戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第六十一話 代案のリスクヘッジ

━━━━声と共に、闇の中から現れたのは、煌びやかな女だった。

黒いローブを改造したようなドレスに身を包み、豊満なバストを半分近く晒け出しながらも、下品というよりはむしろ華やかさが勝る。そんな女だ。

 

「━━━━フン。横槍が入るとすれば貴様だろうと思っていたぞ。《黄金幻夜(ザ・ナイト・オブ・ゴールド)》。」

 

「えぇ、そうよ!!だって、キャロルちゃんはウチの結社の同盟相手でもあるんだから!!

 手出し無用って耳タコなくらい言ったわよねあーし!?」

 

女は、古くより米国と契約を結んできた異端技術者であり……百年以上の過去からその座を保持する最も古い七彩騎士だとも言われている。

真偽は知らぬが、かつて革命前夜のフランスに居を構えた貴族でもあったとも。

 

「あぁ、聴いているとも。だが状況が変わった。私にとってはどうでもいい事だが……FISを脱走した裏切者達への交渉材料としてセレナ・カデンツァヴナ・イヴが求められた。

 それ故の行動だ。」

 

━━━━シンフォギアという存在そのものは、私にとってはどうでもいい。不安定かつ兵器化にも向かぬとくれば商品として売るにも困るし、かといって私が使おうにも相性の良い聖遺物が運よく見つかるとも思えない。

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ギアコンバーター。その技術に関しては興味がある。

……ともすれば、()()()を更に強固に我が物と出来るやも知れないからこそ、ロスアラモスからの依頼を受けてわざわざハワイくんだりまでやってきたのだ。

 

「……まぁ、其処に関してはあーしも口出しする気はないけれど……そういう場合もあーしを通してまず交渉の一つくらい立てなさいよね!?

 もう……お陰で地球の裏側から遥々カッ飛んで来るハメになったじゃないの!!

 ━━━━それで?もしもまだやるってんなら同盟相手として放っておけないもの。あーしも相手にしたげるけど、どうするの?」

 

「……フン。戻るぞ、イオリ。」

 

二対三、いや。今だ参戦して来ぬこの屋敷の主も敵である事は変わらぬが故に二対四の状況。

攻め込まれているのならば、王者として悠然と構えて撃退する事こそ肝要な状況だが、今は此方が攻め手……あくまでも余興である事を考えれば此処が引き際だろう。

 

「……依頼主が引くってんなら仕方ない、か……じゃあね、魔剣使いさん。

 今度立ち会ったら私が正面からその魔剣ごと叩き斬ってあげる。それまで負けないでよ?」

 

「フフ……確約は出来ませんが、えぇ。

 ━━━━こちらこそ、貴方の総てを砕き散らして差し上げますわ。」

 

火花を散らす剣士達の因縁を後目に踵を返す。

ちょうどいい。ハワイに来たからには此方での商談も纏めておくべきだろう……

 

「あ、特殊部隊の人達はどうするの?」

 

「捨て置け。始末ならどうせ奴等が付ける。」

 

「わーお、残酷ぅ。」

 

「フン!!弱者になど用は無いわ。」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━さて……見てるんでしょ?キャロル。出てきたらどうなのかしら?」

 

━━━━ルガール達が去った事を見届けたあーしは、虚空へと問いを投げる。

 

「……念話で十分だろうに、わざわざなんだ?」

 

「んもぅ!!その念話を着信拒否しまくったのはどこの誰よ!!

