戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第四十九話 追憶のフラグメンツ

電気的に励起されたギアペンダントが、エアキャリアのコックピットに据え付けられている。

 

━━━━形式番号『SG-i03 Shenshoujing』。

櫻井了子がFISのロスアラモス秘密基地に遺した四領の一、神獣鏡(シェンショウジン)のシンフォギアである。

その特性は、鏡。光を返し、姿を返し、輝きを返すその特性を研究する中で、我々は物理的な光すらも捻じ曲げる特殊迷彩ウィザードリィステルスを開発するに至った。

コレは明確なアドバンテージであり、組織力という点において絶対的に劣る我々が保持するほぼ唯一の戦略物資といえる。

 

「……ですが、それも薄氷の物……」

 

確かに、索敵機器すら捻じ曲げ、物理的な視認すら不可能とするこの装備は強力無比だ。

━━━━だが、コレを稼働させているのは結局の所エアキャリアのエンジンが産み出す電力。

機械的な聖遺物の起動では、無限のエネルギーを発揮させる事は出来ない。出来たとしても聖遺物が暴走するか……或いは出力に耐えきれず砕け散るかだ。

今回は特に、フロンティアの封印解放儀式術の為に一晩中飛ばした上での撤退だ。直ちにエアキャリアの給油に向かわねばならないだろう。

 

「……仕方ありませんね。米国が用意していたセーフティハウスを占領する他ありませんか……」

 

しかし、我々が米国に気取られずに用意出来ていたアジトはあの廃病院一つだけ……となれば、本来の作戦にて使われる筈だった、日本国内に潜む米国特殊部隊が使うセーフティハウスを占領し、そこに配備された装備で給油と潜伏を行わねばならないだろう。

━━━━当然、そんな手を取れば我々の存在は米国側に探知される。四日……いや、三日もあれば彼等は制圧部隊を送ってくる筈だ。

長期戦になればなるほど此方は不利……消耗戦になってしまえば我々に勝ちの目は無い。

 

「……急がねば。セレナが生きるこの世界を救う為のタイムリミットは短いのだから……」

 

━━━━後悔がある。六年前の事だ。

ネフィリムの電気的起動実験の強行を止められず、私はセレナを犠牲にした。結果的には魔女がセレナや私達を救ってくれたとはいえ、間違いなくそれは私の責任だ。

だから、私は研究に邁進し続けた。レセプターチルドレン達はしょせんフィーネが不慮の事故で亡くなった場合の次善策の数合わせ。

そんなただ飯喰らいを率先して養おう等という人道的な考えの持ち主はロスアラモスにも皆無では無かったが……そうそうは居なかった。

だからこそ、彼等彼女等に存在価値を持たせる為に私はなんでもやった。

シンフォギアへの適合、警備員になる為の軍事教練、研究者になれそうな子には教育も施した。協力者など当然得られず、全て私が手筈を整えた。

 

……だが、一人でその総てをこなすには、私という人間は脆すぎた。

年齢と、過労。そして不摂生。脳梗塞を起こしながらも死なずに済んだのは、医療機関も兼ねている実験施設とはいえ奇跡に近かった。

その後遺症故に、今も私の脚は動かない。

それを補う為に作り上げたのがこの車椅子。様々な異端技術を組み込み、新たな脚とした。レセプターチルドレン達を護る為の私の戦いは未だ終わってはいなかったのだから……

 

「……ですが、ドクターウェルの考えはまた異なるのでしょうね。」

 

今回の撤退を招いた張本人であるドクターウェル。彼の思惑は我々の理想とは異なる物だ。

大方彼の秘蔵っ子だというアンチリンカーの性能を第一種の適合者に対して試して見たかったのだろうが……その結果が、コレだ。

理想の為の立ち回りを理解してもらえるとは思わなかったが……よもや、ここまでとは……

 

「……それでも尚、彼が居なければ立ち行かぬ。歪な組織との謗りは甘んじて受け入れねばなりませんか……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━下手打ちやがって!!連中にアジトを抑えられたら、計画実行まで何処に身を潜めればいいんデスか!!」

