戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第六十七話 配膳のソムニロクエンス

━━━━ぐつぐつとお鍋が煮立つ。くるくるとお玉を回す。

 

「わた~しは~おさんどんさ~ん~……」

 

リズムを取りながら歌うのは、おさんどんさんの歌。作詞・作曲・編曲も全部(月読調)な即興曲。

━━━━でも、そうして歌う私の胸の裡は、曲調に似合わぬ曇り模様。

 

「美舟……」

 

━━━━その理由は、いつもなら隣に立って一緒に料理を作ってくれる筈の少女の姿が無いから。

ドクターの手で左腕にネフィリムを融合させられた美舟は、眠りから眼を覚ましても部屋の隅から動こうとはしなかった。

 

「……当たり前、だよね……」

 

━━━━もしも、自分が()()なってしまったら、どう思うだろうか?

……私だって絶望するだろう。聖遺物と強制的に融合させられ、首輪まで付けられて、生殺与奪の権を奪われて……

まるで、昔のレセプターチルドレンの扱いに戻ってしまったかのよう。

 

「でも、多分一番辛い事はそうじゃなくて……」

 

それはきっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事なのだろう。

とは、ぼんやりながらも分かるのだ。

 

「……美舟の悩み、どうにかしてあげたい……」

 

━━━━でも、それが出来ない。ドクターが二重と掛けた首輪は狙い過たずに私達の首をも絞めていて。

 

「どうしたら、いいのかな……」

 

動きたくても動けない。そんな私の心情は、目の前のお鍋の中のポトフよりももっと澱んでいて……

 

「━━━━えっと……何か、手伝えることは、あるかな?」

 

━━━━だから、そんな折に横合いから掛けられた声に気付けなかった。

 

「……びっくり。」

 

「あー、っと……驚かせちゃったかな?切歌ちゃんから食事の準備をしてるって聴いてコッチに来たんだけど……」

 

声を掛けて来たのは確か……天津共鳴、と言っただろうか。

ドクターの策略に私達と一緒に引っかかってしまった男……

 

「……そう。なら、盛り付けを手伝って。」

 

━━━━何故、私に声を掛けて来たのだろうか?

私には、それが分からない。元々、私の世界はマリアや切ちゃん、マムや美舟が居れば、それで良かったのだ。

だから、年上の男性との距離感なんて測った事も無い。

……それに……一旦お鍋の火を止めて、お皿を取り出す彼を見ながら、私は考える。

 

「ん、分かった。この紙皿でいいのかな?数は……」

 

「━━━━ドクターはどうせ食べないから、無くていい。」

 

「食べないって……まさか、研究に没頭するから拒否するとか?」

 

「……そのくらいならどれだけ良かった事か。ドクターはお菓子しか食べないの。

 ……私達が隠しておいた秘蔵のお菓子もドクターに嗅ぎつけられて食べられちゃったし……」

 

━━━━絶対に許さない。と決めている事件だ。忘れられる筈も無い。

 

「……天才ってのはどいつもこいつも、どうしてこう……」

 

そんな私の恨み節を聴いて、けれど何故だか頭痛を抑えるような風に頭に指を当てる彼。

 

「…………その。」

 

「ん?」

 

━━━━それを見ていたら、なんとなく思う。距離感は分からないけれど、やはり伝えなければいけないだろう、と。

 

「……ありがとう。私が倒れた時、助けてくれた人って……貴方の事なんでしょう?」

 

それは、買い出しの途中で私が急に熱を出して倒れてしまった時の事。

気を失った私は、けれど目が覚めた時にはお布団に眠っていて。

 

「……あぁ、うん。そうだね。そうなる。

 あの時はキミが混乱してしまうだろうからと何も言わなかったけれど……よく気づいたね?」

 

