━━━━夏の大三角が、夜空を煌びやかに彩っていた。
盛大に祝ってもらった誕生日パーティも終わり、疲れ果てていた皆は早めに寝入ってしまったようだった。
「……トライバーストの後始末で無茶させちゃったからなぁ……」
女性陣も居るのだからと先に済ませてもらい、後に回った風呂からあがった後。縁側で一人涼みながら考える。
考える先は俺自身の誕生日を忘れてしまっていたという大失態について。何故、そんな事になってしまったのだろうか?
「……自分の事だから、かな……」
━━━━祝ってもらえる事は、勿論嬉しい。
けれど、それが自分に関する事となるとどうにも実感が薄いのだ。
俺の目指す理想、手の届く総てを救う事。けれど、それが夢物語である事は分かり切っている。
━━━━だから、手を届かせる為に一番切り捨てやすい他のナニカとはまず自分の物なのだ。
「━━━━歪、だよな。」
その自覚はある。けれど、俺にとっては『手を伸ばした結果傷つく自分』よりも、『手を伸ばさなかった事を後悔する自分』の方が、よほど怖いのだ。だが……
「……それでみんなに心配かけちゃ一番悪い、か……」
傲慢かも知れないが、俺が傷つく事で傷つく人も居るのだと、最近になってようやく分かってきたのだ。
一歩ずつ、少しずつ、朧気ながらに見えて来た気がする、理想の叶え方。
「……それでもまだ、遠いか……」
「━━━━共鳴くん?」
届かない理想を想い、夜空の星に手を伸ばす俺に声を掛けて来たのは翼ちゃんだった。
「ん、翼ちゃん?どうしたのさこんな夜中に。」
時刻は夜も更けた23時過ぎ。今をときめくアイドルが起きているには少々遅すぎる時間帯だ。
「……少し、考え事をしていたの。ただ、一人布団にくるまったままだと堂々巡りになってしまったから、風に当たろうかと思ったのだけれど……」
「ん……ならそうだな……もしも俺が聴いてもいい事なら、相談に乗るよ?」
「えぇ、お願い……隣、座ってもいいかしら?」
「わかった。じゃあ、はい。」
少し横に場所を開けて、縁側の足載せの上のサンダルを翼ちゃんの分も用意する。
「それで、考え事って?」
「……私自身の身の振り方について、少しね。
━━━━たった数ヶ月前まで、私は共鳴くんと二人でノイズと戦い続けていたわ。だから、私は防人として、一振りの剣として強く決意を握る必要があった。
だから、歌女としての私は舞台の上にだけあればいいと思って、常の私は強くあろうとピンと張っていた……けれど、こうして立花さんや雪音と出逢って……共に立つ仲間が出来た。
それは喜ばしい事だ。けれど、後輩が出来た以上、私はその先に立つ者として、護り抜く年長者として背を見せる事となる……
━━━━ならば私は、その身を剣と鍛えた戦士として、剣としての姿を見せてやらねばなるまいのでは無いか?
……そんな風に、思ったのだ。」
━━━━それは、とてもとても、難しい問題だった。
確かに、今の翼ちゃんは二つの口調を使い分けている。
一つは歌女として、俺や母さん、奏さんの前でよく使っている、いわゆる女の子らしい口調。
そしてもう一つが、剣たらんとする防人として戦場での呼びかけや、響やクリスちゃんと話す時に使っている堅い口調だ。
その使い分けは翼ちゃんの無意識によって行われている物であり、明確な
それはつまり、翼ちゃんが『相手とどのように接したいのか』という区別の境界線そのものだ。
であれば、それを明確に定めるというのは……翼ちゃんの見る未来を決めるも同然ではないか?
