「━━━━翼さん、あの子達は!?」
「あぁ……だが、何のために……?」
秋桜祭の勝ち抜きステージ。
歌で覇を示せば願いが叶うその舞台にて、ただ歌を楽しんだクリスちゃんの余韻もそこそこに立ち上がるは二人の少女。
━━━━その少女達を、俺は知っている。つい先ほどに仮初めの休戦条約を結んだ、FISに所属する少女達。
「なるほど……そう来るか。」
「━━━━知っているのか、共鳴!?」
「あぁ……どうやら何らかの目的で秋桜祭に紛れて来たようなんだけど……どうにもね。お祭りを伸び伸び楽しんでいるようだったから……
藪をつついて蛇を出すまでも無いと思って、ギアや杖を使っての襲撃さえしなければ此方からは手を出さないと釘刺ししておいたんだよ。」
「……さっきの視線やら、その前にトモが走ってったのがそれか。
……んで?それがどうして奴等がステージの上で歌う事になるんだ?」
「━━━━目的は恐らく、
それ自体は別に敵対的行動じゃないし、此方では止めようがない。けれど……」
勝ち抜きステージの優勝者には、生徒会権限の中でなんでも好きな事を叶える権利が与えられる。恐らく彼女達はそれを使って装者達にアタックを掛けてくるつもりなのだろう。
「……何故、勝ち抜きステージなのだ?幾ら生徒会権限の基に願いが叶うとはいえ、よもや私達と決闘がしたい等と言い出すワケでもあるまいに……」
━━━━そう、その目的が分からない。そこまでして権利を手に入れたとしても所詮は生徒会の裁量程度。よもやそれで叶えられる程度の願いに彼女達が拘泥するのは何故だ?
「えっと……響、お兄ちゃん。あの子達、一体何者なの?襲撃とか、決闘とか……なんだか不穏な言葉が聴こえるんだけど……?」
「う、うん……あのね、未来……」
「━━━━彼女達は、世界へと宣戦布告したシンフォギア装者達……マリア・カデンツァヴナ・イヴの仲間だ。」
「マリアさんの!?じゃあ、ライブ会場みたいにノイズを操る事も……!?」
「そう、かも知れないんだけど……」
……そう告げる翼ちゃんの言葉は残酷だが、事実だ。彼女達がマリアさんの仲間である事は変わらない。けれど、一つ訂正しておかなければならない事がある。
「……いや、ノイズを使う事は出来ない筈だ。其処は安心していい。
ノイズ出現という偶然を必然と変えられるフィーネの新たな器らしいマリア本人はどうも此処には来ていないようだし……それ以外でノイズを操るとなればそれはソロモンの杖になるけれど……」
「なるほどな?あの子等は見た感じ杖を持ってない……いや、杖を次善の策として今さらおっとり刀で抜くくらいなら最初っから抜く筈だからか?」
「えぇ。それに、今朝発生した偶発的なノイズ被害と、其処で行われたという避難誘導。それも恐らくは彼女達の所業かと。」
「じゃあお兄ちゃん!!……あの子達は、人助けの為にギアを使ったって事?」
「あぁ……彼女達は何かしらの目的の為に世界を敵に回すような独自の行動を取ってはいるが……心優しい少女だと、俺は思っている。」
その言葉に酷く安心する響を見ながら、彼女達の移動の為に講堂の全体照明が点くのを入り口から見下ろす。
━━━━正義では護れぬ物を護ると、彼女達は言っていたという。
確かに、それは事実だ。正義とは社会秩序と深く結びついた概念であり……正義で総てを救うなど、人の手に余る奇跡なのだ。
けれど、その為に世界へと宣戦布告をし、テロリズムを行うその姿勢。それによって起きる混乱は決して看過できない。
……一つ歯車がズレていれば、
━━━━それでもなお。十万の人の命を危険に晒してもなお。護らねばならぬ物が彼女達にあるというのなら……それを知る事が、彼女達との対話の為に必要なのだ。
知らなければ、人は手を取り合って分かり合う事など出来ないのだから……
◆◆◆◆◆◆◆
アタシ達がステージに上がれるようにと照明で明るくなった講堂の壁際の階段を、調と一緒に降りていく。
『デュエット曲だから、切歌と調で歌ってきなよ。』と言って美舟は座ったままだけど、むしろそれがいいかもしれない。
アタシ達はギアを持っているけれど、美舟の適合する聖遺物はギアにするには大きすぎるのだから、アタシ達が目立つ事でもしもの時にも彼女だけは逃げやすくなる筈だ。
「━━━━ッ!!」
睨みつけてくるのは、二課の装者。さっきはあの歌にちょっと聞き惚れちゃったけど、それはそれ。
アタシ達の絆の歌だって絶対負けてないのデス!!
