戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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レゾナンスは九月四日で投稿一周年を迎えました。
今後とも共鳴の道行きの応援をよろしくお願いいたします。


第五十二話 追跡のダットサイト

━━━━俯く視界に映るのは、エアキャリアの冷たい床だけ。

私の心は、そのくすんだ鈍色のように沈んでいた。

……むしろ、この手に宿るガングニールの如く漆黒に染まる事が出来ればよかったのだろうか?

 

━━━━事ここに到れば認めねばならないだろう。私は、武器を握る事を……恐れている。

 

「━━━━後悔しているのですか?ギアを力と握った事を。

 あのライブ会場での機転。言の葉に乗せなんだ意図もあったのでしょう?」

 

━━━━そんな私の逡巡も、勿論マムには見抜かれていた。

 

「……かも知れない。けれど、大丈夫よ、マム。私は、私の使命の重さを知っているのだから……」

 

だが、だからこそ返す言葉は虚勢を混ぜた物。

もはや状況は動き出した。テロリストとして世界に宣戦を布告した以上、私達が使命を遂げねば世界は緩やかな終わりを迎えてしまう。

それはつまり、この空の下で生きているセレナを殺す事に他ならない。それだけは決して、決して許容出来ない結末なのだ。

 

━━━━そんな重苦しい空気を千々に裂くのは、このセーフハウスに取り付けられた物をハッキングした防犯システムが齎す警報音。

 

「今度は本国からの追手ですか……」

 

「もう嗅ぎつけられたというの!?」

 

「異端技術を手に入れたと言えど、私達は所詮素人集団……訓練されたプロ相手に証拠を残さず立ち回ろうなどというのは、思い上がりも甚だしい事なのでしょう。

 ━━━━踏み込まれる前に攻めの枕を潰します。マリア、排撃の用意を。」

 

━━━━それは、非情な言葉だった。

彼等は確かに鍛えあげられた精鋭たる特殊部隊とはいえ、只人でしか無い。

ガングニールの、無双の一振りによる攻撃を喰らえば、ひとたまりも無く蹂躙されてしまう存在だ。

 

……そんな人に力を振るう事が、私は怖い。

誰かを傷つける為に力を振るう事が、私は怖い━━━━!!

 

「……分かったわ、マム。

 ━━━━けれど、やり方は私に任せてもらうわよ。」

 

━━━━けれど、私が躊躇えばセレナの未来が閉ざされてしまう。

私が心を殺すか、セレナの未来を殺すか。

……もしかしたら、道は二つに一つでは無くて、別の未来もあったのかも知れない。

だが、私が選べるのは最早この二つだけなのだ。

 

━━━━マムを信じるという私の選択の責任は、私自身が背負わなければならないのだから……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━突入直前の倉庫外周にて、俺は任務を反芻する。

目標はソロモンの杖の確保、そしてシンフォギア装者の抹殺。

ドクター・ウェルキンゲトリクス、並びにプロフェッサー・ナスターシャの確保は可能な場合のみ、との事だ。

優先順位も言及の順番通り。

しかし……彼女等が我々への対抗策としてシンフォギアを抜けば此方は劣勢となるだろう。だが……

 

━━━━チラリと、後ろを見る。

突入任務にも関わらず、アーマーすら身に付けずに紫煙をくゆらせる巨漢の男。

身長2mを超えるその男の名は、アゲート・ガウラード……双装銃士(ザ・デュアル・ドラグナイト)の異名を持つ伝説の兵士。

今回の任務に際して上層部が投入を決断した七彩騎士(セブンカラード)の一人である。

 

━━━━七彩騎士とは、続発する国内外でのテロ……即ち()()()()()()()()()()()()()()()()()を破壊する為に召集される前歴不問、素行不問の超絶特殊部隊だ。

ウワサでは、かつての湾岸戦争における戦争犯罪者として今なお収監されているメンバーや、悪質なクラッカーとして世界に名を馳せた重大犯罪者も所属するとか……

アゲートはその中では比較的に前歴の大人しい男だ。

中東紛争への軍事介入時に特殊部隊員として参入し、表沙汰には出来ぬ数々の功績をあげながらも、中東情勢のある程度の安定と共に軍上層部から切り捨てられた墜ちた英雄……

二年前までは国連直轄の特殊部隊に居たという話もある。たとえシンフォギアであろうと、彼の業前であれば……という上層部の思惑が透けて見える。

 

