戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第三十六話 暁光のシンフォギア

「ふいー……やれやれ、ソーイングセットでの縫合なんてホントは危険すぎるからやりたかないんだが……この状況なら仕方ないかね?」

 

━━━━そんな声と共にシェルターに入ってきたのは、司令を治療していたお医者様だった。

 

「……おぅ、ミスターグレネードは無事かい?」

 

「無事も無事さ。今頃は切り札とやらを受け取った頃だろうさ……おや?」

 

ジョージさんが現状確認をする中で現れたのは、多くの人達を連れて来たマーティンさんと……そして、ボロボロの緒川さんを背負った風鳴司令と鳴弥さんだった。

 

「━━━━緒川さん!?」

 

「……はは、面目ないです……」

 

「先生!!緒川を頼みますッ!!」

 

「はいはいいってらっしゃいよ……うーん、コレは酷い。電流斑か……とはいえ、末端部位の壊死なんかの心配はとりあえず無さそうだ。後程検査の為に入院はしてもらいますけど、ひとまずは安心していいでしょう。」

 

お医者様に緒川さんを預けて司令は足早に去って行く。きっと、響の手助けをしてくれるのだろう。

それと入れ替わるように、マーティンさんが案内してきた避難者の中から駆け出して来た小さな女の子が居た。

 

「……あ!!お母さん!!カッコいいお姉ちゃんだよ!!」

 

「あ!!ちょっと、危ないでしょう!?……すいません、皆さん……」

 

……カッコいいお姉ちゃん?

 

「……あ!!あの時の娘さんですか!?」

 

疑問に首をかしげる私達を後目に気づいたのは友里さんだった。

 

「ビッキーの知り合いさんなんですか?」

 

「あの娘の事ですか?はい……えっと、詳しくはそちらの方達に聴いてもらいたいんですが、はい。うちの子は、あの娘に助けてもらった事があるんです。

 自分の危険も顧みずに、この子の命を救ってもらった事が……」

 

「え……?」

 

「えぇ、立花さんがシンフォギアを纏ったあの日、立花さんはその子を護る為に、胸の内に眠っていたガングニールを起動させたの……」

 

「響の人助け……最初から、そうだったんだ……」

 

━━━━そう、だったのか。

翼さんのCDが発売されたあの日。お兄ちゃんが響が人助けの為にノイズに近づいたと嘘を吐いた、あの日。

━━━━けれど、その理由に嘘は無かったのだ。

確かに、響がノイズと戦った事を隠してはいたけれど、響はやっぱりいつもの響で、いつだって誰かのために拳を握っていたのだ……!!

 

「……ねぇ、カッコいいお姉ちゃん、辛そうだよ?助けてあげられないの?痛いので飛んでけー!!って、できないの?」

 

「……助けようと思っても、私達には何も出来ないんです……」

 

「……それに、声を掛けてあげる事だって出来ないの……ただ、すごーく強いおじさんが今助けに行ってあげてるの、きっと大丈夫だよ。」

 

少女の無垢な言葉に、何も出来ない私達は歯噛みするしかない。三人掛かりでもどうにも出来なかったフィーネさんを前に、私達が出来る事なんて……

 

「━━━━いいえ。いいえ!!あるわ!!藤尭くん!!ここのスピーカーシステム、生きてる!?」

 

━━━━そんな無力感を打ち破ったのは、司令が出て行ってからずっと黙り込んでいた鳴弥さんだった。

 

「えっ?……あっ、はい!!シェルター内部へのアナウンス用の放送機材と、持ち込んだオペレーション用の機材を使えばなんとか……一体なにを?」

 

「━━━━リディアン音楽院の生徒達は、シンフォギアの適合者策定の為に全国から選ばれた少女達だった。

 ……だから、彼女達の歌には一般の人よりも強力なフォニックゲインが載る筈!!

