戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第五十四話 無明のメルトダウン

「━━━━そうやってキミは!!誰かを護ると口では宣いながら!!もっと多くの罪なき人々をぶっ殺してしまうワケダァァァァ!!」

 

「ッ!?」

 

━━━━拳を握った私に掛けられたウェル博士の言葉が、私の拳を鈍らせる。

誰かを護る。誓うだけども……私が拳を握る事で救われない人が居るのでは?

ウェル博士の言うように、FISの目的が世界を救う事だというのなら……皆を救う正義を握っているのは、彼等なのでは?

 

『━━━━痛みを知らない貴方に、『誰かの為』なんて言って欲しくないッ!!』

 

━━━━あぁ、心が痛い。

 

「━━━━でぇいッ!!」

 

けれど、今更に振りかぶった拳を引っ込める事なんて出来ない。だから、まずは目の前のネフィリムとかいう聖遺物を止める為、再び拳を━━━━

 

「ッ!!ダメだ響!!逃げろ!!()()()()()()()()()()()()!!」

 

「━━━━え?」

 

お兄ちゃんの声と同時、振り抜いた甘い拳をパクリと呑み込む、ネフィリム……?

 

━━━━ガブリ、と音がする。

 

「……え?」

 

━━━━左腕が冷たい。夜の闇の空気って、こんなに冷たかったっけ?

 

━━━━グチャリ、と音がする。

 

━━━━左腕が熱い。直視したくない現実が押し寄せてくる。

 

━━━━ブチリ、と音がする。

 

━━━━血が噴き出る。理解が追い付かない。

 

「━━━━立花ァァァァ!!」

 

「━━━━響ィィィィ!!」

 

私の名前を叫ぶ声が、遠い。

聴こえるのは、吹き出す血の音と……くちゃり、ぐちゃりと、何かを食べるような音。

━━━━何を?

━━━━誰が?

 

気付くんじゃない、って頭の中でガンガン鳴っている警鐘も、目の前に見せつけられてしまえば意味がない。

 

━━━━ネフィリムが食べている。私の左腕を食べている。

 

「あ、あぁ……ああ……グッ……ァァァァ!?」

 

痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い!!

血が噴き出して抜けていく感覚!!すうすうと傷口を抉る夜の闇の冷たさ!!

 

「……ウソ、そんな……痛い……痛いよぉ……!!」

 

信じたくない!!信じられない!!見たくない!!知りたくない!!

……けれど、目の前の残酷は変わる事なんて無くて。

 

「腕……()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!あ、あぁ……」

 

橋から落ちそうになったあの日も、翼さんとデートしたあの日も、拳の在り方に悩んだあの日も、お兄ちゃんは私の腕を引いてくれた。

私が未来の左手を取って、お兄ちゃんが私の左手を取って。そんなありきたりな日常は、もう来ない。

 

膝が崩れる。びしゃりという音は、いつの間にか出来ていた血だまりが起こした音?

涙と、汗と、血が止まらない。頭の中はグルグルと、痛みと狂気と記憶を混濁させる。

 

━━━━あぁ、喪失へのカウントダウンが止まらない。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━いったぁぁぁぁぁぁぁ!!パクついたァ!!シンフォギアをだッ!!コレでェ……ッ!!』

 

━━━━ドクター・ウェルの歓喜の咆哮が、スピーカーを揺らす。

 

「……そんな。あそこまで……あそこまでやるなんてボクは求めてないッ!!隙を突いてギアを奪いさえすれば、それで……!!」

 

『あんのキテレツ!!どこまで道を外してやがるデスかッ!?』

 

『聖遺物の欠片を餌と与えるって、そういう事だったの!?』

 

ボクの叫びは遅きに失し、通信越しに響く切歌と調のそれもまた然り。

 

「━━━━どこへ行こうというのですか?マリア。貴方の槍を振るう場は、今この時では無い筈ですよ……」

 

「……世界を救う計画の為、悪に堕ちたとの誹りなら、私は幾らでも受け入れる……だがそれでも、私は無慈悲では居られないッ!!

