戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第四十七話 茜色のアフタースクール

━━━━廃棄された病院内に警報が鳴り響く。

目覚めたネフィリムが聖遺物の欠片を糧として喰らい、成長する中で……それでも満たされぬ飢餓衝動に気付き、暴れているのだ。

 

故に、万全を期す為に部屋のロックだけでなく、通路の隔壁をも閉鎖する。幾ら病院とはいえ管制室のボタン一つで作動し、ロックまで可能とする隔壁とは似つかわしくない物だが、それはこの病院が廃棄された理由にも起因する。

この病院のかつての経営者、浜崎・アマデウス・閼伽務(アカム)は表向きには『医療費の価格破壊』という題目を掲げて様々な治療を安く行いながら、裏では自らの欲望を満たす為に医療事故に見せかけた猟奇的殺人を起こしていたのだ。

当然、そんな裏事情がある病院でマトモな治療が行われる筈も無い。医者の過剰労働程度では話は済まず、助かる筈なのに放置された事で産まれた末期患者や、無免許医による執刀までが跳梁跋扈していたという。

それらの隠蔽せねばならない事情があったが故に、この病院では『脱走防止』の為の隔壁や空調に薬品を混ぜる為の機能等の常軌を逸した設備が備わっているのだ。

 

「ふぅ……」

 

室内で暴れ続けるネフィリムをモニター越しに見据える。

━━━━ネフィリム。聖書に謳われる天の落とし子。神話の巨人。

群体であったネフィル達は、共食いすら厭わぬ飢餓衝動に突き動かされ、全にして一であるネフィリムへと成り果てたのだ。

それを改めて直視して感じるのは、隠しようのない嫌悪の感情。

やはりネフィリムとは、人の身に過ぎた……

 

「━━━━人の身に過ぎた先史文明期の遺産。とかなんとか思わないでくださいよ。」

 

そんな私の心中を読んだかのような言葉と共に現れたのは、私達の協力者である白衣を着こんだ痩躯の男。

 

「ドクター・ウェル……」

 

「たとえ人の身に過ぎていても、英雄たる者の身の丈に合っていればそれでいいじゃあ無いですか。」

 

そう言ってにこやかに笑みを零す姿は人懐こさを感じさせる。だが、本心でこそあれ……取り繕いが無いワケでは無かろう。

彼のプライドが並大抵の物では無い事は評判にて既に知っている。だからこそ、フィーネという偶像が必要になったのだから……

 

「━━━━マム!!さっきの警報は!?」

 

駆けつけて来てくれたマリア達が部屋に飛び込んで来たのは、ちょうどその時だった。

 

「次の花はまだ蕾ゆえ、大切に扱いたいものですね。」

 

「心配してくれたのですね。でも大丈夫。ネフィリムが少し暴れただけです。

 隔壁を閉鎖して食事も与えていますし、じきに収まるでしょう。」

 

そんなマリア達を安心させる為に状況を説明した直後に響く衝撃音。

 

「マム……」

 

「対応措置は済んでいます。問題はありません。」

 

━━━━まったく、落ち着きの無い蕾だこと。ドクター・ウェルの詞的な言葉を心中にて皮肉りながらも、重ねてマリア達に念押しする。

 

「……それよりも、そろそろ視察の時間では?」

 

「……確かにフロンティアは計画遂行のもう一つの要。封印解除の儀式を進めつつある以上、その視察を怠るワケにはいきませんが……」

 

言外に含めるのは、信用しきってはいないという意味。ドクター・ウェルの技術を信頼はしている。

だが我々はあくまでもギブアンドテイクの関係なのだ。計画上必須であったソロモンの杖の簒奪はともかくとして、独断専行を続けてもらっては困る。

 

「こちらの心配は無用。留守番がてらにネフィリムの食糧調達の算段でもしておきますよ。」

 

「では、切歌と調を護衛に付けましょう。」

 

「此方に荒事の予定はありませんから平気ですよ。むしろ、如何にウィザードリィステルスがあるとはいえ米国にも知られている場所へと赴く其方にこそ戦力を集中させるべきでは?

