戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第三十九話 新技のアクシデント

「━━━━泊りがけの特訓?」

 

響達が戻って来てから数日が経った七月一日。自習用に用意されたテキストを山積みにしながら響が教えてくれた予定に、私は思わず鸚鵡返しに言葉を返していた。

 

「うん、そうなの。なんでも鳴弥おばさんが発見した現象がなんたら~って事で……けど、今は本部のシミュレーターが使えないから機密を護れる所まで遠出する事になるんだってさ。」

 

「……それなのに、私達も呼ぶの?」

 

━━━━そうなのである。

響が言うには二課の用事としての遠出らしいのだが、それなのに彼等は私やいつもの三人まで招待しようとしているのだ。

一体全体何の意味があってそんな……と思った時にふと思いついて見やるのは今月のカレンダー。そこに書かれた日付を見て、遅まきながら理解する。

 

「━━━━あぁ。もしかしてお兄ちゃんの誕生日パーティも一緒にやるつもり?」

 

「大正解!!さっすが未来は話が早いな~。来週の金曜日……七夕がお兄ちゃんの誕生日でしょ?だから折角だし、皆も連れて天津のお家の別邸の方に遊びに行って、誕生日パーティして、そのついでに実験もやっちゃおう!!

 って事らしいよ?」

 

なるほど。実験のために皆が集まる機会が出来るなら、そのついでに祝い事もしてしまおうというのは合理的な話だ。

 

「……なるほど?響は更にそのついででこの山積みの自習課題を減らす為に皆を巻き込もうとしてるワケね?」

 

「うぐっ!?あ、あははは……いやだなぁ未来……そんな事少しくらいしか思って無いよ……あははは……」

 

━━━━当然、図星である。

とはいえ、それも仕方ない話だ。一ヶ月程前の事件の折に倒壊したリディアン音楽院高等部は現在その機能を停止している。

それ故に私達は寮生活を続けたまま、配られた自習テキストや、先生達の厚意による通信補習などでその遅れを補っている。

……だが、響はそれに乗り遅れてしまったのだ。二週間にも及ぶ軟禁生活の間にそんな事に参加できる筈も無い。

私のテキストに比べて響のテキストの量の方が圧倒的に多いのはそれ故だし、そもそも響がテキストを解くスピードはそこまで速いワケでも無い。

 

━━━━そういった所ではやっぱり、響はただの学生なのだ。

 

「……うん、わかった。じゃあ板場さん達も誘って行こうか。勉強会開いておかないと、響の山積みのテキストがそのまま夏休みの宿題にスライドしちゃいかねないしね。」

 

「やったー!!ありがとう未来!!」

 

苦笑を零しながらも響の企てに乗る事を了承すると、図星を突かれて狼狽えていた筈の響もすぐに笑顔になる。

━━━━こういう風にコロコロと表情が変わるのも、響の魅力だな。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━それでは、今回の実験の概要を改めて説明します。

 今回の実験の目的は、約一ヶ月前のルナアタック事件の際に観測された特殊事象……即ち、月の欠片をも砕いた絶唱の一撃を可能な限り再現する事にあります。

 そもそも、ジェネレイト・エクスドライブ……限定解除状態のギアとはいえ、あれほど巨大な月の欠片を破壊する事はいかな絶唱の三重奏でも不可能な筈でした。

 ですが、彼女達はそれを為した……即ち、奇跡を引き寄せたのです。

 そして今、その奇跡を人の手に委ねる為に、可能な限り条件を揃える事でそれを再現する……それが今回の実験、『プロジェクト・S2』です。」

 

━━━━そう告げる母さんの言葉に、改めて気を引き締める。

ここは、天津の別邸近くに存在するとある盆地。伝承によれば、かつて伽羅琉という女性に当時の天津家当主・天津鏡花が救われたという場所。

そしてそれは同時に、前大戦までの間、アメノツムギが封印されていた場所でもあった。

封印されていたお堂が立つ以外は何故か草木すら生えないこの土地は、まるで採石場か何かのように広い空き地となっており、俺達二課は其処に仮設テントを設営して実験の準備を進めていた。