 

━━━━ドン、と切歌の手に押されてウェル博士がエアキャリアの壁へと叩きつけられる。

基本的に和を以て貴しとなす、つまり空気を読むタイプである切歌が此処まで怒るのも珍しい。

……だが、ウェル博士が犯した失態がそれ程の物であるのもまた、事実なのだ。

 

「……お止めなさい。そんな事をしたって何も変わらないわ。」

 

「……胸糞悪いです……!!」

 

けれど、マリアは冷静に切歌を諫める。リーダーとしてのその決断に切歌はしぶしぶ引き下がるが、到底納得できていない事はその声音からも透けて見える。

 

「……驚きましたよ。謝罪の機会すら与えてもらえませんか……」

 

「……ッ!!いけしゃあしゃあとッ!!」

 

『━━━━虎の子たるネフィリムを護り切れたのはもっけの幸いです。

 ……とはいえ、エサとして持ち出した聖遺物の大半を置いておいたアジトが抑えられてしまった今、ネフィリムに与える分の持ち合わせが足りないのが我々にとって一番の痛手ですね。』

 

━━━━再度燃え上がりそうな切歌の機先を制したのは操縦席に座るマムが寄越した通信。

そして、それを聞いて皆の視点が一点へと……即ち、カーゴに据え付けられた光学ケージ内のネフィリムへと向かう。

 

「今は大人しくしてるけど……いつまたお腹を空かせて暴れ出すかは……」

 

「なぁに、研究所から持ち出したエサは喪えど、すべての策を喪ったワケではありませんよ……とはいえ、それを語るのは後にしましょう。先に、少し休ませていただきますね?」

 

━━━━そうして回生の一手を狙うウェル博士のその眼が、私にはとても恐ろしく見えた。

イヤな眼だ。下卑た情欲すら抱かずに、ただ私達の有用性だけを見抜こうとする眼。

……十年前のあの日から、イヤという程浴びて来た視線だ。

 

「……美舟、大丈夫?さっきから静かだけど……やっぱり一晩中舞って疲れちゃった?」

 

━━━━調が、私を心配して声を掛けてくれる。確かに、フロンティアの封印解放の為の儀式を舞い続けるのは骨が折れた。

だが、違う。私がここまで落ち込んでいるのは疲れからなんかじゃない。

 

「……ん。ボクなら大丈夫だよ、調。確かに疲れてるけどそれだけさ。」

 

━━━━ウソだ。ボクの目の前には、今も焔が揺らめいている。

 

「……そう。ならよかった。美舟、最近元気無かったから……」

 

━━━━あぁ、それは……当然の話だろうな。

調はきっと、何も覚えていないだろう。そして、それはきっと幸せな事なのだ。

()()()の視界の中で揺らめく幻の焔が勢いを増し、私の意識を過去へと押しやって行く━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━十年程前の話だ。米国に拉致される前の()()()の話だ。

 

『━━━━初めまして。俺の名前は●●●●って言うんだ。』

 

昔の事で覚えている事は数少ない。昔の名前……天舟美坂(あまふねみさか)というそれと、そして、あの日出逢った少年……お兄ちゃんの姿くらいだ。

それ以外の()()()の事は総て、あの焔が焼き払ってしまった。

 

━━━━あくまでも、その事故は調を狙って起こされた物だったと、いつだか偏屈な研究者が言っていた。

通気ファンを爆破する事で偽装が為されたトンネル内での爆発炎上事故。その場から消え失せた行方不明者だったという少女。

……ボクは、そんな少女の家族が運転する車の後ろに付いていた車に乗っていたのだ、とも。

 

けれど、偶然にもあの事故を生き延びた()()()の家系もまた聖遺物に連なる物であり、フィーネの器たるのだと調べられたが故に後発で拉致されたのだという。

━━━━全く、傍迷惑な話だ。

 

数ヶ月の時が空いた為に一見すれば関係無いようにも見えた二つの誘拐は、レセプターチルドレンという一つの傍線を受けて一つの事件に変わる。

……その真実に、()()()()()は気付くだろうか?気づいてもらえるだろうか?

