戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第四話 奪還のオーヴァーゼア

二課本部内の通路に設置された休憩所。そこに、私――――風鳴翼は居た。

二課の皆が慌ただしく動くのをただ見守る事しか出来ないこの時間を、私は完全に持て余していた。

 

――――共鳴くんが誘拐されたというのに、私には何も出来ない。

 

別動隊による誘拐を懸念したという司令の指示で寮から出て二課本部へと来たのだが、

そもそも私の護衛は基本的に緒川さんが付いている以上、防人としての鍛錬を積んでいる私の力量も合わせて万全と言える為、コレが私を蚊帳の外に置かない為の司令――――叔父様の配慮であろう事は容易に予想が付いた。

だが、その配慮は同時に『私に出来る事が何も無い』事をも示していたのだ。

 

私が纏う力。シンフォギアは、対人戦力では無い。

この力はその強大さから厳重な管理体制の基に使われるべき力であり、それが振るわれる戦場(いくさば)とは即ち、世界災害であるノイズとの戦いのみを指す。

 

――――故に、今回のように人と人とが相争う場では風鳴翼は歌うべき歌も、纏うべき剣も何も無い、ただの小娘でしか無いのだ。

 

普段であるならばむしろ歓迎すべきであるその事情が、今だけは、辛い。

 

 

――――共鳴くん。と口にしてしまった言葉は、慌ただしく人の行き交う通路に混ざって、消えてしまう――――

 

 

「心配よねー、共鳴の事。」

 

――――そう思ったのに、そうはならなかった。

いつの間にか、私の隣に鳴弥小母様が立っていた。

 

「小母様……」

 

心配。それもある。だが、それを私以上に抱いているのは貴女では無いのですか?

そんな想いすら言葉に出来ずにいる私に、小母様は両手に持っていたコーヒーの片方を私に向けてくる。

 

「はい。あったかいもの、どうぞ。出来合いの品なのはごめんなさいね?」

 

「あっ……はい。あったかいもの、どうも……」

反射的に受け取ってしまったが、今は休業中とてこの身はアイドルとしての一面も持つ為に夜21時以降の飲食を控えている。であるので、このコーヒーを如何にしたものか。

そうやって悩んでいる姿がおかしいのか、小母様は微笑を溢してこう言ってきた。

 

「夜に飲み食いすると太りやすいって言うのは、ある意味迷信ではあるのよ?夜食が肥満の原因である事を否定するデータや論文も結構な数出て来ているのだし。

 ただまぁ、普通に生活しながら、普段は食べない時間にも食事を取れば当然だけどカロリーオーバーの可能性はハネ上がってしまう物だから一概には言えないのだけれども。

 ――――今夜だけって言い訳してしまってもいいと思うわよ?『お腹が空いてる時は嫌な事ばっか考えちゃう』って言うしね?」

 

「……なるほど。……では、今日だけは流儀を忘れる事にして……いただきます」

そう唱えて飲んだコーヒーはまさしくあったかいものであり。口を話した瞬間、無意識にほっと息を吐いてしまった事で自分が厭に緊張してしまっていたのだ。という事を認識させる。

 

「……ね?偶には、夜のコーヒーもいいものでしょう?」

 

「……はい。ありがとうございます、小母様。お陰で少し落ち着きました。」

 

「うんうん。やっぱり翼ちゃんには笑顔が似合うわ。『あの子(・・・)』に似てとっても素敵だもの。」

私が似ているという、あの子。その言葉に、自分が身構えてしまうのを感じる。

言われて嫌な言葉というワケでは無い。むしろ、あの方と似ていると、ずっとそばで見届けてくれたという小母様から太鼓判を押されるというのは誇らしさすらある。

 

 

――――だがそれでも、風鳴翼が母様の命を奪って産まれた鬼子であるという事実は変わらないのだ。

 

 

「……もー!!翼ちゃんってば、そういうお堅い所は八紘くんそっくりなんだからー!!」

そんな風に悩む私を見てそう苦笑しながら、小母様は私をふわりと抱きしめてくださって。

でも私はと言えば、父様にそっくりだと言われた事にも、奏のように抱きしめてくれた事にも、その何もかもに驚いてしまって。

 