 響ちゃん達三人が一晩中了子さんとぶつかり合ってくれたお陰で、あそこにはシンフォギアのエネルギーとして使用されながらも消え去らずに残留したフォニックゲインが大量に集まっている……

 それを、リディアンの皆さんの歌で奮わせるッ!!そうすれば、櫻井理論においてすら机上の空論でしか無かった奇跡(・・)をも手繰る事が出来る筈ッ!!」

 

━━━━鳴弥さんの言ってる事は難しくって全然分からないけれど……つまり、私達にはまだ出来る事があるって事!?

 

「ッ!!なるほど!!それなら、校庭に生き残ってるスピーカーがあればそれを介して送信できる!!

 ……ただ、学園側の電気系統はコッチとは別なのでまだダウンしたままです……ジョージさん!!」

 

「おう。もう見つけてあるぜ。お誂え向きのモンがある……シェルター側から動力を送って学校側の非常電源にする連結システムが近くにある。

 ただ、難題が一つあってな。隔壁の閉まり方が微妙だ。残念ながら俺達じゃスイッチまで手が届かねぇ。」

 

「……それって、穴が狭すぎるって事?」

 

「ま、ありていに言えばな。」

 

「……だったら、あたしが行くよ!!大人は無理でも……あたしみたいにちっちゃい子なら入って行けるでしょ!!

 アニメだったら間違いなくそういう時にはちっちゃい子が活躍する場面だもん!!それで、響の人助けを手伝えるのなら!!」

 

鳴弥さんの策に立ちはだかる壁を前に、板場さんが決意を固めた顔で叫ぶ。

 

「そんな!!アニメじゃないのよ!?崩れてきたりしたらどうするの!?」

 

「━━━━アニメを真に受けて何が悪いッ!!ここで真に受けないで何もやらなかったら私、きっと一生後悔する!!一生後悔を抱えたまま、真っ直ぐ立つ事も出来ない!!

 ……それじゃ、非実在青少年にだってなれやしないッ!!━━━━この先、響の友達です。って奏さんにも胸を張れないじゃない。」

 

「あ……」

 

━━━━板場さんの決意は、紛れもない本物だった。

 

「ナイス決断です!!私もお手伝いしますわ!!」

 

「……だね。ビッキーが頑張ってるのに、その友達が頑張らない理由も無いしさ!!」

 

「みんな……」

 

三人の強い決意に、私は思わず泣きそうになってしまう。

みんな、巻き込まれてしまっただけなのに、響を助ける為に決意を握ってくれた……!!

 

「……よし、じゃあジョージさん、そのまま四人を連結システムの場所へ……マーティンさんは避難してきた皆さんの中からリディアンの生徒の呼び集めをお願いします。

 藤尭くんは私とここでシステム連結の準備。友里さんはマーティンさんを手伝いながら、不安がっている人が居たら声を掛けてあげてください。」

 

『はいッ!!』

 

━━━━そうして、私達は動き出す。奇跡を手繰り寄せる為に

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━もう、ずっと遠い昔の事だ……あの御方に仕える歌巫女であった私は……いつしかあの御方を……創造主を愛するようになっていた。」

 

━━━━ぼんやりと空を眺めていると、悲し気な声が聴こえた。

フィーネが、了子さんが、絞り出すように語るのはきっと、ずっとずっと昔の詩だ。

 

「━━━━だが、この胸の内の想いを伝える事は叶わなかった。この想いを伝えようと築き上げたカ・ディンギルは創造主の逆鱗に触れ、私と、そして人類の言葉は奪われたのだ。

 唯一創造主と想いを伝えあう事を可能とした統一言語はバラルの呪詛によって喪われ、私は一人になった……

 数千年もの間、私は抗い続けた。創造主が月の遺跡を去った後も、バラルの呪詛を解き放ち、私の想いをいつの日にか……あの御方に届ける為に……ッ!!」

 

「胸の……想い……?」

 

━━━━それは、なんなのだろうか。恋慕?愛情?それとも……感謝?