「べーっ!!」
そんな想いを込めて、ステージに未だ立つ彼女にアカンベェを決めてやる。
「んなっ……!?」
「……切ちゃん。私達の目的はあくまでも……」
「聖遺物の欠片から作られたペンダントを奪い取る事、デース。」
「だったら、こんなやり方しなくても……」
「聞けばこのステージで勝ち続ければ、なんでも一つ願いを叶えてくれるトカ。さっきの釘刺しで直接奪う事が難しくなってしまった以上、平和的に、堂々とゲットできる絶好のチャンスを逃す手は無いデスよ!!」
━━━━コレならさっきのおにーさんとの約束を破る事無くペンダントをゲット出来るというワケデスよ!!
「━━━━面白れぇ!!やりあおうってんならこちとら準備は出来てらぁ!!」
「……はぁ。分かった。特別に付き合ってあげる。でも忘れないで。コレは……」
調の言葉のその先は分かっている。コレは大事な任務だって事。調は信じてくれないけれど、忘れた事が無いと言うのはホントなのだ。
━━━━だから、本気の歌で奪いに行く。それが礼儀という物デース!!
「では曲は……」
「ツヴァイウイングのオービタルビートをお願いするデス。」
「あっ、はい……コホン。」『それでは歌っていきましょう!!えーと……』
『月読調と……』
『暁切歌デス!!』
『OK!!二人が歌うのは
━━━━この曲は、確か装者についての情報収集の時に美舟が手に入れて来てくれたんでしたっけか?
フロンティア計画の為と偽ってマリアが歌姫への階段を駆け上がる中で、そのマネージャー代わりを務めていた美舟は、アタシ達に色々な物を持ってきてくれたデス。
『これからの切歌と調は世界を切り開く
そのお陰で今、アタシ達はこんな手段を取れている。だから、きっと同じ気持ちなのだろう調と一緒に感謝を込めて。
座りながら手を振ってくれる美舟へと視線を向けるのだ。
◆◆◆◆◆◆
「━━━━この歌!?」
「コレって、翼さんと奏さんの!?」
「━━━━何のつもりのあてこすりッ!?挑発のつもりか!?」
「へぇ?お手並み拝見って奴だな……ん?どうしたんだ、トモ?」
此処まで目立ってしまう勝ち抜きステージにわざわざ登るなんていい度胸をしてるものだが、その上更にアタシ達ツヴァイウイングの歌まで歌うとは大した挑発だな。
だが、そう感心するアタシの横では何故かトモが頭痛を抑えるように眉間を抑えていた。
「……本当に、アレは挑発のつもりなんだろうかって。彼女達の目的は……正直よく分からないですけれど、今の所は此方との衝突を避けようとする動きだったんです。
だから、此処で歌を挑発に使うのはおかしいような……それに、今言ってた名前もライブ会場でマリアさんが呼んでた名前と一致するので……アレ、多分本名です……」
そう言うトモの言葉が妙に歯切れが悪いのは、実際に彼女達と話した事が原因だろうか?
