━━━━あのライブ会場での事件から数日が経ったある日の昼下がり。
土曜日という事もあって授業も無かった私はテレビ局の楽屋裏で一人、寄せ帰す苦悶に呻いていた。
「━━━━不覚!!バラエティと高を括ってしまったばかりにあの体たらく……ッ!!
それにしても断捨離などという言葉、初めて聞いたぞ!?よもや一次予選すら突破出来ないとは……!!」
その原因は、一週間ほど前に収録したとあるクイズバラエティ番組だ。
ニューシングルの告知が出来るという甘言に乗せられ……いや、どちらかといえば緒川さんの思惑に乗せられたのか?
とにかく、そういった都合で出演させてもらったクイズバラエティだったのだが……
━━━━結果は、見ての通りの有様。
流行語にもなったという断捨離なる言葉も知らず、『快刀乱麻』などと頓珍漢な答えを返して会場の爆笑を誘ってしまい、一次予選も突破出来ずにプロモーションだけをさせてもらうという……
私とて、コレを屈辱と感じぬ程枯れ果てているワケでは無い。ライブの時にこそ頭の片隅へ追いやっていたのだが、昨日放送されたその番組への反応が来るのもそろそろだろうと思い、こうして再び頭を抱えていたのだった。
「━━━━大変です、翼さん!!」
だが、控室に飛び込んで来た緒川さんの一声を受けて、歌女としての私は鳴りを潜め、一瞬で防人としての私が顔を出す。
「━━━━安心してください!!フィーネを名乗るテロ集団が現れたとて、かかる危難はすべて防人の刃が掃ってみせます!!して、事件の詳細は!?」
確かに歌女としての私をも共鳴くんは肯定してくれたけれど、同時にこうして刃鳴散らす防人もまた風鳴翼の一部なのだ。
「あ、いえ。大変と言っても事件が起きたワケではありません。えーっと……翼さん、ちょっと悪いニュースととても良いニュースがあるんですがどちらがお好みですか?」
しかし、そんな私の意気込みを余所に緒川さんはマイペースに告げる。はて、事件では無いのに大変な事とは一体……?
「……悩ましい二択ですが、こういった場合は後から落とされるよりも先に落とされる事が肝要という物……ちょっと悪いニュースという方からお聞きしましょう。」
「はい。ではまずちょっと悪いニュースなんですが……ライブ会場での事件の映像が原因でネット上でプチ炎上が起こってまして……」
「━━━━プチ炎上。」
思いもよらない方面の悪いニュースに、鸚鵡返しに言葉を返してしまう。
炎上。それはインターネット上での匿名のやり取りが時に加熱の一途を辿り、個人ではどうしようもない感情のうねりを起こしてしまう事だ。
奏にも世間知らずの高枕などと揶揄されるとはいえ、私とてそれくらいは知っている。だが、どうしてライブ会場での映像がそんな事に繋がってしまうのだろうか……?
「はい……緊急事態という事で仕方なかったのですが……中継映像に共鳴くんと翼さんが手を伸ばし合う場面が映ってしまった事でその場面だけを切り出してレゾナンスギアの使い手……つまり共鳴くんと翼さんが特別な関係にあるに違いない……
という論調が出ていまして……」
━━━━なんと。確かに、マリアに蹴り飛ばされた私を救う為に共鳴くんは手を伸ばし、私もそれに応じてノイズの魔の手から逃れはした。だが、その一瞬の些細な動きから真実の一端を探り当ててしまうとは。
「それは……なんというか、驚きですね。あの一瞬だけで、共鳴くんと私が幼馴染であると見抜くとは……」
「幼馴染といいますか……まぁ、そんな感じですね。一応は二課の方で情報統制も行っていますし、ボランティア活動の為に翼さんが現場に近づいた時にシンフォギアやレゾナンスギアに遭遇している……というカバーストーリーは此方の想定通りの物ですので、早急に対処する必要は無いかと。」
……共鳴くん達が行っている避難誘導のボランティアと、其処に私が参戦しているという偽装。それは『私が現場に居た』という一片どころでは無い真実があるお陰で今も高い効力を発揮している。
「……一手
「そうですね……ですが、あの仮装のお陰で即座の個人の特定までは為されませんでしたから、二課の情報操作と合わせてギリギリ……と言った所でしたね。いやぁ、思わず肝が冷えましたよ。」
「あんな衣装を一体どうやってあの土壇場で用意したのやら……」
お互いに苦笑を零しながら、恐らくは渾身であっただろうマリアの策を透かせた事に安堵する。
だが、それも長くは続かない。緒川さんが咳払いと共にもう一つの話題へと移行するのを見て、私は改めて姿勢を正す。
ちょっと悪いニュースがコレであるというのなら、もう一つのとても良いニュースというのはなんなのだろうか?
