戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第五十九話 一夜のララバイ

フロンティア上空への飛行中、切歌と調はドクターによるLinkerの後遺症の検査を受けていた。

 

「━━━━オーバードーズによる不正数値も、ようやく安定してきましたね。」

 

「良かった……これでもう、足を引っ張ったりしない。」

 

「……そうデスね!!アタシ達もマリアの助けになるのデス!!」

 

━━━━切歌達へのLinkerの過剰投与、それは確かにあの場においては最善の策であっただろう。だが……

 

「Linkerによって装者を産み出す事と同時に、その装者の維持と管理も貴方の務めです。

 ━━━━よろしくお願いしますよ、ドクター?」

 

確かにLinkerが無ければシンフォギアを纏う事が出来ないという事実はあるが、彼女達は決して消耗品では無い。

故に、言外にドクターに求めるのは彼女達を『より長く使う』事。

……流石に、研究者として、そして自らの力を誇示する為の道具とシンフォギアを捉える彼に彼女達個人を慮れというのは虫が良すぎる話というものだろう。

 

「わかってますって。ついでに貴方の身体も診てあげましょうか?聞いてますよ、脳梗塞起こしてぶっ倒れたそうじゃないですか。」

 

「ふっ……そうですね。もう少ししたら……私も自分の身体を労わってもいいかも知れませんね。」

 

━━━━そう、二課との交渉が成功したのなら……

 

「━━━━さぁ、もうすぐフロンティア上空です。コクピットへ向かいましょう。」

 

……その為にはまず、理想を自らの手で完遂する事に拘るドクターを説得せねばならないだろう……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

フロンティア。それは東経135.72度、北緯21.37度付近の海底に眠る超巨大聖遺物にFISが付けたコードネームだ。

その大きさは全長数十キロにも及び、その中には様々な異端技術が眠ると目されている。

 

ボク達の目的は、それを解放し、掌握する事。

━━━━なぜならば、フロンティアの本質はただの異端技術が眠る宝島などでは無いからだ。

 

フロンティアは先史文明時代において空を渡る為に使われた船……いわゆる『ヴィマーナ』の一つとされる。

だが、かつて道すら遺さずに世界を繋いだ空を往く船の大半は喪われており、現代考古学においては実在の証明も果たされずにヤントラ・サルヴァスパと呼ばれる完全聖遺物にその姿を遺すのみ……

 

それを、フィーネは利用せんとした。日本の神話に曰く高天原からの天孫降臨に現れた後、海底へと封印された鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)

即ち、アヌンナキによる日本への再入植に使われた巨大宇宙船を、カ・ディンギルによって月を穿った後の新天地にして自らが収まる玉座とせんとしたのだ。

 

━━━━だが、それは立花響の融合症例という可能性を見出す前に練られた旧いプランだったようだ。

先のルナアタック事件、その顛末こそがその証だだろう。あの女の考えは読みづらいが、それでも遺された情報から推測は出来る。

ネフシュタンとの融合によって刹那を超えた永遠に座する存在となれば、フィーネを倒す事は現人類にはほぼ不可能だ。なにせ、『不死を殺す術』は米国が保有するイガリマ程度しか遺っていないからだ。

そして、そのイガリマにしてもシンフォギアという不完全な起動に留まる以上、フィーネを消滅させるには絶唱は必要不可欠。しかし、当時の米国のシンフォギアはボクのLinkerも介在しない不完全品。

であれば、第二種適合者のイガリマではよくて絶唱一回分が精一杯。ラッキーパンチを期待するにはあまりにも心もとない数値だったワケダ……

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

……だがまぁ、結末から言えばフィーネの野望は阻まれた。無限の復活を行う筈のネフシュタンは、同質にして正逆な無限の出力を放つデュランダルと対消滅を起こし、今代のフィーネは死亡した。

 

「━━━━マリア、封印の強制解封手順を始めてください。」

 

━━━━そんな風に思考を巡らす間に手順を進めていくオバハンとマリア。

 

「シャトルマーカー、展開を確認。」

 