 ……それで?あの子、一体どうしようって言うのよ。フィーネ謹製のシンフォギア・システムを手に入れるってのはともかく、貴女ってば其処に関する研究全然やってないじゃない。」

 

━━━━六年前、米国側が強硬して行われたネフィリムの電気的起動実験。その際に死にかけたお姫様を彼女は半ば無理矢理に引き取った。

他者を近づけようともしなかった彼女が誰かの為に動く。それはいい事だと思うのだが……

その割に、合理主義を標榜する彼女が、引き取った少女を研究するでも無い、というのは些かどころではない違和感があって流石に首を傾げてしまう。

 

「あぁ……ギア・コンバーターを入手したのは単にセレナを保護した()()()だからな。オレにとって必要だったのはセレナの命そのもの……

 フィーネから買い上げた《眠り姫(スリーピングビューティー)》の動力源がギア・コンバーター式だったから、米国がいちゃもん付けない程度にギア・コンバーターを戴いただけだ。」

 

「━━━━あの子の命そのもの……?」

 

━━━━あーしの返した疑問に、露骨にしまった。という顔をするキャロル。

 

「……まぁいい。状況は既に動き出した事だし、隠す程の事でも無い。あぁそうだ。オレがあの時介入したのはセレナを死亡させない為だ。」

 

「それがなんでか……って訊いても、教えてはくれないんでしょ?分かってるわよ。錬金術師にとって自分の研究は至上命題だもの。その秘密を護るのは当然だものね?」

 

「……あぁ。」

 

「━━━━だからこそ、アルカノイズの安易な使用はくれぐれも控えて頂戴。」

 

疑問と共に牽制するのは、未だに不満そうな顔をしている蒼いオートスコアラーについての事。

 

「あぁ、分かっているとも。

 ━━━━ガリィ。アルカノイズを使うよりも先に、まずはオレを呼べ。」

 

「……チッ。はーい、わかりましたぁ。」

 

━━━━アルカノイズ。万物解剖機と造られた結社とキャロルの共同研究成果。

だが、人の身でノイズを操るその力は、如何な異端技術とはいえあまりにも強大過ぎる物……みだりに米国などにその詳細を知られてしまえば、間違いなく様々な闘争の火種になりうるシロモノだ。

それ故に、使う時は必殺で無ければならないのだが……

 

「……そういえば、どうしてあの時サンジェルマンはアルカノイズを使ったのに消耗してたのかしら……?」

 

「なにか言ったか?」

 

「あ、ううん。コッチの昔話よ。それじゃ、あーしはひとまず退散するけど……っと、そうだ。プレラーティから伝言があったんだったわ。」

 

「伝言だと?一体なんだ?」

 

「『シャトーを勝手に持って行くなど以ての外なワケダ!!手切れ金だのと伝言と一緒に要らん物ばかり押し付けて無いでさっさとシャトーを本部に戻せ!!』

 ……だってさ。なんか、面白い研究に使えそうだって閃いた矢先の事だったからすっごく怒ってたわよ?」

 

チフォージュ・シャトー。プレラーティがかつて協力者から与えられた城の名を冠する巨大構造物(メガストラクチャ)

プレラーティがキャロルの計画の為に製作協力していたのだが……つい先日、キャロルがそれを持ったまま出奔してしまったのだ。

 

「……契約書にもちゃんとシャトーがオレの所有物扱いになる事は書いておいたというに……悪いが、暫く返すつもりは無い。

 ━━━━だが、そうだな……オレの計画が完遂された暁にはシャトーを返す事を約束しよう。」

 

「あら意外。てっきり借りたら返さないタイプかと思ってたのだけれど。」

 

「……オイ。人の事をなんだと思って居るんだ貴様は……

 シャトーに関しては、オレの計画が完遂さえすれば共同管理に戻した所で問題無いというだけだ。所有権まで手放すつもりは無いから勘違いするんじゃないぞ。」

 

━━━━本当に、意外な事だ。

彼女はもっと孤高にして孤独な錬金術師だったと記憶しているのだが……どうやら、面と向かって話して見れば其処まででも無いらしい。

 

「……ふふっ。プレラーティに任せてばかりじゃなくて、あーしももっと貴女と話すべきだったかもね?」

 