 

これほどの重大な実験の現場としてこの場所を選んだ理由は幾つかあるが、やはり一番大きいのは絶唱を用いるが故の周辺被害を恐れての事だ。

絶唱は一度放てばそうそうに収める事など出来ない極大なエネルギーを放つ技である。それが故に周囲に人や物が殆ど存在しないこの荒野が選ばれたのだ。

 

「実験の要は……響ちゃん、貴方の絶唱特性にあるわ。貴方が『手を繋ぎたい』と願ったその想いに━━━━きっと、ガングニールが応えてくれたのでしょう。

 あの日、貴方が束ねた三つの絶唱は、私達が予測したデータよりもとても高い数値を叩き出した……共鳴して、増幅された絶唱こそ、月の欠片を打ち砕いた奇跡の鍵よ。」

 

「は、はいッ!!頑張ります!!」

 

「ハハハ!!そこまでガチガチにならなくても大丈夫だ。なんてったってキミ達には共鳴くんが付いている。レゾナンスギアの共振機能を用いる事で絶唱が(もたら)すバックファイアを低減する事が出来るのだからな!!」

 

「━━━━あぁ。響、俺を信じてくれ。絶対に、俺は響を護って見せる。」

 

大がかりな実験に緊張しているらしき響の眼を真っ直ぐに見据えて、俺は言葉を紡ぐ。

そこに嘘偽りなど一つも無いのだと伝える為に。

 

「……ふふっ。そういうとこ、お兄ちゃんらしいよね。

 ……うん、お兄ちゃんの事、信じてるから。」

 

「あぁ、それに立花。戦場に立つのはお前一人では無い。」

 

「……気乗りはしねぇが、義理はあるんだ。手助けくらいはしてやらぁ。」

 

「翼さん、クリスちゃん……ありがとう!!

 ……ところで、一つ質問なんですけど……プロジェクトS2の『S2』って、一体なんなんですか?」

 

━━━━護れたからこそ見れた景色を前に感慨に耽る俺を引き戻したのは、そんな響の初歩的極まる質問だった。

 

「S2とはスパーブソングの略称よ。絶唱の英語表記ね。」

 

「おぉ、なるほどぉ!!」

 

「……やっぱり、響の為の座学講座をもう一回やり直すか?」

 

「えぇー!?流石に自習課題だけでグロッキーなのにそんなの追加されたらKOされちゃうよお兄ちゃん!?」

 

「……むしろ、やってもすり抜けるだけだから無駄じゃねーのか?」

 

「そんなッ!?クリスちゃんまで私の理解力を疑うの!?」

 

「━━━━立花、安心しろ。もしもの時は私達が助け船を出してやる。だから、立花はそのままでもいいんだ。」

 

「翼さん……!!……ってぇ!?翼さんが一番私の理解力を信頼していない気がするんですけど!?」

 

響の緊張を解す為か、或いは自分達の緊張を解す為か。軽口を叩く事で現場にもいつも通りの空気が戻って来た。

 

「━━━━さて、そろそろ実験を始めるとしよう!!装者達は準備を!!」

 

『はいッ!!』

 

━━━━こうして、プロジェクトS2は幕を開けたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━胸の内から溢れる歌を纏って、私は此処に立っている。

 

『……実験の第一段階、完了。装者二人での絶唱の相乗、およびレゾナンスギアによる反動(バックファイア)除去を確認しました。

 お疲れ様。少し休憩を挟んだ後に実験を第二段階に移行させるわ。』

 

「━━━━いえ。まだいけますッ!!」

 

「あぁ、防人の刃、この程度で折れるほど(やわ)ではありません!!」

 

「纏い直す手間も惜しいッ!!」

 

