戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第七十話 暁光のデッドエンド

━━━━初めの一つは、燃える焔の弾丸だった。

 

━━━━続く二つは、凍てつく氷の弾丸だった。

 

「燃焼反応弾頭に液体窒素弾頭ッ!?

 んな無茶苦茶なッ!!」

 

「その無茶苦茶を徹すのが七彩騎士さ!!アンブレラ社の青傘協力の下の代物だけど……なッ!!」

 

美舟ちゃんを庇いながら、先ほどまでの戦闘で砕かれた甲板の破片をブラックジャックと用いて放たれた弾丸を撃ち落とす(天津共鳴)の驚愕に平然と答えながら、騎士はもう片方の(やり)を構える。

 

「まずッ……!!い!!かッらァッ!!」

 

━━━━アレは、司令にも釘を刺された黄槍。

空飛ぶ鳥を撃ち落とす為のバードショット。

フォニックゲインと共振したレゾナンスギアの出力であれば直撃でも無ければ致命傷には到らないが……

 

「お兄ちゃん!!」

 

━━━━背に護る美舟ちゃんは違う。一発でも掠れば命に到ってもおかしくはない。

だから、周囲の破片を震脚で飛ばして浮かべ、糸を張り巡らす事で即席の盾とする。

 

……だが。

 

「が、はッ……!!」

 

「無駄だ。その程度のぉ即席の盾じゃ、この黄槍(ガボー)は防げねぇ。」

 

弾頭の総てを止める事は能わず。何発かの弾丸が俺のバリアフィールドを掠り、削って行く。

 

「それ、でも……ッ!!」

 

バリアフィールドの総てを削り切る事は能わず。そして、俺という肉盾を越える事も能わず。

故に、背後の美舟ちゃんに弾丸の猛威が伝わる事は無い。

 

「……なら、コレでどうだぃ。」

 

しかし、それに対する騎士の反応は冷静そのもので。

構えたもう一方の小激から三つ目の弾丸を放ち……それが、爆裂する。

 

「━━━━ガッ……!?」

 

━━━━暴徒鎮圧用の爆圧弾頭……ッ!?ネットの軍事フリークの噂話じゃなかったのかよ!?

 

「ホレ、コレでぇ……丸裸だ。」

 

「グッ……美舟、ちゃん!!」

 

「……うんッ!!」

 

━━━━直撃は免れない。だが、それでもこのまま受け続けるだけでは美舟ちゃんを護り切れない。

だからこそ、一撃を甘んじて受け入れ……美舟ちゃんを抱き留めながらに別の瓦礫に糸を掛け、その陰へと隠れる。

 

「……ハッ……あぁ……!!」

 

先の数発程度とは比較にならない数の弾丸がバリアフィールドを削り、幾つかの弾丸は体内にまで達している。

 

「それでも背骨に食い込まなかったのは……素直に運が良かったというべきか……」

 

━━━━銃は、最も多くの人命を奪った武器であるとも言われている。

敵の攻撃の届かぬ遠距離から、一方的に攻撃が出来るそのアドバンテージはやはり強大だ。

 

「お兄ちゃん……ごめんなさい、私の我儘のせいで……」

 

「━━━━いや、美坂ちゃんは悪くない。」

 

命を賭してまで俺を戦場へと上げてくれたその献身。それが間違いなはずがない。だって……

 

「美坂ちゃんのお陰で、軽率の代償に囚われていた俺は手を伸ばす事が出来るようになった。

 だから、キミの選択も、俺の闘いも……決して間違いじゃない。間違いになんか、絶対させない。

 ……だから、此処で少し待っていてくれ。」

 

「……うん。待ってるから……」

 

不安に瞳を揺らしながら、それでも美舟ちゃんは見送ってくれる。

 

「……待たせてしまっているもんな……」

 

━━━━その瞳に思い出してしまうのは、手を伸ばそうと飛び降りながら、今なお届かぬ涯に居る未来の事。

代わりと重ねるのが良くない事だと分かってはいる。だがそれでも。俺は二人のどちらも捨てられないから。

 

「━━━━時間稼ぎやらぁ……不意討ちやらは、しなくていいのかい?」

 

一人歩きだした俺に騎士が掛ける言葉は、奇策を練らなくていいのかを問う余裕の問い。

 

