戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第五十話 黒白のカラーリング

━━━━アジトを抑えられてから数時間後の昼下がり。

一休みしたウェル博士が私達を集めさせた理由は明白だった。

 

「━━━━さて、アジトを押さえられ、ネフィリムを成長のに必要なエサ……つまり、聖遺物の欠片もまた二課の手に落ちてしまったのは事実です。

 ですが、元々本国から持ち出せた聖遺物の欠片は残り僅かとなっていました。遠からず補給の必要はあったでしょうね。」

 

「……分かっていたのなら、対策も考えているという事?」

 

ウェル博士の言葉は正しい。ギアを纏えない為にマムの手伝いもしていたボクは、持ち出した聖遺物の欠片のリスト化にも関わっていたからだ。

この一週間で七割の欠片が起動したネフィリムの糧となった。

━━━━だが、それでもネフィリムの成長には追い付いて居なかった。

欠片程度では足りないと叫んでいたのだ、アレは。

 

「対策などと大げさな事は考えていませんよ。それに今時、聖遺物の欠片なんて……其処等辺にゴロゴロ転がっていますからね。」

 

マリアの問いに鷹揚に応えるウェル博士の見つめる先は、窓際に並んで座る切歌と調のギアペンダント。

 

「━━━━まさか、このペンダントを食べさせるの!?」

 

「とんでもない。此方にとって貴重な戦力であるギアをみすみす喪わせるワケにはいかないでしょう。」

 

……それはそうだ。幾らギアペンダントに使われている聖遺物の欠片が今までのエサよりも高純度とはいえ、それを喰わせてネフィリムを起動させても本末転倒だ。

ネフィリムの無限の心臓が稼働した時、そしてフロンティアを浮上させたその時に人々を抑え、導く為の武力は必要になる。

特に、同じシンフォギアを擁する二課を相手にするのならば……

 

「……つまり、二課の保有するギアを奪取すると?

 ……いいでしょう。なら私が……」

 

「━━━━それはダメデス!!」

 

「ッ!?」

 

故に、最も戦闘力の高いマリアが二課の装者を討ち果たし、そのギアを奪取する。確かに合理的な戦術ではあるだろう。

━━━━けれど、それはダメだ。

切歌と調と、そして私が声を挙げる。

 

「絶対にダメ。マリアが力を使う度、フィーネの魂がより強く目覚めてしまう!!」

 

「それはつまり、マリアの魂を塗りつぶして上書きされていく事と同じ。ボク等はそんな結末望んじゃいない!!」

 

━━━━それは、覚醒の鼓動。フィーネの魂の受け皿となったというマリアは、だけど私達のよく知るマリアのままで居てくれた。

しかし、それでも段階的にフィーネの魂が覚醒していけば……いずれはフィーネそのものになるのだと、マムは私達にそう言った。

それは、イヤだ。たとえ世界が救われたって、其処にマリアが居なかったら意味が無い。私達三人の想いはそこで一致していた。

 

「みんな……」

 

「だとしたら、どうしますか?」

 

「あたし達がやるデス!!マリアを護るのはあたし達の戦いデス!!」

 

「━━━━素晴らしい!!であれば、詳細は貴方達に任せる事としましょう。どうせ此方にも明確なプランはありませんしね。」

 

━━━━そう言って退出していくウェル博士にアカンベェをする切歌をひとまずは置いておいて、調とボクは顔を突き合わせる。

 

「……って言っても、具体的にどうしようか。直接襲った所で二対三じゃあ流石に勝ち目は薄いし……」

 

「……勝てないとは言わないけど、流石に厳しい物があるのは確か。となると、闇討ち?」

 

「と行きたい所だけど、装者のプライベートは二課の目が光ってるし……そんなに都合よく狙える状況があるかなぁ……」

 

今のご時世、シンフォギア装者の情報は純金よりも価値があるとぶつくさ言っていた奴が研究所には居た。

実際、聖遺物の安定起動を可能とするシンフォギア装者は国家単位でのバックアップが付いているのだ。此方もギアを纏えば並の護衛など物の数では無いとはいえ、事前に襲撃がバレてしまえば意味が無い。

