━━━━まさか、アゲートのオッサンが出張ってくるとはな……
二課仮設本部の指令室。遺棄されたFISの潜伏先の倉庫の惨状と、其処に現れた俺の知り合いでもある七彩騎士の目撃情報。
これまでとは違う状況の変化を、俺達は感じ取っていた。
しかし、目撃情報……それも、決闘の一瞬だけを見たという少年たちの言葉は当然ながらに要領を得ず、断言できる事はまたも何も無い状態だった。
「━━━━司令!!永田町深部電算室……記憶の遺跡からの通信です!!」
「ん。記憶の遺跡から……?まさか、瑠璃くんか?分かった、モニターに回してくれ。」
そんな折に藤尭が進言するのは、兼ねてより解析を……了子くんが居なくなった事、そして二課本部施設が使えなくなった事で低減した本部解析機能では届かぬ程の深奥。
そこまでの調査を依頼していた案件に関する通信の知らせだった。
『━━━━お久しぶりです。風鳴司令。』
そうして繋がった通信の先に映る相手は、銀の髪を二つに揺らした少女の姿。確か、もうそろそろ成人になるのだったか。
「あぁ、三年ぶりだな、瑠璃くん。健勝そうで何よりだ。」
『育ち盛りですので……あぁ、装者の皆さんとは初めましてでしたね。改めて、初めまして。私は
この記憶の遺跡の設計者みたいな者です。』
「コレはコレはどうもご丁寧に……私、立花響です~。」
「いや、流石に装者の情報くらいは知ってるだろ……古金さんは国内の機密情報集積を担う知識の番人。記憶の遺跡の電子の妖精なんだから。」
『私としてはその呼び名はあまり推してはいないのですが……何故か広まってしまうのは其方なんですよね。何故でしょう?』
━━━━何故も何も、そういった諸々の所作が、腹の探り合いに疲れるお歴々に大人気だからなのだが……まぁ、言わぬが花だろう。
「へぇ~……あ、言われてみれば確かに、妖精さんみたいに綺麗ですね!!」
『ありがとうございます。それで、今回のご依頼の調査結果についてと……一つ、其方の耳にも入れておいた方がいい情報が。
ともあれ、まずは調査結果の方をご覧ください。ライブ会場で観測されたガングニールのアウフヴァッヘン波形と、立花響さんのガングニールのアウフヴァッヘン波形、そして、旧二課本部のデータベースからサルベージした天羽奏さんのガングニールのアウフヴァッヘン波形を重ね合わせた結果となります。』
「アウフヴァッヘン波形照合、誤差バーツーバー……
「……そうか。では、やはり……マリア・カデンツァヴナ・イヴの纏う黒いガングニールは騙りや詐称では無く、紛れもない無双の一振りというワケか……」
司令部のモニターに出力されたその調査結果と、藤尭による詳細説明。それによれば、三振りのガングニールが放つ固有振動であるアウフヴァッヘン波形には、一兆分の一単位での誤差すら無いという。
「私と、同じ……」
「考えられるとすれば、神獣鏡のように米国政府と内通していた了子さんの手によって持ち出されたガングニールの欠片から造り上げられた物でしょうか?」
『━━━━それもありまして、二課に関する此方の記録を当たってみましたが、十年前のイチイバル喪失と前後するようにガングニールの紛失未遂事件が起きています。しかし、実行犯は逃亡先に突如出現したノイズによって死亡……
イチイバル紛失との関係も噂されましたがあくまでも憶測の域を出ずに終息したものとみなされました。因みに、ガングニールの状態を確認した担当者は……当時、櫻井理論と其処から産み出されたアメノハバキリのシンフォギアによって頭角を現し始めていた櫻井了子氏となっていました。』
「やはり、か……」
「櫻井理論に基づいて作られた、もう一振りのガングニールのシンフォギア……」
━━━━了子くんの、そしてフィーネの謀略。それは遥かな過去から現在に至るまで、様々な形で我々を翻弄してきていた、という事か……
「……だけど、妙だな。あたしの知る限りだけでも、米国の連中はフィーネの研究と、そしてソロモンの杖を狙ってやがった……
━━━━FISなんて組織があって、シンフォギアをも保有していたんなら、そいつ等に自前でフォニックゲインを用立てさせれば良かったんじゃないか?」
「━━━━恐らくは、彼女等がLinkerを用いねばならないからだろう。Linkerの使用による汚染の進行次第ではソロモンの杖の起動どころでは無く、装者の命にすら関わりかねないのだからな。」
「そうそう。アレ滅茶苦茶痛いんだぜー?」
「嫌な実感あるタイプの感想ッスね……けど、確かにそうだ。そこのバカはたったの一時でデュランダルを目覚めさせたけど、あたしだってソロモンの杖の起動には半年もの間、ちょくちょくとフォニックゲインを蓄積させる必要があった……」
「それが不安定なLinkerを使った砂上の楼閣では、五年十年では済まないだろうな……あぁ、なるほど。二年前に共鳴くんを誘拐せんと特殊部隊を回したのもそれが理由か。」
「……アメノツムギを手に入れられればその機能を基にソロモンの杖の起動に取り掛かれば良し。失敗したとしても二課は実験の後始末と米国との軋轢解消に奔走する羽目になるから、ネフシュタン簒奪の犯人捜しも停滞する……
なるほど、どっちに転んでも利がある二択だったってワケだ……」
クリスくんの疑問に整然と仮説を付けるのは共鳴くんと翼の二人。
となれば、FISの装者の存在はあくまでもバックアッププランなのだろうか?
