戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第四十一話 焔景のノスタルジィ

「新校舎だー!!」

 

「もう……響ってばまたはしゃいじゃって……」

 

「だってさ、だってさ!!見てよ未来、この質感!!なんていうかこう……歴史ある建物!!って感じで、前の校舎とは別の意味で凄くない!?」

 

━━━━リディアン音楽院が新校舎に移転した最初の日。

一部の生徒こそ『シンフォギア装者と関わる事』の危険性から他校への転校を始めたものの、元々からして私達のように他校で居場所が無くなった事で転校してきた生徒も多かった事から、

校舎全損、そしてノイズの襲撃というショッキングな事件が起きたにしては異様に高い八割程の生徒数での再建と相成ったのだ、と……弦十郎さんからはそう聞いている。

 

そして、響が言う通りこの新校舎は歴史ある建物でもある。なんでも、前大戦以前に建てられたミッションスクールであり、そちらの学校が戦後に女子大学として再編された事で廃校となっていたのを二課が買い上げたらしい。

 

「そうだね……前の校舎はモダンアートって感じだったけど、こっちは……大正ロマンって感じ?」

 

「こういうのもいいよね~。あ、見て未来!!あっちなんか音楽堂みたいな建物まであるよ!!」

 

「ホントだ……やっぱりリディアンって豪勢な学校だよね……」

 

「……そういえば、この後って全校集会だっけ?多分、あの音楽堂でだよね?」

 

「うん、なんでも院長先生が新任するらしくって、それに伴っての事らしいよ?」

 

「新しい院長先生か~……あれ?でもさ。前の院長先生って入学式の時も祝辞電報を寄越して来ただけじゃなかった?」

 

「そういえばそうだったね……なんでなんだろう?」

 

━━━━そんな、私達のふとした疑問に答えてくれたのは、爽やかな立ち風だった。

 

「━━━━それはな、前院長の存在そのものが、今までは二課が用意した実在しない人物だったからだ。」

 

「あ、翼さん!!おはようございます!!」

 

「あぁ、おはよう立花、小日向。」

 

「おはようございます、翼さん。それで……実在しない人物だったって、どういう事なんですか?」

 

振り向けば凛と立つのは、剣のように洗練された所作の女の子。翼さんがそこに居た。

━━━━この間の七夕の日、お兄ちゃんの誕生日の後からか、なんだか翼さんの雰囲気が変わったみたい?落ち着いたというか……でも逆に締めるところはキリッと締めるというか……

 

「うむ……そもそも、このリディアン音楽院はシンフォギア装者研究の為、十年前に設立された……それは知っているな?」

 

「はい。鳴弥おばさんから教えてもらいました。」

 

「……だが、当時の二課は私の祖父の影響を強く受けていてな……護国の為ならば、人の道に(もと)る行為であろうと為し遂げるべきだ。そうして様々な実験を推し進めたのだ……

 だが、もしもそれが外部に知られた場合、責任者という立場に二課の誰かが就いてしまっていては芋づる式に二課まで手を伸ばされかねない……

 さりとて、何も知らぬ人間に責任だけ押し付ける事もまた二課への疑念を膨らませかねない……そんな手打ちしようのない状況故に、

 『架空の人物を作り上げ、二課のメンバーがそれを演じる』という方法でこれまでリディアン音楽院に関する事情の隠蔽を行っていたのだ。

 だが……もう、私達にそんな後ろめたい隠し事は必要ない。と司令がおっしゃってくれてな。新たな伝手から、リディアンの院長を快く引き受けてくれる人物が見つかったらしい。

 流石にその人物の詳細までは教えてもらえなかったが……要するに、今回の新任式は今までのリディアンとの訣別の為の禊のような物だ、と……そう思ってくれればいい。」

 

「……そう、だったんですか。」

 

「……すまないな。我々の身勝手な事情に巻き込んでしまって。」

 

