戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第七十四話 希望のフェイズトランジション

━━━━ヒカリの中に消えた筈の意識が、漆黒の底から浮上する。

 

「……ッ……おれ……は……?」

 

アメノハゴロモの輝きも失われたのか、視界に映る事は無く朦朧とする意識の中。

それでも、うつ伏せの状態から立ち上がろうと(天津共鳴)は両手を突き……ある筈の物が無い感覚と共に崩れ落ちる。

 

「がッ……!?」

 

━━━━痛みと共に覚醒した視界が捉えたのは、残酷な現実。

自らの左腕が無くなったという、その事実だった。

 

「……やっぱり、あの時の感覚は本物だったのか……」

 

あの時、ウェル博士の一押しでシェンショウジンの極光の中に叩き込まれた俺の左腕は、弾丸を内部に徹すという無茶のダメージも相まって千切れ、光の中へと落ちていった。

━━━━そして、それを覚えているからこそ感じる違和感があった。

 

「……血が、止まっている……?」

 

━━━━脳裏を過るのは、ネフィリムに噛みつかれ、響が左腕を失くした時の事。

腕というのは大量の血液を循環させて手を保持、運用する重大器官なのだ。それ故に、斬り落とされたとなれば夥しい量の出血を伴う筈なのだが……

確かに、血が喪われた事による貧血症状のような気怠さは今も俺の中にある。

━━━━だが、それだけ。止血もせずに飛び回ったというのに、失血死する事も無くこうして気絶から目覚めている事自体がおかしいのだ。

 

「……それに、此処は……?」

 

ようやく周囲を見渡す余裕が出来た俺の視線に映るのは、今までに一度たりとも見た事の無い不可思議な光景。

 

━━━━其処に、空は無かった。

翡翠の如き深緑が染め上げる高き玉座。それを内包するシェルターの如き構造物。

 

「━━━━目覚めたか。」

 

━━━━そして、その玉座に腰掛ける、一人の老人の姿だけが、この場に存在する物だった。

 

「貴方は……いったい?」

 

「━━━━そうだな。一つずつ、答えるとしよう。

 まず一つ、此処は……()()()()だ。」

 

「……は?」

 

━━━━思わず、思考が停止する。

世界の……外?いったい、それはどういう意味なのだろうか?

 

「フッ……流石に一言では分かりづらいだろうな。

 少年よ、此処は諸君等が()()()()と呼ぶ時代の……遺跡の一つにして、異界の一つと思えば良い。

 それが、物質世界の範囲外に浮いているのだ。」

 

━━━━異界。

それは、世界中に存在する()()()()()()()()()()()に纏わる伝承だ。

冥界、天界、地底界、桃源郷、妖精郷……北欧神話における九つの世界もその類型の一つと言えるだろう。

 

「……此処が、異界……」

 

「正確に言えば、その源流と言えるだろうが、な。まぁ、キミ達の認識はさしたる問題ではない。

 ……そして、私が何者であるか、という事についてもそうだ。

 だがそうだな……呼ぶに不便であるのならば、禍を引きおこす者(ベルヴェルク)とでも呼ぶが良い……」

 

「ベル……ヴェルク……?」

 

━━━━頭が回らない。告げられた名前を鸚鵡と返すだけで、その意味に理解が及ばない。

だが……どこかで……聴いたような……

 

「━━━━少年よ。キミは本来ならば此処に辿り着く筈はなかった。

 キミが担うアメノハゴロモに搭載されし緊急離脱機能……装着者の生命活動の急激な低下に反応し、(はは)の基へと還る為に刻みつけられた《コトバノチカラ》が導く先は此処では無いのだから。」

 

「……ッ!?」

 

「だが、キミは抗った。そして……かつて、()もまた抗った。故に……彼の神は封じられ、キミは()()と同質の哲学を得て此処へと流れ着いたのだ。」

 

「哲……学……?それに、神……?ベルヴェルク……貴方は、いったい……?」

 

━━━━言葉の意味が理解できない。事象の系列が認識できない。

断片から類推できる事は、あの時のランダムジャンプによって世界から投げ出されたという事くらいだ。

 

「なぁに……キミは、()()()()を投げたろう?で、あれば、キミもまたヴァルキリーを率いる存在という事だ。」

 

━━━━槍を、投げた?