 ━━━━あんな風に命を弄ぶ事が、我々の理想なの!?答えて、マムッ!!」

 

「……その優しさは、今日を限りに捨ててしまいなさい。私達にはもう……微笑みなど必要ないのですから……」

 

━━━━まただ。マリアとマムの会話から感じる違和感。まるで今もマリアは元の優しいマリアのままのような、マムの言い方。

だが、そこに頓着している余裕は私には無かった。

 

━━━━立花響という少女。ごくごく普通の人生を送っていた、護られるべき存在。

彼女に対するボクの想いは、複雑怪奇だからだ。

━━━━だって、彼女の隣にはいつだって、お兄ちゃんが居たのだから。

 

逆怨みにも程がある。筋違いだとも分かっている。けれど……

思い出すのはあの日の想い出。ただ一度だけお兄ちゃんに助けてもらった、あの夏の一日の、陽炎の記憶。

その輝きがあったから、()は今日まで生きてこられたのだ。それを……彼女は常に甘受してきた。何度も、何度も、何度も、何度も助けてもらっていた。

 

……それでも、だからって!!

そんな逆怨みの想いを、彼女があんな事を受けていいって自分を納得させる理由(いいわけ)にはならない!!できない!!

強く首を振って否定するのは、胸の中に湧き出でる暗き想い。

 

「━━━━クッ!!」

 

そんなボクの葛藤と同じように、マリアの苦悩もまた深いようで……操縦席を去って行くその横顔は苦渋に満ちていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ドクター・ウェルキンゲトリクス。彼だけは、許せない。

狂気の嘲笑を浮かべ、響の左腕を抉り取り去った男を見据える。

殺意を握る。決意するその瞬間、俺は天津の防人(ガーディアン)である事を投げ捨てて……

 

「立花!!クッ……共鳴!!私が彼女達を止める!!立花の保護をッ!!」

 

「グッ……分かった。」

 

━━━━だが、冷静な翼ちゃんの言葉が、冷や水となって俺の頭を冷やす。

そうだ。なによりも優先すべきは響の保護だ。腕を喪い、食い千切られた左腕から膨大な血を流す響を放置してしまえば、出血によって血圧が低下し、各種臓器不全まで引き起こして死に至る可能性が高い。

そうなる前に、適切な処置を施さなければならない。幸い、患部を縛る糸も、血圧維持のための電気ショックもこの手の中にあるのだ。絶対に、諦めない!!

 

「アタシ達……正しい事をやっている筈なのに……ッ!!」

 

「間違ってない筈なのに、どうしてこんなに……ッ!!」

 

━━━━そうして決意を構え直した俺の前に立ちはだかる少女達は、けれどその手に握る決意を揺らがせていた。

……あぁ、本当に。テロリストとして決起したとは思えぬ優しさだ。だがだからこそ、彼女達をあんな外道のやり口に染めるワケにはいかない。

 

「━━━━切歌ちゃん、調ちゃん……今だけは、其処を退いてくれ。」

 

「それは━━━━ッ!!」

 

「━━━━出来ないデスよ!!キテレツとはいえ、奴の行動は計画通り!!だから……ッ!!」

 

「━━━━違う。今の俺の目的はウェル博士をブッ飛ばす事じゃない。響を救う事だ。

 ……ただ、それだけなんだよ。」

 

━━━━だから、言葉を重ねる。残された時間は短い。もしも響がショック症状で気絶すればそれは危険信号(レッドアラート)そのもの。

……だがそれでも、このまま言葉を交わさずに二人を押し通ってしまえば、それは明確な拒絶になってしまう。

そうなってしまえば、たとえ身体は助かったとても、響の心が救われない。自分を助ける為に他者が否定しあう事すら、優しい彼女は抱え込んでしまうのだから━━━━!!

