戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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初のR15描写がコレでいいのだろうか?という困惑


第三話 激動のテロリズム

――――入院生活である。

目覚めてみればあのライブから一週間も経っていたとの事であり、なんだか実感が全く湧かないのだが、両腕がグチャグチャになっていた為にあと三週間――――入院当日に下された診断が再生治療の上全治一ヶ月だったらしい。はこうして入院していなければならない。

 

――――だが、しかしである。

そこにはある大問題がある。両腕が使えなくなるまでは全く考えてこなかったその問題に俺は直面し、病室のベッドの上でダラダラと脂汗を垂らしながら悩んでいた。

 

――――即ち、トイレである。

今の俺は入院患者らしく手術着らしき薄い服を羽織っているだけとはいえ、その下に下着を着けている以上、排泄を行うには脱がなければならぬ。そして終われば履かねばならぬ。

……しかし、この両腕ではそれはあまりにも遠く、叶わない願いである。

通常とは違い、あの男性医師曰く『手の原型すらちょっと怪しかった』という俺の腕は未だマンガかアニメのようなグルグル巻きが為されており、親指部分も分かれていないという酷い有様である為に、『包帯を巻いた手で無理矢理掴む』という奥の手も使えない。というかそんな事したら間違いなく再生治療の経過観察の為に検査が入り入院生活が伸びる。

二課に協力すると誓った事もあるし、何よりも弦十郎小父さんから『立花くんだが、緊急手術の都合で別の病院に収容されているそうだ。今はそれも無事終わった為入院して安静にしている』と連絡があったのだから。本来ならこんな所で寝ている場合では無いのだ。故に入院が伸びる自体だけは絶対に避けたい。故にトイレも怪我に支障ない方法で済ませねばならぬ。

 

――――それでも、俺とて健全な男子高校生である。

クラスメイトの馬鹿騒ぎが日常の男子達からは『ギャルゲ主人公か貴様は!!』『盆栽と将棋が趣味みたいな顔しやがって!!』『そこまで枯れてて人生楽しいのか!!俺のコーヒーくれてやる!!』『幼馴染の年下美少女二人からお兄ちゃんと呼ばれるとか決して許される物では無い!!』等と、半ば意味不明なスラングらしき評価をされる事も多い俺とて、男子高校生なのだ。当然羞恥もあれば性的な欲求もある。

そんな自意識の中、自らの汚い欲求の末である排泄を他人に――――それも、看護師と改題されたとはいえやはり女性が就く場合が未だ多く見られる看護師。の人に世話してもらう。などというのはあまりにもハードルが高い。色々段階を飛び越えすぎである。最悪死にたくなる。

 

 

……『寝込んでいる間は当然オムツだったよー』等というあの医師の言葉はとりあえず忘却の彼方に沈め、これ以上の恥の上塗りをしない為にはどうすればいいのかを必死に考える――――!!

 

 

……さりとて、このまま逝けば待っているのは『お漏らし野郎』という人生の墓場、もはや首を吊る他道はない畜生道という事も理性は理解しているのだ――――!!

それ故に今俺はナースコールを前に必死に排泄欲求と戦うという不毛極まる争いに挑んでいるのであった。泣きたい。

 

 

 

 

それから何分経っただろうか。

相変わらず自意識の羞恥と欲求の戦いは続いており、しかし自らの限界もまた見え始めていた俺は、半ば無意識の内にナースコールを押していたのであった。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――――全くの余談ではあるが、この病院が男性看護師が比較的多く働いて病院であった事をここに記しておく。

 

 

……それでも、穴が有ったら埋めたい記憶には間違いないのだが……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

……決して思い出したくないと定めた記憶に封をした後で、今後の見通しについて思考を切り替える。

つまり、考えるべきは二課に協力する上での利点と欠点である。

 

まず初めにだが、二課に協力しない、という選択肢は俺の中には既に存在しない。

シンフォギア――――そういうのだ、と小父さんから聴いた。あの歌があれば天紡(アメノツムギ)での攻撃がノイズに通用する以上、

ノイズという覆しようのない筈の災厄を、覆せる力を振るわないというのは、俺の――――天津の末として断じて取れる選択では無いからだ。

 