「ステルスカット。神獣鏡のエネルギーを収束。」

 

「……強制解封手順、準備完了。」

 

━━━━シャトルマーカー、それは日本を刺激せぬようにフロンティアの封印を解除する為にフィーネが設計していた特殊装備だ。

このエアキャリアに数十個装備されたそれは、機械的に増幅された神獣鏡の放つ輝きを特殊設備の構築も無しに自在にぶっ放せるようにする自律稼働可能な反射(レフ)板と言える。

 

「……長野県は皆神山より出土した神獣鏡とは、鏡の聖遺物。

 ━━━━その特質は、光を屈折させて周囲の景色に溶け込む屈折迷彩と、古来より伝えられる魔を祓う力……

 聖遺物等の異端技術、それもまた魔と定義される物である事は研究で分かっています。その力を以てフロンティアに施された異端技術由来の封印を強制解封し、この地上へと浮上させます。」

 

━━━━おっと。思考に没頭し過ぎてはいけない。確かに、フロンティアの強制解封はボクが世界を救う為にも必要不可欠だが……

 

「━━━━待ってください。フロンティアの封印を解除するという事は、その存在を顕わにするという事……

 確かにフロンティアの起動に必要なネフィリムの覚醒心臓こそ我々の手の内にありますが、先に計画を邪魔する可能性のあるシンフォギアを排除してからでも遅くないのでは?」

 

━━━━そう、問題はあのガングニールの少女。あの頓智奇にして協力無比な力を放たれてしまえば、如何に此方がフロンティアに陣取ろうと戦力的に不利となる。

特に、七彩騎士の暗躍も見える以上、危険を先送りせず先に不確定要素を排除するべきでは無いか?

 

「━━━━いいえ、その心配は無用ですよ。ドクター・ウェル。

 リムーバーレイ・ディスチャージ……照射!!」

 

━━━━なに!?

返答に迷いはなく、その動作にもまた澱みは無い。

まさか、ボクの知らない秘策が解封されたフロンティアにあるとでもいうのか!?

 

「まぁいいでしょう……どうあれ、封印は解けられた!!コレでフロンティアはその威容を地上に現し……あらわ……」

 

━━━━沸騰する海水が水柱を形成し、泡立つ水面は超巨大構造物の浮上を……浮上、を……

 

「表さ……ない……?」

 

━━━━そんな、バカな。

フロンティアの封印を神獣鏡によって解封する事はフィーネの青図面に元から記されていた手順!!

であれば、その方針が間違っている可能性は業腹だが非常に低い筈だッ!!

 

「━━━━出力不足です。神獣鏡の魔を祓う力が本物であろうと、機械的に増幅した程度ではフロンティアの封印を強制解封するには遠く及ばないという、ただそれだけの話……」

 

━━━━この、タヌキババァが……ッ!!

 

「あなたは……知っていたな!?聖遺物の権威であるあなたが、現地調査まで行っておいてこんな初歩的なミスに気付かない筈が無いッ!!

 ━━━━この実験はッ!!今の我々では即座にフロンティアの即時解放は出来ないという事実を知らしめる為の……ッ!!」

 

「えぇ。そして、美舟による封印解放儀式術が未だ道半ばであり、その完結まで米国からも二課からも隠れ潜み続ける事が不可能である事もまた……

 ━━━━さぁ、これからの大切な話をしましょうか。」

 

━━━━歯ぎしりが止まらない。してやられた気分は最悪だッ!!

そう、理屈は通ってしまう。フィーネが融合症例の発見でルナアタックの時節を早めた事!!それこそがフロンティア計画の最大の罠だったッ!!

フィーネは米国が開発した機械的・電気的な聖遺物起動を鼻で笑っていた。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ……ッ!!思えば、フロンティアの少女を確保していた事からしてそうだったッ!!

だが、今の我々にはそれを成し遂げられるだけの時間が無いッ!!フロンティア計画が前提を見誤ったというのなら、それはつまり電撃的な達成を目標としていた我々には方針の変更が必須という事!!