それがなんなのかは、分からない。分からないけれど……

 

「だからって……その為に世界を滅茶苦茶にしていいなんて事は、無いですよ……了子さん……」

 

「……ッ!?是非を問うかッ!!恋心のなんたるかも知らぬお前がッ!!」

 

━━━━了子さんは、泣いていた。

きっと、それほどの強い想いなんだろう。確かに了子さんの言う通り、私には愛とか恋とか、難しくって全然分からない。

けれど……けれど……!!

 

「わかりません!!わかりませんけど……!!想いの為なら何をしたっていいなんて、私は思いたくないですッ!!

 だって、そんな風になんでもかんでも踏み台にして笑いかけたって、きっと、私の好きな人は振り向いてくれないもんッ!!」

 

━━━━不思議な事に、奇妙な確信があったのだ。

きっと、そうだって。胸を張って言える程にあったかい物が。

 

「ッ!!……シンフォギアシステムの最大の問題点は絶唱使用時に発生するバックファイアだった……融合体であるお前はその問いに答えをくれるかも知れん存在。それ故に手加減してやっていたのだ……

 だがッ!!最早そんな事はどうでもいいッ!!真霊長となった私自ら試せばいいッ!!私に並びうる者は根絶やしにしてくれる━━━━ッ!!」

 

けれど、想いは強く脈打っても、身体には力が入らない。

了子さんが私に飛ばしてくる鞭を止める事が、もう私には出来なくて……

 

「━━━━覇ァァァァ!!」

 

━━━━しかしてその鞭は打ち払われる。

 

「貴様……ッ!!どいつもこいつもッ!!死にぞこないが墓穴からわざわざ起き上がってくるかッ!!」

 

━━━━そこには、いつも見るおっきな背中が立っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「うぐー……!!」

 

「うぅ……言いたかないけどさー、全体重支えるとなると流石に……キツイもんがあるよね……!!」

 

━━━━連結システムの部屋に入ったのは良かったが、そのシステムの主電源が何故か2mもの高い位置にあったのは予想外だった。

普通、こういう電源って入れやすい所に付けたりするものでは無いのだろうか?

だから、私達は三人でピラミッド状に組み上げて一番軽い板場さんを上に上げる作戦に出たのだが……

 

「暗に重いって言わないでよね!?……ぐぬぬ……ゴメン!!そのままだと届かないからジャンプ行くよ!!せー……のッ!!」

 

それでも届かなかったのだろう、板場さんの謝罪の言葉と共に、フッと一瞬身体が軽くなる。

━━━━そして、衝撃。

 

『わぁっ!?』

 

飛び上がった板場さんは見事にスイッチを入れて、そして落下した。その衝撃で縺れあって崩れる私達。

明るくなった部屋の中で、私は板場さんに苦言を呈す。

 

「あいたたた……もう!!流石に危ないでしょ?」

 

「えへへ……ごめんごめん……届きそうで届かないのが悔しくってつい……」

 

「ですが、ナイスな結果を導けたのですからオールオッケーですわ。」

 

「そうそう。結果良ければ全て良し!!さ、元のシェルターに戻ろう?ビッキーにアタシ達の歌、思いっきり歌って伝えてあげないと!!」

 

━━━━そうだった。まだ、私達の戦いは終わっていないのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「死にぞこない、か……確かに、そうだな。腹は掻っ捌かれたし、血だって足りてない。

 ━━━━だがそれでも、俺が諦める理由なんて何一つありはしないさ。」

 

━━━━拳を握る。今度こそ、想いを伝えるその為に。

 

「……その腹、どうやって治した?まさか私のようにくっ付いたワケでもあるまい?」

 

「ふっ……焼いて、縫って貰ったさ。情けなくも一回気絶しちまったがな。」

 

意外にも投げられた軽口に真摯に答える。

それに零れる苦笑は、お互いの物だ。

了子くんの苦笑の理由は分からない。俺の方は……その程度で気絶してしまった自分の弱さへの苦笑だ。

 