そんな事をした覚えは無い。そもそも、槍なんて……

 

「ま、さか……」

 

そこで、ようやくに思い至る。あの時、俺の手に乗って飛び出させた幼馴染。彼女が担う聖遺物に。

 

━━━━それは、北欧神話において最高神オーディンが使ったとされる必勝の槍。

放たれれば必ず敵を貫き、そして持ち主の基に戻り、オーディンの手で指し示せば『絶対なる勝利』を確約するという。

トネリコで出来た柄を持つとも、世界樹ユグドラシルの枝から削り出されたとも言われる、権能の槍。

 

━━━━その、欠片。

 

「ガン、グニール……ッ!!じゃあ、貴方の、その名は……ッ!!」

 

北欧神話における主神である彼には数多の名がある。

そして、ボルヴェルクという名もまた……その一つ。

 

「……キミの世界は私が元々居た世界では無いが故、キミが想う人物と私がイコールである保証はないのだが……いや、コレは感傷だな。

 ━━━━そう、私はかつてガングニールを振るっていた事がある。

 ……だが、私の世界はとうに消え失せた……私は、その結末を知りながら逃げ出したのだ。」

 

「━━━━貴方の……世界……?」

 

━━━━先ほどの異界の話とは、また異なるのだろうか?

 

「……あぁ、そうだ。私はミーミルの泉の水を飲み、多くの事を知った。

 現在、過去、未来へと到る因果の流れと……

 ━━━━そして、可能性に満ちた確率時空。並行し、並列し、並立する数多の世界群に関する事もまた。」

 

「……それって、並行世界(パラレルワールド)……ッ!?」

 

━━━━まさか、先史文明は並行世界を捉える事にも成功していたというのか……!?

空回りしていた頭が回り始める中で叩きつけられる、あまりにも想像を超えたスケールの話。

 

「とはいえ、私達といえど並行世界までの総てを知れたワケでは無い。

 ……いや、むしろ限定的だったからこそ、私は恐れたのだ……神々の黄昏(ラグナロク)を……ッ!!

 ━━━━それが故に、私は落着した《蛇》の欠片を以てこの玉座を……フリズスキャルヴを築き上げたのだ。」

 

━━━━ラグナロク。

北欧神話における神話世界の終わり。詳細は誰にも分からないが、神々の総てが滅び去る程の壮絶な戦いだったという。

 

「ここが……フリズスキャルヴ……高き座……

 この玉座で、貴方はラグナロクを乗り越えたのですか……?」

 

そして、フリズスキャルヴ。それは大神オーディンの座る玉座であり、世界の総てを見渡せるという。

……なるほど、世界から切り離され、並行世界すら見渡すのであれば、それは紛れもなく()()()()()を見渡していると言えるだろう。

そして、世界から切り離されたというのならば。世界を焼いたというラグナロクとてその焔は及ばぬ筈……

 

「━━━━いいや、少年よ。

 神々の黄昏(ラグナロク)は未だ終わっておらぬ。今から始まるのだ。」

 

━━━━そんな俺の予想は、またしても覆されて。

 

「まさか、ドクター・ウェルが!?」

 

彼は、世界を滅ぼしても構わないと思っている節がある。自らが英雄となれるのならば、何をした所で問題無いと。

であれば、彼がラグナロクの引き金となる可能性もある。瞬間的に辿り着いた思考もまた……

 

「いいや、彼の思惑は大いなる冬(フィンブルヴェト)の一つではあるが、神々の黄昏(ラグナロク)そのものでは無い。

 これより来たる神々の黄昏(ラグナロク)は世界の内より来たるのでは無い……世界の外、並行する世界群そのものから来たるのだ。」

 

「━━━━なん……だって……?」

 

━━━━スケールが大きすぎる!!

此処に到る寸前までですら、俺達は目の前にある月の落下という人類の一大事を巡って争っていたというのに!!

