戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第七十二話 浮上のラストアーク

ウィザードリィ・ステルスを喪ったFIS(ボク達)を襲った米国と二課の連中の横槍で発生した南海の激闘。

その果てに立ったヒカリの柱は封印を砕いた。

━━━━そして、広がる新天地(フロンティア)

このボク(ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス)が支配し、世界最後の理想郷となる人類史最後の方舟(ラストアーク)!!

 

「━━━━ふ、ふひひッ!!さぁ、行きましょうか皆さんッ!!」

 

ボクの掛け声に、返す言葉を持つ者など最早居ない。

FISの甘ったれた小娘共がボクの崇高な理想に従わずに跳ねっ返るのは予測していたが、天津共鳴と言う奇跡を呼ぶ因子(ファクター)を得る事であそこまで暴れまわるとは。

━━━━だが、そんな男ももう居ない。光の柱にブッ刺さり、奴は強制転移で行方不明になったッ!!

 

「……宇宙に、そして惑星外までも射程とするアメノハゴロモの強制跳躍(ランダムジャンプ)

 そんな不安定な試行で人間の生存圏に落着出来る可能性は……ンふふッ!!考えるまでも無く絶望的な数値でしょうねェ!!」

 

だから、言葉にてなおも希望が奪われた事を伝えて見せる必要がある。

まぁ実際の所は、アメノハゴロモに備わった数多の安全装置(セイフティ)がそうはさせないだろうと予想しているが、それを伝える必要はない。

 

「クッ……!!」

 

それに……仮令(たとえ)、そうして運よく人の生きられる環境に跳躍完了(ジャンプアウト)出来たとしても。

そこからこの地球、この日本南海海上に戻って来るまでどれだけの時間が掛かるだろうか?

居住可能空間(エクメーネ)が陸上地形の九割を覆うようになったこの時代と言えど、海洋という人類史上最大の居住不能空間(アネクメーネ)は未だに地球全体の七割を占めているのだ!!

人類が生存可能な場所に落着したとて、それが生還を保証するワケでも無し。

 

これほどの可能性を乗り越えた奇跡の生還劇がもしも起きたとて、それを見届けられないのは残念至極だが、ボクにもやらねばならない事が山ほどある。

生存可能性の考察などこの程度で十分だろう。

 

「ハハハハハハ!!どうしましたァ?此処こそがッ!!貴方達も求めていたフロンティアッ!!デスよッ!!」

 

━━━━脅しも兼ねて天逆美舟を残してボクの先を歩む彼女達の懐中電灯の灯りが遺跡を照らすのを見ながら、ボクは快哉の喝采を謳いあげる。

 

「……本来のフィーネの計画ならば、美舟によるジェネレーターへの出力奏上によって封印から解放されたフロンティアを運用する予定でしたが……貴方は、腹案を使うつもりですね。ドクター。」

 

そんなボクの挑発を切り上げ、ナスターシャ教授(オバハン)は事務的な話を進め出す。

 

「……ま、マイクパフォーマンスはコレくらいでいいでしょう。えぇ、本来の計画であれば我々は日本に入植した先史文明人(カストディアン)の末裔である彼女……

 天逆美舟の力によってこの舟の正当なる継承権を手に入れる予定でした。ですが……」

 

━━━━遺跡の中央に聳え立つ尖塔、その基部。フィーネの遺した音響測距記録(ソナーデータ)によって推定されたジェネレータールーム。

その内部へと、ボク達は辿り着く。

 

「なんデスか……アレは……?」

 

「……研究に使われてた古文書で、見た事がある……アレが、フロンティアの……鳥之石楠船神の根幹を成すジェネレーター……

 ━━━━またの名を、武御雷(タケミカヅチ)

 だから、フィーネは浮上の暁にはこの舟の呼び名を変えるつもりだった……」

 