 

「━━━━完全聖遺物ネフィリムは、いわば自律稼働する増殖炉!!他のエネルギー体を暴食し、取り込む事で拡充されたエネルギー容量はさらなる出力を可能にするゥ!!

 ……さぁ、始まるぞ!!聴こえるか?この覚醒の鼓動がッ!!フロンティアを浮上させ、人類を救う救済の音色が!!フフフハハハハ!!フヘヒヘハハァ!!ウヒョヒョ!!」

 

━━━━狂っている!!

そんな俺達の必死なる意思のぶつかり合いを、興味も無いとばかりに自分に酔い、狂嗤を深くするドクター・ウェル。

そして、それに応じて進化を遂げんと変革を始めるネフィリム。その大きさは3m弱にも達し、象の如き体躯となっていた。

 

「う……アウゥゥゥゥ……」

 

「━━━━ひょ?」

 

━━━━だが、そんな二つの場所の間にある断絶すら超えて、総てを凍り付かせる唸りが目を覚ます。

 

「ウウウウ……!!アア……ガァァァァ……!!」

 

「━━━━そんな!?まさか、暴走ッ!?」

 

響の身体を黒く染め上げ、獣の如き叫びをあげる()()()

━━━━それを見た翼ちゃんの叫びに、想い到る事象が一つだけあった。

 

「━━━━ガングニールの制御不全による暴走状態ッ!?マズい!!」

 

━━━━融合症例が齎す恩恵と害厄。それは、『安定した適合係数によって強大な出力を発生させる』事と、『融合浸食によって響から人としての機能を奪う』事の二つが表裏一体となった物であった。

だが、今まではレゾナンスギアによる反動除去によって辛うじてその天秤をコントロール出来ていた……いや、出来ていたように見えていただけかも知れないが……

 

『マズいわ共鳴!!このままでは響ちゃんの肉体に過剰な負荷が━━━━ッ!?』

 

その懸念を肯定する母さんからの通信。だが、それは途中にて掻き消える。

━━━━それは物理法則を否定するかの如き埒外な現実が目の前に繰り広げられているからだった。

 

「グゥゥゥゥ!!ガァァァァッ!!」

 

━━━━大気を震わす、魔の咆哮。

それに応じ、響の内より溢れ出す異様なまでのフォニックゲイン。

━━━━欠損した左腕の断面から伸び出し、それは形を成す。

 

「……新たな左腕、だと……ッ!?」

 

「ギアのエネルギーを腕の形に固定!?それではまるで……あの日の奏のようでは無いか!!」

 

━━━━あの日、奏さんが成し遂げた奇跡。自らの喪われた手足をアームドギアと認識・形成する事で補った特異形態。

暴走していたが故に覚えてはいなかった筈だが、その場には響も居たのだ。

であれば、無意識的にそれを参考に自らの喪失を補う事自体はおかしくはない。だが……

 

「この状況での暴走、これじゃあ響の身体が保たない!!」

 

━━━━身体の欠損を反射的に補う程の急速な融合の進行。その負荷に、響の身体は耐えられるのか?

 

「━━━━ガウゥッ!!」

 

「……ま、まさか!?」

 

獣と化した響は四足となる。情報処理に特化した頭部が大きくなるよう、二足で前後左右へと自在に動けるようにと進化した人体の構造上、それは頭部の重さに耐えきれずに(こうべ)を垂れるだけの姿の筈だ。

━━━━だが、そんな事実を薄紙の如く破る埒外は、一足で巨大化したネフィリムの懐へと潜り込む。

 

「アァッ!!」

 

進化し、まるで人間の進化を早回しするかのように直立したネフィリム。その重量はそれこそトン単位になっている筈だ。

━━━━その体躯が、サンドバッグのように揺れる。

常の響の拳とは違う、術理も、合理も、何も無い獣の一撃。しかしそれは、紛れもない魔拳。

 

「やめろォォォォ!!やめるんだァァァァ!!成長したネフィリムは、これからの新世界に必要不可欠な物だ……それを!!それをォォォォ!!」

 