━━━━というか、だ。
「……潜入中に思いっきり敵にフルネームバラしたワケ?そりゃ……腹芸には見えんわなぁ……」
ザッと聴いただけでアタシも頭痛がしてきそうな事情がカッ飛んで来てしまってはそれは頭痛もするだろうってモンである。
潜入して何かしらの工作を行おうってのに、顔も丸出しで道中でノイズ倒して人助け?挙句の果てに本名バラしてステージで熱唱スタートだぁ?
コレが此方の混乱を狙っての事だとすればトンだ食わせ者だし、その場のノリで動いての事だというのなら……善良が過ぎる。
見た感じ、学校に通ってたとして中学生くらいの年頃なのだろう華奢な少女達だ。恐らくは後者なのだろうが……
━━━━そんな、ある意味微笑ましい悩みも吹き飛ばす歌が聴こえて来たのは……ちょうどその瞬間だった。
「……」
「……」
誰も言葉を発さない。この歌を前に声をあげるのは無礼に当たると分かっていたからだ。
アタシ達アイドルはステージに立って最高の歌を届けるのが仕事だ……だから、分かる。
今ステージに立つ二人は、紛れもなく自分の最高の歌を届けようとしているんだって。
━━━━きっと、彼女達は本気で歌っているのだ。その本気が伝わるから……
「━━━━なぁトモ。ちょっと耳貸して?」
━━━━二人の歌の邪魔をしないようにコッソリと。そうしてトモに耳打ちするのはちょっとした
「……分かりました。じゃあ、ちょっと準備してきますね。」
快くその案を受け入れてくれたトモが舞台袖に向かうのを見ながらほくそ笑む。
━━━━サプライズには、サプライズで返すのが粋ってモンだろう?
◆◆◆◆◆◆
━━━━その歌には、紛れもない本気が宿っていた。
「翼さん……」
万難を払う防人である私だが、それと同時に歌女でもあるのだ。だから、彼女達の目論見は分からずとも……彼女達もまた、歌女である事は分かる。
「……歌を歌う者同士が、何故拳を握って戦わねばいけないのか……」
「━━━━別にさ、拳を握るだけが戦いってワケじゃあないと思うぜ?
そりゃ勿論、アイツ等も思う所があって拳を握ってるワケだから、戦わなくてもいいなんてまでそう簡単にはいかないだろうけど……ああいう風に舞台に登ってくれるってんなら、やりようはある筈さ。」
━━━━そんな私の迷いに隣に座る奏がくれた返答は、まるで共鳴くんのように前向きな物だった。
「……奏には、なにか策があるの?」
「あぁ、あるぜ。既に手は打ってある。細工は流々、後は仕上げを御覧じろって奴だ。」
その自信に思わず首を傾げ、問いを投げかけようとする私の言葉を遮るように、いつのまにやらどこかに行っていた共鳴くんが戻ってくる。
「根回しはしておきましたよ……ところで奏さん、どうやって
「えー?トモが連れてってくれよー。鍛えてるんだからそれくらい余裕だろ~?」
「……後で諜報班と緒川さんから怒られるのは俺なんですけどね……まぁ、分かりました。お連れ致しますよ、お姫様。」
━━━━ちょっと待って欲しい。奏はなにか仕掛けるつもりだというが、共鳴の口ぶりではまるで
「えっと……奏?ちょっと聞きたいのだけれど……細工って一体、何をしたの?」
イヤな予感が防人としての直観を埋め尽くす中で恐る恐る投げかけた言葉への返答は、昔と同じで変わらない……私を連れ出してくれる時のニカッと笑った奏の笑顔だけだった。
◆◆◆◆◆◆
『チャンピオンとてうかうかしていられない素晴らしい歌声でした!!コレは得点集計が気になるトコロです!!