オバハンの目的は、それをボクに無理矢理にでも呑ませる説得力を持たせる事か……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━とまぁ、そんなこんなで調が潜り込んで来た時には、恥ずかしながらうっかり大きな声が出ちゃったデスよ……」

 

「━━━━だって、寒くて眠れなかったから。」

 

━━━━あの後、ドクターとマムの話し合いは夜半まで続いた。

結論だけを言えば、ドクターはマムの方針変更を呑んだ。神獣鏡による封印解放が頓挫し、ボクによる儀式術も終了の目途が立たぬ以上、度重なる計画の修正によって疲弊したボク達に計画を完遂する余力は残っていない。

であれば、他組織との協力は必須となる。

 

━━━━ならば、どこと協力するのか?

それも、マムは考えていた。風鳴の後ろ盾に依って立つ二課そのものの傘下に入るのでは無く、あくまでも対等の立場を持つ組織として交渉を行う事。

その為に、風鳴の影響力を受け難く、同等の発言力も擁すると目される天津共鳴との直接交渉に挑む事を決めたのだった。

 

……それはともかく。フロンティア上空から戻って来た私達はひとまず明日に備えて寝る事にしたのだが、どうも一人ずつでは寒かったらしく。

切歌の所に潜り込んだ調が寒い寒いとボクも巻き込んでマリアの所へやってきて、まるで川の字のように並ぶ事になったのだった。

 

「まぁ……もう十一月も終わりだもんねぇ……」

 

「最初のアジトを追われて以来、ずっと寒空の下に放り出されているものね……おまけに節約、節約~って……暖房代もままならないお財布事情だし……」

 

━━━━廃病院のアジトは、マムが自らの権限の中でどうにか確保してくれた米国の手の及ばぬ隠れ家だったのだ。

その優位をアンチリンカーの実験の為にと使い潰したウェル博士の軽薄には、流石に些か以上の不満がある。

 

「━━━━って、つめたッ!?これもしかして調の足!?」

 

「ごめんなさい。」

 

「ごめんなさいとかそういう問題じゃ……ひゃあ!?今度は切歌!?」

 

「ってゆーか、マリアってばどうしてこんなに温かいの?おまけにいい匂いするし……」

 

「知らないわよ!?あなた達とシャンプーとかは一緒なはずよ!?いきなりくっ付いてこないでちょうだい!?」

 

━━━━そんな風に考えている間に、どうも切歌と調にマリアが湯たんぽ代わりに使われてしまっていたようで。

 

「やれやれ……調、こっちにおいで?マリアには二人とも引っ付くのに、ボクだけひとりぼっちじゃ寂しいもの。」

 

「ん……分かった。じゃあ、マリアは切ちゃんにあげる。」

 

「あげるって……私は物じゃなーい!!」

 

「むにゃむにゃ……マリアがあったかいのが悪いのデース……」

 

━━━━あぁ、なんて温かいのだろうか。

毛布毎潜り込んで来た調を抱き留めながら、思う。

ボク達の行く末は未だ暗中だけれど、このあったかい物があれば……きっと大丈夫だと安心出来る。

 

「さて……それじゃ子守唄の一つでも歌うとしますか。」

 

「ん……美舟の子守唄は、聴くと気持ちがまったりして落ち着く……」

 

もう眠ってしまいそうな調がまるで猫みたいだな。なんて苦笑しながら、ボクはいつものあの話をするのだ。

 

「━━━━さて、では今日もまた、偉大な巨人のお話をしようか。

 むかしむかし、アメリカがまだ開拓も為されず、自然を畏れる人々が暮らしていた時代の事━━━━」

 

━━━━日本昔話だとか、千夜一夜物語だとか、グリム童話だとか。

マムは、ボク等が読めるようにと色々な絵本を用意してくれた。切歌の使う技に付けている不思議な名前も其処から来ているのだろう。

けれど、その中でも一番印象に残っているのはやはり、コレだ。

誰もがホラ話だと知っている、最も新しい巨人のお話……

 

「ん……」

 

