戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第六十三話 擦過のスタートポイント

「━━━━うわぁ……!!覚悟はしてたけど、やっぱりたっかいなぁ……!!」

 

━━━━地上から約450m。

天望回廊というなんだかカッコいい名前のこのフロア。その入り口の案内板に書いてあった数字を思い浮かべながら見る景色は、まさに絶景という言葉が似合うものだった。

 

「うん……すっごいね……どこまでも見えちゃいそうなくらい……」

 

「……なら、リディアンとかお兄ちゃんのお屋敷とかも見えるかな?」

 

「あはは……流石にどうだろうね……間に山だってあるんだし、流石に肉眼で見える距離かなぁ……?」

 

「うーん……えーっと……あ、あった!!ほら未来!!あっちの方、お兄ちゃんのお屋敷は山の上だから見えるよ!!」

 

━━━━そう言って、指さす先に小さく、本当に小さくだが見えるお屋敷の屋根。

……だけど、未来は不思議そうに首を傾げるだけ。

 

「……えーっと、どこの山?私にはどれも同じに見えるんだけど……」

 

「えー?アレだよアレ!!うーん……ホントに見えないの?」

 

「疑ってるワケじゃないけど……軽く十キロ以上先となると流石に豆粒にしか見えないよ……響ってば、ギアを纏うようになってから目も良くなったの?」

 

━━━━未来の言葉に、何故か、ふと思い出してしまう。

この前、ウェル博士が町中で暴れたあの日……前までなら走り抜ける車の運転手の顔なんて判別出来なかった筈なのに、何故か黒服さん達だと気づけた事。

……もしかして、コレも融合症例の……?

 

「……アハハ!!そうなんだ~!!師匠が『見切りこそ受けに回る際の基本動作だ!!弾き、逸らし、攻撃の後に必ず出来るその隙を突けッ!!』って言って視力を鍛える修行もしてくれてさ~」

 

ウソでは無い。そうして見切る為の動体視力修行と称して全方位からのゴム弾掃射に対するディフェンス特訓が行われたのは記憶に新しい話。

……けれど、動体視力と遠くを見る視力ってやっぱり違う物だよね?今日を楽しむと言った手前、未来を心配させちゃいけないからって誤魔化しにかかっちゃったけど……バレてないよね……?

 

「……弦十郎さんの修行が厳しい事は知ってたけど、そんなに色々変な事してたんだ……」

 

「そうそう……効果は折り紙つきなんだけどね……」

 

気付かれなかったみたいでよかった……

備え付けの望遠鏡だったら見えないかな?でも、これ以上藪蛇になりそうな遠くを見る話を振るのもなぁ……

 

━━━━そんな私達の日常を掻き乱す、腹に響く重低音と振動。

 

「━━━━ッ!?」

 

「えっ!?なに!?」

 

それが爆発の物だと分かるのは、シンフォギアを纏って戦ってきた経験ゆえ。

そして、同時に……緑のヒカリと共に出現する、数多の飛行型ノイズ達。

 

「━━━━オイ、あれ……ノイズじゃないかッ!?」

 

「逃げろォ!!」

 

間違いない。ウェル博士がソロモンの杖を抜いたんだ……ッ!!

逸るココロが駆けだそうと足を上げさせる。間違いなくトップスピードに乗る筈だった私の身体は、けれど、隣に立つ未来に引き留められる。

 

「━━━━行っちゃダメ!!行かないで!!」

 

「未来……」

 

私がギアを纏ったら危険な事。

……そして、私がそれを承知の上で今、走り出そうとしていた事。

 

「この手、絶対に離さない!!響に戦って欲しくない……!!遠くに行ってほしくないから……!!」

 

━━━━最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。

未来は、私の眼を見て、その強い想いをぶつけてくれた。

 

……あぁ、そうだ。と思い出す。

二年前のあの日、ライブ会場の二階席で、命を懸けて突っ込んでいったお兄ちゃんの姿。

━━━━そして、それを心配する事しか出来なかった、弱い私。

 

「……未来……ゴメン。

 目の前でノイズが出て来たら……ギアを纏ったら死んじゃうかも、とか全部吹っ飛んじゃって……

 ……よし!!皆の避難誘導をしながら、二課に連絡しよう!!