だが、そうであれば……マリア・カデンツァヴナ・イヴの躍進があまりにも性急過ぎるのでは無いか?
彼女は二ヶ月前にデビューし、其処からトップアイドルへの道を駆け上がった。通常では有り得ない速度のその動きは、間違いなくその時点では米国が関与していた事を示しているのだろう。
……その目的がライブ会場での宣言だったとするなら、後ろに倒すことが出来ないタイムスケジュールがあったというのか……?
━━━━なにか、大切なファクターが欠けている。それも、
昔に見齧った推理ドラマを基に組み上げた推理は未だ不完全、となれば……
「……さて、ガングニールについては了解した。それで瑠璃くん。此方の耳に入れておいた方がいい情報とは?」
『はい。七彩騎士の一人、アゲート・ガウラードが日本に潜入している件についての証拠を見つけました。
私の弟のラズロ……彼も七彩騎士の一人で
彼がある貨物船の入港ログを改竄していまして、其処から芋づる式に改竄された記録映像を探した所、アゲート本人の姿を確認出来ました。
間違いなく、そちらの一件に関わる物と思いまして。』
「そうか……目撃情報はあったがコレで確定だな。
やはりFISは自国の政府を……そして、七彩騎士までも敵に回している、という事か……一体全体、そこまでやらかして何を企んでいるのだか……」
「━━━━なぁ、さっきからちょくちょく出て来てる
「あ、それ私も思ってました。なんかすごそうな名前だなーっては思うんですけど、全然実感湧かなくて」
そんな折に飛び出して来たクリスくんと響くんの疑問は、思えば当たり前の物だった。
そもそも情報に行き合う機会も少なかったクリスくんと、そもそも裏社会との繋がりなど一切無かった響くんなのだ。
翼や共鳴くんのように、各国の諜報機関についての触りの事情くらいは知っているだろうと喋るのは良くないだろう。
「あぁ、七彩騎士ってのは……まぁ、要するに米国版の二課みたいな感じかな。戦力・財力・影響力……とにかく何であれ、
他の組織との掛け持ちメンバーとか、そもそも米国側が頼み込んで騎士をやってもらってるメンバーまで居る……なんて妙なウワサも絶えない謎の組織さ。」
『件のアゲート・ガウラードは元対テロ特殊部隊の精鋭で、二年前までは国連直轄の特殊部隊
同部隊の解散後は消息不明でしたが、今回の件はどうも惹かれる物があったようですね。』
「あぁ、そして……対テロ特殊部隊時代から共行さんと組んでいた人でもある。俺も銃対策の動きとかを教えてもらったもんだが……果たして、今戦っても勝てるかどうか……」
「父さんと……?」
「━━━━ハァ!?オッサンが勝てるかどうかって……七彩騎士ってのはマジモンの人外魔境か何かか!?」
━━━━クリスくんの反応に思わず苦笑が零れる。俺だって、別に無敵なんてワケじゃない。ノイズ相手には手も足も出ないし、逆立ちしたって出来ない事もあるのだ。
「確かにアゲートのオッサンは二挺の銃を持ち込むだけで俺や緒川に匹敵する程のとてつもない技前の持ち主だが、それ以上に厄介な点がある。
━━━━あの人は、卑怯な手を躊躇しない。屈指の戦士であり、誇りを持つ戦士ではあるが、同時に洗練された兵士でもある。
彼の流儀に反する事はしないが、流儀に合うのならば人質を取る事も厭わない。
……そうだな、お前達が最も気を付けるべきは、彼の使う四挺の銃の中でも黄槍《ガボー》だろうな。
小型のマルチプルランチャーである
シンフォギアの装甲を抜くには到らないだろう。だが、周囲にギアを纏わぬ誰かが居れば……」
俺の言葉を濁した説明の、その先を読んだのだろう装者達の顔が暗くなる。
「……だからこそ、アゲートのオッサンが出てきたら俺か緒川が相手をする。マトモに相手しようとはせず、周囲の人々を護る事を第一に考えてくれ。」
「……了解しました。」
「……あぁ。」
「…………」
決意、了承、沈黙。三者三様の正規装者達の反応に、俺自身もまた気分が暗くなってしまう。