「……難しい、問題だな……」
「……えぇ。歌女としての私も嘘ではないし、剣と鍛えた私も当然嘘では無い。
━━━━だからこそ、それにどう折り合いを付けるべきかを悩んでしまう。
共鳴くんや奏に対してはそこまで難しく考えなくても、私の中で区別が出来ているといえるのだけれど……立花さんや小日向さんに対して、どう接すべきなのか……」
「あー……そっか、学園でも逢う事になる響と未来に対しては俺や奏さんとは別種の問題になるか。学園での翼ちゃんかぁ……ちょっと見てみたいかも。」
「ふふっ、そうは言っても私は私。違う所といえば、せいぜいが剣としての態度を出来るだけ抑えめにしているとか……そういった所くらいよ?」
そう言って笑う翼ちゃんの笑顔は柔らかかった。翼ちゃんは一人で抱えてしまうクセがあるから思い悩んではいまいかとも思ったのだが、どうやら今回の一件はそこまで深刻に思い悩んでいる事では無いようだ。
だがそれでも、翼ちゃんが悩んでいるのなら力になりたい。そう想いを巡らせ……ふと気づく。
「……あれ?でも……学園生徒に対しては、もうそこまで気を張って隠し立てしなくていいんじゃない?
翼ちゃんがシンフォギア装者である事はこの前の一件で生徒達に知れ渡ってしまったワケだし……」
━━━━ルナアタック事件の際、エクスドライブという奇跡を得る為に母さんはリディアン音楽院の生徒達の持つフォニックゲインを利用した。
それが故に、学院の生徒達は全員が二課についての機密に接触する事になり、結果的に翼ちゃんと響が装者である事も公然の秘密となっている筈なのだ。
「……言われてみれば、それもそうね……今までは先生達が機密を知っていたから装者としての活動もアイドル活動と誤魔化していたけれど……」
「……ならさ、嘘……ってワケでも無いけど、ホントの事、ホントの翼ちゃんをコレからは出して行ってもいいんじゃないかな?」
「━━━━ホントの、私?」
「あぁ。俺に対してみたく気安く接してくれるのも、防人としてカッコよくキメる時の翼ちゃんも、それはどっちも翼ちゃんのホントの姿だろう?
━━━━だったら、俺はそのどっちの翼ちゃんも応援したい。俺にとっては両方とも、俺の良く知る翼ちゃんだから。」
━━━━それが正しい答えかは、今の俺には分からない。けれど、コレは俺のホントの気持ちだって断言できる事を伝える。
最後にどんな道を歩むかを決めるのは翼ちゃん自身の選択だけれど、どうか後悔の無い選択をして欲しいからこそ。
「……全く、貴方はいつも真っ直ぐね……ありがとう、共鳴くん。歌女としての私も、防人としての私も、そのどちらをも認めてくれて。」
━━━━そうして、俺の答えが降ろした沈黙は、不思議な事に心地よい雰囲気でもあった。
◆◆◆◆◆◆◆
「━━━━ァ……」
「……ん?」
━━━━共鳴くんとの心地よい時間を名残惜しみながらも切り上げ、自室へと戻る途中の事。
ふと、何かが聴こえた気がして立ち止まる。
「ここは……雪音が借りた部屋だったか……」
立花は女性陣で一緒に眠る事を押し通そうとしたのだが、雪音はそれを頑なに拒んだために立花達とは別の部屋を借りたのだ。
「……雪音?大丈夫か?」
「……う、あぁ……ッ!!」
「……入るぞ、雪音。」
投げかけた問いへの返答は、苦悶の声。
故に障子戸を開け、部屋の中へと入り込む。雪音は怒るかも知れないが、今はまだ学院が再開していない為手続き上だけの話だが、後輩になる同僚をこんな状況で放っておけるワケが無い。
「あ、あぁ……!!うぁ……違う、あたしは……こんな事をしたかったワケじゃ……」
━━━━部屋の中で、雪音は悪夢に魘されて一人で泣いていた。