 

━━━━けれど、今を切歌やマリアと共に生きる月読調にとっては余計な話にも程がある。

私からこの事実を教えるつもりは無い。

もしも……もしも、私達が世界をフロンティアによって人々を救えて……極少数しか救えないだろう人類最後の生き残りの中に彼女の元々の家族が居たのなら……その時には、教えてあげてもいいかも知れない。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━では、自らをフィーネと名乗ったテロ組織は、米国政府に所属していた科学者たちによって構成されている、と?」

 

やはりいつも通りに蕎麦を啜りながらに、斯波田事務次官がその情報を齎して来たのは彼等のアジトに踏み込んだ次の日の昼飯時の事だった。

 

『正しくは、米国連邦聖遺物研究機関……FISの一部職員が統率を離れて暴走した集団……って事で米国側は説明してる。』

 

「ソロモンの杖と共に行方不明になり、そして再び現れたウェル博士もFIS所属の研究員の一人……」

 

『……それとな、コイツァあくまでもウワサなんだが、FISってのは先だっての日本政府の櫻井理論の開示以前から存在してるってェ話だぜ?』

 

「考えてみればそれも道理ですね。たった三ヶ月で我々も未だ全貌を掴み切れては居ない櫻井理論を解明してシンフォギアを作り上げる事はどう考えても不可能でしょうし……

 つまり、米国と通謀していた彼女……フィーネの米国における仮宿、という事ですか……」

 

緒川の言葉は正鵠を射ているのだろうと、俺も同意の頷きを返す。

そもそも了子くん……フィーネは米国とも数年単位での━━━━それこそ、完全聖遺物であるソロモンの杖をせしめられるだけの結託があったワケなのだから。

 

『そんな出自だからなァ……連中が組織にまでフィーネの名を冠するのも道理やも知れん。

 ━━━━テロ組織には似つかわしくないこれまでの行動だが、案外なにかの仕込みがあるのかも知れんぜ?』

 

「……了解しました。」

 

『しかしアレだなァ。どっちかといやぁ内閣情報官なんだし、情報収集なら八紘の兄ちゃんにも頼んだ方がいいんじゃあねぇか?』

 

情報交換も終わった辺りで事務次官が言及してくる相手は、風鳴八紘。

名字からも分かる通り俺の兄であり……翼の、父親でもある。

 

「ははは……身内の伝手で頼れないかと頼んでみた事もあるんですがね。内閣情報官として動く以上、特務機関である二課との公的な繋がりを持つのは危険だからとすげなく断られちまいまして……

 一応、表向きの立場である天津家当主として共鳴くんが何度か風鳴の屋敷に赴いてますから、此方の事情はあらかた知ってるとは思うんですが……」

 

━━━━勿論、それは表向きの理由だろう。八紘の兄貴の事だ、大方の所は親父殿が翼に直接ちょっかいを掛けられぬようにと自分も関わらぬ事で口実を減らしているのだろうが……

 

『……随分とまぁ、ややこしいこったねィ……』

 

「……二課がここまで法規の枠組みを超えた行動を許されているのは、親父殿の存在や兄貴の働きかけがあるからこそです。其処を履き違えるようなヘマはしませんよ。」

 

━━━━難儀な話だ、我が家族の事ながら。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「さて……鳴弥くん!!次なる戦いに備えて我々の手札を数え上げるとしようじゃないか!!」

 

斯波田事務次官との通信を終え、立ち上がりながら司令が此方に声を掛けてくる。

通信の最後に挟まった風鳴のお家事情故か、司令のその態度がわざとであるのは分かる。分かるが……此処は、何も見なかった事にして流すのが大人の対応という物だろう。

 

