戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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此処から暫くはオリジナル展開となります。


第五話 暴虐のマジョリティ

二課本部に移送されて半月が過ぎ、遂に腕のギプスが外れる時が来た。

昨今の医療技術の発展というのは本当に著しい物だ。よもや腕の形も怪しい状況からたったの一月でここまで回復出来るとは思わなかった。

 

――――とはいえ、腕が治ったからと言ってすぐさま日常に戻れるかというとそうでもない。

 

腕の形こそ治ったものの、未だ物を握る事にも不自由する程に鈍っている故にリハビリが必要である、というのが一つ。

もう一つは面倒な事情だが、俺が二課所属となった事を関係諸機関に正式な書簡として提出しなければならない事である。

本来であれば機密事項関連の署名を二課内部で処理するだけでよく、こんな七面倒な作業は必要ないのだが……天津と風鳴の確執というのはそれほどに根深い物である、という事だ。

 

「はぁ……治ったばっかの腕が腱鞘炎になりそうだ……」

 

幸いにも定型文に自筆署名するだけであるからそんなことは無いのだが、それでも山盛りの書類を見れば辟易もする。

一室を改装したという簡易病室のサイドテーブルに山積みの書類に一つずつ向き合う俺の前に櫻井女史が現れたのはそんな折だった。

 

 

 

「はぁい、忙しい所ゴメンね~?」

 

「いえ、正直言って辟易してたとこなので。」

 

「……まぁ、この量じゃねぇ。で~は、許可も貰った事だし、ちょっと手を出して貰える?」

 

「手?こうですか?」

 

女史の要求に首を傾げながらも手を出す。すっかり元の形に戻った手に感慨を覚えていると、女史はなにやら手を入れるらしき怪しい装置を取り出してきた。

 

「なんですかそれ?」

 

「まぁ、見ての通りのスキャニング装置ね。詳しくはコッチのスライドを見てちょうだい。」

 

そう言って、壁のモニターを起動する櫻井女史。そこに映しだされた文言は全く以て馴染みのない物であった。

 

「『RE式回天特機装束改修案』……?」

 

「そ、シンフォギアの仕様書には一応眼を通して貰ったでしょう?」

 

「はい。藤尭さんがスライド形式にしてくれたのでなんとか……流石に、理論理屈とかは殆ど分かりませんでしたけど……」

 

スライド形式で仕様書を見せてはもらったのだが、当然のように飛び込んで来る専門用語の山の前に頭が理解を拒んでいたのだ。

そんな時は藤尭さんが逐一説明を入れてくれた事もあり、なんだかんだと良好な関係を築けて居たのだった。

 

「まぁ、そうでしょうね。この大天才・櫻井了子の提唱した櫻井理論を基に作られた『FG式回天特機装束』、それがシンフォギア。とりあえずこれだけ分かってくれればいいわ。」

 

「回天特機装束……あ、なるほど。つまりコレってシンフォギアみたいな物の話なんですね?」

 

「そうそう。共鳴くん、貴方が持つ聖遺物『天紡(アメノツムギ)』は、私達二課の研究によって『シンフォギア装者が発生させるフォニックゲインを媒体として共振する事でノイズへの干渉を可能とする』性質がある事がわかりました。

 けれど、これだけでは片手落ち……というのは、実際にノイズと戦った貴方は分かっているでしょう?」

 

「……はい。」

 

その通りだ。確かに、装者と共に戦場(いくさば)に立てば天紡はノイズに対する刃となる。だが、ノイズからの攻撃に対しては?

あの時、あのライブ会場でノイズと戦った数分。アレだけで俺はいくつもの死線を潜るハメに陥った。

天紡でノイズを撃ち落とせなければ死んでいたし、ノイズの波状攻撃の第四陣を回避できたのは咄嗟の判断と、そして何よりも運が良かったの一言に尽きる。

ノイズの持つ炭化分解能力という最強の矛。それをどうにかしなければ天紡が幾らノイズに干渉出来ようと運用など危険すぎて考えられない。

 

「シンフォギアは確かにノイズに対する攻撃を可能にする調律機能を持っているけれど、最も大切なのは『バリアコーティングによってノイズからの攻撃を軽減できる』という、その一点に集約出来ます。