実験の第一段階として行った二回の絶唱━━━━翼さんと手を取り合って巨大な剣と成した物と、クリスちゃんと手を取り合って巨大な弓矢と成した物……それは、どちらも私を通して溢れ出て強大な力を発揮した。

けれど、その際に収束した絶唱の反動(バックファイア)はお兄ちゃんのレゾナンスギアによって放出されている。

 

『……共鳴。レゾナンスギアの調子はどうかしら?強化後に絶唱と同調する機会は殆ど無かったようだけれど……』

 

「……今の所、問題は無いかな。了子さんが強化してくれたお陰で、絶唱の二重奏すら問題無く放出出来てるし……」

 

『……イケる?』

 

「やる気は十分。」

 

『……わかったわ。これより実験を第二段階に移行、装者三人による絶唱の三重奏━━━━トライバーストを行います。

 各自、衝撃に備えた準備を。』

 

「……ありがとう。お兄ちゃん。」

 

「護って見せるって言っただろ?絶唱の三重奏くらいドーンと受け止めてやるさ。」

 

絶唱を放ってなお反動(バックファイア)が襲ってこないという今までに無い状況に、かなりテンションが上がってしまっている自覚がある私達を止めないでくれたお兄ちゃんに感謝する。

━━━━だから、この実験を絶対に成功させようと強く誓う。

 

「……行きますッ!!」

 

「あぁッ!!」

 

「おぅッ!!」

 

 

 

                       ━━━━絶唱・風雪は柔らかに、咲く花と共に鳴り響く━━━━

 

 

 

━━━━重なる心、重ねた手と手が紡ぎあげたその歌は、まるでデュランダルの覚醒の如く、瞬時に世界を塗り替えた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━絶唱の三重奏。司令達によってトライバーストと名付けられたその未完の技を放つ事は、確かにこの実験の最終目的であった。

月の欠片を砕いた奇跡の再現。人為的にそれを成す為に藤尭さんを筆頭に二課のメンバーが総力を挙げて威力予測を叩き出した上で、この土地であれば被害は出ないだろう、という計算の基で実施されたこの実験。

 

━━━━だが、重なる心の三重奏は、俺達の予測を遥かに上回る意思の具現としてその姿を現した。

 

「━━━━藤尭さんッ!!全天の中で人工衛星の一番少ない所はどの方角ですかッ!?」

 

……それを見た瞬間、俺は被害を出さずにこの三重奏を制御する事を放棄した。二重奏までとは全く違う異次元規模のフォニックゲインの増大に、先ほどまでは余裕すら見えていたレゾナンスギアまでが軋みを起こし、悲鳴を挙げ始める。

幸いな事が一つあるとすればそれは、反動(バックファイア)除去が間に合っている事だけだろう。フォニックゲインの出力に翻弄されてはいるが、三人の装者達はまだ反動(バックファイア)に苦しんでは居ない。

 

『ッ!!……響ちゃんから見て左斜め45度ッ!!斜め上に真っ直ぐ突き出して!!』

 

「響ッ!!」

 

「━━━━ッ!!うん!!どォりゃァァァァ!!」

 

━━━━トライバーストの為に変形したアームドギアを構え、指示の通りに突き出した響の右腕から放たれたのは、破壊の暴風だった。

閃光が目を焼く中、かろうじて見えたのは、虹の如き彩光が螺旋を描き、空を引き裂き、雲を喰い破った光景。

 

「━━━━クリスちゃん!!煙幕を!!」

 

「━━━━ッ!!わかった、よッ!!」

 

               ━━━━MEGA DETH PARTY━━━━

 

打てば響くとはこの事か、とばかりに俺の狙いを即座に理解してくれたクリスちゃんが放ったミサイルは、周囲の土壁を抉り、爆発させる事で煙幕の層を作り上げる。

 

『━━━━総員、即時撤退ッ!!』

 

「え、え?えぇぇぇぇ!?」

 

「迷っている暇はないッ!!跳ぶぞ立花ッ!!」

 