「はい。私達の戦力は第一種適合者が担うシンフォギア三領と、第二種適合者が担う一領、そしてレゾナンスギア一つの計五機となります。」

 

「むぅ……RN式の調子はどうだ?」

 

「━━━━正直に言って、お手上げですね。RN式は歌を利用して聖遺物を起動させる櫻井理論から外れた異端のシステムですので……

 それに、雷神の鼓枹を動力源として運用した際に余剰エネルギーが聖遺物の特性を起動させていたらしく、内部の配線までズタズタになってます。

 コレを修復するだけで何年掛かってしまうやら……」

 

つまるところ、我々では櫻井了子の……フィーネの技術には全く追い付けていないというのが実情だ。

その中でも一番取り組み易いのが櫻井理論であり……そして、シンフォギアとレゾナンスギアなのだ。

 

「やはり、そうか……」

 

その報告を聞いて落胆する司令。やはり少年少女を前線に立たせねばならない事に思う事はあるのだろう。まったく、優しい人だ……

 

「━━━━とはいえ、雷神の鼓枹自体はレゾナンスギアの強化パーツとして活用出来ています。

 S2CAのトライバーストをも装者への負担をほぼ齎さずに可能とした以上、総じて我々の戦力は大きく向上していると言っても構わないのではないでしょうか?」

 

そんな司令への助け舟を、緒川さんが出してくれる。

 

「うむ……時間制限こそ付くが、奏くんも一度程度ならシンフォギアの展開が可能となった以上は、第二種適合者であると見られる彼女達に対して正面戦闘における圧倒的なアドバンテージがあると言えるだろう。

 だが……」

 

翼ちゃんの証言から、敵が恐らくは第二種適合者である事がわかった。それ故に、Linkerに頼らざるを得ない彼女達に対して我々は装者の戦闘持続時間において圧倒的なアドバンテージがある筈だ。

……だが、その優位を一発でひっくり返しかねない存在がある。

 

「……Linkerを彼女達が常用しているという情報、そしてウェル博士の専攻である生化学の観点、そして解析された病院内の空調設備の痕跡などから、あの時のカラクリの予測は付きました。

 アレは、いわば『アンチリンカー』……脳に作用し、歌と聖遺物を遠ざける物質では無いかと推測されます。

 ウェル博士が閉所に陣取ってノイズを大量に出現させたのは、この物質を最大限に活用する為の戦術だと思われます。」

 

「アンチリンカー、だと……ッ!?」

 

「はい。吸入によって脳に作用し、聖遺物との適合係数を強制的に引き下げる上にほぼ無味無臭でガス状に加工可能……と来ました。コレはまさしく悪魔の発明品ですね……」

 

「……考え得る限り、最悪の存在だな……」

 

シンフォギアがノイズに圧倒的なアドバンテージを持つのは、歌によって調律された聖遺物が産み出すフォニックゲインによってアンチノイズプロテクターとして機能するからだ。

だが、アンチリンカーはその機能を単独で粉砕し、ガス状に加工可能である為にシンフォギアの根幹を為す『歌唱』に絶対に必要な呼吸すら実質的に制限出来る。

 

「……ただ、ウェル博士が閉所に陣取った事から、吸入での使用の場合は多量の摂取が必要になると思われます。

 それ故に適合係数が下がり切る前に閉所を破壊したり、最悪の場合は此方からは閉所に入り込まないなどと言った対策は幾つか建てられるかと。」

 

「うむ……仮称・アンチリンカー対策は急務、か……しかし、それにしてもそれ程の技術力を持ちながらも未だに彼女等の目的が見えないのは怪しいな……」

 

━━━━突破口は見えた。だが、その計画の全貌がまるで見えない。

まさしく五里霧中のようだ……と思いながら私は、次なるデータを照合に掛かるのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ノートに書き連ねるのは、ここ最近の様々な事情の断片だ。

フィーネを名乗る組織、調と切歌とマリアが呼ぶ少女達、そのマリアと側役を務めていた美舟という少女、ウェル博士、謎の生物系聖遺物……

 