……ん?あ、はい……えぇっ!?コレホント!?』
━━━━切歌と調の歌は素晴らしかった。身内の贔屓を抜きにしても尚余りある称賛を込めて、私は周りの人達と一緒に喝采を贈る。
そう、彼女達には未来がある。本当は、最初からこうなる筈だったのだ。それを引き裂いたのは大人たちの黒い事情で……
それなのに、彼等は必要になったからとボク等に多額の予算と、多少の権限を与えてフロンティア計画を始動させたのだ。
「……この世界の最後の世代として、せめて今この時だけは……切歌と調には楽しんで欲しいな……」
━━━━ルナアタックによって重力バランスを喪った月の落下がいつになるかはまだ分からない。十年後か、百年後か。或いは明日かも知れない。
だが、今世紀初頭のフィクション━━━━フロンティア計画の為に調べた中で見つけた資料映像だが。にも描かれるように、
そうなれば、月が落ちる前だろうとこんな風な日常なんて消えてなくなってしまう。
だから、その先に生きるべき存在である二人にもこんな時間を生きて欲しかった。
『━━━━アジトが特定されました。襲撃者自体はマリアが退けましたが、場所を知られた以上長居は出来ません。』
━━━━そんな私の儚き願いを砕き散らすのは、マムから入った通信。
……やっぱりか。という納得が強いのは、私がステージで茫然と通信を聴く二人とは違って様々な事情に触れているからだろう。
『私達はこれより移動を開始します。此方の指示するランデブーポイントで落ち合いましょう。』
そもそも、私達は消耗したエアキャリアの燃料補給の為に米国が用意していたセーフハウスを占拠して運用していたのだ。
彼等の監視網に引っかかる以上は早晩に見つかるだろうとは思っていたが……まさか占拠して一日程度で襲撃を始めるとは。
『そんな!!あと少しでペンダントが手に入るかも知れないデスよ!?』
『緊急事態です。命令に従いなさい。』
『あ……』
切歌の返答へのマムの返答もまた、取り付く島もないモノ。けれど……
「━━━━マム。ボクからもお願い。ボク等三人は今、二課のメンバーと
この協定が実行されている限り、彼等は杖による襲撃を恐れて私達に手出しできない……たとえ、実際には私達が其方と合流出来ていないとしても。」
『……ならば美舟、アナタはこの局面をどうしようというのですか?』
「勿論、この状況を最大限利用します。切歌の策は今成ろうとしている。それを見届けた後にボク等は堂々と、正面からこの学園祭を後にすればいい。
そのついでに、停戦協定を引き延ばして時節を此方に有利な場所に指定する。
━━━━そうしておけば、二課の対処は米国の後始末と、ランデブーポイントへと向かう此方の追跡とで二手に別れざるを得ない。
如何に二課が特務機関として諜報に長けていようと、同時に複数の事象が起こればそれぞれに対処せざるを得ない以上は手落ちが起きる。
追手の一組二組程度なら、シンフォギアを纏った二人の前には無いも同然……杖を恐れて強行が取れぬ以上は猶更に。」
━━━━どうだろうか。なにぶん
『……分かりました。此方も無策に近い身……ひとまずは美舟の策に乗るとしましょう。ランデブーポイントは追って通達します、学院を出た所で連絡なさい。』
ホッと、溜息を一つ零してから、ステージの上に立つ二人に手を振る。
それを見て感極まった顔をする切歌に、思わず笑みが零れる。
あの子は普段から溜め込みがちな部分があるから、せめてこんな時くらい笑顔で居て欲しいというボクなりのお節介だったのだが……どうやら、上手く行ったらしい。
『さぁ!!採点結果が出た模様ですが、その前に!!』
━━━━そんな時に、司会の少女の進行がボク等に現実を思い出させた。
はて、採点結果が出たのなら、後は発表するだけでは?
そんな想いはボクだけでは無いようで、講堂内にざわめきが産まれる。
『━━━━今回、彼女達の飛び入り参加を見て自分達も参加したい!!と名乗りをあげた人物が居ました!!