ウェル博士の焦った叫びが響く。

━━━━俺が、止めなければならない。

 

「━━━━二人とも、ゴメン。俺は……行くよ。響を救いに!!」

 

「……確かに、このままだとネフィリムもやられちゃう……」

 

「ただし!!行くのはそっちの一人だけデス!!二人も通したらあのトンチキに流れ玉が飛びかねないデス!!」

 

「……ありがとう!!翼ちゃん、此処をお願い。」

 

「……分かった。立花を、頼む……」

 

━━━━立場が異なるが故の平行線は、未だ平行線のまま。だがそれでも、その狭間にある境界線上を疾駆したならば……

ネフィリムが響を吹き飛ばし、受け身を取る事も無く吹き飛ぶその闘争の場へと、俺は走り込む。

 

━━━━響は、俺を味方と判断できないだろう。

吹き飛ばされた先から地を蹴り出してネフィリムに突っ込むその姿にも理性は無く、次弾の蹴り上げもまた然り。

 

「いやァァァァ!?」

 

発狂したのだろうか?最早意味を成した言葉ですらないウェル博士の一手は、召喚したノイズをより合わせ、巨大ノイズと使う事で響を圧殺せんとする物。

 

━━━━だが、無意味だろう。近づいていく俺には分かる。

アレは……暴走した響は、今や完全聖遺物の如き力を放っている。その威容を前に、通常のノイズなど幾ら召喚した所で……

 

「━━━━アァッ!!」

 

━━━━四足歩行の獣となって、響が大型ノイズに飛び込む。初めて響が拳を握ったあの日と同じノイズが、今度は内側より爆散する。

 

「ガァァァァッ!!」

 

その咆哮は世界を震わせ、遍く総てを否定せんとする悲しみを孕んでいた。

 

「響ィィィィ!!」

 

━━━━だから、俺が止めなければならない。

 

「グッ……!?」

 

反射的に拳を振るってくるその動きは、常よりも速く、鋭い。

━━━━だが、それだけだ。

元より俺の動きは、俺の速度は、ギアによる強化が為される響達に劣るのだ。

それでも模擬戦において俺が遅れを取る事は無い。

動きを読み、流れを読み、攻撃を読む。止まること無く相手と相対するのが俺の戦い方だからだ。

 

「ガァァァァッ!!」

 

「響!!落ち着くんだ!!心を、呑まれるなッ!!」

 

「ガァッ!!アァッ!!」

 

「くっ……!!」

 

弾き、逸らし、受け流す。一度でも失敗してマトモに受けてしまえば、骨が砕けるだろうという確信がある。それでも、俺は即死圏の中で響を止める為に臨死の舞踏(ダンス・マカブル)を踊り続ける。

 

━━━━そんな俺の努力を嘲笑うかのように、周囲に展開される無数のノイズ達。

 

「なッ!?」

 

「おのれガングニールッ!!よくも……よくもッ!!ボクの完璧な計画を邪魔しやがってェェェェ!!」

 

「そんな恨み言の逆怨み、今ぶつけられたって困るんだよッ!!」

 

「うるさいッ!!世界を救う具体案も無しにこのボクの!!完璧な世界救済計画を邪魔しやがってッ!!ボクの計画に勝るとも劣らない代案はあるのか、えぇッ!?」

 

「━━━━そんな物、これから探るに決まっているだろうッ!!知らなければ、知れなければ誰だって手を伸ばせやしないッ!!

 だけど、俺達は知った!!滅びゆく世界の悲鳴をッ!!なら、犠牲を出さなきゃいけないのかを手探るのは今こっからに……決まってるだろ!!