 封印解放の儀式進行中はマリアもエアキャリアの操縦から手を離せないでしょう?」

 

「……わかりました。予定時刻には帰還しますので、後はお願いします。」

 

……まったく、食えない男だ。涼し気に此方の言葉の槍を受け流す。如何に異端技術者の中ですら異端と謗られていようと、聖遺物研究機関において一時はプロジェクトリーダーまでのし上がっただけはある。

それに、その言葉には一理以上の正しさがある。いくらFISを脱出する際にデータを抹消したとはいえ、フロンティアの座標それ自体は米国政府も掴んでいるのだ。

直接視認すら阻害する規格外の隠密性を持つウィザードリィステルスとはいえ、万が一という事も有り得る。

 

━━━━だが、そう語るドクター・ウェルの顔がいやに自信に満ち溢れているように見えたのは気のせいだったのだろうか。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

駆ける。駆ける。ひたすらに駆ける。

茜色に染まる校舎の中、あたしは必死の逃亡劇を繰り広げていた。

 

「━━━━はぁ、はぁ、はぁ……うわッ!?」

 

だからだろうか。曲がり角の先から歩いて来るヤツの存在に気付けずに出逢い頭にぶつかってしまうなんて醜態をさらしてしまったのは。

 

「くっ……脇見しつつに廊下を駆けるとは、あまり感心出来ないな……おや?雪音では無いか。そんなに慌ててどうしたのだ?」

 

しかも、ぶつかった相手が風鳴翼だったのだからなんとも運の悪い。転んだ時に打ったのかズキズキと痛む尻を抑えながらあたしも立ち上がる。

 

「いてて……奴等に、奴等に追われてるんだ!!もうすぐ其処にまで……ッ!!」

 

━━━━ちょうどその時、走ってくる音が聴こえた。数は三人。間違いなく奴等だ。

説明を切り上げて壁に張り付いて身を隠す。小癪にもあの三人と来たら、逆方面から走ってきやがった。そのまま真っ直ぐに校舎外周を進んでいれば鉢合わせしていた……

 

「なにッ!?……特に不審な輩など見当たらないようだが……せいぜい生徒が三人駆けて行ったくらいだぞ?」

 

「行ったか?そうか……なら、巧く撒けたみたいだな……」

 

「奴等とは、彼女達の事か?」

 

「ああ……なんやかんやと理由を付けて、あたしを学校行事に巻き込もうと一生懸命なクラスの連中・その一だ。」

 

━━━━ルナアタックの後、あたしは夏休みの終わった新学期にリディアンに入学する運びとなった。

だが、あたしは……まだこの学院の生徒に顔向け出来るとは思えなくて、人懐っこい奴等の攻勢に終始押されっぱなしになってしまっている。

共鳴のヤツが言う通りに罪を償うだけが人生じゃないとしても、この学院にも被害を齎した一端はやはりあたしなのだから……

 

「……ふふっ。」

 

「フィーネを名乗る謎の武装組織が現れたんだ。あたし等にそんなヒマは……って、そっちこそ何やってんだ?」

 

そもそも、幾らあたしが前方不注意に駆けていたとはいえ、常在戦場を豪語するコイツが他人とぶつかる事自体がおかしいのだ。

見れば、どうにも様々な道具を纏めた箱を抱えていたらしく、倒れた際に散らばったそれらを拾い集めている。

 

「見ての通り、雪音が巻き込まれかけている学校行事の準備だが?

 ━━━━そうだな。折角だし雪音にも手伝ってもらうか。」

 

「はぁ!?なんでだよ!!」

 

「戻ったところでどうせ巻き込まれるのだ。ならば少しくらい付き合ってくれてもいいだろう?

 今夜の任務までの時間潰しのような物だ。」

 

「ぐ、むー……」

 

今、あたしが説明してやった事を聴いていたのか?と思わず思ってしまう程にあっさりと。

そう、あっさりとあたしを巻き込もうとしてくるその姿に想う所こそあるものの、その言葉に一理があるのは確かだ。

今から戻ったところで奴等にとっ捕まるだけなのは確かだし、そうなってしまえば先ほど連絡があった今夜に行われる任務にも支障を来たしかねない。

 

……思い悩みこそしたが、結局のところ天秤の傾きは戻らなかったというワケである。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

