戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第五十五話 満腹のアフタヌーン

「━━━━ルナアタック後の月周回軌道に関する詳細なデータを求めます!!」

 

「シエルジェ自治領にも照会を!!」

 

「ハワイのすばる他、日本所有の天文台にも照会をお願いします。国内のアマチュア天文家も大発見狙いで月の観測をしている筈です!!そちらにも接触を!!」

 

━━━━日付も変わった深夜にも関わらず、二課仮設本部の発令所内は慌ただしい喧騒に包まれていた。

 

『━━━━米国の協力を仰ぐべきでは無いか?NASAの観測力に勝る物は、業腹だが地球上には存在しないのだから。』

 

「その米国からの情報の信頼性が揺らいでいるのです!!元は米国所属のFISが月の落下を確信して動き出し、それを追撃する部隊までが国内で展開している以上、彼等を信頼しきる事は出来ませんッ!!」

 

「……だから、アポロ計画そのものの信頼性が揺らいでいるんだッ!!当時の上官のトーマス・スタッフォードの証言だって……」

 

「━━━━城南大学の久住智史(くずみさとし)教授の協力を取り付けました。」

 

━━━━日本国内での二課の活動は、風鳴宗家……ひいてはその当主・風鳴訃堂の後ろ盾による物であり、その十男である司令とて、どんな無理をも押し通せるワケでは無い。

事なかれ主義……とまでは断言できないが、既存権益を護る事での国防を担う関係省庁のお歴々に対する説明責任もまた、司令がその立場と共に背負う物である。

 

「━━━━状況は一刻を争いますッ!!彼等の主張する()()()()()()()が起こり得るかどうかを検証する為、現在の月軌道を算出する事が最優先ですッ!!」

 

『……独断は困ると言っているだろう!!ただでさえ二課は見てみぬふりを決め込んでもらっているだけの巨大な不発弾だ。

 その二課がもしも、月が落ちるという杞憂に踊らされ、此方の混乱を狙うテロリストの思う壺に陥ったとしたら?その軽挙妄動は、誰が責任を取るというのかね?』

 

『まずは関係省庁に根回しをしてからだ。本題はそれからでも遅くは無いだろう。良き策は時間を掛けて練り上げる物なのだから……』

 

━━━━それがただ単に責任逃れをしたいだけの言動ならば、歯噛みこそすれ反感も湧こう。だが、彼等とて頭からの無能では無い。

()()()()については多少の差はあれ知っている。その上で、立場上安易に動く事が出来ないからこそ、組織にがんじと絡められた物言いを放つしかないのだから……

 

「━━━━クレメンタイン(月探査衛星)の運営権限がアメリカ国防総省(ペンタゴン)にあるなんて、どう考えたっておかしいじゃないですか!?」

 

「『帰って来たライカ犬』を名乗る匿名有志からの内部告発を受理。発信元は……旧ソビエト連邦宇宙局ですって!?」

 

「━━━━ですから、レーザー反射板を使った測定はアポロ計画の信頼性が揺らいでいる以上不可能だと説明した筈です!!角運動量から算出したデータなりなんなり、手作業で計算するしか無いんですよ!!」

 

━━━━けれど、けれども。杞憂を杞憂と切り捨てないからこそ。

調査を始めた二課の基には、世界中から情報の断片が集まって来ていた。

しかし、その断片をどれだけ集めても、決して月の落下という一大事の像を結ぶ事は無い。どう考えても、人為的な工作の結果だ。

 

「━━━━米国による情報封鎖の痕がそこかしこに……」

 

「国内でも、オカルト雑誌『ミヨイ・タミアラ』がルナアタック事件直後にこの状況を予見した記事を製作……しかし、発刊直後に手掛けたライターと編集長が相次いで急逝し、続報は迷宮入り……

 諜報部で調べを進めていますが、米国の関与による口封じなのは間違いないかと。」

 

「━━━━オカルト雑誌も侮れないわね!!というか、月の軌道データに必要な予測数値をどうやって揃えたの……!?」

 

「遺稿や取材データが抹消されているので詳細は分からないのですが、彼等は元々『人類は超科学を持った宇宙人の影響下にある』という、いわゆるアカデミズムに真っ向から喧嘩を売った記事作成で知られています。

 ですから、或いは……」

 

━━━━なんという事だろうか。21世紀も半世紀近くが経ち、あらゆる陰謀論が()()()()()によって踏みにじられるこの時代に、それでも陰謀論を叫び続け、彼等は隠された真実の一端に辿り着いていたというのだ!!

