戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第六十八話 降臨のディバインミラー

ノイズという存在は、かつての神代からこの地上に現れる怪異の一端でもあるという。

……だが、そうであれば。此処で一つの疑問が生じる。

 

━━━━人類は、ノイズに抗する手段を全く持っていなかったのか?

 

位相差障壁という最強の盾、そして炭化分解能力という最強の矛。なるほど、まさに《人を否定する為の機構》としてノイズは完成した兵器だろう。

だがそれでも。連中が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『━━━━ま、そりゃな。話に聞く所によりゃかつての英雄達はその手に神話伝承に謳われる聖遺物を……それも、完全な物を握ってたってんだ。

 聖遺物の摩訶不思議な力ならノイズの位相差障壁を打ち破れるらしいし、恐らくはそんだけのこったろうさ。大半はな。』

 

(宮本伊織)の師匠はかつて、こう言っていた。

 

『……あ?なら、聖遺物無かったら人間何も出来ねぇのかって?んー、あー……

 ━━━━俺は、そうは思わん。なにせ剣しか知らんからな俺等は。その俺等が()()()()()()()()()()()()()()()それこそ矛盾だろうがよ。

 銃で撃った方が話が早いし、なんならそんな風に武を振るうよりも先に政治で叩き潰した方が遥かに話は速く済むってのに、それでも俺等は《武》としての剣を振るうんだ。

 なんでまぁ……哲学兵装なんてシロモノが世に存在するらしい以上……剣を振る事が無意味とは思わんさ。俺はな。』

 

━━━━要するに、《斬る》という行為そのものにも哲学が乗るかも知れない、みたいな話。

 

「……ま、実際の所、銃より刀の方がノイズへの通りがいいのは確かなのよ、ねッ!!」

 

『━━━━なッ!?』

 

━━━━思考は回しながらも、体幹はブレず、剣閃は鈍らず。

飛び降りて来た少女達の必殺を目論んだ挟撃……鋸による横からの圧迫と、鎌刃による上へ逃れる事の封じ込め。

確かに強力だが……それでも、命を奪おうとはしない甘さが見えるそれを下を潜り抜けて回避する。

 

「いい子達よねーホント。命張った鉄火場でも命までは取ろうとはしない。

 私的には生温い感じだけ、どッ!!」

 

確かに桃色の少女の鋸刃は受けるには危険だし、緑色の少女の鎌刃は回転ゆえに受ける事も出来ないだろう。

━━━━だが、それだけだ。受けなければ問題は無いし、むしろその大鋸は上からの鎌刃の投擲への盾にすらなってくれる。

 

「クッ……!!切ちゃん!!」

 

「分かってるデスよ、調!!二人の歌を合わせて……ッ!!」

 

「━━━━分からず屋には、いいお薬を処方してオペ……しま、しょうッ!!」

 

着地した緑の少女は、落着の勢いそのままに鎌を圧として斬りかかり、翻って桃色の少女は大鋸を仕舞いこんで下がりながら初撃に見せた鋸の連射へと移行する。

歌を合わせるという言葉に嘘は無いようで、その速度も、数も、初撃の時とは質が違う。

 

「━━━━とッ!!コレは流石に逃げ切れない!!」

 

「当たり前デスッ!!アタシと調の組打ち!!アンタの二刀にだって負けやしないデスッ!!

 ━━━━交錯してく、刃の音が……何故か切ない狂詩曲(ラプソディ)に!!」

 

恐らく、視野が広いのだろう。桃色の少女の連射は的確に私の逃げ道を塞いでくる。

そして、そうして塞がれ、刃の籠の中に閉じ込められ、受けに回る私の刀を両断せんと迫る死神の鎌。

 

━━━━あぁ、なんて……なんて……

 

「……うーん!!面白い!!」

 

━━━━私には、剣しか無い。剣に生き、剣に死ぬ。

いつかどこかで、誰にも証を遺す事無く散るだろう事に気付きながらも、それを是とした()()()()()()()()()

故に私は常に死線と共にあり、私と相対するのは常に死ばかりであった。

 

だから。初めてなのだ。

私と立ち会って、格上と思い知り。それでもなお、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような存在は。

━━━━きっと、それは。シンフォギアという物がどこまでも防性に特化した武装だからなのだろう。

 

「何が、面白いんデスかッ!?」

 

「あはは。ごめんごめん。悪意を以て嘲笑ってるワケじゃないのよ?