「……往生際も此処に極まれり、だな。

 ━━━━だが、忘れたワケではあるまい?お前はただの人!!であれば、ノイズを相手に戦う事は出来まいッ!!」

 

━━━━瞬間、俺の左右の空間が歪む。

ノイズの召喚。だが……

 

「杖を介さず、だとォッ!?」

 

「フッ……ノイズに溺れ、呑み込まれるがいいッ!!」

 

杖を介さないノイズの出現。それこそが彼女の作り上げた王手(チェックメイト)の為の布石。

ノイズの出現に驚いた俺の一瞬の隙を突いて、向けられた杖より放たれるは幾百ものノイズ達。

避ければ響くんを殺す……いや、俺諸共響くんをも否定するつもりなのだろう。

ノイズが攻撃の瞬間に実体化する性質を利用してやり過ごす俺の戦法を知っているからだろう。左右のノイズと正面のノイズは微妙にタイミングが異なっている。

こうなれば只の人間に抗う術など存在しない……

 

━━━━だが、此処に例外が存在する。

 

「━━━━覇ァァァァッ!!」

 

震脚、踏みしめた大地から勁を徹し、拳から放出する。発勁の応用による範囲攻撃。

 

━━━━その一撃で、百を越えるノイズ達が消滅する。

 

「━━━━な、に……?バカな……!!生身の人である貴様にノイズに抗う術など有る筈が……いや、まさかッ!?」

 

「そのまさかだ!!キミがアビスへと仕舞いこんだRN式!!引き上げさせてもらったッ!!」

 

「バカな!!アレは核としていたアメノハバキリを取り出したただのガラクタの筈……ハッ!?まさか……雷神の鼓撥か!?」

 

「それもまたその通りッ!!行くぞ!!」

 

━━━━種明かしもそこそこに、了子くんへと迫る。

もはやノイズの脅威は絶対ではない。だが、それでも未だギアを纏えぬ響くんや、傷つき倒れている奏くんにあれだけのノイズが殺到すれば、彼女達を護り切るのは難しいと言わざるを得ない。

だから、彼女達が立ち上がれる事を信じて、了子くんの選択肢を奪うように立ち回る。

ノイズ召喚を誘っては即座にそれを潰し、逆にネフシュタンで攻撃してくればそれを受け流してカウンターを放つ。

 

「覇ァァァァ!!」

 

━━━━だが、決定打が与えられない。

ネフシュタンの鎧の再生能力と、彼女自身の力と思しきバリアと、ノイズの召喚能力。

その三つが噛合った事で、何度倒しても彼女は立ち上がってくる。

 

「クッ……」

 

「フハハハハハ!!さて……コレで三十分、と言ったところか?確か、RN式の限界稼働時間は実験では約一時間であったな?

 生身にて我がアスガルドを破った事には心底肝を冷やしたが……あと何分耐えられるかな!!」

 

「……まだまだァ!!」

 

 

━━━━そんなジリ貧な状況の中で、歌が聴こえた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「なんだ……?耳障りな……何が聴こえている……?」

 

━━━━うたが、きこえる。

リディアンの校歌。聴いてると気持ちがまったりして、落ち着く歌。

私の、日常の象徴。

 

「あ……」

 

「どこから聴こえてくる……この不快な……歌!!

 ……歌、だとッ!?クッ!!耳障りな音を止めてくれるッ!!」

 

「させるかァ!!」

 

「聴こえる……皆の声が……良かった……私の護りたかった日常……護れたんだ……傍に居てくれる人達……

 皆が歌ってるんだ……だから、まだ歌えるッ!!頑張れるッ!!戦えるッ!!」

 

朝日が昇る。想いが高まる。

光が集うのを感じる。よくは分からない。けれど、胸の中に強く、強く思い浮かぶ歌がある。

だから、それを握る。

 

「くっ……まだ、戦えるだと!?何を支えに立ち上がる!?何を握って力と変える!?鳴り渡る不快な歌の仕業か?