 たとえギアを纏えなくても……私達にはきっと、何かが出来るから!!」

 

━━━━二課の皆なら、きっとすぐに駆けつけてくれる筈だ。

だから、私はそれまでに出来るだけ多くの人を助けたい。

あの日と同じく、纏う力も無い弱い私だとしても……出来る事はあるんだって。

未来に止めて貰った事でちょっとは冷静になった頭で思いついたのは、お兄ちゃんのボランティア団体がやっていた事。

 

「響……うん、分かった。響に居なくなって欲しくないのは私のホントの気持ちだけど……

 その為に誰かが犠牲になったら響も傷ついちゃうって、分かってるから……」

 

「う……ぅぇーん!!おがぁぁぁざぁぁぁん!!どこぉぉぉぉ!!」

 

思い直した私と未来の耳に届く声。涙と、寂しさと、悲しみがごちゃ混ぜになった幼い叫び。

 

「ッ!!あの子、お母さんとはぐれちゃったんだ!!行こう、未来!!」

 

「うん!!」

 

━━━━絶対、諦めない。諦めるもんか。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「コッチだ!!下の階へ早く避難を!!」

 

━━━━上層階からの脱出を試みる俺達の前に現れたのは、米国特殊部隊だけでは無かった。

機密情報を取り扱うデータセンターであると同時に、有名な観光スポットでもあるこのスカイタワー。

……当然ながら、襲撃が起きるなどとは露知らず、日常を謳歌していた人々が大勢居たのだ。

 

「撃てッ!!」

 

━━━━だが、敵はそれを待ってはくれない。突撃小銃(アサルトライフル)から砲火を放つ。

 

「━━━━くそッ!!」

 

━━━━返奏曲・縦横無尽━━━━

 

その弾丸の雨霰自体の脅威度は其処まででは無い。いや、フォニックゲインによって糸の限界長がほぼ無くなって居なければ尻尾を巻いて逃げ出すしか無かっただろうが……

此処には歌がある。だから、それは問題では無いのだが……

 

「……これだけの一般人を背負ったままでは、進退もままなりませんか……!!」

 

「クッ……!!早く逃げて!!奴等の狙いは私達!!私達が此方のエレベーターに奴等を引き付けるから、その隙に順路を通って下のフロアのエレベーターから脱出して!!」

 

「は、はいィ!!」

 

「……とは言ったものの、どうしたもんかねコレは……!!」

 

「……マリア、避難する人々を一方に集めた以上、我々のエレベーターでの脱出は不可能と考えていいでしょう。此処は危険ですが、奴等を上の展望回廊まで引き付けた上で一気に外から降りてしまいましょう。」

 

「エレベーターを超えるスピードで上下に揺さぶれば、奴等とて追っては来られない……分かったわ、マム!!

 天津共鳴!!聴いていたな!!私が道を開く!!━━━━付いて来なさいッ!!」

 

「了解!!後詰めは任せてくれ!!」

 

弾幕の如く追加され続ける弾丸を縦横無尽に弾き返し、向かってくる弾丸に返した弾丸を当てて密度で抜かれないようにと攻勢防御をしながら、俺もまたマリア達の提案に乗る事を決める。

どの道、このまま物量で押し込まれれば不利なのは時限式な此方。ならば、乾坤一擲に賭ける価値はある筈だ。

 

「ハァァァァッ!!」

 

マリアが通路天井を貫く裂帛の気合いを聴きながら、俺もまた撤退の為の準備を進める。

 

「━━━━弾丸だけじゃないオマケ付きだ……!!持ってけ泥棒ッ!!」

 

━━━━弾き返す弾丸と共に投げつけられたそれは、オマケというにはあまりに巨大過ぎた。

大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。

その正体は……通路壁面に据え付けられたベンチ。それをアメノツムギで壁面から分離する事で即席の破城鎚(バンカー)として蹴り出したのだ……ッ!!