「いいえ。リディアンを選んだのは、ノイズ被災者の私達自身の選択ですから。教えてくれてありがとうございます、翼さん。知らせてもらえないよりも、辛くても、知っていた方が嬉しい事って、ありますから。」

 

「……ありがとう、小日向さん。」

 

「響もそう思うよね……?響?」

 

「うーん……」

 

翼さんの教えてくれた重い事情。だが、それも最早過去になるのだから気にしなくてもいいと私は思う。

だから、響にも同意してもらおうと顔を向けてみれば、珍しくも困り顔でうんうん唸っている。

「ど、どうした立花!!今の話が何か気に障ってしまったのか!?」

 

けれど、響がこういう顔をしてる時って、大抵ろくでもない事のような……

 

「うーん……あ、翼さん。いやですね?新しい院長先生の詳細は翼さんも聞かされてないって事ですけど一体だーれなんだろうなーって……」

 

「やっぱり……今ってそこ重要な話?まぁ気になりはするけど……」

 

「う、うむ……恐らくは天津家の分家筋のどなたかではあるだろうな。二課とは直接関わらず、さりとて二課の内実にも理解ある方ともなれば、紛れもなく一廉(ひとかど)の人物だろうが……」

 

「うーん……気になる……」

 

「どの道この後分かるんだからそこまで気にしなくても……」

 

━━━━それに、私達も知っている人がなるだなんてそんな偶然は無いだろうし。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「では、リディアン音楽院の再会を祝して、新任院長より祝辞が御座います。先生、どうぞ。」

 

「……うむ。こほん。

 ━━━━儂がリディアン音楽院新任院長、天津道行であるッ!!」

 

━━━━そうして先生に促されて檀上に上がった人は、服装こそいつもの和服姿とは変わっていたけれど、私達もよく見知った人でした。

 

「……ええええええええええええええ!?」

 

『━━━━ええええええええええええええ!?』

 

「立花さん!!……だけじゃないですね。こほん、皆さん静かに!!」

 

私だけでは無くて、お兄ちゃんのNPO法人に助けてもらってリディアンに転校してきた生徒達が皆、気づけば叫びを挙げていた。

 

「ハッハッハ!!まぁまぁ先生。驚くのも無理は無い事でしょうから。

 ━━━━さて、恐らくは皆さんもご存知の通り、私はノイズ被災者救済活動を行うNPO法人の長を務めており、当学院とも良い関係を築かせてもらっておりました。

 その縁からこの度、前院長である有間悠穂(ありまちかほ)氏が先だっての事件の際に自らの限界を感じて隠居なされる際に理事長の後任を打診され、受けさせていただく運びとなりました。

 とはいえ、リディアン音楽院の運営方針はこれまで通りの物……即ち、多くの人に門戸を開き、皆に歌のすばらしさを伝える為の音楽教育の場であるとすることに変わりありません。

 それ故に生徒諸君も新たな校舎という音楽環境を存分に楽しみ、学院での青春を全力で謳歌していただきたい!!以上。」

 

━━━━道行さんらしい、短くバシッと決まった挨拶で終わった全校集会が始まりを告げたリディアン新校舎での学院生活。

なんだか、今まで通りドタバタになっちゃいそうだな……なんてふと思って、楽しくなってきた私は笑ってしまうのでした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━施設内の空気はひんやりと空調が効いていた。

アメリカ西部の荒野に居を構えるこの基地では渇いた空気を避ける為、そしてなによりも機密漏洩を防ぐ為、施設内の窓の数は少ない。

 

「……マム、入るわね?」

 

ノックは要らない。呼び出したのはマムであるし、何よりも私達の行動は基本的に監視されている。基地内を行動する権利こそあれど、基地の外を出歩く事など殆ど無い。

━━━━まるで白い孤児院みたいだ。なんて言い出したのは切歌だったか、それとも『あの子』だったか……

 

「━━━━待っていましたよ、マリア。」

 