「……母親というのはね?子供を産むときはいつでも命がけなの。これほどに科学が進歩しようと、今だに死のリスクを伴う、次代に命を繋ぐ為の大偉業。それが出産。だけど、あの子も、私も、きっと世の多くの母親はそれを覚悟してそこに挑むの。

 だから、どうか背負い込まないで、ね?少なくとも私は、いいえ。私と共行さんは二人共、貴方があの子の命を奪っただなんて思ってはいない。むしろ、あの子の決意の基に産まれて来てくれてありがとう、と――――そう想っているのだから。」

 

――――その言葉に、涙がにじむのが抑えられない。

ただ、産まれてきたことを祝福された事が、果たして何度あっただろうか。

奏は、私の誕生日を盛大に祝ってくれたし、弦十郎叔父様もそうだし、勿論風鳴の家にいた時は父様からも誕生日プレゼントとして良い物を頂いていた。けれど、なんでもないこんな日に、それでも『産まれて来てくれてありがとう』と言われた事など、数える程もなかったような気がする。

 

「小母様……」

 

――――それだけに、悔しい。

自分の愛する息子が誘拐された鳴弥小母様に、心細いだろう人に、さらなる心配を掛けてしまっているというその事実に。

 

「ふふっ。私なら大丈夫よ。天津の男はいつだって死地に飛び込んで人を護る事が使命なのよ?だから、誘拐された程度じゃまだまだねー。」

 

未だに私を抱きしめながらそういう小母様のそれが強がりかどうかは、今の未熟な私では計り知れない事だった。だが、そこに嘘が無い事は読み取れた。

母という存在はここまで強いのか。と驚嘆する。もしかすれば剣よりも尚強い心の持ち主なのでは無いだろうか。

 

「それより~、翼ちゃんのプライベートとか、お友達とか。私はそういうお話が聞きたいわねぇ。どう?学校で仲の良いお友達とか、出来たかしら?」

 

「うっ……それは……」

 

――――正直に言って、リディアンでの私というのは異物として認識されているようであり、プライベートで仲の良い友達と言われると思い浮かばないのだ。

今までは奏が居たのだし、この身は剣であるのだからとそこまで気にしてはいなかったのだが……

 

「……なるほど。じゃあ、ツヴァイウイングの相方の……奏ちゃんは?」

 

「……奏は、はい。間違いなく、一番の友だと断言出来ます。今はまだ意識を取り戻しませんが、きっといつか、共に歌える日が来ると――――そう、私は信じています。」

 

「……そっか。うーん、やっぱり翼ちゃんは笑顔の方がいいわねー」

 

「あ、あの……小母様。ちょっと苦しいです……」

 

苦しいというのは方便で、どちらかというと、通路を通る職員の皆さんから見られているのが照れくさいというのが大きいのだけれども……

 

「いいじゃないのー。折角の八年ぶりの再会なんだし、翼ちゃんと奏ちゃんの事、もっと教えて?」

 

そう言いながらも、ちゃんと抱きしめるのは止めて手が取れる距離に戻ってくれる小母様のさりげない優しさを感じながら、

私は私の楽しかった想い出――――奏との日々を語り始めたのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――――意識が、浮上する。

 

自己の認識が曖昧なままの目覚めに、何よりもこの身をストレッチャーらしき台に縛る革製のベルトの数々。

それらによって自らが誘拐された事を認識する。

 

『……お目覚めか。気分はどうだね?』

 

英語で掛けられるその白々しい言葉に、今だ混濁する意識を向ける

 

『最悪だクソ野郎』

 

混濁する意識の中、それでも滑らかに罵倒が出るのはまぁ職業病というものである。

 

『ハッ。口の減らないガキだな。自分の立場という物が分かっているのか?』

 

男はそう言って銃口を向けてくる。だが、その程度の分かり切った脅しに乗る必要は無い。

 