 けれど、バリアコーティングを維持する為のエネルギーを確保しようとすると、人型サイズのバリアの為だけに発電所級の発電量が必要になるという本末転倒な事になってしまうのよ……

 この私、櫻井了子もそれに悩みに悩んだのだけれど、ある日アメノハバキリの欠片と共鳴した翼ちゃんを見て――――思いついたのよ。歌によって聖遺物を起動し、無限の力を引き出すシンフォギアを。」

 

「翼ちゃんの、歌……」

 

「えぇ。けれど、それ以前に構想されていた物があったの。それこそが『RN式回天特機装束』。コレは聖遺物をエネルギー源としようとしたのはシンフォギアと同じなのだけれども……

 歌というアプローチが無かった物だから、持ち主の精神力を直接聖遺物の起動に充てるという原始的なシステムだったの。……だからまぁ、結果はさんざん。

 一課のレンジャー部隊の精鋭に試して貰ったけど数秒が限界だったわ。現在の人類が聖遺物を起動する、というのはやはり無茶な事だったようなの。……たった一人の例外を除いてはね?」

 

たった一人の例外、というのはまぁ、小父さんの事だろう。と苦笑する。

だが、小父さんが戦えるとして、戦えるかというとそうではない。二課の司令として矢面に立つ彼が直接現場に出て、死線を潜る等というのはまず有り得てはいけない事である。

 

「まぁそんなRN式を基に強化・発展させようって言うのがこの改修案……『RE式』の概要よ。

 難しい事は省くけど、RN式から発展させて、聖遺物――――天紡が持つ共振という特性を活かして『フォニックゲインを外部から調達する』事で精神力の消耗を最小限に抑える計画というワケね。

 まだ青図面を引いてる段階だから実際に改修してみないとわからないけど、少なくとも今の状態よりはノイズに対する対抗手段としての性能は向上する筈よ。」

 

「なるほど……それを俺に見せたって事は、今回の要件は天紡の所有権に関してですか。」

 

「えぇ。その通りよ。強大な力を持つ聖遺物の所有権は基本的に国家に帰属するのだけれど……」

 

その先は言われずともわかる。要するに天津家からの接収という形に出来なくもないが、それでは角が立ちかねない。という事なのだろう。

面倒な話ではあるが、そういった根回しによって二課や俺達のような表に出られない機密組織の存在を保証してもらっているのだから手を抜くことは出来ないのだろう。

 

「わかりました。天津家から二課に貸与、研究してもらうという形でいいですか?流石に所有権の譲渡は俺の一存では決められませんので……」

 

「えぇ、それで十分よ。」

 

「わかりました。……そういえば、RE式って、エネルギー源以外もシンフォギアとはまた違うんですか?形式番号だと似てるみたいですけど……」

 

了承の意を示すと共に手の形をスキャンしてもらいながら、ふと気になった事を尋ねる。

 

「そうねぇ……分かりやすくなるかは分からないけど感覚で言えば、シンフォギア・システムが自前で発電する発電式の車だとしたら、RE式は外部から電気を充電して走る電気自動車って言うのが近いかしら?共振によって足りないフォニックゲインを補う

 ――――言うなれば『レゾナンスギア』……って所かしらね?」

 

「レゾナンスギア……」

 

そんな講義と名付けを交わしながらもスキャニングは終わり、櫻井女史もまた去った簡易病室で椅子に座り一人、考える。

レゾナンスギア。シンフォギアと共に立つ為の力。

 

――――俺に、ノイズと戦う権利をくれる、力

 

「……怖いなぁ……」

 

戦うのが怖いのではない。誰かを護る為に戦って死ぬ事など覚悟している。

だが、ノイズと戦うというのは防人として誰かを護る為の対人戦とはワケが違う。

 

――――ノイズというのは災害なのだ。

であれば、それを前にして『犠牲を一つも出さない』などという事が夢物語であるなど、子供にだってわかる。

 

――――けれど、そうして諦めなければいけない事がどうしようもなく、怖い。

脳裏によぎるのは護れなかった人々の断末魔の叫び。

 