 ……そうだ、お前が纏っている物はなんだ?心は確かに折り砕いた筈……ッ!!

 なのに、何を纏っている!?それは私が作った物かッ!?

 ━━━━お前が纏うそれは一体何だッ!?なんなのだ……!!」

 

了子さんがなんだかごちゃごちゃと言っているのを感じる。

━━━━実のところ、私にも理屈なんて全く分からないのだ。

けれど、私が纏っているコレがなんなのかは分かる。

━━━━だから、叫ぶ。腹の底から、希望の歌よ、世界に鳴り響き渡れとばかりに。

 

「━━━━シ・ン・フォ・ギィィッ━━━━ヴウゥワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

━━━━その叫びに応えて、飛び集まってきてくれる人達が居た。

 

「━━━━皆の歌声がくれたギアが、私に力を与えてくれる。

 クリスちゃんや翼さん、そして奏さんに、そしてお兄ちゃんにだってッ!!もう一度戦う力を与えてくれるッ!!

 ━━━━歌は戦う力だけじゃない!!命なんだッ!!」

 

クリスちゃん、翼さん、奏さんにお兄ちゃん。

一度は敗れ、傷つき倒れた皆が、だけども今は此処に居る。

 

限定解除(エクスドライブ)……それほどまでのフォニックゲインを一体どこから……

 何であれ、二年前の意趣返しを果たしてすっかりその気、というワケか……」

 

『んなこたどうでもいいんだよッ!!』

 

『あぁ、最早問題は貴方を倒す事だけだ。』

 

━━━━頭の中に声が響く。

それは、クリスちゃんとお兄ちゃんの声。

テレパシー……という奴なのだろうか?

 

「念話までも……限定解除(エクスドライブ)されたギアを纏ってすっかり有頂天か!!」

 

━━━━杖を振るって、現れるはノイズの大軍勢。

だが、杖を介さぬ所からもノイズは数多く現れ、状況に着いて行けていない師匠を包囲するように私達と引き離す。

 

『いい加減芸が乏しいんだよッ!!』

 

『世界に尽きぬノイズの災禍……それも貴方の仕業だと言うのですかッ!?』

 

『━━━━ノイズとは、バラルの呪詛にて相互理解を喪った人類が、同じ人類のみを殺戮する為に作り上げた自律兵器……』

 

『人が……人を殺す為に……?』

 

━━━━その言葉に、納得は出来ないが合点は付いた。

人を炭と変えてしまうノイズ。人が生きた証そのものを否定するその性質は、『そうであれ』と造られた兵器だからこそ擁していた機能だったのだ。

 

『ノイズを産み落とすバビロンの胎たるバビロニアの宝物庫の扉は開け放たれたままだ。それゆえ、使う者すら喪ったとて十年に一度の偶然でノイズはこの世界へとまろび出る。

 ━━━━だが、私はその偶然を必然とする事が出来る……ッ!!』

 

『偶然を必然に……まさかッ!?了子さん、アンタッ!!』

 

了子さんの言葉に、激しく反応したのは奏さんだった。

 

『━━━━そうだ。と言ったら?神獣鏡は是が非でも確保せねばならん危険物だったからな。』

 

『━━━━ッ!!』

 

『奏さん!!避けて!!』

 

フィーネの言葉に激昂する奏さんを、お兄ちゃんがかばう。

飛んできたのはノイズの大軍勢。まるで壁のような、ノイズの大瀑布。

 

「━━━━応ぜよッ!!」

 

それを避ける事に苦戦する私達を後目に、了子さんは杖を天へと掲げる。

そして、杖から放たれた光は四方八方へと広がり……

 

━━━━そこに、地獄の蓋を開けた。

 

『なッ!?』

 

『どこを見渡してもノイズばかり……ッ!!』

 

『ヤベェぞ!!このまま範囲が広がれば、避難が完了してない地区にまでノイズが広がっちまう!!』

 