━━━━部屋の中に居たのは、車椅子に乗った女性。私達のマム。

ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ、その人だ。

 

「……ごめんなさい、切歌達が中々放してくれなくって。」

 

「……いいえ、事は重大ですが、一朝一夕で成し遂げられる物ではありません。全てを変えるにはまだ早いでしょう……」

 

「……マム、重大って、一体なんの話なの?」

 

私一人が呼び出された理由もそれなのだろうと当たりは付く。だが、肝心のその内容が見えてこない。

 

「━━━━コレをご覧なさい、マリア。」

 

━━━━そう言ってマムが差しだして来たのは、古めかしい一枚の便箋だった。

 

「……手紙?」

 

「私宛に、この部屋の机の上に文字通り直接届けられた物です。」

 

「━━━━ッ!?」

 

その言葉の意味は簡単に理解出来た。先ほど述べた通り、この施設の警備は厳重にして堅牢。それは此処が米国の隠し通さんとする暗黒面そのものであるが故だ。

━━━━だからこそ、直接マムの机の上に手紙を置くなどという事は本来成し遂げられる筈が無いのだ。

 

「差出人の署名は無し。けれど、この封蠟(ふうろう)に刻まれたマークは紛れもなく『結社』の証……」

 

「パヴァリアの……なぜ、結社が私達にコンタクトを?」

 

パヴァリア光明結社。それは、米国を始めとした世界各国の裏側で暗躍する組織の名だ。

異端技術と目される謎の力を行使するが為、米国すらその全容を掴めていない暗黒のフィクサー……

それだけに、何故『私達なのか』。それがどうしても気になってしまう。

 

「その答えは、この手紙の内容にあります。お読みなさい、マリア。

 ━━━━世界は、今滅亡の瀬戸際にあるのです。」

 

━━━━マムのその血を吐くような宣言は、正しく世界の歪みを表していた。

ルナアタックによる月軌道の変化。フィーネが引きずった月の欠片に引きずられて地球との重力バランスを危うくしているという極大災害予測。

……そして、それを米国政府が隠蔽しているという事実。恐らくは……という仮定の上で書かれてはいたが、地球外へのごく一部の人類のみでの脱出を画策しているというのも事実であろう。

米国政府とはそういった後ろ暗い方針を許容する側面を持つ。私達の存在自体が、その証明なのだから。

 

「……付け加えるならば、米国は既にこの事態へと対応せんと動き始めています。私達FISにも計画参加への打診が入っているその計画は、フィーネによる人類保護プロジェクトの流用……

 即ち、『フロンティア』による地球脱出。」

 

━━━━聴いた事がある。私達FISがフロンティアと呼称するモノ。それは日本の神話に刻まれたカストディアンの星間航行船、日本の南海に封印された巨大遺跡であると。

 

「……上層部は『あの子』を……美舟をそんな事に利用しようというの……!?」

 

━━━━そして同時に、私にとっては妹のような存在である『天坂美舟(あまさかみふね)』の祖先が用いた船として、その名を覚えていた。

 

「……そうです。日本の鳥船神社より略取されたレセプターチルドレン。フィーネがFISに遺したフロンティアへの(きざはし)たるあの子を、米国上層部は利用しようとしています。

 神獣鏡(シェンショウジェン)天の落とし子(ネフィリム)、そして新天地たる鳥之石楠船神(フロンティア)……フィーネの遺した計画は、全て我々FISの手の中にあるのですから。」

 

「……それで、マムはどうするつもりなの?」

 

恐ろしい事実を前に震える身体を誤魔化して、マムへと問いを投げかける。

マムが何も考えずに私に話を切り出すはずが無い。恐らくは何かしらの策があっての事だろう。

 

「……異端技術が招いた月の落下という極大災害。コレを前にして一部の貴族のような特権階級だけが逃れ、それ以外の人類に皆死ねという……

 そんな逃げの一手は、人類発展に帰依する事を信条とする一科学者として到底見過ごせる物ではありません。

 異端技術が招いた災厄であるのなら、それは同じ異端技術によって掃われるべきなのです……!!」

 