しかし、だからといって二課を全面的に信頼し、総てを託せるか?と問われれば、問題はそう簡単では無い。

何故ならば、『二課の前身は風鳴の家そのもの』であるからだ。

八年前の父さんの謀反も、前身となった風鳴機関のトップであった風鳴家当主――――小父さんの父に当たるらしい。が身を引いた事で可能になった物であったと聴いた。

あの一件以来天津家と風鳴家は公式的にも縁を切っており、状況が変わったからと今さら啖呵を切った相手の庇護下に入れるワケも無い。

 

――――つまり、二課に天津が入るという事は、後ろ盾を失ったまま政争のただなかに飛び込む羽目になるのである。

 

勿論、二課のトップである小父さんは二課の権限内での最大限の庇護を約束してくれたが、いかに二課の権限が超法規的とはいえ、それは対諸外国――――特に米国との関係などにも当て嵌められる物では無い。

諸外国からの誘拐・略取・篭絡・暗殺……二課ですら対応出来かねる状況が発生する可能性はやはり否定できない。

 

コレが二課に所属する上での欠点である。

……まぁ、要人警護や対妖魔を為す天津家の当主として家を継ごうというのなら、その程度の干渉は全て跳ね除けられねばならない物であるが為、これもまた当主を継ぐ為の予行演習と考える事も出来るのだが。

 

それに対して利点は、となるとコレは少し難しい。

 

――――なにせ、実の所は二課に所属する事による俺への直接的なメリットは無いに等しいのだ。

欠点の時に考えが及んだように、二課による庇護は元々機密に関わる事が確定している俺にとっては無意味なのだから。

しいて言えばノイズと戦闘に陥った際に連携が取れる事だが、ノイズをけしかける人間が居るワケでも無し(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)特に気にしなくてもいいだろう。

 

 

――――で、あれば。二課との協力はあくまでも『天津家と風鳴家の協力』という形にしてお互い付かず離れずの協力体制。という形が収まりが良くていいだろうか。

 

相も変わらず代わり映えしない純白のベッドの上でそんな風に打算的に考えていたところで、病室の扉が開いた。

 

 

「はぁい!!共鳴ってば元気してたー?」

 

「げぇっ!?母さん!?」

 

異様なまでにハイテンション。長い黒髪を翻して現れたその人物は、まごう事無き俺の実の母であった。

 

――――天津鳴弥(あまつめいや)

元・考古学者にして人類学者。現在は専業主婦。

俺の選んだ危険な道を理解して、背中を押してくれる。そんな得難い良き母親であるとは分かっているのだが……

 

「もう……心配したんだからね?お仕事ならともかく、響ちゃんと一緒にライブ行くーって行ったっきり戻らないし。入院しても重体だから面会謝絶って言われるし、挙句の果てに八年ぶりに弦十郎くんから電話が来てようやくあなたが目覚めた事とかの機密関連について知ったんだから。あっでも弦十郎くんも共鳴の成長を喜んでくれてたしそういう意味では良かったんだけど。やっぱり共鳴の容態が心配じゃない?だから一も二も無く面会の約束取り付けて車でカッ飛ばしてきたのよー!!」

 

ノックも無しの入室そうそうにこの過保護気味なマシンガントークである。コレがどうにも、苦手なのだ。心配をかけている自覚もあれば、心配されているという自負もあるだけに、これを真正面から受け止めるのはその……テレが勝る。

 

「……その、心配してくれてありがとう。母さん。それと、心配かけてゴメン。」

 

だけど、あのライブ会場で無様を晒して死にかけた以上、正面から受け止めるのは照れるなどと言っている場合では無いのだ。と理解したので、ちょっと、頑張ってみた。

 

「ッ!?……うん。共鳴、ちょっと成長した?」

 