━━━━あぁ、全く。こんな物は、子供たちに背負わせるような話じゃあないってのに。
『……私の方も、今後はラズロ対策に掛かります。其方と協調こそは出来ませんが、逆にラズロの妨害が其方に向く事は無い筈です。
━━━━なにせ、私はお姉ちゃんですから。弟には負けません。』
「━━━━お姉ちゃんだから、勝てるんですか?」
『いいえ。身内であろうと、間違っている事を……例えば、他国への非合法な干渉だとかですね。そういう事をしているのなら、家族だからこそ絶対にそれを止めると、私が決めているからです。
その決意がある以上はやり通せば勝てると確信しているだけです。三年前にも、闇の皇子様を相手に私は同じ事をしましたから。』
「━━━━間違っている事をしているなら……家族だからこそ……」
『はい。向こうの立場としては正しいのかも知れませんが……その為に此方の社会情勢が揺らいでしまう以上は、一回は止めてあげないといけない。秩序に属するという事はそういう事なんです。』
「……でも……私は……」
『……どうやら、何か事情があるようですね。ならば立花響さん。どうか一つだけ忘れないでください。』
「あ、はい。」
『━━━━自分の答えを出せるのは、自分だけです。他の誰でも無い、自分自身。私の決意や、貴方の知る誰の想いも、あくまでもそれ自体は他者の考えです。
だから、どうか迷いを切り捨てないでください。迷う心は、同時に優しさの発露でもあるのですから。』
「━━━━言ってる事、全然分かりません。けど……分かりました!!私、思いっきり迷います!!」
『━━━━フフッ。まるで私のお母様みたいな真っ直ぐさです。それでは、今度こそ失礼しますね。』
━━━━そんな残酷に沈む少女の心を軽くしたのは、かつては同じく迷っていた少女の言葉だった。
まったく……あの時は急に見つかった遺伝的な弟の存在に迷う少女だったというのに。いつのまにやら、皆成長していく物だ……
◆◆◆◆◆◆
━━━━ランデブーポイントとは、二課本部跡地の事だ。
此処ならば、余計な存在が不幸にも私達を見つけてしまう可能性も低いし、未だ復興作業が続き、人の出入りも激しい周囲を調べるのに時間が掛かって二課の連中もすぐには辿り着けない筈だ。
「ヘーイ、ポール……ポール・バニヤン~……」
岩に腰かけてぶらぶらと足を揺らしながらに口ずさむのは、FIS時代に教わった
アメリカという国家の原点となったのだという、開拓者の唄。東の海からやって来て、アラスカへと去って行った大男の御伽噺。
━━━━それを教えてくれた彼は、ある日突然に
……だから、もう遺っているのはこの歌だけだ。彼が何故ボク等を助けようとしたのかは、永遠に分からない。
「……美舟は、マリアの事が心配じゃないの?」
そんなボクの姿に、不思議そうな顔をして調が訊ねてくる。
きっと、マリアが迎撃に出た事を心配しているのだろう。
「心配はしているよ。けれど、もう迎撃まで行われてしまった以上は……ボクはもう、出て来た結果を受け入れる事しか出来ないから……
うん。調は、やっぱり優しいね。」
そっと、ボクより頭一つばかり背の低い調の、サラサラとした髪を撫でる。
「ん……くすぐったいよ、美舟……」
「……きっと、マリアは大丈夫デスよ、調!!美舟!!」
「……うん、そうだね切歌。ありがとう。二人共優しいね。」
━━━━正直なところを言えば、ボク自身は楽観している部分があるのだ。
マリアがフィーネを継いだというマムの言い分。だが、それにしてはおかしい所が多いのだ。
フロンティアの封印解放儀式の手順を、マリアは知らないままだった。それは、フィーネが解読した古文書に書かれていた内容だというのに。
復活が不完全なのだとマムは言うが、ボクの知るフィーネは少なくとも……そんな不完全なシステムに頼り切る存在では無かった。
であれば、マリアの騙りなのだろうか?何のために?