 ……だから、まずは響。お前を助けるッ!!お前を……犠牲になんかしない、させないッ!!」

 

「グ……ウゥ……グルァァァァッ!!」

 

━━━━だが、そのウェル博士の行動が逆に暴走する響の獣性を刺激した。

周囲から押し寄せるノイズを払いながら掛ける声も、響には届かない。

 

「━━━━マズッ!?」

 

━━━━瞬間、明確な死を幻視する。超能力とか、そういった物では無い。

ただ……修行の合間、頼みこんで無理矢理に向けてもらった、司令の()()()()()

あの時の心臓が凍るような悪寒が俺を貫いたのだ。

故に、離脱は全力。周囲の岩塊の影まで糸を掛けて飛び込む。

 

「━━━━ガァァァァッ!!」

 

                              ━━━━堕鬼憤叫━━━━

 

━━━━次の瞬間、世界が塗り替わった。

響が地を叩きつけて放った漆黒のエネルギーは極大の光柱となり、周囲に展開されたノイズ達を根こそぎ吹き飛ばす。

 

「な、なんとォ!?ネフィリム、逃げろ!!アレの自滅まで逃げ続けろォ!!」

 

その暴威に、ようやく危険性を察したのだろう。逃亡を命ずるウェル博士の指示を聞いたのか、それとも本能からか。ネフィリムが踵を返す。

 

「━━━━グゥアッ!!」

 

━━━━しかし、それを見逃すガングニールでは無い。

逃げるネフィリムの背に一息で飛び乗り、その動きを封じてしまう。

 

「クッ……間に合え……!!」

 

「ウウウウ……アァッ!!」

 

「ひぃィ!?」

 

無慈悲な拳がネフィリムの中心を貫く。

 

━━━━ネフィリム。天より墜ちた巨人ネフィルの群れを表す言葉。恐らくは神話に語られる共喰いの果てに、彼の個体は一つとなったのだろうが……

だが、ドクター・ウェルはそれを『自律稼働する増殖炉』と評した。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

無限にエネルギーを産み出し続けるデュランダルとは異なり、投入されたエネルギーを更に巨大なエネルギーと返す……どちらが優れているかは一長一短とはいえ、それもまた尋常な物理から外れた異端技術の結晶である。

 

━━━━だが、()()()()()()たる巨人は、同時に人間と祖を同じくするともいう。この土地の残留エネルギーを喰らったのか起きていた、ヒトガタを模す進化も収斂進化の形なのか?

なぜ、こんな土壇場でそんな事にまで余計な思考を回したかといえば、簡単な話。

 

━━━━暴走した響が貫いたネフィリムの中心から抉り取った心臓部が、どうにもヒトの()()にそっくりだったからだ。

だから、響が()()に力を籠めるのが見えた瞬間。走り寄っていた俺は思わず飛びついていた。

 

「━━━━ダメだッ!!響!!それだけは、ダメだッ!!」

 

衝撃に手放され、どこかへと吹き飛んで行く心臓部も気になりはしたが、それよりも優先すべきは響の確保……そう思う間も無く、吹き飛ばされ。恐らくはカ・ディンギル址地を覆う壁に突き刺さる俺の身体。

 

「━━━━ガ、ハ……ッ!?」

 

暴走が続く響に吹き飛ばされたのだと気づいたのは数拍も経ってからであり……

 

━━━━その時には、既に総てが終わっていた。

 

「━━━━アアアアアッ!!」

 

                  ━━━━狂装咆哮━━━━

 

空高く跳び上がり、四肢をアームドギアとするその応用としてか、右腕を槍に変じさせた響が空より落ちて、ネフィリムへと突き刺さる。

━━━━そして、爆発。

 

「立花……」

 

「まるで……化け物……」

 

「……う、なんだってんだ……?」

 

拘束していたノイズも、先ほどの余波で消し飛んでいた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「ひぃッ!?い、いやァァァァ!!」

 

「グァァ!!」

 

━━━━ダメだ!!響!!