「━━━━そうッ!!天より来たりし雷神の力によって浮上する人類救済の方舟……雷神の方舟(アークインパルス)とッ!!」

 

芝居がかった仕草で後背の無知蒙昧へと教えながらに開くのは、無限(ネフィリム)の心臓を収めた保管ケースの蓋。

ジェネレーターへと()()を押し付ければ、ネフィリムによる侵蝕はたちまちに始まって行く。

 

「ネフィリムの心臓で……!?マムが言っていた腹案って、コレの事なの!?」

 

「心臓だけとなっても聖遺物を取り込む性質はそのまま……卑しいですねぇ……フヒヒ……ッ!!」

 

━━━━ネフィリムによる聖遺物の吸収、それはただ吸収するだけには留まらない。分解し、それを理解してこそ、ネフィリムは無限たる出力を発揮する事が出来る。

そして……それが故に。聖遺物の捕食摂取を出来ぬようにこうしてネフィリムの機能を制限してやれば、無限の出力はそのまま、外部から強制的に聖遺物を起動可能な合鍵(マスターキー)となるのだ。

 

「……どうやら、エネルギーはフロンティアに行き渡ったようですね。」

 

絡みつきながらも喰らい付けぬネフィリムが、それでも卑しく生成し続けるエネルギーによって起動したジェネレーターはエネルギーを生成し、フロンティア全域へとエネルギーを供給する。

 

「では、ボクはブリッジへ向かうとしますが……

 ナスターシャ()()には、制御室にてフロンティアの面倒を見てもらいたいのですがね?」

 

皮肉を込めた物言いは、嘲笑の色を帯びてしまっただろうか?

━━━━だが、最早ボクの道行きを阻める物などこの世に存在しないのだッ!!嘲笑われながらも従うしかない屈辱を味わってもらうくらいの役得はあって然るべきだろう。

なにせ、世界一の頭脳を持つこのボクを欺いてテロに加担などさせてくれたのだからッ!!

……ま、そのお陰でボクが世界救済の要となれたのだから、別に恨んじゃ居ないのだが。

 

マリアと美舟(ひとじち)を連れてブリッジへ向かいながらほくそ笑むボクのテンションはどうやら……自分でも気づかぬうちに暴発寸前にまで昂っているようだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「シュルシャガナ……か……」

 

━━━━()()()()()()()()()()()()、ベッドに戻って座り込んだままの少女の監視映像を横目に見ながら、彼女の持っていたシンフォギアについて(風鳴弦十郎)は呟く。

 

「確か……古代メソポタミアの都市神の一柱、ザババの持つ刃でしたか?」

 

「あぁ……同時に、其処から派生して()()()()()ともされる……の、だったか?

 了子くんや鳴弥くんならもう少し込み入った解説も出来るのだろうが……」

 

「━━━━シュルシャガナは()()()()()()()とも訳される刃で……

 了子さんが少しだけ触れていた資料によれば、紅の刃は戦神であるザババの右手に握られる獅子の如きシミターであり、あらゆる防御を削り裂く全断の刃である……だ、そうですよ。」

 

━━━━そんな折に入って来たのは、Linkerの洗浄を行っている奏を除いた、医務室に向かっていた面々の姿。

その中には検査入院待ちという事で安静にしていなければならない筈の未来くんの姿もあった。

 

「ッ!!未来くん!!まだ安静にしてなきゃいけないじゃないか!?」

 

「ごめんなさい!!でも……でも……!!」

 

「……お兄ちゃんが行方不明だって聴いて、どうしてもって……」

 

━━━━それは、当たり前の心配だった。

自分と共に連れ去られながらも、自分を助ける為に命を懸けて戦った兄貴分が行方不明だと聴いて、友人たちを強く想う彼女が黙って居られる筈も無い。

 