そう言って、ギュッと抱きしめてくる母さんにちょっと、というかとても羞恥から枕に顔を埋めたくなるが、あの時死んでいればこんな思いを抱く事すらできずに消え去っていたのだ。

――――そう、まるで腕だけで帰ってきた父さんのように。

 

まだ死ねないよな。と改めて誓う。母さんはまだ父さんを喪ってから一年しか経っていないのだ。だというのに、俺までも同じように死んでいれば、残された母さんはどう思うだろうか。想像するだに恐ろしい。

 

 

――――そんなちょっと不器用な俺と、覚悟を決めているだろう母さんのちょっと奇妙な親子の触れ合いは、扉をノックする音で一端お終いとなった。

 

「母さん……流石に恥ずかしいので……」

 

「はいはい、じゃあまた今度ね。はーい、どうぞー!!」

病室の主でも無い母さんが何故入室を促すのかはまぁ気にしない事として、促しに応じて入ってくる人物を見る。俺が入院している病室は機密保持の為、表向きには空室とされている場所なのでノックして入ってくるという事は二課絡みのメンバーなのだろう。

 

 

その予想に違わず、入ってきたのはツヴァイウイングの片翼、あのライブ会場で戦って居た片割れの青い少女――――風鳴翼(かざなりつばさ)と、スーツ姿の男性だった。

――――正直、気まずい。

彼女の相方であった赤い少女――――天羽奏(あもうかなで)の事もある。

だが、それと同時に、弦十郎小父さんと話してようやく思い出したのだ。

 

――――俺、天津共鳴と風鳴翼は幼馴染なのだ。

 

普通に考えれば『風鳴』というまず居る筈の無い苗字から分かる筈の事だというのに、風鳴家で遊んだ幼き日の彼女と、ライブ会場での天女のような立ち姿が繋がらなかったのだ。

それがとても、とても気まずいのだが、それを表に出すワケにも行かず。どうしたものかと悩んでいた俺は。

 

「――――」

 

母さんが隣で小さく、消え去る程に呟いた言葉に気づくことも無かったのだ。

 

 

「初めまして。天津さん。私は緒川慎次(おがわしんじ)と言います。」

そのように、重い沈黙となってしまっていた空気を払ってくれたのは、翼さんと一緒に入ってきたスーツ姿の男性だった。

 

「あぁ、初めまして。聞いてるとは思いますが、天津共鳴です。それで、コッチは俺の母の天津鳴弥。弦十郎小父さんから話は聞いているので機密に関しては問題ありません。」

 

「天津鳴弥です。よろしくね?それに……久しぶりね。翼ちゃん。」

 

「……あっ、はい!!鳴弥小母様も――――それに、共鳴くんも、本当に、お久しぶりです……」

 

「――――うん、久しぶりだね。翼ちゃん。」

 

「……うん!!八年ぶりの再会だったのに、あんな形になってしまって……本当に、ごめんなさい。共鳴くん――――それと、奏を助けてくれてありがとう……」

 

「あー……御免。翼ちゃん。それに関してはちょっと申し訳無いんだが――――ライブの時、俺は思い出してなかったんだ。名前まで出してて、本当は気づいて然るべきだったのに。」

 

「ふふっ……流石に、八年前に一回か二回遊んだだけの幼馴染をしっかり覚えてる方が珍しいと思うよ?」

 

「――――えっ?」

 

昔の翼ちゃんを思い出しながら喋っていると、どうも翼ちゃんの方はしっかり覚えていてくれたみたいなのだが……

 

「あらあらあらあら……緒川さん?ここは若い二人に任せて、あちらの方でお話しません?」

 

「ちょっ!?母さん!?」

 

「ふふっ。わかりました。では翼さん。私は鳴弥さんと共に外に出ていますので。」

 

怒涛の展開に置いて行かれる俺をしり目に、母さんは緒川さんを連れて出て行ってしまう。

 

 

「あー……すまん。母さん、いっつもあんな感じで……ってそっか。翼ちゃんはむしろ母さんとの方が会った回数多いのか。」

 