「親切な人が助けてくれたって、お店の人は言ってたんだけど……その前に、少しだけ会話が聞こえてた。

 その時に切ちゃんが《おにーさん》って呼んでたから……それで昨日、切ちゃんが貴方の事を()()()()()って呼んだ時にそれに気付いた……」

 

「そっか……そりゃそうか。切歌ちゃんと俺が出逢えたタイミングなんてそれこそあの日しか無いし、切歌ちゃんと一番一緒に居たって言う調ちゃんが気付くのは当然の事か……

 うん。どういたしまして。それに……キミにも怪我が無くて良かった。」

 

━━━━あの日、聴いた話から推測した通りに優しく、その人は微笑んで。

 

「うん……でも、一つ、訊いてもいい?」

 

「あぁ、構わないよ。答えにくい質問もあるだろうけど……まぁ、答えられる範囲ならなんでもどうぞ。」

 

━━━━その優しさを見て、昨日の会話を見て。だからこそ、心の中からふと沸き立った疑問。

 

「━━━━()()()()()って、何なの?」

 

━━━━何故、そんな踏み込んだ事を聴いてしまったのだろうか。分からない。自分が、まるで今だけは自分では無いような……ふわふわとした不思議な感覚。

だというのに、その疑問はするりと口から出て行って。

……ほら、彼だって固まってしまった。

 

 

━━━━しょうがないでしょう……あまりに無鉄砲で見てられないんだから……

 

 

「……?」

 

今、私は何を思ったのだろう?ふわふわに包まれるような、夢の中に居るような……ダメだ。思考が空回りして纏まらない。

 

「……俺の、願い。か……それは、そうだな。《手の届く総てを救う》事、なんだと思う。」

 

「━━━━なら、貴方は今どうして此処に居るの?手の届く範囲を決めたのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「━━━━それ、は……」

 

ふわふわ、くるくる、空回り。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()かのような、意識と無意識の致命的なズレ。

違和感が凄い。けれど……どうにも。その意思に悪意があるようには感じられなくて。

 

「……確かに、皆が笑って居られる未来は、尊い物なのかも知れない。

 それが無理難題だとしても、その為に挑み続ける事もまた、素晴らしい事なのかも知れない。

 ━━━━でも、今の貴方は本当に……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()では、貴方自身が救われない……」

 

━━━━私ではない誰かは、私の口を借りて彼に語り掛ける。

それは、荘厳な神託のようにも、血を吐くような独白にも聴こえた。まるで……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………わからない。俺は……手の届く総てを救う為に、手を伸ばす事こそを大事だと思って立ち向かっているけれど……

 ━━━━これが、俺自身の願いなのかどうかは……分からない。

 分からないけど……きっと、手を伸ばさなかったら……俺は一生後悔し続ける。

 手を伸ばしていれば助けられたかも知れないと思い続けるだろうから。」

 

━━━━あぁ、どうして。私ではない私は、彼にこんな質問をしているのだろう……

脳裏に過るのは、誰かの背中。青空のような蒼い髪と、鋼のような身体。

━━━━あなたは、だぁれ?

 

「━━━━そう……ならいつか、貴方自身の願いが分かったら……それを私にも教えて頂戴ね、共鳴クン?」

 

━━━━そうして、私ではない私は微笑む。

そして、その眼を見た彼は、何故かしばし固まって。

 

「━━━━え?

 ……あれ?」

 

彼が固まっている間に、私を覆っていた何かが晴れていく。

夢見心地だった感覚もすっかり元通り。うん、私は私だ。

━━━━けれど、アレは一体……なんなのだろうか?