━━━━こうして、一夜の子守唄(ララバイ)は流れて行く。誰にも等しい時間の流れに流されて……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ヘーイ、ポール……」

 

━━━━ふと、懐かしい歌を口ずさむ。

いつもなら姉さんとの想い出でもあるAppleを口ずさむのだけれど、今日はなんだか、彼女を思い出す気分だったのだ。

 

此処は、米国領ハワイ近海にある孤島の一つにある屋敷。あの日、この屋敷で私は目を覚ました。

ネフィリムの起動実験で起きた暴走を食い止めた時の負傷を癒す為、とある筋から入手したという試作型コールドスリープ装置『眠り姫(スリーピングビューティー)』で私は六年も休眠していたのだという。

 

「……天逆さん、暁さん、月読さん……それに、マリア姉さん……皆、大丈夫なのかな……」

 

━━━━見上げる先にあるのは、地上を見下ろす欠けた月。

ルナアタック、という事件があって欠けてしまったのだそうだ。

……そして、数ヶ月か、数年後かは分からないが、いつか月が落ちるかも知れないのだとも。

FISの皆は、そんな事実を受け止めて、人々を救う為に奔走しているのだと、私を保護してくれたのだという彼女は言っていた。

 

「━━━━なんだ。まだ起きていたのか?もう夜も更けているというのに……」

 

窓の外の夜空を眺めていた私に声を掛けて来た彼女の名は、キャロル。

暴走を食い止めて瀕死だった私を助けてくれた人……そして、自らを『魔女』と呼ばれる事もあるだなんて、卑下する人。

 

「あ……キャロルさん。えっと、ちょっと眠れなくて……」

 

「なんだ。枕でも合わなかったか?」

 

「い、いえいえ!!むしろ、このベッドは私には豪華すぎというか……おとぎ話のお姫様みたいでビックリというか……」

 

━━━━私が目覚めたこのお屋敷も、キャロルさんの別荘なのだという。

そして、今はまだ目覚めたばかりの私が好きに使っていいと言ってくれてはいるのだが……

 

━━━━二人で見つめる先にあるベッドは、確かクイーンサイズとかいう一人寝用の最上級の大きさの物。

しかも、なんと天蓋に山のような抱き枕まで付いているのだ!!

こんなもの、千夜一夜物語の絵本でしか見た事が無い!!

 

「……そうか?たかがベッドでは無いのか?」

 

けれど、キャロルさんは首を傾げるばかり……そういえば、キャロルさんは研究者でもあるんだっけか。

研究者の人と言えば確かに、寝食に頓着する人はかなり少なかった筈だ。マムも料理にはお醤油ばっかりかける物だから、マリアから叱られていた事もあったくらいだし。

 

「大分豪華だと思いますけど……このお屋敷は、キャロルさんが建てたんじゃないんですか?」

 

「━━━━一応はな。だが、建てた理由は……『キミも持つべきでは無いかな、自分だけの屋敷を。直接人を招くには支障があるだろうからね、研究にも使っているシャトーには。』とかなんとか……

 いつもは適当にしか仕事もしないくせに、オレにだけはやけに世話を焼きたがる長老殿が居てな……ソイツを黙らせる為に建てた、というのが本音だ。

 オレにとっては華美な芸術的美しさよりも、錬金術的な調和のとれた美しさの方が好ましいのだが……」

 

「……ふふっ。もしかしてその人、キャロルさんを心配してるだけなんじゃないですか?」

 

━━━━まるで、私達の誕生日にこっそりプリンをくれたマムみたい。

 

「ある訳が無いだろうそんな事!!あの全裸局長、どこから聴きつけたのかは知らんが昔からオレを結社に取り込もうと色々画策しおってからに……

 ……まぁ、そのお陰で結社との交渉がスムーズに済んだ部分はある。恩が無いワケでも無いのだが……」

 

「いつか、ちゃんとお礼を言った方がいいと思いますよ?」

 

「……フン!!いつか、な……まったく、約束ばかりが積み重なって……」

 