「……そう、だな。共鳴くんの行方は未だに掴めていない。奏もLinkerの影響を考えれば、戦えるとして後一度程度だろう。

 だが、だからこそ俺達はFISの……いや、今やウェル博士の独断だろうが……それを食い止めなけらばならない。

 共鳴くんの行方を探る事だけに集中してウェル博士の野望を食い止められない事……そんな事は、共鳴くんが一番望まない結末だ。」

 

「……はい……」

 

━━━━だからこそ、告げねばならぬ事実は重く、苦々しい。

防人として決意を握ったとはいえ、彼も彼女達と同じただの少年だというのに。

その命と世界を天秤に掛けねばならないこの残酷。

 

「ですが、共鳴くんの行方を探る事を諦めたワケではありません。

 各国情報機関に協力を求めて共鳴くんの行方を探ってもらって居ますから。」

 

俺に続いた緒川の言葉は事実だ。だが、気休めである事も否定できない事実だ。

なにせ、アメノハゴロモの転移システムは未だブラックボックスなのだから。

緊急転移がどういった基準で行われるのかも、飛ばされる先がどこなのかも不明。

これでは転移先を探ろうにも、砂漠の中から一粒の砂金を探すような物だ。

 

「━━━━フロンティアとの距離20000!!接近、もう間もなくです!!」

 

『ッ!!』

 

そんな思考を一旦振り払い、目の前のモニターを見つめる。

フロンティアの浮上、新天地による逃亡……いずれも、ただ一人の独断によって成し遂げられて良い筈が無い。

 

━━━━だが、次の瞬間。

遺跡上部の三叉の如き塔から、光の柱が立ち昇る。

それは、螺旋を描きながら空を貫いて━━━━

 

「なんだ、アレはッ!?」

 

「エネルギーの強烈な高まりを検知ッ!!こ、コレって……!?」

 

━━━━瞬間、振動が艦全体を揺さぶる。

 

『きゃあっ!?』

 

「状況報告ッ!!」

 

「広範囲に渡って海底が隆起!!我々の直下にも押し迫ってきますッ!!」

 

「━━━━更なる浮上、だとォッ!?」

 

振動に耐えながら、モニターを睨みつける。

一体、何が起きている……ッ!?

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ドクターを止める手段も見つけられず、ブリッジに辿り着いてしまった(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)と美舟。

そこで目にしたのは、現行の技術体系からかけ離れた異形の機構(システム)の姿だった。

 

「コレが……ブリッジ……?」

 

━━━━其処には端末(コンソール)も無く、壁も無い。まるで四阿(あずまや)のような石造りの天井と、結晶構造体の拱門(アーチ)の只中に、紋様の刻まれた真球が鎮座するのみ。

 

「……ドクター、貴方は一体どうやってフロンティアの制御を得ようと言うの?

 ここには貴方の得意なプログラムを走らせる端末(コンソール)も無い。」

 

「ふふん。そんな有様ではフィーネの演技などすぐにモロバレだったでしょうね、マリア。

 ━━━━その通り。此処には液晶モニターの一つも有りはしない。当然でしょう。先史文明が使っていたのはもっと()()()()機器だったのですから。

 そして……そういった事情に関して、このボクが対策の一つも考えていないとでも?」

 

━━━━そう言い放ち、ドクターはその右手に握った物を見せつける。

 

「Linker……!?」

 

「ッ!!ネフィリムの細胞を使ったッ!?」

 

「その通りッ!!試作品ではネフィリムから群体の一部であるネフィラそのものすら抽出してみましたが、コイツはその完成品ッ!!

 ━━━━正真正銘、ネフィリムの機能だけを抜き出した夢のアイテムッ!!

 コイツを注入、メイクアップゥゥゥゥ~!!」

 

Linkerの入った無針注射器、それをドクターは自らの左腕に躊躇いなく突き刺し、流し込んでいく。

━━━━そして、その左腕が変貌する。

ネフィリムのような黒ずんだ肌。走った痣のラインが仄かに赤い輝きを放つその姿は、美舟の左腕と同じ物で……!!