「━━━━待たせてる女の子がいっぱい居るんです。時間なんて掛けてられません……よッ!!」

 

━━━━だから、返す言葉は強がりが十割の物。

言葉と共に飛び出して今度は此方が攻め手だと証明する為に、俺は身を躍らせる。

 

「ハッ!!最近のガキは欲張りだなッ!!手に余ったらどうするつもりだィ!!」

 

上方から飛び込む事で、美舟ちゃんに迫りかねない跳弾の発生を出来る限り抑えようとする俺の動きにも照準をズラさぬまま、騎士は銃の弾丸だけではなく、言葉の弾丸をも同時に投げかける。

空飛ぶ鳥を落とす為の弾頭が広がるのを俺は落ち着いて見据える。

 

━━━━美舟ちゃんを護る為の専守防衛で無ければ、俺の手札にもそれを覆す手はあるのだから。

 

「━━━━手に余らせない為に、俺は飛ぶんですッ!!明日へ……未来へッ!!」

 

━━━━雷神降臨(ボルトマレット)━━━━

 

返答と共にギアへと差し込むのは、ドクターが首輪を掛けたその慢心故に俺から奪う事も無かった聖遺物の欠片。

 

「━━━━雷神の鼓枹かッ!!」

 

翼ちゃん達のぶつかり合いが残したフォニックゲインと共鳴し、聖遺物を限定起動させる事でレゾナンスギアの出力を瞬間的に上昇、その余波を神鳴る衝撃波として放出させる。

その衝撃によって俺に向かっていた弾頭達は悉くその猛威を喪い、地へと落ちる。

 

「チェイサァァァァ!!」

 

「ハッ!!ビックリドッキリは及第点だが、まだ甘ェ!!弾はまだ七発も残ってんだぞッ!!」

 

空中での迎撃の勢いのままに飛び込む俺。

しかして、彼の手の内で繰られた小激は次弾の装填を終えている……ッ!!

 

「残りがたったの七発の間違い……でしょうにッ!!」

 

小激が放つ弾丸の種別を予測するのは難しい。

だが、此処までの傾向から予測を立てる事は出来る。

此処までの弾丸は火炎弾、冷凍弾、衝撃弾の三発。共通するのは直接戦闘向けの攻撃系弾頭であるという事。

幾ら瓦礫に(まみ)れているとはいえ、ガス弾は開けたこの海の上では効果も薄れる事からその線も薄い事。

上方から突貫する俺に対して放とうとしている事から、重力に従って着弾しても撒き散らされるアンブレラ社謹製の硫酸弾の可能性もまた低い事。

 

━━━━これらの点から、今回の組立(アセンブリ)の中身は直接戦闘重視の物と予測出来る。

 

故に、取る手立ては急降下の一択。銃の猛威を的確に避ける為には、極至近距離で見切る他に手はないのだから。

 

「いいや、()()()()()()()

 だからこそ、こういう手も使えるの、さッ!!」

 

━━━━そうして飛び込む俺の視界を、黒が覆った。

 

「━━━━網ッ!?」

 

「おう!!猛獣捕獲にも使われるネットランチャーよォ!!」

 

読み違えた……ッ!!

発射と共に瞬く間に広がった網によって、俺は地へと縫い付けられてしまう。

 

「クッ……!!そぉ……ッ!!」

 

「シンフォギアを相手取る事を想定すればこそぉ……こういった搦手は必要不可欠だ。勿論、身体能力強化も付いてるシンフォギア相手にゃ一瞬の隙にしかならんが……それで、十分だ。」

 

━━━━向けられる銃口は、黄槍の物。

一発、二発。咄嗟に紡ぎあげた糸の防御を嘲笑うかのように、(はじ)けた弾頭は鉛の雨となって俺の身体を叩く。

 

「ガッ……あァァァァ!!」

 

雷神の鼓枹の限定起動によって強化されたバリアフィールドを貫く程の威力では無い。だが、衝撃は通る。

ハンマーで全身を乱打されるような地獄の責め苦から、網を切り裂きながらネックスプリングで逃れ切り抜ける。

 

━━━━だが、それ故に距離が開いてしまった。

 