━━━━そう言って、キャロルさんは遠くを見つめる。

それは、私が目覚めてからも何度かあった事。キャロルさんは、よく過去に想いを馳せている。

 

「……キャロルさん、私、このままだとやっぱり気になって眠れなさそうなんです。

 ━━━━だから、寝物語として教えてください。キャロルさんの事を。」

 

━━━━それが、どうしても気になってしまう。

私を助けてくれたのに、彼女は私自身に特別な興味があったワケでは無いという。

眠り姫の制御に使われていたアガートラームのギアペンダントの欠片は遠慮なく研究させてもらっている……と、彼女は言うのだけれど、FISの研究者のように私に注射を打ったり、実験に使ったりはしないのだ。

……痛くないのだからそれは嬉しいのだけれど、なんだか軽く扱われているようで。それが、ちょっと不満。

 

「……やれやれ。とんだお転婆のお姫様だな?魔女に寝物語を所望するとはな。

 ━━━━あぁ、いいだろう。ちょうど、あの月を見て思い出した所だ……お前が満足するかは分からんが、少し語ってやろう……」

 

━━━━そう言って私の顎を綺麗な指でなぞるキャロルさんを見て、何故か胸がドキドキしてしまったのは、私の胸に大事に仕舞っておこうと思う。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━とはいえ、語ると言っても何のことは無い。

かつて、オレは欧州に産まれた。母さんは産後の肥立ちが良くなかったそうで、オレの記憶の中には母さんの想い出は無い。

 

……だが、オレには父さんが居た。寂しい時も、悲しい時も、嬉しい時も、楽しい時も……オレと父さんはそれを家族として分かち合った。

そうして親子二人で細々と暮らしながら、父さんは今で言う異端技術(ブラックテクノロジィ)の研究をしていた。

 

━━━━けれど、父さんは国家や大貴族をパトロンとする科学者の主流を疎んでいた。

当時の異端技術は、教会に取り入ったフィーネが管理・管轄する認定奇蹟以外の総ては魔女の呪い……すなわち《魔法》であるとされていた。

そんな状況だから、今のように科学や医療が人々の手の届く所にある訳でも無い……

 

結果としてオレと父さんは、多くの死や悲しみを見た。

━━━━けれど、父さんは諦めなかった。

異端技術によって調合した薬を医療として人々に提供し、悲しみの中でも希望を捨てずに、手を伸ばし続ける事を説き続けた。

 

━━━━自慢の父さんだった。最愛の父さんだった。そして、奇跡を信じる父さんだった。

……だが、異端技術での無償奉仕は、人の目には奇異に映った。そして、奇異は疑惑を呼び、疑惑は真実の一端に触れた。

 

行き着く先は、魔女狩りの焔だった。

けれど、父さんはそれを受け入れた。異端技術を使えば逃げ出す事なんて簡単だったのに。

生きていたいと思うのは、誰だって同じ筈なのに━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━キャロルさんの話を聴いて、気が付けば私は泣いていた。

 

「……何故お前が泣くんだ?コレは、ただの昔話だ。お前に関係する話でも無い……」

 

「━━━━だって……!!だって、それじゃキャロルさんが……!!」

 

━━━━独りぼっちになってしまったという事じゃあ無いですか!!

私が目を覚ました時の事を思い出す。マリア姉さんも、マムも、レセプターチルドレンの誰も居なかった、独りぼっちの目覚め……

それは、とても悲しかった!!不安に押しつぶされそうで怖かった!!

……それが分かるから、私の涙は止まらない。

 

「……そうだな。父さんを喪って、俺は独りぼっちになってしまった。

 父さんは『独りぼっちになっちゃいけない。手を伸ばして、取り合うんだ』と……そう教えてくれていた。

 けれど……父さんを喪った悲しみは、嘆きは、そんな想い出を押し流して、俺は独りぼっちのまま父さんを憑り殺した奇蹟を殺戮する為に動き出す……筈だった。」

 

「……筈だった?」

 

「━━━━あぁ。だが、そうはならなかった。

 その切っ掛けは、蒼い月が空に輝く夜の事だった……」

 

━━━━そう言いながら、また遠くを見るキャロルさん。見ているのは……窓の外の欠けた月?それとも……?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「パパ……パパァ……!!」

 

━━━━悲しい。悲しい。憎い。憎い……ッ!!