 キミ達の輝きが、あまりに眩しいから、さッ!!」

 

一合、二合。そして、鎌による三合を待たず押し寄せる鋸を打ち払い、私は攻勢へと転じる。

本当に楽しい時間だが……残念ながら、永遠に踊り続ける事は出来ないのだから。

 

「ッ!?」

 

「切ちゃん!?」

 

━━━━刃物とは、基本的に引かねば斬れない物。それ故、その外見のおどろおどろしさに比べて鎌というのは存外使いづらいモノなのだ。

だから、その刃圏の内側へと入り込み、私は緑色の少女の持つ長柄を掴んで……後ろに投げ抜ける。

 

「なんデスとォー!?」

 

「切ちゃんが、大根みたいに引っこ抜かれた!?でも、追撃はさせない……ッ!!」

 

体勢を崩し、後ろへと放り投げた事を緑色の少女を仕留める為と読んだのだろう。桃色の少女は同士討ちになりかねない鋸の連射を止め、展開した大鋸で迫ってくる。

だが。

 

「━━━━悪いが、狙いは彼女(そっち)じゃなくて……キミだよ。」

 

━━━━厄介なのは、桃色の彼女だ。近距離戦では大ぶりながらも防御が難しい大鋸で両断し、遠距離戦となれば鋸の連射で此方の道を塞いでくる。

太刀筋はまだ未熟ながらも、その視野の広さには驚かされる。

 

「━━━━ッ!?ハァァァァッ!!」

 

だからこそ、先に仕留める。予想通りの大振りを最小限の動きで躱し、その懐へと飛び込む。

とはいえ、斬る事は目的では無い。流石にシンフォギアのバリアコーティングを一刀に斬るには一拍の《溜め》が必要になるし……

そもそも、ルガールからは装者の生け捕りを依頼されている。

 

「━━━━シンフォギアってのは、歌わなきゃ力を産み出せないんでしょう?なら……高い防御性能があっても、()()()()()()()()()()()。」

 

「がッ……!?」

 

故に、刀を振り抜くのでは無く、その柄を腹部へ向けて押し出す。

衝撃が一切通らないワケでは無いらしいので、横隔膜の痙攣を狙って叩き込んだその一撃。それは狙い通りに少女の呼吸を一瞬停止させる。

 

「ほっ、と。」

 

そして、呼吸が停止したその刹那の緩みに合わせ、首筋にもう一刀の柄を叩き込んでその意識を奪う。

流石に意識を喪ってはギアの維持もままならないのだろう。私の腕の中に倒れ込んで来る少女の身体からギアは剥がれ落ち、暖かそうな元の服装へと戻る。

 

「調!?何しやがるデスかッ!!」

 

「悪いねー。私への依頼はハナからコレだったのよ。仲良し二人を引き裂くのは悲しい事だけれど、まぁ()()()()()()と諦めて欲しいかな。」

 

抱き留めた少女の重さを感じながら、後ろに立つ緑の少女へと私は告げる。

まったく、転んでもただでは起きぬとはこの事か。ハワイの一件が失敗したからと即FIS脱走組の追跡に噛んで行く事で略取しようとは。

 

「それじゃ、またね……━━━━ッ!?」

 

後はこの少女を連れたまま脱出すればいい。逃亡用の高速艇は既に空母の近くまで来ているから後は其処に飛び移るだけ……

━━━━そう思った瞬間、()()はやってきた。

 

「ッ!?」

 

━━━━海中から水柱を挙げながら現れたそれは……

 

「ミサイルッ!?」

 

「━━━━いいや!!剣だッ!!」

 

しかも驚いた事に、そのミサイルはミサイルであってもミサイルでは無かった。内部に詰まっていたのは炸薬の類いでは無く、人。

二課側のシンフォギア装者二人が、ミサイルに梱包されて戦地直送されて来たのだ……!!