「……だーっ!!まるで分らん!!」

 

散逸した要素に頭を抱える俺が今居るのは放課後の教室だ。

━━━━早いもので、もう高校三年の秋も終わりに差し掛かろうとしている。

 

「……竜子さんが居なくなってから、もう一年以上か……」

 

……思わずまろび出た感傷を首を振って去らせ、思考を別方向へと逸らす。

そうして思えば、俺の高校生活も割かし激動だったものだ。

この三年間、様々な事があった。良哉が度胸試しとかなんとか言ってデリヘルを呼ぼうとしたり、学園祭を成功させるのだーッ!!と叫び出した良哉に振り回されたり、他にも様々。

 

「━━━━良哉には頭が上がらないな……」

 

バカな事も山ほどあったが、総じて良い想い出と言える物になっているのはやはりアイツのお陰だ。

二課の仕事や天津家の仕事で出席がズタズタで補習だらけだった俺にも『ヒマだからな』とか言って付き合ってくれた。

 

「……まさか、そんな奴に彼女が出来るとは思わなかったが……」

 

とはいえ、男子特有の悪ノリを除けば気配りも出来るし顔立ちも整った男なのだ。むしろモテない方がおかしいだろう。

……人は変わって行くものだな。あの頃にはそんな事、考えもしなかった。なんて、遠い目をして。

 

━━━━俺は、その歌に触れた。

まるで子守歌のようなその歌は、中庭から聴こえて来る。

時刻は既に放課後。リディアンでもあるまいし、部活動も終わりが近づくこんな時間に歌うとはどんなもの好きだろうか?

気になってしまえば歩みは止まらず、好奇心に駆られて……どうせやる事も無いのだしと、ノートをしまい込んだ俺の脚は中庭へと伸びていた。

 

「━━━━あの日夢見た 場所へ行こう……」

 

━━━━其処に居たのは、染めたのだろう金髪の少女だった。

竜子さんをイジメていた中心人物。確か……サキ、と呼ばれていた筈だ。

━━━━一生、許さないと。あの日にそう言い放った相手。

 

「……誰?」

 

「あー……お邪魔だったかな?」

 

「……アンタか。別に……行くとこも無いから暇つぶしに歌ってただけだし。アタシは別に。」

 

「隣、座っても?」

 

「……いいけど。

 ……許さないんじゃ、なかったの?」

 

━━━━だって、キミは今にも泣きだしそうな顔をしているじゃないか。

それが放っておけなかったのだ。俺は。

……そんな本音は言っても怪しまれるだけだろうから胸にそっと仕舞っておく。

 

「うん。許さないよ。許さないけど……それとこれとは話が別じゃないかな?

 だからまぁ、聞き役くらいにはなれるかなって。」

 

「……変な奴。

 ……まぁ、いいか。誰かに聞いてもらいたかったのは事実だし。」

 

━━━━そう言って、隣に座る俺の顔を見る事も無く。彼女は語り始めた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━お節介な奴だな。とは思いつつも、喋り出してしまえば言葉は止まるという事を知らない。

 

「━━━━そういやアンタ、アタシの名前知ってる?」

 

「ん、済まない……あの時サキと呼ばれてた事くらいしか知らないな……」

 

「ま、クラスも違うし接点も無い相手なんてそんなもんだよね。アンタみたく有名人なら話は別だけどさ。

 ━━━━アタシは櫻井咲。よろしくはしなくていいけどね。」

 

「━━━━櫻井?」

 

やっぱりか。と少し落胆してしまう。コイツが()()()の事を知らなければ話は早かったのだが。

まぁ、あの人は有名人だから仕方ない仕方ない。何度も何度も、そうやってアタシは諦めて来たんだから……

 

「……やっぱり了子小母様の事は知ってるかぁ……あ、小母様って言っても実の叔母じゃないよ?確か、アタシの母さんの方のお婆ちゃんの妹の娘が了子小母様なんだ。」

 

「……親族とか居たのかあの人……どっかから自然発生したりしたワケじゃなかったんだな……」

 

━━━━その言葉に、思わず笑いだしてしまう。

全く以てその通りだ!!どうやら、コイツは小母様と随分親しかったらしい!!