『この程度の悪態で殺すような相手の為にこんな大がかりな誘拐劇をするワケが無いだろう?誘拐された俺がまったく気づけなかった辺り、大方ガスか何かでの誘拐って所か?おめでとう。コレで君達も立派な国際テロリストってワケだ。』

 

『……フン!!やはり、ガキでもアマツはアマツか。』

 

そう言って男は銃を降ろす。どうやら話が通じるタイプのようで安心した。

 

『それで?要求はどの程度?億ドル単位の身代金?それとも政治犯の釈放?』

 

『分かっているだろう。要求はただ一つ。お前の身柄とブラックアート:アメノツムギの確保、それだけだ。交渉の余地など無い。』

 

『……つれないねぇ』

 

半ば分かり切っていた事の確認を終え、周囲の確認を行う。

唯一動かせる頭を巡らせると、ストレッチャーの頭サイドに天紡が入ったスーツケースがあるのがわかる。実に良い場所に置いてくれたと心の中でほくそ笑みながら更に見回すと、

どうやらここは今は使われていない倉庫らしく、うっすらと聴こえる波の音からして湾岸地帯にあるようだ。となれば国外への輸送経路は海路か。日本の領海内までに脱出しなければ帰還は絶望的だろう。

――――とは言ったものの、実はそこまで心配はしていなかった。むしろ楽観していたとも言える。

なにせ、今の俺は『二課に全てを預けた』のだ。つまり、今回の事態にも二課が出張ってくるという事である。

 

――――それは即ち、『必ず助けに来る』と約束してくれたあの人が手助けしてくれるという事だ。

 

ノイズ相手ならまだしも、人相手にあの人が後れを取る筈が無いだろう。

以前までの俺なら、この状況も自分一人で切り抜けなければならないと気負っていただろうが……翼ちゃんと弦十郎小父さんとの八年ぶりのちゃんとした再会はどうやら、俺に少しばかり気持ちの余裕をくれたらしい。

 

とはいえ、この状況が絶体絶命である事もまた間違いないので、此方の方でも対策は打っておく。

手品のような一発ネタなので、出来れば『コレ(・・)』を使わずに済む事を願うばかりだ

 

 

 

 

『リーダー!!カメラに感あり!!』

 

どれほどの時間がたっただろうか。部屋の外から入ってきた別の男が話に乗ってこなかったあの男にタブレット端末を見せる。外部に取り付けた監視カメラの映像だろう。

 

『二課は人命救助を優先する甘ちゃんと聞いていたが……これほど早く部隊を整えるとは、方針でも変えたのか?』

 

『そ、それが……』

 

『……たったの一台だけ、だと?』

 

にやりと口の端が上がるのが自分でもわかる。だから、せっかくなのでカメラから意識を逸らす意味も兼ねて、こう嘲ってやったのだ

 

『さぁ、ヤンキー共、【向こう側】へ帰る時が来たぞ。一個大隊の頭数は用意したか?戦闘機は?戦車は?――――無いのなら、お前たちはここまでだよ。ッハハハハ!!』

 

『……何を言っている?スコットに連絡、狙撃班で撃ち殺せ。なにやら強力な戦力のようだが、此方に近づけなければ問題無い。』

 

「……やっぱ通じないか。ちょっと詩的に行き過ぎたかな?まぁどうあれ、ド派手な花火が上がりそうだ。頼みますね……小父さん。」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

共鳴くんの教えてくれた天紡が起こす固有振動数。

それはごく小規模ながらもアウフヴァッヘン波形を起こす物であった、と了子くんは言っていた。そして、それを利用しか細いアウフヴァッヘン波形を頼りに二課の総力をあげて探知して辿り着いた場所は、港湾地区の再開発に置いていかれ放棄された一角であった。

なるほど、確かにここであるならば米国の部隊が展開していても易々と見つかる事も無い。おりしも沖合には在日米軍の巡視船が来ようとしている情報もある。間違いなく、共鳴くんはここに居る。

そう確信してジープのアクセルを踏み込む。

 

