戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第五十七話 致命のミスリード

「━━━━それで、マム。話ってなに?」

 

━━━━調と切歌と一緒に夕ご飯の支度をしようとしていた私を、マムは何故呼び出したのだろうか?

 

「……マリア達は、優しい子に育ちましたね……」

 

「……そうだね。恵まれた生活だったとはいえないけれど、それでも皆立派で、優しい子だよ。」

 

「…………私は、二課との交渉の席に着く事を考えています。」

 

「━━━━マムッ!?」

 

━━━━それは即ち、私達だけでの計画の続行を諦めるという事だ。マムは何故、それを私に……?

 

「……私達は徐々に追い詰められています。分かっていた事ではありますが、電撃的な速度が無ければこの計画を完遂する事は不可能だったという事です。」

 

「……それは……ボクが未だにフロンティアの封印を解放出来てないから?」

 

「いいえ、違います。確かにフロンティアの封印解放儀式術の行程が長く、未だ道半ばである事は事実です。けれど、それ以前の話……特にドクター・ウェルとの方針の違いや、マリアとの確認不足。

 ……つまりは計画立案の段階から穴があったという事です。それがこの土壇場に来て露呈してきてしまったという、ただそれだけの話……

 ━━━━ですが、このまま計画を頓挫させるワケには行きません。それは人類の滅亡が確定する事と同義……それ故、計画存続の為の予備プランを考慮しておく必要があるという事です。」

 

なるほど。マムの考えは分かった。つまりは、計画の進退を考える上で多角的な視点が必要になっている、と……

 

「━━━━けど、どうしてボクに?」

 

━━━━そう、どうしてボクなのだろうか?ウェル博士も居るというのに、何故相談するのがボクなのだろうか?

 

「……FISの資料には、様々な事が書かれていました。それこそ、レセプターチルドレンの人生を洗いざらい、ひっくり返すかのように。」

 

その言葉に、ビクリと肩が震える。

……あぁ、そうか。マムが聴きたい事は、ボクじゃなくて……()の事なんだ。

 

「……美舟、貴方が……いいえ。()()()()がかつて、天津共鳴と出逢っていた事まで、資料には載っていました。ですから……聴きたいのです。

 二課の公的な立場についてでは無い、貴方自身から見た彼の事を……」

 

「……そっか。マムは、優しいね。()について話した事なんて……それこそ、ボクが誘拐されてすぐの頃だけだったのに。」

 

━━━━()は、耐えきれなかったのだ。

家族が死んだと病院で告げられ、そしてそこから更に誘拐された少女の精神はその現実を前に軋みを挙げ、遂には破綻した。

耐えきれない現実を前に崩壊した精神は生存を拒絶し……しかし、新たな姿で生き延びる道を示された。

 

━━━━それが、ボク。

新しい名(逆しまの名)を使って産まれた、もう一つの自分(天逆美舟)

その名前をくれたのは……マム。泣き叫び、母さんを、父さんを呼び続ける壊れた()を抱きしめてくれた人……

 

「……本当に私が優しいのであれば、貴方に彼についてを訊ねるような事はしないでしょう。

 アナタにとってそれが必要な物だったから、私はそれを与えた。

 ……それしか、私には出来なかった。」

 

そう自分を卑下するマムはやっぱり優しいな、と想う。

……基本、スッゴク厳しい人だけど、時々見せる優しさがスッゴク優しい。

 

「……それは、やっぱりマムの優しさだと()は思うな。

 ━━━━それで、お兄ちゃんの事だったね?……うん。お兄ちゃんについては……個人としてなら、信用していいと思う。

 ()がお兄ちゃんと出逢えたのはたった一日の事だったけれど……見ず知らずの誰かの為に、最短で、真っ直ぐに、一直線に駆けてくる人だって、()は知っているから……」

 

