━━━━七月七日、俺の誕生日。
日々の任務に追われて当の俺自身すらすっかり忘れてしまっていたそれを、皆は忘れずに祝ってくれた。
あれから数日。どうにかその恩返しが出来ないものかと、俺は自宅のベッドの上で頭を悩ませていた。
「うーん……二課のメンバーには日頃の感謝も兼ねて選択式のギフト券を贈るのがいいとして……問題は学生組だよなぁ……」
自立した成人である二課本部メンバーに贈る物はすぐに思いついたのだが……
流石に、寮暮らしをしている響達にギフトを贈っても持て余してしまうだろう。いや、響なら食品系ギフトとか何人前でも食べ尽くしちゃいそうだけどそれはそれとしてだ。
「それに、あくまでも祝ってもらった事への個人的な感謝だからあんまり大事にはしない方がいいだろうし……何かこう、大義とまでは行かずとも名分が欲しいよな……」
しかし、夏休みも近づく今の時期にそんな都合の良い行事など……行事?
「━━━━コレだ!!」
自問自答の末に閃いた思いつきを形にする為に、俺はそそくさと動き出した。
◆◆◆◆◆◆
━━━━祭囃子が、空に
「うわあ……!!お祭りだー!!」
「もう……響ったらはしゃいじゃって……でもお兄ちゃん、ホントに良かったの?私達全員の分の浴衣までレンタルしてもらっちゃって……それに屋台のお金も全部出すだなんて……響も居るんだよ?」
「あぁ、日頃の感謝を込めて……って奴だ。まぁさしもの響と言えど屋台の料理全部食べ尽くしちゃうことは無いだろ……無いよな?」
「流石にヒドイよお兄ちゃん!!全種類は食べるけど、全部は流石に食べないって!!」
「……それでも全種類は食べるのね、響。」
テンションの上がった立花と、そして今回の発起人である共鳴くんへの小日向さんの念押しに応える彼等の仲の良さをBGMと聴きながら、私は目の前の車椅子に乗る奏に話しかける。
「奏は、何か食べたい物とかある?」
「んー……そうだな。チョコバナナとか一回挑戦してみたいよなー。」
「チョコバナナって……なんだ?言葉の響き的に甘いもんっぽいけど……」
「あぁ、雪音は見た事が無いか。といっても、私も実物は無いのだが……なんでもバナナをチョコでコーティングした伝統的な駄菓子らしくてな。こういったお祭りの場でよく供されるのだそうだ。」
「へー……色々あんだな……」
「なんなら一緒に食おうぜ、クリス。こういうのは皆で一緒に食べるのが一番大事だからさ。」
「……ん。わかった。」
奏の返答に惹かれてか、はたまた手持ち無沙汰だったのか。会話に紛れ込んで来た雪音の姿も同じく共鳴くんが手配してくれた浴衣だ。勿論、サイズ合わせなどは実地で行った物だが、ギアのように真っ赤な浴衣は雪音にも似合っている。
「折角ですし、共鳴さんのご相伴には預かるとして、あまり高くならないように私達は綿あめをいただきましょうか。板場さんはどれにします?」
「うーん……特撮ヒーローも嫌いでは無いんだけど……魔法少女物のラインナップが今年は豊作で……どうしよう!!どれにしようかスッゴク迷う!!」
「あー、なら最悪三つまでに絞りなよ?あたしとテラジは外装にはそこまで興味ないからさ。」
「うぉぉぉぉ!!ありがとう、心の友よー!!」
━━━━総勢九人の大所帯。必然と、それは三人ずつのグループへと姿を変えていた。
とはいえ、それは当然の事だ。人数が多ければ多い程人は動きにくくなるものだし……なにより、私達はそれぞれに他者との関係性を抱えている。
例えば私は、立花達の同級生だというあちらの三人とはそこまで親しくは出来ていない。奏は違うようだが……
だからまぁ、こんな風に幾つかに別れて祭りを楽しむのも十分有りだろう。
……財布代わりを自ら買って出た共鳴くんは右往左往していたが、まぁアレは大言壮語の代償というべき物だろう。
◆◆◆◆◆◆
「はー……食べた食べた……」
「ホントに全種類食べちゃうし……もう……じゃ、私はこの集めたのをゴミ箱に捨ててきますね?」
「あ、俺が行こうか?人手もまだ途切れたワケじゃないんだし、一人じゃ危ないよ。」
楽しい時間はあっという間に過ぎていき。
途中、翼ちゃんと奏さんの存在がバレそうになって、俺が慌てて奏さんを背負って鎮守の森を飛び越してまで隠れてもらったりもしたが、概ね騒ぎになる事も無く。花火大会の始まりも近づく中でゆったりとした時間が流れていた。
そんな中で、宣言通りに全種類の屋台を堪能した響や俺達の買い食いの跡片付けをしようと未来が立ち上がる。だが、招いたのは俺なのだからそういった片付けも俺がすべきだろう。そう思って未来に声を掛けたのだが……