 

「おぉ!!そうデス!!確かマムが事前に調べておいた装者のデータがあった筈デスよ!!そこから弱点とか探るデス!!」

 

「━━━━それだよ、切ちゃん!!」

 

「確かタブレット端末に……あった。コレだね。ふむふむ……シンフォギア装者の個人データも中々揃ってるね……けど、流石に本人の弱点なんかは載ってない、かぁ……」

 

しかしそれでも、取れる情報というのはあるもので。

身体検査データなどは米国にも共有されていたが故に私達の手にもある。

 

「お誕生日は大事デスけど……今知った所で弱点にはならないデスしね……」

 

「……ううん。このデータのお陰で、一つ分かった事がある。」

 

流石に無理筋か……?頭の中にそんな想いが過るのを鋭く切り裂く、調の提案。

 

━━━━私達は、其処に賭ける事にしたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━天高く馬肥ゆる、という諺が似合う空模様だなぁ。だなんて、ぼんやりと思う。

私は頭も良くなくて補習ばっかりだったから、結局クラスの出し物━━━━フライドポテトだったって未来から聴いた。には全く関われなかった。

 

━━━━でも、こうやって高台から見下ろすと、コレはコレで良かったのかも知れないって思う。

クラスの出し物に全力で参加するのもいいけれど……そうしていたら、きっと今頃ポテトの鍋と睨めっこだっただろう。

それじゃあ、遊びに来てくれた人達の特別な一日を眺める事は出来なかった筈だ。

 

「ひーびき?」

 

「━━━━あ、未来。どうしたの?」

 

そうやってぼんやりとしていると、未来が声を掛けて来た。

 

「どうしたの?じゃないわよ……もうすぐ板場さん達のステージが始まる時間よ?」

 

「……えっ!?もうそんな時間だっけ!?」

 

「なんだか予定より前倒しになっちゃったんだって……お陰で特別審査員の道行さんの代わりに挨拶回り全部やらなきゃってお兄ちゃんがぶつくさ言ってたよ。」

 

「なるほど……よくわかんないけど分かった!!それじゃ行こうか未来!!」

 

━━━━未来が取ってくれた手を引いて、二人並んで走り出す。

あぁ、楽しいな……こんな日がずっと、ずっと続けばいいのに。

 

胸の中のナニカから目を逸らしながら、私はそっとその想いを仕舞い込んだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━どうしてこうなった。

胸の中を支配するのはその想いただ一つだ。

キューミンの熱意に負けて口車に乗せられたあの日の自分を呪いたい。というか大絶賛呪っている!!

 

秋桜祭の目玉行事の一つ、『勝ち抜きステージ』。

一見すれば普通の高校でも行うような気の抜けたようなステージイベントだが、音楽の専門学校であるリディアン音楽院は一味も二味も違う。

 

『━━━━さて!!次なるは一年生トリオの挑戦者達!!

 優勝すれば生徒会権限の範疇で一つだけ望みが叶えられるのですが、彼女達は果たして何を望むのかッ!?』

 

━━━━そう。このカラオケバトルに勝てば望みが叶うのだ。

生徒会権限の範疇で、という前提こそ付いているものの、ただの高校生であるキューミンにとっては何でも叶うとほぼ同義だろう。

 

「━━━━当然ッ!!アニソン同好会の設立ですッ!!あたしの野望も伝説も、全ては其処から始まりますッ!!」

 

「ナイスですわ!!これっぽっちもブレていませんもの!!」

 

アニソン同好会。それは、キューミンが入学当初から結成したがっていた同好会活動だ。

……だが、流石はお嬢様学校としても知られるリディアン音楽院なだけあり、アニソンに心惹かれる少女はそう多くなかった。

同好会の設立条件である五人の人員に対して、集まってくれたのはあまあま先輩ただ一人。アニソン自体は割かし好きなので参加自体に否やは無い私達まで含めても四人しか居ないのだ。

━━━━故に、キューミンはこの手を選んだのだ。アニソンの布教も忘れはしないが、それよりも何よりも『設立された』という実績さえあれば冷やかしだろうと入ってくれる人が居るだろう……という計算の上で。

 

「あぁー……なんかもうどうにでもなれー……!!」

 

━━━━しかし、何故その手段の為の策がコスプレ持参なのだ。ただ歌うだけならまだマシだが、流石にコレは女子高生的には辛い物がある!!