――――目の前でノイズに殺されたあの少女には、未来があった筈なのだ。

それを護れなかった自分の無力を呪いそうになる。

だが、それではいけないのだ。多くの人を護りたいと願うのなら、手の届く範囲をしっかりと見極めて、護れる範囲を護らなければならない。

護れる力を持つのなら、より多くを護る為に生きなければならないのだ。

 

 

――――そうして、切り捨てる事を許容しなければならない責任が、怖い。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

二課に泊まり込み握力のリハビリを続けながら、まず俺がした事は未来と連絡を取る事だった。

アレから一ヶ月。母さんの方から生きている事は告げたというが、それでも俺の口から連絡しなければいけないだろう。

そう思い、電話を取る。

あの時、ライブ会場での一件で大分傷ついてしまった携帯電話を見て、対策を考えた方がいいだろうか?

などと思いながらも、不在着信が山ほど溜まってしまった携帯を開き、電話帳から呼び出すのは見知った番号。あの日、最後に響が掛けた番号。

 

――――小日向未来の携帯電話。

 

『お兄ちゃん!?お兄ちゃんなの!?』

 

コールが繋がっての開口一番の叫びに心と、そして耳が痛む。

 

「あぁ、ゴメンな。未来。入院しててちょっと連絡取れなくて……心配かけた。」

 

だから、未来を安心させる為に此方から声を掛ける。

 

『良かった……小母様から聞いてたけど……心配したんだからね……?』

 

「あぁ。起きたら真っ先に連絡すべきだったんだけど、ゴメンな。」

 

『……うぅん。腕の怪我で面会謝絶だったんでしょ?治して、ちゃんと連絡してくれたから、許す。ぐすっ』

 

あぁ、泣かせてしまった。彼女を泣かせたくなど無かったというのに。

 

「……響もまだ面会謝絶状態だけど、峠は越えたって言うからさ。面会できるようになったら一緒に見舞いに行こう。未来。」

 

『うん……今度は電話じゃなくて。』

 

「あぁ、直接逢って、一緒に、響と真っ先に逢おう。」

 

『私、待ってるから……じゃあ、またね?』

 

「あぁ、また電話するよ。」

 

……本当の事を言えない事が、とても辛い。

だが、小日向未来が、響と並ぶ俺にとっての陽だまりがこんな後ろ暗い話に関わる必要は一切無いのだ。

米国との衝突も、風鳴との確執も、二課との協力も、全て俺が引き受けてそこで完結させなければならない話なのだ。

 

通話の切れた、傷だらけの携帯を見ながら改めて決意する。護りたい日常。世界もそうだし、翼ちゃんもそうだ。けれどなによりも天津共鳴にとって一番大事な日常は、小日向未来と立花響なのだ。

 

――――そこに産まれた矛盾に、気づかぬふりをして、俺はただ強くなろうと決意してしまったのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

傷が治れば、俺もまた日常に戻る。

即ち、高校生活である。

入院する前と同じ学校、同じ教室、同じ席……九月のライブでの事故から一ヶ月ほど来ていなかっただけなのだが、何故かそこに少し違和感を覚える。

その違和感の根源に気づく前に、声を掛けて来た男が居た。

 

「おーっす、共鳴じゃん!!ようやく退院かー?重役出勤にも程があるぜー?」

 

彼の名は赤坂良哉(あかさかりょうや)。クラスメイトの一人にして、俺のような口下手な人間に根気よく付き合ってくれる良き友である。

 

「良哉か。すまんな。ちょっと一月ほど寝過ごしてしまった。」

 

「はっはっは!!一月も寝過ごすとはとんだ寝坊助さんめ!!」

 

そんな良哉の周りには当然、多くの人が集まっていた。男女問わず、良哉は人を惹き付けるのだ。

 

――――だというのに、今日は良哉に声を掛けるクラスメイトが少ない。

 

「……俺が入院してる間に、なにかあったのか?」

 

声を潜めて良哉に聞く。なにか、こう……居心地が悪い。

 

「……なんにもないさ。お前さんが入院してたもんだから、どれくらいの力で弄ってやったもんかと悩んでるだけさ、皆な。」

 

……あからさまに、何かを隠している良哉の態度に、けれどだからこそ、聞くことが躊躇われた。良哉は、その場しのぎの嘘を吐くタイプでは無い。

つまり、この違和感は俺のせいだということだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。それだけに突っ込んでいいものかに悩む。