「……うーん、参った。こりゃあ……気づかれてるな。殺気を練り上げる辺りまだまだ甘いが……ま、シンフォギアとやら。どうにも素質をォ……絶対とするシロモノみてぇだしな。」

 

━━━━そしてまさしく、彼の業前は特殊部隊と業前を磨いた筈の我々とすら隔絶していた。倉庫外周部から内部のエアキャリア内の人物の挙動を感じ取る、だと?

ウワサに違わぬ業前。だが、此方には彼に総てを任せるワケにはいかぬ事情がある。

 

「……作戦通り仕掛けます。貴方には後詰を。」

 

「わーってるよゥそれくらいはよゥ……お上さんとその下が同じ方向を向いてるなんて保証はねェんだ。

 ━━━━だが、無理だと思ったら即座にギブアップしな。最速で突っ込んでェやるからよ。」

 

━━━━我々に……上層部からの正式な辞令では無く、FISの司令である人物から下された命令は一つ。FISが存在した証人全員の抹殺だ。

それすら、彼は読み切っている。その上で黙認するという。それは慢心か、それとも……

……いや、考える暇すら惜しい。排撃の準備を整えているというのなら、それすら我々は踏み越えねばならないのだから━━━━!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━爆裂が、倉庫内を染め上げる。

それを、私はエアキャリアの前に立ちはだかりながら見つめる。

 

「━━━━私は無慈悲では無い。直ちに銃を収め、踵を返すのならば……」

 

━━━━返答は、多数の銃声。

流石はプロ。容赦なく狙いは頭部と胸部に集中しているそれを、身に纏うマントを盾とする事で私は受け止める。

シンフォギアは、フォニックゲインを纏ってアンチノイズプロテクターと形成される。だが、そのバリアフィールドはノイズの炭素分解を無と帰す為の厚みを誇り、銃弾の十や二十など軽く跳ね除ける。

 

「……そうか。それが返答ならば、骨の十や二十は、覚悟してもらおうかッ!!」

 

━━━━ならば、無駄と分かっていても尚砲火を私に向ける理由は何か。

その答えは単純至極。()()()()()()()()()()()為だ。砲火が無為となるとはいえ、エアキャリアへ向かう弾丸を止める為に動きは制限される。

数で圧す事で弾幕は間断無く続き、更に数を増やす事で本丸であるエアキャリアへの接近を可能とする。

……孤立無援の我々に対しての最善手。それを無理矢理に払う為に後ろに抜けた敵を見据えた私は、

━━━━炭と崩れる、その姿を見た。

 

「━━━━ドクター・ウェルッ!?」

 

「出しゃばり過ぎとは思いますが、新生フィーネのガングニールをこの程度の連中の血で濡らすのは勿体ないという物……折角()()()()()()を握っているんです。僕がやらせてもらいますよ。」

 

ソロモンの杖を、完全聖遺物を、人を否定する為の只の兵器と扱う男。

そんな男はこの世に一人しかいない。ドクター・ウェル。我々の生命線にして、同時に危険な導火線でもある男。

 

「━━━━またも、余計な事をッ!!」

 

「余計で結構ですよ、フィーネ。私は貴方の理想に同調したからこそ貴方達に協力しているのですから、ねッ!!」

 

「クッ!?ドクター・ウェルが此処までイカレてやがったとは!!」

 

「くっ……はァァァァ!!」

 

━━━━ノイズを投擲したアームドギアで貫き、振りかぶった拳で、振り上げた蹴りで特殊部隊員を制圧する。

だが、それでも手は届かない。ドクターを狙って銃撃を浴びせる特殊部隊員達も、ノイズの位相差障壁の前に弾丸の一つすら届ける事が出来ない。

目の前ですり抜けていく命。たとえ私達を狙ってきたとはいえ、彼等も今を生きる人々なのだというのに……!!