「うん。小母様は小父様と一緒によく風鳴の本家の方にいらしていたから……でも、なんで共鳴くんはあの時だけ?」

 

「あの時は……確か、父さんが重要な話をするからって俺も連れて行ったんだっけ。八紘(やつひろ)の小父さんに一回顔を見せて、その後は親父が二人きりで話したいからって、その間に母さんと一緒に庭を見せて貰ったんだよ」

 

「……そっか。そういう事だったのね。」

 

スラスラと、今まで忘れていたことが嘘のように思い出せる記憶を頼りに、翼ちゃんの問いに答えて行く。

それに対して翼ちゃんは顔を下げて何かに対して深く納得していたようだったが、ふと顔を上げて真剣な顔で俺を見つめてきた。

 

 

「改めて、ありがとう。共鳴くん。奏を助けてくれた事だけじゃなくて、今後も二課に協力してくれるという事も。

 ――――本当は、少し不安だったの。私は今まで、防人たる剣とあろうとしたのだけれども、本当はずっと、悩んでいたのだもの。

 それを祓ってくれたのが奏。奏と私は二人でツヴァイウイングだったの。だから、奏が居ない今の私は、一人では飛べないんじゃないかって……

 ホントは、防人として一人で戦い抜くべきなんだと思う。幾ら天津の家もまた防人の家だとしても、共鳴くんはノイズと戦う者では無かったのだから。でも……」

 

翼ちゃんが、秘密を打ち明けるように話してくれたその言葉に、俺はただ自分の未熟を恥じ入るばかりだった。

なにが『二課に所属する事の利点は殆ど無い』だ。

お前は、風鳴翼を独りにするつもりだったのか。と。

だから、悩みを告げようとしたのだろう翼ちゃんの言葉をそっと遮って、俺の想いを伝える事にしたのだ。

 

「わかった。じゃあの時と同じく……俺はお前がやりたい事。やりたいようにやらせてやる。安心してくれよ翼ちゃん。俺、裏方は大得意だからな。」

その想いを今はそっと仕舞って、翼ちゃんに笑いかける。

それを聴いて、花咲くようにほころぶその笑顔を、必ず護って見せると誓って。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

病室から出て、少し歩いたところにあるソファーで、私と緒川さんと向かい合う。

「……ごめんなさいね。緒川さん。急に連れ出してしまって」

 

「いえ。私の方こそ、親子の団欒を邪魔してしまって、申し訳ありません。」

にこやかにそう返してくれる緒川さんは良い人なのだな。と思う。

 

「ふふっ。ありがとうございます。でも、私とあの子の時間ならこの後幾らでも取れますから。……翼ちゃんの方は、どうですか?」

 

「……最初は、酷い有様でした。奏さんの離脱とツヴァイウイングの事実上の解散……荒れないはずがありません。ですが、共鳴くんが生きていた事。そして、今後は共に戦ってくれる決意を見せてくれたと司令が伝えてからは大分落ち着きました。

 本当は、死を齎すモノと戦えだなんて、あんな子供たちに背負わせるべき業では無いというのに。」

本当に、優しい人なのだな。と、この短い会話だけで分かる。

こんな人達が居るのが二課だというなら、共鳴を預ける先として安心できる。

 

「……それでも、放っておけないから飛び込むのが天津の男たちなんですよ。今のうちに馴れておいた方がいいですよ?」

 

「ははっ……お強いですね。鳴弥さんは。」

 

「ふふっ、天津の女はそんな馬鹿な男たちがボロボロになって帰ってきても抱きしめてやるのが仕事ですから。」

 

「……」

沈黙が降りる。共行さんから少しは聴いている。緒川という忍者の家系があるという事を。此方が知っているのなら、本職である彼が知らないはずが無いだろう。

 

「最後まで共にあると決めたから、私達は夫婦になったんです。……それだけに翼ちゃんはライバルが多くて大変そうで……」

なので、わざと話題を変える。色恋沙汰になるかはともかく、翼ちゃんと共鳴がいい雰囲気だったのでそちらを利用させてもらう。まぁ単純に二人を茶化したいだけな部分もあるのだが