「と、跳ぶってったって一体どっちに!?というかナンデ!?」

 

━━━━要するに、想定を超えて遥かにやり過ぎたのである。

幾ら表向きには解決した事になっているとはいえ、未だ『対ノイズ兵器』であるシンフォギアの国際社会における立ち位置は危うい。

そんな中で、衛星軌道まで突き上がるような一撃をシンフォギアが放った事がバレれば、世論はシンフォギアを危険視する方向に傾くだろう。

だが、直接的な証拠さえ無ければ知らぬ存ぜぬを切り通す事が出来る。それ故の煙幕、そしてこの場からの即時離脱だ。

 

「━━━━こっちだ!!三人とも、アメノツムギに掴まって!!」

 

「わ、わかった!!」

 

「頼む!!」

 

「おかわりもくれてやらぁ!!」

 

━━━━背後に爆炎たなびく中、俺達は這う這うの体で逃げ出す事になったのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ふひぃー……酷い目に遭った……」

 

「お疲れ様……って、なにかあったの?とりあえず飲み物用意するけど……冷たい麦茶でいい?」

 

「あぁ、もらおうか……途中で、実験が中止になってね……」

 

「……ったく、幾ら隠れる必要があったからって……道なき山を歩かされるとは思わなかったぜ……」

 

「あぁ……知識として知ってはいたが、やはり装備も訓練も無しで森に分け入るのは危険だな……」

 

━━━━アレから二時間程経った昼過ぎ。俺達はようやく別邸へと辿り着いていた。

森へと分け入る事で衛星の監視を掻い潜り、そのまま森の中を突っ切って帰ってくるという強行軍を終え、息も絶え絶えな俺達は未来の歓待を快く受け入れる事にした。

麦茶を貰って飲みながら、俺達はゆっくりと寛ぐ事にした。

 

「……ぷはぁ!!生き返るぅ~……にしても、お兄ちゃんが山歩きにまで精通してるとは思わなかったなぁ。」

 

「あー……ここ等辺の山を根城にしてる達人が居てな。昔、体術の鍛錬で山籠もりさせられた事もあるんだよ。」

 

━━━━正直に言って、あまり思い出したくはない経験である。

兄弟子曰く『山猿』とまで呼ばれるあの人に鍛えられた経験は確かに俺の中にも息づいているのだが……

 

「根城って……指導者に向かって使う言葉か、それ……?」

 

「あぁ……あの方か。なるほど、此処はIAIの奥多摩支部も近くにあるのだったな。」

 

「IAI……って言うと、あの複合企業ですか?」

 

「あぁ、詳細は別の機密に抵触するのだが……まぁ、この近くにもまた、我々とは異なる防人が居るのだと思ってくれればそれでいい。」

 

「防人、ねぇ……ところでお前、レゾナンスギアの調子はどうなんだよ。あの後にゃ煙噴いて黙っちまったけどさ。」

 

「━━━━残念ながら、お手上げだ。流石の了子さんと言えど、絶唱の三乗と目されるトライバースト級の反動除去までは考慮してなかったらしい。

 ……母さんに頼めば修理自体は可能だろうけど、今回のプロジェクトS2実験の期間中には直しきれないだろうな。正直、了子さんを信頼して過信し過ぎてた部分はあったよ。」

 

レゾナンスギアが如何に絶唱の制御を目的とした改修が施されていたとはいえ、それはやはり装者単独での絶唱を御する事が目的だ。

それ故に、絶唱特性によって絶唱の効力を高める……等という埒外にも程がある新戦術は想定外の挙動であり、むしろこれについては『絶唱のツインバースト』にすら耐えたレゾナンスギアの設計の頑強さを誇るべきだろう。

 

「……って事は、レゾナンスギアの反動除去が使えない以上は実験は中止、か。」

 

「そうなるかな……悔しいけどね。」

 