そうこうしているうちに、予鈴が鳴り、違和感を引きずったまま。俺は日常に紛れて行った。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

この高校の校舎の裏には、今は部活棟として使われている旧校舎がある。そんな旧校舎の更に裏、誰も来る人の居ないそこで陰惨ないじめが行われていた。

いじめられる対象は、私。理由はただ一つ。『生き延びてしまったから』。

 

仕方のないことだ。と思う。元々、ツヴァイウイングの熱狂的な追っかけだった私はこの学校では浮いていたのだ。

ツヴァイウイングのライブを求めて休日の予定を埋めたり、バイトしたり。そんな私だったから、『こんな理由が無くともいずれはいじめの標的になっただろう』。

そもそも、リディアンを目指していたのに入試会場を間違えて落ちた時から、私はきっと呪われていたのだろう。

 

だから、私を蹴って、転がして、嘲笑う少女達への怒りというのは実の所少なかった。

呪われているのだから、仕方ない。

 

――――それは、あのライブの日から私を蝕む諦念だった。

 

けれど、そんな中で、高く抜けるような秋の空を見てしまって。

 

――――彼と、目が合ってしまった。

 

そうして、空から彼は降ってきた。あの時と同じように。あの時と変わらぬように。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

昼休み。やはり違和感が混じる教室から抜け出し、良哉と共に人気の少ない部室棟へと向かう。

 

「……良哉、教えてくれ。本当はなにが起きてる?」

 

「…………知ったら、絶対後悔するぞ?」

 

「それでも構わない。知らずに助かってしまうなんて、俺には許されない。」

 

「即答かよ……だーっ!!クソっ!!わかった!!教えるよ!!

 お前は、魔女狩りに逢いそうになってんだ。」

 

「魔女狩り?」

 

いったい何の事だ?と思う俺に、良哉は携帯を見せてくる。

 

「ニュースサイト!!お前は見ないだろうけどな!!世間じゃ今、ライブ事故の生存者を吊るし上げる動きが起きてんだよ……!!」

 

「な……に……?」

 

そうして見せられたのは、地獄のような現実だった。

 

――――ライブ事故、大量死者の原因は人災!?

 

――――生存者への補償金、国庫より支出!?

 

――――何故!?ノイズ被害者より多額の補償金!!人災の口封じか!?

 

そんな、無責任な文言で飾り立てられた記事が紙面を彩り、それを信じて、加速していく人の無意識の悪意が、そこには詰まっていた。

 

「初めはみんな、悲惨な事故だなって悲しんだんだけどよ……週刊誌でこんな話が出たら、もう止まらなくなって……けど、お前は天津だから……ここらで天津に突っかかるバカは居ねぇ。誰だって分かってる。だから、知らなきゃ誰も突かねぇだろうと思ってよ……」

 

「……わかった。けど良哉。それだけじゃないだろ。」

 

俺の指摘に、あからさまに良哉の顔色が変わる。

俺の家に関しては一応隠してるつもりだったが、やはり人のウワサというのは侮れない。

だが、それだけであれば『俺に何も知らせない』なんて消極的なその場しのぎな対応はしないはずだ。それくらいはこの高校生活で理解しあった事だ。

 

――――そうして、良哉が口を開こうとした所で、部室棟の外から声が聴こえた。

 

「まったく気持ち悪いよねー!!他人を犠牲にして生き延びた人殺しがさぁ!!私も被害者です~みたいな面してガッコ通ってさー!!」

 

――――それを聴いた瞬間には、既に窓を開けていた。

 

「おい、共鳴!!ここ三階――――!!」

 

静止する良哉の声を意識の外に追いやり、状況判断をする。

部室棟裏に居るのは四人。全員女子であり、一人を三人が囲む形。先ほどの罵声は真ん中に立っている派手な少女の言葉のようだ。

 

――――そして、倒れ込む少女と目が合った。

 

次の瞬間には身体が動いていた。

あの目は、ダメだ。瓦礫が直撃した時の響と同じく、生きる事を諦めてしまった目だ。それだけは、見過ごせない

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「共鳴ィ!?」

 

そんな、上から響いた声と、落ちて来た彼に、私をいじめていた子達も乱入者に気づいたようだった。

 