━━━━その答えは、エアキャリアと共にやってきた。
「━━━━マリア!!大丈夫デスか!?」
「……えぇ。」
「良かった……マリアの中のフィーネが覚醒したら、もう会えなくなってしまうから……」
「迎撃に出たって聞いてビックリしたデスよ!!」
「ごめんなさい。相手が強敵だったものだから……」
「相手って?」
「━━━━本国からの追手、七彩騎士です。米国の最高戦力と言っても過言ではありません。」
「本当に素晴らしい実力でしたよ。まさか、生身でギアを圧倒する人類が居るとは……是非とも研究させてもらいたいものですね。」
━━━━マリアに抱き着く調と切歌を微笑ましく見つめる私が発した問いに答えるのはマムと、そして……ドクター・ウェル。
「七彩騎士……」
「えぇ。それで……美舟。貴方の策にひとまず乗りはしましたが、この後はどうしようと言うのですか?
まさかとは思いますが……あの場を凌ぐ為に無策を誤魔化したワケでは無いでしょうね?」
━━━━ヤバい。図星だ。決闘に持ち込んだのは、あくまでも釘刺しと……二人の歌がちゃんと評価される所を見届けたかったという私の我儘。
……とはいえ、無謀ではあっても無策では無いのだ。
「うん。策はあるよ。
……彼等はまだ、世界の真実を知らない。だから、決闘の最中に其処を突いてやれば、間違いなく彼等に隙を産むことが出来る。そこを切歌と調の組打ちでギアを奪い去る。
複雑な策はいきなり用意するのは難しいし、タイミング勝負になっちゃうからコレくらいの方がちょうどいいと思うけど……」
「なるほど……であれば、アタッカーとしてボクが出るべきでしょうね。私が保証人となれば説得力も増しますし、ソロモンの杖とアンチリンカーの存在から彼等は警戒せざるを得なくなります。」
「……そうですね。マリアを温存する以上は、そうせざるを得ないでしょう。しかし、決闘の結果がどうあれ……」
「分かってる。ネフィリムの起動にさえ成功したら後は三十六計逃げるに如かず。フロンティアの起動まで一直線だよ。」
━━━━月の落下という残酷な真実。それを突きつけて勝ちを譲ってもらうという事。
気は重いけれど、戦力で劣る上にマリアを温存しよう等と温い事を言うからには、それくらいこすっからい手を使わなければ装者三人とギア使い一人を擁する二課相手に隙間を穿つ事など出来ないだろう……
「━━━━では、決行は今夜。月が天頂に到る時でよろしいですね?欠けた月が直に見えていればこそ、人はそこに実感を得るのですから。」
「……分かりました。切歌と調は一旦休息を取っておきなさい。今夜は……長い夜になるでしょうから。」
◆◆◆◆◆◆
━━━━決闘の約束から六時間程が過ぎた、二課本部内。
万が一に備えて待機する俺達の基に、来てほしくなかった警報が鳴り響く。
「━━━━ノイズの出現パターンを検知!!」
「古風な真似を……決闘の合図に烽火とはッ!!」
「位置特定……場所は、東京番外地、特別封鎖指定区域……」
「カ・ディンギル
━━━━東京番外地。それは、ルナアタック事件の際に聖遺物のぶつかり合いが発した強烈なエネルギーによって植生すら絶え果ててしまった、旧リディアン音楽院跡地そのものだ。
今なお、残留するエネルギーの処理・無害化の研究は進むものの、未だ元々山だった場所への一般人の立ち入りは禁止となっている。
「━━━━一般人を巻き込まぬようにするにはうってつけの場所、というワケですね……」
「あぁ、となれば……決闘の約束、彼女等は護る気があるようだな……妙なところで律儀な事だ。
装者三人と共鳴くんは出撃を!!現地近くまではヘリで向かうが、ノイズによって撃墜される恐れがある事からヘリからの降下は避け、麓から登るルートで行くッ!!」
『了解!!』
重なる声と共に気合いを入れ直す。
━━━━彼女達が握る正義、この目で見極める為に。
◆◆◆◆◆◆
━━━━山の上から見下ろす惨状は、割かし愉快な物であった。
聖遺物同士のぶつかり合いが産んだというこの禿山。研究者として其処に気になる部分が無いでは無いが、生化学に関する事となれば人体への長期的な影響の有無が一番となる。