私の中に、私でない私が居るというのに、何故か不安になる事も無い。

それは摩訶不思議だけど……まぁ、そんな事もあるだろう。

 

「……どうしたの?このままだとポトフも冷めちゃうよ、天津さん。」

 

「……あ、あぁ。うん、皆に渡してくるよ……アレは……気のせい、なのかな……?」

 

「━━━━ドクターと彼女の分は、一応私が持っていくから。」

 

「そう、だね……お願いするよ。」

 

━━━━ドクターと彼の相性は最悪だ。なんとなくそれが分かる。

だから、助けてもらった事のお礼も兼ねて、私はドクターの分を引き受けた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━つまり、マムはドクターの計画を逆用するという事?」

 

「えぇ……天津共鳴にも昨夜伝えましたが……彼は、ドクターは……神獣鏡のシンフォギアを小日向未来に纏わせるつもりでしょう。

 機械的起動では届かずとも、Linkerで増幅された装者のフォニックゲインでなら強制的にフロンティアの封印を解く事も不可能では無い筈。

 ……彼には、辛い役目を押し付けてしまっていますが……」

 

━━━━エアキャリアの操縦席にて、(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)はマムから今後の行動に関する説明を受けていた。

 

「……大事な人が目の前で弄られるのを指を咥えて見ていろだなんて……クッ!!」

 

そうしなければならない理由は分かれども。それでも……小日向未来と天津共鳴が連れてこられた理由の一端は私にもあるのだ。

思わず壁を叩いてしまう程、自分の無力さに腹が立つ。ドクターの暴虐を止められない、私のこの弱さが。

 

「マリア……ですが、今は耐える時です。フロンティアの浮上さえ成し得れば、ドクターの強硬策に付き合う理由は総て消え去る……」

 

「分かってる……分かっているわマム……!!でも私は、自分のこの弱さを認められないッ!!受け入れられないッ!!」

 

━━━━だってそれでは、あの焔の日にセレナを助けられなかった私と同じなのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……まったく。マリアは本当に優しいですね……いえ、だからこそのマリアなのでしょう……」

 

━━━━あぁ、フィーネならぬただの優しいマリア。貴方にこんな重荷を背負わせてしまうだなんて、(ナスターシャ)はなんて……愚かだったのでしょう。

異端技術が齎した災厄は、技術によって祓われなければならない?

……その為にこんな優しい子達に命を懸けさせ、挙句の果てに世界を敵に回すテロリストへと仕立て上げてまで?

 

「……なんて、愚かだったのでしょう。」

 

「……マム?」

 

「……いえ、なんでも。それよりもマリア……貴方には今後、ドクターの傍に着いてもらいます。

 切歌と調は戦力としては別けるのには向かず、天津共鳴もまた、単独で動けば裏切りとドクターに取られる可能性がありますので。

 ━━━━そしてどの道、彼は己の目的の為に独断を起こす筈です。その際に護衛として帯同し、隙あらば彼の計画を食い止める……謂わばダブルクロスとなるのです。」

 

━━━━世界を裏切らせた少女に、一時的にとはいえ、更には味方すらも裏切れと言う。

あぁ、なんとおぞましいのでしょうか、私は……

 

「……分かったわ。マム。指を咥えて見ているだけよりも、私にとっては余程いいッ!!

 セレナが生きるこの世界だけは絶対に譲れない……私がどうなったとしても、ドクターを必ず止めて見せるッ……!!」

 

━━━━あぁ、神よ。マリアが瞳に宿すこの決意の焔が、どうか彼女自身を焼いてしまわないよう……

科学の徒として生き、先史文明の存在を知り、とうに投げ出していた筈の祈り。

神に縋る弱さが、今の私の胸には宿っていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━なんで急に進路変更を?」

 

七彩騎士として本国の命令に従ってハワイの錬金術師を襲ったルガールと(宮本伊織)は、本国に戻る事無くそのままFIS追跡の為に日本へ向かっていた。の、だが……

私達が乗る原子力空母ブラックノアは、朝方からその進路を北西から南南西へと変えていた。

 

「━━━━ラズロめから連絡が入った。FISからの脱走者共が動き出した、とな。」

 

「アレ?あの子達って神獣鏡を奪っていったから、アクティブステルスでこっちから足取りを追うのは不可能なんじゃなかった?」

 