━━━━マムの理想は、気高くて、そして美しかった。

あぁ、これならば、私はマムを信じて付いて行ける。だって、この世界を護るという事は即ち━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━その記憶でまず思い出すのは、画面を真っ赤に染めたエラーアラート。

そして、実験施設の中で与えられた聖遺物を喰らい、制御を離れて暴れ回るアルビノ・ネフィリムの姿。

 

「━━━━ネフィリムの出力は依然不安定……やはり、歌を介さずの強制起動では完全聖遺物は制御できる物では無かったのですね……」

 

━━━━コレは、六年前の話。今は『天の落とし子』事件と私達が呼ぶとある実験の結末だ。

 

「……私、歌うよ。」

 

「ッ!?でも、あの歌は!!」

 

私の妹、セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。彼女は私とは異なり、Linkerを介さぬシンフォギアの起動が可能な第一種適合者だった。

そして、その絶唱特性は、エネルギーベクトルの操作。

臨界に達するエネルギーを暴走させるアルビノ・ネフィリムに対して私達が最後に切らねばならなくなった『最後の切り札(ラストジョーカー)』だった。

 

「ふふっ。大丈夫だよ、マリア姉さん。わたしの絶唱なら、ネフィリムを起動前の状態にリセットする事が出来るかも知れないもの。」

 

「そんな賭けみたいな!!もしもそれでもネフィリムが抑えきれなかったら……ッ!!」

 

「そうなったら……その時はマリア姉さんがいつもみたいになんとかしてくれる。FISの人達だって居る。

 私、独りぼっちじゃないもの。だから、何とかなる。」

 

「セレナ……」

 

「……ギアを纏う力は私が望んで手に入れたモノじゃないけど、この力で私は、皆を━━━━マムやマリア姉さんを護りたい。

 コレは、誰にも渡せない私だけの想いなんだから。」

 

━━━━そんな決意と共に走り出すセレナを止めようとした私を、マムが止める。

セレナが纏うあの白銀のギアの名前を、私は未だ知らない。マムも、教えてはくれなかった。

 

「━━━━Gatrandis babel ziggurat edenal……」

 

           ━━━━絶唱・ヒトの夢、小夜曲は星の瞬き━━━━

 

「ネフィリムの反応、臨界に到達します!!」

 

「セレナ……セレナァァァァ!!」

 

手を広げ、アルビノ・ネフィリムを抱きしめるように、セレナの歌は優しく落とし子を包み込んだ。

 

━━━━そして、爆発。

 

セレナの絶唱は完璧に近かった。ただ、ネフィリムの力が私達の予想を遥かに上回っていただけ。

それでも、臨界に達し、摂氏一兆℃を超えると予測された地上の太陽は、たかだか地下施設一つを爆散させる程度に抑え込まれたのだ。

 

「━━━━セレナッ!!セレナァ!!誰か、私の妹が!!誰か!!」

 

━━━━場面は、少し先へ進む。

ガラスが爆散した事で無理矢理侵入可能となった実験場へ侵入した私は、セレナを助けてもらおうと声を挙げた。だが……

 

『貴重な実験サンプルが自爆したか……』

 

『実験はただじゃないんだぞ!!この無能共め!!』

 

『そもそもこんな危険な実験を繰り返せばいずれここが明るみに出てしまうではないか!!来期の予算削減は覚悟しておくことだな!!』

 

━━━━返ってきたのは、不協和の罵倒だけ。誰も私を人と扱わなかった。誰も、セレナを人と救おうとする者は居なかった。

 

「━━━━どうしてそんな風に言うの!!あなた達を護る為に血を流したのは、私の妹なのよ!?」

 