 

「……本当に、無慈悲では無いのですね。今代のフィーネは。

 即座に名乗り出なかった事といい、やはりルナアタックの前後で何かしらの変化があったという事でしょうか?」

 

━━━━そんな私の必死に、ドクターが訝しむ気配を感じる。

だが、それを想う暇など私には無かった。ただ必死に、ノイズと特殊部隊員の双方を無力化する。

 

━━━━だからこそ、必死に戦うが故に、私はその一撃に気付く事が出来たのだ。

マントを伸ばし、倉庫の外からドクターを狙って放たれたその弾丸()を払わんと動く。

 

━━━━だが、止まらない。

 

「━━━━ウソでしょう!?」

 

ガングニールのマントを打ち払うなど、風鳴翼にも出来なかった芸当だ。

それを、只の銃弾一つが為していくだなんて!!

けれど、必殺にして決殺の一撃はその威を逸らされながら()()()()()()()()()()()()、ドクターの顔のすぐ傍を掠めていく。

 

「……へ?」

 

「……コイツァ、驚いた。戦う覚悟もなっちゃいねぇ小娘かと思ったが……まさか、紅槍(ガジャルグ)の一撃を逸らすとはな……」

 

━━━━弾丸が開けた穴を蹴破って、混乱する倉庫の中に乗り込んで来る男が一人。

コートを纏っただけのラフな格好で、散弾銃と大柄なリボルバー式の拳銃をその両の手に担った男。

 

『━━━━()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 本国は、七彩騎士の一人まで追手に投入したのですか!?』

 

「デュアル・ドラグナイト……?」

 

「ほう……どうやらプロフェッサーの方は俺の事ォ知ってるようだな。

 ま、そういう感じでな。米国が秘密裏に誇る最終手段。それが俺達、七彩騎士さ。

 一応、ドクター・ウェルキンゲトリクスについては()()()()を命じられてたんだがなァ……ノイズを操る奴が居たんで()()ぶっ放しちまったぃ。」

 

━━━━あからさまに、やる気の無い言葉。だが、其処に込められた意図は明白だ。

ノイズを使うのならば、生け捕り目標であるドクターにすら容赦しない、と。

 

「……ドクター、此処は退きなさい。此処に居ると()()()を喰らうわよ。」

 

「……の、ようですね。流石は米国が誇る最終必滅兵器たる七彩騎士。ガングニールによって調律されていたとはいえ、ノイズの位相差障壁すら退けるとは……」

 

━━━━彼が放ったのは恐らく、その手に握る大型の散弾銃に込められたスラッグ弾だろう。散弾銃の大口径を利用して大量の炸薬で一発の弾丸を弾き出すその兵装は、

あまりの威力と質量故に構造物破壊にも転用できる事から『合鍵(マスターキー)』の異名すら持つキワモノだ。

 

「━━━━さて、とはいえだ。俺ァ最初っから命令を護る気はさらさらねぇ。だからいつも通り……この両手の弾丸、あと十一発で話を付けさせてもらうぜ━━━━ッ!!」

 

『マリア、彼は予備弾倉を携帯しない事で知られています。正面から打ち合うのは避けて弾切れを狙いなさい!!』

 

「分かっている。アレを相手に真正面から打ち合うつもりは無い……ッ!!」

 

だが、幾らスラッグ弾とはいえ威力が桁外れ過ぎる!!最大の防御であるマントすら撃ち抜かれる公算が高いとあれば、アームドギアにて弾き逸らすか、その総てを回避するしか無い!!

だから、彼が右手に握るガジャルグとやらは放つ一撃を避け、左手に握る大型拳銃が放つ狙い澄ました一撃を身体の前に展開したマントで受け流す……

 

「━━━━そんな軟弱じゃあ、コイツ(モラルタ)は受け止めきれねぇぜ?」

 

「━━━━え?」

 

━━━━行動に移した次の瞬間、彼の言葉に疑問を浮かべたままに。私の身体は吹き飛んでいた。

 

「ガハッ━━━━!?」

 

倉庫の外壁に叩きつけられる。衝撃こそギアに大半が吸収されたが、それでも身を貫く程の物……!!

