戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第四十四話 快盗のアライバル

━━━━その言葉は、紛れもなく力持つ言葉だった。

 

「フォニックゲインの発生を確認!!アウフヴァッヘン波形の照合……

 ━━━━ッ!?この波形パターン……まさか、コレはッ!?」

 

「━━━━ガングニール、だとォッ!?」

 

突然現れた、ガングニールの波形パターンを発するシンフォギア装者による、世界への宣戦布告。

そんな有り得ない存在の出現に、二課仮設本部内の空気も騒然となる。

 

━━━━そんな空気を切り裂くように接続されるのは、防衛省からの直通回線(ホットライン)

その先には、この状況でも蕎麦を啜ったままに、だが事態収拾に動き始めたのだろう初老の男性が居た。

 

「━━━━斯波田事務次官ッ!!」

 

『ヤクネタが割れてんのはコッチばかりじゃあ無さそうだぜ。まぁ、時間としちゃ少し前に遡るがな?

 米国側からの公式通達が今頃来やがったんだが、(やっこ)さんの方の聖遺物研究機関でもトラブルがあったらしい。

 まぁなんでも?今日まで解析してきたデータのほとんどがオシャカになったばかりか、保管していた聖遺物まで行方不明ってぇハナシだ。』

 

「……此方の状況と連動していると?」

 

『蕎麦に喩えるなら五割って事はあるめぇ。二八でそういうこったろうな。』

 

蕎麦好きな彼らしいいつも通りの独特な言語センスではあったが、その報告で大凡の事情は掴めた。

やはり、ソロモンの杖の強奪には裏があった、という事なのだろう……

ライブ会場の中継画面に動きがあったのは、その時だった。

 

『我等、武装組織フィーネは各国政府に対して要求する。さしあたってはそうだな……国土の割譲を求めようか。

 もしも二十四時間以内に此方の要求が果たされない場合は……各国の首都機能はノイズによって風前の灯火となるだろう。

 ━━━━世界から切り離された、私達が住まう楽土を手に入れねばならんのだからな。』

 

『へっ。しゃらくせぇ要求だぜ。アイドル大統領とでも呼べばいいのかい?』

 

「一両日中の国土割譲だなんて……まったく現実的じゃありませんよ!!」

 

「恐らくは本命を通しやすく為のハッタリだろう。テロリストの常套手段だ……とにかく、此方でも急ぎ対応に当たります。」

 

『おう。頼んだぜ。』

 

事務次官からの通信が途切れた事を確認し、深く息を吐く。

━━━━状況は最悪に近い。多くの人々が人質に取られ、翼もコレでは動くに動けまい。

だが……此方が打てる手が全くなくなったワケでは無い……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━自らをフィーネだなどと……!!何を意図しての騙りかは知らぬが……」

 

その言葉は、私の闘志に火を付けるに足る布告であった。

━━━━その名を騙るという事は即ち、私にとっての櫻井女史との十二年を侮辱するも同じだからだ。

確かに、彼女は自らの目的の為に私達すら騙していた……だがそれでも、櫻井了子としての彼女の十二年は噓偽りのみでは無い━━━━ッ!!

 

「……私が騙りだと?」

 

安い挑発だ。頭では分かっている。だが、それでも。

 

「そうだ!!ガングニールのシンフォギアは、貴様のような輩に纏える物では無いと覚えるがいいッ!!

 ━━━━Imyuteus ameno……」

 

『━━━━待ってください!!翼さん!!』

 

だが、その鞘走りを寸でで食い止める声があった。

 

「ッ!?」

 

『今動けば、風鳴翼がシンフォギア装者だと全世界に知られてしまいます!!』

 

「でも、この状況で……!!」

 

『風鳴翼の歌は戦いの歌ばかりではありません!!傷ついた人々を癒し、勇気を分け与える為の歌でもあるんですッ!!』

 

『あぁ。緒川さんの言う通りだよ、翼ちゃん。それに安心してくれ。この場には、護る為の糸を紡ぐ防人も控えているんだからさ。』

 