「━━━━なんと、先日のクイズ番組の放送直後からバラエティのオファーが殺到しているんです!!」
「━━━━なん、ですって……?」
身構える私に対して、にわかには信じがたい情報が緒川さんの口から紡がれる。
あの放送での私の無様を見てオファーが増えるなんて、私にはとても信じられない。一体なぜ……?
「常々思っていたんですが、翼さんのキャラってバラエティ向きなんですよ。
今までは歌方面のプロモーションを重点的に行っていたワケですが、実の所翼さんのキャラはバラエティにも向いてるんじゃないかと常々思っていたんですよ!!
この機会を逃さずにプロモーションの方向性を変える事も考えてみていいかも知れませんね!!
海外で身体を張っての無体なチャレンジ系はもちろんの事、ステージ勘がいいのでコントとかもイケそうですね!!」
━━━━常々!?常々思っていたのですか!?
「緒川さん?あ、あの……緒川さん?」
唐突なカミングアウトと、マネージャーとしての職務に燃えるその姿に圧倒されながらも、その暴走を食い止めんと、私は恐る恐るながらも声を掛ける。
「あと、防人クッキングで華麗な包丁さばきを披露するのも……」
「緒川さん!!」
「━━━━え?あ、はい!!なんでしょうか、翼さん。」
しかし、それでも緒川さんが描く青図面は止まらない。それ故に呼びかける語調が強くなってしまうのもまぁ、致し方ない事だろう。
「……私とて、芸風を広げる事に否やはありません。そして、そういった仕事に全力を賭すこともまた経験である事も理解はしています。
━━━━しかし、私の本分が歌女であり防人である事……それだけは忘れないでくださいね?」
歌女である事、そして防人である事。どんな無体なチャレンジに挑戦させられようが、それは私にとって譲れない事だ。
それ故に、止める言葉は釘を刺すだけに留めて措く。
「……分かりました。風鳴翼の歌を世界に届ける為のプロモーションを考えさせて戴きますね。」
━━━━だが……漁船ロケくらいは覚悟しておいた方がいいのだろうか……先ほどの緒川さんの暴走っぷりからして余程イメージに合わない仕事でも無ければ素通りしてしまうだろうし……
◆◆◆◆◆◆◆
「アッハッハッハ!!翼ってば、断捨離も身に覚えが無かったのか!!まーあの私生活じゃ確かに縁もゆかりも無さそうだしなー。」
━━━━ライブ事故から数日経ったある日、最早日常となった光景が屋敷の洋室に広がっていた。
「あははは……まぁ、翼ちゃんは物も溜めこみがちですしね……」
奏さんが爆笑しているのは、ちょうどオンエアされたばかりのクイズバラエティ番組。今まで歌手一辺倒だった翼ちゃんのバラエティ初出演という事で世間の注目も高かったのだが……
まぁ、うん。結果はご覧の通り。防人としてはともかく、世俗には疎い翼ちゃんは成す術も無く一次予選敗退を喫してしまったのだ。
「……しっかし意外だな。翼の事だから断捨離なんて難しい言葉、真っ先に覚えると思ってたんだが……」
笑いも収まったらしい奏さんがふと疑問を零す。だが、実は翼ちゃんが断捨離という言葉を知らないのも致し方のない事なのだ。
「━━━━断捨離って言葉は厳密には最近作られた造語なんですよ。インド哲学の一種であるヨーガにおける断行……悪い情報の過剰摂取を断つ修行。捨行……余計な執着を捨てる修行。離行……悪意的な誘惑から離れる修行。
この三つを基に『溢れる程の余分な物と結びついた執着を捨てる』という思想が産まれたんです。コレを指して『断・捨・離』と……なので、本来の意味から変質している産まれたばかりの流行り物というか……」
流行語にまでなったのはまさしく『現代で産まれた言葉』であるのだから、翼ちゃんのアンテナには引っ掛からないだろうな……なんて、流石に失礼な思考も一瞬。
車椅子に落ち着く奏さんの反応を窺ってみれば、納得と言った顔をしていた。
「へー……元々の意味とは違う解釈に名前が付けられたのか。
でもアレだな。それだと捨と離だけでも意味が通じちゃうな?」
「ははは……まぁ、所謂ミニマリストと違って『自分の身の丈に合った物持ちを探る』という物だそうですので、捨と離だけじゃなくて断……つまり流入を止める為に断る事も大事、って事じゃないですかね?」
「それもそっか。しかし、自分の身の丈なぁ……確かに日常の中で安らかに暮らせるならそれでいいんだろうけどさ……」
━━━━そう言って、奏さんは崩れ落ちた掌を幻視するかのように腕を天井に向ける。