 

「うっそォ!?」

 

━━━━対応が早い!!私の言葉に対するよりもなお速く、蒼い少女は桃色の少女を抱える私だけに当たるコースで短刀を抜き放っている。

しかも、この短刀……なんだか凄く《イヤな予感》がする。弾き落としたというのに、頭の片隅に残って警鐘を鳴らし続ける……!!

 

「……って、動けない……簡易的な催眠導入!?」

 

                 ━━━━影縫い━━━━

 

「状況は分かんねぇが……アンタ等米国にむざむざソイツ等を渡すワケにはいかねぇ!!」

 

影を取られて動きを縛られた私の手から、乱入してきた片割れの赤い少女は桃色の少女を奪い取り、流れるようにギアのペンダントをも確保し、傍らにて私に刀を向ける蒼い少女へと投げ渡す。

 

「……一応訊くけど、キミ達って敵同士じゃなかった?」

 

「あぁ。今だって敵対してるっての。

 ━━━━だがな、敵の敵は味方なんても言うが、コッチにとっちゃ米国だってどっちかと言えば敵なんだ。

 フィーネとお互い仲良く裏切って嵌め合おうとしてた米国に渡すくらいなら……コッチが受取人になった方がまだマシってもんだろ。」

 

「ごもっともで……依頼人の狙いもまぁ間違いなくそういう実験だろうし、ねッ!!」

 

催眠導入、それも短刀一本で行うとは大した技前。とはいえ、ワンアクションという簡易的な物である以上、破りのコツを掴んでいればこのように破る事はそこまで難しくはない。

……だが、そうして術を破るまでの一瞬の間に、形勢は逆転してしまっていた。

 

「さぁ、どうする。如何な七彩騎士とはいえ、二対一対一では分が悪かろう?」

 

「……うーん、そうなのよねぇ……」

 

━━━━ただ殺し合うだけならば、厄介な二人(桃と緑)のコンビネーションは封じた以上、この数の差とて絶対的な不利では無い。

だが、依頼は生け捕り。それもソロモンの杖によるノイズの追加がいつ来るかもわからぬとなれば……

 

『━━━━()が配置に着いた。陽動ご苦労、そのまま帰還しろ。』

 

そんな折に入る通信はルガールからの物。だが。

 

「……その役目は聞いてないんだけど?」

 

『あぁ、言っていなかったからな。だが、派手に暴れるのは得意分野だろう?』

 

なんとまぁ。悪のカリスマというのは後出しも得意なようで。

とはいえ、二段三段と策を構えるのは策士の常道なワケだし。

 

「ま、その通りと言えばその通りか!!

 ━━━━それじゃ皆さん、私は撤退命令も出たのでまた今度!!じゃーねー!!」

 

そうと決まればさっさと退散するに限る。命を賭けて切り結ぶ中でノイズに殺されるのならいいのだが、そうでないならまだ早い。

 

━━━━世界とか、哲学とか、色々な物をまだ斬れていないのだし。

 

「ほッ。よし出してー!!」

 

「アイ、サ―!!」

 

「せめてマムにしてくれないかなぁ其処はさぁ!?」

 

「アイ、アイ、マム!!」

 

「ヨシ!!出発進行!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……なんだったんだ、ありゃ……?」

 

あたし(雪音クリス)の理解を超える勢いでぐりぐりと話が動いている事をなんとなく感じ取りながらも、この場に居る誰もが甲板から飛び降りて行った七彩騎士をただ見送るしか無かった。

 

「……ハッ!!そうデス!!調を返すデスよ!!」

 

そんな中で、真っ先に忘我から戻って来たのはアカツキ……だったか?緑のギアを纏った少女。

 

「悪いがそれには応じられねぇな。返して欲しいのはコッチだって同じなんだ。最低でもアイツ等と交換くらいじゃなきゃ割に合わねぇし、お前等に譲歩する理由もあたし等にはねぇ。」

 

「う……それは……」

 

「……ん、んぅ……?ここ、は……?」

 

人質と取っているのはお互い様だ。だからこそ応じられないという否定の意思を交わす中で、腕の中の少女……調が目を覚ます。

 

「悪いな。さっきの七彩騎士にお前が気絶させられちまってたから、横入りして掻っ攫っちまった。」

 

「……ッ!?」

 

「……ソロモンの杖にアイツ等……奪われた全部を返してもらうぞ。アイツ等はどこに居る!!」

 