「な、なによアンタ!?」

 

「さ、サキ……コイツ天津って奴だよ……ヤバイから逃げよ?」

 

「そうだよ……天津ってあのデカい家だよ……絶対ヤバイって……」

 

両脇の子達は鼻がいいようで、主犯格の少女に逃げるよう促していた。

 

――――いや、そもそも校舎の三階から飛び降りて回転着地を決める男子を見れば、まぁ大半の人間はそう判断するだろう。

 

だが、どうやら主犯の少女はそうでは無かったらしい。

 

「なによ!!なんか文句あんの!?天津だかなんだか知らないけどさ!!コイツと同じ人殺しのクセに!!皆して家が怖いからって黙り込んじゃって!!うざったいのよ!!見てるだけで!!」

 

あぁ、そう来るか。なるほど。私をいじめている主犯だという自覚があるからこそ、同じ条件なのに誰も手出ししようとしない彼――――どうやら天津というらしい。に怒っていると。

不毛な感情論だけど、そうしなければ確かに彼女が私をいじめるロジックは崩壊してしまう。

 

「…………俺はいい。けれど、その子は『ただ生き延びた』だけだ。人殺しなどと蔑まれる謂れは無い。」

 

そんな暴論に、けれど彼は静かに返した。

 

――――あぁ、でもあなたは否定しないのですね。『人殺し』という蔑称を。あなたの手から零れ落ちた命を、忘れてはいないのですね。

 

「はぁ?なに言ってんのよ!!あのライブに居たのにまだ生きてるんだから全員人殺しでしょう!?アンタも!!コイツも!!」

 

「違う。」

 

返答は一言。だが、その身に纏う気迫が、言葉よりも雄弁に彼の意思を物語って居た。

 

「おい共鳴!!」

 

彼の意思に呑まれていたこの場の空気を変えたのは、どうも走って部室棟裏に回ってきたらしい、先ほど彼と一緒に居た男子だった。

 

「……チッ!!帰る!!」

 

「あ、ちょっとサキ!?」

 

「ま、まってよー!!」

 

形勢を悟って去って行く女子たち。

暫くは、私に手を出してくる事は無いだろうな、とぼんやりと思っていたら。手が差し伸べられた。

 

「……立てる?」

 

「……はい。ありがとうございます。『二回も(・・・)』助けて貰ってありがとうございます。天津……共鳴さん?ですか?私、『蒼月竜子(あおつきりゅうこ)』って言います。」

 

「あぁ。共鳴でいいよ竜子さん……ってん?二回?」

 

「じゃあ、私はコレで。」

 

「あっちょっと!?」

 

呼び止めてくれた彼の優しさを振り払って教室棟へ向かう。

……本当は、あのお礼は他の人が居るところで言っていい話では無かった。けれど、どうしても伝えたかったのだ。

 

――――助けてくれて、ありがとう。と

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はぁ……はぁ……あの子が、お前に言わなかった理由だよ。ライブの……生存者。お前、放っておけないだろ。そういうの……」

 

「……あぁ、うん。ゴメン。その通りだ。放っておけないよ。俺。」

 

「……俺だって、ホントは見てられねぇよ。けど、皆呑まれちまってる。

 ……ホントは、いじめなんて、環境が変われば終わっちまうってのは分かってるんだ。分かってるんだけどよ……あの子、生存者いじめで両親が別居したんだとよ。そんな事までウワサで流れてくるんだ。

 そんな状況で逃げ出すなんて難しいよな……」

 

絶句するしか無かった。人々の悪意の限度の無さに。

 

――――こんな地獄に、響は起きれば放り込まれてしまうのか?