━━━━それは、()に遺された、唯一の(ヨスガ)。あの夏の日の一日だけが、()にとっての輝ける記憶。

お父さんの顔も、お母さんの声も、擦り切れて絶え果てた()が、最後まで縋りついた想い出。

……そして、ライブ会場で出逢ったお兄ちゃんは、十年の時が過ぎても昔と変わらない……優しい人だった。

だから、お兄ちゃんが私達の窮状を放っておける筈がないと()は確信しているのだ。

 

「……そうですか。ありがとうございますね、美坂。

 ━━━━では、夕飯の準備が出来る前に戻りましょうか……」

 

「うん。もうお腹ペコペコだもん、ガッツリ食べないと明日に響いちゃうからね。」

 

それ以上の言葉は、必要なかった。如何に言葉を尽くした所で()の確信に説得力を持たせる事なんて出来ないけれど、それでもマムは信じてくれたのだから。

 

「━━━━デェースッ!?」

 

━━━━そうして、エアキャリアに戻ろうと踵を返すボクとマムの耳に聴こえる、切歌の叫び声。

 

「……コレは……」

 

「嫌な予感がしますね……」

 

━━━━そんな予感は的中して、切歌と調が冷蔵庫の残り物シチューを味見で全部食べちゃっていた事、そして、それ故に私達の晩御飯がカップ麺になってしまった事。

まぁ……こんな何気ない日常だって、いつか思い出した時にはいい想い出になるのだろう。

涙を零したあの夜とは違って、(ボク)はもう一人じゃないのだから……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━二課の仮設本部の中で、響の手術が終わるのを待つしか無い時間は、とても、とても長かった。

 

「━━━━当座の応急処置は、無事に終わりました。」

 

「━━━━ッ!!響は、無事なんですね!!」

 

「……はい。そして、それについて司令からお話があります。」

 

━━━━覚悟は、結局出来なかった。それでも……聴かないという選択肢は、私には無かった。

 

「……来てくれてありがとう、未来くん。

 ━━━━キミには、知っておいてもらいたい事がある。」

 

━━━━指令室のモニターに表示されたレントゲン図。其処には、凡そ正常では無いモノが写っていた。

 

「コレって……まさか!?」

 

「……あぁ。響くんのレントゲン図だ。胸に埋まった聖遺物の欠片の浸食が進んでしまった。

 ━━━━今はまだ、共鳴くんの尽力で以て胸部中央に影響は留まっているが……これ以上の進行は、彼女を彼女で無くしてしまうだろう。」

 

━━━━衝撃は、やはり大きかった。

響が響で無くなってしまう。遠くへ行ってしまう……!!そんなのは、絶対にイヤだ!!

 

「━━━━つまり、響がこれ以上戦わなければ、これ以上浸食が進む事は無いんですよね?」

 

「……あぁ。そして、希望となる解決策も我々は見つけている。だが……」

 

━━━━その言葉に、思い出したのはルナアタックの日の事。了子さんが、融合症例を治療する可能性について語っていた事。

 

「神獣鏡……それが、響を救う鍵……」

 

「━━━━あたし達が、絶対それを手に入れて、アイツを助けてやる!!だから……それまで、アイツを傍で護ってやってて欲しいんだ……」

 

「クリス……分かった。私が、響の日常を……陽だまりを護って見せる!!」

 

「……ありがとう。今日明日の所は響くんには検査も兼ねて入院してもらう。だが、明後日……水曜以降は自由にしてほしい。

 いつものキミのままで居る事が、何よりも響くんにとっての安らぎになる筈だ。」

 

「分かりました……それで、あの……お兄ちゃんは?」

 

「……共鳴くんは、ノイズからの避難誘導に協力するボランティア団体の基へ向かった。今後、FISと米国の暗闘が予想される以上、特殊部隊がノイズと共に民間人を巻き込む可能性がある。

 その対策会議に、二課代表として出席しているが……」

 

━━━━あぁ。お兄ちゃんは誰かを護る為に、今も走っているんだ。そしてそれは、同時に響を助ける為でもあるのだろうと分かる。

 