「……ふん。計画が終わった後なら幾らでも話してやるさ。だが、生憎今は忙しくてな。ファラの修理もある。今日の所は空手形だけで満足して帰ってくれ。」

 

「はいはい。それじゃ、お邪魔したわね~」

 

━━━━しかし、シャトーを占有してまで成し遂げんとする彼女の計画とは一体なんなのかしらね?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━とまぁ、報告はそんな所ですよ、局長。』

 

「━━━━あぁ、分かったよ。とてもよくね。」

 

━━━━報告を聞き終える。念話を通じて。

 

『……一つ質問なんですけど。局長はどうしてそこまで、彼女に関心を持っているんです?』

 

「……あぁ。いわば忘れ形見なのさ、彼女は。ボクの友人のね。」

 

━━━━イザークという錬金術師が居た。かつての欧州に。

大いにボクの興味を惹いたのだ。彼の研究と、何よりもその理想が。

 

『……その話、初めて聞いたんですけど!?』

 

「言っていなかったからね。キミ達にも。

 ……昔の話さ。今の彼女には何の関係も無いね。」

 

語りながらに思い出す。あの日、イザークが死んだ後に結社の門戸を叩いた彼女の姿を。

 

『……だから、結社と対等に立ち回れたって事なんですか?』

 

「いいや。違うね、それは。

 ━━━━確かに約束したさ、彼女の父親と。だが……彼の身にもしもの事があった場合の保護程度の事だったのさ、その約束はね。」

 

━━━━だから約束を護る為に探しこそすれ、使命より優先する事は無かったのだ、ボクは。

 

『はぁ……まぁ、分かりました。あーしは仕事に戻りますので、コレで。』

 

━━━━切れる感覚。念話の物だ。

 

「……探るべきなのかも知れないね、彼女の事を。」

 

━━━━イザークの忘れ形見である彼女の事だ。こうして結社本部の中で考えるのは。

 

「括っていたよ。此方から干渉する程ではないという高をね……」

 

思えば幾つもあった。疑わしい所は。

だが、それを放置したのだ。ボクは。

 

「……悲願の成就だからね。最も重要なのは。」

 

━━━━神を殺す。人類のDNAの中に潜み、今も尚復活の機会を窺う旧き神(アヌンナキ)を。

ボクの悲願だ。それこそが。

耐え忍び続けたのもその為だ。五千年もの間。

 

━━━━この星に君臨する存在だった筈なのだ。完全と産まれたボクこそが。

だが、()()は捨てた。ボクを。

 

「━━━━越えなければならない。だからこそ……」

 

━━━━だが、未だ半ばだ。神を超える存在となる為の道は。

 

━━━━ティキ。アンティキティラの歯車機械を核とする、呪詛の影響を受けぬ無垢なる少女人形。

探らなければならない。その力で、神の力を降ろせる場所を。

だが、今は喪われている。ティキも、その核たるアンティキティラの歯車機械さえも。

 

「まぁ、それは任せるとしよう。サンジェルマン達に。」

 

逸れてしまった思考を戻す。その先は彼女の事。

 

「━━━━探るとすればアレなのだろうね。()()()()()こそ。」

 

━━━━それは、彼女が巧妙に隠していた秘密だ。

結社の門戸を叩く前、イザークの処刑から約一年後に彼女が造った山中の墓所。

同盟締結の為の身辺調査で見つかったその墓に特別な仕掛けなどは特に無い。ただ一つ、《隻腕の遺骸》だけが収められていた。

だが、個人の判別は出来なかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()故に。

 

「━━━━一体、何者だったのだろうね?隻腕のキミは。そして、何故……その素性を隠したのだろうね?彼女は……」

 

━━━━調べてもらうとしよう。ボク以外の誰かに。遺骸の現状の確認を、定期的に。

 

「なにかしらの動きがある筈だ。彼女の計画が動き出したというのなら……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━藤尭くん?あぁ……彼なら夜食を作るって食堂に行ったわよ。