「それ、は……」

 

腕の中の少女に、あたしは問う。

━━━━宙から光が降って来たのは、その瞬間だった。

 

「━━━━Rei shen shou jing rei zizzl(鏡に映る、光も闇も何もかも)

 

「……え?」

 

それは、聖なる詠唱。

それは、知らぬ言葉。

なのに、なのにどうして……

 

━━━━()()()()()()()()()()()()()

 

『え……?そんな、まさか……未来!?』

 

━━━━紫のシンフォギアを纏った小日向未来が。

着地の衝撃で舞い上がった煙の中に立っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……神獣鏡。それは魔を祓い、しかして光も闇をも映し出すが故に人の心を惑わし得る物……機械的起動では封印解除に足りぬ出力を、適合者によって起動させ補おうとは……

 貴方は、本当に手段を択ばぬのですね。ドクター……!!」

 

エアキャリアの操縦席にて、(ナスターシャ)は歯噛みする。

FIS四人目の装者と仕立て上げた少女を、二課の側にに傾いた天秤を揺り戻す為に投入したドクターの策。

それは確かに最善手ではあろう。だが……

 

「んー。人聞きが悪い!!ボクはただ《彼女》の願いを叶えてあげただけですよ?

 ━━━━親友を救いたいという尊い願いをねェ!!」

 

「屁理屈を……!!

 適合係数を以てリディアンに集められた装者候補の一人である彼女を、貴方のLinkerによって何も分からぬまま無理矢理に装者と仕立て上げるなどと……!!」

 

大方、融合症例(立花響)の解呪を餌と釣ったのだろうが……機械的起動の出力での融合症例へのアタックすら行っていない。

それをわざわざ彼女にギアを纏わせるのは、フロンティアの封印解除が主目的としか思えない。

 

「ん、ん、ん~。大筋は合ってますがちょお~っと違うかなァ?

 Linkerブッ込むだけでホイホイシンフォギアに適合出来たら誰も苦労しませんよ。それなら装者量産し放題のやりたい放題だ。」

 

「……ならば、何故あの子はギアを纏っているのです!?」

 

それではおかしい。道理が通らない。確かにLinkerを使ってもなお、マリア達を蝕む適合の到らぬ部分はバックファイアとなる。

だとしても、目の前に神獣鏡のシンフォギアという結果が存在する以上、それを成し遂げた解が存在する筈なのだ……!!

 

「━━━━愛、ですよッ!!」

 

「━━━━何故そこで愛ッ!?」

 

━━━━意味不明。かつ、理解不能。そう言うほか無い。愛……愛ッ!?

確かに、櫻井理論にはブラックボックスとなった部分が多い。特に、彼女(櫻井了子)や目の前の彼が作るLinkerが脳のどの部分へと作用しているかなどは我々門外の学者には伝わっていない。

……だとしても。愛という感情が聖遺物の起動にすら作用するなど、異端技術に携わる私にとっても理解のほどを超えた理論だ。到底はいそうですかと納得する事は出来ない。

 

「━━━━これ以上親友を戦わせたくないという想いッ!!自分だけが世界で唯一親友を救えるという使命感ッ!!

 その願いを、Linkerが文字通りに神獣鏡へと繋げてくれたのですよォッ!!

 ヤッバいくらいに麗しいじゃあアリませんかァ!?」

 

━━━━狂っているのか、それとも、真理の一端に到達した天才なのか。

……私には、貴方が分からない。ドクター・ウェル。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「a、AAAAAAAA━━━━!!」

 

「小日向、さん……!?」

 

「……んで、なんでそんな恰好してんだよ!!」

 

混乱するあたし(雪音クリス)とあの人の前で、少女は絶叫する。

 

「……彼女は、ドクターが用意した新たな装者……Linkerによって急ごしらえに仕立てられた。

 だからこそ、私達以上に……」

 

あたしの腕の中に捕らえられた少女が言い放つ言葉は、絶望を齎す物。

言い淀んだその先に続く言葉なんて、言われ無くたって分かる。

 

「ふざけやがってッ!!」

 

「……行方不明になっていた小日向未来の無事を、確認。ですが……」

 

「━━━━無事だとッ!?アレを見て無事だと言うのか、アンタはッ!?