「……なるほど。聖遺物の二重起動。バリアフィールドを抜くには黄槍じゃ正面火力が足りんか。」

 

「……ゲホッ、ドクターを一点狙うなら、紛れもない適解でしたでしょうけどね……」

 

勝負は振り出しに戻ったように見える。実際のところ、俺の傷自体は未だ大したことは無く。騎士は残りの銃弾を四発と減らしたのだから。

……だが、防人としての勘が警鐘を鳴らすのだ。

 

━━━━まだ、危難は去っていないと。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━眼下にて神獣鏡のシンフォギアとガングニールのシンフォギアが打ち合うのを、ボク(ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス)は忌々しい目で睨みつける。

 

「……この土壇場に、土足であがる無礼千万……またもボクの眼鏡をズリ落とそうってんですかァ……?

 そんな事ッ!!神が許そうとも、このボクが許さないッ!!」

 

杖を振るえば、悪魔が来たりて笛を吹くッ!!それがこのソロモンの杖ッ!!

十六世紀には()()()()()()によって悪魔祓いの護符とも使われたこの完全聖遺物を用いることで、ボクはノイズを自在に操る事が出来るのだッ!!

 

「そうッ!!七十二柱の悪魔にも数えられるノイズの出現!!それを神の試練だとするキリスト教過激派の思想に則れば……

 この杖を振るう者こそ、神罰の地上代行者ッ!!つまり、このボクだッ!!だから、邪魔するんじゃないよガングニールゥゥゥゥ!!」

 

━━━━通常のノイズの三倍もの巨体を振るうブネ!!

その緑の巨体を召喚し、空を跳んで神獣鏡と張り合うガングニールの融合症例を叩き潰さんとボクは指令(オーダー)を出す。

 

……だというのに、それを無粋に邪魔するミサイルがノイズの後方からカッ飛んで来る。

 

「あァン!?今さらノイズ相手に通常兵装なんざそうそう効きゃしねぇよ!!」

 

一瞬、脳裏を過る七彩騎士の暴威を頭の奥底にブン投げて放ったボクの叫びはしかし。

 

━━━━目の前で真っ二つと裂かれた大型ノイズを前に、またも理不尽に砕かれる。

 

「ハハッ!!響にご執心なのはいいけどさ。

 ━━━━ガングニールはもう一振りあるって事、忘れてもらっちゃ困るよ?」

 

━━━━それは、死にぞこないの、不完全な、欠陥品のシンフォギアだった。

 

「んきィィィィ!?お前ッ!!お前がァ!?何故、お前が此処に居るッ!!

 ━━━━天羽奏ェェェェ!!」

 

━━━━崩れ落ちた四肢をアームドギアにて補う、初めの一振りのシンフォギアが。崩れ去りゆく巨大ノイズの遺骸の上に立っていた。

 

「二人の喧嘩に割って入ろうとする無粋なおジャマ虫を、邪魔しに来ただけさ!!」

 

━━━━何故だ。何故、ボクの計画を誰も成し遂げようとしないのだ……!!

……あぁ、そうか。奴等には希望があるのだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()という、甘っちょろい、けれど確かな希望の星が。

 

「天津、共鳴ィ……!!」

 

━━━━やはり貴様が原因だ。なにもかも、なにもかも。

希望の星は二つと要らない。人々の畏敬を集め、英雄となるのは……このボクだ……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━蛇に睨まれた蛙というのは、実はお互いに有利が取れる後手を狙っている睨み合いの構図なのだという。

そして、(天津共鳴)と騎士が相対する今のこの構図もまた然り。

 

だが……

 

「━━━━痺れを切らすまで待つ時間なんて俺には無い……ッ!!」

 

━━━━故に、不利を承知で俺は空母甲板を疾駆する。

跳ぶのは更なる悪手だ。ボルトマレットの装填による回避は一度限りの奇手奇策、最早空を跳べば黄槍に撃ち落とされる末路が待つだけなのだから。

 

「━━━━だろうとぉ……思ったよ。だから、それがお前さんのぉ……敗因だ。」

 

その突貫に対し、騎士が振るうのは、やはり黄槍による足止めだった。

 

「クッ……!!らァッ!!」

 

━━━━目前にて弾ける弾頭。それを、近場にある巨大な破片に糸を掛けて急速に横へスライドする事で回避する。

……だが。

 

「━━━━チェックメイトだ。」

 

━━━━急速なベクトルの変化は速度の低下を、そして、騎士から離れた事で再び開いた距離は残酷な事実を告げる。

間に合わない。次弾の回避は不可能だと。

 

━━━━そして、死の気配が俺を貫く。

 

「……ッ!!」

 

間違いない。小激が放つ次弾こそ騎士の切り札。俺を一撃で殺し尽くし、残弾で美舟ちゃんを殺す為の決着弾頭……!!