 

「あ、アレは一体……なんなのッ!?」

 

『ガジャルグ……そしてモラルタ。その名はケルト神話はフィニアンサイクルに登場する勇士ダーマッドの担う聖遺物を指しています。恐らくは、彼の武装はそれを疑似的に再現した異端技術兵装なのでしょう……』

 

「……思い出したわ。確か、ガジャルグがあらゆる護りを貫く槍で……」

 

「そう、コイツの名は大激(モラルタ)。神話に曰くその威を再現した……最強の銃、さッ!!」

 

「━━━━ッ!?」

 

━━━━なんて化け物!!目を離してしまったのは一瞬の筈なのに、次の瞬間には私の目の前でガジャルグを構えていた。一体どうやって?

 

『モラルタの反動をッ!?』

 

その答えは、マムが教えてくれた。先ほどの圧倒的な一撃を逆用して高速移動してきたのだ。だが、先ほどの言からして残りは八発の筈……

 

「セイッ!!」

 

「フッ!!」

 

「━━━━コレで、残り七発。」

 

突きつけられたガジャルグの一撃を、手に握ったアームドギアでなんとか弾き逸らす。

 

「フッ……やるじゃないか。」

 

━━━━傷つけるとか、傷つけないとか。そう言った事を言っていては勝てない。それほどの相手だと判断し、総ての悩みを置き去りにして全力を叩き込む。

 

まだ、私は負けるワケにはいかないのだから……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━コレで、残りは二発。

燃える倉庫の中からすら跳び出して、アームドギアとやらすらも傷だらけで罅も入り……だがそれでも、目の前にガングニールの少女は立っていた。

よくやるもんだ……

 

「━━━━はぁ、はぁ……」

 

「此処まで耐えられたのはァ久しぶりだぜ。弦ちゃんや共ちゃんでも無きャ、選んで持ち込んだこの双銃の弾倉が底を尽くなんてこたァ無かったからな。」

 

「それはどうも……お褒めに与って光栄だわ……」

 

「あぁ、全く、掛け値なしの、ホントの気持ちだ。だから……次で終わりだ。」

 

Linkerと言ったか。特殊な薬剤によるドーピングが彼女等がギアを纏える条件だとか。

それ故だろう、先ほどから一撃を逸らす動きが緩慢になっている。

━━━━だから、苦しませるのでは無く一撃で意識を刈り取る。そして……あのウェルキンゲトリクスとかいう男。アイツだけは始末させてもらう。

ノイズを操る完全聖遺物、それ自体はいいだろう。ノイズとやらがかつての人類が作った対人類用兵器だトカいう情報を考えれば、安全弁として必要なモンだ。

だが、あの男は違う。戦場で培った直観が、アイツの危険性をビンビンに教えて来やがる。アイツは……総てを巻き込む男だ。

 

「クッ……!!」

 

「━━━━凄い音がしてたのって此処じゃないか?」

 

「どうせなんかの工事だろ?」

 

「それより、早く練習行かないと監督に怒られるってば……うわっ!?なんだ、あのオッサン……銃を持ってるぞ!?」

 

「そ、それにあれ……あっちってテロ起こしたとかいうマリア・カデンツァヴナ・イヴじゃねぇか!?」

 

━━━━ッ!!

逸る気持ち故に、俺が見落としてしまった目撃者の乱入に、俺とマリアの視線が交わる。其処に込める意は即ち、この場の痛み分け。

 

「━━━━裏切者めが!!死ねェェェェ!!」

 

━━━━だが、そんな混乱した状況をさらに悪化させる存在が現れる。マリアに吹き飛ばされて気絶していた特殊部隊員の奴が、いきなりに俺達の間に手榴弾を投げ込んで来たのだッ!!