しかし、
━━━━まさか。
講堂内のざわめきは今やその質を変え、期待と興奮に満ちた物へと変わっていた。
リディアン音楽院という場所、そして、切歌達の歌を聴いて急遽参戦したという特別ゲスト。
そんな奇矯な事をする存在は、この場には一組しか居ない……!!
『それではご登壇いただきましょう!!
━━━━一対の翼が帰って来た!!どこへ行っていたンだ、クイーンズッ!!我々はキミ達を待っていたッ!!
━━━━ツヴァイウイングのお二人の登場だァァァァ!!』
━━━━そうして今此処に、双翼が降臨した。
◆◆◆◆◆◆
━━━━コレは、後で緒川さんから怒られるなぁ。
なんて、そんな想いはおくびにも出さず。
講堂に広がる歓声に応えて腕を振る奏さんを姫抱きに支えながら、俺は側面の階段を降りて行く。
ステージには既に椅子が用意されているが、見た所それは天音ちゃんの仕業だったようだ。
「━━━━さぁ。歌には歌でお応えしてやるよ。折角の特設ステージなんだ。アタシ達の歌も聴いていきな!!」
そうして、俺の助けを借りてステージに辿り着くやいなや、開口一番に奏さんが咆える。
「……なるほど。そういう趣向なのね。ならば聴くが良い!!番う歌をッ!!」
「デ、デデデース!?」
「コレは、正直想定外の展開……」
「ハチャメチャが過ぎるだろ……素人のステージに本職が上がってくるとかよ……」
クリスちゃんの真っ当が過ぎるツッコミに苦笑しながら、奏さんを椅子に座らせ、マイクの高さを調整する。
「━━━━やぁ皆!!リハビリの途中だったんだけどさ。アタシ等の熱心なファンに
あくまでもオフレコな一時の夢だけど……一足先に、両翼揃ったツヴァイウイングの歌をお届けだッ!!」
━━━━奏さんの声に応えるは、講堂を震わせる歓声の渦。まったくもって運がいい人達だ。三ヶ月前に復活を宣言したとはいえ、未だリハビリに専念するアイドルの一時限りの復活に立ち会えるとは。
「……いいのかよ。コレ、収集付くのか?」
「……まぁ打算三割の本心七割、かな。クリスちゃんには悪いかもだけど、このまま勝ち抜きステージが有耶無耶になれば理屈は分からないけど自信満々な彼女達の策を打ち破れるだろうってのはある……
あるけどそれ以上に、奏さんには自分のやりたい事を我慢してもらいたくないって思ってるから。」
━━━━手を伸ばす事。身の丈に合わぬ願いをそれでも求め続ける事。
手に余る奇跡だとしても、俺はそれを皆と一緒に掴みたい。だから、奏さんが自分から仕掛けようと言伝を頼んでくれた事は俺にとっても嬉しい事なのだ。
「そういう話じゃねぇよ……まぁ、いっか。あの人等も楽しそうだしな……」
呆れ半分にお手上げのポーズを取るクリスちゃんの顔が緩んでいるのは、ツヴァイウイングの二人が楽しそうだからだろうか。
『━━━━それではお願いしましょう!!エキシビジョンデュオ、曲は
━━━━フリューゲルの前奏、其処に思い出すのは二年前のあの日の事。
天女のような少女達の歌。ライブ会場に響き渡ったその歌を忘れる事は無いだろう。
……あぁ、だが。
「天音ちゃん、大丈夫?」
彼女は、大丈夫だろうか。あの日、ノイズに行き合ってしまった少女。その心は。
「━━━━綺麗……」
だが、それはどうやら要らぬ心配だったようだ。
制服のままの翼ちゃんと、椅子に座ったままの奏さん。あの日とは全く異なる装いでありながらも、その歌声はむしろあの日よりも強く、美しくなっていた。
━━━━そういえば、この曲の作曲には了子さんも関わっていたんだったかと、ふと思考が逸れる。
カストディアン。響が教えてくれた、フィーネが想いを遂げようとした相手。
それは、神と呼ぶに等しい存在だったという。
カ・ディンギルがバベルの塔だったというからには、カストディアンとはいわゆる『聖典の民』が信奉する聖四文字を指すのだろうか?