 

━━━━放たれる。死が。回転と共に飛来するソレを、俺は極度の集中によって加速した思考の中で視認する。

━━━━回転と共に引き出されるのは、万物を切り刻む為の刃。

 

(受け……いや、死……ッ!!)

 

崩れた体勢でそれを回避する事は不可能。だが、直観的に理解した弾頭の性質は斬撃。

それも、父さんと同じ部隊に所属していたというのならほぼ間違いなく……アメノツムギすら切り裂く為の物。

 

受けきれない。避けきれない。耐えきれない。

━━━━今の俺では、この結末を変えられない。

 

「ふ、ざ、ける……なッ!!」

 

━━━━だから、この左手を伸ばす。()()()()()()()()()()()

 

「自棄になったかッ!?」

 

俺の行動を乱心と受け取ったのだろう。騎士は叫ぶ。確かに、そうも見えるだろう。

弾丸が狙う先は紛れもなく俺の心臓。腕一つ犠牲にした所で、放たれた弾丸の軌道を変えるなど不可能だ。

 

━━━━だが、此処に。俺は例外を顕現させる。

 

「がッ……ああああああああああああああああああッ!!」

 

弾丸が左手に入り込む。その瞬間、俺はレゾナンスギアで拡充された糸の総てを左腕の外周部に集める。

回転する刃が肉を抉り裂く感触に絶叫を上げながら、俺は紡ぐ。弾丸を腕の中に誘導する為の()()()()()()を。

 

「ああああああああああああああァァァァッ!!」

 

あまりにも分が悪いこの一瞬に、総てを賭けるその理由。それは、騎士に勝つ為だ。

騎士は強い。仮令(たとえ)、この一撃をただ逸らしたとしても。それだけでは俺は次弾を防げない。残る三発の内の二発で、俺は間違いなく戦闘不能へと追い込まれる。

 

━━━━だからこそ、左腕の中を奔るこの弾丸こそが勝利の秘策(シルバーバレット)

 

思い出すのは、ルナアタックのあの日。

ヴァールハイトに導かれ、フォニックゲインを基に()()()()()()()()時の事。

アレから何度も実験を重ね、S2CAと共に特訓した事で俺はアメノハゴロモをある程度自在に起動出来るようになった。

 

━━━━故に、その術式は把握している。天地の照応を以てして大なる宇宙(セカイ)と小なる宇宙(カラダ)を逆転させる、その秘奥の一端さえも。

 

「━━━━だから……ッ!!飛べッ!!」

 

左腕の中で突き抜ける弾丸の螺旋回転を利用し、レゾナンスギアが紡ぎあげるのは紛れもない()()()

空間跳躍術式。だが、アメノハゴロモという完全に満たぬ形で起動するには、この場に漂うフォニックゲインだけでは足りない。

 

(だったら……俺の命でも何でもいいッ!!燃やして、輝けッ!!)

 

「━━━━未来に……手を!!伸ばす為にィィィィ!!」

 

「一体全体、なにをしようってェ……ッ!?」

 

━━━━そして、輝きが世界を変える。

魔法陣を突き抜けた弾丸は、演算の示した通りに空間を乗り越え……騎士の双銃を横合いから砕き散らす。

 

「なッ……!?空間跳躍……!!左腕を犠牲にしてッ!?」

 

「━━━━そうだ。コレで……アンタの手に、最早弾丸は存在しないッ!!」

 

「……なんてこったよ……そこまでの覚悟でぇ……あぁクソッ!!……この銃が砕け散る爆音も含めて、キッチリ号砲は十二回ッ!!

 ━━━━お前は、俺の口上に応えてそれを越えて尚立っているッ!!