自分の力不足……では無いのだが、それでも俺が参加できない事で実験が中止になってしまうのだ。

当然、気分が高まる筈も無い。

 

「……翼さん。翼さんも、今回の実験に合わせてお休みを取ってますよね?」

 

「え?え、えぇ……確かに実験の事もあるからと今週末には予定は何も入れていないわ。けれど、それがどうかしたの?」

 

「━━━━だったら、折角だし遊びましょう!!皆で!!」

 

━━━━いきなりに立ち上がってそう力強く宣言する響の言葉に、皆して思わず呆気にとられてしまう。

 

「遊ぶったってお前……何するんだよ?」

 

「えーっと……お兄ちゃん!!」

 

「あー、はいはい。この周辺って言うとそうだな……うーん……IAIくらいしか見るものは無いし……そうだな。川で水遊びとかいいんじゃないかな。水着が無くても水に脚を入れるくらいなら問題無い……かな?」

 

「むー……確かに涼しそうでいいけど……転んだりしたら大変なことになっちゃわない?まぁ、泊りがけの予定で来てるから着替えは準備してあるけど……」

 

響の要請に応じて、この近辺で出来る遊びを考える。だが、率直に言って山の中にあるこの別邸で出来る遊びなどたかが知れている。それ故に提案できる事など川や自然と触れ合う事くらい。

━━━━そして、山に関しては先ほど嫌という程満喫する羽目に陥ったのだから、必然的に選択肢は川一択となる。

 

「あー……男性陣はどうせデータ処理とか、色々やる事があるだろうからさ。今回は女性陣だけで楽しんで来たらどうだ?着替えが出来る小屋くらいは用意するし。」

 

「……は?小屋を用意するってお前、一体どうやって━━━━」

 

「伝手を頼るから大丈夫大丈夫。じゃあ……今日は流石にもう遅いから、水遊びの予定は明日でいいかな?それについてちょっと根回ししないといけない事があるからこの後出かけないといけないからさ。

 あ、夕飯までには帰るから。心配しないで。」

 

明日の予定が川遊びという事に話が決まったのであれば、やらねばならない事が幾つかある。地元の者である俺がやらなければならない事だし、折角遊びに来たのだから顔くらい出しに行かなければならないだろう。

 

「……あ、お兄ちゃん!?熱中症対策、麦茶だけでいいのー!?」

 

「どうせ向こうで茶菓子とかもらう事になるからヘーキヘーキ!!それじゃ、ちょっと行ってくる!!」

 

━━━━さて、まずは山の地主であるあの人に逢わねばいけないのだが……果たして、今日は道場に居るだろうか……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……行っちゃった。」

 

急に元気になったお兄ちゃんが出て行くのを、誰も止める事が出来なかった。

誰かの為になる事となれば即断即決、最短で、真っ直ぐに、一直線に進み始めるのはお兄ちゃんと響に共通するいい所なのだけれど……

 

「ねぇ未来。やっぱりお兄ちゃんさぁ……自分の誕生日、忘れてない?」

 

「忘れてるというか、色々頑張り過ぎてそこまで気が回ってないって感じだと思うけど……はぁ……誕生日パーティが急にサプライズになっちゃうだなんて……」

 

「……誕生日、か。」

 

「雪音?どうした?」

 

「……んでも無いッスよ。」

 

「━━━━ただいま戻りましたー!!」

 

「あっ、三人共おかえり。どうだった?」

 

誕生日パーティの為の買い出しに出ていたメンバーが戻って来たのは、ちょうどお兄ちゃんと入れ違いだった。

 

「緒川さんと奏さんと合わせて特売の卵五人分ゲット!!コレだけあればフワッフワのオムライスがいっぱい作れるわよ!!」

 

「ありがとうございました、緒川さん。皆の送迎まで引き受けていただいて……」

 

「いえいえ。ボクも共鳴くんの誕生日をお祝いしたい気持ちは同じですから。

 ……ところで、肝心の共鳴くんが今さっき歩いて出て行くのが見えたのですが……」

 