アイドルとしての業務もあるからと作業量の少ない装飾班に回して貰ったものの、懸念の通りに私は仕事に追われてしまって準備をクラスメート任せにしてしまっていた。

それ故に、オフでありながらも装者としての任務が入った都合上全休にするワケにもいかない今日を装飾作りに当て込もうと思い立ったのだ。

……だが、不慣れな事を一人でしようとする物では無かったのだろうか。装飾に使う材料を取りに行くだけで陽が傾いてしまった。

勿論、雪音と出逢ったのも時間が掛かった要因ではあるが……

その間に帰ってしまったのだろう。雪音を連れて入った教室の中には装飾班の皆の姿は無かった。

 

「━━━━やはり、まだこの生活にはなじめないのか?」

 

「……ま、流石にな。間接的にたぁいえ、殴っておいて掌返して仲良く手を繋ぐだなんて、あのバカ二人じゃあるまいし難しいさ。」

 

薄紙を蛇腹に折り畳み、輪ゴムで止めて花と開く。そんな単純作業に没頭する中で、先ほどの事について雪音に問う。

それに対して言いにくそうにしながらも、雪音が零してくれたのは紛れもない本音だった。

やはり、雪音は番外地……前のリディアン校舎の事についてを自ら背負っているようだ。だが、コレに関しては流石に先輩である私とて踏み込む事は出来ない問題だ。

如何に当事者である私達が気にしないと言おうと、特異災害対策機動部や、少ないながらも生徒の中からも犠牲者が出てしまったのは事実であり、それ等のノイズ被害を恐れて転校していった生徒も確かに居るのだ。それを否定する事は出来ない。

 

「そうだな。立花や共鳴くんならともかくとして、私達にとっては……」

 

「━━━━あ、居た居た!!」

 

『ん?』

 

━━━━手を取り合うことはどうにも難しい。と、そう続けようとした私の言葉よりも速く、そんな空気を一変させるかのように茜指す教室に入って来たのは……私と同じく装飾班を担当しているクラスメートの三人だった。

 

「材料取りに行くって言って中々戻ってこないから皆心配してたんだよ?」

 

「━━━━でも心配して損した。いつの間にか可愛い下級生まで連れ込んでるし~?」

 

心配を言葉に浮かべながらも同時に茶化すように、三人が私と雪音の基へとやってくる。私にはどうにも出来そうにないそんなアプローチに戸惑ってしまう。

 

「皆……教室にも居ないものだから、てっきり先に帰ったものとばかり……」

 

だからだろうか。そんな皆の心配に返す言葉がしどろもどろになってしまうのは。

 

「━━━━だって翼さん、学祭の準備が遅れてるのは自分のせいだと思ってるでしょ?」

 

う。と呻いてしまう通り、その指摘は正鵠を射ている。

装飾・小道具担当は私を含めて四人しか居ない。他の班が全て8人で括られている以上、私が抜ければまさしく他の半分しか人数の居ない彼女達だけでは手数が足りない筈だ、と……私はそう思っていた。

 

「だから、私達も手伝おうって!!」

 

「私を、手伝って……?」

 

「━━━━案外人気者じゃねぇか。」

 

ニヤニヤと笑いながら告げる雪音の言葉にぐうの音も出ない。

……どうも、私は私が思うよりも慕われていたようだ。

 

「んで?どうなんすか、この人。」

 

「翼さん?そうだねー……昔は、今よりもうちょっと近寄りがたかったかな?」

 

「そうそう。孤高の歌姫って売り文句に相応しい感じ。話しかけてみれば優しいんだけど……」

 

「そこまで行くのに大分苦労したよね……転入組の皆がしてくれた合唱会の後、皆で話しかけてみたら……私達と同じ女の子なんだなって分かった。」

 

「特に最近……夏休み明けかな?其処等辺からは特にね。」

 

━━━━そんな風に、思われていたのだな。

だが確かに。言われてみれば、二年前のあの日に無力を痛感した私はその身を剣と鍛えんと気を張っていた。

今は……それも私の一部と受け入れているが、しかしそういった側面を強く出していたのも事実。

余計な気遣いを回させてしまったな……

 

「━━━━そういえば、翼さん。学祭の予定とかどうする?やっぱり天津さんと一緒に見て回るの?」

 

「━━━━はい?」

 

そんな風に、嬉しくも恥ずかしい昔語りを聴いていたら、唐突に剛速球が飛んで来ていた。

 