「分かりました……お兄ちゃんの事、よろしくお願いします。私が……その分まで響を護りますから……!!」

 

━━━━だから、その分まで私が響の日常になって、その心を護ってあげないといけない。

此処が、此処こそが、私の立つ戦場なんだ━━━━!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━夜の帳が降りた中。エアキャリアの中でボクは、ボクの完璧な救世計画を完全と完成させる為の方針会議を始めようとしていた。

 

「━━━━さて、それでは本題に入りましょうか。」

 

「コレは、ネフィリムの……!!」

 

「えぇ。苦労して持ち帰った覚醒心臓です。ネフィリムの肉体こそ破壊されてしまいましたが、ネフィリムの本質はむしろこの心臓にこそあると言っても過言ではありません。

 必要量の()()を与える事でようやくフロンティア起動に必要と概算された出力を出しうるジェネレーターと完成しました。

 この心臓と、貴方が五年前に入手した……」

 

「……ッ!?」

 

━━━━やはり、そうか。

マリアを指さし、想う事。それは、彼女達が立てた芝居について。

 

━━━━マリアには、再誕したフィーネなど宿って居ない。

大方、ボクの頭脳をアテにしたオバハンの策だろう。

 

「━━━━お忘れなのですか?フィーネである貴方が、皆神山の発掘チームより強奪した神獣鏡の事ですよ。」

 

「え、えぇ……そうだったわね……」

 

「━━━━マリアはまだ、記憶の再生が完了していないのです。

 ……いずれにせよ、聖遺物の扱いは当面私の担当。話は此方にお願いします。」

 

━━━━違和感を感じるポイントは幾らでもあった。

フィーネが再誕において()()()()()などという半端なシステムを組むとは思えなかった事。

マリアが再誕したフィーネを名乗りながらも、即座に動きださず、あまつさえボクに助けを求めた事。

だが、感謝はすべきだろう。結果的に見れば、フィーネを騙る彼女達の稚拙な計画は、ボクに英雄になるチャンスをくれたのだから。

 

「コレは失礼……話を戻しましょう。フロンティアを起動させる為のネフィリムの覚醒心臓、そしてその封印を横紙破る神獣鏡がようやくここに揃ったワケです。」

 

「……そして、フロンティアの封印されたポイントも、美舟による封印解放儀式術にて確認済み。」

 

「━━━━そうです!!すでにデタラメなパーティの開催準備は整っているのですよッ!!

 後は、ボク達の奏でる狂騒曲(カプリッチオ)にて全人類が踊り狂うだけッ!!

 うはははは!!ひーははははははは!!」

 

━━━━過程はどうあれ、世界は、歴史はこのボクにチャンスを与えた!!チャンスの女神に後ろ髪は無いというが、その前髪を今!!ボクは引っ掴んだワケダァ!!

フロンティアにて月の落下から人類を救うッ!!あぁ、それは有史以来最大の偉業!!人類救済という、真の英雄に相応しい大偉業だ……ッ!!

 

「……近く、計画を最終段階に進めましょう。ですが今は……少し、休ませていただきますよ。」

 

そう言って、退室していくオバハン。

 

「……ふん。」

 

まぁいいでしょう。あの融合症例……立花響の有様を見て、この計画を更なる完璧に仕上げる方法は目に見えました。

━━━━人は、喪いたくない大事な物を護ろうとすればするほど、その動きを読みやすくなる。

 

━━━━であれば、ボクが狙うべきは……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━私達は、私達の戦場(いくさば)に足を踏み入れていた。

 

「━━━━なんと!!特売日ッ!!」

 

「どんどんぱふぱふー、わーわー。」

 

そう、それは特売日。産地直送、生鮮特価を取りそろえ、誰もが新鮮と安さを天秤に掛ける危険な戦場……!!