 行けよ、少年……待たせてる女が多いんだろう?」

 

頭を掻きながら、騎士は言う。

 

「……ありがとうございます!!」

 

だから、頭を下げる。確かに騎士は、美舟ちゃんを殺そうとしていた。

だが、それは最速での事態収拾を図る為の物。

 

━━━━ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……テメェの左腕をズタズタにした奴に頭なんか下げるんじゃねぇよ。

 ━━━━お前が戻って来るまで、嬢ちゃんは見守ってやる。この事態をどうにか出来るってんなら……今のうちにやってみな。」

 

「━━━━はいッ!!」

 

そんな俺の思考に言質をくれる騎士の不器用な優しさに改めて心中で感謝を告げながら、俺は()()()()()()()を纏う。

━━━━理由は分からない。だが、先ほどの空間跳躍を切っ掛けに、アメノハゴロモを起動させられる程のフォニックゲインが俺の周りに溢れ出したのだ。

理由は分からずとも、それがありがたい事実である事は分かっている。だから……俺は飛ぶ。海と空との狭間に向かって。

未来に、手を伸ばす為に。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━大事な、友からッ!!貰った言葉、絶対!!夢!!()()からッ!!」

 

「━━━━あの忘却のメモリア……ぐしゃぐしゃに笑って泣いた日……!!」

 

━━━━バトルパターンを修正。陸戦パターンFから空戦パターンGへ移行。

リフレクターユニット射出。多角攻撃にて面制圧を実行。

 

……だけど、(小日向未来)に入力されたバトルパターンを越えて、響は互角の戦いを仕掛けてくる。

空を足場に蹴り出しながら……!!

 

「響け!!伝え!!歌え!!全開でッ!!愛の挽歌よ轟いて……ッ!!」

 

「強く握った手はあったかく……あったかく……!!」

 

けれど、それでも。神獣鏡の輝きを前にしてはそれも時間の問題だ。

それを後押しするように、エアキャリアから射出されるシャトルマーカー。その反射を利用して造り上げる光の鳥籠で空を蹴る響の逃げ道を塞いでいく……!!

 

「響けッ!!伝えッ!!歌えッ!!そしてッ!!

 勇気も、何もかもを全部……束ねよう……!!」

 

「……戦うなんて間違ってる。戦わない、戦わせない事だけが、響にとって本当にあたたかい世界を約束してくれる……」

 

━━━━肯定(ほんとうに?)━━━━

 

「響も、お兄ちゃんも、戦いから解放してあげないといけない。その為に、二人から戦う力を取り上げなきゃ……」

 

━━━━肯定(ほんとうに?)━━━━

 

光線収束、響を籠の鳥と捕らえる。

 

「さぁ、響……そんなの脱いじゃおう?」

 

「━━━━未来ゥゥゥゥッ!!」

 

━━━━そんな私の願いと裏腹に飛んで来たのは、空間跳躍で一気に距離を詰めて来たお兄ちゃん。

その姿が一瞬で掻き消え、次の瞬間には光の鳥籠の中から響を助け出している。

 

……けれど、見るからにその姿はズタボロだ。左腕から絶え間なく流れる血は間違いなく重症を示している。

 

━━━━ほら見なさい。戦う力と意思を手放さないからそんな事になる。

 

「ちがう……」

 

あたまがいたむ。わたしじゃないわたしが、脳裏に焼き付けられている。

 

「━━━━お兄ちゃんッ!?

 が、アァッ!!」

 

━━━━お兄ちゃんの乱入によって助け出された響もまた、限界(リミット)が近いのが見て取れる。

身体を突き破って胸に生える結晶は、紛れもなく胸のガングニールとの融合が進んでいる事を示していて。

 

「……絶対に帰ろう。響。未来と一緒に!!」

 

「━━━━うん!!」

 

━━━━けれど、けれど……!!

二人とも、満身創痍の筈なのに!!握る拳は揺ぎ無く!!見据える瞳に翳り無く!!