掛け布団が剥げる程に激しく首を振るのは、元々の雪音の寝相故なのか、それとも悪夢故なのか。
それは分からないが、どう考えても放っておける状態では無い……だが、何をしてやればいいのか……
━━━━そんな時に思い出すのは、奏の事。
奏は、私が倒れた時にもずっと傍に居てくれた。ソーマと名乗るあの存在が見せた悪夢から目覚めた時にも、奏が傍に居てくれて頼もしかった。
「パパ、ママ……ッ!!」
「……なら、傍に居て、手を握ってやるのが肝要、か……」
もがきながら伸ばされる雪音の手をそっと握る。それだけの事だが、伝わった温もり故か、雪音の眉に寄った皺が少し和らぐのが分かった。
「……歌で、世界を平和に……」
零れ落ちる雪音の涙をそっと拭ってやりながら、思う。
歌で、世界を平和にか……誰の言葉かは知らないが、それは間違いなく善い言葉だと断言できる。
「バラルの呪詛……人類の相互理解を拒む壁……だが、私達はこうやって手を繋ぐ事が出来るのだから……」
━━━━歌女である私にとって、立花が教えてくれたそれは希望だ。
「……そうだな。雪音には、一夜限りの特別ライブをプレゼントするとしよう。」
このまま雪音が目覚めるまで一緒に居てやりたい所だが、流石に敷き布団も無しに寝てしまえば明日の体調に響く。
それ故、自室に戻る前に一つ、雪音に贈り物を残して行こうと思い立つ。
「━━━━通りませ 通りませ
行かば 何処が 細道なれば」
それは、かつて鳴弥さんから教わった子守歌。
有名な童謡である通りゃんせの派生か、或いは原型か。
それは分からないが、天津の家に伝わっていた歌だという。
「我が中こわきの 通しかな━━━━」
「……うたが……むにゃ……」
「……ふふっ。おやすみ、雪音。」
子守歌を聴いて安らかな寝息を立てはじめた雪音の姿に、ほっと一安心する。
コレなら、今夜くらいは雪音が悪夢に魘される事も無いだろう……
◆◆◆◆◆◆◆
『━━━━次の目標の座標を送ります!!』
「了解!!緒川さん!!」
「アレですね……行きますッ!!」
━━━━蝉の声が鳴り響く山の中を、俺と緒川さんは疾走していた。
山を走る、というのは意外かも知れないがそれだけで体力を消耗する。平坦など一切無い足場、乱高下する傾斜路、そして、見事に育った木の根のような障害物。
それを利用したコンビネーションの鍛錬こそが今の目標である。
「ふっ……!!」
俺が展開したアメノツムギを足場に緒川さんが樹を駆け上り、クナイを以て枝を掃う。
「おじさん!!南西の斜面側に倒します!!」
『了解した!!位置に着くまであと五秒!!』
「枝掃い、完了しました!!」
「三、二、一……行きますッ!!」
司令が走り込める距離まで近づいて来た事を気配で察知し、アメノツムギを思い切り引き絞る。
鉄をも寸断する超古代文明が産んだ糸がすっぱりとその樹━━━━杉を切断し、斜めになった切り口からズレ落ち、狙い通りに南西側へと倒れて行く。
「ふんッ!!はァァァァ!!」
━━━━だが、その樹が斜面に倒れ伏して折れる事は無い。なぜならば、走り込んできた司令が発勁にてその衝撃を受け流し、持ち上げているからだ。
「いよしッ!!コレでニ十本目!!ひとまずは目標に達したと見ていいだろう!!」
「はい。間伐予定の樹の方も、これ以上は素人目では判断出来ない部分になりましたからね。」
『あおいさんがつめたい飲み物を準備して待っててくれてます。三人なら問題は無いとは思いますけど、お気をつけて!!』
藤尭さんからの通信にほっと一息をつく。