 

「うわぁ!?」

 

「ぎゃあ!!」

 

「━━━━じゃあな!!」

 

その強度自体は盾となる程では無いし、勿論アサルトライフルの火力ならば撃ち抜く事は出来るだろう。

だが、その質量は紛れも無い本物であり……ボディアーマー程度では耐えきれない衝撃を齎す物理攻撃となるのだ。

 

そして、その猛威を前に兵士たちが怯んだ一瞬の隙を突き、マリアが開けた風穴の中へと飛び込み、破壊の跡を足場に駆け上がる。

……展望回廊にも人は大勢居ただろう。その人達は、逃げ切れたのだろうか。

頭をちらと過る最悪の想像を振り払うように、俺は……展望回廊へと辿り着いたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━全く、貧乏籤ばかり引くもんだ。

ぼやきながら駆け抜けるのは、崩れゆく第一展望台の外縁部。

 

「ノイズが出現した以上はぁ即時撤退がベターだろうに……全く、あん時ふん縛るだけじゃなく、そのまま本国に送り返しておけば良かったぜぃ……」

 

通信機の向こうから聴こえるのは、正式な手順に則って俺に代わって現場指揮権を得た男━━━━前回の襲撃の際に一人だけ生き残ったバカ野郎、の怒号そのものな指示の声。

 

「……ったく。本国にチクって土壇場で指揮権をもぎ取るたぁねぇ……七彩騎士が部隊の連中から嫌われてるってのは分かっちゃ居た、が……ッ!!」

 

━━━━扉を蹴り開けながら辿り着くのは、先ほどの会議室からは逆方向の外周通路。

 

「……やっぱりな。ラズロ。一応聞くが、ドクターの位置は割れたか!?」

 

俺達米国特殊部隊を狙ったノイズの強襲。恐らくはタワー内部では無いキロ単位の先から行われたであろうその狙撃めいた襲撃。だが、それも完璧な物では無かった。

初撃の階下からの強襲、それは間違いなく必殺を期した物。だが、その後のノイズの攻撃は散発的な物……

それどころか、去り際に()()時には、味方である筈のマリア・カデンツァヴナ・イヴやプロフェッサー・ナスターシャまでもがノイズに狙われていた。

 

『ちょっと待ってよ!!流石にスカイタワーの周囲全部の建物のカメラを確認するのはプログラム走らせてもまだ三分は掛かる!!』

 

「安心しろぃ!!朗報だ!!ドクターが陣取ってやがるのは間違いなく俺達が突入した会議室がある東側!!それもちょいとぉ遠い側から探ってる筈だ!!そっちを優先してくれぃ!!」

 

『根拠は!?』

 

「今西側に来た所だが、東側に比べて明らかにノイズの数がすくねぇ!!ただ俺等を全滅させるだけならスカイタワーを包囲しちまえばいい!!

 それをしないって事は、何らかの目的があってドクターが目視できる範囲からノイズを操作してるってこったろ!!

 俺ぁこのまま脱出するから引き続き探っといてくれ!!」

 

『根拠うっす!!でも分かった!!東側主体でサーチする!!ってか脱出ってったってどうすんのさ!?エレベーターはアイツの指揮下で動かしてるし、パラシュートなんてご丁寧な物持ってないでしょ!?』

 

━━━━ラズロに個人的な推理を告げながら、片手に担う小激(ベガルタ)の弾倉を確認する。

込められた弾丸は六発。突入用のスラッグ弾(マスターキー)、同じく突入用の超振動弾━━━━ガラス破砕用の物だ。

そして、()()()の爆圧弾━━━━圧縮空気を破裂させる事で耳を奪う物。催涙ガス弾、照明弾。

最後の一発はとっておきの大切弾(スラッシャー)━━━━内部に仕込まれたジャイロソーサーで当たった対象をズタズタに引き裂くシロモノだ。

対アメノツムギ用にと用意していた物だが、まぁ徒労になってよかったと言うべきか。その順番を頭に叩き込む。

 

「━━━━ハッ!!パラシュートなんて不要だ……ぜッ!!」

 

━━━━ノイズの襲撃と爆発によって、高層建築用の特殊ガラスといえどもその耐久力は大きく減じていた。

だからこそ、鍛え上げた肉体一つあれば枠から外してぶち抜く程度はワケは無かった。まぁ、落下物は危険だが、どうせ避難は始まっているだろう。それでももし当たったら……運が無かったと悔いてくれ。

 

『━━━━はぁ!?まさか、飛び降りるっての!?いやいやいやいや!?流石に人間的に無理でしょ!?』

 

「ハッハッハ、安心しろィ……勝算は、あるッ!!」

 

━━━━跳び出すのは返答と同時、こういうのは思い切りが最も大事だからだ。

 

『ウッソォォォォォ!?』

 