パパを殺した奴等が憎い!!パパが縋った奇跡を実らせなかったこの世界が憎い!!

 

━━━━あぁ。わたしは、この世界に独りぼっちになってしまった……

涙があふれて止まらない。森の中、いつかパパに肩車された仙草アルニムの群生地で、わたしはひとり。涙を零す。

 

『━━━━キャロル。生きて、世界を識るんだ。それが……』

 

━━━━焔が、視界の中で揺らめいて。

胸に、灯る。

 

「……赦せない。」

 

━━━━人が、では無い。人が無智にして蒙昧である事など、()()はとうに知っている。

知らぬが故に人は異端を畏れ、知らぬが故に人は奇跡などという綺麗事に縋りつく。

 

「━━━━奇跡が、赦せない。」

 

━━━━奇跡は、人を救わない。だってそうだろう?

パパは、奇跡を信じて人々を救ったのだ。『奇跡』が一生懸命への報酬だというのなら……それは間違いなく、パパにこそ微笑むべきものだったというのに━━━━ッ!!

 

「━━━━わたしは……()()は……奇跡を……」

 

━━━━人を救わぬ奇跡が、この世に溢れているというのなら。

()()は……この世界を……

 

 

 

━━━━漆黒の憎悪を薪として、憤怒と共に猛る幻覚の焔。

きっと、オレ自身をも焼き尽くしてしまう筈だったその焔は、しかし埒外のヒカリによって祓われた。

 

 

「━━━━アレは……流れ星……?

 ……いや、違う……流れ星は、あんなに長く瞬かない。なら……アレは、なに……?」

 

━━━━それは、蒼く輝く月からやってきた。

流星、夜を切り裂いて。凶兆の暗雲を引き裂いて。

 

空から降って来たのは、男だった。

━━━━片腕を喪った、男だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━空から、人が降って来たんですか!?」

 

━━━━荒唐無稽なお話だ。心の拠り所を喪った少女の前に現れた、謎の男性だなんて。

ある意味ではロマンチックだけど……流石に片腕となると血腥さが勝ってしまう。

 

「あぁ、そうだ。隕石のように降って来て……まったく、アイツが近くに落下して来てしまったせいでアルニムの群生地まで被害が出たんだぞ!!

 ━━━━しかも、片腕を失くしたアイツは、傷の止血もまともになされちゃいなかった。まるで、ついさっきにスッパリと失くしてきたみたいにな。

 ……だから、放っておけなかった。当時のオレは独りぼっちだったというのに、『父さんなら目の前のコイツを放っておいたりはしなかった』……なんて、まったく以て甘っちょろい考えでな……

 幸い、父さんに倣って最低限の医療道具は持ち歩いていたから応急処置は簡単だった……だが、問題はそこからだった……」

 

「━━━━問題、ですか?」

 

いったい、何が問題だったのだろうか?

 

「……当時のオレはまだ幼かった。だから、無駄にガッチリした体格で、昔には見た事もないような180は軽く超えた男を運ぶ事なんて出来なかったんだよ!!」

 

「……あ。」

 

言われてみればそうである。お父さんと一緒に暮らしていたような少女が、見た目からして成人であろう青年を運ぶなんて不可能だ。

 

「……だから、結局そのまま一晩中看病する羽目になった!!まったく!!」

 

━━━━あ、ようやく笑った?

口では青年への悪態を突きながらも、キャロルさんの口元は笑みの形を作っていた。

 

「……その人は、その後どうなったんですか?」

 

「どうもこうもない!!言葉は通じないし、当時の常識も何も知らんような異邦人、ほっぽり出した所で碌に生きていけるワケもないだろう!!

 ━━━━だから、オレはソイツの世話を焼かざるを得なかった。そんな中途半端な所で放り出したりしたら、それこそパパに顔向け出来ん!!」

 

━━━━パパ?