 ようやく軌道計算の大筋が出来て、後はケアレスミスが無いかのチェックを行うだけになったから……」

 

━━━━指令室で訊いた情報に基づいて訪れた、仮設本部の食堂。

その調理スペースに彼は居た。

 

「~♪」

 

「━━━━藤尭さん、今少しいいですか?」

 

「ん?あぁ、共鳴くん。キミも夜食食べる?一人だけ食べるのもなんだし……って指令室の皆の分まで作ったら大分大盛りになっちゃってさぁ。

 話はちょっと待ってね。フライパンとか軽く洗っちゃうからさ。」

 

「あ、はい……後で戴きますね。」

 

エプロン姿がやけに似合う藤尭さんは、彼にしては珍しい事に誰かの為に料理を作っていた。

……やはり、軌道計算での連日の超過業務は超人的な情報処理能力を擁する二課指令室のメンバーと言えど厳しかったという事だろう。

 

「……よし。洗い物も終わり。それで、ボクに何の用?」

 

「……えっと、ですね。月の軌道計算についてなんですが……詳細な物が分ったら、俺に教えてもらう事は出来ますか?」

 

「━━━━……それは、具体的にはどれくらいの精度の物かな?」

 

「━━━━上を見ればキリがないですが……出来れば、月の表面構造物の位置まで相対座標として計算できるくらいの物を。」

 

……怒られるだろうか。だが、それでも俺は聞かねばならない。

━━━━この情報が手に入らなければ、世界の滅びに対抗する手段は手に入らないのだから。

 

「…………共鳴くん。正直に答えて欲しい。

 ━━━━それは、月にあるだろう先史文明の遺跡への長距離転移アプローチを行う為の情報だね?」

 

「……はい。アメノハゴロモの長距離転移機能が実際に使える事はこの三ヶ月の間に繰り返した実験と解析の結果分かっています。

 だから、月の周回軌道データと天体望遠鏡による観測結果を基に月遺跡の入り口を探し、コレを再起動させる……

 月軌道の修正まで出来るかは分かりませんが、現行技術で手の施しようがない以上、取るべきアプローチはこれしか無いと思います。」

 

━━━━それはあの日、ウェル博士から投げられた問いへの俺の答え。

世界が滅びの危機に瀕している中で俺が取ろうとした解決策だった。

 

「……率直に言うよ。あまりにも分が悪すぎる。

 もし、ボク達の軌道計算に誤差が生じていればキミは月に埋もれて死ぬ。

 仮にその通りに長距離転移出来たとしても、月遺跡がキミを歓迎するかどうかも分からない。

 ……それに何より、帰りはどうするつもりなんだい?月遺跡にて軌道修正する間中アメノハゴロモが維持出来る保証は?

 ━━━━どれか一つ上手く行かないだけで、キミは月で死ぬ。」

 

「うっ……」

 

━━━━だが、藤尭さんの指摘は的確に俺の想定の穴を突いて来る。

どれも否定する事は出来ない程重大な欠陥だ。

 

「……けど、月遺跡そのものへのアプローチ。コレは全く考えていなかった。

 確かに、月を改造したのが先史文明だとするなら、それを自在にコントロール出来るようにしておくのは当然の防衛策だ。

 直接乗り込むのは危険過ぎるというだけで、むしろ最適解かも知れない。」

 

「━━━━ですが、直接乗り込まずにどうやって月遺跡へのアプローチを?」

 

「簡単だよ。エクスドライブを使えばいい。」

 

「エクスドライブを!?