 

「━━━━マズいッ!!」

 

「━━━━危ないッ!!」

 

それに対する俺達の反応は全く違った。俺はガジャルグによって地面を抉り飛ばす事で着地する手榴弾をホッピングさせ、そしてマリアという少女は……小僧共の盾となるようにマントを掲げたのだ。

……後ろには、マント毎自分を撃ち抜ける俺が居るってのに、一片の躊躇も無く、その身を捧げた。

 

「……まいったねェ、こりゃ……俺の負けだな……と!!」

 

モラルタの最後の一発、その銃口は跳ね上げた手榴弾へと放たれる。そして、爆発。

 

「……やれやれ。こんだけデカい花火を上げちまえば、二課の連中が気づかないはずが無い。それに……今ので弾切れだ。続きはまた次回といこうや。」

 

「━━━━ふざけるなッ!!今此処で奴等を……」

 

手榴弾をぶち込んで来た馬鹿野郎の腹に逆手に握ったモラルタのストックをぶち込んでキッチリ止めてやる。アフターサーヴィスも忘れない……コレがモテる漢の秘訣ってモンよ。

 

「そんじゃーなー。次逢う時も多分敵同士だろうがな。」

 

……やれやれ、生き残りはこのバカ一人だけ、か。トンだ貧乏籤を引かされたもんだ。後で情報寄越したラズリーの奴にはキッチリ文句を付けねぇとな……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━道端に止められた車の中に煙が充満する。

 

「━━━━おいジョージ。いい加減煙草やめろって言わなかったか?」

 

「あぁ?ちゃんと節煙してんだろうが……コレでまだ今日五本目だ。」

 

「……その内三本を今此処で吸ってなきゃ賛同出来た台詞なんだがな……ったく。まぁ、外はうら若き女子校生達の街だしな。喫煙所もねーし気持ちは分からなくもねぇよ?

 ━━━━だが、いい加減にしろ。」

 

「……わーったよ。」

 

俺の名はマーティン・フリーマン。その名の通り自由な男でありしがない傭兵……だったのだが。

五年前、報酬の豪華さに釣られてスカウトマンが持って来た米国の機密部隊へのスカウトに乗っかったのが運の尽き。

以降はずーっと、機密部隊に従事させられて自由も何も無い生活を強いられていたのだ。

 

━━━━隣の男は、ジョージ・アシュフォード。なんでも実家が嫌になって逃げだした元貴族の分家の傭兵っつー話だが、どこまでがホントなんだか。

俺達二人は同じ部隊に所属する羽目になり、様々なクソッタレ任務に二人揃って挑まされた。

……だが、今は違う。二年前にやるハメに陥ったとある人物の誘拐というクソッタレ極まる任務に失敗し、日本側に拿捕された俺達は……しかして鉄砲玉の悲しいサガとして当然米国側に認知される事は無かった。

そんな俺達を拾ってくれたのが何を隠そう、俺達を真正面から制圧したミスター・グレネード……二課の司令である風鳴弦十郎だったのだ。

 

「……アレから二年、かぁ……天津の坊主も立派になったもんだな……」

 

「……んだよ、いきなり父親面して。って、あー……そうか。お前のとこ、娘さんが同い年だっけか?」

 

「あぁ、ちょうど今年でシニア……12thグレードだ。俺の今までの給料、ちゃんと送金されてたらしくてさ。地元の大学に送ってやれるから家計は大丈夫だって嫁さんがな……

 この前、なんとか写真だけ送ってもらったよ。ルナアタック後の日米の裏のやり取りは面倒だったが……まぁ、家族の無事が分かった事だけは、素直に嬉しい事だな。」

 

━━━━率直に言えば、鉄砲玉の家族の一人や二人、機密も知らねば送金もせず放っておくだろうと思っていたのだが。

なんでも、ミスター・グレネードが俺達の庇護者になった事で雑な扱いをしてしまって後々にバレる事を恐れたらしい。

……一国が恐れる一個人ってどうなんだ?等と一瞬思考したが、まぁ特殊部隊を真正面から制圧し、銃弾を見切ってコンクリを砲弾代わりに狙撃するような人類なのかも怪しい相手ともなれば致し方なかろう。

 

「……連中、どう思う?」

 

━━━━ジョージが唐突に変えた話題の先は、先だって決起した武装組織・フィーネの事だろう。

そしてそれは、武力しか能の無い俺達がわざわざ此処に……リディアン音楽院近くに待機している理由でもある。

 

