━━━━指令室内に。悲鳴のようなエラーコールが鳴り響く。
「装者達の適合係数、急激に低下!!」
「このままでは戦闘の継続、できません!!」
「鳴弥くん、何が起きているッ!?」
「ギアへの直接干渉の痕跡が無い……一体どうやってこんな芸当を!?」
廃棄された病院跡地に隠されたフィーネを称するテロ組織のアジトを強襲した我々二課は、謎の攻撃により窮地へと陥っていた。
装者は自分とは全く異なる存在である聖遺物との差異を歌によって埋め、ギアとして適合させている。
それは本人の素質に左右される部分が大きく、体調や精神的なアップダウンによる変化こそあれど、基本的には何も無しに大きく変動するという事例は観測された事が無い。
━━━━だが、その適合係数が目に見える速度で低下していた。
通常では有り得ない事象だが、そもそもシンフォギア自体が異端技術による物。非常識など日常茶飯事だ。
それ故に専門家である鳴弥くんに投げた問いはしかし、困惑の返答で戻ってくる。
「鳴弥くんはそのまま状況の解析を進めてくれッ!!直接干渉以外にもあらゆるアプローチを想定するんだ!!
━━━━四人とも、注意しろッ!!敵はなんらかの方法で適合係数を低減させているッ!!」
何かも分からない物に注意しろ等と、あまりにも意味を為さない言葉だという自覚はある。
……しかし、何もかも分からないが分からないこの状況で唯一分かっている事である以上は、それを軸に対処を考えるしか無いだろう。
◆◆◆◆◆◆
「━━━━そんな!?博士は岩国基地が襲われた時に……」
「つまり、ノイズの襲撃は全部……ッ!!」
暗闇の中から現れながらに俺へと声を掛けるウェル博士の姿に狼狽える響に対して、クリスちゃんの反応は劇的だった。
だがさもありなん。死んだふりをして行方を晦ますというその手は以前にフィーネが俺達に対して取った手だったのだから。
「へぇ?存外に
私自身がコートの内側へと隠し持っていたのですよ。」
「ソロモンの杖を奪うため、自分で制御し自分を襲わせる芝居を打ったという事か……?」
「あの時ノイズが突っ込んでこなかった理由はそういう事かよ……ッ!!」
━━━━なるほど。であれば全てに辻褄が合う。ライブと同調するかのように計画されたソロモンの杖の護送計画、そして、狙いすまされたかのようなノイズの襲撃……
謎の生物型聖遺物をケージへと戻しながら杖を振るうウェル博士は、その顔に狂気の相を見せながらノイズを召喚する。
「バビロニアの宝物庫よりノイズを召喚し、その制御を可能にするなど、この杖を置いて他にありません。
━━━━そして、その杖の所有者は、今やこの自分こそが相応しい!!そうは思いませんか?」
━━━━狂っている。
そういう他に言葉が無い。確かに起動を果たした完全聖遺物は誰であろうと使用する事が可能だ。だが……
「━━━━そんな事があるものかッ!!ライブ会場でのノイズの制御も貴方の仕業だろうにッ!!
翼ちゃんを狙った動き、アレはマリアの狙いとは異なった筈だ!!」
「ほう?あの一瞬で其処まで読み切りましたか。まさしくその通り。装者としての貴方達を引きずり出すのならば、あんなヌルイやり方では無く限界ギリギリまで追い込まなければ意味はないでしょう!!
……まぁ、それも貴方のせいで頓挫してしまったワケですがね?」
「テメェッ!!」
「━━━━ッ!?ダメだ、クリスちゃん!!」
ノイズを用いた殺人を肯定するその狂気を前に、逸ったクリスちゃんがミサイルを引き出すのを制止せんとする。だが、あまりにもあっさりと言い切ったウェル博士への驚愕が生み出した一拍の遅れがそれを許さない。
この状況での大技は危険だ……!!どんな手段かは分からないが、司令からの通信通りに適合係数に干渉が為されているというのなら、大規模にフォニックゲインを産み出さんとすれば聖遺物との差異が装者の身を蝕んでしまう!!