たった一時間程でこなしたとはいえ、真夏の山は蒸し暑く、体力を消耗する。口元の汗を袖で拭い、荒くなった息を整える。
「……よし、緒川、共鳴くん。ここはいっちょ、誰が一番速く戻れるか競争と行くか!!」
「へぇ……?おじさん、その丸太はハンデとみなしていいんですね?」
「あぁ、勿論だとも。」
疲れはある。だが、おじさんの挑戦を受けて立てぬ程の物では無いし、もとよりその挑戦を受けないという選択肢は俺には無い。
おじさんに勝てる可能性がまだ低い事など分かっている。だがそれでも、挑む事を諦めるワケにはいかないのだから。
「……怪我だけはしないようにお願いしますね……?」
━━━━緒川さんの真っ当な言葉をスタートの号砲代わりに、俺とおじさんは同時に走り出したのだった。
◆◆◆◆◆◆◆
「……非常識にも程がねぇかアイツ等。ってかあんな好き勝手に切り倒していいのかよ!?」
━━━━思わず、ツッコミが口に出てしまうのも仕方ない事だろう。
『小屋を作るまで一時間程時間をくれ』なんて言って山に入って行ったアイツ等が樹を切り倒しては丸太を担いで戻ってくるのを見れば、それが非常識である事くらい一目で分かる。
「実はそう好き勝手ってワケでも無いのよねぇ……山の持ち主である地主さんには話を通してあるし、切り倒してる樹も間伐予定の物だけだから。」
「かんばつ……?こう、お父さんが好きなおつまみの?」
「それは乾物。確か、密集し過ぎた樹々の本数を減らして日光を取り入れやすくするための物ですよね?」
バカがいつもの大ボケをかました所で補足説明が入る。
「へぇ……そういや昨日歩き回った時も思ったけど、ここ等の樹は真っ直ぐ生えてるのが多いんだな……ってか、もしかして一種類しか無いのか?」
ふと、気づいた事に言及する。あたしが知っている森といえばそれはバルベルデの熱帯雨林。昆虫や危険な動植物が蠢く危険地帯だったものだが……
「あぁ、ここ等辺の山は人工林でね。元々は前大戦終結後、様々な輸入制限が掛かっていた時代に国内消費を賄う林業推進の為に拡大造林された山なんだが……」
「……木材として適正となる四十年を待たずして世は高度経済成長期に突入。それによって急成長を遂げた我が国は輸入制限などをどんどん撤廃していったの。
その流れの中で、外国で長年培われて来た木材の輸入制限も取り払われてしまって……」
「━━━━結果、国産木材は輸入木材の安さに負けて不良債権化。売れない山はそのまま放置されて、今に到っている。」
「こうして人の手の入らなくなった人工林は歪な成長を互いに押し付け合い、下生えすら生える事無く互いに栄養と日光を奪い合うもやし状の森を形作ってしまうの。
『緑の砂漠』とも呼ばれて、杉以外には生き物すらそうそう棲む事が出来ない危険な森。それを止める為に間伐が必要なのだけれど……」
「見ての通り、ここ等の山は超人でも無ければ走り回れない状態だからね。高齢化した土地所有者が人工林の整備を放置する事もままあってしまうのさ。」
━━━━そうして語られた事情は、あまりにも重い物だった。
「……時代に取り残された森なんだな、此処は。」
「えぇ……こういった森は土壌としても弱弱しくて、土砂災害の恐れも高い事から国でも様々な対策を練っているのだけれど……」
そう言って辺りを見渡す鳴弥さんに釣られてみてみれば、周囲を取り囲むのはそのスギとやらと思しき真っ直ぐな樹々が茂る山々。
━━━━そして、恐れ通りに崩れ落ちたのか、山肌が露出した区画。
「……見ての通り、対策が追い付いていないのが現状ね。だから、間伐材毎まるっと買い上げるという共鳴のアイデアがすんなりと受け入れてもらえたのよ。」