 

「……なるほど。カストディアンの存在の側から月遺跡の存在にリーチ出来た可能性もあった筈、と……

 ……悔しいわ……その発端は狂気とも言えるただの妄想かも知れない。けれど彼等は、先史文明の実在にまで辿り着いていたッ!!

 それが、国家利益の為にと切り捨てられ、無かった事にされるなんて……了子さんの大統一文明史説を唯一引き継いだ研究者として、そして何よりも、普遍的真理を追い求める研究の徒としても許せないッ!!

 緒川くん!!他の編集部メンバー全員の保護急いで!!断片でもいいわ!!この件には直接関わらないかも知れないけれど、彼等の妄想の中には、カストディアンを探る為の鍵が隠されているかも知れない……ッ!!」

 

「了解しました。既に新たに編集長となった樹林伸次郎(キバヤシしんじろう)氏含め、身柄の保護は完了していますが警備の強化も行っておきます。」

 

「さっすが!!手が早い!!じゃあ、世界の真実に迫る為にも……!!」

 

「えぇ、まずは目の前の大問題を解決するとしましょう。こちら、装者の皆さんへの説明の為の資料です。」

 

━━━━阿吽の呼吸、というのはこういう事を言うのだろうか?

研究班の中でも、今の私の立場は特別な物となってしまった。この二年間、レゾナンスギアの整備などの為に了子さんの内弟子のような立ち位置になっていた事。

そしてなによりも、元々大統一文明史説に取り組んでいた事で了子さんと気が合っていた私は、彼女亡き今は発令所での技術的アドバイザーにまでなってしまった。

その多忙さに加えて、今回の月落下の可能性だ。とてもでは無いが、私一人では手を回しきれないと一時的に翼ちゃんから緒川さんを借り受けたのだが……

 

「……コレ、慣れすぎると危険ねぇ……」

 

私がポロリと零れた本音に返ってくるのは、苦笑交じりの答え。

 

「そうですね……ボクとしても、これ以上仕事が増えると、オーバーワークでどちらかが疎かになってしまいかねません。

 此方としても、今回限りの臨時雇用と考えていただけるとありがたいのですが……」

 

「フフッ、分かってますよ。翼ちゃんの夢の道を邪魔する気はサラサラありませんから。

 ……彼女の事、お願いしますね。母親代わり……なんて言ったら逝ってしまった()()()に悪いけれど、もう一人の子どものように思っているのは事実ですから。」

 

「━━━━はい。お任せください。」

 

━━━━事態は未だ深刻さを増し続け、杞憂は極大な現実と成り果てようとしている。

けれど、人が握る夢だけは……明日だけは、決して諦めたくない。だから、笑える時に笑うのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……皆、揃ったようだな。」

 

二課仮説本部、通路に設けられたリラクゼーション用の休憩所。其処は今ガラスとしての機能を果たし、街の明かりの煌めきを通していた。

 

「……アイツの状態はどうなんだよ。」

 

集められたのは共鳴、雪音、緒川さんと鳴弥さん、そして私。

前線に立つ装者達が集められた意義。それが分からぬ皆では無く、雪音の問いは単刀にして直入だった。

 

「━━━━融合症例の深度が急激に進んでしまっている。身に纏うシンフォギアとしてのエネルギー化と、それを収める際の再構築。その際に起きる()()()()()()()()()()()

 それが、鳴弥くんの推察する所の融合症例の理屈だ。」

 

「つまり、外部に存在するギアペンダントという『明確な異物』では無く、体内に存在する聖遺物の欠片がギアと化す異常な使用法……

 さらに言えば、奏ちゃんのギアを模した物だとはいえ、櫻井女史による調整が場所が場所だけに出来なかった事こそが融合症例のそもそもの原因と考えられます。

 ただ……あまりにもイレギュラーなケースだから、融合症例の理屈について断言できる事は少ない。けれど残念な事に……たった一つだけ、断言できる事があります。

 ━━━━このまま響ちゃんがギアを纏い続ければ、彼女は消えるという事。」

 

『━━━━ッ!!』

 

━━━━死の宣告ならば、覚悟も出来たのだろうか?

