戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第六十六話 誘惑のヘクセンマイスター

「……どうすればいい。ウェル博士の策を覆すには……」

 

エアキャリア自体の部屋数が少ない為か、(天津共鳴)に独房代わりに宛がわれたのは先ほどウェル博士に論破された側舷の部屋だった。

……俺を客人扱いすると言う、その言葉に嘘は無いのだろう。だが同時に、俺と未来を引き離す事も狙いだと今なら分かる。

 

「……一体、ウェル博士は未来に何を見出しているんだ……?

 未来は適合者じゃないんだぞ……?」

 

━━━━そう、立花響が元々は適合者では無かったように。

未来がリディアンの中等部に編入したのは、俺の考案したノイズ被災者支援のボランティア活動の一環だ。

だから、本来ならば未来はリディアン音楽院に入学する事だって無かった筈だし、身体検査の結果でも適合しうる程のフォニックゲインを発する事は無かったのだ。

 

「……ダメだ。まるで分からん。

 ━━━━だが、ウェル博士がわざわざ俺という異物を伴わせてまで未来の確保を狙った以上、無関係という事はない筈……考えろ……考えろ、天津共鳴……」

 

━━━━そもそも、こんな事態を呼びこんでしまったのも俺の短慮が原因の一端にあるのだ。

もっとよく考えて二課の皆と相談していたのなら……二課のバックアップによって米国側の動きに対処する事だって出来たかも知れない。

 

「響への釘刺し……?いや、そもそもウェル博士は響を襲撃する事を俺達への脅しに使った……つまり、響の動向自体はどうでもいいという事だ……」

 

勿論、響を狙い続けるという脅しがブラフという可能性もある。むしろ、響が二課に保護される可能性が高い事を考えれば現実的な案とはとても言い難い。

……だが、こと未来を狙うという一点においては間違いなく最高の一手だ。未来が護りたいのは響の命と、その日常の両方なのだから。

その事が示すのは、一つの予測。

 

「……ドクターは最初から未来を狙っていて……あの場で脅しをかけてまで未来を回収したのはただ計画を繰り上げただけ……って事か?」

 

━━━━だが、それは結局現状に一貫した理屈が付くだけの結論だ。

結局、《なぜ?どうして?》の答えは見つからない。

 

「……寒……」

 

十一月半ばに差し掛かろうとする夜の、毛布一枚の独り寝。その環境は否応なしに考えを巡らす俺から体力を奪っていく。

 

「未来は寒がってないかな……格納庫、もっと寒いだろうけど……」

 

「━━━━毛布は渡しておきました。暖房については、申し訳無いですが……」

 

「ナスターシャ教授……すいません、気遣って貰って……」

 

誰にも届く事無く消える筈だった呟きを拾い上げたのは、入室して来たナスターシャ教授だった。

 

「……謝罪すべきは、本来此方なのです。気にする事ではありません。」

 

だが、その表情は暗い。それはそうだろう。起死回生を狙った一手は数多の横槍に阻まれ、手折られてしまった。

……しかも、その先に待っていたのはウェル博士の卑劣な罠……どう考えても、この状況は彼女の本意では無い筈なのだ。

 

「……そういえば、車椅子の予備も有ったんですね?」

 

だから、露骨かも知れないが話題を変えるのが賢明だろう。そうして振る先は、彼女の足代わりとなっている物について。

確かスカイタワーからの脱出の際に邪魔になるからと放棄された筈なのだが、いつの間にやら彼女は同じタイプの車椅子に乗っていた。

あまりに衝撃的な展開の数々にすっかり問うタイミングを逃してしまっていたが……気になる物は気になる。

さしずめ、渡りに船といった所だろう。

 

「……あぁ、コレですか?

 フフッ、そうですね。確かにこれは予備としていた二号機━━━━《Powerful_2》です。

 あの時放棄した《Technical_1》よりも出力が高く、パワードスーツとしての性能も高いのが特徴となっています。」

 

「━━━━はい?」

 

だが、そうして問うてみた素朴な疑問への答えはあまりにも斜め上にカッ飛んだ物。

パワードスーツ?車椅子が?頭の中を埋め尽くすのは大量の疑問符。

……凄いな。一気に考えていた事が吹っ飛んでしまった……

 