「さぁ……釣られてくるのはどれくらいだ……?」

 

━━━━ロングコートが風にはためく中、見上げるのは、天上。

外周を周遊していた飛行型ノイズがどうやってか此方を見分け、ドリル状の形態になって飛び込んで来る。だが……たったの数匹程度。コレなら問題はない。

あぁ、何も問題はない。だからこそ、見つめるのは落ちる先。恐らく止まっているだろうエレベーターを窓の中に探す。

 

そして、同時に。

 

━━━━引き付ける。ノイズは位相差障壁によって物理攻撃の影響を減衰する。

━━━━引き付ける。だが、此方に攻撃する瞬間……即ち今だけは話が別だ。

━━━━引き付ける。俺を炭へと変えてしまう為に、ノイズはこの世界に()()()する……ッ!!

 

「━━━━あばよ、化け物。」

 

彼我の距離など読んでいる。脇下を潜らせ、覗いた銃口が砲火を放つ。黄槍(ガボー)の一撃が実体化して迫っていたノイズを引き裂き、消滅させる。

 

「よし、見つけた!!」

 

風を割いて落ちて行く中で、遥か下方のタワー内に見つけたのは、ガラス張りの中を下って行くエレベーターの姿。

 

「さぁ……頼むぜ、ベガルタァァァァッ!!」

 

初撃、斜め下方に向かって放つのはスラッグ弾。モラルタに匹敵するその一撃は慣性の法則を無視して俺の落下を押し留め、緩やかな回転まで巻き起こす。

次撃、タワーの窓に向かって放つのは超振動弾。ガラスのような硬質構造物を破砕する為の特殊弾頭を未だ遥か下方にある窓を撃ち破る為に叩き込む。

三撃、俺の急激な軌道変更に惑わされて俺を貫き損ねて下へと抜けた残りのノイズ達の頭上を取るように爆圧弾を放つ。

 

━━━━そして、爆裂。耳を塞ぎ、一瞬だけ眼も塞いで衝撃に備える。

狙い通りに、人間すら吹っ飛ばすほどの爆圧は俺と下へと抜けたノイズ達を襲い、それぞれをそれぞれの方向に弾き飛ばす。奴等は下に、俺は横に。

 

「ハッハァ!!ビンゴ!!」

 

二回の軌道変更によって、真下に落ちていた俺の身体は今や真横へと吹き飛んでいる。

その先にあるのは、先んじて撃ち込んでおいた楔の入った窓。

 

━━━━そして、ガラスの割れる甲高い音と共に、俺はタワー内部へと再突入する。

 

「ガッ!!はッ……!!」

 

だが、やはり無茶ではあったのだろう。(したた)かに内部の非常階段に強かに打ち付けられる衝撃が身体を貫く。

 

「ゲホッ、ゲホッ……あぁー、まったく。鍛えてなきゃ即死だったぜ……」

 

だが、コレで終わったワケでは無い。まだ、ノイズを振り切ったワケでは無いのだから。

 

『━━━━マジかよ……マジでノーロープバンジーから生還しやがった……』

 

「ゲホッ……それよりドクターだ!!アイツは見つかったか!!」

 

『あ、あぁ!!こっから東に約500mのカフェ!!けど……』

 

俺の催促に応えるラズロの言葉は、何故か歯切れが悪い。

 

「一体なにが……ッ!!」

 

その続きを聴くよりも速く、俺は非常階段の内側……エレベーターシャフト内部へと身を躍らせる。

 

「お呼びじゃねぇんだよノイズ共ッ!!」

 

着弾の瞬間を逃さず、一発。

先ほど通り過ぎ、爆圧から逃れて戻り来た二体がそのカウンターで消滅する。

 

「だッ……!!っ痛……」

 

「ヒィッ!!な、なに!?なんなの!?」

 

だが、身を投げた代償は大きい。停止したエレベーターの上にまたも叩きつけられたこの身は流石にすぐには動けそうに無い。

━━━━そんな俺に狙いを定め、窓の外から迫りくる飛行型ノイズ。

 

「なめ、るなぁ……ッ!!」

 

当然、その程度で殺されてやる気など毛頭ない。最速でベガルタのリボルバーを二つ回し、あらかじめセットされた切り札(ジョーカー)を放つ。

 

「大、切、弾……ッ!!」

 

ライフリングの回転で展開されたジャイロソーサーは狙い過たず、()()()()()()()()()()()()()()()()に直撃し、一撃で切り裂く。

 

「ぐ、おぉ……ッ!!」

 

「きゃあああああ!?」

 

必然、吊り下げられていたエレベーターは自由落下を始め……

 

「オラッ!!鴨撃ちだ!!」

 

俺という狙いを外した最後のノイズは壁を突き破り、俺の構えたガボーの制圧圏へと入り込む……!!