……身の丈に合う事はつまり『それ以上を求めない』という事の裏返しでもある。勿論、あくまでも断捨離という言葉は整理法の一種であり、それを貫く信条と為すのは間違った解釈であるとは分かっている。
だがそれでも、俺や奏さんのように『求め続ける』事を諦めきれない人間も、確かに居るのだ。
「……大丈夫ですよ。たとえ俺達一人一人の身の丈に余る奇跡だとしても。こうして手を繋げば……それは、皆で掴む結果に変えられるんですから。」
だから、崩れ落ちた手をそれでも握るように、その腕を包み込む。響が教えてくれたように手を繋いで、明日へと繋げる為に。
「……トモは欲張りだなぁ。
けど、そうだな……アタシだって、求め続けたいんだよな……」
翼さんこそ脱落したものの、未だ続くバラエティ番組をBGMにしながらゆったりとした時間が流れていく。
━━━━願わくば……こんな時間が長く、長く……続いてくれればいいのに。
◆◆◆◆◆◆
10月も半ばに差し掛かろうという時節になった。
だが、我々は未だに雲を掴むような状況に陥ったままだった。
「━━━━ライブ会場での宣戦布告から、もう一週間ですね……」
「……ああ。何も無いまま過ぎた一週間だったな。」
「政府筋からの情報では、その後フィーネを名乗るテロ組織による一切の恣意行動や、各国との交渉も確認されていないとの事ですが……」
「つまり、連中の狙いはまるで見えてきやしないって事だ。」
通常、テロ組織という物は自らの存在のみをアピールする。『我々はこういった目的のためにテロルを行う』という声明を遍く広める事で圧力を掛け自らの目的を達成する。それがテロ組織の基本構造だ。だが……
「傍目には派手なパフォーマンスで自分達の存在を知らしめたくらいです。お陰で我々二課も即応出来たのですが……」
「そういった派手な手口は事を企む輩には似つかわしくないやり方だ……案外、狙いはその辺りなのか……?」
━━━━つまり、彼女達の存在それ自体によって不利益を
この場合ならば、恐らくは彼女達の出奔許であろう米国だろうか。確かに米国は先だってのルナアタック事件以前から様々に不穏な動きを見せている。
フィーネとの共謀によって完全聖遺物たる
何よりも東洋系だったと言う新たな二人の装者の存在から見ても、日本国内で米国が実行していたという誘拐・略取事件との繋がりをも考えざるを得ない。
……とはいえ、現段階ではこれらは全て可能性に過ぎない。アメリカ国内だけで見ても東洋系の移民は多数存在しているし、なによりも彼女達と米国の聖遺物研究機関の関係も米国側は表向きには否定している。
限りなく黒に近いが、それでも現段階で米国と事を構える事は出来ないだろう。ルナアタック事件における謀略の失敗によって一応の協力体制こそ築けてはいるものの、未だ米国との関係は一触即発なのだ。
ここで下手に米国を刺激してしまえば、最悪どちらかの陣営が爆発してしまいかねない。
━━━━中でも特に爆発しそうなのが、親父殿だ。諸外国……それも大敵たりえる米国との共同。さらには国内での諜報部隊の跋扈……
止むを得ぬ事情があった事、そしてそれにより発生する利得を説明する事でひとまずは矛を収めてもらえたものの、生粋の国粋主義者である親父殿にとっては業腹物だろう……
我が父ながら、度し難い部分だ。それでも日本を守護する防人の長として未だ揺るがぬその影響力故に二課の無理が押し通せているのもまた事実。
『━━━━風鳴司令。』
小さく吐く溜息と同時に入って来た通信の主は緒川だ。彼にはこの一週間、表向きの情報分析とは別ルートからの情報収集を頼んでいた。なんでも共鳴くんの伝手を借りたいと言っていたが……
「緒川か。そっちはどうなってる?」
『ライブ会場付近に乗り捨てられていたトレーラーの入手経路から遡っているのですが……』
『おいゴラァ!!何勝手に連絡してんだッコラーッ!!』
『天津だろうがシマァ荒らす以上は覚悟出来てんだろうなッオラーッ!!』
━━━━どうやら、裏のルートを探る為の穏便な交渉は決裂した為、強硬策に打って出たらしい。
まぁ……裏のルートを形作る向こうも面子で生きている仕事だ。此方も表立っての令状などが取れない以上、探る上でのこういった衝突は致し方無いだろう。
『巧妙に隠蔽されたその入手経路を共鳴くんの協力で追いかけて辿り着いたとある土建屋さんから不審な噂話を聴きましてね。今、その裏取りをしてる所です。』
『━━━━手加減はしてやる。だが入院くらいは覚悟してもらおうかッ!!』
『ふげぇ!?』
『こ、コイツ……忍法を使うぞ!?』