 

「なんと、共鳴くんはモテるんですか?」

 

そして、そんなわざとらしい話題の変化に追随してくれる辺り、緒川さんは本当にいい人なのだなと、改めて思うのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

その後も他愛のない話をして時間は過ぎていき、次の予定があると言って翼ちゃんは緒川さんと一緒に帰って行った。

病室に残ったのは、俺と母さんだけ。

だから、母さんに『それ(・・)』を伝える。

 

「……母さん。俺、決めたよ。天紡の『固有振動数』について、二課に開示してくれ。」

 

「……一応、親として訪ねておくけれども。ほんっとうにいいのね?

 改めて言うまでもないけど、それを教えるという事は、貴方の一挙手一投足が日本政府直轄機関の監視の基に入るのよ?」

 

『固有振動数』

それは、主婦業に収まってヒマになった母さんが家事の間に天紡を調査する中で辿り着いた『使い手と共に居る事で励起した天紡が自発的に起こし続ける音』の事であり、

これを使えば一般的なレーダーでも待機状態を含めた天紡とその使い手――――即ち俺。の場所を把握出来るという、天津家のアキレス腱になり得る現象である。

それを二課に開示する、というのはまぁケジメ半分の、予想半分といった所である。

 

「うん。俺、やっぱり考えが甘かった。奏さんと一緒に戦ってた翼ちゃんが戦場で独りぼっちになってしまう事とか、全然考えてなかった。

 だから、翼ちゃんの涙を零れさせない為にも、二課に全面的に協力するよ。

 ……それにきっと、米国とかが天紡を狙いに来るだろうから、申し訳ないけどその時に二課から助けてもらう為って打算もある。前々からウチは米国上層部から疎んじられてたからね……」

予想というより預言になってしまいそうだが、二課でも補いきれないほど面倒な立ち位置に居る俺はまぁ間違いなく狙われるだろうから、手を打っておく必要はある。

 

「……わかった。じゃあついでに、お母さんも二課に所属するから。」

 

「はい?」

 

「私の専門、忘れたの?天津家に近づいたのも元はと言えば天紡を研究したかったからなのよ?」

 

「あー……はい。わかりました。」

母さんの復職には驚いたが、普段の素行を考えるとむしろ自然な場所に居付いたという感じもするし、危険の最前線でも無いので止める事は出来ないだろうと諦める。

こういう時、どっちも折れないと分かっていると厄介なような、スムーズなような……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

そんな事があって、さらに一週間が過ぎたある日、見舞いに来た弦十郎小父さんが『結晶の中に糸が入ったような形をした』待機状態に戻った天紡をスーツケースに入れて持ってきてくれた。

 

「おぉ……何気にこの一年で一番天紡を手放してた気がする……」

 

「すまんな。研究に使いたいとゴネる櫻井博士を止めるのに手間取ってしまって……」

 

「あー、まぁ。母さんみたいなもんでしょうね。研究者としちゃ目の前のサンプルに興味津々でしょうし。とりあえず今回の件が終わって退院したら改めてお渡しします。って伝えて置いてください。」

身内によって非常に覚えのある状況だったので、約束をしておく。同時にコレは、必ず帰るという決意でもあるのだが。

 

「……本当に、教えて貰ってよかったのか?」

小父さんが改まって問うてきたのは、間違いなく固有振動数についてだろう。

 

「えぇ。天紡と、俺と。その二つが厳重な警戒から解放されるこの瞬間を狙って、今夜あたりにでも米国の連中が襲ってくるはずですから、それを天紡でちょちょいと片付けて……冗談ですよ。

 仮にそうなったとして、この腕だと一人倒すのが限界です。だから、二課の人に助けてもらいたくて。それで一番手っ取り早かったのが固有振動数の開示ってワケです。」

そう言った俺を悲しそうな眼で小父さんは見る。きっと、俺が囮になる事を悲しんでいるのだろう。本当に、俺は人との巡り合わせに恵まれている。

 