あぁ、私の声は届かない。だって、彼等は私達レセプターチルドレンの事を貴重な実験サンプル程度にしか思っていないのだから。

焔が照らす爆心の場で、セレナは血を流して立っていた。絶唱のバックファイア。正規適合者と言えど逃れる事は出来ないその衝撃が、セレナを内部から破壊し始めていた。

 

━━━━本当ならば、そのまま彼女は死ぬ筈だっただろう。十中八九、幾千幾万の『もしも』を重ねようと、この状況かで尚セレナを助けようと動くモノなど居なかった筈だ。

 

「……よかった、マリア姉さんが無事で……こふっ!?」

 

焔に照らされたセレナが血を吐くその姿は、今もなお、こんなにも私の記憶に刻まれている。

 

「━━━━マリア!!危ない!!」

 

━━━━私を心配するマムの声と、上から崩壊した天井が降ってきたのは、一体どちらが先だったか。

 

だが、その瓦礫がマムと私を圧し潰す事は無かった。

一瞬前までは燃えていた施設の総てが凍てつき、突き上がった氷の柱が私とマムに落ちてくる筈の瓦礫を受け止めていたのだ。

 

「━━━━やぁれやれ。全く世話の焼けるお嬢さんですねェ?ねェマスター?」

 

「……ご苦労だった、ガリィ。そのまま此処を維持していろ。」

 

━━━━その声の主は、出入り口も無い筈の施設の奥の闇から現れた。

真っ黒な服に、黒いとんがり帽子を被ったその女性は、まるで御伽噺に出てくる魔女のようだった。

 

『ッ!?ディーンハイム!!【魔女】が何故ここに居る!!今回の実験は極秘の筈だぞ!!』

 

「ハッ。それは此方の台詞だ。シンフォギア装者が【廃棄】される可能性が発生した場合は真っ先に連絡しろと……そういう契約だった筈だが?」

 

『それは……想定外の事象によって……』

 

「……まぁいい。押し問答をする暇も惜しい。このシンフォギア装者は契約に従い、このオレが貰っていく。ガリィ、『アレ』を渡してやれ。」

 

「了解しましたァ。はい、お嬢ちゃんにコレと……シッ!!コレもプレゼントで~す。」

 

━━━━蒼い、蒼い人形だった。球体関節の身体に、およそ人とは思えぬ肌色。だが、そこに宿る意思はどう見ても本物であり、成し遂げた事はそれ以上に奇々怪々だった。

氷を操るのだろうか。私とマムを瓦礫から護ったと思しきその人形は、手早くセレナから解除されたギアと封印されたネフィリムを取り上げ、私へと渡して来たのだ。

 

━━━━ただし、白銀のギアペンダントは袈裟懸けにバッサリと切り裂いて、だが。

 

「……ディーンハイム……噂には聞いていましたが、実在したのですね……契約の魔女……」

 

「あぁ。悪いがこの女は契約に従ってもらい受ける。」

 

「━━━━待ってッ!!セレナをどこへ連れて行くのッ!?」

 

正直に言えば、いきなり現れて異端技術を使いこなすその姿に恐れが無かったとは言えない。だが、それでも尚セレナを連れ去ろうとすることを看過できる筈が無かったのだ。

 

「……ひとまずは、治療の出来る場所へだ。」

 

「そうですよォお嬢さん。魔女が可愛い女の子を攫うなんて言ったら、その結末は一つに決まってるじゃあないですかァ。」

 

━━━━そう言ってニンマリと笑う蒼い人形の下卑た笑みに、何故か私は不信でも恐怖でも無く、昔マムに買ってもらった本に出て来たチェシャ猫を思い出していた。

気まぐれで嘘つきな、それでもアドバイスをちゃんとしてくれるフワフワした猫。

 

「黙れ、ガリィ。その腐った性根も今はお預けだ。

 ……そうだな。お前には教えておいてやろう。お前たちはいずれ『鍵』となる存在だ。だからこそ、オレはお前達に恩を売っている。そう思えばいい。」

 