 でも、母さんはあれは奇跡的な物だったって……」

 

━━━━エクスドライブ。シンフォギアに施された各種ロックを膨大なフォニックゲインで強制解除し、限定的に機能拡張するという、シンフォギアの決戦機能の一つ。

だが、それに必要なフォニックゲインはあまりにも膨大であり、響の出力や絶唱ですらなお足りないと聞いているが……

 

「そう。確かに、絶唱ですら単独ではエクスドライブを起動するには到らない。

 けれど、ボク達は既に絶唱すら上回り、偶然の奇跡を必然の戦術に変える術を知っているだろう?」

 

「━━━━ッ!!S2CA……ッ!!」

 

「そう。S2CA・トライバーストなら一発でとは行かずとも、エクスドライブに必要とされるだけのフォニックゲインに手を届き得る出力が出せる。

 ボクの計算によれば、トライバーストで三発って所かな……」

 

「……なるほど。今は響が戦えないから使えない手ではありますが……」

 

「うん。響ちゃんを神獣鏡で治療し、奏ちゃんのガングニールを纏って貰えれば……」

 

「人の手でエクスドライブを掴み取る事が出来る……ッ!!」

 

「そう。そして、エクスドライブモードのシンフォギアなら、宇宙空間でも活動可能だ。誤差が出ても問題無い宙域に長距離転移し、エクスドライブモードのシンフォギアで月遺跡に接近……

 あとは出た所勝負になっちゃうけれど、キミのご先祖様が月遺跡から来たというフィーネ……了子さんの言葉を信じるしかない、か……」

 

━━━━相談して、本当に良かった。

俺一人の案では穴があり過ぎた。それを、藤尭さんは論理的に反論を立て、それに対する対策まで作ってくれたのだから。

 

「ありがとうございます、藤尭さん。

 ……やっぱり、貴方に相談して正解でした。」

 

「あははは……そこまで手放しに褒められるとくすぐったいね……まぁ、コレでも宇宙空間での作戦という以上はどこまでもリスクは付いて回る。

 一応司令にも作戦立案はしておくけど、コレはとっておきたいとっておきだ。月が本当に落下コースに入った場合の……そうだな。最悪の中の最善策、ってとこかな?」

 

「そうですね……まずは、現行技術で月にアプローチ出来ないかを試してみる所から。ですね……」

 

━━━━そう。まだ、俺達には出来る事がある筈だ。

米国が此処まで強硬に動いて居るからには、確かに世界はいずれ滅びてしまうのかも知れない。だけど、それはまだ確定した事では無い。

だったら、俺は最後まで世界を護る為に立ち向かいたい……手の届く総てを、決して諦めないと誓ったのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━深夜の研究室で、私は実験に掛かり切りになっていた。

 

「……ふぅ。本当に、了子さんもとんでもない物を遺してくれた物ね……」

 

━━━━RN式の再起動。響ちゃんが戦えない以上、それを補いうる戦力は必須であり……シンフォギアが新造出来ない以上、最も手頃な方策がコレだったのだ。

 

「……手頃って言っても、全然簡単な物じゃないんだけどね……

 あーもー!!そもそもなんで考古学者の私が異端技術を使った工学までやらなきゃいけないのよー!!」

 

……口ではそう愚痴を溢してしまうが、心中で思う事は真逆だ。

━━━━私がやらなければ、今の二課では誰もコレを完成させる事は出来ない。

私がコレを完成させなければ、彼女達が傷ついてしまうかも知れないのだ。共鳴が全霊を賭してでも護ろうと足掻き続ける少女達が。

 

「……だったら、私がやらなきゃよね……」

 

━━━━とはいえ、櫻井理論とはまた異なる技術体系……精神同調による聖遺物の起動というRN式の根幹理論は未だ研究も進んでいない文字通りのブラックボックス。

櫻井理論と共に全世界に公開はされたものの……RN式がシンフォギア以上に使い手に左右されるとあっては、各国も実績の見えない此方の研究に及び腰なのも頷けるという物だ。

 

「……まぁ、アレよね。二課がRN式を秘密兵器扱い出来るのだって、司令が居るからこそだし……シンフォギアと違って身体機能向上も出来ない以上は不要扱いされるのも当然よねぇ……」

 