 

「……ふっ。安心するがいい。これより来たるとは言えども神々の黄昏(ラグナロク)は今すぐに起きるワケでは無し……

 ━━━━それ以前の話、キミが立ち向かわねばならぬ問題は別にある。」

 

そう言いながら、玉座に座る老人は腕を振り……

瞬間、空中に二つの映像が投影される。

 

「━━━━翼ちゃんとクリスちゃんに……切歌ちゃんと調ちゃんが戦っている!?何故!?」

 

━━━━片方は、美舟ちゃんを再び人質と取ったのだろう。ドクター・ウェルが召喚する大型ノイズを相手に立ち回る翼ちゃんとクリスちゃんの映像。

━━━━もう片方は、切歌ちゃんと調ちゃんが何故かアームドギアをぶつけ合う映像だった。

 

「……どうやら、古き巫女が宿っていたのは桃色の少女の方だったようだな。隠す気も無くなったゆえ、懐かしい気配を感じるとも。」

 

「……ッ!!フィーネが……調ちゃんに!?じゃあ……」

 

━━━━切歌ちゃんが戦っている理由は、もしかして。

 

「……俺の、せいだ。俺が……間違った情報を教えて、あらぬ方向に決意を固めさせてしまったから……」

 

「━━━━傲慢、だな。

 キミの知る情報だけで考えれば、あの時点で巫女が宿った少女を見出す事は不可能であったろうに。」

 

━━━━俺の呟きに返す老人の言葉は短く、しかし辛辣で……なにより、正しい物だった。

 

「……だが、あぁ。そうだな……過去は変えられずとも……未来は、誰の物でも無い。知識として先を知ろうとも、それを完璧に扱える者など存在しない。

 ━━━━故に……話を戻し、キミに問おう。天津共鳴。

 ━━━━キミの肉体は今、人類へと掛けられた呪い(まじない)を解かれた事で(はは)へ還る為の本来の機能を取り戻し……それ故に、キミの自我をも上書いて掻き消してしまうかも知れぬ瀬戸際にある。

 だが、此処に居続ければそれは起こり得ない。此処は、(はは)悪魔(やつ)も降り立たぬ荒野(はて)であるが故に……

 それでも。それでも……手段があるのならば。キミは……キミの世界に向かうかね?」

 

━━━━大神たる老人が何を言っているのか。俺には半分くらいしか分からない。

レゾナンスギアが起動していない現状、元の世界に帰る手段が俺に無い事は痛感している。

そして恐らくバラルの呪詛が解かれた事が原因で、何故か俺の自我が消えてしまうかも知れないらしいという事も朧気には理解できる……フィーネさんが言っていた、俺のご先祖に関する話だろうか?

だが、(はは)とは誰なのだろうか?悪魔(やつ)とは誰なのだろうか?前提となる情報を持ち合わせていないからさっぱりわからない。

けれど……けれども……

 

「━━━━はい。」

 

その問いに、返す言葉は肯定以外は有り得ない。

 

「……それは、義務感からかね?」

 

「はい。ですが、それだけじゃありません。」

 

「……それは、喪失への恐怖からかね?」

 

「はい。ですが、それだけじゃありません。」

 

「……それは、未来を手に入れたいからかね?」

 

「はい。この空に、歌が響き、鳴り渡る限り。

 ━━━━手を伸ばし続ける事、諦めないと誓いましたから。」

 

━━━━この手からすり抜けてしまった命を想うと、胸が苦しくなる。

笑い合ったのに、もう二度と逢えない誰かが居るというその事実だけで……俺は真っ直ぐ立ち続けられないという確信がある。

だから、もう後悔を握らない為に抗い続ける。この命が燃え尽きる、最後の一瞬まで。

 

「……ふっ。はは……ハハハハハハッ!!

 曇り無き眼で、そこまで咆えるかッ!!

 ━━━━いいだろう。受け取るがいいッ!!私が知り得た物をッ!!」

 

━━━━言葉よりも早く、老人がその指で空間に刻んだ事象が結実する。

 

「がッ……!?」

 

━━━━気づけば俺の脳裏に刻まれたそれは、情報だった。組み合わさり、繋がる事で意味を造り上げる物……

 

「文字……ッ!?」

 

「ルーン、という。欠乏(ニイド)知啓(アンサズ)、そして……死と再生(ユル)

 この三画を以て、キミの脳内(ニューロン)に再構築される(はは)を消し去る。とはいえ、気を付けたまえ?