「ガッ……!?うああああああ!!」
同調が間に合わない。バックファイアの除去に到れない。目の前に居ながら、俺の伸ばした手が届かない……ッ!!
━━━━そして、爆裂。だが、ウェル博士は召喚したノイズ達を盾にして逃れている。やはりコレは対装者戦を想定した戦術パターンなのだろう……俺達は見事にその罠に嵌まってしまったというワケだ。
バックファイアに苦しむクリスちゃんの肩を翼ちゃんと共に支えながらミサイルによって崩壊した病院の残骸から外へと抜け出す。
「クソッ……ッ!!なんでこっちがズタボロなんだよ……ッ!!」
「閉所で全力を出せないようにしつつ、何らかの方法で適合係数を削り、最後は召喚したノイズによる圧殺か無理に大技を放った事による自爆を狙う……
ウェル博士、シンフォギアを纏っていないからと貴方を甘く見ていましたよ……!!」
「……とはいえ、コレで打ち止めです。所詮こんな策は初見殺しの子供騙し。用意しておいた閉所を丸ごと吹き飛ばされてしまっては自分に打つ手はもうありませんよ。」
そう言って、降参の証に両手を挙げるウェル博士。
━━━━だが、その手にあるのはソロモンの杖のみで、先ほどまであった筈の聖遺物を収納したケージが無い。
「━━━━アレは!?ノイズがさっきのケージを持って……!!」
『このまま直進すると洋上に出ます!!そうなれば今の適合係数が下がった装者達のギアでは追跡しきれません!!』
響の言う通り、聖遺物を収納したケージを下げた飛行型ノイズが対岸へ続く筈だったのだろう崩れた橋の方角へと飛んで行くのが見える。
そして、通信越しの藤尭さんが言う通り今のギアの出力ではアレを追いかけ続ける事は不可能だろう。
足場となるビルも何も無い海上では俺は跳ぶ事が出来ず、最も飛行に向いたギアを持つ翼ちゃんも今はバックファイアの為に出力を上げきれない。
かといって二課仮設本部を用いて水中から追尾していくというのも無しだ。本部の戦闘力はせいぜいがミサイル程度の物であり、シンフォギアに抗しきれる物では無い。
「……立花。その男の確保と雪音を頼む。共鳴ッ!!」
「あぁッ!!」
━━━━だが、それがどうした。
俺と翼ちゃんが組めばこの程度の難局、乗り越えられない物では無い!!
「アメノハバキリの機動性ならば……ッ!!」
「撃ち出す事でェッ!!」
崩壊したのか、そもそも完成を迎えられなかったのか。その橋は海面へと突き出しながらに接続面を晒している。
その先へと向かって走り出す。行うのは、フィーネと戦ったあの日に司令と行ったコンビネーションの再現。
……だが、橋の先からでは距離が足りない。射出こそ出来ても翼ちゃんのギアの噴射跳躍が出来ないが為にあのノイズの高さまで届かない……!!
『そのまま跳べッ!!翼ッ!!共鳴くんッ!!』
━━━━だが、その懸念を打ち払う声が通信越しに響く。
「跳ぶ!?ですが足場が……」
『海に向かって跳んでください!!どんな時でも貴方は……風鳴翼の歌は
━━━━続く激励の言葉に、その作戦がどんな物かを理解する。
「行こう!!翼ちゃん!!」
「ええい、ままよッ!!」
翼ちゃんの手を取り、橋を蹴って空へと跳び上がる。だが、やはり飛距離が足りない。
そして、空中でこのまま撃ち出すのでは安定性に欠ける。届くかもしれないが博打になってしまうだろう。
『仮設本部、緊急浮上ッ!!』
━━━━だからこそ、響く声を信じる。
今回の作戦において二課仮設本部……極秘建造中だったモノを接収された最新鋭潜水艦は、浜崎病院直近の海底にて待機していた。
故に、メインタンクに注水されたバラスト水を排出しながら前部潜舵を上昇に舵取りし、最大推力にて海面へと突き進む事で二課仮設本部は海を割り裂き、その先端を遥か海上高くまで到達させる━━━━!!