 

撃ち出された散弾によって消え去るノイズを見届けると同時に、下から突き上げられる衝撃。

 

「ガハッ……あー、クソ。やっぱ日本製は安全基準たけぇな。まさかここまで早くブレーキ掛かるとは……ゲホッ……

 おいラズロ!!ようやく危険域は脱した!!それで、ドクター・ウェルはどこに居るんだ?」

 

『居たんだけど……居たんだけど、ちょっとマズいかも知れない……まず結論から。奴には逃げられた。オッサンが飛び降りて再突入した段階で奴はさっさと逃げ出した!!

 オッサンの狙いがドクターだとバレたっぽい!!』

 

「ハッ!!そりゃまた……逃げ足の速いこって……んで?マズいって、何がだ?」

 

『━━━━奴は、ドクター・ウェルは……ネフィリムの融合症例を実現してる。』

 

「━━━━なん……だと……?」

 

━━━━俺達の想像を遥かに超えた事態が今、まさに動き出そうとしていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ほらほら……男の子が泣いてちゃみっともないよ?」

 

「皆と一緒に避難すれば、お母さんにもきっと会えるから大丈夫だよ。」

 

「うん……ぐすっ」

 

泣きじゃくる男の子を宥めながら、私達もまた、避難の為に非常階段へと向かう。まだノイズは此方に気付いていないようだけど……

 

「大丈夫ですか!?早くこっちへ……貴方達も急いで避難を!!」

 

「はい!!」

 

そんな中で駆けつけてくれたのは、避難誘導をしていた職員の人。躊躇いなく男の子を抱え上げて、その命を救う為に走り出す。

……お兄ちゃんみたいだな、って。その背中を見て少し思う。でもきっと、誰もがそうなのだ。

誰かの為にって頑張って、少しの勇気を振り絞って、理不尽に少しずつでも立ち向かう。

 

━━━━だから、それに気付けた事が、私の勇気。

 

「━━━━ッ!!危ない!!」

 

「わっ!?」

 

ノイズが遂に展望回廊に突っ込んで来て、天井が崩れて来たんだって。気づけたのは、響を庇ったその後で。

 

「わ……ありがと、未来……」

 

「どういたしまして。あのね、響……」

 

だから、事此処に到って、私はようやく気付いたのだ。私が本当にしたかった事。かばんに隠した、本当のキモチに。

 

━━━━けれど、残酷は不平等に誰にも降りかかって来てしまって。

 

「きゃあッ!?」

 

「うわっ……わぁ!?」

 

なんて、運が悪いのだろうか。私と響、逃げ込んだ足場が外側に崩れてしまいそうになるだなんて……!!

 

「━━━━響!!」

 

落ちてしまう。響が。

そう思った時には、既に身体は動いていた。

けれど、それでもギリギリ。響の左腕だけしか掴めない。

どうして……!!どうして私には、こんな時に響を助けてあげられる力が無いの……!!

私だってリディアンに入学出来たのに!!私だって、この歌に力がある筈なのに……!!

 

━━━━どうして、響を救ってあげられないの……!!

 

「未来!!ここは長く保たない!!私の着地は大丈夫……ちょっとくらいならギアを纏っても大丈夫だから!!

 ……だから、未来は早く避難して!!」

 

━━━━けれど、私の大好きな親友は、こんな時でも自分よりも他人を……いや、私を心配してくれる。

それが嬉しくて、でも悲しくて。

 

「━━━━ダメ!!私は……響を護りたい!!ううん……響を救ってあげたい!!苦しんでいる響なんて、私は見ていたくないの!!」

 

叫ぶ。私の想い。

 

「未来……ねぇ、未来……いつか……いつか、私が本当に困った時、未来に助けてもらうから……

 今日はもう少しだけ、私に頑張らせて?」

 

握っていた響の手が離れる。ダメだ。このままでは響の体重が支え切れない。

 