 ……だったらあたし等は、あのバカになんて説明すればいいんだよッ!!」

 

共鳴……お前はいったい、今どこに居やがる……!!

こういう事になる前に止めるのがお前のやり口だろうが……ッ!!

 

━━━━そんなあたし等の困惑を意にも介さず、あの子(未来)は動き出す。

その虚ろな目を隠すようにバイザーを閉じ、獣のような面構えとなったギアと共に浮き上がる。

 

『ッ!?』

 

あぁ、戦うのか。戦ってしまうのか。お前が。

アイツにとっても、共鳴にとっても大切な存在で、あったかい場所だった筈のお前が。

 

「……だったら、止めるのはあたしの役目だ!!」

 

あったかい場所があって、其処に……あたしも居たっていいんだって教わった!!

けど、其処にお前が……未来が居ないのは御免だ!!

あぁ、まったく!!どこまでもあのアホ(天津共鳴)の影響が抜けきらない!!

……けれど、だからこそ。

 

「でやァァァァッ!!」

 

          ━━━━QUEEN'S INFERNO━━━━

 

あの子が手に持ったアームドギアから放つビームを避けながら、お返しついでに手にしたボウガンから矢を撃ち放つ。

だが、それをあの子は浮き上がりながらに避けて、海へと向かって落ちていく。

 

「━━━━いや、降りたのかッ!!コッチと違って制空権を握れてるからッ!!」

 

ならば、更に上から土砂降りを降らすだけの事ッ!!制圧射撃なら単発式のあのビームよりもあたしの方に一日の長がある……ッ!!

 

「━━━━撃鉄に込めた想い。あったけぇ絆の為……ガラじゃねぇ台詞。でも悪くねェ……」

 

          ━━━━BILLION MAIDEN━━━━

 

制圧射撃なら適任はコイツしかねぇ。十億連発(ビリオンダラー)を叩き込む為にアームドギアをガトリングに変え、着地した護衛艦の甲板からぶっ放す。

 

「イ・イ・子は……ネンネしていなッ!!」

 

散発で単発なアイツの反撃を押し切るように、ガトリングをブン回して弾をブッ放し続ける。

とにかくまずはアイツの動きを止めるんだ……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━エアキャリアの一室で、(天津共鳴)は自らの無力を押し殺して拳を握っていた。

通信は切れている。だが、爆発と砲火の音は、エアキャリアの駆動音に紛れる事無く、俺の耳にも届いている。

 

「……クソッ!!」

 

手の届く総てを救いたいと、そう願った筈の俺の想いはいつの間にか空回りを重ねてしまっていて。

護りたいと握り込んだ筈の未来の手も、ウェル博士の悪意にすり抜けて行ってしまった。

 

「…………あの、大丈夫……ですか?」

 

「……あぁ、うん。大丈夫だよ、美舟ちゃん。」

 

そんな俺に声を掛けてくれるのは、同じくウェル博士の悪意に晒された少女、天逆美舟。

……やはり、どこか懐かしさを感じる彼女。そんな彼女に打ち込まれた非情の証である首輪と左腕。

それを、俺は痛ましいと思ってしまう。

 

━━━━こうなる前に、彼女に手を伸ばせれば良かったのに。頭を過る想いを、首を振って振り払う。

馬鹿を言うな、天津共鳴。確かに俺は……手の届く総てを救いたいと願った。だけど、それは手の届く範囲を決める事。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、最初から分かっていた筈だ。

 

「……その。無理は……しないでください。」

 

「……ごめん。心配かけちゃったかな。」

 

「いえ……その……うん、そうですね。心配……しました。」

 

……そういえば。彼女はどうしてあの時、俺の計画の粗を突くウェル博士を止めたのだろうか。

いいや、そもそもそれ以前に。何故俺は、彼女に既視感を感じるのだろうか?

