつけ、もう片方を自分の腰周りを一周するようにしてから巻き付ける。

 

「覇ァァァァ!!」

 

瞬間、感じるのは浮遊感。そして、抱き留められる感触。巌の如きその肉体は、やはり風鳴司令の物であった。

 

「……ゲホッ!!ゲホッ!!

 ……了子さんには、後で思いっきり文句を言わないといけませんね……司令……これが、RN式のケースです……後は……たのみ、ます……」

 

身体に力が入らない。火事場の馬鹿力というべきか、無理矢理に動いたツケだろう。

━━━━だがしかし。希望は、確かに繋がったのだ。

 

「━━━━あぁ、後は任せておけ!!」

 

その言葉に安心して、瞳を閉じた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「司令!!怪我は……!!」

 

RN式のケースを持った緒川くんが壁を駆けあがってくるのを待っていた私だったが、短距離通信によってケースの状況が確認出来る距離に入って血相を変えるハメになった。

━━━━ケースに搭載された盗難防止用のセキュリティを解く為に求められたのはたった一つのパスワード。

 

『━━━━遥けき彼方に(おわす)あの御方の名を答えよ』

 

そんな、全く以て意味の分からない五文字のパス。

それが故に緒川くんにケースを投げ捨てるよう叫んだが、時既に遅し。

時限式のセキュリティが発動し、力無く落ちて行く筈だった緒川くんを助けたのは、突然に現れた風鳴司令だった。

 

「あぁ……一度だけなら問題無い。ところで、このセキュリティだが、解除は可能そうか?」

 

「……いえ、櫻井博士の技術で組まれたロックシステムに、恐らくは彼女のパーソナルに関係すると思しきパスコードの謎掛け……どう足掻いても、この短時間で解く事は……」

 

「……そうか、ならば仕方ない。」

 

そう言って、風鳴司令はケースを気絶した緒川さんから取り外す。

まさか……

 

「ちょっ、司令!?」

 

「━━━━覇ァ!!」

 

━━━━あっさりと、そうあっさりと、櫻井了子謹製のロックシステムは破られてしまった。それも力尽く(・・・)で。

 

「……なんなんでしょう、この科学の敗北感……」

 

「……よし、俺はこのまま緒川を担いで戻った後に地上へ向かう。雷神の鼓撥は……」

 

「はい、ここにあります……どうか、お気をつけて。」

 

「……あぁ。行ってくる。キミもシェルターに戻っていてくれ。」

 

━━━━その背中に、もうあの日のような迷いはなかった。




━━━━巫女は語る。遥けき過去に置き去りになった恋心を。
━━━━少女は思う。今を生きる自らの言葉に出来ない心を。

だからこそ、是非を問う。恋心かどうかは分からないけれど、私の心に宿る物のだからと。

━━━━そして、再び立ち上がった少女達の歌が世界に響く時。
朝焼けの中に天使達は舞い上がる。拳を握った男達と共に。

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