いや、きっと出来なかっただろう。とぼんやり思う。

立花が居ない世界なんて、今の私にはもう考え着きもしない。あの笑顔が無くなるなど、想像したくもないのだから……

 

「……消える、とはどういう事なのですか!?」

 

「……あくまでも、研究者としての仮説。という事を前提に聴いて頂戴。

 融合症例は生命と聖遺物が一つと溶け合う事で、シンフォギアですら払拭しきる事が出来ない差異をも乗り越える事が出来る……という、歌によって差異を減らす櫻井理論のその先にあるモノよ。

 ━━━━けれど、それは人が持つ()を否定する物でもある。人を規定する個人の記憶・情緒・性格……聖遺物の圧倒的な出力は、それ等を容易く消し飛ばしてしまう……

 今思えばフィーネが……了子さんがネフシュタンとの融合を成し遂げたのだって、一か八かの綱渡りだった筈よ……聖遺物とはそれ程に膨大で、莫大なエネルギーの塊だという事は覚えて頂戴。」

 

「……つまり、響が()()()()()生きる事は出来るかも知れなくても、()()()()生きる事は絶対に出来ない、と……」

 

━━━━鳴弥さんの説明を噛み砕いた共鳴の顔は、苦虫を噛み砕いたような表情で。

絞り出すようなその言葉の重みが、場にのしかかる。

 

「……えぇ。今の所は響ちゃんの意識がハッキリ存在しているけれど、これもいつまで保つか……沼男(スワンプマン)に近い問題になるわね……」

 

「━━━━ッ!!鳴弥おば様ッ!!」

 

━━━━沼男。確か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という哲学的問い。

それではまるで……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性を示しているようにも見えて、反射的に荒げた声が出てしまう。

 

「いいんだ、翼ちゃん。母さんはあくまでも、研究者としての立場から事情を説明してくれているだけだ。

 ……それに、それに……どんな姿になろうと、響は響だ。それだけは、何があったって変わらない。」

 

「共鳴……」

 

━━━━その言葉の重み、分からぬ私では無い。

共鳴が立花を危険に巻き込まぬ為にどれだけ苦心したかも、立花が戦う事を決意した後もどれだけ気に掛けていたのかも、私は目の前で見ていたのだから……

 

「……ありがとう、共鳴。

 ━━━━では、この事実を踏まえて、希望的観測を実現する為の話をしましょう。

 まず一つ目、この状況をフィーネ……了子さんは予測しており、それに対する対抗策である聖遺物、神獣鏡(シェンショウジン)を確保していたという事。

 そして二つ目、新たなフィーネである彼女達の情報を基に揺さぶりを掛けた所、米国にて神獣鏡が保管されていた事、並びに、現在も欠片自体は保有している事を彼等は認めました。

 ……けれど、三つ目。欠片の状態での聖遺物の起動は残念ながら機械的な聖遺物の起動に舵取りをしていた彼等にとっては未知の領域であり、現状では不可能である事。

 並びに、機械的起動に唯一成功していた()()()()()()()()()()は新生フィーネが奪取していった事……色々と、情報を引き出す事が出来たわ。」

 

「アイツ等が、神獣鏡を……!?」

 

「……なるほど、あのレーダーどころか物理的視覚すらすり抜ける超常のステルス性能……光を返す()の聖遺物であれば、それも不可能では無い、という事か……」

 

「……となれば、一番確実な手段は、連中が持ち出した神獣鏡のシンフォギアをどうにかして移譲してもらう事か……」

 

「━━━━とはいえ、あの超常のステルス性能は時限式の装者を抱えるが故に手数や安定性の面で劣る奴等にとっての最強の武器であり、盾だ。

 となればそう易々と供出してはくれんだろう。

 ……更に言えば、奴等は口では『月の落下に伴う世界の救済』等とお題目を掲げてはいるが……その実ノイズを操り、進んで人命を損なうような輩だ。

 あまりにも法外な譲歩は二課の公的な立場としては出来かねるし、かといって奴等の行動を野放しにしておくわけにもいかない……」

 

━━━━そう告げる司令の言葉は、重い。

世界を救う為。そう掲げる理想が如何に重大であろうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「━━━━ならいっぺんブッ飛ばしてから差し押さえる……!!って言おうにも、アイツが抜けるからには人数同じになっちまったのが痛手だな……」

 

「あぁ……向こうの装者はマリアと切歌ちゃんと調ちゃんの三人……向こうが時限式とはいえ、俺のレゾナンスギアの運用がシンフォギアとのタッグ運用に限られる以上は必然的に二対二と一対一……

 或いは、三対三での戦いを挑むしか無い。けれど……そうなると今度はクリスちゃんのレンジが問題になるワケだ……」

 