『━━━━翼ちゃん、奏さん、クリスちゃん、響。四人は、広がったノイズの対処をお願い。

 その間に、俺と司令でフィーネを叩く!!』

 

『わかった!!』

 

無制限かと思う程に大量にあふれ出たノイズを殲滅する為、私達四人は空を飛んで街へと降りて行く━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……参ったな。流石にこの数が相手だとキリがない。」

 

「ふん……減らず口を……先ほどから千に迫る程のノイズを叩き潰しておいてよくほざく……」

 

「━━━━おじさん!!」

 

司令は、一人でノイズと戦っていた。

だが、RN式を手に入れた司令の拳を、今更ノイズ風情が止められる筈も無い。

その拳の一撃毎に百のノイズが吹き飛び、その脚の一閃毎に大型ノイズが炭と消える。

 

「……もしかして、援護要りませんでした?」

 

「いや。了子くんの身持ちが堅くてな。このままではたどり着けない所だった……あの時の空間跳躍、イケるか?」

 

「はい!!」

 

響の……そして、リディアンの皆がくれた歌によって再び輝きを取り戻したアメノハゴロモを握る。

先だっての双鞭とのデッドヒートで短距離跳躍に関してはコツが掴めた。クリスちゃんを伴って跳んだ事で、誰かと同時に跳躍する事も可能だと分かった。

であれば、俺の戦法は━━━━更に進化する。

 

「はァァァァ!!」

 

━━━━止まらない事。それが俺の長所だと、おじさんに言われた事があった。

振るった糸の勢いをそのままに拳を振るい、脚を振るう勢いを用いて糸を振るってノイズを蹴散らすその戦法は、アメノハゴロモとして空間跳躍を可能とした事で更なる殲滅速度の加速を可能としていた。

振るった糸がノイズの群れを切り裂き、群れを抜けた所で『別の群れに当たるように』跳躍にて場所と方向を変え、振るい続けてノイズを蹴散らし、

小型ノイズを蹴り飛ばした反動で後ろ向きに回転しながら空間跳躍、ムーンサルトの動きを利用して糸を伸ばし振るって別の方向に立っていた大型ノイズを両断する。

 

俺の未熟な体術ではノイズを倒す速度を上げ続ける事は出来ない。だが、『アメノハゴロモで倒すノイズの数』を増やす事は、こんな風に限定四次元機動を駆使すれば不可能などでは決して無い。

思考を止めず、周囲を把握し、縦横無尽のその先、天衣無縫を求めて暴れまわる。

 

「……化け物どもめッ!!」

 

全力でノイズを追加するフィーネの悪態もしっかりと聞き届けながら、おじさんをフィーネの基へと届ける為の布石を打つ。

 

「コレでッ!!おじさんッ!!」

 

「応ッ!!」

 

━━━━薙ぎ払うのは、フィーネに近い群れの一群。司令ならば一歩で踏み込めるその距離。

俺の背後で戦っていた司令に声を掛ける。手を当てて、跳躍。

 

「見え透いているわッ!!」

 

それを読んでフィーネが手薄になった方向へとバリアを張る。先ほどから司令相手には一瞬しか保っていないバリアだが、それでも一瞬あれば、逆方向に残ったノイズの群れの中へと紛れるよう離脱する事は可能だっただろう……

━━━━そう、そちらから攻撃が来ていれば。

 

「なにッ!?どこに……まさか!?」

 

後背を突こうという俺達の狙いをようやく理解したフィーネ。だが、遅い。

ノイズの一群、最も濃い部分。敢えてそこ(・・)を貫く。

俺の飛行の勢いと、カタパルト代わりにアメノハゴロモで加速した速度、そして、そこから飛び出す司令の脚力。三つの力を一つとした簡易的な破城鎚(バリスタ)はノイズの大群を物ともせずに、

それこそ薄紙のように打ち破り……フィーネへと突き刺さった。

 

「が、ああああああああああああああ!?」

 