「よし、足場があるのなら……翼ちゃんッ!!」
「応ッ!!いざ、尋常にッ!!」
翼ちゃんの脚を俺の手に乗せ、砲丸投げのフォームにてカタパルトめいて射出する!!
上昇する二課仮設本部の推力、俺の膂力、そして翼ちゃんのジャンプとバーニア噴射が生み出す推進力の三つの力が一つとなり、翼ちゃんが明けの夜空へと舞う。
「……ッ!!」
幾ら推力を受けるのが大半とはいえ、酷使した肩からびきり、とイヤな音が鳴るのを敢えて無視し、仮設本部の甲板上へと転がり落ちながら空を見上げる。
「ハーッ!!」
一瞬三撃。やはり輸送用として設計されたノイズだからだろうか。中型にしては脆いそのノイズを瞬く間に切り伏せた翼ちゃんが落下しながら聖遺物の眠るケージへと近づいていく……
━━━━瞬間、空が割れた。
「ッ!?翼ちゃん、上だッ!!」
「なにッ!?あぁッ!?」
翼ちゃんの上空、何も無い筈のその空間から降って来たのは、漆黒の槍。
それは、何物をも貫く無双の一振り。
それは、必勝を約束する運命の神槍。
それは、何処かにて作り上げられたもう一振りのシンフォギア。
「翼さん!!」
━━━━ガングニールが、ケージへと近づく翼ちゃんを弾き飛ばして、海上へと突き立っていた。
「アイツは……ッ!!」
陽が昇る。太陽を背負って彼女はガングニールの石突の上に降り立つ。
━━━━マリア・カデンツァヴナ・イヴが其処に立っていた。
「━━━━時間通りですよ、フィーネ。」
『ッ!?』
響に後ろ手に拘束されたウェル博士が、朝焼けの中で槍の上に立つマリアに向かって呼びかけるその名は、あの時のライブ会場での自称と同じ物。だが……
「フィーネだとッ!?それはお前等の組織の名だろうにッ!?」
「━━━━いいえ。終わりの意味を持つ名は我々組織の象徴でこそありますが、その本質は違います。
彼女の担う二つ名こそ、その本質……ッ!!」
「じゃあ、まさか……マリアさんがッ!?」
「そう。彼女こそ新たに再誕した先史文明の巫女……フィーネその人です。」
━━━━再誕せし、新たなフィーネ。
仮説本部の上部構造物まで転がり落ちて寄りかかっていた俺は、それを茫然と聴くしか無かった。
◆◆◆◆◆◆◆
「━━━━つまり、異端技術を使う事からフィーネの名をなぞらえたワケでは無く……」
「蘇ったフィーネそのものが組織を統率しているというのかッ!?」
「……またしても、先史文明期の亡霊が今を生きる我々の前に立ちはだかるのか……ッ!!