「だって、翼さんってば当日は急用が入るかもって言って小道具班に来たでしょ?それでクラスみーんなピン!!と来たのよ。

 ━━━━なるほど、デートか!!ってね。」

 

「……いやいやいやいや、ちょっと待て。待ってくれ。幾つか誤解が積み重なっていないか!?た、確かに急用が入るかも知れないと小道具班に入らせてはもらったが、それはアイドルやボランティアとしての事であって……

 それに、共鳴くんが来てくれるかどうかも訊いていないし……」

 

「……なるほど。コレは脈アリと見て良さそうだね。」

 

━━━━し、しまった!!迂闊にも『天津』としか言及されていないのについ共鳴くんの名を挙げてしまった……!!

 

「━━━━翼さん!!今年が最後の学祭なんだよ!?」

 

「そうそう!!学祭デートなんて一生に一回あるかないか!!」

 

「しかもリディアンならパパラッチの心配も少ないし!!」

 

『二人っきりで回って来ちゃいなよ!!』

 

一気呵成に攻め立てるかのような怒涛の言葉に、私は狼狽える事しか出来ない。

━━━━共鳴くんの事が異性として、男性として意識した事が無いか?といえば、それは嘘になる。

……けれど、それを彼に打ち明けてしまえば、それは致命的な亀裂を生んでしまうだろう。という確信がある。

その理由までは分からない。私は色恋沙汰は得意では無いのだから。だが、防人としての勝負勘が進む事へと警鐘を鳴らすのだ。

━━━━それ以上進めば、彼は壊れる、と。

 

「えっと……その……彼も忙しいだろうから……」

 

「それでも予定を空けてもらった方がいいって!!」

 

だが、私の態度は傍目から見ても分かる程だったのだろうか。

三人の攻勢は収まらない。

 

「━━━━ん、んん!!」

 

そんな前のめりを止めてくれたのは、わざとらしい雪音の咳払いだった。

 

「……っと、ゴメンね。」

 

「面目ないな、雪音……」

 

「ん、そこまで気にしちゃいねーよ。まぁ……アイツが忙しいってのはマジな話だと思うぜ?

 外部の人間たぁいえ新理事長の孫って事で一緒に来賓への挨拶回りもしなきゃならんって言ってたしよ……ん?」

 

雪音が言う通り、共鳴くんにも共鳴くんなりの事情があるのだとうんうんと頷いていると、何故か三人が押し黙ってしまっていた。

 

「━━━━えっと、もしかして……雪音さんも天津さんの関係者?」

 

「うむ?……あぁ、言っていなかったか。確かに雪音も私と同じく天津家の運営するボランティア団体に所属しているが……」

 

━━━━それが、どうかしたのだろうか?と首を傾げると、三人は席を立って顔を寄せ合ってなにやら相談を始めてしまった。

 

「━━━━どどどどど、どうしようこんな状況!!まさかの私達のせいで修羅場発生……!?」

 

「まずは落ち着きましょう!!さっきの雪音さんの発言から見ても二人共無自覚って感じだし!!」

 

「でもプライベートな事情まで教えるってむしろ距離感の近さの証のような……」

 

私達にはその詳細までは聴こえないが、何かしら重要な事を話し合っているのだろうか、垣間見える彼女達の表情は真剣な物だ。

 

「……雪音は彼女達の相談事の内容が分かるか?」

 

「さぁ……?そもそもあたしはさっき会ったばっかだし流石に分かんねぇって……ゲッ!?」

 

その真剣が見えるからこそ、雪音に心当たりが無いかを訊いてみたがまぁ当然の如くにその結果は梨の礫。

そんな風に二人で頭を捻っていると、教室の入り口を見た雪音が突然声をあげる。

 

「クリスちゃんはっけ~ん!!」

 

━━━━そこには、桃色の髪の少女が立っていた。恐らくは雪音と同じ二年生だろうか?