「フフフ……驚きましたか?只の電動車椅子の域に収まらぬ異端技術由来の先進技術結晶……それがこの《万能椅子》なのです。

 生体認証で私以外に扱う事は出来ず、瞬間最大時速は80㎞をマークする自走機能、エアキャリアとコネクトする事で半ば素人である私でもその力を万全と発揮させられるようにするオートパイロットサポート。

 精神安定の為に香料を気化散布するアロマミスト機能や、座り始めから温かいぽかぽかシート機能など、数多のユニバーサル機能が組み込まれている……のですが……」

 

「はぁ……ですが?」

 

なんだろうか。この万能椅子とやらこそ先進技術の平和利用の象徴であり、かつてSFの御伽噺だった未来ガジェットの一端な筈だというのに感じてしまう、この脱力感は……

 

「……《Powerful_2》は出力に機能を割き過ぎている為に一部アメニティ機能が制限されているのです。特にぽかぽかシート機能が無いのが中々……」

 

「あー……なるほど。確かに……それは辛いですね……もう冷え込みも厳しいですし……」

 

実際、冬季の便座の寒さによるショック症状での死亡事例というのもあった筈だ。

━━━━高齢者の方に起きやすい症状だった筈なので、流石に口に出すのは止めておく。

 

「とはいえ、座りっぱなしというのもエコノミー症候群を起こしかねませんので……それを防ぐ為に必要だったのがパワードスーツ機能です。

 此処では流石に狭すぎるのでお見せ出来ませんが……通常の人間のように動く事も可能なのですよ?」

 

━━━━それは、まるで福音のようだった。

 

「……ナスターシャ教授。そのパワードスーツ技術を二課に……いえ、ある少女の為に使っていただく事は出来ませんか?」

 

「……天羽奏、ですか。」

 

「はい。彼女がもう一度立ち上がれるように……もう一度、歌を握って人々に希望を届けられるように……!!」

 

難航している義手義足の小型化。奏さんが舞台に立つ事を阻むその開かずの門を開けるかも知れないとなれば当然の事だ。

 

「……そうですね。今回の件をどうにか片付け、貴方のやり方で世界が救えたなら……天羽奏の義肢を作る事を約束しましょう。」

 

━━━━だが、返って来た答えは望外を含む物で。

 

「━━━━いいん、ですか?

 ……だって、俺の計画は、ドクターに……」

 

……その言葉に、どうしても顔を上げる事が出来ない。

俺を惑わせる為だろうドクターの言葉は、しかしてしっかりと俺の胸の奥に突き刺さってしまっていたのだ。

 

「……確かに、立花響が融合症例を治療してもなおシンフォギアを握る事が出来るかは分かりません。

 ですが、それは貴方の計画の不可能を示すワケではありません……顔をお上げなさい、天津共鳴。

 確かにS2CAは強大な力ですが、第一種適合者達を主体としてフォニックゲインを練り上げる事でのエクスドライブの起動も不可能では無い筈なのです。

 ……それに、希望的観測ではありますが。ともすれば……フロンティアを使う事でそれらの問題を解決出来るかも知れないのですから。」

 

「━━━━ッ!?本当ですかッ!?一体どうやって!?」

 

望外の(のぞ)みは、しかし埒のある物だという。

 

「……美舟が、その希望です。彼女は……フロンティア。即ち、鳥之石楠船神を祀る家系の子孫であり、フィーネの遺したデータに拠れば、彼女を鍵としてフロンティアを星間航行船と完全起動させる事も不可能では無い。」

 

「なるほど……美舟ちゃんにフロンティアを運用してもらい、月へと直接アプローチを掛ける、と……ですが……」

 

━━━━その美舟ちゃんに、爆弾が仕掛けられているとなれば話は難しくなる。

 

「えぇ。ですので……まずはギアスを外す事を大前提とします。

 左腕に仕込まれたネフィリムについては……」

 

言い淀むナスターシャ教授。それは、当然の事だろう。世界を救う事は至上命題であり、その為に犠牲を出す事も彼女達は覚悟している。

━━━━けれど、身内すら犠牲にしてしまえばドクターと同じになってしまう。

 

「……ありがとうございます。そこで美舟ちゃんを結果的に切り捨ててしまいかねない事を憂う姿。

 それを見せてくれた事が、万の言葉を重ねるよりも信頼するに足る行動ですから。

 ━━━━美舟ちゃんに融合させられたネフィリムですが、即座の除去は出来ずとも……その進行を遅らせる事は可能です。」

 