━━━━俺達は、千年後の今日を待たずにまたも戦い合わねばならないのか……?了子くん……ッ!!」
━━━━その言葉を放ってはいけない立場だと、頭では理解している。
特異災害対策機動部二課として、そして何よりも日本を護る防人として。超常の災害であるノイズを操る彼女等に対して取るべき道は一つだ。
けれど、それでも……言葉を交わした、想いを告げた彼女と今再び、こんなにも早く戦う事になる等とは、さしもに想っていなかったのだ。
『ウソ、ですよね……だって、あの時了子さんは……!!』
響くんの力無き声が、通信越しに指令室に響く。其処に含まれる想いに気付かぬ俺では無い。
『リインカーネーション。遺伝子にフィーネの刻印を持つ者を魂の器とし、永遠の刹那に存在し続ける輪廻転生システム!!』
『そんな……じゃあ、アーティストだったマリアさんは!?』
『さて?それは自分も知りたい所ですね。主体こそフィーネであれ、その器となった存在の自我や記憶がどこまで残るのか……生化学を志す者としても其処には興味をそそられますよ。』
「狂ってる……もしも彼女の記憶すら消滅したというのなら、それはマリアという少女が生きながらにして死んだも同じなのよ!?それを興味本位で見るだなんて……!!」
解析に没頭していた鳴弥くんが耐えきれずに挙げた叫びは、人としての良心の発露だ。
確かに、聖遺物研究においては外道とも言える人体実験を行う必要がある。鳴弥くんも俺も、潔白を叫ぶ事など出来はしない。
……だが、それでも越えられぬ一線がある。人の尊厳を踏みにじらぬ事。その一線を、ウェル博士は易々と越えて行ったのだ。
◆◆◆◆◆◆◆
━━━━さて、どうしたものか。
ガングニールのアームドギアの上で私は━━━━マリア・カデンツァヴナ・イヴは考える。
輸送型ノイズをあんな搦手にて撃墜された事には肝を冷やしたが、ネフィリムを死守出来たのは僥倖だ。
だが……この盤面、次の一手を決めあぐねるわね……
なにせ、隠密からの強襲という此方の利点を今の一合で晒してしまったのだ。しかしウェル博士が居なければLinker頼りの私達は戦えなくなる以上、このまま撤退するという手はない。
切歌と調の投入タイミングを計らなければならないな。と思考する私の眼下の海面が破裂する。
「━━━━ハァァァァッ!!」
風鳴翼、アメノハバキリのシンフォギア装者。彼女が脚部のバーニアを吹かして私へと迫る。
「クッ!!」
その突撃を辛くも避ける。
━━━━速いッ!!
アンチリンカーによって適合係数を下げられていながらも、その太刀筋の速さはあのライブ会場と同じで全く落ちていない。
「甘く見ないで、もらおうかッ!!」
━━━━蒼ノ一閃━━━━
空中にて剣を巨大化させながら制動を掛け、一閃を飛ばしてくるその攻撃。報告書にもあった遠距離攻撃手段だ。
「━━━━甘くなど見ていないッ!!」
翻るマントを回転させてその一閃を弾き、続けざまの大剣の一撃をも防ぎきる。
やはり、アンチリンカーの効果は強大だ。速度こそ落ちずとも、その出力は上がり切っていない。いや、上げきる事が出来ないのだ。
ギアの出力を上げ過ぎればバックファイアは彼女の身体を焼くのだから。
……だが、それにも例外が存在する。そして、彼女はその例外を味方とする為に私に弾かれる事を甘んじて受け入れたのだ。
━━━━彼が、天津共鳴が居る潜水艦の甲板へと安全に飛び移る為に。
「フッ……」
ならば、私もまた甘んじて受け入れよう。彼を此方に釘付けにせねばもう調と切歌の投入すら半端に終わってしまうのだから。
故にネフィリムのケージを投げ上げてエアキャリアに回収してもらい、私も甲板へと跳び上がる。
烈槍を手元へと呼び寄せ、握りしめる。
「甘くなど見ていないからこそ……私はこうして全力で戦っているッ!!
はァァァァッ!!」
「行くぞ共鳴ッ!!」
「分かったッ!!」
━━━━あの時に使ったコンビネーションか!!
掛け合い一つで以心伝心とは妬かせてくれるッ!!
跳び上がっての振り下ろしを、二人がかりで超過駆動させたギアによって受け止めてくる。
まさか、ギアの機動に追い付いての反動除去とは!!ライブ会場で見た時も思ったが、なんと豪胆なレゾナンスギアの使い方か!!