 このルーンの組み合わせは()()()()すらも消し去りかねん諸刃の剣……下手に扱えば、()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「……ルーン魔術ッ!?」

 

━━━━オーディンがかつて、ガングニールを自らへと突き立てて供物と捧げる事で得たという、文字にして、魔術。

その一端。

そして、俺の中に刻まれたそれは……

 

知啓は消滅し、欠乏する(ニイド、アンサズ、ユル)……《忘却》のルーンだ。

 ━━━━さぁ、後はキミが此処から元の世界へと帰るだけだ。

 覚悟はあろう?言葉もあろう?

 ━━━━ならば、恐れる事は無いさ。」

 

━━━━そう言って、大神たる老人は立ち上がり……光を放ちながら、此方へと向かってくる。

 

「……光?ッ!?

 ━━━━レゾナンスギアがッ!?」

 

此処には、奇跡を起こす程のフォニックゲインなど無い筈なのに。

大神たる老人が光を放ち始めた瞬間、大気が揮え、フォニックゲインが産まれた事を示すようにレゾナンスギアが起動する。

 

「━━━━歌には人の想いが、可能性が詰まっている……

 それは、誰かを慈しむ心……護ろうとする魂の輝き……

 ━━━━たとえ世界が、星が。今日に滅んだとしても。命の旋律(メロディ)だけは……未来(あす)の歌へと遺る。

 ……歌は、命の輝きそのものなのだよ。」

 

「━━━━歌が、輝き……?

 まさか、貴方は……ッ!?」

 

━━━━歌が命の輝きであるのならば。命の輝きを歌と変える事もまた……可能なのではないか?

 

「何故……どうしてッ!?貴方はそこまでッ!?」

 

命の輝きを歌へと変える。それはきっと、騎士と戦った時に俺が成した事で。

であれば、その先に待っていたあの虚脱は、存在の焼失の前兆なのだろう。

だというのに、目の前の大神たる老人は、躊躇う事無く自らの命を光と変えている。

 

「何故、どうして、か……うむ。まぁ……贖罪だろうな。

 私の世界はとうに消え失せた。喰らい尽くされ、滅び去った。

 ━━━━だが、滅びに抗う者は確かに居る。数多の世界における()や、その意を継ぐ()()()のように。

 ……だから、最期くらいは立ち向かって見たかったのだよ。逃げるばかりで、変える事など出来ないと断じていた私自身と訣別する為に。」

 

━━━━だからこそ、その理由はあまりにも重く、余人が立ち入る事など出来ないもので。

 

「ッ……ありがとう、ございます……ッ!!」

 

━━━━世界の外たる此処から、アメノハゴロモ無しで帰還する手段など思いつかない。

だからとて、手を伸ばし続ける事、諦めないと誓ったのに……目の前で覚悟を決めた彼を止める言葉一つも見つからない無力さを噛み締めるしか出来ないなんて、イヤだ。

 

「……うむ。気にするな。此処に居る私は、とうの昔に選択を誤って生ける屍と化していた……云わば、過去の残滓じゃ。

 そんな物が、前に進み続けんとするキミを助けられたのだ。誇りこそすれ、後悔など無いとも。

 ━━━━さぁ、行きなさい。キミの道行きの涯が輝きに満ちている事を祈っておるよ……」

 

━━━━ヒカリとなって、大神たる老人は消えてゆく。誰もが持つ命の輝き……フォニックゲインへと、その総てを変えて。

 

「……はい。短い間でしたが……お世話に、なりました……ッ!!」

 

━━━━目の前に突き出した手を握り締める。

━━━━其処に、ヒカリは結実し、輝く布を紡ぎ出す。

 

「━━━━行ってきます……ッ!!」

 

━━━━演算するのは、可能性世界。世界の中を飛び回るのでは無く、世界そのものを選び取る。

……一歩間違えれば、全く異なる世界に落着してしまうだろう。だが、恐れは無い。

 

「━━━━手を伸ばし、求め続ける。

 俺が助けたい女の子たちは……あの世界にしか居ないんだから……ッ!!」

 

━━━━跳躍、飛翔。

高き玉座を離れ、俺は向かう。

俺が立ち向かうべき破滅の基へ。

俺が護るべき少女達の基へ━━━━ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ブリッジに状況を報告する為だろうか。自動的に起動したモニターに映るのは、人質と取られた美舟と、そして……ぶつかり合う、調と切歌の姿だった。

 

「そん、な……どうして……?仲の良かった調と切歌までが……あぁ……!!