━━━━七彩騎士辺りなら話は別かも知れないが、通常兵装と量産性を主軸とする米国のドクトリンとはやはり合わないのだろう。

 

「母さん、居る?」

 

━━━━そんな折に研究室に入ってくる共鳴。その手にはなんだか美味しそうな炒飯が乗ったトレイ。

 

「あ、うん。居るわよ。夜食作ってくれたの?」

 

「あはは……今回は残念ながら、指令室の皆の為に藤尭さんが作ってくれた夜食だよ。

 俺の夜食ならまた今度作るよ。どうせその作業終わっても色々研究はあるんでしょ?」

 

「そうなのよー……RN式の修復に、神獣鏡の文献漁り。それに櫻井理論の解析に私の本来やりたい先史文明研究まで重なって……もうタスクに埋もれちゃいそう……

 今の事件が終わったらどっかから有能な研究者が増員されたりしないかしらね~……」

 

━━━━本当に、人一人でこなせる量では無い。

そもそも研究者というのは本来一つのカテゴリに専心するものであり、了子さんのように複数の専門を総てこなすような芸当は曲芸にも程があるのだ。

 

「うわぁ……まぁ、俺からも司令に掛け合ってみるけどさ……異端技術に関する研究者なんて超貴重だし、そう簡単に増員出来たりはしないと思うけど……」

 

「わーかってるわよー……それでもやっぱり、装者の皆のバックアップも行う以上は一人じゃ限界があるわ。在野でもいいし、それこそFISのナスターシャ教授辺りでも協力してくれるなら誰でも構わないわよ。

 ……ドクター・ウェルだけはちょっとイヤだけど。」

 

━━━━彼は、やはり危険だ。

先日、響ちゃんを倒す為に彼が行った被検体の損耗を厭わないLinkerの過剰投与。確かに勝算はあっただろう。だがそれでも、オーバードーズの反動は間違いなく彼女達を蝕んでしまった筈だ。

もしもFISとの和議が成立したとしても、そんな無謀を二課で通されたとしたら……

 

「……うん。やっぱりそうだよな。」

 

「……共鳴?」

 

貰った夜食の炒飯を食べていると、それを見ながら何かを考えていた風だった共鳴がいきなりに納得の声を出す。

 

「ん、ちょっとね……明日、ちょっと行ってくる所があってさ。その関係で明日一日連絡付かないと思うけど、心配しなくていいって皆にも言っておいて。」

 

「んー、りょーかーい。」

 

━━━━どこへ行くのだろう?と少しは思ったが、息子ももう十八歳。自分の行先くらい自分で決められる年頃だ、

わざわざ問い詰める程でも無いだろう、と美味しい炒飯を食べる事に集中する。

 

 

━━━━そして、それが。私と共鳴の長い……長い別れの始まりだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━本部から自室へ戻って、明日の準備をする。

通信機は、机の上の分かりやすい所に置いておく。

明日の交渉には持っていけない物だ。

 

「……向こうから交渉の席に付いてくれたとはいえ、此方が力での制圧を目論めば……またウェル博士が杖を抜きかねない……

 そうでなくとも、向こうには神獣鏡のステルス性能がある。だとすれば……記録程度に留めて二課を極力介さない交渉を行うのが最善だろう……」

 

━━━━今日、ボランティア団体を通してFISからの交渉の提案があった。

場所は、恐らくスカイタワー。時刻は明日の正午。

俺は、迷った。二課にこの情報を打ち明けるべきかどうか。

だけど……藤尭さんと、母さんと話した事で、ウェル博士が今回の交渉にまず乗り気で無いだろうと気づいたのだ。なにせ……

 

「━━━━彼は、完璧な救済計画があると言っていた。もしかしたら青図面かも知れないけれど……そんな状況なら、FISがわざわざ交渉の席を向こうから設けてくるワケが無い……」

 

━━━━つまり、ウェル博士の計画が頓挫したのか、或いは、FIS内部での分裂があったのか……

 