司令に踏み込まれた掌が酷く痛むのを必死にこらえながら、フィーネの吹き飛ぶ先を見据える。

吹き飛んだ先は、奇しくもカ・ディンギルの残骸だった。かつてのバベルの塔のように打ち砕かれたそこに、フィーネが突き刺さる。

 

「……もう、終わりにしよう。了子くん。投了(リザイン)してくれ。交換条件こそあるが、悪いようにはしない……」

 

「ゴフッ……その名で、呼ぶな……!!私はフィーネ……永遠を生きる者だッ!!」

 

「ふんッ!!」

 

フィーネを説得せんとする司令に、悪あがきを続けるフィーネ。

━━━━だが、その姿に何故か違和感がある。なにかがおかしい。足りていない……

 

「ネフシュタンの鎧とデュランダル、そしてソロモンの杖さえ提供してもらえれば……ッ!!」

 

━━━━ソロモンの杖!!

司令の言及と同時にようやく気が付く。先ほどまで、フィーネが手に握ってノイズを操作していたその杖が消えている(・・・・・・・)!!

その違和感に気づいた瞬間、司令はバックジャンプでフィーネの基から離脱する。

 

「━━━━フン。存外に勘がいい。もう少しで、私ごと(・・・)取り込んでやれたものを。」

 

━━━━其処には、二人のフィーネが立っていた。

 

「━━━━まさか、司令の一撃で別たれた上半身と下半身をそれぞれに修復をッ!?」

 

「そこまで人間を辞めてしまっていたか……ッ!!」

 

一人のフィーネが司令を引き付けている間に、もう一人のフィーネは瓦礫の下で準備していたのだ。

━━━━ソロモンの杖を、最大限に利用する為に。

その証と言わんばかりに、杖のフィーネはその腹に深々と、ソロモンの杖を刺していた。

━━━━そして、ノイズ達の動きが変わる。

 

「ソロモンの杖……ネフシュタンの鎧……そして!!来たれ、デュランダルよ!!」

 

『ノイズに……取り込まれてる!?』

 

『いや、ちげぇ!!アイツがノイズを取り込んでやがるんだ!!』

 

周辺に散らばっていたノイズ達が、片端からフィーネへと吸収されていく。

ノイズが寄り集まって大型ノイズへと変ずるように、ノイズを呑み込んだフィーネもまた、巨大なる姿へと変わって行く。

 

『━━━━コレこそ完全聖遺物の三位一体……黙示録に記されし竜の力だ!!』

 

━━━━黙示録に曰く。『一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた』

黙示録の獣、バビロンの大淫婦、様々な名で呼ばれる、その存在。

 

「緋色の女、ベイバロン……ッ!!了子くん!!伝承にあるそいつは滅びの聖母の力だぞッ!?」

 

司令も知っているのだろう。それ故に、フィーネを諫める為に言葉を放つ。

 

━━━━だが、返答代わりに飛んできたのは、竜の口より放たれる極光だった。

 

『うわぁっ!?』

 

「ぐぬぉ……!?」

 

「くっ……!!」

 

『なんてこった……街が!!』

 

それは、圧倒的な一撃だった。一撃にて、眼下の街の一区画が消し飛んだ。恐らくはカ・ディンギルと同じ荷電粒子砲だろう。

 

『逆さ鱗に触れたのだ……相応の覚悟は、出来ておろうな?フハハハハハ……ハハハハハハ!!』

 

圧倒的な出力を以て、フィーネは立ちはだかる。

 

━━━━無限の再生(ネフシュタン)無限の出力(デュランダル)、そして無限の質量(ソロモンの杖)

無限の三乗たるその威容が今、俺達の前に立ちはだかる……




人と人とが紡ぎ合う、原初の歌。
幾度でも、幾らでも、何度でも。
繋いだ絆は今此処に。
少女達は手を繋ぎ、未来に淡い希望を託す。

流れ星、墜ちて燃えて尽きて、そして━━━━

━━━━そして、物語は起点へと還る。

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