「……その手段とは?」

 

「フィーネの……いえ、櫻井了子の遺したコールドスリープ装置、《眠れる森の美女(スリーピングビューティー)》です。」

 

━━━━それは、かつて了子さんが暇つぶしに作っていたという代物。

フォニックゲインを用いた聖遺物の限定起動による電力供給という、あからさまに数世代程技術体系をすっ飛ばしたオーバーテクノロジーの一つであり……

同時に、絶唱の反動で四肢が崩壊し、内臓諸器官の六割もズタボロになっていた奏さんの命を繋いだガラスの棺でもある。

 

「……なるほど。コールドスリープによってネフィリムの細胞ごと凍結処置を施せば、少なくとも即座に喰い尽くされる事は無くなる、と……

 いいでしょう。では、その方針で行きましょう……とはいえ、今すぐは無理です。

 ギアスを無力化したとて、もしもアンチリンカーを散布されてしまえばネフィリムの細胞は美舟を喰らい尽くしてしまいかねません……」

 

「……分かっています。ひとまずはウェル博士の出方を窺って……出来れば、EMPやジャマ―のような特殊兵装があれば一番なんですが……」

 

要するに、ギアスの起爆信号が送れないか、受信できないようにしてしまえばいいのだ。

……しかし、まさに言うは易く行うは難しというべきか。先進技術で作り上げられた小型爆弾に誤作動(マルファンクション)を願うのはムシが良すぎるというもの。

対抗装備があれば……

 

「……残念ながら。アレはFIS内の他部門が開発した物を奪取して来ただけです……対抗装備の類いまで準備すれば、流石に上層部に翻意を気づかれる恐れがありましたので。

 ━━━━とはいえ、設計図そのもののデータは同時に手に入れています。ギアスは誤動作の危険性を極限まで下げる為、外部刺激では爆発しないタイプの爆弾ですから、一太刀浴びせる事が出来れば……」

 

「なるほど……となれば、この狭いエアキャリアの中ではアンチリンカーの危険性が高まるし、万一の場合に即座に搬送しようにも二課との距離も遠い……

 今の状況でのアタックは避けた方がいいですね。」

 

「えぇ……それに、フロンティアの起動自体は此方にとっても必須……逃してはならぬ勝機は、フロンティアに乗り込んでから。という事でしょうね……」

 

━━━━ウェル博士の策を覆すピースは揃った。だが問題はやはり……

 

「……未来。どうか、無事でいてくれ……」

 

いつ落ちるかも知れぬ月を見上げて、震えながら眠る理由は果たして、寒さか、それとも弱さか。

……今の俺には、その区別は付かなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ゴトゴトと、轟々と、鳴り響く音に、意識が浮上する。

 

 

 

そこは、機械と機構で組み上げられた玉座だった。

 

大小の歯車で組み上げられた機構達。まるで、世界の総てを記す時計の中に放り込まれたような錯覚する巨大な空間、そこに玉座はあり、彼女はそこに座していた。

 

 

「……ガリィか。首尾はどうだ?」

 

「順調ですよォマスター。()()()()()()()()()()()()はきっちり東経135.72度、北緯21.37度……フロンティア直上でェす。」

 

「━━━━遂に、この時が来たか……長かった万象追想曲(オレの計画)の準備も、此処でようやく一段落というワケだ……

 セレナの調子はどうだ?」

 

「んー、見たとこ特に問題はないみたいですねェ。我儘言わない子だからよく分からないですけどォ、まァそこはイラつかなくて済むって事でいいと思いますしィ?」

 

「……そうか。」

 

━━━━そして、彼女は━━━━マスターである錬金術師、キャロル・マールス・ディーンハイムは遠くを見やる。

思い出しているのだろう。かつて、彼女が契約を交わした()の事を。

そう人形(かのじょ)は判断する。

 

「……ほーんと、マスターってば一途で不器用なんですから……()()()()()()()()()()()()()の為にここまでするんですから。」

 

「なにか言ったか、ガリィ。」

 

「いーえ?なァんにもォ?」

 

━━━━人形(かのじょ)は意見を上奏しない。人形は人形らしく、主の願いに寄り添うだけ。

 

「……まぁいい。コレでようやく……このふざけた()()()()にまで、オレは到達出来たのだ。

 ━━━━あとは、お前が()()()()()()()()()()()()()だけだ……フン、最後の最後に人任せとはな。

 我ながらとんでもない綱渡りを計画とした物だ……」

 