「アタリ、だな。よし、ではコレより突入作戦を決行する。準備はいいな?」

 

「はい。問題ありません。」

 

ここに居るのは諜報班の腕利き五名と俺、そして――――

 

「司令。既に狙撃班が展開しているようです。もう狙われていますが、狙撃される前に黙らせますか?」

 

緒川の計七名だった。

 

「……いや、狙撃手は俺が黙らせる。緒川は道行きの掃除を頼む。」

 

「了解しました。では、煙幕を焚きますので息に注意してくださいね!!」

 

そう言って緒川が目の前に煙玉を投げつける。こういった場合、狙撃対策として有効なのは遮蔽物――――出来ればコンクリート製の強靭な物が良い。か、或いはこのような煙幕である。

 

「車を回す!!その間に行け!!緒川!!」

 

指示を出しながらハンドルを急速に右に回し、その場でジープを回転させる。敵方の狙撃手はコレで一瞬、此方の場所が分からなくなる。

そして、その一瞬があれば、緒川慎次(忍者)は駆けられる。

 

助手席から転がりながら飛び出した緒川はそのままの勢いで立ち上がり、最速で駆け抜ける。対人地雷の類も敷設する念の入れようだったようだが、それは全て走り抜ける緒川を捉える事すら出来ない。

 

「さて……俺も外に出る。お前たちは狙撃班が黙ったのを見たら緒川の通ったルートで侵入しろ!!俺は真っ直ぐ倉庫に向かう!!」

 

指示を出しながら外へと飛び出す。未だ狙撃の脅威は止んではいないが、緒川の走りに度肝を抜かれたからだろう。狙いを付けられるまでが勝負である。

――――だが、既に俺の眼は倉庫の上に匍匐姿勢で陣取った狙撃手と観測手の姿を捉えている。殺気がバレバレだ。

 

「はぁ!!」

 

気合い一拍、震脚を以て地面のコンクリートをひっくり返す。即席の弾避けにもなるのでなるべく大きめに抉り返す。

 

そして、その震脚で踏み込んだ力を拳へと繋ぎ、体の中をピンと一閃、勁を徹す。拳に込めるは必殺の力。

稲妻(いなづま)を喰らい、雷土(いかづち)を握り潰すように、撃ち抜く――――!!

 

コンクリート塊が打ち出されたのを見届け、車内のメンバーへと合図を出す。狙撃が止んだ今、必要なのは数による圧迫である。

 

「行け!!」

 

メンバーが出て行くのを確認しながら俺自身もまた飛び上がる。目指すは倉庫の大扉。ここを破壊する事で敵方の眼を此方に引き付ける――――!!

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

カメラ映像を見ていた男が黙り込むのを、思わず笑いながら見る羽目になってしまった。既に俺に状況を知らせないという誘拐犯として取るべき行動も出来ず、ただ画面を見つめて呆気に取られている男に一片の同情心が無いワケでは無いが、無差別テロまで起こした主犯格であるのでそれは押し殺す。

なにせ『人が対人地雷を駆け抜けて爆風を避け』『人がコンクリートで狙撃返しを決め倉庫の大扉を気合い一声でぶち破る』などというこの世の物とは思えない惨状を目の当たりにしたのだ。思考が停止するのもある種当然と言えよう。

 

『……貴様が先ほどから何やら言っていたのは、こいつ等の事か。』

 

『イエス。と言ったら?』

 

『……クソッ!!アルファ1から全隊へ!!侵入者を人間と思うな!!そいつらは人型のノイズだと思え!!全火力を集中させろ!!』

 

ノイズと同列扱いとは流石は小父さんだなぁなどと暢気していた俺に、再び銃口が突きつけられる。

 

『今更、人質が通用すると思う?』

 

『クッ……貴様の確保が最優先でさえなければ今すぐその頭をぶち抜いてやるっていうのに!!』

 

『あはは、それはちょっと無理か、なッ!!』

 

狙うべきはこの一瞬、正面は撃ち合いで全戦力が集中しており、この部屋にはコイツ一人。であれば、仕組んでいたトラップを起動させられる――――!!

