祖父ちゃんから家督を継ぐ契約を結んでもらい、一晩だけと決めて休んだ後、俺はさっそくある場所へと向かっていた。
━━━━手の届く総てを救う。荒唐無稽で、出来る筈がないその理想を、それでも諦めないと決めた。
であれば、そこに最も近づくために必要な物は何か?
実力?確かに必要ではあるが、現代日本において個人の実力が戦局を変えるような事態はたった一人の例外を除いては有り得ない。
権力?確かに重要ではあるが、権力を持つという事はそこに縛られるという事でもある。より多くの人を救う為ならともかく、手の届く総てを救うには手広過ぎる。
どれも必要だが、どれを取っても理想へと近づくには回り道や本末の転倒が過ぎる。
━━━━それでも、俺には一つ思いついた物があった。
その答え合わせをする為に向かった場所。それは、リディアン音楽院高等部━━━━正確には、その地下に存在する特異災害対策機動部二課本部である。
司令室には、小父さんと藤尭さんと一般オペレーターの皆さんの姿があった。珍しい事だが、友里さんは居ないらしい。
「共鳴くん!?……今日は、特にキミに関する実験などの予定は無かった筈だが……」
俺の入室に驚くも、事務的な話に終始せんとする意思が見える弦十郎小父さん。
……恐らくは、二課の情報網で以て竜子さんの件を知っているからだろう。その気遣いに内心感謝しながらも、俺は俺の考えた答えを話すことにした。
「はい、今日来たのは、俺の我儘の為です。」
「……我儘、だと?」
「……はい。ライブ事故の生存者、およびその家族。彼等を地獄から救うための━━━━奇跡を起こす為の、我儘です。」
その言葉に対する反応は、二通り。
俺の眼を見据えて、その言葉の真意を見定めようとする、小父さんの強い視線。
それに対して、仕事をしていた手を止め、此方を見ないままに言葉を紡ぐ、藤尭さん。
「━━━━それは、無理だよ。奇跡なんて起こせっこない。」
その言葉に追随してメインモニターに映し出される資料。
それは、生存者への迫害に関する物だった。
「……二課だって清廉潔白な組織じゃない。けど、だからって、自分たちの起こした実験で起きた事故の後始末を怠る程腐った気はないよ、共鳴くん。
補正予算による生存者への賠償金こそ上層部の正当な決定だけど、現地での救助活動や米国からの干渉除去など、彼等を死なせない為にあらゆる手を尽くした。
……けれど、そこが二課の限界。これ以上の干渉は機密組織である二課では不可能な領域。表の世界での話。インターネット上での情報操作こそ今でも行っているけれど、アナログに人々の間に浸透してしまった風説と動きは僕たちには抑えきれない物だ。」
……藤尭さんが此方を向かぬまま言葉にするそれは、否定しようのない事実だった。
機密組織として活動する以上、二課がカバーできる範囲は決まっている。人の眼に付かない世間の裏側だけ。
既に表沙汰になってしまっている生存者への迫害は、その範囲から明確に逸脱してしまっている。
━━━━けれど、それは二課
「えぇ。それは分かっています。だからこそ、俺が我儘を徹すんです。━━━━そして、その為には二課の協力が必要不可欠なんです。」
「二課の協力が?それはいったい……」
「……ここの上のリディアン音楽院高等部。他の場所にあるっていう小等部と中東部も合わせての小中高一貫教育でしたよね?」
「ん?あぁ、確かにそうだ。経営母体となる理事会はダミーで、実態としては二課が運営しているが、それがいったいどうして……まさかッ!?」
「ッ!?それならもしかすると……ッ!!」
流石は小父さんだ。俺の発した疑問だけで何をしようとしているのかの大筋を理解してくれたらしい。
藤尭さんの方も何かに気づいたらしく、多数のディスプレイを並列して何かの作業をし始めた。
「えぇ。━━━━生存者の学生たちを、リディアン音楽院のような寮設備のある学校に転校させます。」
━━━━今にして思えば、ヒントは竜子さんと出逢ったあの日、良哉が既に口にしていた。