 

なにか出来ないかと脳裏を駆け巡る思考。

 

――――二課に頼る?不可能。二課は特務機関であるが故たった一人の例外の為に動く事は出来ない。

――――現当主である祖父に頼む?不可能。天津の権力もまた防人として多くを護る為の物である。

――――ならば個人で護る?不可能。あまりにも力が足りない。

 

――――結論。俺に出来る事は、なにも、無い。

 

「……共鳴……」

 

突然泣き出した俺を、それでも心配してくれる良哉に、良い友を得た。と思う。

 

「……すまん。心配かけて。それと、ありがとう。けど、俺は戦うよ。」

 

――――そう、あまりにも力が足りずとも、『俺は俺が出来る事を諦めない』。そう決めたのだ。

胸によぎるのは彼女の言葉。響を救ってくれた、天羽奏の言葉。

 

だから、コレが俺の我儘だとしても貫き通すと決めたのだ。

 

 

 

 

そして、放課後。俺は彼女――――竜子さんを探していた。

表だったいじめ自体は俺が割り込む事で分散する事が出来るだろう。

であれば後は、彼女本人と話して、生きる希望を見出させる事。それがまず俺に出来る事だ。

 

と言っても、俺が彼女を探していると周囲にバレては彼女への風当たりが強くなってしまう。なので、まず俺は人目につかない場所を探す事にした。

いじめの現場に遭遇出来れば乱入する口実になるし、そうでなくとも教室に居づらいだろう彼女が校内に居るとしたらそういった場所だろう。という仮定の基に行われた探索は、思いのほか呆気なく終わる事となる。

 

「天津くん……誰か探してるの?」

 

「あぁ、いや。竜子さんを探してて……アレ?」

 

「私を……?」

 

部室棟の中を探していた所で、肝心の本人から逆に声を掛けられたのだった。幸いにも人通りも無く、理想通りの条件だったと言える。

 

「あー……うん。竜子さん、俺に二回も助けられたって言ってただろ?けど、ゴメン。一回目を覚えて無くて……」

 

口にした言葉は、話題探しの果てでもあったが、同時に本心でもあった。

二回助けられたというが、俺にはとんと覚えがない。確かに、ライブ事故の前にも色々と首を突っ込むタチであった事は否定できないのだが、竜子さんと出逢った記憶が無いのだ。

 

「あぁ、その事……うん、今ならいいかな。ありがとう。『あのライブ会場で私を助けてくれて』。」

 

その返答に、思考が硬直する。

 

「あなたが不思議な糸でノイズを打ち払ってくれたから、私は今ここに居るの。勿論、この事は機密だから誰にも言ってないけどね?」

 

「……だけど……」

 

あの時、確かに俺は逃げ惑う人々の前に立って天紡でノイズを打ち払った。けれど、俺は『護り切れなかった』のだ。

 

「うん、でも。私はあなたのお陰で助けられたの。だから、ありがとう。」

 

その言葉にまたも涙腺が緩んでしまって、あぁもう。最近泣いてばっかりだなどと思いながら、暫し上を向く事になったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

私を探していたという共鳴くんに、先ほどは伝えられなかった感謝を伝えたら、『友達になりたい』と言って名前で呼ぶ事を要求されてしまった。

なんでも、妹分直伝の仲良くなる方法なんだとか。結構、カワイイ所があるのだな。と思った。

そうして、友達として連絡先を交換した後は何でもない話をして、お互い別々の階段から帰る。

なんだか、青春って感じで結構いいな。とふと思った。こういう事を考えられなくなったのはいつからだっただろうか?

 

――――そんなふやけた頭は、我が家を見る事ですっかり冷え切ってしまった。

 

荒れ果てた家。父さんが栄転記念にとローンで買った我が家は、すっかりボロ屋のようになってしまった。

母さんが居なくなってしまったから、ゴミも溜まるようになってしまった。明日は生ごみの日だから出さないとなぁ。

 

「おい!!竜子!!酒がもうねぇぞ!!買ってこい!!」

 

父さんは、すっかり荒れ果ててしまった。

エリート街道を歩んでいた父さんは、ライブ会場での事故を聞いて仕事を押して駆けつけてくれて……そして、仕事を喪った。

正しくは生存者いじめを知った会社からの尻尾切りだったと泣いていたけれど、真実がどうなのかは知らない。

 

母さんは、生存者いじめに耐えきれなくなって逃げ出した。多分、どこかでひっそりと暮らしているのだろう。

嫁入りだったことだし、母さんの実家に居るかも知れない。

 

 

――――もしも、私が生き残らずに死んでいたのなら、父さんも母さんも、ここまで壊れなかったのかな。なんて戯言は、父さんの怒号に溶けて消えた。




本当に?それ以外に打てる手は無いの?

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