「まぁそうですねェ……ガリィちゃん的にも、そういう不確定要素をぶち込むのはあんまり良くないと思いますけどォ……コレばっかりはどうしようもないですしねェ……」

 

人形(かのじょ)魔女(かのじょ)の最終確認はこうして終わる。

 

━━━━さぁ、覚悟せよ。少年。此処からが汝の真なる戦い。

永劫の孤独と、無限からの逃避と、総てを救う為の手順(ファクター)

それこそが、この世界に遺された最後の希望(ラストホープ)なのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━朝のヒカリが眩しくて、(天津共鳴)は目を覚ます。

 

「……ふぁ。なんだったんだ、あの夢は……」

 

やはり、寝台でも無いソファでは姿勢が悪かったのだろうか?

いつ頃からか、念話が繋がる事も無くなった天女のような女性……ヴァールハイト。その居城だという場所。

 

「彼女達の話ぶりからするに、向こうが俺を呼んだワケじゃないみたいだし……なんか変な声まで聴こえたし……」

 

「━━━━大丈夫デスか?おにーさん。」

 

意味の分からない夢……しかし、念話技術を彼女が持つ以上全くの無意味とも思えない。そんな状況に頭を捻っていると、声と共に横から差し出されるのはあったかい濡れタオル。

 

「ん……あぁ、ありがとう切歌ちゃん。大丈夫だよ。ただやっぱり……いきなりソファーは辛いなぁと思ってさ。」

 

「あはは……デスよねぇ……あーあ、偶には柔らかいベッドでゆっくりお昼寝したいデスよ。」

 

その声の主である切歌ちゃんに何故唸っていたかを問われた俺は、咄嗟に話題を逸らす。念話については話さないという約束だし……

幾ら異端技術に触れていようと、いきなり夢で知人の家をのぞき見したなんて説明した所で意味不明だろう。

あったかい濡れタオルで顔を拭きながら考えるのは、今後の行動について。

 

━━━━二課に連絡を取るのは暫く無しだ。

もしも失敗した場合、即座に美舟ちゃんが殺されてしまいかねない以上、連絡を取るのは美舟ちゃんを助けてからだ。

……心配を掛けてしまうな。なんて、今さらな思考に苦笑していると、なにやら視線を感じる。

 

「どうしたの?切歌ちゃん。」

 

「あ、いえデスね?顔を拭いてたらいきなり笑いだすもんデスからなんだろうなー……って。」

 

「あぁ、うん……そうだね。傍から見たらコレもアレか……連絡なしに居なくなっちゃったから、皆に心配掛けちゃってるだろうなって思ったんだけどさ。

 ━━━━そもそも、連絡無しにどっか行ったのは俺の方なんだよなぁ……って思ったら笑えて来ちゃってさ。アハハ。」

 

「アハハって……そんな軽いノリでいいんデスか!?

 ……って、アタシがそれを言うのは筋違いって奴デスよね……アタシ達は……未来を託されたのに……」

 

━━━━俺の言葉を聴いて、表情を曇らせる切歌ちゃん。

……確かに、俺が今此処に居る理由の中にはFISによる強引な招聘も混ざっている。だが……

 

「……いや、むしろ良かったのかも知れない。

 ウェル博士は確かに卑劣な手段で俺と、そしてキミ達を操ろうとしている。

 ━━━━けれど、そのお陰で()()()()()()()()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あの日言った事だけど、覚えてるかな?」

 

「あ……」

 

凹んでる時の響みたいだなぁ……なんて思いながら、切歌ちゃんの頭を撫でつつ掛ける言葉は、この状況を好意的に見る為の言葉。

 

━━━━あの時、俺は周囲の人達への被害を考慮して彼女達に手出しをしなかった。

……だが、今にして思えば、本当ならば二課に所属する者として彼女達を引き渡さなければならなかった筈なのだ。

どんな事情があろうと、彼女達が被害を出していた事は事実なのだから。

 

けれど。けれども。

今、こうして彼女の隣に座って、思う。

あの時、彼女達を慮った判断は間違ってなんて居なかったと。

 

「……おにーさんは、相変わらずなんデスね。困ってる人を見かけたら、手を伸ばす事を絶対に諦めない……

 なら、美舟の事も諦めて無いんデスよね?」

 