「私だって、助けたいのに……!!」

 

「……もう、十分助けられてるよ。」

 

━━━━指をすり抜ける、キミの左手。

あぁ、コレが、逃れえぬ擦過の始まり。何故か、そんな予感が確かにあって。

 

「響ィィィィ!!」

 

━━━━落ちていく。響が、落ちていく。どこまでも、落ちていく……

 

「う……ああ……うああああああ!!」

 

涙が溢れる。溢れて溢れて、止まらない。

 

「━━━━未来ッ!?どうして此処に!?」

 

━━━━そんな折に後ろから聴こえて来たのは、今一番聴きたくて、今一番聴きたくない人の声で。

 

そこには、過たずにお兄ちゃんが立っていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はァァァァ!!」

 

━━━━優に100m以上を貫いて、展望回廊へと突き抜ける。

だが、此処もまた、焔に燃えていた。そして、その中で崩れ落ち、涙を流す少女がただ一人。

 

「あの子は……」

 

「未来ッ!?どうして此処に!?」

 

━━━━あぁ、そうだ。リディアン音楽院の生徒の一人にして、立花響と天津共鳴に最も近い少女。

小日向未来が、其処に居た。

 

「おにい、ちゃん……」

 

━━━━その涙が、この焔が、あの日の幻に重なってしまう。

 

「……天津共鳴。まずは脱出だ。殺したくないのならば、決して離すな。」

 

……どうして、そんな発破を掛けてしまったのか。

言うまでも無い。セレナを、重ねてしまったのだ。あの日、命を歌った、今もこの空の下に居る筈の少女を。

 

「……あぁ!!未来!!手を!!」

 

「あ……うん!!」

 

繋いだ手と手、抱き留められた少女の安心した姿に、コレで良いのだとホッと胸をなでおろす。

これでいい。此処から脱出すれば、私達はドクターを説得して二課との協力を目指すのだから……

 

「行くぞッ!!」

 

「分かってる!!」

 

それぞれがそれぞれの大事な人を抱えて、展望回廊から飛び降りる。そして、第一展望台の上部へと着地する。

 

「……ここでお別れかしらね。」

 

「えぇ。一度仕切り直してからもう一度……」

 

『━━━━その必要はありませんよ、マリア。』

 

天津共鳴へと別れを切り出した私の耳朶を打つ、ドクターからの通信。

 

「ッ!?ドクター!?何を言って……」

 

『天津共鳴に私からの要求を伝えてください。なぁに、簡単な事です。

 ━━━━小日向未来の身柄を此方に引き渡してくれれば、それだけでいい。』

 

「なッ!?」

 

━━━━いきなり何を言いだすのだ、彼は!!

この場に来ていきなり、先ほど交わした約束を反故にして、ただ一人の少女を手に入れろと!?

 

『……はぁ。いちいち復唱してもらって伝えるのも面倒です。手短に説明する為にスピーカーを使わせてもらいますよ。』

 

「ドクター・ウェルが、なにか言ってるんですか?」

 

私の狼狽に異常を感じたのだろう。心配して私に訊ねてくる天津共鳴。

ダメだ。逃げろ。と、そう伝えるべきなのに、ドクターが通信をスピーカー形式に切り替える展開の速さに私の思考は付いて行けない。

 

『━━━━えぇ、そうですよ。天津共鳴。此方から、ちょっとした要求の上積みをさせてもらいたいという、ただそれだけの話です。』

 

「……交渉に乗る事には納得してもらったと、ナスターシャ教授からは聞いていましたが?」

 

『はンッ!!状況が変わった……いいえ、変わるのですよ!!ナスターシャ教授が二課に協力を要請したのはあくまでも()()()()()()()()()()()()()()()!!

 ━━━━ならば、それをひっくり返す手があれば話は別ってワケですよ!!

 その為に……小日向未来。彼女の身柄を此方に引き渡してください。』

 

「私……?」

 

「━━━━何故、そんな要求に従わなければならないッ!!俺が交渉したのはあくまでもナスターシャ教授だ!!アンタじゃないッ!!」

 

『ハハハハハ!!予想通りの反応をありがとう、天津共鳴!!キミならそういうだろうと分かっていましたよ!!