 

「━━━━美舟を、実験台にしたのねッ!?」

 

「実験台?とんでもない。ネフィラまで分離させたネフィリムの細胞Linkerが危険過ぎる事なんて使う前から百も承知でしたとも。

 本当なら使うまでも無く封印しておくつもりだったんですがねぇ……マリア。キミがいけないんですよォ?

 自分が新たなるフィーネだなんて言い張ってこのボクを騙くらかしてテロリストに仕立て上げておいて、自分達だけが助かろうとするからァ……」

 

「そ、れは……」

 

━━━━勝手な言い分だ!!

そう叫びたい。だけれども。だけれども。

……ドクターを巻き込んだのは確かに私達なのだ。表ざたになる事は無いとはいえ、異端技術研究者としてのキャリアを持っていた彼の人生を壊したのは。

 

「━━━━そこで二人仲良く見て居ればいいですよ、ボクが世界を救うのをォッ!!」

 

━━━━そうして、私が慙愧の念に囚われた一瞬の隙に。ドクターはその左腕を真球へと押し付ける。

そして、真球を侵蝕する赤いライン。

 

「ジェネレーターの時と同じ……!!ネフィリムを使うって、まさか……!!」

 

ドクターの行動の真意に先に気づいたのは、美舟だった。

 

「それもまたその通りッ!!ネフィリムはあらゆる聖遺物を侵蝕し、己へと組みかえる暴食の具現ッ!!

 ━━━━で、あれば……それをコントロール出来る状態で行えば、あらゆる聖遺物に対応する万能ハブとする事が可能という事ッ!!」

 

「……ッ!?」

 

「使い方を探し出すんじゃなくて、使えるように侵蝕して組み替える……まるで、侵略者(インベーダー)のように……ッ!?」

 

「フヘヘ……そう……コレで、ボクとフロンティアは直結された……最早この方舟はボクの身体も同然ッ!!」

 

ドクターの相貌が喜悦に歪んでいくのが分かる。

それを前にして……それでも、私達は未だ人質を取られたままで。

 

そして、私が逡巡を続ける中で混迷は更にその色を深めていく。

ドクターが空間に投影したモニターに映るのは……

 

「米国の……ッ!!」

 

追手の第二波であろう、護衛艦の大艦隊。

否定の軍団が、波を掻き分けてやってくる。

 

「ハハハハハハ!!敵は多勢!!なれど此方も……エネルギー状態は良好ッ!!最大容量(フルキャパシティ)にはほど遠くとも、コレだけあれば十分にいきり立つッ!!」

 

『待ちなさい、ドクターッ!!重力制御エンジンの出力は未だ上がり切っていません!!

 この状態でフロンティアを浮上させるのは不可能ですッ!!』

 

「えぇ。この舟一隻の力で浮かび上がるのは……不可能ッ!!

 ですが……行けッ!!極光よッ!!」

 

━━━━ドクターが叫び、窓の外に微かに見える遺跡の上部構造物……その中でも、浮遊したリング部分から眩い程の光が溢れ出す。

いったい……何が起きているというの!?

 

「━━━━どっこいしょォォォォッ!!」

 

ドクターの掛け声と共に、足元の大地が揺れる。

……いや、コレは……ッ!!

 

「フロンティアの……強制浮上ッ!?

 一体、どうやって出力を補ったの……!?」

 

美舟の分析と、私とも共通する驚愕の感情を余所に、深まった混迷に嵌まった状況は進んでいく。

 

投影された映像の中で、艦隊が否定の力を……砲塔に込められた弾頭を射出するのが見える。

……だが、届かない。及ばない。意味がない。浮上したフロンティアの大質量を前に、異端技術が使われていない艦隊の攻撃は何の痛痒も与えられていない……!!

 

「ひははははァッ!!楽し過ぎて眼鏡がズリ落ちてしまいそうだァ……ッ!!