「えぇと……なんと説明したらいいのやら……」

 

「うーん、それじゃ誕生日パーティの準備しながら聞こうか。あ、ヒナ。買い物したのはお手伝いさんに渡せばいい?」

 

「あ、うん。」

 

「いやー、しかし人数多いね揃ってみると!!まだ弦十郎のダンナ達も増えるってのにコレかい?」

 

電動車椅子でやってきた奏さんの言葉に、皆が苦笑する。

既に十人近いというのに、二課の中心メンバーがまだ合流出来ていないのだ。

これだけ多くの人で集まるなんて、学校以外だとそうそう無い。

 

「━━━━それだけお兄ちゃんの誕生日を祝ってくれる人が多いって事ですもん。私は嬉しいですよ、奏さん!!」

 

だからこそだろうか?響のその気負いのない言葉で、ほがらかだったこの場の空気がさらに温かな物になったのだと分かったのは。

 

「立花さん、それはとてもナイスな想いですわ!!」

 

「うむ……立花の心意気、私にも伝わったぞ。」

 

「えっ!?なんで私ってばいきなりマスコット扱いで撫でまわされてるの!?」

 

「響の言葉がそれだけ嬉しかったって事さ。ありがたく受け取っときなよ?」

 

「━━━━はいはい、響を猫かわいがりするのもいいですけど、そろそろちゃんと準備に取り掛かりますよ?

 七夕飾りも作らないといけないんですから、結構時間掛かりますよ?」

 

『はーい!!』

 

元気のいい返事を返してくる皆に苦笑しながら、居間の机の上に飾りの材料を広げる。

━━━━こういう作業も、やってみると中々楽しいものなのだ。特に、その飾りで喜ばせたい誰かの事を想えば。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ちょっと遅くなっちゃったかな……先に食べてていいよって連絡は入れておいたんだけど……」

 

━━━━ちょうど陽も落ちてしまい、空には星が輝いていた。

時刻は19時過ぎ。夕食には少し遅い時間だろう。

 

「なんでか知らないけどやけに歓迎してくれてたよなぁ……」

 

明日の遊びの為の許可を山の持ち主に貰いに行ったのだが……いいお茶が手に入ったとか、いいお茶菓子が貰えたとかで、あれよあれよと長話コースに縺れ込んでしまったのだ。

 

「……ま、許可はもらえたしいっか……でも、なーんか忘れてる気がするんだよなぁ……」

 

━━━━はて、その忘れている事とは一体なんだろうか?

街灯すらまばらな道を歩きながら、しばし考える。

星が綺麗な事が何か引っかかっているような……

 

「うーん……ただいまー……あれ?」

 

━━━━また、違和感。祖父ちゃんしか居ないならともかく、皆も遊びに来ているというのに返事一つ無いというのは、どういう事だ?

……小父さんたちが居る以上、危険な事は無いとは思うが……警戒を強めたまま台所で手を洗う。

 

「……」

 

━━━━電気は消えているが、気配はある。それも複数が固まって。

広間に集まっている事を確認し、そっと音を立てぬように障子を開け━━━━

 

『━━━━ハッピーバースデー!!』

 

るよりも先に、全開で開かれた障子の中から、俺は祝われていた。

 

「━━━━へ?」

 

━━━━ハッピーバースデイ?誰の?

……そこまで思考を回して、ようやく気付く。

 

━━━━あぁ、綺麗に晴れた夜空には、夏の大三角が浮かんでいたじゃないか……

 

「……その反応、やっぱり自分の誕生日の事忘れてたでしょ?」

 

「えーっと、はい……申し訳ありません。ドタバタですっかり忘れておりました……」

 

未来の指摘は図星である。思えば、ヒントどころか答えすら目の前にあったのに何も気づけなかったのだからお笑い種だ。

 

「ふふっ。まぁそうかも知れんと思ってサプライズ風にしてみたのだが……大成功だったようだな?」

 