 

「アッハッハッハ!!確かに!!小母様ってば親戚付き合いなんてガラじゃなかったし!!コッチに偶に顔を出して来てもアタシにちょっと声掛けたらサクッと帰ってく……嵐のような、人だったな……」

 

━━━━そんな了子小母様は、もう居ない。三ヶ月前のノイズ大量発生の犠牲者の中に、了子小母様の名前があった。

だから、小母様のお墓は無い。私物すら殆ど帰ってこなかったと、姪を可愛がっていたお婆ちゃんが泣いていたと聴いた。

 

「……俺の、母さんが了子さんの基で働いてたんだ。その縁で、色々。」

 

━━━━あぁ。コイツは了子小母様が居なくなった事を悼んでくれているのだな。なんて、それだけでコイツに好感を持ってしまう自分が居た。

けれど、仕方がない事だろう。だって……

 

「……ありがと。お婆ちゃん以外だと初めてかな。小母様を悼んでくれたの。

 ━━━━アタシの母さんは、了子さんと比較されて育っちゃったから。」

 

━━━━了子ちゃんのように頭のいい人になるのよ、サキ。

優秀過ぎる従妹と比較され続けた母さんが選んだのは、自分の子にその歪みを全てぶつける事だった。

きっと、アタシが産まれるまでは諦められたのだろう。わずか18其処等で考古学の権威とまで呼ばれた才媛。学会の風雲児。他にも色々、名誉不名誉問わず数々の異名を誇ったという、身近な女の子に追い付く事を。

 

けれど、アタシが産まれてしまった。だから母さんはアタシに総てを期待した。

 

「それは……」

 

━━━━辛かっただろう。とか、そういう気休めを言いたそうな顔をコイツはしている。けれど、それを言う事は無かった。なんて優しい馬鹿だろうか。アタシはアンタの彼女を殺したような物なのに。

……けれど、言わなかった。そういう気休めがアタシが一番掛けられたくない言葉だとも理解しているのだろう。難儀な奴だ。

 

「けどね?了子小母様が居なくなって、それから母さんはアタシに何も言わなくなっちゃったの。」

 

━━━━ポッカリと、穴が空いてしまったのだろう。アタシの人生を滅茶苦茶にしてまで求め続けた女の子が居なくなってしまって。

 

「……タイミング悪いよね……いい大学に行けって言われて、無理して偏差値高い大学を狙って……もうちょっとでセンターって時期に、何をすればいいのか分からなくなっちゃって……」

 

アタシは、母さんに言われたから勉強を頑張っていた。母さんに言われたから周囲から嫌われないように動いていた。だから……その為に()()()まで切り捨てたって言うのに。

 

「…………」

 

隣に座る男は何も言わない。あぁ……懺悔するなら、今か。そんな予感がある。

()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな虫の知らせみたいな予感。

 

「……竜子の事、殺したのはやっぱりアタシみたいなモンなんだよ。」

 

「━━━━ッ!?」

 

驚き、そして困惑。それはそうだ。彼女は父親に誤って殺されてしまったという。それが事実だ。

だが、その原因はアタシにこそある。

 

「……此処等じゃ一番の進学校な此処を受験してさ。でも余裕がありそうな感じだったから、小母様が珍しく褒めてたツヴァイウイングのライブチケットをこっそり買ったんだ。

 ━━━━けど、母さんにバレちゃって。だから、帰ったらどうせ捨てられるからって、クラスに居たツヴァイウイングのファンだって子にあげちゃったの。」

 

━━━━その相手こそ、蒼月竜子だった。彼女は、アタシがくれてやった事すら覚えていないだろう。それくらいチケットが貰えてテンションが上がっていたのだから。

 