━━━━この場に剣を携えているのは私だけだ。と続けようとした言葉は、緒川さんと共鳴くんの言葉に遮られる。

 

「……わかりました。不承不承ながら、二人を信じる事にします。」

 

「━━━━あら?私の騙り、確かめようとは思わないのかしら?」

 

「━━━━あぁ。それは、今の私の役目では無いらしい。」

 

頭は冷えた。今の私が為すべき事は剣を振るう事では無く、歌女として、アイドルである風鳴翼として此処に立ち続ける事だ。

その意思を、目の前の相手に伝える。狙いはやはり、私の身柄を晒す事で日本の権威を失墜させる事にあるのだろう……

 

「……あぁ、なるほど。」

 

そう言って、一瞬考え込むそぶりを見せるマリア。私を激昂させてシンフォギア装者と晒すという狙いも外れた今、この期に及んで彼女は何をしようと言うのか……?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ならば、そうだな。

 此処(ここ)は一つ、要求を追加しよう。それが満たされたのならば、オーディエンスの諸君を解放する!!

 その際にノイズに手出しはさせない事もまた、同時に約束しよう。」

 

「何が狙いだ……!?」

 

私の唐突な要求の追加に、傍に立つ少女が狼狽するのが手に取るようにわかる。

それを敢えて無視しながら、私は要求を━━━━詰めの一手を言葉に載せる。

 

「フッ……では要求を伝える。

 ━━━━レゾナンスギア。それを持つ者が十分以内にこのステージへと現れる事。求める事はそれだけだ。」

 

私の言葉を受けてざわつき始める会場内。そして同時に、私のギアへと入るマムからの通信。手筈通りで無い事を咎めるものだろう。だが……

 

『━━━━マリア、一体何が狙いですか?

 此方を攻撃させない為に必要なオーディエンスという優位を自ら放棄してまでレゾナンスギアの使い手を呼びつけるなど……筋書きには無かった筈です。説明してもらえますか?』

 

「━━━━えぇ、その優位性を放棄するだけのリターンが返ってくるからよ、マム。

 二十四時間以内の国土割譲という偽りの要求こそ立てたものの……これだけの観衆を全て人質と取るのは有効とはいえ、先ほどのような狂乱が起きてしまえば確実に私達の手に余る。

 けれど引き換えに求めたレゾナンスギアの使い手一人ならば話は別……

 それに彼は、二年前のライブ事故の際に『偶然にもノイズを切り抜けた上で天羽奏を崩落から救い出した』と情報操作されている。

 そんな彼が、シンフォギアと呼応するレゾナンスギアを持ってこのステージへと現れるように仕向ければ……」

 

二年前にノイズの危難を避けた青年が、秘匿されているシンフォギアと近しいレゾナンスギアを持って、二年前と同じくノイズが出現した風鳴翼のステージへと現れる。

勿論、それだけでは怪しげな疑惑に過ぎないだろう。

だからこそ、そこで私が纏うこのガングニールが活きる。

 

『……なるほど。それが偶然では無く必然であったとすれば、我々が彼女達がシンフォギア装者であると強制的に暴露してもある程度の説得力を持たせられる、と。

 わかりました。では、暴露後に姿を現すだろう残りの装者達への後詰めとして、切歌と調に動いてもらいます。マリア、存分になさい。』

 

「了解、マム。ありがとう……」

 

━━━━この決断が、正しい物かどうかは分からない。

……そして、無辜の民である彼等を巻き込む事を私が恐れたその事実を、マムに対してすら隠している事もまた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「レゾナンスギアを持つ者って……お兄ちゃんの事?」

 

「コレは……マズいわね……」

 

外周の死角になってしまうからかVIP席の周りにはノイズも出現しなかったものの、アリーナ席の人達が危険に晒されるかも知れないこの状況では、私達には何も打つ手がなかった。

そんな中で、ノイズが現れた事で安否確認の為に合流してきた鳴弥おばさんの言葉に、私達の間に疑問が浮かぶ。

 

「マズいって、何がですか?」

 