 ━━━━どォれ、もういっちょォォォォ!!」

 

━━━━そんな必死の抵抗を前に、ドクターが再び左腕に力を籠めるのを見て。

 

「やめろ……やめろォォォォ!!」

 

後背に置き去りにされていた私は、嫌な予感に貫かれて、思うよりも先に叫んでいた。

━━━━だって、だって……それは……その、力は……!!

 

「重力制御は反重力浮遊だけに使うもんじゃあないッ!!

 こうして余所の重力をフロンティアの機構にて書き換えてやれば……」

 

━━━━ふわり、と。鉄の塊が空に浮かんで。

 

━━━━ぐしゃり、と。超重力の(あぎと)に噛み砕かれる。

 

「━━━━あ……」

 

命が消える、音が。

私の心の中に残っていたなけなしの反抗心をへし折って。

 

「あ、ぁ……」

 

「━━━━ッ!!マリア!!しっかりして……!!」

 

目の前で消え去ってしまった命の重さに頽れる私の身体を、美舟が支えてくれるのをぼんやりと感じる。

閃光の中に消えた彼のように。罪も無い人々の命が、零れて、消えて……

 

「ふーむ……制御できる重力はこの程度が限界のようですねェ……ですが……

 ━━━━手に入れたぞッ!!蹂躙する……力ッ!!

 コレでボクも英雄になれるゥ!!

 いいや……この星に、人類を救える英雄は最早このボクただ一人ッ!!

 ━━━━この星の最終英雄(ラストアクション・ヒーロー)()()じゃないッ!!

 このボクがだァァァァッ!!アヒャハハハハハァッ!!」

 

━━━━誰でもいい。誰か……この悪夢を、ドクターの狂気を……止めて……!!

 

━━━━この世界を……助けて……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「おやァ?どうしましたか、マリア……おっと!!まさか、行きがけの駄賃に月を引き寄せちゃった事がそんなにショックでしたかァン?」

 

加速する欲望でフロンティアを浮かべたドクターが頽れたマリアを嘲笑うのを見て、天逆美舟(ボク)は拒絶の意志を込めて彼を睨みつける。

 

━━━━だが、彼がその言葉で顕わにした事態の重さは、それすらも跳ねのける程の巨大質量で。

 

「月……を……?」

 

「━━━━まさかッ!?上がり切らないフロンティアの出力を、アンカーによって引き合う力で無理矢理に補ったのッ!?」

 

「その通りッ!!中学生にだって分かる簡単な物理演算ですよッ!!

 無理矢理に重力に逆らえないのなら……重力と釣り合っている疑似無重力状態で空に固定して引っ張ってしまえばいいッ!!」

 

「……コレが、貴方の世界救済なの!?

 月の落下を早め、逃げきれぬ人々が惑い、争う地獄絵図を地上に顕現させる事がッ!?」

 

━━━━信じられない。確かに、フロンティアでの地球脱出では全人類を救う事は出来ない。

だとしても、だとしても。こんな風に人々に二者択一(ソード・オア・デス)を押し付けるだなんて……!!

 

「そうッ!!コレが一番確実で!!一番手っ取り早い!!

 たった一つの冴えたやり方ッ!!唯一にして絶対の人類救済だともッ!!」

 

「こんな……こんな事の為に……私は……セレナ……貴方の生きる世界を……!!

 ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 

倒れ伏したマリアが涙を零し、セレナへと許しを()う。

当たり前だ。こんな結末……こんな手段、ボク等FISの望みなんかじゃ、無いのに……!!

 

「フヒェーヒャヒャヒャヒャッ!!全く以てダメな女だなァ!!マリア・カデンツァヴナ・イヴゥ!!

 悪を背負う事も出来ず!!自らを貫く事も出来ず!!ましてや大義の為の犠牲を払う覚悟も出来ないッ!!