「大成功も大成功だよ……ゴメンな、遅れちゃって。みんなも、待っててお腹空いただろう?」

 

「そりゃもう!!」

 

気づけなかった事を嘆く想いは一旦置いておいて、まずは目の前に積み上げられたこの御馳走の山を片付ける所から始めるとしよう━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

お手伝いさんが作ってくれた誕生日パーティの御馳走もすっかりと皆の口の中に消えてしまい、まったりし始めた頃。

響が思い出したように

 

「あ、そういえば誕生日ケーキもちゃーんと用意してきたんだよ、お兄ちゃん!!」

 

「ケーキも?スゴイな。高かったんじゃないのか?」

 

「装者としてのお給料がちゃんと振り込まれるようになったので、其処から出そうって話になって……響ってば、それで買おうとしてたのがIAIが輸入してる『超ファットケーキMark-X』だったのよ?」

 

━━━━超ファットケーキとは、カロリーに四苦八苦する女子の間で恐るべき伝説として語られる輸入ケーキである。

アメリカ在住のパティシエ、ジョン・A・アブラギッターが作るそのケーキは見た目こそ普通のホールケーキなのだが……その総カロリー量は何とアスリートの食事すら鼻で笑う二万キロカロリー!!

しかも、味もその度を超えたカロリー量に比例して天井知らずだというのだからなおたちが悪い。

 

「それは……流石に止めたんだよな?」

 

「そりゃあもう!!あんな物食べちゃったらいくらみんなで分けたって夏休みの間中ダイエットに励まないといけなくなっちゃうじゃない!!」

 

「あはは……ゴメンなさい。つい好奇心が抑えきれなくて……」

 

反省する響だが、まぁ私も興味がないと言い切る事は出来ない。けれど、装者として活動する響と違って私は普通の女子高生なのだ。

スイーツの魔力の虜になって下腹がぷにぷにになってしまったら、私は絶望するしか無いだろう。

 

「分かればよろしい。という事で、いろんな人が居るから無難にケーキ詰め合わせセットにしたの。お兄ちゃんはチョコケーキが好みだっけ?」

 

「あぁ。チョコケーキがいいな。響はフルーツタルトだったっけ?」

 

「うん!!翼さんはどうします?」

 

「そうね……オレンジケーキはあるかしら?」

 

「あ、ありますよ。翼さんってオレンジ好きなんですか?」

 

「えぇ……コレも、やっぱり私のイメージからしたら意外だったかしら……?」

 

━━━━率直に言えば、意外である。

けれどまぁ、トマトが苦手だとか、夜九時以降は基本的に物を食べないとか、翼さんの趣味趣向についての特別なところは大分分かってきた気がするし、別段おかしな事でも無い。

 

「いいえ全然。翼さんの好みが段々分かってきた気がして、ちょっと嬉しいですよ?」

 

「それは……流石に少し恥ずかしいわね……小日向さんに隠し立てする事も無いのだけれど、出来る事ならカッコいい先輩としての風を吹かせたいという気持ちはあるもの……」

 

「ふふっ、翼さんはちゃんとカッコいい先輩ですよ。でもそれと同時に、響とお兄ちゃんが手を繋がせてくれた新しい友達である事も確かなんです。だから、私達の前でそこまで気負う必要は無いと思いますよ?」

 

「そう……そうかも知れないわね……」

 

そう言葉を返しながらも、どこか遠くを見つめる翼さん。その姿は部屋に差し込む月明かりと相まって、とても幻想的な美しさをかもしだして居た……




七夕の夜は、未だ終わらず。
今からに悩む少女、今までに魘される少女。

悩める少年少女の夜を見下ろすは、天女の伝承が彩る満点の星空だけ……

通りませ、通りませ━━━━
静かな夜よ、清し夜よ━━━━

二つの異なる子守唄は、重なる事無く鳴り響く。
夜と昼を超えて今、少女達の想いは動き出す……

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