━━━━共鳴の冷静な分析はつまり、『遠距離を得手とする雪音の弱点を知っている相手が距離を取らせる筈が無い』という事を表している。

実際、ライブ会場でも、廃病院アジトでの戦いの際にも雪音の大火力は最も警戒されていた。それ故にあのイガリマの少女は此方の懐に飛び込むという虎穴を二度も行ったのだ。

 

「う……あ、あたしだって別に接近戦が出来ねぇってワケじゃ……」

 

「うん、分かってる。けれど、相手にする事になるのは接近戦を得手とする切歌ちゃん……恐らく、またも火力を封じる為に飛び込んで来るだろう彼女に肉薄されれば、流石に弓のイチイバルだと相性が悪いのも事実だよ。

 ……つまり、組み合わせは前衛兼ブロッカーの俺と後衛のダメージディーラーのクリスちゃんで切歌ちゃんと調ちゃんの突撃を食い止めて……」

 

「前衛兼遊撃の私がマリアを、或いは先のように参戦しない場合は共鳴と組んで二人を抑える……というワケだな?」

 

「そうなるね。

 ……けど、ダメだな……やはり、一手が足りない……コレで、三対三の同等だ。けれど、それでは天秤が平らかになっただけだ。」

 

「━━━━優勢、優位を示さなければ、此方の要求を受け入れる余地など引き出せない、という事か……問題は山積みだな……」

 

「……それでも、立花をこれ以上戦場(いくさば)に立たせるワケにはいかない。掛かる危難は総て防人の剣で払わなければ……」

 

━━━━そうだ。立花は戦う事を義務と背負う防人では無いのだ。だから……防人である私が、守護(まも)らねば、ならぬのだ……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━月曜の昼下がり、昨日の学祭の代返で午前中だけで授業も終わった私達は、連れだってふらわーを訪れていた。

 

「━━━━いやー、久しぶりだねぇ。夏休み以来かな?やっぱ、新しい校舎からだと遠いかい?」

 

「そうですね……前の校舎だと通学路だったんですけど……」

 

「今の校舎と学生寮は海沿いだもんねー。流石に学院から乗り換えが必要ってなると女子高生にはちょっと遠くって……あ、そういえば昨日の夜、ここ等辺で乱闘騒ぎがあったって聴きましたけど……大丈夫でしたか?」

 

「おばちゃんは心配ないサ。その乱闘騒ぎって話も、夜中に救急車が走ってたくらいでねぇ……喧嘩の方はもっとお山の方で起きてたみたいだよ?」

 

━━━━そんな他愛ない話題が気になってしまうのは、きっと隣に座る響の事があるからだろう。

昨日の夜の乱闘騒ぎというのが、二課とマリアさん達の戦いのカバーストーリーである事を、私は知ってしまっていたから。

 

「へぇ……あ、響ったらもう三枚目も食べきっちゃってるじゃない!!」

 

「……あ、えへへ……なんか、安心したらお腹空いちゃって……」

 

「安心って?」

 

「あぁ!!えーっと……お兄ちゃんがね!?最近ちょっと忙しくて会話減っちゃってたかなー?なーんて思ってたんだけど、察して時間取ってくれてね!?

 ……それで、安心しちゃった。お兄ちゃんは、いつでも変わらないで居てくれるんだって……」

 

「共鳴さんがですか?それはとてもナイスな事ですね!!」

 

「ほほぉん……?ははぁん……?ビッキー、さてはナリさんから口説き文句の一つでも貰っちゃったかなぁ~?」

 

「く、口説ッ!?いやいやいや、流石にそういうのじゃないってば!!

 ……あ、いや。確かにそれっぽい事も言われた気もするけどそういう問題じゃないー!!」

 

「……まぁ、お兄ちゃんだしね……」

 

━━━━けれど、倒れてしまったという響もそこまで気負って居ないようで良かった。

 

「……トモナリ……もしかして、その子ぁ、天津の家の子の話かい?」

 

━━━━そんな私達に横合いから掛かった声は、トレンチコートを着込んでカウンター席でお好み焼きを頬張る男性のものだった。

 

「えっと……あ、はい……もしかして、お知り合いですか?」

 

「あぁ……その子の父親から話を聞いた事がぁ有ってな……そうかぁ……共ちゃんめ、立派な息子が居るんじゃねぇか全く……

 いや、すまんね邪魔しちまって。ただのオッサンの……ちょいとした感傷さ……おばちゃん、お好み焼きもう一枚!!共ちゃんの分だ!!」

 