「……たァァァァ!!」
「この!!胸に、宿ったッ!!」
ギアの戦闘機動にすら
並大抵の息の合わせ方では出来ない技だ。風鳴翼と彼の間の絆が垣間見えるというものだ。
━━━━故に、その連携を断ち切るようにマントで迎撃を掛ける。
「クッ!?」
風鳴翼はマントの薙ぎ払いを避ける事が出来ても、其処に接続しているレゾナンスギアはそうでは無い。
「━━━━信念のッ!!火はァッ!!」
同調が切れた事で出力を維持出来なかった甘い振り下ろしをマントで受け流し、お返しに下から掬い上げる一撃をお見舞いしてやる。
だが、敵もさるもの剣振るう者。その一撃を利用して距離を離した上で再び同調を始めてくる。
なるほど、金城鉄壁のコンビネーションと言った所か……ならば、同調の上から削り取る━━━━!!
「誰もッ!!消す事は出来やしないッ!!永劫のブレイズッ!!」
マントの高速回転にて紡ぎ出すは極小の
彼女は同調を受けて上がった出力にて斬りかかるが、無駄だ。その程度で切り裂ける程にこの黒衣は軽くはない━━━━!!
「翼ちゃん、上だッ!!」
「はァァァァ!!」
故に、二人が狙うのは回転の中心部である台風の眼。しかし、そこが狙い目という事は……私もまた、迎撃するのはそこだけでよいという事ッ!!
弾き、尚追撃する。この潜水艦もまた二課の特殊装備……噂に聴く新たな本部という奴であろう。それ故に遠慮などする必要は無い。甲板毎このマントにて切り裂いてゆく。
「翼ちゃん!!クッ……!!」
「埒が明かんか……共鳴ッ!!双撃で行くぞ!!」
何かしら通信を聞きつけたのか、反動除去への専心を捨て去った二人が私へと向かってくる。
風鳴翼は剣を格納し、天地を逆に展開した脚部ブレードを回しながらにじり寄る旋風となり、天津共鳴もまた天地を逆にして伸ばした糸を振り回しながらに私へと迫る。
なるほど、私に反撃の隙を与えぬ二段構えという事か。だが、甘いッ!!
「━━━━勝機ッ!!」
「嘗めるなッ!!」
━━━━下からマントを掬い上げる左手、上にて槍を振るう右手。天と地からの双撃を、天地の構えにて受け流す!!
「クッ……がァッ!?」
「ぐあッ!!」
私の弾きによって左右に分かれる二人。そう、コレこそが私の狙い。天津共鳴の一撃はその質量の低さもあって鋭さこそあるが、衝撃そのものは軽い。マントを自律防御へと充てるだけで十全に防げる物だ。
だが、風鳴翼の一撃は違う。鋭く重い一撃はアームドギアで無ければ防ぎきれない。だからこそ、敢えて挟み打たせるこのカタチが最も彼等を封じ込められるのだ━━━━!!
「━━━━マイターンッ!!」
「グッ……あぁ!!」
「翼ちゃん!!クソッ!!」
「無駄よ。貴方の糸では、私の黒衣は破れない。」
「クッ……アアアアア!!」
しかし、一撃に合わせられた。この状況でなお
だが、それを圧し隠して背後の彼へと声だけを掛ける。心折れて動かずに居てくれれば此方としてもありがたいのだが……
━━━━それでも、迷わず向かってくる姿勢は評価しよう。だが、コレで
何故なら……
◆◆◆◆◆◆◆
「あいつ等、何をあんなに悠長な!!いつもの二人ならアレくらい……」
「最初に貰ったのが効いてるんだ!!それに、マリアさんは二人が全力を出せないように立ち回っているからッ!!」
出力が足りなくて仮設本部まで易々と跳んで行けない私達が見守る中で、お兄ちゃんと翼さんはマリアさんに翻弄されていた。
クリスちゃんが懸念する通り、本来ならば二人がかりで倒せない筈は無いのだが、適合係数の低下とマリアさんの巧い立ち回りとレゾナンスギアの相性の悪さが重なって思うように動けていないのだ。
「━━━━だったら、白騎士のお出ましだ!!」
だから、そのマリアさんの思惑を跳ねのけられるクリスちゃんの遠距離攻撃なら……そう思った瞬間、耳に届く高速回転音。
「はッ!?」
真正面から飛んで来る複数の円盤。その軌跡はと私の間を狙う物だった。
━━━━引き寄せれば博士を傷つけてしまう!!