 

「ちょっと遠出した甲斐があるってもんデスよ!!」

 

「こういう郊外のスーパーは、まとめ買いに適してるもんね。」

 

なんでも、美舟が言うには都市部の店舗との棲み分けの結果こうした戦略を取るようになったのだとか?

━━━━やっぱり、美舟は物知りさんだ。

 

「アジの開きが五枚で━━━━」

 

「298円。」

 

実際安い。

 

「まさかの価格破壊にアタシも驚きを禁じ得ないデス!!

 ああ……いいよね、アジの開き……」

 

「開いている分、少し大きく見えるところがまた心憎い。」

 

「━━━━きっと、お腹だけじゃなくて心も満たせるようにってカミサマが発明してくれたんデスね……」

 

「違うよ、切ちゃん。発明したのは昔の漁師さん達。きっとコレは、カミサマも知らない技術だよ?」

 

━━━━切ちゃんが間違えたら、私が訂正する。

いつもと同じ光景だ。

 

「さ、さいですか……」

 

「切ちゃんはもう少しお勉強も頑張った方がいいと思う。美舟も頭を抱えてたし、流石に常識くらいは……」

 

「うぅ……面目ないデス……」

 

「━━━━そんな切ちゃんにこそアジの開き。青魚の豊富なドコサヘキサエン酸が効果覿面。」

 

「━━━━やっぱり調は優しいデェス!!」

 

━━━━あぁ、こんな風に切ちゃんと一緒なら、おさんどんさんも悪くないな……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

特売を狙い目としてホクホク顔で買い物していたアタシ達ですが、五人前の数日分の食糧ともなるとやはりその量は増し増しに増してしまう物なのデス……

 

「━━━━楽しい楽しい買い出しだって、此処まで荷物が嵩むと流石に面倒な重労働デスよ……」

 

「仕方ないよ。過剰投与したLinkerの副作用が抜けきるまでは、私達がおさんどん担当だもの……」

 

━━━━そう返す調の顔、横から見る。

……なんか、顔色が良くないデス。

 

「……?切ちゃん?」

 

「片方、持ってあげるデス!!なんだか調ってば調子が悪そうデスし……」

 

「ありがとう。でも、平気だから……」

 

「じゃあ、少し休憩していくデスよ!!どの道キャリアまでは長い事歩かないといけないんデスし!!」

 

 

 

 

━━━━調と一緒に外を自分の意思で歩く。それだけで、アタシは楽しい。

 

「……嫌な事もたくさんあるけど、こんなに自由があるなんて……施設に居た頃は想像もできなかったデスよ。」

 

だって、施設に居た頃はそれこそ空を見上げるなんてそうそう出来なかった。

どこもかしこも白ばっかりで、白い孤児院っていつの間にか皆が呼んでいた施設。名付けたのは……美舟だったっけ?

 

「……うん。そうだね……」

 

「……フィーネの魂が宿る器として、施設に閉じ込められていたアタシ達……

 アタシ達の代わりにフィーネの魂を背負う事になったマリア……」

 

━━━━それは、残酷な事実。

フィーネの降臨は、器であるアタシ達を魂ごと塗り替えてしまうのだと聴かされたあの日、アタシ達は全員で肩を寄せ合って泣いた。

……確かに、恵まれていたとは言えない。きっと、普通の人から見れば不幸な境遇だと同情されるだろう。

でも、アタシ達は其処で共に暮らして、確かに家族のような絆を育んでいたのだ……

 

━━━━セレナは、今どうしているのだろうか。

アタシ達はあの頃はまだギアすらマトモに纏えない状態で、あの実験に立ち会う事すらできなかったけれど……マリアから、魔女に引き取られてしまったと聞いた。

今も、この空の下で彼女は生きている筈なのだ。世界でたった一人の、マリアの妹は。

 

「……セレナが今のマリアを見たら、どう思うデスかね……そして、フィーネを継ぐなんて怖い事を、結果的にマリア一人に押し付けてしまったアタシ達を……」

 

━━━━コレは、懺悔なのだろうか。

分からない。頭の中をグルグルと回るのは様々な感情で……

 

「あむ……調……?」

 

口数が少ないのはともかく、返事まで無い事のおかしさに気づいたのは、折角買ったチョココロネを開けてすらいない姿と、その呼吸から。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「調!?ずっとそんな調子だったデスか!?」

 

脂汗が幾筋も調の顔を垂れていく。どう見ても尋常な様子では無い。

さっきから顔色が悪かったのも納得デス!?