ストレッチャーの頭部側に置いてあったケースが、空を裂いてアルファ1の頭部へと直撃する。危険に対する反射で彼の指はトリガーを引く。

 

――――だが、そこに俺はもう居ない。

 

仕組みは簡単。天紡が保管されたケースは一般的なアタッシュケースに見えて、その実は空気穴が開いている特別性の物――――本来は呼吸を行う植物型聖遺物を運搬する為に作られたらしい。であり、遠隔で起動した天紡から俺の足の指まで糸を伸ばしていたのだ。

それによって俺をストレッチャーに止めていたベルトはその全てが切断され、天紡を引き寄せた事で飛来したアタッシュケースによってアルファ1は痛烈な打撃を受け、それを見越していた俺はストレッチャーから回転して飛び出していた。というワケである。うむ。入院中のヒマつぶしにと見ていたス〇イダーマンの映画が役に立った。

 

『グッ……!!貴様ァ!!』

 

だがまだ気絶には及ばなかった辺りは流石はプロというべきか。こちらに銃口を向けようとするアルファ1の銃を回し蹴りで吹き飛ばし、そのままの勢いでもう一回転。せっかくなので足の指で天紡を操作してアタッシュケースの角を直撃させる事で彼を強制的に黙らせる。

 

『悪いね。待たせてる人がたくさん居るんだ。寝てる暇も無ければ米国に行ってる暇もないくらいさ。』

 

これであとは正面が制圧されるまで待つだけだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

無差別テロも同然なガスを使ってまでの誘拐任務。そこに思う所こそあるものの、兵士として任務を全うしようとした特殊部隊の面々だったが、彼等を待っていたのは不条理極まる超常の存在だった。

 

『アイツ等スーパーマンか!?それともバットマンか!?』

 

『知るかよ!!ミュータントタートルズじゃねーのか!?そんな文句より先に銃を動かせ!!グレネードを投げるぞ!!いっぺん伏せろ!!』

 

忍者が居るという真実に多少は近づきながらも、絶望的な状況は変わらず。コンクリートすら盾と成す赤い漢と、気づけば後ろに回り込んで意識を刈り取る黒いニンジャ。

そんな二人を前には如何な特殊部隊と言えど体勢を立て直す事しか出来ず。少しずつ数を減らし、今や二人を遺すのみとなった彼等は最後の手段として、閉所では自殺行為にも繋がりかねないハンドグレネードの使用に踏み切った。

 

――――だが、そんな決死の策をものともせず咆える漢が居た。

 

「ハァッ!!」

 

グレネードと見るや、隠れる他のメンバーに対して、逆に飛び出してきたその漢は強く、強く震脚を踏み鳴らし、グレネードの爆裂に強烈な発勁で以て応じる。

 

二重の爆発音が耳をつんざく。

 

『ハッ!!流石にグレネードを喰らえば吹っ飛んだだろ!!』

 

グレネードのまき散らした破片で煙る視界。だがそれでも彼等は明確かつ明白な異常を捉えてしまう。

一部の破片が一直線に並んで地面に突き立っていたのだ。まるで、二つの爆発に巻き込まれて押し込まれたかのように。

歴戦の経験からそれを読み取った二人の行動は素早かった。

 

――――即ち、投降である。

 

 

 

後に彼等はこう語ったという。

 

『幾ら任務だろうと、人間グレネードを相手にするなんて冗談じゃねぇ!!歩兵戦力でどうにかなるのかアレは!?』

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

かくして、特殊部隊による誘拐という前代未聞の事件は、特殊部隊を正面から粉砕する人類というこれまた前代未聞の方法で以て解決されたのだが……

 

「えーっと、そろそろ小父さん……風鳴司令の事を許してあげてもいいんじゃないですか、櫻井先生?」

 

「ダメよぉ!!指揮官が救助の指揮ほっぽり出して真正面から特殊部隊とかち合うなんて、上の方にも下の方にも全く以て示しが付かないもの!!」

 