「のわッ!?」
けれど、私とクリスちゃんで挟み込んでいたウェル博士を押し飛ばした事、そして何よりもクリスちゃん目掛けても飛んで来ていた円盤によってその介入が止められてしまう。
「━━━━なんと、イガリマーッ!!」
━━━━一体どこからッ!?
先ほどまで私達の後ろには誰も居なかった筈なのに、いつの間にか緑の少女に後ろを取られてしまっていた。彼女の狙いはクリスちゃん。いけない!!今のバックファイアで消耗したクリスちゃんじゃ……!?
「貴方の相手は、私。」
そんな土壇場に咄嗟に介入しようとする私に向かってくるのは、先ほどの円盤を投げた本人である桃色の少女。
ツインテールのような装甲を開き、その中から大量の円盤が撒き散らされる……!!
「あたたたたた!!ハァッ!!」
だが、威力そのものは直撃しなければどうにでも出来る。それ故にその総てを腕にて弾き、受け流す。
「……散発でダメなら。とっておきッ!!」
━━━━非常Σ式 禁月輪━━━━
そう言いしなに彼女はツインテールを縦に揃えてクルリと後方宙返り。
一回転した其処には、巨大なタイヤのような丸鋸が立って突撃してきていた。
「……って、えええええ!?」
━━━━丸鋸レーシングなんて流石に想定外!!コレは受け流しきれやしない!!
必死に横っ飛びを敢行して避ける私の眼に入ってくるのは、やはり近接戦闘にて圧倒されてしまっているクリスちゃんの姿。
「グハッ……ッ!?」
「クリスちゃん!!大丈夫!?」
苛烈な鎌の猛攻の果てに柄で弾き飛ばされてしまったクリスちゃんは杖を取り落としてしまっていた。
そして、それを拾いながらウェル博士と合流する二人の装者。
「━━━━時間ピッタリの帰還です。おかげで助かりました。
……むしろ、此方が少し遊び足りないくらいですよ。」
「━━━━助けたのは、貴方の為じゃない。」
「いやぁ、コレは手厳しい。ビタ一くらいは心配してもらえるかと思っていたんですが。」
けれど、ウェル博士と二人の仲はあまり良くはなさそうで。
「クソッタレ……適合係数の低下で、身体がマトモに動きやしねぇ……」
「それにしたって本部の探知もあるんだ……どこかから出て来たのなら気づけた筈なのに……!!」
マリアさんが翼さんを襲った時もそうだ。直前まで姿一つ見えなかったのに、確かに彼女達は其処に居る。
一体どうやってこれほど近くまで……!?
◆◆◆◆◆◆◆
━━━━距離を取って、掌を握る。
少しずつではあるが、適合係数の低下は収まってきている。となれば干渉方法は一時的な物……或いは、閉所でしか効果を十全と発揮できない代物であろう。
この出力ならば、イケるか?
目の前で共鳴の攻撃をマントにて弾き、逸らすマリアを見据える。
その姿が先ほどよりも精彩を欠いた、力任せの物になっているように見えるのは気のせいだろうか……?
「━━━━時限式では此処までだとッ!?だが……ッ!!……了解。」
━━━━だが、それが気のせいでは無い事を、マリアが咄嗟に漏らした言葉が証明していた。
時限式の装者……それはつまり、ただ歌うだけでは聖遺物への適合係数がギアを纏えるほどには上がらないという事。
それを埋める物といえば……
「まさか、奏と同じくLinkerを!?ッ……!?」
マリア達の正体、それが朧気ながらに掴めて来た……そう思うと同時に、急激に吹き荒れるダウンバーストのような風が私と共鳴の脚を止める。
「ハッ!!」
「ぐはッ!?」
そうして脚を止めてしまった共鳴を蹴散らし、虚空より垂れ下がったロープに脚を掛けて跳び上がり、そしてマリアの姿が消え去る。
「光学ステルスッ!?いや、認識そのものが歪められているのかッ!?」
━━━━空中に、違和感が有る。それは、分かる。防人と鍛え上げた六感の総てが『其処に何かがある』という事を捉えている。
だが、
「━━━━コレもまた、異端技術かッ!!」
シンフォギアに依らない、これほど大規模な異端技術の行使・運用!!フィーネを名乗る彼の組織は、やはり我々以上に聖遺物に精通した存在という事か……!!