「私達が……鍵……?」

 

「あぁそうだ。いずれ、また逢おう。その時にはこの『眠り姫』も返してやろう……」

 

━━━━そう言って、魔女はセレナを連れて去って行った。

ニンマリと笑いながら私に手を振る蒼い人形と共に━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……マリア?どうしたのですか?」

 

胸に提げた袈裟懸けに割断されたペンダントを握りしめて記憶に没頭し始めた私を案ずるマムの声。それに、私は意識を呼び戻される。

 

「ハッ!?……いえ、セレナの事を、思い出していたの。きっと、あの魔女が言っていた『鍵』というのは……この事なのね。」

 

「……えぇ。恐らくは。どうやってフィーネの死と、それによって起きたルナアタックを予見していたのかは分かりませんが、『魔女』であればそれも不可能では無いかも知れません。

 ついてはマリア。この計画を進める為に、一つだけとても重大な役目を貴方に演じてもらわなければなりません。」

 

「━━━━重大な、役目?」

 

「えぇ……私達の基にフィーネの計画を進める為の聖遺物は確かに揃っています。しかしそれだけでは計画は進められない。貴方達がシンフォギアを纏う為のLinker。

 コレを安定供給出来ねば私達は何の力も持たぬ小娘同然……だからこそ、ドクターウェルをこの計画に引き込む必要があります。

 ……しかし、ドクターは今、神獣鏡に関する研究を半ば凍結され、FISのメインストリームから外されています。それに……彼は相当、偏屈な方と聞いています。

 故に、彼が唯一敬意を払っていたフィーネが、我々レセプターチルドレンの中に降臨した、と……そう言って誘うしか、方法は無いでしょう。

 実験の為なら犠牲をも(いと)わぬ彼が私達のように誇り高く理想に殉じてくれる等とは、最初から思ってはいませんから……」

 

━━━━なるほど確かに。彼のウワサはよく耳にする。いい意味もあるが、大抵は悪い意味でだ。

天才的頭脳を誇りはするが自己中心的。聖遺物を使った異端技術を平然と一般層に試そうとした……或いは、それを進言して予算を大幅にカットされて研究班の首席から一気に外された、とも聞いている。

嘘か真か、『英雄になる』という夢を語るという彼を動かすならば確かに、唯一敬意を払って接していたというフィーネの再臨は必須と言えよう。

 

「……なるほど。だから、私なのね。」

 

「えぇ……優しい貴方にそんな大役を押し付けてしまう事は心苦しくはありますが……」

 

━━━━だが実際は、私達レセプターチルドレンの誰にもフィーネは宿らなかった。

だからこそのハッタリ。『フィーネを演じる』という大役を私が為さなければならないと、マムはそう言っているのだ。

 

……本当の所を言えば、怖い。とてもとても、私のような臆病者にそんな大役が務まるのかと震えが止まらない。

 

━━━━けれど。けれどだ。

 

「━━━━この世界には、セレナが生きている。今もどこかで生きているセレナに、こんな馬鹿馬鹿しい終わりを齎すワケにはいかない……だからマム。私、やるわ!!」

 

━━━━決意を胸に、私は叫ぶ。私は、フィーネになって見せると。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「クソァ!!何故分からないッ!!何故理解しないッ!!ダイレクトフィードバックシステムを用いれば人間の脳を自由に書き換えられるんだぞォッ!!

 国内のそこかしこに転がってる麻薬常習犯のクソッタレ共だって!!このシステムを用いて脳内物質の受容体を弄って、ついでに記憶だって弄ってやれば従順な真人間に早変わりするって言うのに!!」

 

━━━━ボクは部屋で一人、酒に浸る事も出来ず暴れていた。酒は嫌いだ。なんたってボクのこの天才的な頭脳を破壊してしまうのだから。

そんなモノ無くたって、ボクはボクの完璧な才能に浸る事で俗世間との格の違いを感じる事が出来たのだ。

だというのに、連中はボクの才能を認めなかった。実験結果だけもらってはいサヨナラとその後の発展性を切り捨てやがったのだ!!