暴走した響の前に恐れをなし、腰を抜かしたドクター・ウェル。その悲鳴に反応して拳を握ろうとする響を止める為、声を張り上げんとする俺の意思に反して、俺の身体はただひゅうひゅうと空気を送り出す事しか出来ない。

壁を凹ませる程の衝撃が抜けきらないのだ。

 

「━━━━よせ!!立花!!もういいんだッ!!」

 

「━━━━お前、黒いの似合わないんだよッ!!」

 

だが、俺の想像した最悪が起きることは無かった。目覚めたクリスちゃんと翼ちゃんが、動きの鈍った響を止めてくれたからだ。

 

「い、いやぁ~~~~!!へぁっ!?」

 

「━━━━あ、こら待つデス!!そっちに行ったら合流出来ないじゃないデスか!?」

 

「━━━━切ちゃん!!早く追いかけないと見失っちゃう!!」

 

「あーもう!!手のかかる上に傍迷惑な上にいい迷惑デスよ!!」

 

その隙に何処かへと逃げ去るウェル博士と、それを追いかけていく切歌ちゃんと調ちゃん。

 

「アアアアア……アアアアア!!」

 

「ぐっ!?」

 

「このッ、バカ!!」

 

━━━━だが、それを追いかけんとする暇も無く、絶叫と共に光を放つ響。そうだ、響は左腕を喪っている筈なのだ!!早く止血しなければ……!?

そう思い、言うことを効かない身体を無理矢理に立たせた俺の目に入ってくるのは、目を背けたかった残酷の姿。

 

「立花!?立花!!しっかりしろッ!!立花ッ!!」

 

━━━━響の左腕は、無事だった。いや、無事では無い。つまり、アレは……あの左腕は……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━響ちゃんは、メディカルルームへと緊急搬送された。

救急車を使って深夜の往来を総て疑似封鎖、最短で、最速で、真っ直ぐに、一直線に搬送されてきた彼女は五体満足、一見すれば()()()()()()かのように見える。

 

……だが、私達は知ってしまっている。一見普通の身体に見える彼女の身体を、今も尚蝕み続ける存在が胸の内に宿っている事を。

 

「響くん……」

 

「……クッ!!」

 

……翼ちゃんが壁を叩く姿に何も感じぬ程、私は強くは在れない。

けれど、コレは翼ちゃんだけの責任では無いのだ。それだけは、ハッキリさせなくてはならない。

 

「━━━━司令。今回の事態を招いたのは、響ちゃんの融合症例の進行を遅らせられているからと安易に出撃を許可していた私の責任です。どうか、処断なら私に。」

 

「鳴弥くんッ!?一体なにを……いや、そうか……だが、ダメだ。

 確かに、レゾナンスギアによって融合症例の進行が遅らせられていた事は鳴弥くんの報告で分かっていた。だが、その上で響くんの出撃を許可したのは俺だ。

 誤った運用が為され、危険が実在の物となってしまったのならば、責を問われるべきは最終決定者である二課司令……即ち、俺自身だ。

 ……だが、事態は未だ根深く続いている。上層部の決定次第ではあるが、この事態が収束するまでの俺の給料全カットでひとまずは手を打ってもらいたいッ!!」

 

「━━━━司令の給料を全カットしても、レンタル屋さんに閑古鳥が鳴くだけでしょう?いてて……」

 

責任の所在を明らかにしておこうとした私の気回しをアシストするかのように茶化すのは、後ろから歩いて来た共鳴だった。

 

「……共鳴ッ!?大丈夫なのか!!怪我は……」

 

「大丈夫大丈夫。幸いにも骨はイッて無いって先生が……いてて……」

 

「どう見ても大丈夫では無いでは無いか!!医務室……は今使用中だし……天津の屋敷に早く戻って……」

 

「ん、仮眠室借りてるから大丈夫大丈夫。響が目を覚ましたら、傍に居てやりたいからさ。

 ━━━━きっと、心細いと思うから。」

 

その言葉の本気は、周りの私達にもありありと伝わってくる。

まったく……共行さんに似て頑固なんだから。

 

「━━━━……はぁ……鳴弥さんの言う通り、天津の男は強情ですね……」

 