「さて、な。燃料不足でヤケになったか、或いは何かしらの秘策を見つけたか……いずれにせよ、第七艦隊の特殊任務部隊(スペシャルタスクフォース)が現地に向かうのに合流しろ、との事だ。」

 

「わーお。噂に聞く米国海軍太平洋艦隊の第七艦隊がお出ましとはねぇ……こりゃ、所詮単騎戦力でしか無い私なんかはお役御免かな?」

 

━━━━戦闘機の一機や二機ならどうにか出来るが、艦隊が相手となれば流石に射程が違い過ぎる。

七彩騎士は特記戦力ではあるが最強無敵では無い。だが個人戦闘力の高さ故に、裏の闘争には小回りが利く。

ようは役割分担というワケだ。となれば、こうして艦隊を動かす程の表沙汰になってしまった以上は私達七彩騎士の出番は無いだろうと睨んだのだが……

 

「━━━━いや、そうとも限らん。準備はしておけ。

 ()は用意してやる。」

 

……どうも、ルガールの考えは異なるようで。

 

「足、ねぇ……ま、一宿一飯の恩に加えて報酬まで弾むってんなら否やはありません!!それじゃ、ハンバーガー食べてるので細かい指示は追々よろしく!!」

 

「あぁ。お前はそれでいい。それで、な……」

 

━━━━さて、今度はどんな無茶ブリをされる物やら……

 

「うーん、まぁ……ノイズを叩き切れとか言われるのは覚悟しておくべきかもねぇ……」

 

理論上は不可能では無い事だ。七彩騎士として動く中で偶発的なノイズ発生に立ち会った事もあるし……位相差障壁が薄くなる交錯の一瞬に真芯を捉えて斬り捨てればそれで済む。

━━━━だが、実戦の中でそれを成し続けられるか?と、なれば話は別だ。なにせ、敵は正面から来るだけではない。

 

「三十……五十……うーん……一人で突っ込めばいいのなら同士討ちしないらしいし多分イケるけど、他の連中と隊列組まされたらちょーっと厳しいかなぁ……?」

 

━━━━言葉を零しながら、脳内にて刃鳴散らすのは実戦を想定した見取り稽古。

スペックデータはそうそう変わらない《兵器》であるのがノイズだと言う。ならば、脳内にてそれを再現出来ぬ道理も無い。

 

「フェイントや伏兵にそこまで注意しなくていいってのはありがたいんだけど……あ、でもドクターウェルが操ってたら話は別か。

 ━━━━いやー、面白くなってきたね。」

 

━━━━正直に言って、ノイズを斬る事自体はそこまで面白いワケでは無い。だってアイツ等機械的でつまんないし。

だが、ノイズが何時制御下に置かれてその戦法を豹変させるかが分からないという条件が、私の中の焔を静かに燃え上がらせる。

 

「悪意を持ってノイズを振るうその悪辣……それをも断てたのなら……」

 

━━━━あぁ、楽しみだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ドクター・ウェル。貴方は何故……此処までしてフロンティア計画の完遂を求めるのですか?」

 

最後となるだろうフロンティアへの道中で(ナスターシャ)は、私達を脅迫する男へと問いを投げかける。

 

「あぁん?なんです?急に。月が落下するその前に人類を新天地に集結させる……その旗振りを成し遂げる存在ッ!!