それ故に、衣装を嬉々として作っておきながら『イベントの匂いがするの~』とか言って直前にバックレたあまあま先輩への呪いもまた忘れない。

 

『それでは熱唱してもらいましょうッ!!TVアニメ電光刑事バンの主題歌で、【現着ッ!!電光刑事バン】。』

 

「━━━━太陽輝くその下で、涙を流す人々のォ……悲しみ背負って悪党退治ッ!!燃えろ現着、電光刑事ィッ!!」

 

死刑宣告にも等しいその紹介、そしてそれに続くキューミンの口上にようやく事前に聴かされていた振り付けの存在を思い出す。

あたしのコスプレしたキャラは『置き引きカマキリ』。なんでも、置き引きし続ける事を目的に造られた怪人なのだが……

両手がカマである為に置き引きが巧く出来ず、アイデンティティーの矛盾に悩む奥深い怪人なのだ……!!とキューミンは熱弁していた。

 

……いや、そもそもカマキリなのだから辻斬りとかに特化させればよかったのでは?というツッコミは封殺された。まぁ野暮天だしね……

 

━━━━あぁ、せめてもの救いは共鳴さんが見ていない事くらいだろうか。

現実逃避気味に思い出すのはステージに立つ前の事。なんでも、道行さんが特別審査員として参加するので代わりに挨拶回りをしなければならず、前倒しで私達の所に顔を出してくれたのだとか。

 

 

               ━━━━チャカブラスターッ!!━━━━

 

言い出しっぺかつ全力なキューミンはともかく、テラジまで衣装を着た途端に結構ノリノリになって掛け声に参加しているのは正直な所意外なのだが、

そのせいで私一人だけイマイチノリきれてないみたいじゃない!!

 

               ━━━━シェリフワッパーッ!!━━━━

 

そんな現実逃避も込めた自棄の叫びの横で、自信満々かつノリノリに歌うキューミン。

……だが、現実は非情である。曲を割り裂くように鳴る鐘は一つだけ。つまり失格だ。

キューミンには悪いが、正直助かったとホッと一息を吐く。心臓がバクバクでもうどうしようかと……

 

「えぇーッ!?まだフルコーラス歌ってない……二番の歌詞が泣けるのにー!!なんでー!?」

 

不完全燃焼なのだろう。自分の好きなポイントまで歌えなかった事を悔しがるキューミン。

キューミンのそういう感情を一切隠さない所は本当にスゴイと思うのだが、まぁ勝負は勝負。いやー失格になった以上はコレ以上此処に居ても仕方ないかなーッ!!

 

……とは思うものの、結局(くずお)れてへたり込むキューミンを放ってはおけなかったのだが……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「楽しいデスな~!!何を食べても美味しいデスよ~!!」

 

「じー……」

 

━━━━私達は、リディアン音楽院に潜入する事に成功していた。

調が見つけたのは、装者達が通うリディアン音楽院そのもののデータ。其処に近日開催される『学園祭』なる物を見つけたのだ。

ウェル博士に訊ねた所では『学生が自ら主導して行う出し物などを用いたお祭り』なのだというそれは、通常は強固に働くセキュリティをある程度引き下げて行われる物だと分かった。

ならば、話は簡単だ。正面から『客』として乗り込んでしまえばシンフォギア装者に近づく事とて容易い筈だ。

 

……その筈だったのだが、なんとも運の悪い事に此処に来る道程で自然発生したノイズに直面してしまったのが幸先悪い。

当然、放っておけば人が死ぬし、何よりもシンフォギア装者達が学園祭の只中に居なければ意味が無い。

それ故に切歌と調にノイズを蹴散らしてもらい、同時にボクが避難誘導の真似事をしたのだが……果たして、二課は誤魔化されてくれるのかどうか……

 