━━━━その理由から、眼を逸らしてはいけない気がする。

 

「……その、さ。変な事を訊くようで悪いんだけど……キミと俺は、昔に出逢った事が無いかな?」

 

━━━━その言葉への反応は、劇的だった。

まるで、水も無い砂漠を流離(さすら)う中でオアシスを見たような、そんな表情。

俯いていた少女の眼が輝くのを見て、俺はようやく痛感する。

……あぁ、なんて事だ。俺は、ずっと大事な事を忘れてしまっていたんだな、と。

 

「……はい。一度だけ……一日だけ。たったそれだけの話です。

 ……思い出せなくて当然だし、覚えてないだろうと、私も思ってました。

 そんな都合のいい話は無いって……」

 

━━━━一日だけ。あぁ、そうだ。マーティンさんやジョージさん達の証言で発覚した、米国特殊部隊による日本国内での略取事件。

その被害者の一人と、俺はかつて一度だけ逢っていたのだと。

ルナアタック事件の際、俺と二課の面々が未来を巻き込む事を過剰に恐れた理由の一つにもなったその少女の名前は……

 

「━━━━天舟、美坂ちゃん?」

 

「━━━━━━━━覚えてて、くれたの?」

 

「……ごめん。昔に逢った時の事は、もう殆ど覚えてない。名前を知っていたのは、全部が終わってしまった後の調査報告書を読んだからなんだ。」

 

なにせ、何度も逢っていてようやく思い出したのだ。覚えていたなんては口が裂けても言えないだろう。

だから、真摯にそれを伝える。

 

「……ううん。むしろ十年前に一度だけ出逢った相手を覚えている事の方が珍しいと思う。

 ━━━━それでも、思い出してくれてありがとう。貴方の人生の片隅に居た、小さな女の子の事を、覚えようとしてくれて……本当にありがとう。

 ……うん。だったら……もう何も怖くない。怖くは無い。だって、()は……」

 

涙を零して感謝を伝えてくれる美坂ちゃんの姿はとても綺麗で。

けれど、俺としてはやっぱりどこか居心地の悪さを覚えてしまう。彼女は覚えていてくれたのに、俺は覚えても居なかっただなんて……

 

━━━━そう思っていたから。俺もまた、美坂ちゃんの行動に度肝を抜かれる事になったのだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「脳へと接続されたダイレクトフィードバックシステムによって……己の意思とは関係無くプログラムされたバトルパターンを実行ッ!!

 流石は神獣鏡のシンフォギア!!それを纏わせるボクのLinkerも最高だッ!!」

 

━━━━快楽物質がドバドバなのが自覚出来る。なんたって、ボク(ウェルキンゲトリクス)の思い通りに事が運んでいる……つまり、ボクの目の前に英雄への道があるのだッ!!

 

「……ですがそれでも。偽りの意志ではあの装者達には届かない。」

 

「……フン。」

 

ばあさんの負け惜しみを聞き流しながら、それでも頭の片隅では冷静に戦力を分析する。

FISは完全に掌握した。彼女等はもうボクに対して牙を剥けない。幾ら吠えたてようと、檻の中の子犬なんざ怖くは無い。

そして、二課の装者達。確かに、神獣鏡のシンフォギアの戦闘力自体は彼女等に及ばないだろう。

━━━━だが、だからこそ彼女を選んだのだ。融合症例第一号を強く想い、なおかつ()()()()()()()()()()()()()()()()()

彼女等が甘ちゃん揃いな事は把握している。なにせボクごと巻き込めば殺せる状況を悉く無下にする連中なのだ。屈辱的ではあるが、それを利用しない手は無かった。

DFSによって神獣鏡のシンフォギアと強制接続された彼女の脳は別たれる事を良しとしない……強制的に外せば脳に損傷を起こすという、いわば簡易的な首輪にもなるという事。

 

「ふひひ……コレでボクは英雄確定だァ……ァン?」

 

そんな折にボクの耳に入ってくるのは、船内からの通信を告げるコール音。

これ以上の横入りなんざ御免被るが、無視するわけにもいかないだろう。

 

「なんです?」

 

『━━━━ドクター。ドクター・ウェルキンゲトリクス。

 お兄ちゃんを……天津共鳴を解放しなさい。』

 

「……は?」

 

━━━━言っている意味が、分からない。

 

()の我儘を聴けと言っているんですよ、ドクター。

 天津共鳴を()はこれから逃がします。その邪魔をしないように。』

 

「……ふざけるなァ!!分かってんのかお前はァ!?

 ボクはお前の首輪(ギアス)のスイッチを握ってるんだぞ!?