 ━━━━フィーネを気取ってた頃のアンタの方が、まだ輝いていたぞ?滑稽な金鍍金(メッキ)でなぁ!!」

 

不甲斐ない。情けない。耐えきれない……!!

ドクターの非道を、誰も止められない……!!

 

━━━━だけど、ふと。左腕が疼いた気がした。

 

「さて、ダメダメなマリアはほっといてェ……天逆美舟。キミにはこのままボクの優位を護る為の盾として矢面に立ってもらいますよ?

 アヒャッ!!キミを庇って死んだ()()()()()()のようにねェ!!」

 

「いや……ッ!!」

 

ドクターが下卑た笑みを浮かべながら近づいて来る……それでも、その眼には、FISの腐った研究者のように私達に欲情する色など一切無く。

━━━━ただ、ボクの先を見つめて、何かを見せつけるように興奮を加速させていて。

それが怖いから、思わずにボクの脚は階段を後退(あとずさ)ってしまう。

 

「ハハハハハハ!!どこへ行こうと言うのかねェ……?

 Linkerで繋がったこのボクの左腕(ネフィリム)がある限り……フロンティアの制御権はボクの物だと言うのにッ!!」

 

━━━━Linkerで、繋がった……?

ドクターの物言いに、ふと何かに思い至ったような。何か、大事な事に気づいたような感触がして。

 

「ほぉら捕まえたァ!!」

 

「あ……やめて!!離して!!」

 

その思考を探ろうとした一瞬の逡巡で、ボクはドクターの左腕に捕らえられてしまう。

 

「さよなら、マリア。其処で気の済むまで泣いているといいですよ。

 ━━━━あぁそうそう。ボクが奴等を潰して帰ったら、どうやって僅かに残る地球人類を増やしていくかを考えましょうか。」

 

━━━━そう宣いながらボクを連れ出していくドクターの嗤った顔は、やっぱりどこか遠くを見ている物で。

それが、ボクにはどうしても怖くて堪らなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━ご覧ください!!大規模な地殻変動が発表された沖ノ鳥島近海で軍事衝突が起きています!!

 謎の浮遊要塞が光った直後、米国所属の艦隊が一瞬で……ッ!?うわッ!?━━━━』

 

━━━━ぐしゃり、と。何かが噛み砕かれる音を最後に、中継は途絶えてしまって。

 

『━━━━緊急警報放送のテスト中です。』

 

代わりに街頭広告(ビジョン)に映るのは、大地震の時などに映し出される花畑の映像で……

 

「テラジ、こういう事件って……」

 

「えぇ……恐らく間違いなく、立花さんや共鳴さんが……」

 

「関係してたりして……まるで、アニメか伝奇小説みたいだけど……」

 

━━━━急激に日常を侵蝕する非日常の黒い影。

それに負けないように、アタシ(板場弓美)はぎゅっと手を握りしめる……

 

「━━━━大丈夫よ~。共鳴さん達なら、きっと~。」

 

━━━━それでも、少しだけ震える手を。あまあま先輩は、そっと握ってくれていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━揺れと、浮上が収まって。二課本部内では状況確認と船体の損耗チェックが進んでいた。

そんな中でも、(風鳴弦十郎)は二課の司令として、動じる素振りを見せぬようにして報告を待っていた。

 

「━━━━下からいいのを貰ったみたいだな……!!」

 

「計測結果が出るまでもう暫くかかります……え!?コレって……」

 

「どうした!!」

 

━━━━だが、続く状況確認の中で、予想外の事態が起きる。

 

「コレは……本部潜水艦内部からの直接介入!?通信システムが乗っ取られました!!」

 

「なんだと!?」

 

━━━━本部内部からのハッキング、だとォッ!?

 

「プロトコルが全部読まれてる!?嘘だろ!?