「はぁ……あれ?共行おじさんの知り合いって、なんか最近聴いた事あるような……?」

 

「まぁまぁまぁまぁ、気にしない気にしない……」

 

━━━━不思議なおじさんだなぁ。

響がうんうん頭を捻っているのも気にはなったけれど、響が食べ放題に挑戦しない以上、これ以上此処に居てもおばちゃんの邪魔になるだけだろう……

 

「響、そろそろ行こう?いつもの公園。」

 

「あ、うん!!今行く!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……正直、胆が冷えたよ。此処を戦場(いくさば)にするつもりかい?」

 

「━━━━ハハハ、すまんすまん。今は待機命令中だから戦う気はサラサラ無かったんだが……共ちゃんの息子の話と聴いて居ても立っても居られなくてなぁ……」

 

「……風のウワサじゃ、共行が亡くなった後アメリカに付いたって聴いてたけど……」

 

「……随分と正確なウワサだこって……まぁ、隠してるワケでも無し。調べようは色々ある、か。」

 

━━━━張りつめていた店内の空気が、ようやく解ける。

戦闘力で負けているワケでは無いが……まぁ、頭の上がらない人間の五人や六人、誰にでも居るってモンだ。

 

「おばちゃんはサ、銃後の護りしか出来ないけれど……だからこそ、誰もが傷つかないで居てくれる事、願ってるから。それだけは、忘れないでね……アゲート……」

 

「……善処はするさ。全力でな。だが、俺は戦士だ。戦場で誰の命も零れぬよう戦うのは、俺の仕事じゃあない……

 ━━━━それは、天津の防人(ガーディアン)の仕事だ。」

 

━━━━思い出すのは、二年前の事。

欧州の闇の中から現れた謎の存在、《結社》の野望を砕く為、俺達部隊はフランスはチフォージュ城の址地へと攻め入った。

……だが、謎の異端技術によって()()へと分断された俺達が脱出を果たした時には……既に、共行の奴は左腕と、アメノツムギだけを遺して逝って居た。

 

『━━━━退くがいい。その男の生きざまによって我々の計画は砕かれた……故に、此処で痛み分けとすべきだ。』

 

だから、バルコニーから俺達を睥睨するその異端技術者の女を前に、俺達は退くしか無かった。

迷宮脱出の為に消耗していた事もあるが……何よりも、共ちゃんを家族の基へと連れ帰らなくてはならなかったからだ。

 

━━━━FISはアメノツムギの供出を迫って来たが、俺達が防衛したSERNの連中の横槍でその策は未遂と終わった。

 

「……そして今、共ちゃんの息子が、新たな天津のガーディアンになったってワケダ……」

 

「━━━━うちは店内禁煙だよ。」

 

「おっと、すまんすまん。店の裏、借りていいかい?」

 

「しょうがないねぇ……ホント、アンタ達はちっとも……変わらないんだから……」

 

━━━━おばちゃんの目に光る涙を背に、店の裏路地で紫煙を(くゆ)らす。

 

「……まったく、お互い、因果な商売選んじまったよなぁ、共ちゃんよ……」

 

━━━━FISの出方次第ではあるが、間違いなく俺はあの子の……天津共鳴の前に立ちふさがる事になるだろう。

その時、俺は……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

街を見下ろす高台の公園で少し休んで。

十分ゆったりした時間を過ごした私達は、帰路に着こうと階段を降りていた。

 

「━━━━しっかしまぁ、うら若きJKが粉モノ食べ過ぎなんじゃないですかね~?」

 

「旨さ断然トップでほっぺも急降下だもん、仕方ないって……あはは……」

 

「お誘いした甲斐がありましたわ。」

 

「おばちゃんも元気そうで良かった……」

 

「やっぱり、乗り換えがあるとなると心理的に遠く感じてしまいますものね……」

 

「━━━━でも良かった。ビッキーが元気そうで。」

 

「……ほぇ?」

 

その言葉に、豆が鳩鉄砲を……じゃなかった鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまう。

 

「ふふふ……」

 

「━━━━アンタってば、ハーレムアニメの主人公か共鳴さんかってくらい鈍感よね……」

 

「ちょっと!?流石にお兄ちゃんと同列扱いは酷くないカナ!?」

 

心外な譬えをされてしまって、ついつい返す言葉の語気も荒くなってしまう。

私はあそこまでド直球の火の玉ストレート(クリスちゃん談)では無い!!……筈。

 