「……さっき歌ってた歌は、その時に彼女が口ずさんでた歌なの。家に伝わる歌だって。」

 

「それは……そんなのは!!」

 

━━━━関係無いと、ライブ会場であんな悲惨な事件が起きるなんて誰にも分からないのだから、罪は無いと。きっとそう言いたいのだろう。

分かっている。けれど、問題は其処では無い。

 

「━━━━怖かった。あの子が、竜子がチケットを渡した相手の事を思い出して……それを言いふらすのが。」

 

━━━━到底、論理的な思考では無い。今になれば分かる。チケットを渡した奴だって同罪だなんて、言いふらした所で何の意味も無いし、アタシの友達は全力で否定しただろう。

 

「それで……皆から嫌われて!!ああなるのが怖かったの!!」

 

━━━━けれど、決して。ああはなりたくなかったのだ。あんな状況では、アタシは絶対に生きていけないと直観してしまったから。

 

「だから、アタシは竜子をイジメた!!あの子の言葉なんて誰も信じないように!!」

 

━━━━絞り出す。当時は『バッシングされているのだからイジメられるのは当然だ』等と自己弁護していた。

けれど、けれど。あの子が死んで。二年も経って。母さんが黙り込んで。

……そこでようやく、気付いてしまったのだ。彼女をイジメていたのは、アタシただ一人だったんだって。

 

「……どうしたって、過去は変えられないじゃない……アタシの罪は、もう償えない所まで行っちゃったじゃない……!!」

 

━━━━涙が止まらない。身勝手な懺悔だ。彼女を殺された男に向かって『殺すつもりは無かった』なんて、言った所で……

何もならない、そう続けようとしたのに。無駄に優しいその男は、アタシをそっと抱き寄せる。泣き顔が見えないように。

 

「……櫻井咲さん。やっぱり、俺はキミを許せない。一生掛けて償ってもらってもなお、赦せない。」

 

━━━━ビクリ、と肩が跳ねる。改めて言葉にされればそれは、恐ろしい宣告だった。

幾ら償おうと、許すことは無いと、断言された。

 

「━━━━だから、一生を生きてください。生き抜いてください。竜子さんの事を悼むのならば、想うからこそ、生きる事を諦めないで。

 ……たとえ、俺が居なくなったとしても、その罪を背負って生きてください。」

 

━━━━なんて、残酷な言い草だろうか。無責任にも程がある。

一生許さないと宣いながら、許さないからこそ罪を背負って生き続けろだなんて……

 

「━━━━だって、許されなくったって。幸せになってもいい筈じゃないですか。」

 

━━━━そんな、想いはしたって誰も貫けやしない姿勢を何でもない事のように言う彼が、私には恐ろしく見えたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━コレは、遠い記憶だ。

自覚はあるのか、それとも無いのか。それはともかく愛おし気に眠りに着いた少女を撫でる女の名は、櫻井了子……いや、フィーネという。

 

「……子ども、か。バラルの呪詛を掛けられて尚、よくもまぁ……

 しかし、櫻井了子の親族となれば『器』としても申し分無かろうが……連中に攫わせてしまえば流石にあの男に勘付かれるか。

 ……であれば、予備プランの、さらなる予備プランとして秘匿……は難しいか。米国には釘を刺しておけば良いか……」

 

━━━━コレは、遠い記憶だ。

彼女が、櫻井咲が覚えてすらいない程の古い記憶だ。

 

「……いつか……」

 

だから、フィーネのその言葉を聴いた者など、誰も居ないと同じだった。




━━━━始まる祭りは軽やかに、賑やかに。
余興座興と笑えども、其処に秘め握る想いは堅く。

━━━━どうか笑顔で居て欲しい。
━━━━どうか笑顔で歌って欲しい。
━━━━どうか笑顔を取り戻して欲しい。

三者三様、人の数だけ願いは紡がれる。
ならば、その願いを叶えるのは一体誰なのか。

━━━━カミサマも知らないヒカリは、今此処に対なる翼となって歌を奏でる。

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