「あー……恐らくなんだが、マリア達の狙いは翼を含めたシンフォギア装者をこの全世界中継の場に引きずり出す事だ。

 日本政府はシンフォギア装者の正体を秘匿してる。だから、それがトップアイドルである翼である事が知れれば、今後盛大に動く事は不可能になると言っても過言じゃないさ。」

 

「けれど、緒川くんがそれを止めてくれた。だからこそマリアは次善の策としてレゾナンスギアの使い手が現れる事を要求してきた……」

 

「だけど、トモだって正体がバレれば厄介な事になるのは変わりない。むしろ、二年前のライブ会場での大立ち回りを隠蔽した所から、芋づる式にアタシ等ツヴァイウイングが装者だった事実まで引きずり出される可能性もある……」

 

「そして、シンフォギア装者の正体が公にされれば、未成年を対ノイズの矢面に立たせていた日本政府の国際的な信用は間違いなく失墜する……考えたわね……」

 

「そんな……どうにか出来ないんですか!?」

 

思わず、言葉が口から飛び出してしまう。

お兄ちゃんや響達が頑張ってきたのは、いつだって誰かを助ける為なのだ。それなのに、その頑張りがこの国を……ひいては響達が護りたかった物を傷つけてしまいかねないだなんて……!!

 

「……ごめんなさい。私達もどうにかしたいのだけれど……こういった場面では人質の安全が何よりも優先されるの……

 それに、共鳴は防人として覚悟を握っているのだもの。大丈夫よ。」

 

大丈夫だと、そう告げながらも、鳴弥さんの顔は暗い。それはそうだ。幾ら決意を握ってはいても、ノイズに対抗しうる存在として息子が世界に知らしめられてしまうだなんて、

母親としても到底受け入れられる物では無い筈だ。なにか……なにか、打つ手はないのだろうか……!!

 

「━━━━あの~、えっと……もしかしたら~、なんですけど……なんとか~、出来るかも知れません~……!!」

 

天音先輩が意を決したように私達に声をかけてくれたのは、ちょうどそんな折だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……そろそろ、十分だな。

 ━━━━要求は受け入れられなかった。レゾナンスギアの使い手は自らの保身のためにこの会場のオーディエンス達を見捨てたと。

 この認識に、相違はないかしら?風鳴翼。」

 

「━━━━そんな筈は無いッ!!己の保身の為だけに護るべき者を見捨てる等ッ!!」

 

「あら?まるで、レゾナンスギアの使い手についてよく知っているかのような物言いね?」

 

カラカラと笑いながら、私の不用意な発言の揚げ足を取るマリアに、私は歯噛みと共に沈黙するしか無い。

緒川さんとの交信で、何かしらの準備を進めているらしき事は分かった。だが、未だ共鳴からの連絡は無い。

 

━━━━共鳴。アナタは今どこで何をしているのだ……!!

 

「━━━━時間だ!!要求は受け入れられなかったものと……」

 

『━━━━待てッ!!』

 

━━━━マリアの宣告を遮るように、ライトに照らされた会場の宙を舞う者が居た。

観客達の上を滑るように飛びながら、進路に棒立つノイズを瞬時に切り裂いて、その影は私の目の前に着地した。

 

「お望み通り……レゾナンスギアの使い手が此処に参上(つかまつ)ったッ!!」

 

━━━━その顔を覆うは、素性を隠す白黒の仮面(マスク)。その頭に被るは、奇術師の如き礼帽(トップハット)

そして、その背に背負うは、漆黒の外套(マント)

 

まるで悪漢小説(ピカレスクロマン)の挿絵からそのまま飛び出してきたような出で立ちをした彼……天津共鳴が、私をマリアからかばうようにして立っていた。

 

「んなっ……!?」

 

「どうした?そちらの要求通り、オレは此処に現れた。この身に纏うがレゾナンスギアであるという証明もまた、先ほどのノイズ討伐にて果たした上でだ。

 ━━━━さぁ、要求は満たされた。オーディエンスの諸君を解放してくれ。」

 

「……ハッ!?そうか、そういう事か……考えたわね……ッ!!」

 

あまりに頓狂なその出方に、会場のほぼ全ての人が呆気に取られる中、いち早く平静を取り戻したのはマリアであった。

そして、私も遅れながらも共鳴くんの狙いに気付く。

先ほど、マリアは『レゾナンスギアを持つ者が此処に現れる事』だけを求めた。つまり、要求の通りならば素顔を晒す必要はない(・・・・・・・・・・)

 

「…………いいだろう!!私達フィーネに二言は無いッ!!