 

「うん……でも、大丈夫……此処で、休んだから……もう……あっ」

 

━━━━どう見たって大丈夫じゃない調のカラ元気は、ものの見事に大丈夫じゃない結果を呼んでしまって。

調はフラフラと近くにある鉄パイプの束に突っ込んでしまう。

 

「━━━━調!!……って、え……?」

 

━━━━ガラガラと、床に転がる鉄パイプとは異なる音が頭上から響く。

胸を過る嫌な予感を無理矢理に抑え込んで見上げた其処にあったのは、ある意味で予想通りの光景で。

 

━━━━鉄パイプが、空から降って来ていた。その数、おおよそニ十本近く。

ギアを纏う?いや、まだLinkerの過剰投与の影響が残っている。アタシ一人ならともかく、調を連れて逃げ出す出力は確保出来ない。

それに、今すぐギアを纏わねば間に合わない!!それはつまり、隣に居る調をバリアフィールドに巻き込んでしまうという事!!

 

━━━━万策が尽きた事を即座に痛感する。どうしてアタシには、こんな時に誰かを護る力が無いんデスか……?

反射的に手を伸ばす。せめて、調が怪我をしないようにと。

 

「━━━━危ないッ!!」

 

━━━━声と衝撃は、ほぼ同時だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

               ━━━━時は、少し遡る━━━━

 

「いやー、悪いねぇ。こんな事まで手伝って貰っちゃってサ。」

 

俺は、郊外のスーパーへとやってきていた。

その理由は、ふらわーのおばちゃんの手伝いの為。

━━━━なんでも、昨日一昨日と事件が頻発したから、付近の住人を安心させる為にお好み焼きパーティを開くのだそうだ。

……ここ数日の事件は総て俺達の責任。であれば、手伝わないのも人道に悖ると思い、俺はその準備を手伝う事にしたのだ……

 

「ん、まぁ流石に一人で箱物は厳しいでしょ。車まで持ってくよ。」

 

買い出しで嵩張る物といえば、やはり飲料だ。特に今回は飲料も店で振る舞うそうなので、通常の営業と違ってお冷では間に合わないのだそうだ。

2Lのお茶の箱、同じくジュースが山と入ったレジ袋。どう考えてもおばちゃん一人では荷が勝ちすぎている。

 

「ありがとねェ……それじゃ乗って乗って。このまま店まで車回すからサ。」

 

「……ん?」

 

━━━━車に荷物を積み込んだそんな折に、視界の端に見慣れた色の組み合わせが映った気がした。

 

「アレは……調ちゃんと、切歌ちゃん……?」

 

両手に買い物袋を抱えて歩く多少は見知った少女達が駐車場から歩いて出ていく様子を見る。

……どうしたものだろうか、コレは。

戦いを挑む?否。杖を向こうが持っている以上、下手に戦いを仕掛ければ(いたずら)に被害を広げてしまうだけだ。

ならば放置する?これもまた否。神獣鏡を彼女達が持っている以上、何かしらのアクションで以て彼女達との交渉チャンネルを作らねばならない。

━━━━であれば、追跡。刺激しないようにしつつ、エアキャリアの現在位置を探る。その後に装者二名と共に突入を掛けるのが最良か。

 

「ごめん、おばちゃん。ちょっと用事が出来たから俺歩いて行くよ。飲み物は……後で人寄越すから、そのまま車に付けておいて。」

 

「ん?分かったヨ。それじゃまたね~」

 

車を出していくおばちゃんに手を振りながら、追跡を行う為に意識を切り替える。

 

 

━━━━尾行という物は、護衛と正逆な物だ。

護衛は、護衛対象の知覚外から迫りくる脅威に対応する仕事であり、それ故に護衛対象の知覚を読み切った動きを成す物である。

ただ予定通りに動くだけでは無く、予定外の予想外に対しても動じず対処する。それが、一流の護衛だ。

 

━━━━では、その正逆である尾行は?