「……いずれにせよ、ウェル博士が好意的に交渉に臨むとは思えない……」

 

だからこそ、彼を刺激するような行動は避けなければならない。

彼が関与しているのかは分からないが、スカイタワーという場所は常日頃人が集まる場所であり、もしもノイズ出現等という事態になれば大規模な事故となりかねない。

 

「……責任重大、だな……」

 

━━━━けれど、交渉が進められれば、神獣鏡のギアを使って響を助けてやれる。

 

「……なら、やるしかないよな……!!」

 

━━━━決意を新たに、俺は明日を待つ。

 

 

━━━━その選択こそが、俺に新たな後悔を刻み込む原因だという事も、未だ知らないままで。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ネフィリムの覚醒心臓より細胞サンプルを抽出する。

 

「……やはり、Linkerが無ければ細胞単位での活動は起きない、ですか……」

 

━━━━口に出すのは、とうの昔に辿り着いていた仮説の証明。

天才であるこのボクにとって、脳内でシミュレートするなど容易い事であり、予想外の乱入さえ無ければ何事もボクの思い通りに行くのだ。

 

「……そう、予想外でしたよ……アンタがそこまでタヌキだったとはね……」

 

━━━━ボクを偽りのフィーネで呼び寄せた事。それはもうどうでもいい。

そのお陰で世界を救うなんていう英雄に相応しい大業に関われたのだから。

だが、ボクの計画を邪魔している事については話が別だ。

 

「━━━━世界を救うのは、ボクだ。二課のあの男でも無ければ……勿論アンタ等でも無い……

 フロンティアの浮上が齎す新たな秩序の頂点に立ち、飽くなき夢を見せつけるのは、ボクの役目だ。」

 

━━━━月の落下を止める事など不可能だ。

現状、この世界にあるモノでは世界は救えない!!

だから、世界をフロンティアという新たな地平へと移さなければならない……それこそがフロンティア計画!!

 

━━━━だったら、そんな革命的闘争を起こしながらも血を流す気が無いFISの連中なんかに新世界を任せては居られない!!

大鉈を振るい、人類の大改革を成し遂げるのは、このボクだ……ッ!!

 

「━━━━そう、コレはその為に必要な道具……」

 

━━━━机の上に用意するのは、()()()()()()()()と、()()()()()

 

「……この二つがあれば、FISの甘ちゃん共は好き勝手に動けなくなる。どうせ、()()()はもう要らない手駒ですからね。再利用できてありがたい話です。

 あとは、神獣鏡のシンフォギアをどうにか高出力で運用する方法だが……」

 

━━━━機械的な起動では封印を出力が足りないというのなら、出力が足りるように運用してやればいい。

……で、あれば。まず以て神獣鏡のシンフォギアの適合者を探すのが一番だ。

シンフォギアの適合係数に奇跡などが介在する余地はない。総ては先天的な聖遺物とのマッチングと、()()()()()の複合だ。

他者の為に何かを為さんとする想いの基に脳内のニューロンが産み出す電気的信号こそ、適合係数の正体だ。

 

「━━━━で、あれば。現状において正式な装者以外で最も適合係数の高まるだろう存在は必然と絞られる……」

 

━━━━タブレット端末に彼女の情報を映し出す。

命の危機に瀕している融合症例・立花響の親友にして、彼女の事を最も近くで見続けて来た存在……

 

━━━━小日向未来、ただ一人しか居ないだろう。




━━━━天を摩する楼閣に想いは集い、世界を護らんと意を重ねる。

そこで明かされるのはあの日の深層、真相に届かなかった後悔の残響。

そして、無常なまでに総てを砕き散らす号砲は鳴り響く。
悪魔が来たりて笛を吹き、少女は歌を胸に構える。

━━━━あぁ、どうして私は、今の今まで、本物の覚悟を握れなかったのだろうか。

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