 (マリア・カデンツァヴナ・イヴ)の選択は……悪役を背負いきれなかったツケは……こんなにも……ッ!!」

 

━━━━頽れて床へと突いたままの私の手、そこに零れ落ちる涙の粒。その粒でさえ……私の過ちを糾弾するかのように重く、苦しい。

 

『━━━━マリア。』

 

「━━━━はッ!?マムッ!?」

 

━━━━そんな中でブリッジへと響くのは、マムからの通信だった。

 

『マリア……今、其処にはあなた一人ですね?』

 

「……えぇ。美舟は……ドクターに人質として連れていかれてしまった……」

 

『……そう、ですか。ですが、立ち止まっている暇はありません。

 ━━━━フロンティア内部の情報を解析する中で、月遺跡へのアクセス方法を見つけました。

 ですが……残された最後の希望。それを成すにはマリア、貴方の歌が必要なのです……ッ!!』

 

「ッ!?月遺跡へのアクセスには、月へと直接乗り込む事が必要だったのではッ!?」

 

『えぇ。ですが、月は地球人類より相互理解を剥奪する為にカストディアンが設置した監視装置……であれば、ルナアタックにて一部機能不全となれど、機構に組み込まれている以上は地上からのアクセスが出来ない筈が無いのです。

 そして、予想通り、フロンティアにはその機能が内包されていた……しかし、現状のままでは出力が足りないのです。』

 

━━━━大よその事情は理解した。だけども……

 

「……私に、何ができるというの……?」

 

悪役を任じながらも、それを背負いきれなかった私の歌に、いったい……何が残っているというのだろうか……?

 

『……マリア。よくお聞きなさい。

 貴方は確かに悪役(フィーネ)を貫き徹す事は出来なかった……!!

 けれど、貴方の歌は!!ただの優しいマリアの歌は……!!まだ失われてはいないのです!!

 今や最後の希望は貴方の歌ただ一つ……ッ!!

 ━━━━セレナが生きるこの世界を救えるのは、もはや貴方だけなのですよッ!?』

 

━━━━マムの叱責に、思わずとも一瞬で顔を挙げる。

流れる涙を振り払い、私はよろよろと……それでも、しっかりと立ち上がる。

 

「そうだ……ドクターのやり方で世界が救われたとしても……セレナは間違いなく其処には居ない……ッ!!」

 

そもそも、今どこに居るのかもわからないのだ。ドクターの指揮の下でフロンティアへと残される人類の中にセレナが入る可能性なんて、考えるまでも無く0しか有り得ない……ッ!!

 

「━━━━私が、悪役(フィーネ)を背負ってまで、世界を救おうとした理由……忘れてしまっていた……!!

 ごめんなさい、マム……私、歌うわ。世界を救う為に……セレナの未来を、護る為に……ッ!!」

 

━━━━たった一人だとしても、独りきりの歌でしか無いとしても……それでも、この胸に宿った、信念の火だけは……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━はァーッ!!」

 

━━━━蒼ノ一閃━━━━

 

「━━━━うらァッ!!」

 

━━━━BILLION MAIDEN━━━━

 

(風鳴翼)の大ぶりな剣の一閃と、雪音のバラ撒く弾丸が小型ノイズの群れを打ち砕く。

 

「ッ!!雪音ッ!!左に避けろッ!!」

 

「━━━━ッとぉ!?」

 

━━━━だが、次の瞬間には別方向から小型ノイズの群れが殺到してくる。

……()()()()()()()()()()()()()()

 

「クソッ……!!こんな小手先にかかずらっちまうなんて……!!」

 

「ノイズは同士討ちを起こさない……その常識を覆すとは……コレが、ソロモンの杖の真打か……ッ!!」

 

「それだけじゃねぇ……ッ!?」

 

それでも、雪音と二人で背を預け合う形で小型ノイズを討ち払う私達を覆った影。それは、巨大な人型ノイズの物で……ッ!!