もしかして、キャロルさんって素だとお父さんの事をパパって呼ぶのかな?

 

「ふふっ。キャロルさんって昔から世話焼きなんですね。まるで姉さんみたい。」

 

「……フン。父さんを喪った悲しみを紛らわすのにちょうどよかっただけだ。

 それに……」

 

「それに……?」

 

━━━━楽しそうな顔をしていた筈のキャロルさんの顔が曇る。

一体、なにがあったのだろうか。それを問おうと私は問いの続きを……

 

「━━━━マスター、夜分遅くに失礼しますわ。」

 

「━━━━わひゃあ!?」

 

気配もなく、音もなく、いつの間にか現れたとしか形容出来ないその人。

自動人形と言うのだと聞いてはいるが、それでも彼女達の非人間的な動きにはどうにも馴れきれない。

 

「ファラか。どうした?」

 

「━━━━敵襲です。」

 

━━━━その言葉に、状況が一変した事を痛感する。

 

「……そうか。案外と早かったな。米国が決断するとしても明日の会談以降だと読んでいたが……」

 

「それが、レイアの偵察によりますと現地の米国エージェントへの接触の痕跡が見られないとの事で……」

 

━━━━けれど、私にはその状況が掴み切れない。

前提となる情報が足りな過ぎるんだ。

 

「━━━━なんだと?

 ……いや、十分に考えられた事か。既に状況は俺の知る情報とは様相を変えている。であれば、FISが泣きつく先が変わるのも当然、か……」

 

「そして恐らくは、人質として彼女を利用する気かと。」

 

FIS、という言葉。そして、私を人質にする気という言葉に心臓が跳ねるのが自分でも分かる。

 

「だろうな。FISはともかく、オルタネイティブ・フロンティア計画が未だ道半ばである以上、二課を黙らせる必要がある。

 そして、奴等に対してもっとも有効なのはセレナの命そのものを人質と取る事……まったく、こういう損得計算ばかり速い連中だ……それで?

 敵の戦力はどれほどだ?」

 

「━━━━近海に空母の反応が。間違いなく、七彩騎士の『虐殺旗艦(ジェノサイド・ブラックノア)』かと。」

 

「━━━━ほぅ?死の商人たるバーンスタイン家。その当主自ら出向いて来るとはな……

 ……セレナ。」

 

「……あ、は、はい!!」

 

━━━━空母!?そんな物まで使って私を人質にしようとしているの!?

あまりにもスケールが大きすぎて途方に暮れてしまう。

 

「……お前は、念のためシャトーに避難してもらう。」

 

「シャトー……って、研究所の事ですよね……?いいんですか?他人を招きたくないってさっき……」

 

「緊急事態だ、仕方あるまい。向こうではエルフナインの指示に従え。」

 

「わ、わかりました……あの!!」

 

「なんだ?」

 

「━━━━怪我とかしないよう、気をつけてくださいね!!」

 

私の言葉に、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする二人。

……もしかして、何か変な事を言っちゃただろうか……!?

 

「……く、ハハッ!!フハハハハ!!

 ━━━━あぁ。怪我一つ無くお前の基へ戻ってくると、約束しよう。

 安心するがいい。オレは貸し借りと約束にうるさい性質(たち)でな。

 ━━━━交わした約束は、決して違えぬ。」

 

「━━━━えぇ。マスターならば何も問題はありませんわ、セレナ様。そして……マスターがその威を振るうのであれば、その剣たる私が無様に敗北するなどありえませんわ。」

 

━━━━私の足元に投げ込まれる、カプセルのような物。テレポートジェム、と彼女達が呼称する物。

空間が書き換わって、私は遠く離れたシャトーという所へと運ばれて行く……




━━━━七彩騎士。米国が秘密裏に誇る最終兵器にして、米国が秘密としておきたい最大最強の問題児達。
その一つたるは『虐殺旗艦』。その一つたるは『二天一流』。
今此処に、最強と異端の激突の火蓋が斬って落とされる……!!

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