 ━━━━観客の諸君を解放するッ!!」

 

沈黙の末、マリアが下した答えは契約の履行だった。幾ら口約束とはいえ、全世界を相手にした宣言を反故にしたとなればもう一つの要求━━━━国土割譲という壮大な要求も成し遂げられはしないからだろう。

その判断を下してくれた事にホッと一息を吐く。

 

「ふふっ……」

 

そして、マイクに拾われないように気を付けながらも、私を庇うように立つ彼の似合わない格好に笑みが零れる。コレではまるでアルセーヌ・ルパンの三代目か何かでは無いか。

━━━━しかし、共鳴は一体どこでこんな仮装のような仰々しい衣装を手に入れたのだろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

整然と……とは行かずとも、下のアリーナ席の人達がライブ会場から出ていくのを見ながら、私はステージの上に立つ二人を心配していた。

 

「お兄ちゃん……大丈夫かな……」

 

「大丈夫。あのマリアのシンフォギアもフォニックゲインを発してるんだ。そのお陰でレゾナンスギアが起動してる以上、トモが負ける事はそうそう無いさ。

 それにいざとなったら……翼だって剣を振り抜く事を厭わないからな。」

 

「そうそう、奏さんの言う通りだよヒナ。私達が残っても足を引っ張っちゃうだけだもん。」

 

「立花さんだって遅ればせながらも向かってきてますし。」

 

「予想は裏切っても期待は裏切らないわよ、あの子は!!」

 

「ふふっ、うん。そうだね。響なら絶対に絶対だもんね。」

 

━━━━そう。響もお兄ちゃんも諦めない。だから、きっと大丈夫。

響……早く来てね……

 

「……にしても、あまあま先輩があんな衣装を持って来てたなんて……しかもサイズピッタリだし……」

 

「えっと~……小日向さんからサイズを教えてもらって作っておいたの~。ああいうピカレスクスタイルのコスプレも似合うかな~って。学園だとお逢い出来ないけど、ライブの後にカラオケに行く予定だって聴いてたから、学祭での皆のコスプレ衣装と一緒に一応持ってきてたのよ~。」

 

「まさかあのキャリーケースの中身が全部衣装だっただなんて……でも、ナイスな判断でしたわ!!」

 

他の席の人達を優先してもらった事で最後になってしまったが、私達が出ていく順番もようやく回って来た。奏さんと鳴弥さんは、その素性から退場者に見つかってしまうと混乱を招きかねないからと別ルートでの退場となるらしい。

だが、そんな中でも歩きながらのお喋りは忘れないのは、華の女子高生という奴なのだろうか。とはいえ、ただ心配するだけでは先に此方が滅入ってしまうのだし、わざわざ止めるまでも無いだろう……

 

「んー……未来から?って事は、未来ってば共鳴さんのサイズ知ってるの!?もしかして採寸とかしたの!?」

 

「知ってるは知ってるけど……流石に細かい採寸はしてないよ……お兄ちゃんのオーダーのスーツで測った数値を教えてもらっただけ。

 なんでも、護衛用に動きやすい物を仕立ててもらったって。」

 

「あぁ……小日向さんが今羽織ってらっしゃるそのスーツの事ですね?仕立てからしてそうかなとは思ってはいたんですが、やっぱりオーダーメイドだったんですね。」

 

「オーダーメイドのスーツとか、まるでアニメみたいだね……ってか、当たり前のように羽織ったね未来ってば……やっぱ幼馴染だから?」

 

「あ、うん。そういえばそうだね……昔から、お兄ちゃんは無茶ばっかりしてたから、そんな時には私が上着を預かったりしてて……それで、上着ってただ持ってるだけだと邪魔でしょ?だから、羽織っちゃった方が楽だなって。」