『天津のガーディアンのウワサはこけおどしじゃなかったのかよォ!?』
「噂話?」
後ろで乱闘の音が聴こえるが、まぁ緒川と共鳴くんなら拳銃程度では相手にもならないだろうと、緒川の言葉に反応を返す。
『えぇ。なんでも、偽装はしてありましたがトレーラーと同じだろう依頼人から、架空の企業を通して大型の医療機器や医薬品が大量に発注されたそうです。』
「━━━━ん?医療機器が?」
トレーラーと同じ依頼人からの発注……即ち、フィーネを名乗る彼女等の物だろう。
『日付は……ほぼ二ヶ月前ですね。此方の方々は体のいい資金源として使うだけ使って切るつもりだったようですが……この記録、気になりませんか?』
『全く……手を出すなら相手の身元を計るべきでしたね。流石にここまでの大規模テロへの加担がバレれば警察だって表沙汰に動かざるを得ないでしょうに。』
恐らく乱闘も終わったのだろう。静かになった通信の向こうから聴こえてくるのは共鳴くんと緒川の声だけだ。
「ふむ……追いかけてみる価値はありそうだな……それで、搬入先はどこだ?」
『━━━━流石に詳細までは書いてませんが……大雑把に言えば、沿岸の再開発に取り残された地域ですね。』
「藤尭ァ!!」
「もうやってますよ!!━━━━其処等で人目も少なく、かつ大型の医療機器を運用できる場所となれば……!!
出ました!!浜崎病院跡地!!詳細は現場に行って判断しないといけませんが……」
『分かりました。此方が片付き次第遠間から偵察します。』
「分かっているとは思うが、くれぐれも遠間からだけにしておけ!!フィーネを名乗る連中が何らかの手法でノイズを操っているのは確かだ。
それ故、シンフォギア装者との合流を最優先とする。突入の決行は深夜12時。本部も海岸側から回り込むぞ!!」
『了解!!』
━━━━あまりにも、あまりにも綺麗な流れだ。放棄されたトレーラーの出所、そこから芋づる式に発覚する相手のアジト。偽装すらされていないその情報はまるで此方をおびき寄せているかのようにも見える。
それは否定しない、だが、たとえコレが仕掛けられたエサだとしても……それに乗っからなければ事態はこのまま進まないだろう。
賭けて先へと進むしか、今は無いのだ。
◆◆◆◆◆◆
「━━━━と、演技はコレくらいでいいですかね?」
「ありがとうございます、緒川さん。」
演技、とはいえ乱闘は本物だ。それ故に室内は流れ弾と衝撃でボロボロになっている……ただ一人、ソファーに座る人物の周囲を除いて。
「コレで良かったんですね?ご老公。」
「カカカッ!!おぅよ、すまんなぁ天津の坊ちゃん。儂等の身内の不始末に付き合わせちまってよォ。」
その人物は、いわゆるヤクザのトップである。同じく土地を扱う同業者として名前程度は知っていたのだが……
「……まさか、身内向けの禊の為に乱闘騒ぎを頼まれるとは思いませんでしたよ。」
「まぁなぁ……その案件は幹部の一人が持ってきて儂も許可した仕事だったんじゃが……まさかあそこまでデカいヤマをしでかすとは気づかなんだ。
医療機器辺りからして臓器の密輸程度かと思っておったし、その程度の火遊びなら見逃すつもりだったが、ノイズを操るテロ……なんてのは流石に儂等にも手に余る。
それ故に、正しい法秩序か……或いは圧倒的な力か。そのどちらかに叩き潰されたとして手打ちにしておかにゃこれからに差し支えちまうってもんヨ。」
━━━━正直に言えば、その言葉がどこまで本心なのかは分からない。だが、彼等が居なければ今後に差し支えるというのも、そんな彼等のある程度の正当性を担保する為に『天津』である俺が介入する必要があった事も理解は出来る。
「……まぁ、深くは突っ込みません。そちらにはそちらの仁義と任侠があるのでしょうし。ただし、これっきりにしてもらいますからね。如何に同じ土地所有者とはいえ、俺達天津と貴方がたでは方針が違い過ぎます。」
━━━━天津家の収入の大半は、天神を奉る神社周辺の土地保有による地代……彼等の言い方で言えばショバ代に頼っている。
その見返りに、彼等のように恩を着せてはショバ代をせびるヤクザと対立する大地主たる天津家とは、まさしく犬猿の仲そのものと言える。
「おぅ。わかっとるよい。今回の件は十割コッチが悪いし、何よりも天津と風鳴に喧嘩を売る命知らずはこっちの世界にだってまーったくいやしねぇヨ……政府とくっ付いてる連中に俺等ァよえぇんだ。」
そう言ってカラカラと笑うご老公に対して、もはや溜息しか返す事が出来ない。
「おぅおぅ?溜息ばっかり吐いてっと幸せが逃げっちまうぜ?