◆◆◆◆◆◆◆
「━━━━貴方達は、一体何をしたいの!?」
思わず、思わず口を突いた言葉がそれだった。未だ昇り切らぬ朝焼けを背負う彼女達に、私は問う。
「━━━━正義では、護れぬ物を護る為。」
「……えっ?うわっ!?」
その返答は簡潔な物で。迷いも無くて。
あまりにもあっさりと言い切られた事への戸惑いすらも、空中に突如現れた大型の飛行機の爆音が掻き消していく。
そして、二人とウェル博士は垂れ下げられたロープへと捕まって海の向こうへと去って行く……
「……逃がすかよッ!!」
だが、それを阻まんとする者が居る。クリスちゃんがその手に持つギアを長大な狙撃銃へと変形させて狙いを付ける。
━━━━RED HOT BLAZE━━━━
「━━━━ソロモンの杖を……返しやがれッ!!」
━━━━だが、その狙撃が成し遂げられるよりも速く、朝焼けの光の中に溶けるように飛行機が掻き消える。
「……なん、だと?」
━━━━まるで、最初からそこには何も無かったかのように。
綺麗な朝焼けだけが、其処には輝いていた……
◆◆◆◆◆◆◆
━━━━二課仮設本部の上に、大の字に寝転がる。
何も、出来なかった。
「━━━━お前達、無事か!?」
ハッチを開けて、司令が甲板へと顔を出す。
「師匠……私、了子さんと……たとえ全部は分かり合えなくても、せめて少しは通じ合えたと……未来に伝えてもらえると思ってました、けど……」
━━━━あの日、言葉を交わした筈のフィーネの復活。そして、我々の敵対。
現実はいつだってこんな筈じゃなかった事ばかりだ。だが……
「━━━━通じなかったのなら、通じるまで何度だってぶつけてみろ!!言葉より強い物。知らぬお前達ではあるまいッ!!」
そうだ。上手く行かなかったからと、たった一度で諦めるような殊勝な性格を俺達はしていない……!!
「言ってる事、全然わかりません!!
━━━━でも、やってみます!!」
「……よっ、と。そうだな。一回で反省してもらえなかったってんなら、もう一回鼻っ柱にぶち込んでやるくらいでちょうどいいだろうさ。あの人にはな……」
「さ、流石に女の人に顔面パンチは最終手段にしようね、お兄ちゃん……」
「ハッハッハ!!それくらいの勢いでなければ止まらんだろ、彼女は!!」
━━━━確かに何も出来なかったけれど、まだ俺達の戦いは終わってはいないのだ。
ならば、立たねばなるまい。何度でも、何度でも。この空に、歌が響く限り。
━━━━十年前、あの子と私は同じ事故に遭った。
あの子は何も覚えてはいない。それほどに私達は幼く、そして無力だったのだから。
けれど、私は一つの輝きを覚えている。たった一度だけ、たった一日だけ出逢えたその少年の姿を。
━━━━二年前、あの子と私は曲がりなりにも友達だった。
あの子は何も語れやしない。それほどまでに私達の溝は深く、そして遠くなってしまったのだから。
けれど、私は許されてはいない。たった一度だけ、たった一回だけの約束が、私を生へと縛りつける。
━━━━コレは、歌女の物語では無く。コレは、正道な物語では無い。
けれど……その中心に立つのは二人は変わらない。永遠の刹那に生きる歌巫女と、今を生きる少年の想いは。