そう。尾行は相手の知覚を読み切り、対象の知覚外に自らを置く事で()()()()()()()()()物なのである。

視覚、聴覚、嗅覚、触覚。人間が周囲を探る為に使う感覚は多岐に渡る。

それを読み切るには長年の経験と、何よりも想定外に対処する為の(積み重ね)が重要となる。

 

……とはいえ、今回はプロを相手にした尾行では無い。

失敗したとてリスクも少ない。其処まで気負う必要は無いだろう。

 

「……しかし、この工事現場の安全基準はどうなってるんだ……?」

 

━━━━体調が悪そうな調ちゃんを慮ってか、彼女達が侵入したのは、ルナアタック事件の際に破壊されてしまった家屋の解体現場。

……だがどうにも、其処は安全とは縁遠い場所のようだ。

 

「幾らここ等の人がルナアタック事件で減ったからって、解体現場に立ち入り禁止の車止めも無し……時間的に昼休憩だからって流石にコレは……」

 

解体現場とは、危険な場所だ。当然、そんな所で作業する以上は危険を未然と防ぐ義務が生じるのだが……

 

「……ちょっと、コレは会社側に物申しておいた方がいいかも知れないなぁ……」

 

事故が起きてからでは、責任を取る事しか出来ない。義務を放棄した代償は即ち、破滅という高い物になってしまう。

 

「━━━━ッ!?」

 

━━━━だが、そんな風に回した気も空しく、目の前で事故が起きてしまうのを俺は見る。

体調不良が悪化したらしき調ちゃんが倒れ込み、鉄パイプ置き場を倒してしまったのだ。

 

━━━━そして、たったそれだけの衝撃で倒壊する、二階作業部分の足場。そして二人の上に投げ出される、何故か大量に乗っていた鉄パイプ。

 

「━━━━おいおいウソだろ!?」

 

隠れていた隣の家屋の塀から飛び出し、調ちゃん達の基へと走る。

幾らなんでも雑な仕事が過ぎる!!アレじゃあ二階部分に立っただけで倒壊してあわや大惨事だろうに!!いや、今まさに大惨事真っ最中なのだが!!

 

「━━━━危ないッ!!」

 

場所が悪い!!手前から奥に突っ込んでも、その先にあるのはガラスが散らばる危険地帯!!かといって二人を引き寄せるにも、調ちゃんが倒れ込んでいる上に目の前に鉄パイプが山と崩れている故に危険過ぎる!!

━━━━だから、選んだのは飛び込んで鉄パイプを打ち払う事。ある意味いつも通りな俺の無謀な庇い立て。

 

━━━━それは、予想外の力によって無意味と化した。

 

「……って、アレ……?」

 

「━━━━コレ、は……!?」

 

━━━━立ちはだかった俺の前に現れた、光の壁。

俺はこの目で直接見たことは無い。だが、俺はこの構成を知っている……!!

 

「な、何が……どうなってるデスか……!?というか、なんでアンタが此処に居るデスか……ッ!?」

 

「……フィーネ。」

 

「ッ!?」

 

落下の衝撃が収まり、曲面を形成したバリアの表面を鉄パイプが雪崩落ちていくのを見ながら、茫然と呟く。

……どういう事だ?このバリアは、間違いなく資料映像で見たフィーネの行使する異端技術……

だが、フィーネはマリアに宿ったのでは無いのか?ならば何故、今……?