 

「クッ!!大型ノイズと小型ノイズの組打ちッ!!コレもまた、ソロモンの杖あればこそか……ッ!!」

 

咄嗟に弾けるように別方向へと逃れる事で私達はその緑色の大型ノイズの攻撃を避ける。

……だが、その先をも圧し潰すように迫りくる、小型ノイズの群れ……

 

「へヒャーハハハハハァ!!どうですゥ?ソロモンの杖に選ばれたこのボクのッ!!

 ボクの指揮する楽団の切れ味はァ!!」

 

「━━━━ハッ!!なまっちょろくて欠伸が出るぜ!!」

 

「……あぁ、如何に数を揃えようと、私達の切れ味の前にはノイズの百や二百程度ッ!!」

 

ハッタリ、虚勢、大口。言いようは様々あるだろうが……要するに、強がりでしかない事は戦っている私達自身がよく分かっている。

無尽の軍勢であるノイズの猛威の前には、如何にシンフォギア二領といえども永遠に保たせる事など出来はしない。

 

……戦場(いくさば)となった此処が市街地で無い無人の荒野である事は、数多い不幸の中の幸いというものだろう。

 

「……とはいえ、流石に一騎当千を(うそぶ)くのは大口が過ぎるか……雪音、どうだ?」

 

「……ダメだ。まだ距離も方角も悪すぎるし……あの野郎、スイッチからまだ手を放しちゃいねぇ……このままだと最悪、破壊する前に衝撃でスイッチが押されちまう……」

 

「如何なイチイバルといえど、電光そのものの速度には追い付けぬ、か……仕方ない。このまま奴を此処に釘付けるぞ。

 月読と……そして、立花ならば間違いなく成し遂げてくれる筈だ。」

 

「作戦をか?」

 

「フッ……いいや、人助けを、さ。」

 

再び合流した雪音と交わす言葉は、ドクターが人質として傍に置く彼女……天逆美舟を救う為の一手の相談。だが、それも今すぐに出来る方策では無い……

このままでは擂り潰されるのは必定……さりとて、下手に突撃したとて、彼女の命を可惜(あたら)散らしてしまうのみ……

 

━━━━そんな状況を変えたのは、千日手の予感に苦笑いする私達を見下ろすドクター・ウェルの言葉だった。

 

「……ふ、ふへ。フヘヘヒャハハハァ!!

 ━━━━獲ったァァァァ!!」

 

「なんだッ!?いきなりトチ狂いやがったのか!?」

 

「違うさッ!!戦略が見えていないお前達とはなァ!!

 ━━━━パイモン!!オリエンス!!エギュン!!アマイモン!!

 飛行型超巨大ノイズ四種が、貴様等二課の本部上空に到達したァッ!!」

 

「━━━━なんだとッ!?」

 

騎士(ナイト)が暴れるなら……(キング)は手薄になるってワケよッ!!

 これこそが数で勝る物の取る最善手ッ!!残る一振りのガングニールで止めようとしても無駄無駄ァッ!!

 飛行型超巨大ノイズ四体の物量で圧し潰されるのは見物じゃあ無いかッ!!」

 

━━━━千日手にわざわざ付き合って来たのはそれが理由か……ッ!!

……だが、しかし。

 

「……フフッ。」

 

「……ヘヘッ。」

 

私と雪音は、顔を見合わせて笑い合う。

 

「なんだァ?勝ち目を喪ってトチ狂ったかァ?」

 

「……いいや、逆さ。」

 

「確かに、この強襲は私達二人だけならば防ぎきれなかっただろう……」

 

けれど、私達は二人きりでは無い。だから。

 

「ッ!?エギュンの反応が……消えたッ!?一体何がッ!?」

 

「━━━━防人の剣、あまり嘗めてくれるなッ!!」

 

━━━━背中を任せて往けるのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━フィーネの予想通り、本陣強襲に別動隊を割いて来ましたね。』

 

「あぁ。手駒の数はともかく、その質による手数で劣る以上、視界外での操作故に単調な動きしか出来ずともドクターはこういった手段に出ざるを得ない……

 だが、そここそが反撃の好機……」

 

━━━━通信から聴こえてくる緒川の声に返事をしながら、(風鳴弦十郎)は呼吸を整えながら()()()()()()()()()()()()()