 

「……確かにDFSによる人格改造は既存の倫理観に照らし合わせれば認められない禁忌の領域だ。あぁ分かってるさそのくらい!!だが!!禁忌に挑まずして何が科学者だ!!何が異端技術だ!!

 所詮ボク等は脳内で発生する電気信号によって駆動する不完全な生命体ッ!!それと目の前のコンピューターには何の違いもありゃしないってのに!!アイツ等はァ!!」

 

勿論、自意識という存在が摩訶不思議なモノである事は認めよう。そして、【愛】というファクターが異端技術に関する核心に位置している事も認めよう。

だがそれでも、人の意思など教育や洗脳によって日夜染め上げられているのだ。何者にも染まらぬ自意識など存在しない。ならば、それを外部から上書きしてやった所で何の問題もない筈だ。

 

「……ふん。まぁいいさ……どの道、フロンティア計画にはボクが必須になる。いずれお前等はボクという英雄にひれ伏さざるを得なくなるんだからな……」

 

━━━━ルナアタックが齎した月の落下という最悪の未来予想図も、それに対抗する為に米国上層部がフロンティア計画を推し進める事も、ボクにとっては想定内だ。

だからこそ、それを利用してボクは英雄になる。他のマヌケ共は異端技術に【愛】が深く寄与しているという単純明快な真理にすら辿り着いてすら居ない。

それが故に、機械的に駆動させるにも限界があるだろう最終的なフロンティアの安定には、間違いなくボクのLinkerが必要不可欠となるのだ。

 

「……あぁ、いや。一人だけ……フィーネ。あの女がもしも再誕すれば話は別、か……」

 

他者の才能など認めはしないボクだが、それでもただ一人だけ例外は居る。それこそがフィーネ。

遥けし過去より現れ、そして今は身を潜めている先史文明の巫女。

認めたくはないが、【愛】を通したアプローチを除けば、あの女はボクすら上回る技術力と知啓で以て異端技術を使いこなす。

だからこそ、ボクは彼女にだけは敬意を払っている。

 

「……だが、あの女も今は居ない。それに、アウフヴァッヘン波形を受けて蘇るとは言ってもレセプターチルドレン共には宿らなかったようだから世界全土の中で再起をうかがっているのか……」

 

━━━━その通信が入ったのは、ちょうどその時の事だった。

『貴方が唯一敬意を払うあの方について、重大な話があります』と、要約すればそう書かれただけの文面を寄越して来たのはレセプターチルドレンと、不完全品だからとろくすっぽも研究が進まないシンフォギアを延々と研究しているナスターシャ教授。

 

「……可能性は高い、か……」

 

ボクの冷静沈着な頭脳が回転して出した答えは先ほど考えた可能性。即ち、フィーネの再誕だ。

 

「━━━━面白い。再誕したフィーネがボクに助けを求めるだなんて……ククッ!!ソイツはつまりまだ『不完全』だって事だ……こりゃあいい!!楽しくって眼鏡がずり落ちてしまいそうだ……!!」

 

通信への返信は短い物。OKだけだ。コレで、伝わるだろう。

 

「クククッ……」

 

笑みを零しながら、ボクは欲望の赴くままにフィーネとの密会の場所へと向かう。

 

━━━━空には、欠けた月が輝いているだろう。




開戦の号砲は、車列を打ち砕くかのように鳴り響く。
杖を求め、現れる雑音を払うは、進化した少女達の歌声。
物語の幕は、今此処に上がる。

━━━━一方その頃、決意を握ったその少女が隠そうとしながらも零す優しさと偶然出会う少年が居た。
コレもまた、一つの物語。始まりは偶然でも、二度三度と続けば……
━━━━それはきっと、運命なのだから。

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