「……知らなかったです。自然って、もっといっぱい綺麗な物で……ずっと変わらない物だと思ってました。」
━━━━そうだろうな。と思う。あたしだって、バルベルデでさんざ毒虫と一緒におねんねしてきたからこの山の違和感に気づけたのだ。
なら、そんな経験も無いだろうコイツ等にそれを求めるのは酷な話だ。知らない事は、想像すら出来やしないのだ。
「そうね……変わらないように見えて、世界はドンドン変わって行くわ。悪い方にも……そして、勿論いい方にもね?」
「……え?」
「実は最近、こういった木材の輸出需要が上向いて、今までは切っても赤字になるだけだった国産木材が高騰し始めているの。日本の木材は湿度が高い気候に適合して湿気に強くて曲がりにくいから、アジア各国での長期的な利用の際にこういった長く湿気と共にあった樹が人気らしいわ。」
「へぇ……なんちゃらも使いようって奴か?」
「ふふっ、そうかも知れないわね。」
━━━━轟音と共に野郎共が駆けつけて来たのは、そんな時だった。
「━━━━クソッ!!タッチの差で追い付けなかったッ!!」
「ハッハッハ!!中々に肝が冷えたぞ共鳴くん!!だが、初めて飛ぶ森の中という事で安定性を重視し過ぎたな!!」
何故か丸太を抱えながら高速で走り込んできたおっさんと、そんなおっさんの後を飛んできたバカの二人組と、その後を比較的程度の非常識に留まった速度で走ってきたスーツの男が一人。
「……いや、それにしたってやっぱ非常識極まってんだろこいつ等は……」
思わず呟いた言葉に返ってきたのは、皆の苦笑なのだった。
◆◆◆◆◆◆◆
「……うずうず……うずうず……えーい、それーッ!!」
「ハァッ!?なにやらかしてんだこのバカッ!!」
「あっ!?やるとは思ったけどホントにやったねビッキー!!ならお返しに……こうだッ!!」
「もう……濡れないようにしてたのに……こうなったら全力だからね?響!!」
━━━━声は遠くに。ゆったりとした時間が流れているのを感じていた。
あの後、即席の丸太小屋……というか、スウェーデントーチ型の丸太テントを設営した事でようやく水遊びが解禁され、女性陣が遊び始めたのだが……
「……やっぱり響がやらかしたか……」
「用意しておいて良かったですね、丸太テント。」
「やれやれ……となれば、口うるさく嘴を挟むのも大人げないだろうし、男連中は男連中でどこかに遊びに行くか?」
「あっ、申し訳無いんですがボクは一度本部に戻ります。トライバーストの際の余波がどれほど影響を与えたのかを調べる必要がありますので。」
「……すいません。俺達のやらかしに付き合わせてしまって。」
━━━━藤尭さんの仕事は、俺達の後始末だ。
本来なら実験も中断されて全員が休みの筈なのに……
「ははっ!!それは違うさ。キミ達と違って、ボクの専門は裏方の情報処理なんだから。キミ達と違う時間を選ぶのはボク自身の役目の為だ。
キミ達のせいだなんて思ってはいないし、むしろキミ達が休む時間が出来た事を嬉しく想ってるくらいだよ。」
そう言って笑う藤尭さんの笑顔に嘘はなかった。
「ありがとう、ございます……」
「ふむ……なら、共鳴くんは此処等で休むといい。前から思ってはいたが、キミは二課に所属するだけでなく、学生生活にボランティア団体の運営と翼並みに多足のわらじを履いているんだ。
偶には、予定が全てキャンセルになったからとゆっくりしたってバチは当たらんさ!!」
「ゆっくりする、ですか……」
「うむ。鍛錬も確かに大事だが……ゆったりとした時間を過ごす事もまた、男の鍛錬の秘訣だぞ!!」
そう言って笑うおじさんの呵々大笑に、俺はどうにも困ってしまう。