司令が現場に突撃している間代理を務めていたという櫻井了子(さくらいりょうこ)女史によって、小父さんと仲間の皆さんは二課本部の廊下にて、見事な正座で反省させられていた。

そして、彼女の言い分もまた正当な物であるので、俺も強くいう事は出来なかったのである……

 

「すいません、小父さん……」

 

「いや、共鳴くんが無事でよかった。やっちまった俺が正座させられてるのはまぁ当然の結果なワケだし……あぁそうだ。せっかく二課本部に来たワケだし、まだ心配してるだろうから翼と――――奏にも、出来れば顔を見せてやって欲しい。」

 

「奏さん、ですか。意識が戻ったんですか?」

 

「いや……」

 

そう言って歯切れの悪い返事を返す小父さん。そこに割って入ってきたのは櫻井女史だった。

 

「じゃあ其処等辺の説明も兼ねて、これから共鳴くんに入院してもらう医療設備を見て行きましょっか!!」

 

そう、再生治療も峠を越え、形が安定したという事で、俺の身柄は病院では無く二課本部内の医務室へと移されたらしい。

……俺を誘拐する際にあれほどだいそれたテロ行為を行うとは予想していなかったとはいえ、あの病院の皆さんには迷惑をかけてしまったので、俺としてもありがたい話なのであった。

あと半月ほどは此方の医療設備で検査を受けながらリハビリとして軽い訓練を積む予定である。

 

 

 

そうして説明された医療設備だが、大半がシンフォギア装者の為に特化した物である為、俺に関係する物は殆ど無かった。

なんでも櫻井女史曰く、『アナタは自らフォニックゲインを発生させているワケでは無い』との事らしく、女史の方も大半はただ語りたかったという部分が大きかったようだ。まぁこれだけ金のかかった立派な設備だ。当然女史の手も大部分に入っているだろうし、それを誇りたくなる気持ちも分かる。

 

「共鳴くん!!大丈夫だった!?」

 

「はーい共鳴おかえりー」

 

そうこうしていたところで、翼ちゃんと母さんと合流した。

どうもずっと二人で話していたらしく、随分二人の距離感が近づいている気がする。話のタネに俺の恥ずかしい過去が晒されてないといいんだが……

 

「翼ちゃん。心配かけてゴメンね。小父さんのお陰で俺は平気だよ。母さんにも、心配かけた。」

 

「良かった……」

 

ホッと息を吐く翼ちゃん。やっぱり、何も出来ないのは無力感があってイヤなのだろうな。と思う。まさかシンフォギアを人相手に振るうわけにもいかないし。

 

「はい、それじゃあ感動の再会パート2の所悪いけど、奏ちゃんの現状について説明してもいいかしら?」

 

そんな空気を一変させたのは、櫻井女史の言葉だった。

暖かい場が、ピリッと引き締まる。

 

「大丈夫みたいね?じゃあ説明するけれども、奏ちゃんの精神は今植物状態――――持続的意識障害とも言うわね。それに近いほど深く眠りについているの。要するに眠り姫ね。

 コレは、共鳴くんが絶唱のバックファイアの大部分を抜いてくれたとはいえ、適合計数の低さをリンカーで無理矢理補っていた奏ちゃんの闘いそのものが与えていた脳への損傷が原因と見られます。

 つまり、遅かれ早かれ奏ちゃんはリタイアせざるを得ない程傷ついていたの。……本人は、それを圧してでも戦いに向かおうとしたでしょうけども。」

 

改めて突きつけられる、現実。俺が手を伸ばすよりも前から、彼女は深く傷ついていたという。

 

「そして、絶唱のバックファイアによる内臓他諸器官へのダメージ。これもまた深刻ね。四肢が崩壊したのも直接の原因はコレ。共鳴くんは衝撃で腕を食いちぎられそうになったけど、奏ちゃんはまさしくその身で受けたのよ。」

 

そして、手を伸ばしてなお、彼女を救うには届かなかったという、その事実も。

 