 ですが安心してください。彼女の身柄をそのまま預けるだけでは貴方も納得出来ないでしょう?だから、貴方も我々FISの本拠にお招き致しますよッ!!』

 

━━━━コイツは、一体何を言っているのだッ!?

急に小日向未来の身柄を要求して此方の交渉を無に帰すような厚かましさを出したかと思えば、天津共鳴を招き入れるだと!?

 

「ドクター!!一体何を言っているッ!?我々は交渉を……」

 

『そんなんじゃ生ぬるいって言ってるんですよ、ボクは!!

 えぇ。分かっていますとも。このままでは貴方達へのメリットが何も無い。だって身柄を拘束されるってのはデメリットですからねェ!!

 ━━━━ですので。この交渉に応じて戴けなければ、立花響を殺します。』

 

━━━━瞬間、この場の張り詰めていた空気が凍り付いた。

 

「━━━━ふざけるなよ、ドクター。次にそれを口にしてみろ。交渉は決裂になるし、貴様も俺が必ずブッ飛ばす……!!」

 

『ハハハハハ!!ヒーッハハハハハ!!出来るんですかァ?二十四時間ゥ?立花響の周りに何度でも、何度でも、そう、な・ん・ど・で・もッ!!

 無限に、無窮に、無尽に溢れるノイズをォ?貴方がァ!?』

 

「待て……待て、ドクター……それは、それは唯の脅しだ!!交渉ですら無いッ!!」

 

スピーカーの向こうから聴こえてくる狂気の嘲笑。その言葉、到底承服しかねるものばかりだ……!!

 

『ヒーハハハハハハ!!なに言ってんですか!!ボク達はテロリストなんですよッ!!使える物なんでも使ってェ!!ヒーロー様が護らなきゃいけない日常踏み躙ってェ!!

 その上で自分の大事な大事な要求を無理くりにでも通そうとッ!!そう思うから!!ボク等はテロに走ったんじゃあ無いデスかァン!?』

 

「それ、は……」

 

━━━━それは、私が背負いきれなかった責任の重さ。

突きつけられたのは、この状況を私の甘さが招いたという事実。

 

「━━━━狂ってる……ッ!!」

 

「……お兄ちゃん。私、受けるよ。」

 

混迷する状況を切り裂いたのは、その眼に決意を宿した少女の言葉。

 

「なっ!?未来!?」

 

「……私が行かなかったら、響はいつまでも日常に戻れない……だったら、私が響を救う!!私が行く事で響が救われるのなら構わないッ!!

 止めても無駄だよ。襲われ続けたら響の身体は皆に護ってもらえても、響の心が保たないって、お兄ちゃんも分かってるでしょう!?」

 

「………………はぁ。分かった。納得は全然出来てないし、未来が居ない日常なんて響は望まないと俺は知ってる。

 ━━━━けれど、響の心がこのままじゃ護れないって事も、分かってる。だから代わりに、俺も付いていく。」

 

『結構!!でしたらマリアに案内してもらいましょうか!!我々の本拠へねェ!!』

 

「クッ……ドクタァァァァ!!」

 

『ハハハハハ!!何を猛っているんですかマリア!!ボクはキミ達の救済を叶えてあげようとしているだけですよッ!!

 ヒャハハハハ……イヒャーッハハハハハァ!!』

 

それきり、切断される通信。

そして、圧殺するかのように眼下に溢れ始めるノイズ達。

思わず、握った手に力が籠る。

 

「……すまない。非力な私を許してくれ……」

 

「……いや、今はいいさ。まずはそちらに赴こう。

 ……その上で、ドクターの要求がアホらしかったらブン殴って止めればいい。」

 

「……えぇ、そうね……ありがとう。脅した私が、脅された貴方に慰められるだなんて、変な感じだけれども……」

 

━━━━こうして、私は小日向未来と天津共鳴を(かどわか)した。

この決断もまた、私の過ちの一つだったと気付くのは……まだ、先の話だ。




キミの手から零れ落ちた、私の力。
けれど、それはキミに届く事無くか細く消える。

少しずつ、狂い、軋みをあげていく歯車の異音。
掻き消すように、砲火を鳴らすキミの背を、それでもそっと押す物は何なのか。

━━━━仄暗き人の執念の汚濁より現れるは、何物を犠牲にしたとても世界を救わんとする歪んだ英雄譚。
英雄と英雄が交わる時……其処には、必ず激突があった。

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