「あぁ、当たり前だ。絶対に諦めない。諦めるもんか。

 だから、信じて欲しい。俺と……そして、ナスターシャ教授の事を。」

 

「……分かったデス。マムが関わってるなら大安心って奴デスよ!!」

 

そう言ってニッコリと笑う切歌ちゃんの姿は、やっぱり響の笑顔に似ている気がして。

 

「……重ねるのはダメだって、未来からよく怒られたなぁ……」

 

女の子は一人一人が違う魅力を持っているのだから、それを誰かに重ねて見てます。と言ってしまうのはとても失礼なのだ……と、滾々とお説教を貰った時の事を思い出す。

アレは、たった数週間前のデートの時だっただろうか……

 

「……取り戻さなきゃな。必ず。」

 

「ほぇ?どうしたデスか?」

 

「いや、頑張ろうって気持ちを新たにしてただけさ。皆とのこんな何でもない日常の為にね。」

 

━━━━まずは、他の装者の皆と話し合わなければならないだろう。ウェル博士に悟られぬように、美舟ちゃんを救う為の準備を整えていこう……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━あれから一晩が過ぎた。けれど、(小日向未来)の基に、お兄ちゃんはまだ帰ってこない。

 

「……寒いな……」

 

やっぱり、このカーゴらしき場所の中だと、貰った毛布一枚では到底寒さを防ぎきれない。

━━━━けれど、それ以上に寒いのは心の中。

 

「……すり抜けて、離れ離れになっちゃった……」

 

響に伝えた私の想い。けどそれは……同時に私の無力も示してしまっているようで。

響は、傍に居るだけでいいと言ってくれる。けれど、私の我儘は際限が無くて……

 

「……もしも、力があったら……響の代わりに戦ってあげられるのかな……」

 

━━━━ポツリ、と零してしまった胸の中の本音。誰にも届く事無く消える筈だった、その言葉。

 

「━━━━もしも、等と希望的観測を述べる必要はありませんよ。」

 

━━━━それを、拾う人が居た。

 

「……貴方は……」

 

確か、ウェル博士。

 

「……おや、やはり警戒してらっしゃいますね。」

 

「……当たり前です。響を襲うって脅しを掛けて来たの、貴方じゃないですか。」

 

自然と彼から距離を取ってしまう私を見て、彼は言葉を重ねる。

━━━━けれど、その眼が。私にはどうしても恐ろしい物に見える。

囚われの私の事を性的な眼で見ていない事は分かる。

だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。小説で『モルモットを見るような眼』って表現されるのは、もしやこういう眼を言うのだろうか?

 

「申し訳ありません。あぁでも言わなければ、天津共鳴はキミがボクの基に来る事を了承しなかったでしょうから。」

 

「……?」

 

「えぇ。ですので、そんなに警戒しないでください。

 ━━━━少し、お話でもしませんか?」

 

「……何を話すんですか?」

 

「先ほど貴方が仰っていた悩みについてです。

 ━━━━ボクならば、力になれる筈ですよ。」

 

そう言ってニコリと笑うその姿を、果たしてどこまで信じていいのか。

 

「貴方は……小日向未来は、立花響の一番の親友である……そうですね?」

 

「……そう、ですけど……」

 

「そして、彼女……立花響は今、胸の中のガングニールの欠片との融合症例となっており、進行する融合が彼女の命を蝕んでいる……」

 

「それ、は……」

 

━━━━そうだ。響は今、死に瀕している。

 

「貴方はそれがイヤでイヤで堪らない……彼女に生きていて欲しい……違いますか?」

 

「……う、あ……ちが、わない……」

 

━━━━だって、響に死んでほしくないのは、私の本心なのだ。

 

だから、警戒をすり抜けて耳に入ってくる言葉を拒めない。だって、この言葉を否定する事は━━━━

 

「……二課の面々はフィーネの言葉を信じて神獣鏡を使って彼女を救おうとしています。

 ━━━━ですが、残念な事に……現状の神獣鏡では、彼女を救う事は不可能なのです。」

 

「━━━━ッ!?」

 

それでも、お兄ちゃんは助けてくれると言っていた。

それを最後の(ヨスガ)と縋りつく私の耳に、その通告はするりと入ってきてしまう。

信じられずに顔を上げた私の前に、私を閉じ込めていた筈の光の格子はもう存在していなくて。

 

「出力不足です……機械的起動では神獣鏡の真なる力を発揮する事は出来ない……そして、それだけでは立花響の体内の聖遺物の侵蝕を押しとどめる事しか出来ないでしょう……」

 

━━━━そん、な……だって、神獣鏡を使えば響を助けられるって、了子さんも、お兄ちゃんも、そう言っていたのに……

 

「━━━━けれど、けれども。その開かぬ埒を切り開く閃光!!この地上にただ一つだけ存在する明けの明星……!!