「━━━━お兄ちゃんは動きすぎ。私達に付き合うばっかりで全然楽しめてないじゃない。じゃあクリス、一緒に来てくれる?二人なら問題無いでしょう?」
「お、おう……あたしは構わねぇぞ。」
「俺なりに楽しんでるんだけどなぁ……分かった。ただし、なにかあったら呼ぶ事。何を差し置いても駆けつけるからさ。」
「ふふっ、流石にこんな日常でまでそんな心配しなくたっていいのに。それじゃあ行ってくるね?」
━━━━翼ちゃんと奏さんは二人になりたいと裏の方に回ったし、三人娘はなにやら話し合いがあるとの事で、この場に残ったのは俺と響だけだった。
「……響。楽しかったか?」
「うん!!」
━━━━その笑顔に翳りは無い。よかった……ルナアタック事件から一ヶ月。たとえ数ヶ月程度であろうと、響にとって身近な人になっていた了子さんが居なくなってしまった事。
それが響に翳りを差してしまわないかと心配だったのだ。
だが、どうやらその心配は杞憂だったらしい。
「……ところで、さ。お兄ちゃんに一つ訊きたい事があったんだけど……」
「━━━━ん?」
「……デュランダルの輸送前日に、約束したじゃない?」
━━━━響のその言葉に、思わず背筋が伸びる。まるで氷柱を差し込まれたかのようだ。
「……今でも、私達の……ううん、私の事を意識とか、するの?」
そう、アレはデュランダル輸送作戦の半日程前。作戦開始に備えて休もうとしていた響が発見してしまったスポーツ新聞の二面記事のグラビアが事の発端だった……
響曰く『メロン級のお山』が好みなんでしょー!!という悲しい濡れ衣を着せられてしまった俺は、弁明しようと慌てる中でうっかり響や未来の身体を意識する事があると口を滑らせてしまったのだった。
しかしその時は事態が事態ゆえに『全部終わってからもう一回話し合おう』と約束してそのまま時は流れ……
「……意識は、するよ。男として、俺自身として……響達の可愛い姿とかを見ると嬉しくなる。けど、何度考えても分からないんだ。
━━━━俺が意識してるのは果たして、響自身なのか?って事がさ。」
「私自身……?」
そもそも女の子に喋って聞かせるような話題では無いし、俺の場合は特に表現が難しい。
「うーんと、な……確かに意識する事はある。あるんだけど……最近は奏さんから釘も刺されたし、特に気を付けて失礼にならないようにしてるつもりだ。
けれど、それとはまったく別にさ。こんな風に皆がワイワイと楽しんでいるのを遠くから見ていると、俺はそれだけで満足しちゃうんだよ。」
「……なるほどー……それはちょっと、分かる気がする。友達が楽しんでるのを見るの、楽しいもんね!!」
「あははは……まぁ、うん。多分違う感じだけど、まぁそういう理解でいいと思うよ。友達はいいものだしさ。」
━━━━響は性別を超えた友情故だと思ってくれたようだが、本音を言ってしまえばいわゆる恋愛対象として彼女達を見る事が出来ないのだ、今の俺は。
俺自身を主体として、俺だけを見て欲しいという独占欲や、性的な繋がりを求めたいという情欲。それを抱く事。
それがどうにも難しい。まぁ……今の状況の維持だけを思えばむしろありがたい心境なのだが……
━━━━それが何故かを考えれば、心の中に雪が降る。
俺が中途半端に踏み込んでしまったが故に手を届かせる事が出来なかった、一人の少女。
中途半端な気持ちで誰かの想いに応えようとしては、ただそれを再現してしまうだけだという確信がある。
『手の届く総て』を救いたいという願いと、『誰か一人を救う』という想いは両立しえないのだから━━━━
「うーん……そっか。意識した事全然なかったけど、お兄ちゃんも友達だもんね!!」
「あぁ、そうだな。俺と響だって友達だ。だから━━━━そうだな、改めて約束するよ。もしも響が困ってたら、俺は何があっても助けに行くって。」
━━━━誤魔化してしまった事へのお詫びも兼ねて、俺は響へと小指を差し出す。
無自覚なのだろう響の気持ちに応えてあげられるかどうかは、今の俺にはまだ分からない。けれど、それでも。
響が大事な存在である事は間違いないのだ。だから約束する。絶対に響に手を伸ばして見せると。
「指切り?んー……じゃあ、私も約束する。もしもお兄ちゃんが困ってたら、私も何があっても助けに行くって。」
「……それじゃあどっちかが困ったら二人で対処しなきゃいけなくならないか?」
「いいでしょー別にー。私が困ったらお兄ちゃんが助けて、お兄ちゃんが困ったら私が助ける。それで、未来や皆が困ってたら私とお兄ちゃんの二人で助けに行く。