短くも濃密な戦いとなろう。迎撃失敗で敗北。さりとて速くやり過ぎても敗北。許されるのは蜘蛛の糸の如き微かな勝機唯一つ。

 

━━━━空を跳び、四体の飛行型超巨大ノイズを叩き潰す。それによってウェル博士の陽動を挫き、本命であるシンフォギア装者達の背を護らねばならない。

 

『地上に落ちてくる連中は任せてくれ、ダンナ!!』

 

「━━━━あぁ、本部の防衛は任せたぞ、奏くんッ!!」

 

『発射カウント、開始します……5,4,3,2,1……発射!!』

 

━━━━鳴弥くんのカウントダウンの終わりと同時に、打ち上げられる衝撃が俺の身体を襲う。

 

「ぬッ……ぐぬぅ……ッ!!」

 

飛翔時間は十秒以内。だがそれでも、十分な加速を得た()()()はフロンティアの更に上空を飛ぶ飛行型超巨大ノイズの上まで打ち上がり……

 

━━━━外装をパージした事で、俺の視界が開ける。

 

「━━━━風鳴弦十郎、RN式回天特機装束で出るぞッ!!」

 

━━━━共鳴くんがこの世界に残してくれた雷神の鼓枹。

そして、フィーネくんがこの短時間で修正項目をリストアップし、鳴弥くんが最終調整を終わらせてくれたRN式。

その二つが揃った事で、こうして俺は戦える……ッ!!

 

ミサイルを蹴って加速度を得ながら、眼下に見下ろす飛行型超巨大ノイズの上部へと迫る。

護衛のつもりだろう飛行型ノイズの群れも、上からの攻撃など想定していなかったが故にその数は少ない。

 

「ふッ……!!

 藤尭ァ!!残りの三体の位置はッ!?」

 

故に、その背に着地する事は容易であった。

 

『その一体を最前列に、近い方から一時、十一時、十二時の方角ッ!!それぞれの相対距離は約500ッ!!』

 

「500mか……航行速度も考えれば、やはり一体ずつ打ち上げで対処するには無理があるな……止むを得ん。このまま四体を空中で爆砕するッ!!」

 

『嘘でしょうッ!?相対距離500ですよ!?第一、倒したらノイズは炭化してしまって足場が……!!』

 

「スーッ……ハーッ……!!

 ━━━━ふんッ!!」

 

━━━━振り上げた拳を、足場としている飛行型超巨大ノイズへと叩きつける。

だが、その拳が即座に破壊へと変換されるワケでは無い。

呼吸と共に練り上げた勁は拳を徹り、ノイズの中を徹り……

 

━━━━俺式・浸透爆砕勁━━━━

 

━━━━飛行型超巨大ノイズの下っ腹で爆裂する。コレで、暫くすればこのノイズとて空を飛ぶ事が出来なくなり墜ちるだろう。

 

『へ……?』

 

「さぁ行くぞ藤尭ァ!!次の一体は一時の方角だったなッ!!」

 

━━━━走りだす、この足で。(落下)も恐れずに……ッ!!

 

「━━━━はァッ!!」

 

500mの距離を、一息で零にする為に、空へと飛び出す。

 

『ダメだ……約100m!!人の足じゃやっぱり500mのジャンプだなんて……!!』

 

「━━━━フッ!!」

 

━━━━確かに、空に飛び出せば人に出来る事は数少ない。

だが……この空には、足場に出来る()()が存在している……ッ!!

 

『━━━━嘘ォ!?ひ、飛行型ノイズを踏み台にしたァ!?』

 

「さぁ、このまま跳んで往くぞッ!!」

 

━━━━昔、御伽噺に聴いた義経の八艘跳びを真似て、護衛代わりに下を飛ぶ飛行型ノイズを足場に更に前へ……ッ!!




━━━━(ソラ)に、(ソラ)に、(ソラ)に、希望を求めて飛び出す三様の希望。

だが、月へと届く物は一つとて無い。人の身では、実現した杞憂に抗う事は叶わぬのか?

分からない。解らない。判らない。故にこそ……ぶつかり合う鉄火の中で、人はその輝きを掲げるのだ。
未来(あした)を護る為に。救う為に。
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