━━━━ゆっくりする、とは言っても、一体どうすればいいのだろうか。
引き上げるおじさん達を見送りながらも、その問いの答えがどうにも見えない昼下がりなのであった。
◆◆◆◆◆◆◆
━━━━まったく、酷い目にあった。
髪を整えながら、あたしは丸太テントのカーテンを開けて外へ出る。
一応着替えは用意していたとはいえ、袖を通す気など無かったのにあのバカに水をかけられてしまったのだ。
なので、付き合う義理も果たしたと先に屋敷に戻ってしまおうと思っていたのだが……
「ん……?何やってんだよ、こんなとこで。」
━━━━そこで、手持ち無沙汰が極まって森を見ているだけの男を見つけてしまったのだ。
「あー……いや、うん。おじさんから『ゆっくり休め』って言われたんだけど……皆に何かあったら助けに入らなきゃいけないだろうから屋敷に戻るのもアレだしって、見えない位置で休んでたんだけど……」
「……そりゃ、休んでるっては言わねーだろ。」
なんというか、義務感の強い男だな。と思う。
あたしを気に掛けていたのだって自分が背負いこむ必要なんて無い父親の感傷に付き合っての事だったワケだし……
「そうかなぁ……」
「……ま、いいけどさ。お前さんがどんな風に休んでようとな。」
━━━━そういう風に投槍に答えて、そのまま屋敷に戻ってしまえばそれでよかった筈なのに。
何故、あたしはそんな奴の隣に座り込んでしまったのだろうか?
「……どうしたの?」
「……別に。ただ、バカの相手で疲れたから少し休みたくなっただけだ。」
少し距離を開けて座る二人の間の距離は、大体30㎝程度。
「そっか。」
何も聴いてこないのは、コイツがあのバカや剣女と明確に違う所だ。あたしの事情に詳しいからか、或いは……元々そういう
「……なぁ。一つ聴いていいか?
━━━━罪の償い方って、どうすればいいんだろうな……」
━━━━だからだろうか?ガラにもなく、こんな事を誰かに聴いてしまったのは。
もしかしたら、バカ共の相手に疲れていたからかも知れない。
もしかしたら、昨夜に聴こえた不思議な歌のせいかも知れない。
「……それは、難しい問題だね……罪の償い方、か……」
━━━━けれど、ソイツはそんな突拍子もない質問を笑ったりはしなかった。
「……うん。そうだね。まず罪についての話からしようか。」
「罪について……?」
「うん、罪と一言で括っても、其処には様々な意味が内包されてしまうんだ。だから……それを全て一括りに償おうとしたって、それは人の分を超えた、英雄のような行いになってしまうと思う。
だからまずは、償うべき罪を『
ギルティは文字通り、法律によって罰せられる物事を指す。そしてシンは、宗教とか道徳とか……そういう部分における『赦されない行い』についてを指すって感じ、かな?」
━━━━その言葉に、思わず肩が跳ねてしまうのが、自分でも分かる。
赦されない行い。それは、まさしくあたしが悩んでいる事そのものだったから。
「それで……ギルティの方の償い方。コレはある意味では簡単だ。クリスちゃんは『目には目を、歯には歯を』って知ってる?」
「……聖書に書いてあった……気がする。」
━━━━あぁ、確かに簡単だ。命を奪った誰かは、その命を奪われればいい。
昔、パパが寝しなに読んでくれた聖書の想い出が、あたしの頸に縄を掛ける……
「うん。モーセがシナイの山で授かった十戒に記された法の一つだね。
━━━━けれど、コレは本当は違う側面を持つ言葉なんだよ。」
「……え?」
それよりも前に、その認識が否定される。
「この言葉の基になったのは、古代メソポタミア時代の『ハンムラビ法典』でね?