 だって、二課本部の通信プロトコルは……」

 

━━━━櫻井了子が造り上げた物を基盤とし、我々に可能な範囲での改良を加えた物。

藤尭がそう告げるよりも先に、正面モニターが強制起動する。

 

『━━━━』

 

其処に、映っていたのは……

 

「……調、ちゃん……?」

 

━━━━捕虜となっている筈のFISの少女、月読調が涙を流しながらに此方を見ている姿だった。

 

『……助けて、ください。』

 

「……なに?」

 

━━━━そんな状況だからこそ、彼女が開口一番に放った言葉が此方の予想を大きく裏切る物だった事に、咄嗟の反応が出来なかったのだ。

 

『━━━━美舟を、マリアを……切ちゃんを……マムを!!

 皆を……助けて……!!

 ドクターは、フロンティアの出力が上昇を行うまでには達していない状態だった所を、天上の月へとアンカーを仕掛ける事で無理矢理に空へと引き上げた……ッ!!』

 

「むぅ……!!友里くん!!藤尭ァ!!計測結果は出たか!!」

 

少女の言葉は、先ほど見えた光景から見れば事実のように思える。だが、それでも。それだけで判断を急く事は出来ない。

 

「……はい。彼女の言う通り、先ほどの地殻上昇はフロンティアの浮上に伴う物です。」

 

「海上に浮いているだけだったフロンティアを……空にまでッ!?」

 

「はい。それだけでなく……月の軌道に関しても……質量比のお陰で僅か程度に収まってはいますが、多少の遷移の可能性があると……」

 

━━━━その情報で、裏付けは取れた。ならば、次に考えるべきは……

 

「月読、調くん……だったな。

 ━━━━キミは、一体何者だ?」

 

━━━━了子くん謹製の通信プロトコルは内部からであろうとそう易々と解読出来るものでは無い。

いや、それ以前に。()()()()()()()()()()()()()()I()D()()()()()()()()()()()()筈なのだ。

……一つだけ、その謎の答えとなる仮説がある。だが、それは……

 

『……えぇ、そうね。事情の一つも明かさない不義理では……貴方達の協力を引き出す事は出来ないでしょうから。』

 

━━━━刹那、少女の眼の色が変わる。比喩表現では無く、黄金……永遠を現す物へと。

 

「き、み……は……」

 

━━━━その瞳を、その視線を。

そして、その纏う雰囲気を。俺は、知っている。

 

「了、子……さん……?」

 

『━━━━久しぶり、ね。

 これ以外にも、証明は何か必要かしら?』

 

「……いいや。事態の重さは理解した。だが、何故?と、問おう。

 何故それが、キミが彼女達を救う為に此方の協力を求める事に繋がる?」

 

『ふふっ……まぁ、分かっていた事だけれども……貴方は、ちゃんと私の事を疑ってかかってくれるのね?

 えぇ。私がこの子に協力する理由は……秘密。だけど、貴方達に助けを求めた理由はちゃんと言うわ。』

 

━━━━その軽口は、口調は。紛れも無い()()の物で。

 

「……頭が痛くなってきたな……それで?助けを求めた理由とは?」

 

『━━━━確実となった月の落下から世界を救う為、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……月の欠片を落とした私が、今更に言う事では無いと……分かってはいるのだけれど。』

 

━━━━意外の方向から放たれたその言葉は、しかし。

 

「━━━━分かった。話を聴こう。」

 

その本気が見えるから。

 

━━━━俺は、彼女を信じてみたいと思ったのだ。




━━━━終わりが、すぐ其処までに迫っている。
引き寄せ合った方舟と月は重なり合う事を願い合い、それこそを目論む嘲笑は高らかに叫ぶ。
希望は、此処にしか無いと。


━━━━だが、本当にそうだろうか?

パンドラの塔の奥底に残った最後の希望(絶望)は、本当に最後の一手なのか?

━━━━さぁ、この方舟を繰りし者よ。汝、一切の希望(絶望)を焚べよ。

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