 

言われてみれば、男性の服を羽織るというのは中々珍しい事のような気もする。とはいえ、私にとってはお兄ちゃんの物を預かっているというだけなのだが……

 

「……まさか、ヒナのその無意識萌え殺し所作が適応の結果だったとは……」

 

「うんうん。そういう仕草って中々わざとらしくなくやるのが難しいのよね~。」

 

「……何の話に持ち込もうとしてるんですか?」

 

「バレたか。」

 

テヘッと笑う四人にジト目を向けながら、思う。

━━━━私とお兄ちゃんの関係ってなんなんだろうか。

一番距離が近い異性というのは、確かにある。けれど、所謂性的な対象として、恋愛対象として強く意識した事は殆ど無い気がする。無いワケでは無いのだが……それよりも、無茶しないかの心配が勝ってしまうのだ。

そういうのはむしろ、響がお兄ちゃんを見ている時の方が強い気がする……恋というか、憧れ?

 

━━━━でも、お兄ちゃんがもしも誰かと付き合うと仮定して考えると、やっぱりどこか納得がいかなくて、もやもやしてしまう気持ちがある。

これじゃまるで、私がお兄ちゃんの全部を管理したいみたいだ。やっぱり、私って重いのかな……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ようやく、一息が吐ける。

共鳴くんが出ていく事を要求された時はどうなるかと思ったが、現地に正体を隠せる衣装があったとの事で交渉は一部成立。

翼以外の人質は解放され、会場からの脱出を始めている。

 

━━━━しかし、解せない。

フィーネと名乗ったテロ組織の要求、目的、そして手段に到るまでの何もかもがチグハグなのだ。

確かに、ノイズを操る力があれば、世界へと多少無茶な要求だろうと通す事は出来るだろう……

 

『人質とされた観客達の解放は順調です。』

 

その思考を遮るのは緒川からの通信だった。

 

「わかった。あとは共鳴くんと翼だけか……」

 

『そちらはボクに考えがあります。』

 

「あぁ、頼む。」

 

緒川の策であれば問題はないだろう。レゾナンスギアと共に共鳴くんも居る以上、翼の現在の立ち位置は対外的にも豪勢な人質程度の物と捉えられる筈だ。

 

「藤尭、響くん達にも連絡を頼む。」

 

「わかりました!!」

 

きっと不安に思っているだろう響くん達にも、状況の変化を伝えなければならないだろう。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━良かったぁ!!じゃあ、観客に被害は出てないんですね!!』

 

「あぁ、ノイズ出現の際に倒れた人は居たが、不幸中の幸いというべきか、彼女の一喝で黙らされた際に周囲の人から助けられたらしい。」

 

「現場で検知されたガングニールと思しきアウフヴァッヘン波形については現在調査中。けれど、全くのフェイクとは思えない……」

 

藤尭のその言葉を聴き、自らの胸に手を当てる響くん。恐らくは、胸の内にあるガングニールの存在を感じ取っているのだろう。

響くんに突き刺さったガングニールの破片は現行の科学技術では処置不可能な程心臓近くへと食い込んでいる。それを響くんの意思無くして奪い去るなど尋常には考えられない可能性だが……

異端技術を相手取る以上、あらゆる可能性を考えねばならないのだ。

 

『……私の胸のガングニールが無くなったワケでは無さそうです。』

 

「……となれば、やはりアレはもう一つの撃槍……」

 

『それが、黒いガングニール……』

 

━━━━であれば、フィーネという名にもある程度の納得は出来る。

だが……先ほども考えた通り、何かがおかしい。

テロリストにとって最も大事な事は、何をしてでも目的を達成する事だ。だというのに、彼女達はライブ会場の観客達という最大のアドバンテージを共鳴くん一人を引きずり出す為に投げ出した。

国土割譲という非現実的な要求はやはりブラフで、シンフォギア装者を引きずり出す事そのものが狙いなのか……?