後ろを振り向き、二人の安全を確認する。二人は……無事だった。

調ちゃんは未だ倒れ伏したまま。そして━━━━切歌ちゃんは、手を伸ばした姿で固まったまま。

 

「……俺は、偶然通りがかっただけだ。今のキミ達と戦うつもりは無い……と言っても、そう易々と信じてはもらえないだろうが……

 ━━━━切歌ちゃん、ひとまず調ちゃんを休ませてあげたい……付いてきて、くれるかい……?」

 

「……調を……でも、アンタは敵だから信用ならないデス……!!」

 

━━━━やはり、そう簡単に受け入れては貰えないか。だが……

 

「目の前で倒れた人を放っておけるほど薄情には生きられないんだ、俺は。

 ━━━━たとえそれが、異なる正義を掲げる不俱戴天の敵であったとしても。

 ……それに、切歌ちゃん。キミも……少し休むべきだ。」

 

━━━━俺の推測が正しければ、調ちゃんの体調不良は恐らくLinkerのオーバードーズによる物であり……そして、切歌ちゃんこそが真なるフィーネの器だったのだ。

何らかの理由でマリアがフィーネを騙って今回の事件を起こし、しかし真なるフィーネは何故か目覚める事無くフォニックゲインを纏う少女の中で眠りに着いたままだった。

だが、こと此処に到り、フィーネは調ちゃんを護ろうとした切歌ちゃんに手を貸したのだろう。

━━━━それはもしかすると、あの日に響が伝えた言葉を、フィーネなりに受け止めてくれた結果なのかもしれない。

 

だが、そう推察できるのは俺があの日のフィーネを見たからだ。彼女達がシンフォギア装者としてだけでなく、フィーネの器として集められた存在であるのなら……

リインカーネーションの詳細についても知っている筈だ……依代を塗りつぶして現れる過去からの亡霊としてのかつてのフィーネを。

 

「……う……それは……」

 

「……このまま此処で調ちゃんが目覚めるのを待つにしても、工事現場の人達がいつ昼休憩を終えて戻ってくるかもわからないんだ。

 倒れた足場が見つかって騒ぎになる前に、此処を離れた方がいい。」

 

「………………分かった、デス。ただし!!アンタを信用したワケじゃないデス!!騒ぎになったら調がゆっくり休めないからってだけデス!!

 ━━━━それは、勘違いしないで欲しいデスよ!!」

 

「あぁ。勘違いはしないさ。キミ達と俺達はまだ、何も話し合えちゃ居ない敵同士なままなんだから……調ちゃんの荷物はコレかい?」

 

━━━━どうやら、当座の説得には成功したらしい。やはり、騒ぎになるかも知れないという言葉が効いたようだ。

……この付近ですぐに休める場所と言えば……やはり、あそこしか無いだろうか。

 

「そうデス……ところで、調をどうやって運ぶつもりデスか。どさくさに紛れるつもりなら……」

 

チラリと切歌ちゃんが見せつけるのはイガリマらしきギアペンダント。

まったく……自分もオーバードーズにフィーネらしき力と混乱のさなかに居るのだろうに、真っ先に調ちゃんの心配とは……まるで眠り姫と王子様のメルヒェンのようだな。と苦笑を一つ。

 

「紛れるつもりも何も、俺は下心で動いてるワケじゃないよ。ただ……」

 

━━━━その後悔を想うと、心の中に雪が降る。

寒々とした心を抱えたままの俺は、ちゃんと切歌ちゃんに笑いかけられているだろうか。

 

「━━━━手を伸ばさない後悔を、二度と繰り返したくないだけなんだ。」




━━━━ヤクザとは、仁義の商いである。
故に、信用第一。古臭いと言われようが、コレ一つだけは変えられねェ。
だからこそ、この軽挙妄動が見過ごせねェ。

━━━━お前ェさん、この落とし前をどう付ける?

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