 それこそが小日向未来さん……貴方なのですよッ!!」

 

「わたし……?」

 

━━━━私が、閃光……?

 

「えぇ……!!神獣鏡の出力が確保出来れば、立花響の体内の聖遺物を一掃し、彼女を救う事が出来るッ!!

 ……コレに関しては、フィーネも二課も間違っていませんでした……ですが、大事なのはその先です。

 神獣鏡の出力を機械的に上げる事は現状不可能。ですが……我々が保有するこの神獣鏡は━━━━()()()()()()()()()()

 適合者の意によって纏われたシンフォギアの出力は機械的起動など比較にもならない程の大出力ッ!!」

 

了子さんも、お兄ちゃんも間違ってない……でも、それだけじゃ足りなくて……

神獣鏡はシンフォギアだから、それを纏う事が出来れば、響が救える……?

 

「まさか……」

 

「━━━━そう。キミこそが神獣鏡のシンフォギアの適合者ッ!!

 この惑星(ほし)でただ一人!!立花響を救う事が出来る存在なのですよッ!!」

 

━━━━私だけが、響を救える。

 

あぁ、あぁ……!!どうしてしまったんだろう、私は!!

この甘美な誘惑が、毒林檎かも知れないと分かっているのに跳ね除けられない!!

だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

「━━━━そして、()()()()()キミにギアを纏わせてあげられる。

 ━━━━キミに立花響を救わせてあげる為に手を貸す、魔法使い(ヘクセンマイスター)なのですよ。」

 

そう言って、彼は手を伸ばす。

 

━━━━私は……その、手を……

 

「私だけが、響を……」

 

━━━━その、手を、取った。

 

 

━━━━待っていて、響。

今度は私が……響を、救って見せるから……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━特別特訓が終わった夜。(立花響)は、二課仮設本部の中の仮眠室で横になっていた。

 

「……未来……お兄ちゃん……大丈夫かな……」

 

━━━━二人が生きていると分かってほっとした気持ちは、けどこうして一人横になると不安に変わってしまって。

だから、寮に戻るのが辛くて此処に泊まり込ませて貰ったのだ。

 

「……ガングニール……もう少し……もう少しだけ、私に力を貸して……」

 

━━━━そんな不安を紛らわす為に、胸の中のガングニールにそっと語り掛ける。お兄ちゃんが居たのなら、まだ使えた筈のガングニール。

けれど……浮かぶのは次にガングニールを纏ったら、私はどうなってしまうんだろう。なんて、漠然とした不安。

……死んじゃう、のかな。

 

「……怖いよ……怖いよ……お兄ちゃん……」

 

涙を零す誰かが目の前に居るから、護りたいと思う人が傍に居るから、隣に立ってくれる人が居るから、怖くても拳が握れた。

けれど、お兄ちゃんも未来も連れ去られてしまって。

心細くて、寂しくて、悲しくて、怖くて。それで気付く。

━━━━今度は私が、涙を零す誰かになってしまったんだって。

 

「……助けて……」

 

涙と一緒に零れた言葉は、紛れもない私の本音。

 

━━━━あぁ、やっぱり。私は、みんなと一緒がいい。

一人きりで迎える夜の冷たさは、心の隙間に吹き込む風のように私を震えさせるのだった……




少年は走る。我武者羅に、手の届く総てを諦めない為に。
少女は願う。ひたすらに、死に瀕した親友を救う為に。

すれ違う二人の気持ち。それを弄ぶのは、英雄にならんと己の欲望をひた走らせる一人の男。
━━━━誰かを想う気持ちの強さを知りながら、誰かを想う心を無くしてしまった……ただ一人にて、涯の荒野に立つ男。

確かに男もまた英雄かも知れない。けれど、その在り方は歪に過ぎる。
歪んだ欲望の行き着く先は、果たして希望か、絶望か。
表裏一体にして不可分一体な光と闇は、誰にも否定する事は出来ず、ただ其処に在り続ける……

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