……ま、坊ちゃんの懸念は分かるさ。大方、土地の守護っつって金を巻き上げてんのは同じ穴の狢だって思ってんだろい?青いねぇ……」
━━━━その言葉に、思わず顔がこわばるのが自分でも分かる。
今さっきまで俺が考えていた事を寸分違わず当てられたのだから。
「いいかい、儂等ァどこまでいっても『違法』だ。勿論、ウチの組は仁義だの任侠だの、そういう古クセェもんにしがみついたままでなんとかやってるが、それでもお天道様にゃ顔向け出来ねぇ仕事だい。
……だが、アンタ等は違う。天津のお家がやってんのは合法的な範囲内での土地貸し業務だけ。ただその範囲がひれぇもんだから大金持ちになっちまうっつー……ま、ただそれだけの話ヨ。」
「……」
「大資本を持つモンが更なる大資本を手に入れやすいのは資本主義の常識だ。だが、その中でも公共奉仕や税金捻出だので『
間違いなく、天津の家は最も義務を果たしている家系だい。アンタ等のお陰で何十人もの罪も無いノイズ被害者達が儂等の手元っから離れていっちまったい。」
煙管を吹かして、再びカラカラと笑いながら語るその姿に、少しだけ祖父ちゃんの姿が重なる。
……心配してくれたのだろう。先ほどから語っているように天津の家と彼等の組は敵対しているというのに。
「……ありがとうございます。そうでしたね……俺達が頑張ったから笑ってくれている人だって居るんですよね。」
「カカカッ!!儂等にとっちゃ目の上のたん瘤だがねィ!!」
そう言いながらも笑みを絶やさぬ好々爺の底は知れないが……それでも、仁義と任侠を掲げるに足る親玉である事は確かだったようだ。
◆◆◆◆◆◆
━━━━リディアンの新校舎は、見た目と同じくレトロ調だ。窓ガラスだって以前のデッカイ物では無く……いやまぁ、普通の窓ガラスよりも余程大きいのだが、割と常識的なサイズになっていた。
そこに映る青空を眺めながら、ぼーっと私は思う。
━━━━ガングニールのシンフォギアが三つもあるんだ。だったら、戦う理由がそれぞれに有っても不思議な事じゃない。
けれど……
『━━━━それこそが偽善ッ!!』
桃色の少女の言葉は、深く深く、私の胸に突き刺さっていた。
勿論、それだけでは無いと分かっている。お兄ちゃんが言っていたようにあの子達は私の事情を知らないし、私達もあの子の事情を知らない。
それ故の言葉だと分かってはいる。分かっているのだが……
「はぁ……」
それでも、思う所はある。
偽善と罵られた、私の戦う理由……誰かを助けたいという想い。手を繋ぎたいという願い。自分の胸に嘘なんて一つも吐いていないのに……
「ひびき……ひびきったら……!!」
このすれ違いは一体、どうすればいいのだろうか……お兄ちゃんはその事情を知る為に戦おうと言ってくれたものの、それから一週間も何も無かったのだ。
覚悟を握った拳も、日々の安寧の中で少しずつ迷いをやどしてしまうのは仕方のない事だろう。
「立花さん。何か、悩みごとでもあるのかしら?」
「はい……とっても大切な……」
投げかけられた疑問に対する答えはすらりと出て来た。そう、大切な悩みごと……あれ?