「えぇ、そうね。だけど、時々やり過ぎちゃうから、ちゃんと隣で止めてあげて?」

 

「了解しました……雪音、その時は出来れば手伝ってくれるとありがたい。この強情さ、一人では止めかねるかもしれん……」

 

「ハァ!?いきなりあたしを巻き込むのかよ!?……まぁ、共鳴の奴には貸しもあるし……別に、やぶさかではないですけど……」

 

━━━━少しだけでも、翼ちゃんの表情が和らいでよかった。

クリスちゃんの反応に笑みを零す翼ちゃんを見て、私は安心したのだった……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━夜の闇の鏡が、私の目の前に立っていた。

あぁ、また、過去を見せつけられるんだな。

そんな諦観と共に思い出す言葉はただ一つ。

 

『なんで彼じゃなくて、何も持たないアンタが生き延びたのよ!!』

 

━━━━本当に、どうしてだろう。

世間からの風当たりはお兄ちゃんのお陰で弱くなって。あのライブ事故から一年が経った中学三年の時にはリディアンの中等部に転入出来たから、バッシングを受ける事自体は無くなった。

けれど、どうしても思ってしまうのだ。どうして、私が生き残ったんだろう。って。

 

━━━━あの日、ライブ会場で、私と同じ学校の少年が一人、死んだ。

サッカー部のキャプテンで、将来有望なスターの卵。ファンクラブまで出来るくらいのカッコいい少年で……そんな彼の有り得た未来は、炭になって、消えた。

 

彼のファンだったって公言して憚らなかった女の子が、私に叫んだ言葉。今でも私の奥底に突き刺さる荊の棘。

━━━━何の取りえも無い私が、他の人が大勢死んだあの日の惨劇の中で、どうして運よく生き延びれたんだろう、って。

 

 

━━━━意識が、浮上、する。

 

 

そこは、二課仮設本部の医務室だった。

 

「ん……まぶし……あれ?」

 

━━━━右を見る。其処にあったのは、未来からの『早く元気になってね』という、メッセージカードと……

 

「……おにいちゃん?」

 

「……ん。目、覚めたか?ふぁ……おはよう、寝坊助さん。一晩グッスリ眠れたみたいだな?」

 

「……ずっと、傍に居てくれたの?」

 

「あぁ。響は寂しがり屋だから、起きた時に一人じゃ泣いちゃうんじゃあ無いかと思ってな?」

 

━━━━あぁ、なんて。あったかい人なんだろう。

強く言ってくる事は少ないけれど、ただ黙って傍に居てくれる人。

私が元気印だけじゃないって事、知ってても笑わないで居てくれる人。

……私を、あの日に助けようとしてくれたヒト。

 

「……そこまで寂しがり屋じゃないよ……って、アレ……?

 ━━━━お兄ちゃん、ちょっと後ろ向いて。」

 

「……あぁ。」

 

━━━━息を吐いた瞬間、胸に感じる違和感。どうしても気になったそれに、お兄ちゃんに目を背けてもらって、胸元をはだけて確認する。

 

「━━━━かさぶた?」

 

二年前に、ガングニールが突き刺さった傷痕。ちょうどフォルティシモのマークみたいな其処に、かさぶたみたいな石が付いていた。

 

「……響。落ち着いて、聴いてほしい。」

 

━━━━背を向けたままに、意を決したようにお兄ちゃんが言う。

 

「う、うん……」

 

はだけたままの胸元も気にはなるが、お兄ちゃんの纏う雰囲気に圧されて思わず頷いてしまう。

 

「━━━━響の身体の中を、ガングニールが完全に覆い始めている。」

 

「━━━━え……?」

 

━━━━その宣告は、あまりにも残酷で、受け入れがたいものだった。

 

「……融合症例の進行が、昨日の一件で加速してしまった。今までは、ギリギリのラインとはいえ神獣鏡が見つかるまでの間は保つ……或いは、危険になったら前線を退かせられるという想定で俺達は動いていた。