「━━━━まぁあからさまに、俺達が()()()してた組織の連中だろうな。あの三人は見た事が無いが、日系人の誘拐をさせられる米国の機密部隊なんざ俺等のとこくらいだろうよ……」

 

━━━━それはつまり、俺達の罪の証。機密部隊に所属させられていたからとか、任務だったからとか、色々言い訳は浮かぶ。浮かぶが、所詮それは言い訳だ。

自分の娘と同じ年頃の少年少女を誘拐して稼いだ金で家族を養うなんて、全く以て……反吐が出る程のクソ野郎だ。

 

「……この学院に通ってる連中も、一歩間違えばそうなってたかも知れねぇんだよな。」

 

「……恐らくな。Linkerに依るモノらしいとはいえ、三人もの装者を蒐集していたとなれば、目的はシンフォギア装者の擁立だろう。

 となれば、この学院に集められた装者候補達も……」

 

━━━━その先は、言葉にはならなかった。

あの日、旧リディアン音楽院での戦いの日に俺達が護った少女達。あの子達も今、ちょうどこのお祭りを楽しんでいる事だろう……

それは、救いなのだろうか。為してしまった事は、どうしたって覆せない。この手が血に塗れているなんて当たり前の話。

……だというのに、あの小僧は言いやがったのだ。

 

『お二人になら、秋桜祭の警護も安心して任せられます。』

 

━━━━俺達は、お前を攫った誘拐部隊の一員だったんだぞ?

 

「はぁ……アイツ……共鳴の奴を見ているとなんか……気が抜けるな……」

 

「あぁ……兵士としては落第点の筈なのに、何故かああいう奴が一番強いからな……アレが、防人(ディフェンダー)って奴なのかもな。」

 

「俺等にゃどうにも、なじみの薄い概念だがな……っと」

 

━━━━そんな折に入ってくる、緊急連絡を知らせる着信音。

 

「おう、津山か。何があった?」

 

『━━━━先ほど、共鳴くんから連絡のあったFISの装者が撤退を始めました。』

 

「ん、なら休戦は終わりか。追跡はお前が?」

 

『えぇ。彼女達は徒歩のようですので、車よりはいいかと。』

 

「道理だな。車で追っかけてたら最悪この前の司令みたいに職務質問されちまう。」

 

『ハハハ……結局共鳴くんに助けられてましたもんね……それと、彼女達は何かしらの連絡を受けてから撤退を進めていました。陽動が起きる可能性がありますので警戒をお願いします。』

 

「了解……と、そういや本部に伝えとかないといけない話があったんだった。」

 

津山陸士長との通信でふと思い出したのは、妻との連絡が取れた時に教えてもらった、俺のかつての傭兵仲間が言っていたうわさ話の事。

いちおう、本部にも伝えておいた方がいいだろうと通話を繋ぐ。

 

「おいおい、フラグみてぇな事言いやがって……で、伝えとかないといけない話って?」

 

「あー、本部。此方諜報班のマーティンだ。仔細は未確認だが、七彩騎士が複数名動き出してるって話が━━━━」

 

『━━━━そうか……分かった。恐らく、それは事実だ。』

 

「……オイオイオイ?回収早すぎないか!?」

 

「だからフラグだって言ったじゃねぇか……」

 

『そのまさかだ。たった今、ノイズの反応があった場所に装者を急行させ、諜報班に周囲の封鎖を行わせているのだが……

 生き残った目撃者の証言に、七彩騎士の一人、アゲート・ガウラードと思われる人物がマリア・カデンツァヴナ・イヴと戦闘を行っていたという情報が含まれていた。

 恐らくは……とはいえ、間違いないだろう。』

 

━━━━思わず、天を仰ぐ。

 

「まさか、このまま俺等にアゲートの追跡命令とか下りませんよね?まだ死にたくないッスよ俺等だって。」

 

『安心しろ。七彩騎士が相手なら俺か緒川が出る。キミ達はそのまま津山くんに追跡を任せて秋桜祭の護衛を続けてくれ。』

 

「……了解。」

 

「……どうする?」

 

「どうするもこうするも……中の護衛やってた津山が居なくなっちまった以上、俺等が中に入るしか無いだろう……」

 