流石にそんな研究をしている暇は無くなるだろう。
━━━━フロンティアの浮上は今夜、成し遂げられるのだから。
「━━━━なるほど。決着を求めるにはお誂え向きの舞台というワケか……」
そして、求めた相手はやってくる。
「……ではお二人共。手筈通りに頼みますよ。」
「……了解。」
「……やってやるデスよ。」
不承不承が透けて見えますがまぁそれはそれ。どの道
「ようこそ二課の装者諸君!!戦いの舞台に上がってくれた事、感謝します、よッ!!」
━━━━ノイズの召喚。まずは雑魚を百体程。
コレを試金石と時間稼ぎとし、機を狙う。
故に、左右の二人は未だ動かない。コレもまた作戦通り。
「ハーッ!!」
「オラッ!!」
「セイッ!!」
「セイヤーッ!!」
だが、流石は二課の誇るシンフォギア装者達。ノイズを瞬く間に蹴散らすその姿……練度が違う。気概が違う。そして何よりも……コンビネーションの質が違う。
シンフォギアが歌を響かせる事で力と為すのは周知の事実。だが、その音色がハーモニーを奏でる事に着目する者は凡愚の中には殆ど居なかった。
だが、ナスターシャのオバハン……おっと、ナスターシャ教授は早くから櫻井理論にハーモニーが関わる事に気付いており、それが故にザババの双刃が心象を重ねる事で二つで一つと歌を奏でる事まで突き止めたのだ。
━━━━それと同じ事を成し遂げている男が、目の前に居る。
レゾナンスギア……正式名称は『RE:RN式回天特機装束 RG-n00』だったか。やれやれ、櫻井了子もトンだ置き土産を遺してくれたものだ。
重なり合わぬ装者の心象を繋ぎ、共に鳴り震える事で共振させるその特性。此方がギアの数で負けている事も合わさって非常に厄介だ。
━━━━故に、彼だけはいずれご退場願うとしよう。
準備は周到に、そして後始末は念入りなまでした上で……
「━━━━調ちゃん!!切歌ちゃん!!」
「おっと、二人の出番はまだ先ですよ。真打は最後に登場するものでしょう?」
「━━━━ソロモンの杖を奪い、フィーネを擁し、世界を敵に回し……そこまでして何を企てる、FIS!!」
「企てるとは人聞きの悪い……我々が望むのはただ一つ!!人類の救済ッ!!」
━━━━さぁ、此処からが私の……いや、ボクの独壇場だ……!!
「人類の救済、だとッ!?」
「そう!!月の落下にて喪われる無辜の民の救済こそ我々の悲願ッ!!」
「月の!?」
やはり、気付いてはいなかったか。だがまぁ、それも当然だ。
「月の公転軌道は各国機関が三ヶ月前から計測中!!落下などというふざけた結果が出て入れば黙っては……」
「━━━━黙っているに決まってるじゃあ無いですか。対処法の無い極大災厄など、さらなる混乱を招くのがオチです。
不都合な真実を隠蔽する理由など、この世界には幾らでも転がっているのですよ!!」
━━━━真っ先に『月の公転軌道にただちの影響はない』と声を挙げたのはNASAだった。そうなれば他の国家はそれに唯々諾々と従うしかない。
否定した所で受け入れてもらえないか、世界に不安の種をバラ撒くだけ。沈黙は金、と言いましたか。全く以てその通り!!
「……まさか!!この事実を知った連中ってのは……自分達だけが助かるような算段を建ててるんじゃあねぇだろうな!?」
「━━━━だとしたら、どうしますか?貴方達は。残酷な世界の現実と、闇夜の如き陰謀を前にして、それでも世界を救えると叫ぶのですか?」
━━━━出来る訳がない。米国が総力を結集しても尚、出た答えは『地球からの脱出』しか無かった難題なのだ。
如何にシンフォギアが単独での大出力の行使を可能にしようと、それは所詮戦術規模の話。戦略規模すら大幅に超えた生存圏規模のこの難題への答えには決してならないのだから。
「それは……」
「ならば逆に問う!!お前達は世界をどうやって救おうと言うんだ!!」
━━━━だが、此方の威に呑まれぬ男が一人。
丸め込まれて心が折れてくれればそのままパックリと丸呑みにしてやれたんですがねぇ……まぁ、仕方ないと割り切りましょう。
「その手は既に見せていますよ!!