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

走る、走る、走る。

全世界生中継は未だ続いている。その視線の檻に囚われたままでは、翼さんが防人の歌を歌う事は出来ないままだ。

幸いにも共鳴くんが居てくれる以上、最悪の事態に陥る事は無いだろう。だがそれでも、翼さんが十全に歌えるようにするのがマネージャーとしてのボクの仕事だ。

 

━━━━そんな折に、視界の端に映る影。

 

まさか、逃げ遅れた人が居た!?

それは……マズい。此処は既に鉄火場なのだ。もしも戦いに巻き込まれてしまえば……

脳裏に過るのは響さんの姿。彼女が笑っていられるのは、数多の奇跡が彼女を救ってくれたからだ。

あんな悲劇はもう繰り返したくない。だから、階段を駆け上り、その影の主に声を掛ける。

 

「どうかしましたか!?」

 

「わっ!?」

 

其処に居たのは、二人組の少女だった。黒い髪のツインテールの少女と、金の髪のショートカットの少女。

 

「此処は危険です!!早く避難を!!」

 

「あ、えっとー……そのデスねー」

 

「じー……」

 

「この子がね、急にトイレとか言い出しちゃって……」

 

「じー……」

 

「あはははは……参ったデスよ、あはは……」

 

「じー……」

 

━━━━急かす言葉への返答は、何故か煮え切らないもの。

だが、小用を……と言われてしまえば、男としてはあまり突っ込むワケにもいかない。

なにせ相手は見知らぬ少女達であって了子さんのようなある程度気心の知れた相手では無い。以前のガールズトークの時のように不用意な一言を言ってしまえば大問題なのだから……

 

「えっ……あ、では、此方の用事を済ませたら非常口までお連れしましょう。」

 

それ故に、次善の策として後程の合流を提案する。流石に出逢ってすぐに小用を見送る事は受け入れがたいだろうが、中継を切断してから再度合流するくらいなら大丈夫では無かろうか?

 

「心配無用デスよ!!ここいらでちゃっちゃと済ませちゃいますから。大丈夫デスよ!!」

 

「……わかりました。でも、気を付けてくださいね!!」

 

「あ、はいデス~……」

 

……やはり、成人男性がデリケートな話題に関わるのは良くなかっただろうか……そう思いながら少女達に踵を返し、再度走り出す。

目指すは会場内の映像を中継するバックヤード。その指令室……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━人質となっていた観客が解放され、もはやこの会場にはノイズしか残っていなかった。

風に吹かれて、観客に置き去りにされたゴミが宙を舞う中で、彼女は寂しそうにその言葉を口にする。

 

「……帰る場所があるというのは、羨ましいものだな。」

 

「━━━━マリア。貴様は一体……?」

 

「……予定は変わったが、観客は退去し、貴様を引きずり出す事が出来た。ならば、実力にてそのふざけた仮装をはぎ取らせてもらうッ!!」

 

「……いいだろう、来いッ!!」

 

━━━━どうして、そんな顔をするんだ。

━━━━どうして、こんな事をしたんだ。

━━━━どうして……

 

問いを投げたい事は、それこそ山ほどある。けれど、今の俺は……全世界に中継されている謎のレゾナンスギアの使い手には、それを問う事は許されない。だから……戦う。

剣型のマイクを掲げながら、彼女は迫る。まるで細剣(レイピア)のように振るわれるそれを、レゾナンスギアにて受け止める。

 

「シッ……!!」

 

「ハァッ!!」

 

━━━━だが、それだけでは無い。一撃、二撃とマイクをレゾナンスギアが紡ぐ糸にて受け止めた所で追加されるのは、彼女がその背に背負う漆黒の外套(マント)

目くらましの如く振り回す仕草かと思ったそれは、異様なまでの……それこそ、アームドギアに匹敵する程の硬度と、振り抜かれたバットの如き速度で俺の仮面をえぐり取らんと迫る。

 

「クッ……!?マントまでもかッ!?」

 

「外面はお揃いでも中身は大違いッ!!コレもまた私が纏うギアの一部ッ!!」

 

「くっ……ッ!!」

 