 

「来るな!!来んじゃねーぞ天音ェ!!」

 

音を立てながら席を立った雪音は、そのまま後ろにある窓へと……

 

「━━━━お、おい雪音!!ここは二階だぞ!!流石に危険だ!!そもそも、何故そんなに意固地になって逃げようとする!!」

 

その腕を掴んで止める。幾ら雪音もまた鍛えているとはいえ、衆目もあってギアを展開出来ない以上はこの高さから飛び降りるのはマズい。

 

「だーッ!!放せ!!アイツこそがあたしをなんやかんやと巻き込もうと一生懸命なクラスの連中・その2なんだよッ!!」

 

「大丈夫だよ~クリスちゃん~。別に取って食べたりはしないよ~?よしよし~」

 

私が取り押さえた事で逃げ場を失ったかのように暴れる雪音を、いつの間にか近づいてきていた天音というその少女が抱え込む。その身長は雪音よりも一回り以上は大きい。

 

「んな言葉信用出来るかこのド阿呆ッ!!はーなーせー!!」

 

「ぶ~……クラスメイトとして学校行事に楽しく参加しようよって誘ってるだけなのになんでそんなに逃げるのさ~」

 

「━━━━お前の場合はなお酷いわ!!アニメ研究会だかなんだか知らねぇけどあたしは人前で歌うつもりはねぇ!!」

 

「アニメ研究会……あぁ、立花のクラスメイトが設立しようとしている倶楽部活動だったか?」

 

「はい~。初めまして、風鳴さん~。私は尼ケ瀬天音。クリスちゃんの学院での保護者みたいな者ですね~。」

 

「何が保護者だ!!人が距離開けてるのにズカズカ踏み込んで来やがる、あのバカの同類じゃねぇか!!」

 

「なるほど……ふふっ、雪音もなんだかんだと学院の生活に慣れてきているようで何よりだ。」

 

━━━━先ほど、馴染めないと言った事は訂正せねばならんな。と思い直す。

先ほどのクラスメイト達や彼女のような存在が居るのなら……乗り越える事だって、雪音にはきっと出来る筈だ。

 

「なんでそうなるッ!?ぐぬぬ……とりあえず離せ天音!!あたしは今手伝いしてんだから邪魔になる!!」

 

「あっ、なら私も手伝わせてもらいますね~。こういうの、衣装を作ってる時みたいで好きなんですよ~」

 

「む、いいのか?此方としては手が増えて良いのだが……」

 

「クラスの仕事は全部終わりましたし、アニメ研究会の分も後はクリスちゃんの衣装合わせだけなので大丈夫ですよ~」

 

━━━━なんと。天音というこの少女はどうやらかなりデキる少女であるらしい。

 

「だからあたしは出ねぇっての……そもそもなんであたしをアニメ研究会に誘おうとしてんだよ……」

 

「ん~、ほら。雪音さん、クラスの皆との距離を保とうとしてるみたいだから、じゃあクラス以外で仲良くなるならいいかな~って。」

 

「……そこまで分かってんなら放っておくって手は無いのかよ……ったく……」

 

そうは言いながらも満更でもない顔をする雪音の愛らしい姿を見つつ、私は遠巻きに事態を見守っていた三人を手招きする。

 

「どうやら問題はなさそうだ。

 ━━━━さぁ、人数も二倍に増えた事だし手早く終わらせてしまうとしよう。」

 

『おー!!』

 

茜色の教室の中、私達はなんだかんだと……この日常を謳歌出来ているようだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━夜闇の中に、廃棄されたその病院は浮かび上がっていた。

時刻は日付も変わった十二時過ぎ。

 

『━━━━いいか!!今夜中に終わらせるつもりで行くぞ!!』

 

『……明日も学校があるのに夜半の出動を強いてしまって申し訳ありません。』

 

「気にしないでください。コレもまた、防人の務めです。」

 

緒川さんと共に昼間から監視はしていたが、人の出入り一つ無かったこの病院。だが、間違いなく彼女達は此処に居るだろうという裏取りは出来た。水道局から得たデータによって上水道が使われている形跡があるという。

人が生きる上で隠す事が出来ない欲求、食欲、排泄欲、環境向上欲求……この場合は清潔さを求めてシャワーでも浴びていたのだろう。彼女達が人間である以上避けては通れない問題だ。

 

「……街のすぐ外れにあの子達が潜んでいたなんて……」

 

「むしろ、すぐ近くだからだろうな。幾らノイズを操る力やシンフォギアがあるとはいえ、それらを振るって移動すれば俺達に探知されてしまう。

 だからこそ、俺達の動向に対応しながらも隠れ潜めるアジトが必要だったんだろう。」

 