「な、なんですか?調……」

 

━━━━そんな風に考えている間に、ボクにとっては懐かしい品であるタコ焼きを食べていた切歌を調が睨みつけていた。

なるほど、幾ら『潜入美人捜査官メガネ』を掛けているとはいえ敵地なのだから気を張って欲しいのだろう。因みにボクが掛けているのはオレンジ色のフレームである。

 

「━━━━私達の任務は学祭を満喫することじゃないよ、切ちゃん。さっきだって装者を一人見つけたのに途中でポテトに釣られて見失っちゃうし……」

 

━━━━立花響と言っただろうか、あの少女は。先ほど、ボク達は彼女を見つけていた。だが切歌が道中のポテトに惹かれている間に彼女とその連れ合いは人混みに紛れ、見失ってしまったのだった。

それもあってか、カサカサと風にそよぐ木陰で調は切歌を詰問している。

 

「わ、分かってるデスよ!!でもコレも捜査の一環なのデス!!」

 

「捜査?なにを?」

 

「人間だれしも、美味しい物に引き寄せられるデス。だから、学院内のうまいもんマップを完成させる事が捜査対象の絞り込みに有効なのデス!!」

 

「…………」

 

調は無言で切歌を見つめる。まぁ、気持ちは分かる。どう見ても学園祭を満喫する為の口実にしか見えないし。

だが……ボク個人としては、嬉しい部分がある。

切歌も調も、FISに誘拐される前の幼い日の記憶を喪っている。ボクだって、たかだか小学生くらいだった昔の事なんて殆ど覚えてはいない。

━━━━だからこそ、こうやって何でもない日常を楽しんでくれている事が何より嬉しいのだ。

 

「まぁまぁ、調も落ち着いて。うまいもんマップは兎も角、ボク等はお客に紛れて此処に潜入してるんだから……楽しんでないで何かを探るような目つきをしてたら逆に怪しまれちゃうよ?

 幾ら警備が緩んでいるとはいえ、怪しむ人が居ないとは限らないんだから……」

 

「━━━━そうそう。秋桜祭では喧嘩はご法度。出来れば揉め事は起こさないで欲しいかな。」

 

聴こえた声にうんうんと頷いてから、ようやく気付く。はて?今の男性の声は誰のものだろうか?

そう思い至って声の方に振り向けば、其処には木の上から上下逆さまに垂れ下がる男性が一人。

 

━━━━その姿を見て、()()()()()と叫びを挙げそうになるのを必死に耐える。

分かっていた筈だ。装者に近づくという事は、つまり彼女達を護る彼に近づく事だと。

……けれど、覚えていてはくれないだろう。何年も前にたった一度遊んだだけの少女など、見知らぬも同じ筈だから……

 

「━━━━ッ!?」

 

「あー、ストップ。今言った通り戦うつもりは無いから、出来れば構えないでくれると嬉しいかな。」

 

「……そんな言葉、信用出来ない。」

 

「そうデス!!あたし達は敵同士なんデスよ!!」

 

「……とは言ってもだな。今の状況、有利なのはキミ達の方なんだよ。此処には今、数千人の来場者が居る。キミ達が狙ってやったのかはともかく、此処で君たちと刃を交えれば一番被害を受けるのは何の罪もない彼等だ。

 それは此方としても絶対に避けなければならない。だから休戦したいのさ。キミ達が積極的に攻撃を始めない限り此方は攻撃しない。という事でね?」

 

地に降り立ちながらのお兄ちゃんのその言葉に、ボク達は頭を突き合わせて相談を始める。

 

「━━━━どう思うデス?」

 

「……理屈は通ってる。ライブ会場の時と一緒で来場者が人質という事。ただ……」

 

「……問題は向こうが律儀にそれを護ってくれるか、だよね?