「……わかった。必ずキミを助けると約束しよう。その代わり、この件が終わったらアクション映画でも見に行くか!!」

 

「退院してからにしてくださいね?」

 

━━━━そんな風に笑いあい、ゆったりと眠りに着いた俺は。

思惑通りにその夜の内に誘拐されてしまったのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「状況はッ!!」

司令室に入ってくるや否や、風鳴弦十郎は咆えた。

 

「天津氏の入院している病院の空調システムに催眠ガスが混ぜ込まれ、護衛含めて病院そのものが沈黙させられました!!天津氏の安否は不明ですが、アウフヴァッヘン波形および固有振動数による追跡によれば対象は病院のある郊外から港湾部へと向かっている模様!!」

 

それに答えるオペレーターの返答に息を呑む司令室の面々。

 

「そんな……無茶苦茶な!!病院には常時モニタリングが必要な患者だって居るってのに……コレじゃ無差別テロじゃないか!!」

メインオペレーターである藤尭朔也(ふじたかさくや)が咆える。それは此処にいる誰もが思った事であった。

 

「幸い、共鳴くん救出の為に潜んでいた部隊が救助と他の病院への搬送に当たる事で今の所犠牲者は確認出来ていません。ただ、これによって人員が分散してしまった為に、二課の現行戦力では大規模な追走は不可能です。」

もう一人のメインオペレーターである友里(ともさと)あおいが状況報告を続ける。

 

「もっと言えば、ノイズ戦で無い以上、対ノイズ戦力であるシンフォギアの投入も不可能……奴さん、上手い事『詰み』に持ってきてるわねぇ……」

そしてそれにさらなる捕捉を足すのはこの私、櫻井了子である。

 

「まさか、ここまでの強硬手段に出るなんて……」

緒川くんの言葉も尤もだ。まさか他国内でこれほど大規模な作戦展開をするなどとは、正直アメリカという国家を嘗めていた部分がある。

 

「それだけ天津家の存在がうっとおしかったのか……或いは、奪取した天紡を使う『アテ(・・)』でもあるのか……いずれにせよ、現行戦力だけでこの誘拐事件に対処しなければ、共鳴くんを取り戻す事は二度と出来ないだろう。」

だが、それを受けた弦十郎くんの声には確固たる意思が込められていた。

即ち、『成し遂げる』という強い意思が。

 

「でもぉ、どうやって救出するの?大規模な作戦行動は封じられてるし、シンフォギアも使えない。固有振動数によって場所自体は確認できているとはいえ、輸送してる特殊部隊を蹴散らせるほどの兵力がどこにあるっていうの?」

半ば分かった上で言葉を紡ぐ。この間の雪音クリス奪還作戦の失敗、ツヴァイウイングのライブを利用したネフシュタンの鎧起動実験の失敗。いずれも風鳴弦十郎の責では無い。だが、それだけで『仕方が無かった』などと割り切れる程単純な漢では無いのだから。ここで風鳴弦十郎が打つだろう手はただ一つしか無い。即ち――――

 

「決まっている。これだけ大規模な陽動を掛けるという事は、逆に言えば敵は此方との交戦を極力避ける為の少数精鋭である可能性が高い。ならば、此方もまた少数精鋭で以て打って出る!!」

つまりは、司令自らの出陣である。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

面白くなってきた。と心の底でほくそ笑む。

あの『聖遺物モドキ(・・・・・・)』はどうでもいいが、米国の動きがここまで機敏だとは。これならば計画を多少変更して、米国に踊ってもらっても良いかもしれない。

 

哀れな人類共よ。この巫女の手の中で踊り狂え。そして、最後にはカ・ディンギルの礎となるがいい。それこそが人類悲願への到達を約束する唯一の道なのだから。

 




翼さんが共に戦う事に納得が強いのは奏が死んでいない事や、共鳴が防人(少なくとも翼さんから見た場合はそう)である事などが重なった結果となっています。

果たして、誘拐された共鳴の命運や如何に

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