そこでは『罪には法が定める罰のみを与える』という風な意味の言葉だったんだ。
だから、ギルティの償い方というのは至極単純で、『法によって定められた罰則を受け入れる』事。
コレが一番大事で、一番難しい事だと思う。」
━━━━その言葉は、あたしに向けられた物だと理解出来た。
あたしは、ソロモンの杖を起動させてノイズを召喚し……人を、殺した。フィーネに唆されたとか、色々言い訳は思いつくが結果的には多くの人々をあたしのせいで苦しめてしまったのだ。
けれど、あたしは罰されなかった。責任能力の欠如がどうとか、おっさんは色々と理屈をこねくり回したが、あたしに下された罰といえば、それはせいぜいが三週間の軟禁程度だったのだ。
━━━━それが、あたしには受け入れがたかったのだ。
「罰を……受け入れる事、か。」
「うん……罰則といっても色々あるけれど、それは『大半の人が理不尽を受けないように』と様々な予防線が張り巡らされている物なんだ。
だから、罪への罰を軽く感じてしまうとしても、それは誰かを理不尽に責め続けない為の措置だと……俺は思ってる。」
━━━━理不尽を受け続けない為。
その視点は、あたしには全くなかった物だ。罪を犯したからには、罰を受け続けるのが当然だと思っていたのだから。だが……
「……じゃあ、シンの方はどうなんだよ。」
━━━━もう一つの罪は、どう償えばいい?
あたしの立場を責める罪を償う方法は分かったし、納得出来た。けれど、それでは心が救われない。
「……わからない。シンは……赦されない行いが、どうすれば赦されるのか。俺にもその答えは分かってないんだ。
けれど、一つだけ言える事があるとすれば……俺は、赦されない行いを犯したとしても、その人が一生赦されずに償い続ける事だけじゃないと思っている。
勿論、反省の意思は大事な物だし、その心は尊い物だと思う。
━━━━けれど、一生を償うためだけに費やして、それでその人の幸せを手放すのは……絶対に間違ってると思う。」
「……赦されない行いをしたのに、赦されてもいいってのか?」
「被害者は赦さないかも知れない。犠牲者は赦さないかも知れない。けど俺は……それでも、赦されないままでも、その人にも幸せになって欲しい。」
━━━━それは、矛盾だ。
赦されないのなら、幸せになんてなれる筈が無い。だというのに……目の前のバカは本気でその想いを握っているのだと、すぐに分かった。
「なんだそれ……でもまぁ……今のとこはその答えで満足してやらぁ。
……あたしはこのまま休んでおくから、屋敷に戻って横になったっていいんじゃねぇの?」
━━━━答えが決まったとは、断じて言えない。けれど……一歩、前に進めた気がした。
その対価、というワケでも無いが、代わりにあのバカ共を見守っておいてやろうと提案する。
「そう……だね。でも、何かあったらすぐに起きるから、此処で寝ようか……な……」
━━━━寝入りの速さもまるで飛んで来る時のようだな。等と驚きながら、その横顔を見つめる。
「……歌で、世界を平和に……か……」
━━━━パパとママが夢見て、描いた理想。
あたしに遺してくれた物。今まではずっと夢物語だと諦めていたけれど……
「……お礼代わりに……少しだけ聴かせてやるよ。あたしの幸せ。」
「━━━━
それは、かつてママから教わった子守歌。
救世主たる預言の子の生誕を喜ぶ讃美歌。
ピアノの優しい音色と共に、あたしに教えてくれた歌。
「
━━━━歌の途中、完全に寝入った頭がこちらに倒れて来たのも、今日だけは許してやろうと、そう思えたのだった。
━━━━歌が、世界を変えていた。
コレは、その証の一つ。
六年前の炎の記憶。
偽りの歌姫を背負う運命にある優しき少女はそれを思い出す。
胸に提げたペンダント、その真っ二つと裂けた形と、
最愛の妹を連れて行った、謎の人形たちの姿を。
━━━━英雄が世界を変えると、彼は嘯く。
個人の行動が世界をも変え得ると信じて、彼は密約に乗る。
その果てに、自らも英雄になれると信じ切って。