「秋ですものね。立花さんにだってきっと思う所があるんでしょう。
━━━━例えば、私の授業よりも大切な……!!」
「━━━━え!?あ、あれッ!?」
気付けば、目の前に先生が立っていた。し、しまった!!今は授業中なのだった!!しかも(未来からは大体全部でしょっても言われるけど)苦手な世界史の授業!!
「新校舎に移転して、三日後に学祭も控えて……誰もが皆、新しい生活を送っているというのに……貴方と来たら相変わらずいつもいつもいつも……!!」
ま、マズい!!コレはなんとか巧く誤魔化さないとお説教コースだ!!
「で、でも先生!!こんな私ですが、変わらないで居て欲しいと言ってくれる心強い友達が案外居てくれたりしてくれるワケでして……!!」
「━━━━たぁちばなさんッ!!」
「ヒィッ!?」
━━━━うん。やっぱり、今回もダメでした。
「……おバカ。」
うぅ……言い訳の引き合いに出された事に怒っているのか呆れているのか、隣でボソッと呟かれた未来の小声の罵倒が心にぐさりと突き刺さる……
◆◆◆◆◆◆
「━━━━でね?信じられないのは、それをご飯にザバーッ!!と掛けちゃった訳デスよ!!絶対おかしいじゃないデスか!!そしたらデスよ?
あ……」
ざぁざぁと流れるお湯に濡れながら、切歌がご機嫌にマムの醤油に染まった卵かけご飯の恐ろしさについて語るのを聴いていたが……そんな声が急に途切れた事で、髪を洗っていた手を止めて隣の二人を見やる。
そこでは、調が虚空を睨みつけていた。
「……まだ、アイツの事、怒ってるデスか?」
━━━━その言葉が指すアイツとは、一週間前の……確か、立花響と言ったか。彼女の事だろう。
どうも調は彼女の言い草が気に入らなかったらしい。
……私にとっても、立花響という存在は疎ましい。それは、調の想いとは全く違うものだが……
「……なんにも背負ってないアイツが、人類を救った英雄だなんて私は認めたくない……!!」
「……うん。本当にやらなきゃいけない事があるなら、たとえ悪い事だって分かっていても背負わなきゃいけない物だって……」
「━━━━クッ!!」
切歌がシャワーのコックを閉じながらに放った言葉を受けて我慢の限界に達したのだろう。調がその華奢な拳をリノリウムの壁に叩きつけるぼんやりと眺める。
「困ってる人達を助けると言うなら、どうして……ッ!!」
━━━━どうして、私達を助けてくれなかったの?
それを口に出さなかったのは、理不尽な言い分だと分かっている調の最後の良心だろう。けれど……彼女の事情を思えば無理もない事だ。
朧げな記憶の中で、手を差し伸べてくれた
寄る辺も無い心細さを、私達レセプターチルドレンは全員が共有している。
だから、そっと調の手を握る切歌が何も言わないのも当然なのだ。
「━━━━それでも私達は、私達の正義とよろしくやっていくしか無いわ。迷って振り返っている時間なんて……私達にも、人類にも残されてはいないのだから。」
「マリア……」
いつから聴いていたのだろうか?マリアが堂々と入って来てシャワーを浴びるのを髪を流しながら眺める。
ボクみたいに短いならともかく、マリアや調は大変そうだな……なんて思っていた所で、当のマリアから声が掛かる。
「……そういえば美舟。貴方の方こそ大丈夫なの?あの時、天津共鳴に逢ってから様子がおかしかったけれど……」
━━━━その問いかけは、覚悟していた物だ。けれど、それでも思わず肩が跳ねてしまう。
なにせ、
━━━━マリアの問いをどう誤魔化すべきかを考える私を余所に、廃病院に警報が鳴り響いたのはそんな時だった。
天の落とし子、暴食の象徴。
戦姫達の歌声によって目覚めた巨人の咆哮が閉ざされた牢獄の中に木魂する。
人の身に余るその力を、自らの丈に合うと思い込む狂人の思想。
正気を置いてけぼりにした彼等の道行きの先にあるのは、希望か、絶望か……
一方その頃、穏やかな日々に馴れきれぬ少女が茜色の空の下で駆けていた。
日常から逃げるのは逃避か、戸惑いか。
そうして日常から逃げていたもう一人との出逢いを機に彼女は変わり出す。
だって、彼女はもう━━━━ただの学生でもあるのだから。