「……そんな顔しないの、少年!!」

 

「っつあ!?」

 

物思いに沈んでいた俺をデコピンが襲う。

 

「話は最後まで聞きなさいな。共鳴くん、貴方のお陰で天羽奏は命を繋げたのよ?本来なら絶唱のバックファイアの総てを受ける事は、奏ちゃんの――――それもリンカーが切れていたあの時の状態では100%不可能だったわ。シンフォギアの発明者であるこの桜井了子が断言してもいい。」

 

「そ・し・て。そんな運命を覆した眠り姫を眠らせるガラスの棺こそ、この大天才である櫻井了子の新たなる発明!!名づけて『コールドヒーリングカプセル』!!

 名づけるならやっぱり『眠れる森の美女(スリーピング・ビューティ)』かしらね?」

 

「コールドヒーリング……?」

 

気を回して貰ったことは理解できるが、そこから繋がった部分がまったくわからない。

 

「ロンより証拠って奴ねー。はぁいじゃあコッチ来てー?」

 

「……母さんと翼ちゃんは、何か聞いてる?」

 

「いや、私も櫻井女史が奏を助ける為に何かしているとしか……」

 

「私もまだ一般職員扱いだから櫻井女史の研究にはノータッチよ。機密ランク的にもね。」

 

「そのとーり!!だってコレ、昔依頼されて作った概念試作機を今回の件を機に改良した物で、つい先日出来たばっかりだもの!!」

 

「……それ、最重要機密では?」

 

そんな軽いノリで国家機密を開示しないでいただきたい。

 

「いいのいいの。どーせ概念試作機は海外に二束三文で買い叩かれたって言うし、一般転用可能な部分とそうでない部分が多すぎるから民生化するにもあと10年近くは掛かるだろうし。」

 

あ、翼ちゃんが頭抱え始めた。コレ絶対初耳な話だな。などと現実逃避をしながら櫻井女史の行動を見守る。

そんな櫻井女史が案内してくれたのは本部下層階だという特殊実験室だった。

 

「まぁ概念的には一般的な冬眠(ハイバネーション)型のコールドスリープと変わらないわ。ただ、スリーピング・ビューティの凄い所は『全体の細胞活動は抑制しつつ、治療細胞の分裂だけを促進する』という物ね。コールドスリープすると怪我が治らないとか不便でしょ?だから改良してみちゃった☆」

 

「それ絶対そんな軽いノリでいう事じゃないでしょ!?」

 

恐ろしい程の技術革新をちょっとやってみたみたいなノリで行われては科学者の立つ瀬がない。母さんもどうやら絶句しているらしいし。

 

「まぁ、さっきも言った通り転用不能部分が多くてねぇ……今の所はシンフォギア装者しか使えない代物だから。

 この機械はシンフォギアシステムとのリンクによって装者の『生きたい』という無意識下の精神行動によってギアを纏わせる――――いわば小型の収録スタジオみたいな物ね。

 そうして纏ったギアによって最低限の生命維持を行いつつ治療を行い、駆動の為のエネルギーはフォニックゲインで補うというエコ仕様!!補給無しでも二週間は保つわよ!!」

 

そうして説明された理論は、あまりにも予想の斜め上を突き抜けすぎてなんと返せばいいのかわからない。

フォニックゲインの電力変換ってそれ第三種永久機関では無いのか、とか。そういったツッコミすら投げ捨てざるを得ないほどに、櫻井女史の発明はトンでもだった。

 

「じゃあ、奏は……奏はいつか目覚めるんですか!?」

 

「えぇ。この私が断言してもいいわ。崩壊した四肢の方はアポトーシス形成がうまくいってないから再生できるかわからないけど、いつかねぼすけな眠り姫が眼を覚ます事だけは保証する。」

 

だが、奏さんが助かると聞いて翼ちゃんが嬉しそうなのでまぁいいか。と、かなり現実逃避気味な想いを載せて、二課本部見学会は終了したのであった。

 




ノイズが居ないと二課の皆さんが止まりません

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