 ……ボク個人としては、護ってくれると思うよ。ホントは此処には居ないけれど、ボク達には()がある。ボク達そのものよりもそちらを警戒しているんだと思う。」

 

ボクの指摘にイヤな顔をする切歌と調の脳内に浮かぶのは杖を嬉々として振るうウェル博士の顔なのだろうな、と思い至り苦笑を零す。

━━━━だが、実際に杖が振るわれてしまえばどうなるかを考えれば、お兄ちゃんがここまで此方に譲歩するのも納得だ。

二課は武装組織ではあるが制圧部隊では無く、専守防衛を旨とする組織だ。それ故にか『犠牲を許容しての作戦展開』を嫌う。

組織力でも権力でも劣るボク達に勝機があるとすれば、其処だ。

 

「……分かった。私もあの人を此処に呼びつけるのだけは嫌。」

 

「そもそもコレはアタシ達に託された作戦デスからね!!アタシ達でどうにかしてやるデス!!」

 

「……と、言うワケで。ボク達としては否やは無い……です。」

 

━━━━どう接すればいいのだろうか。敵として?それとも、見知らぬ他人として?

十年。長い時間だ。本当なら、お兄ちゃんの隣で()()()は笑って居られたのだろうか?

……今さらな事だし、もしも(IF)の話だ。無意味な仮定で現実逃避だってわかっている。けれど、それでも思わずには居られないのだ。

今の自分はFISのレセプターチルドレンだという事実が、あまりにも重い。

 

「そうか……ありがとう。提案を受け入れてくれて。折角だし、お近づきの証に何か奢ろうか?」

 

「敵の情けなど受けるものかデス!!」

 

「うんうん。」

 

「……分かった分かった。あぁ、そうだ。ついでに伝言。『助けてくれてありがとう』ってさ。

 今朝のノイズ、その場で対処してくれたのはキミ達だろう?是非伝えて欲しい……って助けられたお婆さんが言っていたよ。」

 

━━━━そう言って、お兄ちゃんは内廊下へと歩き去って行く。ボク達の監視とかはしなくていいのだろうか?と一瞬思ったが、何かしらの方法で監視の目自体は付けているのだろう。

過度な干渉はしないという姿勢をアピールする為の行動であって、未だ近くには居るのでは無いだろうか……

それよりも大事なのは、あの時ボク達がお婆ちゃんを助けた事が無駄では無かったという事。

 

「……よかったね、切歌、調。」

 

「はいデス!!」

 

「……うん!!」

 

そう言ってハイタッチする二人を、ボクは微笑ましく見守っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━学園祭の喧噪の中を、変装した奏を連れて歩いていたのは奏の要望を受けての事だった。

けれど、そんな中で来賓への挨拶回りを終わらせた共鳴くんと出逢えたのは幸運以外の何物でも無い。

……だから、クラスの皆から後押しされたワケでは無いのだが……それでも、少し意識してしまう。

 

「━━━━そういえば共鳴くん、さっきは何があったの?急に飛び出していく物だからビックリしたのだけれど……」

 

「トモの事だし、なんか困ってる人が居たとかじゃないのか~?けど、今はアタシ等をエスコートしてるんだからコッチの事を放っておくのは減点だなー。」

 

「うっ……すいません。奏さん……あ、階段ですので持ち上げますよ?」

 

そう言って、共鳴くんは帽子とサングラスを掛けた奏を軽々と持ち上げる。

私もそれに合わせて車椅子を持ち上げて階段を上る。

 

「……はい。コレでいいですか?」

 

「うぅ、いつもすまないねぇ……」

 

「それは言わない約束ですよ、おとッつぁん……って、なんで時代劇なんですか?」

 

「だって日中ヒマなんだしさー。テレビしか見る物が無いからヒマなんだよーもー。」

 

「義肢の調整がここまで難航するとは思わなかったものね……」

 

━━━━四肢を喪った今の奏の新たな手足になる筈の義肢だが、その要求スペックの高さから開発が中々進んでいないのだ。

 

「奏さんの最終目標がアイドルとしての復帰である以上、異端技術を前面に押し出した義肢は任務向けにしか使えないのが難点ですね……なにか技術的ブレイクスルーとか、人間工学と異端技術に詳しい技術者の方でも居れば話は別なんですが……」

 