……だが、バベルの塔の伝承は元を辿ればシュメール初代王エンメルカルに準えられる『神への反逆者』二ムロドに行き着く言語離散説話だ。
フィーネ……了子さんの大統一文明史説によれば、全ての文明の源流は同一となる以上、カストディアンとは即ち世界各地の神話における神の源流とも言えるだろう。
特定の神性を指す言葉では無く、カストディアンとは種族名なのか?
……そもそも、バラルの呪詛を掛けた理由は?呪詛を掛けた後に彼等はどこに消えた?
━━━━兎にも角にも、スケールがデカ過ぎる。
こんな雲を掴むようなオカルト話とあっては、考察するだけで思わず頭も痛くなるという物だ。なにせ繋げようと思えばなんだって繋がるし、実際に聖遺物はその繋がりを肯定してしまうのだから。
実際の所どうだったのかは、最早今代のフィーネであるマリアに聴くしか無いのだろうが……
「果たして、あの人がそう簡単に話を聴いてくれるのかどうか……」
「……ん?どうしたんだよいきなり。また考え事か?」
「あー……まぁそんなとこ。余計な心配事ではあるんだけどさ……」
━━━━まさか、何処かに去ったらしいカミサマが、再びこの世に蘇るワケでもあるまいに。
……そんな余計な筈の心配事は、どうしてか俺の脳裏にこびりついたまま離れなかったのだ。
◆◆◆◆◆◆
『……最高のエキシビジョンをありがとうございました。それでは皆さん、ツヴァイウイングのお二人に盛大な拍手を!!』
━━━━会場が割れんばかりの拍手喝采。それを一身に受けて手を振り返す二人。
「綺麗……」
あの日、ライブ会場を後にした時に見た虹色の光も綺麗だと思った。けれど、今なら分かる。
あの光とこの歌は、きっと同じ物で出来ているのだ。
━━━━ならどうして私は、それを綺麗に思うのだろうか?
私にとって一番大事な者は、言うまでも無く切ちゃんとマリアとマムと美舟だ。それ以外の人とどう接すればいいのかなんてわからない。
ドクターは……まぁドクターだし。別にアレくらいでいいと思う。
なのに、あの歌を聴くとどうしてだろうか。私は懐かしく感じてしまうのだ。
美舟が教えてくれた曲だから、最近知ったばかりの筈なのに?
『━━━━さて、では改めて得点発表と行きましょう!!先ほどの雪音クリスさんの得点は採点者三人の内二人が十点を掲げ二十九点でしたが、チャレンジャー二人組の点数は果たして……?』
━━━━十点、九点、八点
採点者三人のそれぞれの点数が出揃う。むぅ……あの女の人、採点が辛口。
『合計二十八点!!惜しくも雪音さんの点数に届きませんでした!!富永先生、先ほどの雪音さんにも九点と辛口評価でしたが。採点基準はどのような点を重視したのでしょうか?』
『はい。私はこのリディアン音楽院の音楽教師として公平、かつ技術的な点を重視した採点をさせていただきました。
まずは雪音さん。心の籠った素晴らしい歌でした。しかし、気持ちを重視してか音程をズラした部分が三ヶ所ありました……勿論、そのアドリブがより感動的な効果を産んだのは事実ですが、アドリブを掛けながらも音程をズラさない。そういった歌唱を目指して欲しいという想いで九点を付けました。』
━━━━けれど、その辛口な採点の正確さには驚いた。チャンピオンの歌に負けるつもりは勿論無かったけれど、私達だって聞き惚れてしまったのは事実。
それ故に見逃していた音程のズレに惑わされなかったのだという。
『次に、暁さんと月読さん。二人の歌はまるで最初から一人だったかのような素晴らしいハーモニーを奏でていました。二人の気持ちが通じ合っているからこその歌だと思います。
……ですが、それにおんぶにだっこでは成長する事は出来ません。暁さんは振り付けに熱中するあまり発声を疎かにしてしまう部分がありましたし、月読さんは逆に歌に熱中するあまり他人に聴かせている事を忘れてしまう部分がありました。
お互いの長所に隠れた小さな小さな短所ではありますが、独りの歌もまた歌なのですから磨きをかけて損は無いと思いますよ?』
「うっ……」
「図星……」
━━━━本当に、よく聴いている。もしかして二課のエージェントだったりするのだろうか?