「まぁまぁ……最近ね?どこかの誰かさんが『響が元気無い』って心配しまくってたから、こうしてお好み焼きパーティを催したワケですよ。」

 

━━━━その言葉に言外に含まれる意味はすぐに分かった。

未来が、皆に相談していたんだ。

……心配、掛けちゃったかな。融合症例の事、使ったら死んじゃう事はまだ未来には言ってないって、鳴弥おばさんは言ってた。

けれど、私がふさぎ込んでた事、悩んでた事を心配して、こんなに楽しい事をしてくれたんだ。だから……

 

「……未来、」

 

━━━━ありがとね。って言葉を返す間も無く。

目の前を高速で過ぎ去って行く、三台の黒い車。

 

━━━━その運転席に座る人の顔が、私には何故かはっきりと視認出来ていた。

情報部の黒服さん!?何故此処に!?

 

━━━━そして、爆発。

 

「今のって!?」

 

「━━━━ッ!!」

 

命が、消えるのが分かった。あの速度での事故では、まず助からないだろう。

だから、走る。万が一が、億が一にでも生きているかも知れないという可能性を取りこぼさない為に。

 

━━━━身体が軽い。融合症例の影響、なんだろうか?

長距離走ならともかく、スプリントでは勝てなかった筈の未来さえ追い抜いて、私は走る。

 

 

 

 

━━━━其処には、死が溢れていた。

その申し子であるノイズを操り、人の生きた証を炭と帰して、男が笑って立っていた。

 

「ウフヒヒヒヒ……誰が追いかけて来たって……コイツを渡すワケには……」

 

「━━━━ウェル、博士……ッ!!」

 

━━━━貴方は、またその杖を振るって死をまき散らすのか。

分かり合おうと手を伸ばす事すらせずに、否定の意思だけで以て総てを砕き散らそうというのか……ッ!!

 

「な、なんでお前が此処に!?ひィィィィ!!」

 

━━━━狂乱か、錯乱か。それは分からないが、ウェル博士はノイズを此方へと飛ばしてくる。

 

━━━━一瞬、迷う。纏えば、死ぬと言われたから。

……でもッ!!此処で纏わなかったら、後ろに背負う皆が死ぬッ!!それは……イヤだッ!!

 

「━━━━Balwisyall Nescell gungnir trooooo(喪失までのカウントダウ)ォォォォ()ッ!!」

 

一瞬の迷いで縮まってしまった間合いを散らす為に、皆の目の前で拳を突き出してノイズを崩す。

 

「響ィ!?」

 

「━━━━人の身で、ノイズに触れて……ッ!?」

 

━━━━聖詠と、ノイズと。果たしてどちらが早かったのか。

 

「おォォォォッ!!」

 

「ひィィィィッ!?なんなんだ!!なんなんだよお前はッ!!その拳は、一体なんなんだ!?」

 

「━━━━この拳も……」

 

━━━━怖い

 

「━━━━命もッ!!」

 

━━━━怖い

 

「━━━━シンフォギアだッ!!」

 

━━━━目の前で救える命を喪うのは、堪らなく怖いよ。

だから……私は、命を懸けて歌うのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━情報部、追跡班との通信途絶ッ!!」

 

「ノイズの出現パターンも検知しています!!恐らくは……」

 

━━━━ソロモンの杖を握ったまま逃亡したウェル博士の追跡は急務だった。だが、それ故に刺激しないようにと距離を空けての確認に留めるつもりだったのだが……

 

「━━━━近づいただけの車を見境なしかッ!!翼とクリスくんと共鳴くんを至急現場に回せッ!!何としてでもソロモンの杖を確保するんだッ!!」

 

「━━━━ッ!?ノイズとは異なる高質量のエネルギーを検知!!波形の照合……そんなッ!?

 ()()()()()()()()ッ!!」

 

「ガングニール、だと……ッ!?」

 

━━━━なんて、事だ。ウェル博士の凶行の目前に、折り悪くも響くんが居たなど……ッ!!

死に直面させられてしまった彼女のストレスにならぬようにと行動を自由にさせていたのが裏目に出たというのか……ッ!!




━━━━ヒーローになんて、なりたくない。
だけど、この力が無ければキミを護れない。

━━━━思い通りになんて、動きたくない。
だけど、この歌を歌わなければアナタを倒せない。

━━━━戦場の姫巫女、絶えず命を歌い上げる。
命を燃やす歌が空に響く。
けれど君は、キミで居られなくなるとしても……その犠牲を、絶対に、絶対に許容しないのだ。

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