 このボクに命令するんじゃあねぇーッ!!ボクが上ッ!!お前等は下だッ!!」

 

どういう事だッ!?あの女……天逆美舟は、フロンティアを起動する為に居ただけの用無しッ!!

その性格だって把握している!!

 

「美舟……まさか……!?」

 

「ハ!!自分の命を懸けてでも、その男を逃がしたいってのかァ!?お前はァ!!」

 

『━━━━えぇ、そうです。()はもう決めたんですよ、ドクター。

 命惜しさに仲間の重石に成り果てる、弱い自分とはサヨナラするって!!』

 

苛立たしい、腹立たしい、憎たらしいッ!!

なんなんだ!!このボクの完璧な計画を前に、誰も彼もが邪魔をするッ!!

 

「脅しじゃあ無いッ!!その首輪を今すぐ爆破してやったっていいんだぞッ!?」

 

誤算があった?いいや、違う!!ボクは誤算などしていないッ!!天逆美舟にそんな度胸は無いッ!!自己主張も薄く、命を投げ出す程の覚悟も持ち合わせない数合わせッ!!

━━━━その筈なのに……!!

 

『━━━━やればいいでしょう?ですが、それをした瞬間、マリア達を縛る鎖は何もかも千切れ飛ぶ。

 マリア達を首輪無しで御しきる覚悟があるなら……どうぞご勝手に。』

 

━━━━首輪を重ねた、その弊害。

首輪一つで総てを操るという事は。逆に言えば、首輪一つ喪えば、総てを操れなくなるという事でもある。

考えていなかったワケでは無い。だが、マリア達がわざわざ逆らって天逆美舟を危険に曝すとは考えづらかったし、

何よりも《自分の命を盾に交渉に引きずり出す》など、天逆美舟の性格からして有り得ない筈なのだ……!!

 

「ぐ……クッソォォォォ!!嘗めやがってェェェェ!!」

 

『……決められないでしょう?ドクター。それは、貴方が私達に掛けたのと同じ首輪(ジレンマ)

 だから、貴方にそれは外せない。』

 

『美坂ちゃん……!!けどもしドクターが決めてしまえば……!!』

 

『━━━━大丈夫だよ、お兄ちゃん。ドクターは決められない。

 だけど、そうだね……お兄ちゃんもまた、このままだと決められないと思う。

 だから……()を、助けてね?』

 

『━━━━美坂ちゃん!?クソッ!!あぁもう、なるようになれだ!!』

 

「……まさか!?」

 

通信の先から聴こえる、異様に距離感の近い二人の会話に感じるイヤな予感をそのままに、エアキャリア後部へと走る。

 

━━━━だが、其処には最早誰も居ない。あるのは、開かれたドアから吹きすさぶ風の流れだけ。

 

「クソッ!!」

 

そのドアから見下ろせば、其処に見えるのは、落ちていく少女を抱き留める少年の姿。

 

「飛び降りた、だとォ……ッ!?」

 

爆破するか?

……いいや、此処で爆破してしまえば彼女の言う通りに首輪は無くなる。

 

「クソッ!!……天津、共鳴ィィィィ!!」

 

━━━━距離を取りがちな彼女があの男の事をお兄ちゃんだのと呼んでいた。それはこの行動と無関係では無いだろう。つまり、天逆美舟に決意を握らせたのはあの男という事。

 

「いつも、いつも、いつも、いつもォ!!ボクの完璧な計画の前に現れて邪魔をしやがるッ!!なんなんだお前はッ!!」

 

一度はボクの手に落ちたというのに、それでもなお……悪足搔きにも程があるッ!!

 

「━━━━絶対に許さん。計画の修正のついでに……お前だけは、確実に葬ってやる……!!」

 

━━━━頭脳を回転させろ、ウェルキンゲトリクス。

ボクに解けない問いなど、この世には存在しないのだから……!!




━━━━鏡に映る光も闇も、その総ては真にして偽。
救いたいと願った人が、その救いこそを拒絶する。

だからこそ、向かい合った二人が交わすなら、想いだけでは足りなくて。
閃光は今暁光となり、運命の刻への最後の鐘を鳴らすのだ。

━━━━新世界への、その扉を開く為に。

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