 その均衡が、破られた。これ以上響がギアを纏えば、残った生身部分をもガングニールは喰い尽くすだろう。

 ━━━━響を前線に出す事は、もう無い。少なくとも、神獣鏡を使っての除去が可能になるまでは絶対にだ。」

 

思わず抑えた左腕。それが付いている事に内心ビックリするが、それで辻褄は合った。

━━━━私、もう限界なんだ。

 

「……そっか。じゃあ、しょうがないね。みんなの役に立てないのは残念だけど、なるべくギアを纏うなって言うなら……」

 

━━━━カラ元気でも元気は元気。元気印が私の一番。だから、それを見せようとした私の手を握るのは、お兄ちゃんのごつごつした手。

 

「━━━━響。」

 

「ど、どうしたのお兄ちゃん?そんな真面目な顔してにじり寄って!?流石にうら若き乙女相手にこの距離感は誤解を……」

 

「━━━━取り繕わなくていい。空元気を見せなくてもいい。

 俺は、響が誰より優しくて、だからこそ総てを背負いこんで傷ついてしまう優しい子だって知っているから。」

 

「……そんな……ズルいよ、お兄ちゃん……反則だよ……お兄ちゃんだってそうなのに、棚に上げて……

 でも……急にそんな、ギアを纏ったら最悪死ぬなんて言われても……」

 

出した言葉を引っ込めるのは難しいし……なにより、混乱して分からないから。仕方ないからと虚勢を張り通そうとする私をするすると抱き留めるお兄ちゃん。

そういう事ばっかり手慣れた感じなんだから!!

 

「━━━━怖いだろ?」

 

「━━━━ッ!!」

 

ビクン、と図星に身体が跳ねるのが、自分でも分かる。

けれど、お兄ちゃんは其処を揶揄したりせずに、ゆっくりと頭を撫でてくれる。

 

「……人間ってのはな?生きていたいモンなんだよ。そりゃあ、誰かの為に命を懸ける事が必要になる状況だってあるだろうし、その為に己を鍛え上げる防人だって居る。

 ━━━━けど、響はそうじゃない。ある日突然巻き込まれて、重い使命を背負わされちゃっただけの、普通の女の子だ。

 死ぬのが怖いなんて当然だ。心細くなって、頭の中もぐちゃぐちゃで分からなくなるのも当然だ。

 ━━━━だから、泣いていいんだよ。寂しくて、悲しくて、怖くて。そんな時には、思いっきり泣いていいんだ……」

 

その言葉と、頭を撫でる暖かな体温に、何か、胸の奥に深々と刺さった棘が溶けるように消えたようで。

 

気づいた時には、涙が止まらなくなっていた。

 

「怖いよ……!!死にたくない……!!私、生きていたい……ッ!!」

 

ぽろぽろと、涙が止まらない。歪む視界で見上げても、お兄ちゃんは微笑むばかり。

 

「━━━━それにな?FISの存在を盾に米国を強請ったらゲロってくれたんだが、機械的に起動可能な神獣鏡のシンフォギア、彼女達が持ち去った聖遺物の中にあったらしいんだ。

 だから、俺達が頑張って響を助ける準備も出来てきてる。約束するよ、響。俺は、キミを絶対に死なせない。絶対に……護り抜いて見せると誓うよ。」

 

お兄ちゃんの言葉に込められた本気が分かるから、私は心安らかに二度寝を決め込む事が出来たのだった……

 

━━━━涙に歪んだ視界の中で、それでも、そう言って微笑むお兄ちゃんの顔だけは、私には綺麗に見えた気がした。




不和来動。世界を焦がし。
杞の国の人が遺せし憂いは、明日のどこかに事実と果てる。
来たる死を想い涙を流す少女を救う為、その明日を切り開く為に、少年は堅く拳を握る。

━━━━だが、心せよ。残酷の連鎖に未だ終わりはなく、深淵に魅入られし男の妄執もまた……
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