「まぁ、無茶な希望なのは分かってるけどさ……歌って踊れて、そのまま誰かを助けられる……そんな手足じゃなきゃ、ツヴァイウイングの復活とは言えないだろ?」

 

「ですね。ただ……やはりそういった複数の課題を同時に解決するのは中々……」

 

「ふむ……」

 

━━━━難しい話だ。奏の要求自体は理解出来る。アイドルとして歌を届ける事も、誰かを護る為の防人たる事も、どちらもツヴァイウイングにとっては大事な事だ。

 

「いっそのこと、機械的に聖遺物が起動出来るのならギアに義肢を任せられるのだがな……」

 

「母さんもそれを考えてるんだけど、二課の技術だとバッテリーが巨大化して背負う形式になっちゃうらしいんだよね……」

 

「……人体というのは、中々どうして高性能なのだな……あっ!?」

 

「━━━━うわッ!?」

 

「おっと。大丈夫?翼ちゃん、クリスちゃん。」

 

━━━━人体の神秘を垣間見て掌を見つめていた私は、目の前の教室から出て来たらしい雪音に気付けずにまたも正面衝突を起こしてしまったらしい。

らしい、というのも、ぶつかった段階で共鳴くんが支えに入ってくれた為に二人共したたかに打ち付けられる事無く抱き留められていたからだ。

 

「あ、あぁ……私は大丈夫。それよりも……またしても雪音か?何をそんなに慌てていたのだ?」

 

数日前と同じ形での衝突事故ともなれば流石に再発防止策を問いたいものだ。

 

「━━━━何故もなにも、追われてんだよ!!今だって包囲網が狭められてて……」

 

「クーリスちゃーん!!」

 

「ゲェッ!!天音ェ!?来るんじゃねぇッ!!」

 

「━━━━チェルノブイリッ!?」

 

━━━━あぁなるほど。当日になっても尚、という事か。

てっきり、今もうなじにヒリヒリと感じる追跡者の気配の事かと思ったが、天音さんが出て来たからにはどうやら違うようだと安心する。

 

「えーっと……厄介ごとでは無い、って事かな?」

 

「……みたいだな。」

 

雪音の見事なアッパーカットで教室の中へと吹き飛び戻り行く天音さんを見ていると、後ろから聴こえる足音達。

其処に居たのは私の予想通り、数日前に雪音を追いかけていた少女達だった。

 

「━━━━見つけた!!雪音さん!!」

 

「お願い!!登壇まで時間が無いの!!」

 

「えーっと……どういう状況なのか説明してもらってもいいかな?」

 

「━━━━あ、はい。勝ち抜きステージで雪音さんに歌って欲しいんです!!」

 

「だから、なんであたしが……!!」

 

「━━━━だって雪音さん、すごく楽しそうに歌っていたから。」

 

━━━━コレは、雪音の負けだな。胸中にて頷くのは、その攻勢に見覚えがあるからに他ならない。

数日前、共鳴くんと一緒に学園祭を回るべきだと熱弁された時の私と、今の雪音は同じだからだ。

 

「━━━━雪音は、歌が嫌いなのか?」

 

「あ、あたしは……」

 

だから、掛ける言葉は後押しのそれだ。七夕の夜に聴いた言葉。

━━━━歌で、世界を幸せにする事。

きっと、雪音が託された物なのだろうそれは、美しい理想だったのだから。

 

「……クリスちゃん。

 俺はさ、皆に笑っていて欲しいんだ。だから、キミにだって笑っていて欲しい。

 ━━━━キミに、幸せになって欲しい。だから、この一生に一度の学園祭を楽しんで欲しいんだ。」

 

「━━━━あ、あ、あ……相変わらず火の玉ストレートが過ぎるんだよお前ェ!!分かった!!分かったっての!!出ればいいんだろ!!」

 

まるで立花のように……いや、もしや立花が共鳴くんを真似たのか?どちらかは分からないが……

そうやって雪音の手を握って真っ直ぐな言葉をぶつける共鳴くんの姿に、奏と顔を合わせて苦笑を零したのだった。

 

「━━━━共鳴、そういう事は家でやれ。」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『さぁて、激闘続く勝ち抜きステージ!!次なる挑戦者の登場ですッ!!