━━━━即ち、ネフィリム!!」
「ッ!!クリスちゃん、下だッ!!」
「どわッ!?」
ボクの声に応じ、聖遺物に喰いつかんと地下より現れるネフィリム。だが憎たらしい小僧の声に反応したからか、パクつきは避けられてしまう。
「クリスちゃん!?」
「がっ……!?」
「雪音!?」
━━━━掛かった!!
策は二段に、三段に重ねるのが肝要というもの……ネフィリムの攻撃で一人を喰らう。それが失敗したのなら……
「拘束ノイズ!!やはり罠か!!」
「ハハハハハハ!!随分と勘が冴えていますねぇ!!その通り!!
人を束ね、組織を編み、国を建てて命を守護する!!その大義の為、ネフィリムの贄となってもらいましょう!!」
「━━━━でやァァァァ!!」
吹き飛ばした雪音クリスを拘束ノイズで捕らえてから喰らい付くコースも、文字通りの横槍となった立花響の乱入で失敗。ならば……
「お二人共、今ですよ!!」
「……尋常に勝負とは言えないけれど。」
「アタシ達だって必死に全力なのデス!!」
「クッ……防人の剣、この程度で折れると思うてくれるなッ!!共鳴ッ!!」
「あぁ!!」
これで状況は五分と五分。向こうは拘束され気絶した雪音クリスを欠き、一方此方はネフィリムとボクで立花響を、そしてザババの双刃で風鳴翼と天津共鳴を抑え込む構えだ。
━━━━故に、此処こそが鬼札の切り時だろうとほくそ笑む。
「たァッ!!はッ!!」
やはり、成長期の途中では分が悪いのだろう。立花響一人を相手に、それでも幼稚な攻めしか出来ぬネフィリムは翻弄されている。
だがそれで良し。圧倒しようと全力を出せば、その緊張の一瞬こそ、人の心が最も弱る瞬間なのだから。
「━━━━ルナアタックの英雄よ!!その拳で何を護る!?世界の希望であるネフィリムか?それとも、陰謀を巡らせて自分達だけはのうのうと助かろうとするクソ爺共か?」
「━━━━言ってる事、全然!!全く分かりません!!けど!!……貴方達のやってる事で、泣いてる人が居るからァァァァ!!」
━━━━なんて真っ直ぐな……水晶のような輝きだろう。
それを……今から踏み躙れると思うと思わず絶頂してしまいそうだ!!
ノイズを召喚し、機を図る。勝負は一瞬。撃ち込んだ楔に大量の冷や水をぶっかければ、巨岩すら二つと割れるのだから!!
「━━━━そうやってキミは!!誰かを護ると口では宣いながら!!もっと多くの罪なき人々をぶっ殺してしまうワケダァァァァ!!」
「ッ!?……でぇい!!」
「ッ!!ダメだ響!!逃げろ!!
「━━━━読みは鋭いが一手遅い!!キミの手はまたも届かないのだよ、少年ッ!!
そぉれ、パクついたァァァァ!!」
「━━━━え?」
パクリ、と。まるでカートゥーンの一幕のように軽い音と共に少女の腕がネフィリムの口の中へと呑まれる。
━━━━そして、ぐしゃり、と潰れる音。ぶちり、と千切れる音。
歌すら喪ったこの場に響き渡る咀嚼音。
「━━━━立花ァァァァ!!」
「━━━━響ィィィィ!!」
「……ぁえ?」
現実を受け入れられないのだろう!!そうだろう!!
必死に喪った左腕を抑えて探すようにフラフラと揺れるその姿のなんと滑稽な事か!!
「フフフ……フフフフ……」
「あ、あぁ……ガァァァァ!?
……ウソ、そんな……痛い……痛いよぉ……!!腕……
へなへなと、自らの腕から噴き出した血だまりに崩れ落ちる少女の胸に歌がある筈もない。
━━━━コレで、
「━━━━アアアアアアアア!!ドクタァァァァ・ウェルゥゥゥゥ!!」
憤怒の焔を瞳に灯して此方を睨む少年の無駄な足掻きを前に、ボクの英雄譚は遂に始まりを迎えようとしていた……
欠けた月の下、喪われた物を求める咆哮が鳴り響く。
それは、喪失へのカウントダウン。
天を裂き、地を割るその威を前に、それでも少年は抱きしめる腕を緩めない。叫ぶ声を諦めない。
━━━━どうか、思い出して。と。
心優しいが故に拳を握る少女の、最も弱い部分を知る一人であるが故にこそ、その想いは強く、強く……