ほら、コレなら何も問題ナシ!!」
「━━━━ははははは!!そっか!!二人で皆も助けに行くか!!それはいいな!!」
ただで護られてくれるとは思っても居なかったが、俺の指切りに対する響の回答は俺の予想の遥か斜め上をカッ飛んでいた。
だが……そうだ。俺は、俺達はいつだって一人じゃない。誰かを助けるという事は、誰かに助けられる事でもある。
回答と共に響が伸ばしてくれた小指に、俺の指を絡める。
「ゆーびきーりげーんまーん、約束破ったら……そうだなー……うん!!未来に思いっきり怒られる!!ゆーびきーったッ!!」
「……さりげなく滅茶苦茶怖い代償を設定するのやめてもらえません!?」
━━━━約束破って助けに行けなかったとかなったら、未来は怒る。そりゃあもう絶対に絶対だ。
それは、イヤだ。どうあってもイヤだ。
「ふっふーん!!コレなら如何にお兄ちゃんとてそうそう破れまい!!完璧!!」
「まぁ、元々破るつもりも無いけどさ……ふ、ふふっ。」
「あはははは!!」
「どうしたの?二人して思いっきり笑い合って……」
未来とクリスが戻って来たのは、ちょうどその時だった。
「あ、未来!!クリスちゃんも!!えーっとね、お兄ちゃんと約束してたの!!」
「約束?」
「うん、約束!!破ったらこわーい未来に怒られちゃうの!!」
「ちょっと響!?私の事そういう時に引き合いに出さないでよ!!むー……」
「あはははは!!ごめんごめん。」
━━━━眩しい物を、見ているように目を細めてしまう。
「……んだよ。お前はお前でいつもとなんか違うじゃねぇか。悪いモンでも食ったか?」
「そんなつもりは無かったんだけど……やっぱり何か違うかい?」
「まぁな。みじけぇ付き合いだが、お前がお節介焼きなのはイヤって程に理解してる……けどよ、そういう風な目をしてんのは初めて見たぜ?」
「そう……かな。そうかも知れない。今、初めて気づいたからかな。
━━━━俺は、あんな日常をこそ護りたいんだって。」
「……そう思うんなら、そうなんじゃねーか?」
肯定でも無く、否定でも無い。ただ、俺の独白を聴いてくれるクリスちゃんの姿を改めて見つめる。
イメージカラーと同じ真っ赤な浴衣は、本来なら着る人を選ぶだろうに、クリスちゃんの銀色の髪とよく似あっていた。
「なんだよ、押し黙ったと思ったらじろじろ見て来やがって……」
━━━━そういえば、今日はクリスちゃんの口数がいつもよりも少ない気がする。もしかして、照れているのだろうか?
「あぁ、ごめん。クリスちゃんの銀に浴衣の赤が映えてとても綺麗だったから。不躾だったね、謝るよ。」
「……んなっ!?
━━━━ンでそういうとこ剛速球の火の玉ストレートなんだよ!!いつもいつもお前はッ!!」
「えっと、母さんの教育で女の子はとにかく本心で褒めろって……」
「合ってるけどそういう事じゃねー!!」
━━━━拝啓、天国の父さん。
護りたい人達の輝きは眩しいけれど、中々どうして上手く接する事が難しく感じてしまいます……
◆◆◆◆◆◆
「はー、遊んだ遊んだ……ありがとなトモ。今日は皆も呼んでもらっちゃって。」
「いえ、俺の方こそ楽しかったですよ。ああいったお祭りの雰囲気は俺も好きですから。」
━━━━祭りからの帰り道は、俺と奏さんの二人だけ。
他の皆は寮や自宅に帰って行った。送って行こうと思ったのだが、『奏を頼む』と翼ちゃんに念押しまでされては逆らえない。
「……ホントに、本当に楽しかった。」
そう呟く奏さんの背中は、少しだけ寂しそうで。
━━━━それもそうだろう。と思う。
奏さんの家族はフィーネに奪われ、次に頼った了子さんこそがそのフィーネで……挙句の果てに、何も言う暇無くフィーネは自分勝手に去って行ってしまった。
次に出逢ったら一発ブン殴る。とは公言しているが、果たして奏さんが生きているうちにフィーネが再び現れるのかどうか……
「……これからも、楽しくなりますよ。まだデートの約束も成し遂げてませんし、そうじゃなくても響達が奏さんを放っておくワケありませんから。」
「━━━━そっか。これからも楽しくなるのか。
……ふふっ、ならまずはー……デートの約束、ちゃんと守ってくれよ?」
「ええ、はい。静かなところにお連れ致しますとも。」
━━━━そうして見上げた静かな夜空には、欠けた月が浮かんでいた。
不和の象徴、バラルの呪詛を制御するというこの星の衛星。
だが同時に、人は其処に美しさをも見出した事を、俺は忘れない。