「クソッ!!通報されねぇことを願うしかねぇか!!」

 

「スーツにグラサンなんだからまず来賓か警備員と勘違いされるだろ……ま、最悪はアレだ。MIB(映画の撮影)って誤魔化せばいいだろ。」

 

「マジかよ!?じゃあなにか!?お前が《K》で、俺が《J》ってか!?」

 

「━━━━その通り。よく自分のキャラを理解してるじゃないか。さぁ、行くぞ。」

 

「……最悪だ……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━町中を小走りに駆けていく少女達を歩いて追いかける。週末の昼下がりという事もあって人出は多い。見失いそうに感じるかもしれないが、三人組の少女というのはそれだけで目立つ物だ。

しかも、彼女達が目指す方向は段々と郊外へ……それも、旧リディアン音楽院の方角へと進んでいる。なるほど、あちらの方ならば三ヶ月経った今もなお復興の為に様々な業者が出入りしている。

彼等が隠れる場所にも困らないだろう。

 

━━━━それに気付いた瞬間、彼女達が脇の路地裏へと走り出す。

しまった、気付かれた!?

 

……歩幅を緩めず、焦らずに路地裏の前を通り過ぎる。

 

━━━━その隙に垣間見えたのは、路地裏の向こう側へと駆け抜けていく少女達。

参ったな……コレ以上彼女達に気づかれずに追いかけるとなれば、それこそ緒川さんのような超人で無ければ不可能だろう。

此処が彼女達の新たなアジトの近くだというなら、共鳴くんが受けたという脅し文句の通りにノイズを放たれてしまう可能性もある。

 

「……すいません。見事に撒かれちゃいました。」

 

『いや、彼女達の言葉に幾ばく以上の本気がある以上、深追いは禁物だ。むしろよく動揺せずにその場を去ってくれた。

 ご苦労だったな。少なくとも、決闘とやらを人の少ないエリアで行おうという意思が見えただけでも十分だ。一休みしたら本部に帰投してくれ。』

 

「分かりました。」

 

少し歩いた先にある公園までそのまま歩き通して、ベンチに座り込む。

 

「……ふぅ。やっぱり、慣れない事はするもんじゃないな……」

 

━━━━座り込んだ俺の脳裏を過るのは、先ほど、リディアン音楽院の講堂の中で披露された歌。

あぁ、忘れる筈もない。二年前、俺の命を救ってくれた……双翼の歌だ。

 

二年前、当時まだ予算規模も小さかった二課が山梨の北富士演習場で行った防衛大臣に向けたデモンストレーション。そして、その際に発生した……恐らくは()()による人為的なノイズの大量発生。

俺は、彼女達ツヴァイウイングの警護としてその事件に関わり……そして、その歌を聴いたのだ。

 

「……アレから二年、か。

 出世頭の伝手を頼ってなんとか二課入りしたんだよな。」

 

━━━━だから、嬉しかった。忘れないと約束した歌が、忘れまいと思う程に心に刻まれた歌が。あの日の悲しみを乗り越えて羽ばたく姿を見られたのは。

 

「……よしっ!!んじゃ、本部に戻りますか!!」

 

山の上の旧二課本部を見やるのは一瞬。振り返って向かう先は停泊中の二課仮設本部。

━━━━彼女達シンフォギア装者が思いっきり歌を歌い続けられるようにするのが、二課の為すべき仕事なのだから。

 

「……とはいえ、保安班なのにこういう諜報班みたいな仕事するのは勘弁してもらいたいけれども……」

 

急に割り振られた妙な仕事への苦笑交じりに歩む足取りは、とても軽い物だった。




━━━━欠けた月が、世界を見下ろしていた。
月下に響くは、少女達の歌。
だが、狂気を宿した男はそれに負けぬほどに朗々と謳いあげる。
世界に待ち受ける残酷な運命の存在を。

そして、それを覆す為と謳いながら、人を否定する最悪なる災厄を握り、悪意は少女の心を犯す。

━━━━その涯に待つのは、深淵なる狂気の底か、或いは……

その答えは、夜闇を切り裂くこの咆哮すらも知らない。

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