『この建物自体はずっと前に閉鎖された病院なのですが……二ヶ月ほど前から少しづつ物資が運び込まれているようなんです。』

 

「シーツ、薬品、麻酔、手術台に患者衣まで。すぐにでも外科手術が行えそうなほどの量と種類の品だ。間違いなく、シンフォギアに関する何かしらの実験か……或いはメンテナンスを行っているらしい。」

 

『━━━━ただ、現状ではこれ以上の情報が掴めず、痛し痒しではあるのですが……』

 

「彼方さんが尻尾を出さねぇってんなら、此方から引きずり出してやるだけだ。」

 

「うむ。行くぞ、雪音、立花、共鳴ッ!!」

 

「……」

 

翼ちゃんとクリスちゃんが先陣を切る中で、殿を務めようとしていた俺だけが響のその表情に気付く事が出来た。

 

「……不安か?」

 

「……うん。分かり合えるのかなって、ちょっとだけ。」

 

「そうだな。彼女達の目的も未だに分からずじまいだし……もしかしたら、分かった所で俺達とは相容れない物かも知れない。」

 

「そう、だよね……」

 

「━━━━けどさ。だからって彼女達を放っておく事は出来ないだろう?彼女達が自分達の信念に基づいて行動しているとしても、それに罪も無い誰かを巻き込むのは間違っている。

 逆に、彼女達が自分達の信念に振り回されているとしたら、彼女達を止めてあげなきゃいけない。

 ……割り切ってくれとまでは言わない。けれど、響がそうやって手を伸ばそうとすることは決して……決して、無駄になんかならない。それは俺と、皆が保証する。」

 

━━━━そもそもの話、武力によるテロリズムという行為自体が間違っているのだ。

武力によって強制的に……それこそあらゆる枠組みを超える程の偉業を為せたとしても、それは曲がりなりにも今の世に存在する国家秩序間のバランスをも崩壊させるだろう。

……もっとも、『人類がどれほど減っても構わない』というのならば、ノイズとシンフォギアによるテロ行為が凶悪な物であるのも確かなのだが……彼女達がそんな事を自分から為すとは、俺には思えない。

 

「……うん。わかった。言ってる事は全然分かんないけど、私が手を伸ばせばいいって事だけは……ッ!!」

 

「あぁ、それでこそだ。さぁ、行こう。」

 

手を伸ばして、響の左手を握る。

━━━━そういえば、俺はずっと響の左手を取っているな。と、ふと思う。未来の左手を響が右手で取り、響の左手を俺の右手が取る。昔からそういう関係だったのだ。

特に意味はない筈のその思考がやけに頭に残ったのは、一体何故なのだろうか。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

病院内部の通路は暗く、荒れ果てた様相を見せていた。

まぁ、バルベルデの野戦病院……とすら呼べない診療所モドキよりはよっぽどマシだ。頑丈な建物にそれなりの個室。

……だが、同時に圧迫感を感じる。病院っつーのとは元よりそう縁が無いあたしだが、それでも分かるというのだからよっぽどだろう。

 

「……やっぱり、元病院って言うのが雰囲気出してますね……」

 

「まぁ、此処は心霊スポットとして度胸試しなんかにも使われてた曰く付きの場所だからなぁ……」

 

「ほほぉん?なんだぁ、もしかして二人してビビってんのか?」

 

━━━━手を繋いで来ていた事に関しては特に突っ込まない。いや、最初はツッコんでいたのだが悪びれもしない物だからこいつ等と未来に関しては言うだけ無駄だと諦めたのだ。

 

「そうじゃなくいんだけど、なんだか空気が重いような気がして……」

 

確かに、澱んだ空気は重く、まるであたし達にまとわりつくかのようだ。

だが、此処が閉鎖されたのは大分昔の話だというしある意味当然では無かろうか?