 ━━━━それはまさしく、人類救済の英雄と呼ばれる相応しいでしょう?」

 

━━━━だが、相互理解を求めた問いに返ってくるのは、どこまでも自らだけを見つめ続けた答え(エコー)だけ。

 

「……そうですか。貴方は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

あぁ、その才がもしももっと平穏な事象に向いていたのなら……或いは、そうでなくとも。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

━━━━それが無意味な仮定とはいえ、思わずには居られない。

天が二物を与えながらにして、誰にも己が力を分け与えようとはしない孤高の英雄……それが、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスなのだと、今更ながらにその断片を理解する。

 

『━━━━ッ!?』

 

━━━━そんな折に鳴り響くのは、他船舶の接近を知らせる警報の音。

 

「米国の哨戒艦艇……デスか!?」

 

「こうなるのもまた予想の範疇ですよ。なにせ今、我々のエアキャリアはアクティブステルス機能を停止しているのですから。

 ━━━━つまり、彼等を足止めしなければならないという事ですよ。精々派手にノイズをぶちかまして、世界救済の烽火として差し上げましょうッ!!」

 

「ッ!!そんなの……!!弱者を踏みにじってまで世界を救うなんて……ッ!!」

 

「……クッ」

 

強く、強く操縦桿を握りしめるマリアの姿を横に見ながら、私もまた唇を噛み締める。

後悔は幾らでも出来る。だが、目の前で世界を切り捨てようとしている彼を止められるのは、身中の虫に操られながらも、その虚勢を未だ遺した我々FISしか居ないのだから……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━出現パターン検知!!ノイズです!!」

 

「米国所属艦艇より応援の要請あり!!ノイズによる襲撃との事!!」

 

━━━━米国が横槍を入れた共鳴くんとFISの会談から二日が経った。

(風鳴弦十郎)と二課のメンバーは現場となったスカイタワー第一展望室の残骸、其処に遺されたデータからFISの目的地を日本南海のある地点と目して進行していた。

 

「場所はッ!?」

 

「太平洋上、東経約135度、北緯約21度ッ!!スカイタワー跡地から復元したデータ断片の情報と一致しています!!」

 

「やはりな……この海域から遠くないッ!!直ちに駆けつけるぞッ!!」

 

「━━━━応援の準備に当たりますッ!!」

 

俺の指揮に応じて真っ先に駆けるのは、やはり翼だった。防人としての場数が差を別けたのだろう。

 

「私、は……」

 

━━━━それに対して、響くんは動き出せない。

それを咎める気はない。むしろ、出撃しようと強情を張るようなら怒鳴ってでも止めるつもりだった。

だが……力があるのに誰かを助けられぬ無念は、痛いほどに分かるつもりだ。

司令としての役割を崩さぬよう腕を組み、誰にも見せぬままに一人、俺は拳を握りしめる。

 

「……お前はさ。此処に居てくれよ。あたしとあの人が全部終わらせて……共鳴も、未来の奴だって助けて来てやる。

 だから……な?お前は、此処から居なくなっちゃいけないんだよ……」

 

「うん……」

 

━━━━だから、そんな響くんを慮ったクリスくんの言葉が救ってくれたのは、響くんだけでは無かった。

 

「頼んだからな。それじゃ!!」

 

「……いってらっしゃい!!」

 

参ったなぁ、と周りからは見えぬように苦笑を一つ。男子三日逢わざれば刮目せよ、とは言うが。やはりと言うかなんというか、女性陣にもその言葉は当てはまるらしい。

ちょっと前までは、まるで新しい家に居着き始めた野良猫のような……そんな警戒心を持った少女だったというのに。

━━━━そして同時に、此処を帰るべき場所と決めてくれた以上は、それに報いるのが俺達の仕事だ。

 

「━━━━よし!!関係省庁、並びに米国本国に通達を送れ!!我々二課はこのまま米国艦艇を救援!!その後、FISメンバーとの決戦に入る!!」

 

『了解!!』

 

━━━━月の落下という未来への対策は未だ見えぬままだ。だが少なくとも、こんなやり方で成し遂げられるべきでは無い事だけはハッキリしている。

そして、其処に未来くんを巻き込む事などは更に以ての外だともだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━其処は、地獄だった。

火花散り、硝煙咽ぶ鋼鉄(はがね)の鉄火場。

 

……いいや、それだけでは無い。ドンドンと増えていくのは、炭の匂い。

━━━━ノイズに襲われ、炭と還った同僚の残骸だった。

 

(ファッキン)ノイズ野郎が!!タマ無しのクセに粋がりやがってッ!!」

 

「撃て撃て撃て!!位相差障壁があるとはいえ少しは通るんだ!!無駄弾じゃねぇ!!」

 

「ぎゃああああああ!!」

 

「クソッ!!チャーリーがやられたッ!!