マントの斬撃を避ける為にバク転で下がる此方を見下しながら、マリアが此方の外套(マント)について揶揄するその言葉はまさに正鵠を射ている。コスプレ用の衣装だというこのマントには、体格を隠してくれる以外の機能は全くないのだから。

 

「フッ……だがやるな。今の一撃でそのふざけた仮面を引っぺがすつもりだったのだが……」

 

「鍛えているものでね……ッ!!」

 

だが危なかった。マントをただの目くらましと思い込んでブリッジ回避を怠っていれば、今の一撃で仮面は断ち切られていただろう。

 

「共鳴……ッ!!」

 

背後の翼ちゃんの心配の声。それでも、その声がマイクに入らないように調整してくれているのは流石トップアイドルである。

 

「此処は私に任せて!!」

 

だから、返す言葉は特定を避ける為の物。そして同時に、マントに隠しながら暗に指し示すは舞台袖の方向。

コレで翼ちゃんは理解してくれる筈だ。カメラの死角である舞台袖まで回れば、翼ちゃんもギアを纏って戦う事が出来る。

 

「させないッ!!」

 

「それはコッチも同じ事……ッ!?」

 

━━━━その瞬間に、複数の事が起こった。

まず一つ目は、翼ちゃんが舞台袖へと走り抜けようとした事。

次に二つ目、それを阻止するべく、マリアがマイクを投げつけた事。

三つ目に、更にそれを阻止せんと俺が割り込もうとした事。

……そして四つ目。それは、会場に居ながらも棒立ちとなっていたノイズ達が突然に動き出した事。

棒状の形態となって、俺を潰さんと言わんばかりに大挙して押し寄せるは、会場の奥まっていた所に居たノイズ達。その妨害によって、マリアの投擲を止めようとした俺の動きは封殺されてしまう。

 

「このタイミングで……!!やはり操られたノイズッ!?……しまった、翼ちゃん!!」

 

「あなたはまだ、ステージを降りる事は許されない。ハァッ!!」

 

「━━━━あぁッ!?」

 

マリアの投擲は見事に翼ちゃんの退避を押し留め、その隙に追い付いたマリアの蹴りを受けて翼ちゃんは宙を舞う。

━━━━そして、その先に寄り集まるノイズ達。その瞬間、脳裏に過るのはまさしく最悪の想像。炭と溶けて消える、翼ちゃんの姿。

 

「ッ!?勝手な事をッ!!」

 

━━━━マリアの言葉への違和感を処理するよりも先に、俺は未だ突撃を続けるノイズを振り払って、翼ちゃんの元へと跳び出す。

 

「翼ちゃん!!手を……!!」

 

「共鳴……!!」

 

伸ばした手を、今度こそ離さぬように、中継映像を流す為に設置された大型の多面モニターにアメノツムギを引っかけながら翼ちゃんを救い出す。

 

「……ふふっ、コレではまるで私がお姫様のようだな?」

 

「よう、じゃなくてその通り。お助けにあがりましたよお姫様?」

 

最近出るようになった防人口調での翼ちゃんの冗談に、これまた冗談めかした一礼と共に答えながら、多面モニターの上から眼下のマリアを見下ろす。

さて……翼ちゃんを救い出す事こそできたが、これからどうすれば……

 

「━━━━ッ!?中継が遮断された!?」

 

『翼さん、共鳴くん!!中継は此方で切断しました!!存分に戦ってください!!』

 

そんな状況を打ち破ってくれたのは、通信機越しの緒川さんの言葉だった。




欠けた月だけが見降ろす中で、不和から始まった戦いは新たな局面を迎えようとしていた。
三人の装者と、三人の装者。向かい合い、対話を試みようとする少女の言葉を、心無い英雄殺しの刃が襲う。

━━━━だが、それを許容できぬ男が、此処には共に居る。

俺の事はなんと言われようとかまわない。けれど彼女は、彼女の想いは……決して、間違いなんかじゃないんだ、と……

だが、そうして産まれるのは怒りと、不和と、否定を載せた、独奏(ひとり)切りのうた。それでは調べには、ほど遠い。

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