 

「違う……違う!!私がしたい事は……こんな事なんかじゃない……!!」

 

命の焔の最期の煌めきを示す、赤と金の二重奏(デュエット)が、私の思考を覚醒させる。

 

「━━━━無いのにィィィィ!!」

 

━━━━思考が焼ける。入力される情報が錯綜する。

思考が剥がれ落ち、残ったのは反射的な防衛機構だけ。

パターンをなぞるだけの光条では、響も、お兄ちゃんも、捉えられる筈が無い。

 

━━━━私は、絶対許さない。

響とお兄ちゃんの力にもなれない、こんな自分を許さない。

そう願って、戦う為に握った筈の力は……いつの間にかその姿を変えてしまっていた。

 

「たす、けて……」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━響ッ!!乗れッ!!」

 

飛んで来て私を助けてくれたお兄ちゃんが差し出す右手。その上に乗れという、その言葉。

それだけで、何をするのかが私には分かった。

 

「キミと……私……みんな……みんな。

 歩み……きった……足跡に、どんな花が咲くのかなぁ……?」

 

━━━━だから、燃やすのは未来を戦わせる世界の理不尽に対してだけでいい。

一体誰が……未来の身体を好き勝手してるんだッ!!

 

「━━━━跳べェェェェ!!」

 

アメノハゴロモの空間跳躍でさっきとまったく同じ動きで此方を閉じ込めようとする鳥籠をすり抜け、その外へと跳んで往く。

 

━━━━天槍・ガングニール━━━━

 

私をカタパルトのように撃ち出すお兄ちゃんの右手を蹴り出し……更なる加速で私は、ついに未来の基へと辿り着く……!!

 

「━━━━ダメ!!離して!!このままじゃ響が!!」

 

━━━━そして、また逢うその日まで。笑顔のサヨナラだ。

胸に浮かぶ歌詞。違う!!私は……私はッ!!

 

「━━━━イヤだッ!!離さない!!

 絶対にッ!!絶対にィィィィ!!」

 

━━━━もう二度と離さない。繋いだ手、あったかい陽だまりを!!もう二度と!!

 

「だからッ!!ソイツが聖遺物を消し去る光だって言うんなら……!!」

 

未来を掴んだまま、空を駆ける。目指すのは、さっきシャトルが放った鏡が織りなす三次元模様の終着点。

一つに束ねられた輝きの、その先へ……!!

 

「━━━━そんなの脱いじゃえ!!未来ゥゥゥゥ!!」

 

━━━━空を裂くその輝きに飛び込んで、私と未来、二人一緒。溶け合って……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━輝きに響と未来が飛び込んだ事で、(天津共鳴)は響の目論見をようやくに理解する。

神獣鏡による融合症例の治療。そして、神獣鏡と直結(ダイレクトフィードバック)させられた未来の解放。

その両方を、同時に満たす為の……

 

「……だが、ウェル博士の思惑は未だに蠢いている……」

 

━━━━融合症例が喪われた響が、なおもシンフォギアを纏い得るのか?

ウェル博士が残した問いへの答えは視えぬまま、だが、この瞬間を逃せば響と未来を救う事は出来なかった。

だから、後悔は無い。無い、が……

 

「━━━━フロンティアの、起動……」

 

神獣鏡の光が束ねられ、封印地点だろう海底へと直撃するのを遠目に見る。

FIS側が描いていた青図面は、ウェル博士の手によって再構築(リビルド)された。

その計画通りに起動したフロンティアを、ウェル博士は如何様にして使うつもりなのか……?

 

 

━━━━その瞬間の事だった。空に浮かびながら考え事をしていた俺の背を、衝撃が貫いたのは。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ウェル博士の出したノイズを蹴散らし、彼女達に近づけぬようにしていたアタシ(天羽奏)

そんなアタシが、響が未来と一緒に輝きへと突っ込んだ事に気を取られた一瞬。

 

━━━━その一瞬が、アイツの運命を変えてしまった。

 

「━━━━コイツは!!高速飛行型ノイズ!?」

 

恐らく、光が海面にぶち込まれる事も総て知っていたのだろう。

この光景に戸惑う事も無く杖を振るったウェル博士が召喚したのは、ソロモンの杖護送の際に現れたという高速飛行型ノイズの姿。

 

……ギアを砕かれた響と未来を狙うつもりか!!そう判断して動き出したアタシの思考を裏切るように、突撃形態へと変形したノイズが突き進む先は……

 

「ッ!!トモッ!!逃げろォォォォ!!」

 

━━━━左腕から血を流し、空に浮かぶトモ。彼を目指し、一直線に。

 

「ガッ……!?」

 

激突。衝撃。そして、突撃の勢いを緩めぬままにノイズが向かうのは……

 

「光の柱ッ!?」

 

━━━━マズい!!ギアを……聖遺物を解除するというあの輝きに呑まれてしまえばレゾナンスギアとて消失してしまう……!!