 ━━━━コレでも喰らえクソ侵略者(ビッチ)が!!」

 

命が炭と還っていく。()()()()()()()()()()()()()()と、言葉無くもそう雄弁に物語るノイズ共。

クソッタレ。神よ、天にまします我らが神よ。祈りなんざとうに捨てて、親が遺した十字架一つも質に入れたオレの声なんざ届かないかも知れませんが。

 

「━━━━この悪しきモノからどうか、人々をお救いください。」

 

━━━━ブドウみてぇなノイズがその一部分を飛ばしてくるのが、どうにもスローモーションに見える。

あぁ、コレは直撃コースか。死球(デッドボール)で一発退場ってか、笑えねぇ。

 

「マリア……」

 

本国に置いて来たツレの名を呼んじまったのは、思わずの事。

今回の任務の攻撃対象(メインターゲット)が同じ名前だったもんだからと、もう炭になっちまった同僚共から揶揄されたもんだ。

 

━━━━言葉をトリガーに思い出すのは、輝ける日々。愛を囁き、愛を交わし合った……

 

 

 

 

         ━━━━そしてまた、一つの命が炭へと還った━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ふふ……ふひゃは!!いやぁ……やはりノイズは素晴らしい!!通常兵器ではまるで相手にならない位相差障壁ッ!!

 触れただけで相手を殺すその炭化能力ッ!!」

 

━━━━狂嗤を零すドクターを前に、(月読調)達は顔を伏せるしか無かった。

出来る事なら、その顔を膾斬りにしてやりたい……!!

けれど、それはダメだ。もしも失敗してしまえば、美舟の命は……無い。

 

「ヒャハハハハ……あァ!?」

 

━━━━だが、そんなドクターの鼻っ柱を叩き折る例外が、埒外のナニカが現れる。

 

『━━━━イヤッホォォォォォォウゥゥゥゥ!!』

 

━━━━それは、本当にいきなり現れた。

 

水上バイク……と言うんだっけ?

━━━━それに何故か立ち乗りした女性が、艦艇の甲板まで飛び上がって来たのだ。

 

『アクセルターンでラストストロークッ!!ついでにプレゼントもしてあげるッ!!』

 

━━━━そして、火花を散らしながら甲板を駆け抜ける水上バイクから彼女は転がり降り、即座に立ち上がる。

操り手を喪ったバイクはそのまま、攻撃の態勢に入っていたノイズに突き刺さり……爆発した。

 

「んな……ッ!?アレは……アレ、は……七彩騎士……ッ!!二天一流(ザ・ダブルキャスター)……ッ!!

 この土壇場で……またしてもッ!?」

 

『さてさて……お待たせ諸君!!護ってはやれないけど、的散らしくらいは受け持ちましょう!!』

 

画面の向こうでそう宣言しながらノイズの群れへと突っ込んで来るその女性は、その手に二本の刀を握り、白銀の髪を靡かせながら、死そのものである筈のノイズの中で舞っていた。

 

「なッ!?位相差障壁が弱まる一瞬を突いて!?

 ━━━━なんて神業ッ!?」

 

マリアが驚くのも無理はない。私だって、目の前で起きている事だというのに、その光景を信じられないのだから。

刀が閃き、ノイズが炭と消え果てる。本来不可能な筈のそんな事象を、彼女は平然と成し遂げている。

 

「……なるほど。彼女をノイズで倒すのは、今の我々では難しいようですね。

 ━━━━ならば切歌、調。二人で彼女を食い止めなさい。」

 

「ッ!?おいオバハンッ!!勝手な指示を出して貰っちゃあ……!!」

 

「━━━━ならば、どうするというのです?