 なんでも、クラスメートからの強力な後押しがあったという注目の二回生!!』

 

━━━━なんて紹介をしやがる、と恨みを込めて舞台袖でイイ笑顔をしてやがる天音(バカ)を睨みつけながら、あたしは思う。

流れ出すのは、近頃流行りなのだとアイツが聴かせて来た曲だった。よかった……シンフォギアである程度アドリブなカラオケには慣れてるとはいえ知らない曲を歌うのは骨が折れる。

 

「━━━━まだ、見ぬ……」

 

本当の自分、なんなのだろうか。歌い始めた歌の歌詞と重ね合わせるのは、あたしの心。

そう、痛みとは違った痛みを感じる。身体が痛いワケじゃないのだ。あたしが傷つけたも同然なのに、あんなに温かく迎えてくれた皆を見ると、心が痛む。

 

━━━━でも、今は何故だろう?そんなあたしの未来が、ゆっくりと色づいていくのだ。

少しずつ、一色ずつ。虹色を描くように色が増えていく。

 

感じた事が、無かったんだ。こんな居心地の良さ。

バルベルデでのあたしは、涙を最後の抵抗にあらがうしか知らなかったんだ。

大人なんて、あたしをド汚い手で嬲って心を抉るだけの存在だった。

━━━━けれどそうじゃないんだって。世界には、こんなに高い空があるって……その空には、歌が響くんだって。

 

ステージから見える客席は薄暗いのに、共鳴が居る場所はすぐに分かった。警護の為だからとか言って、アイツはすぐに入り口のすぐ傍に陣取るのだ。

 

━━━━笑っていいのかな?許して……もらえるのかな?

ステージから歌に乗せたそんなあたしの問いかけに、きっとアイツはこう答えるのだろう。

『たとえ許されないとしても、幸せになって欲しい』だなんて、我がままにも程がある言葉で。

 

 

 

あぁ、こんなに……こんなにも温かいんだ。この場所は。

彼女達が真実を知った時、あたしは許されるのだろうか。それは分からない。

けれど……!!けれど……!!ここが!!こここそがって心が叫ぶ!!あたしの帰る場所はここなんだって!!

 

━━━━あぁ、楽しいなぁ……あたし、こんなに楽しく歌を歌えるんだ。

舞台袖を見れば、其処にはVサインで微笑む天音(バカ)とクラスメイト達の姿。

 

此処は、あたしが居てもいい場所なんだな━━━━

 

『━━━━勝ち抜きステージ、新チャンピオン誕生ですッ!!

 審査員の皆さんも観客の皆さんも満場一致!!点数計算を待つ必要すらありませんッ!!

 さぁさぁ次なる挑戦者や如何に!?飛び入り参加や部外者の方の参戦も当ステージでは大歓迎となっておりまーす!!』

 

━━━━そんな余韻をぶち壊したのは、ノリノリでぶち上げてくる司会の少女。三年生だろうか?

その無粋な進行と、そして……

 

「━━━━やるデス!!」

 

真っ直ぐに手を挙げる、新たな挑戦者の姿だった。

 

「チャンピオンに……」

 

「挑戦デス!!」

 

「ッ!?アイツ等……!?」

 

━━━━その姿を、あたしは知っている。

二人組らしき、緑色と桃色の少女達。

 

━━━━フィーネに所属する、装者達だった。




━━━━祭りも佳境。しかして座興。
それ故に、無粋な砲火は少女達の仮宿へと降り注ぐ。

苛烈なる槍は此処に立ち、狂気を孕む指揮者の絶望の指揮棒(タクト)を弾き飛ばす。
この手を血に汚す事を厭いはしよう。だが……血飛沫に染まる小夜曲(セレナーデ)など、とうの昔に聴いた旋律。二度とこの目に焼き付けはしない。

……だから、少女は気づかない。自らに根付く甘さと、芽吹いた苛烈なる槍の天秤は、いずれ自らを圧し潰すのだという。そんな単純な事実にも……

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