『━━━━ですが、お二人は見た所まだ中学生のようですし、将来に掛ける期待は大きいです。伸びしろを伸ばして行けばいずれツヴァイウイングのお二人のように世界に羽ばたく事だって夢では無いでしょう。
当学院はいつでも貴方達を歓迎しますよ。』
━━━━いや、やっぱり違うみたい。
ただこの人は、先生という職業に真摯に向き合って、教え子に対しても真摯に向き合っている人なんだ。
ちょっと、マムみたいだな。
……だけど、勝てなかった以上これ以上此処に居る用は無い。切ちゃんと二人であの女の人……富永先生、だったっけ?彼女に深くお辞儀をしてから、切ちゃんの手を引いて走り出す。
『━━━━あ!?ちょっと!!この後残ったら粗品の贈呈が……!!』
「あ、おい!!此処まで引っ掻き回しといてケツをまくんのか!?」
━━━━粗品には、とっても後ろ髪を引かれる想い。だけど、マリア達が心配なのも事実なのだ……!!
「調!!」
「うん、やっぱりマリア達も心配だから……」
「多分大丈夫だとは思うけどね……」
途中で合流した美舟と一緒に講堂を出て走る、走る、走る……
「あ……」
だが、その足も止まってしまう。なんだかよくわからない……クジラ?みたいなお神輿を担いだ少女達が悪くも練り歩いていて、正面入り口前の道を塞いでいたのだ。
「クソッ、どうしたものかデス!!」
「━━━━そこまで急いで逃げなくても、コッチは約束を護るよ。」
そんな声と共に後ろから現れたのは、あの時の男の人。確か……天津共鳴、だっけ?
「……敷地から出た瞬間を狙ってくる可能性があった。」
「おに……天津さんにそんな事をするメリットが無いから無いとは思うんだけど……まぁ、撤退は迅速にってのが常道ですから。」
「それに、尾行されたって面白くもないデス!!」
「参ったな……」
そう言って頭を掻く仕草に気負いは無くて。本当に私達と此処で争う気は無いのだと分かる。
だが、彼の後ろから走ってくる三人は違うだろう。二対四では流石に押し切られかねない。杖が此処には無い以上、ブラフがバレれば終わりだ。
だから、美舟に向かって頷き、促す。
「えぇ。天津さん達は学園祭を壊して欲しくない。そして私達は此処から安全に離れたい。
━━━━というワケで、此処での対決の代わりに決闘を申し込みます。時間と場所は此方が指定するけれど……間違いなく、此処を
「……不承不承ながら了承しよう。合図はどのように?」
「━━━━時が来れば、分かりますよ。」
━━━━なんて自信なんだろう。
美舟は戦う力を、シンフォギアを持っていないのに。だというのにこうも堂々と二課のメンバーと張り合って見せる。
マリアみたいに……
三人で学院から走り出ながら、私の中の美舟への尊敬の念は何時にも増して強まっていた━━━━
諜報班だって楽じゃない。そうぼやくのはいつもの二人と、何やら新顔の男が一人。
少女達との追いかけっこの珍道中かと思いきや……
丁々発止の百戦錬磨、しかして相手は摩訶不思議の珍妙奇天烈やじきたコンビと相成りますれば、そう簡単には行きますまい……