 

「……待て、意外に早い出迎えのようだぞ。」

 

そんなあたし等の会話を断ち切るのは風鳴翼の言葉と、そして通路の奥の闇から歩き出てくるノイズ達。

 

「━━━━Killter ichiival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

当然、そんな鴨撃ちを見逃すあたし等じゃねぇ。聖詠と共にギアを纏い、アームドギアをガトリングへと展開する。

 

「━━━━アイサツ無用のガトリング!!」

 

           ━━━━BILLION MAIDEN━━━━

 

「ゴミ箱行きへのデスパーリィ!!One、two、three!!目障りだッ!!」

 

鉛玉(フォニックゲインを固着させた物であってホンモノの鉛では無いが)をぶち込みついでに奴等を観察する。

緑に輝く光と共に次々と現れるノイズ達はあっという間に嵩を増し、今やこの狭い通路を埋め尽くす程だ。

 

「やっぱり、このノイズはッ!!」

 

「あぁ。間違いなく制御されているッ!!立花は雪音のカバーを!!共鳴くんは直衛を!!」

 

「はい!!」

 

こんな狭い通路で四人好き勝手に動けば、いつぞやのように弾丸が掠める程度では済まないだろう。それ故に風鳴翼が取った策は単純至極。

接近戦を主体とする二人が前に切り込み、遠距離戦を主体とするあたしと射程の長い共鳴が後ろから火力を叩き込むという前衛後衛の徹底だ。

だが、単純な策というのはそれだけで強力な物である。役割に徹すればシンフォギアは百のノイズだろうと容易く葬る……筈だった。

 

「んなッ!?」

 

━━━━ハチの巣にされたノイズが復活し、

 

「ウソォ!?」

 

━━━━殴り砕かれた筈のノイズが復活し、

 

「ハーッ!!」

 

           ━━━━蒼ノ一閃━━━━

 

「なにッ!?」

 

━━━━切り裂かれた筈のノイズが復活する。

 

「皆!!コレは……フォニックゲインの出力が落ちてる……!?」

 

あたし等よりも更に直接的に形成されたフォニックゲインに触れているからだろうか。真っ先に気付いたのは共鳴だった。

 

「このままでは……」

 

出力が落ち続ければ、その先に待つのは必定の結末だけだ。

即ち、アンチノイズプロテクターとしての機能喪失。そうなれば……周りを未だ囲むノイズ達にあたし等は蹂躙されるだろう。

 

「━━━━クソッタレな想い出が領空侵犯してきやがる……!!」

 

━━━━肩で息をしながらに思い出すのは、約半年前のあの日の事。

あたしはソロモンの杖によって使役されたノイズを用いた圧殺戦術で以て、レゾナンスギアをギアとの共振範囲から外す事で共鳴を殺そうとしたのだ。

そっくりそのまま、同じような手法で圧殺されそうになった感想としては……最悪だ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……はッ!?」

 

━━━━闇の中から、漆黒が迫って来たのはその瞬間だった。

 

「ハッ!!皆、気を付けて!!」

 

闇の中から現れてバカに迎撃されたのは、小人のような黒いナマモノだった。

まるで話に聴くエイリアンだとかプレデターのようなその小さな外見に見合った素早い動き。天井の配管を蹴って再び此方へと飛び込んで来る。

 

「セイッ!!……なッ!?」

 

それを真っ向から迎撃するのは風鳴る一閃。真芯を捉えたのを、あたし等は確かに見た。

━━━━だが、砕けない。

 

「んなッ!?アームドギアで迎撃したんだぞ!?」

 

「なのに何故、炭素と砕けない!?」

 

「アレは……ノイズじゃ、無い……?」

 

「まさか……生物系の聖遺物!?」

 

ノイズとはまったく異なる存在。

 

「なんだって!?なら、あの化け物は……!!」

 

━━━━身構えるあたし等の前に蟠る闇の中から、拍手の音が響く。

 

『ッ!?』

 

「━━━━素晴らしい。たった一瞬でこの子の性質を見抜くとは。流石は音に聞こえしガーディアンたる天津の当主、と言った所でしょうか?」

 

そう言いながら闇の中からその姿を現したのは白衣の男。

 

━━━━行方不明になった筈の、ウェル博士だった。




━━━━その霞は、歌と人とを遠ざける悪魔の紅。
だが、それすら乗り越え、飛び立つ翼がある。
夜明けを前に身を翻す少女の前に現れるは、希望か、それとも断絶か。

隠されし切り札が牙を剥き、少年は自らの無力を嘆く。
その力こそ、彼等が探し求める鍵にして鏡である事にも気づけずに。

━━━━正義では護れない物を護る為。少女達は決意を握る。
……けれど、十年前の想い出は涙と共に少年の手を零れ落ちる。

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