それになにより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!

 

「トモォォォォ!!」

 

だから、アタシは跳び出す。さっきまで響がやっていた空中ステップの応用。足としたアームドギアを回転させ、空を蹴る。

 

━━━━だが、追い付けない。

初動の差が。速度の差が。場所の差が。総てが残酷に告げる。間に合わないって。

 

「かな、で……さん……コレをッ!!」

 

━━━━そんな中で、押し出されながらにトモが何かをアタシに向かって放ってくる。

コレは……

 

「━━━━雷神の、鼓枹ッ!?」

 

━━━━それはつまり、トモが諦めた事の証。

生きるつもりなら。帰ってくるつもりなら、生きる為に間違いなくこの聖遺物は必要不可欠なのに……ッ!!

 

「━━━━ふっ……ざけんな!!オイ!!自分が死んでもコイツで戦ってくれってか!?」

 

RN式起動に使える聖遺物であり、弦十郎のダンナが戦う為に必要不可欠なモノ。

それだけ貰ってハイサヨナラと……

 

「引き下がれっかよ女の子(シンフォギア)ッ!!

 トモ!!死ぬな!!

 ━━━━生きる事を諦めるなッ!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━生きる事を諦めるなッ!!」

 

声が、聴こえた。

左腕からの出血、全身を叩いた弾丸の雨。そして……後方から高速水平突撃をかましてきたノイズの直撃。

総てが(天津共鳴)の体力を奪い去り、光の柱へと運ばれるのを甘んじて受け入れるしか無かった。

 

最期の力は、せめて世界を救う一助になればとボルトマレットを投げ渡す為に使った。

この場を切り抜けられるだけの力が無くて。さっきまであった燃える焔の輝きが、血と一緒に抜けてしまっていったよう。

 

━━━━その筈だったのに。

 

「あ、ああ……!!」

 

━━━━生きる事を諦めるな、と。

 

「あぁ……アアアアッ!!」

 

━━━━聴こえた言葉に、ようやく思い出したのだ。

 

「あき、らめない……ッ!!

 ━━━━この空に、歌が響く限りッ!!俺はッ!!死なないッ!!諦めないッ!!

 ━━━━手の届く総て、救う……為にィィィィ!!」

 

━━━━右腕を持ち上げる。光の柱はもう目前に迫っている。

だが、諦めない。この身体が動く限り。この空に……あの子達の歌が響く限り。

 

━━━━振り下ろす一撃が、高速飛行ノイズを叩き落とす。

だが、突撃によって働いた慣性は膨大で、姿勢を整えて消し去る間もなく……

 

━━━━俺の視界が、光に染まって。

何かが書き換えられていく感覚。

()()()が目覚めていく感覚。

左腕が千切れる感触。

アメノハゴロモが強制的に起動する。緊急転移!?だが、一体どこへ━━━━

 

 

━━━━思いが至るよりも先に、俺の感覚は転移の光の中に溶けて、墜ちて、消えて━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

━━━━喪失(さよなら)融合症例第一号(ガングニール)━━━━

 

━━━━消失(さよなら)第零號聖遺物(アメノハゴロモ)━━━━

 

 

 

 

━━━━この日、天津共鳴は地上から消失した。

 

 




━━━━さよなら、さよなら、さよなら。
ヒカリの中に完結した、物語の唐突な終幕は少女達の心を千々に千切って翻弄する。

コレで、世界を救う手段を持った英雄は唯一人。
世界の未来を救う為、涙を呑んで従う者。
世界の未来を信じるから、決意を握って立ち上がる者。
手紙に込めた悲壮な決意と、言葉に込めた強壮な決意。

運命の箱舟(ディスティニーアーク)の起動の音色は祝福の聖譚曲(オラトリオ)か、それとも絶望の葬送曲(レクイエム)か。
その答えはきっと、胸の歌だけが知っている。

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