 マリアはエアキャリアの操縦、天津共鳴は単独で出せば逃げられかねない。

 それに、二課も此方の動きには既に気付いている筈です。時間を掛ければ彼女と二課の装者達の挟み撃ちにすらなりかねない……

 天秤は、既に傾けられているのですよ。」

 

「グッ……!!」

 

マムが静かにドクターを論破する。私に否やは無い。だって、マムの指示はドクターよりも的確なのだし。

 

「わかったよ、マム。

 ━━━━行こう、切ちゃん。」

 

「あ、うん!!分かったデスよ!!」

 

━━━━走りながらに、Linkerを使う。ドクターが作る薬。ドクターにしか作れない薬。

まるで、私達を蝕む毒のようなその緑色が、今の私には恐ろしく見えて。

 

「━━━━それでも、私達は戦う。家族を救う為に。」

 

白い孤児院で、痛い実験と、飲みたくも無い薬を飲まされていた私達にとって、家族とは何が有っても護らないといけない大切な絆なんだ。

 

「━━━━だから、邪魔はさせない……!!」

 

━━━━たとえ、それがどんなに美しい人でも。

 

              ━━━━Various shulshagana tron(純心は突き立つ牙となり)━━━━

 

「━━━━首を傾げて、指からスルリ落ちてく愛を見たの」

 

                 ━━━━α式・百輪廻━━━━

 

まずは牽制。彼女の動きを封じ込める……そう思って放った百にも及ぶ鋸達。

━━━━だけど、それを放った瞬間に、()()()()()()()()()()

 

「フッ……!!」

 

━━━━鮮やかな一閃が、ノイズ達を切り裂いて。

 

「シンフォギアの調律を……ッ!!」

 

確か、アゲート・ガウラードとかいう七彩騎士も同じ事をやってのけたと聞いている。だが、それは織り込み済み。

予想より彼女の動きが速く、そして正確という、ただそれだけの事……!!

 

「DNAを、教育してくERROR混じりのRealism……人形のように、お辞儀するだけモノクロの牢獄。」

 

「あはははは!!美少女と追いかけっことは嬉しいわね!!でもまだ捕まる気はないわ、よッ!!」

 

━━━━本当に、彼女は速い。太刀筋だけで無く、ステップに関してもだ。

 

「━━━━ローラーでも追い付けないなんて……ッ!!」

 

「単純な速度ならそっちが上よ?ただ、コッチは歩法使ってるからね~」

 

それどころか、彼女は私と会話する余裕まである。

━━━━間違いなく、格上の相手。

 

だけど。

 

「━━━━忘れかけた笑顔だけど、大丈夫まだ飛べるよ。輝く、絆抱きしめ……」

 

『━━━━調べ歌おうッ!!』

 

━━━━だけど。私は、一人じゃないッ!!

急降下してきた切ちゃんと歌を合わせて、瞬間的に増大させたフォニックゲインで、大鋸を構えた私は加速する……ッ!!

 

                ━━━━γ式・裂擦刃━━━━

 

               ━━━━切・呪りeッTぉ━━━━

 

私達の一撃は、驚愕の表情を浮かべた彼女に……




━━━━剣に生き、剣に死ぬ。それこそが剣士という人でなし共の求める物。

確かに鎌は残酷に刈り取ろう。確かに鋸は無惨に抉り取ろう。

━━━━だがそれでも。この身を斬るにはまだ足りぬ。

剣が閃かす旋風が少女達の前に立ちふさがる時、戦姫達の真なる戦いの火蓋は切って落とされる。

されど、その天秤の揺り戻しが齎すのは……最悪へと到る、喪失へのカウントダウン。

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