『……ホントは、いじめなんて、環境が変われば終わっちまうってのは分かってるんだ。分かってるんだけどよ……あの子、生存者いじめで両親が別居したんだとよ。そんな事までウワサで流れてくるんだ。
そんな状況で逃げ出すなんて難しいよな……』
━━━━誰もが、逃げたいと思っていて。けれど逃げる勇気を出す事が出来ずに泣いているというのなら、それを後押ししてあげたい。
「……確かに、迫害の原因を取り除くよりも、迫害の対象が居なくなってしまう。というのは有効だ……だが、リディアン音楽院だけでは、生存者八万人以上の中でもたったの数百人しか助けてやる事は……」
「……いえ、出来るかも知れませんよ。司令。」
「なにッ!?」
「以前から、二課が表向きの言い訳の為に保有するダミーカンパニー数十社では、慢性的な人手不足が問題となっていました。これは、機密事項に関わる可能性がある為に大々的な募集が出来なかったのが原因です。
今の所は諜報部の人間を充てて解決していましたが……」
「生存者の中で事務職を快諾してくれる人が居れば……!!」
俺だけでは思いつかなかった部分まで手を届かせてくれたのは、モニターと向き合う藤尭さんだった。
「……けれど、やはりこの場合、追加の予算が問題となります。実態を持たないペーパーカンパニーでは無いので給与自体はダミーカンパニー側の表向きの事業で補填出来ますが、肝心の転職手続きに掛かる人件費その他……
今年の二課の予算ではどうしても足が……」
「ぬぅッ……!!福音かと思えば一転して手詰まりか……共鳴くん、この案は二課の本来の職務から逸脱してしまっている……追加の予算をねだっても承認は降りないだろう。
だが、来季の予算に計上する事を約束する。だからどうか……」
そう、数万の人を救うためには、数億もの大金が必要になる。そして、機密組織とは言えお役所の一部である二課にはその資金が無い。正確に言えば、そこに回せる自由な予算が無いのだ。
組織としての力を持つが故に発生する、当然の弱点だ。
そんなことはわかっている。だが、と心が叫ぶ。
その叫びを言葉に載せる。それを覆す為の手札を用意してきたのだから━━━━!!
「いいえ、待てません。今この瞬間も……生存者のみんなは傷ついている!!━━━━ただ、生き残った。というだけで!!
もう一年も待てば、その間に何万という人が心に傷を負う!!その心の傷は、なまなかに癒える事は無いんです!!
だから――――
天津家が行う一大事業、『ライブ事故被害者の再就職、再就学を支援する会』の活動に協賛する企業・団体の中核として!!」
『なッ……!?』
その驚愕の声は、藤尭さんの物か、小父さんの物か、或いはこの話に関われずとも聞いていたオペレーターの皆さんか。
重なったその驚愕の種類は複数。困惑と、確認。
「無茶だッ!!支援と言っても数万人を対象にした物だぞ!?幾ら天津家が旧家だからといって数十億も掛かるだろうその総てを賄い切るなんて……」
「いいや、天津家の個人資産は各地に機密機関を置く風鳴と対等に立てる程……即ち、億単位なら全く致命的では無い。だが……共鳴くん、キミはそれでいいのか?
天津家の当主となるという事。それは即ち……」
「……はい。本当は一年前、父が死んだその時に既に覚悟しなければならなかった事です。そのせいで祖父には迷惑を掛けてしまいましたし……今回の件についても、また矢面に立ってもらう事になりそうですし……」
「……本音を言ってしまえば、俺個人としてはその決意を止めたい。キミは数々の機密に関わったとはいえ、今だ悩むべき華の高校生なのだ。
……だが、キミが考え抜いての結論であるというのなら、俺にはキミを止められる言葉がありそうもない。
「はい!!よろしくお願いします!!」
正直に言えば、あまり手広く事業展開しているワケでは無い天津家にとっては大きな打撃なのだが、それでも見過ごすよりもよっぽどマシだ。と祖父ちゃんから太鼓判をもらったこの事業。
それが、始まる前から躓くことが無くて良かった。
「ただ、二課の持つダミーカンパニー群やリディアンを含めても、それでもまだ生存者全員を受け入れる程のキャパシティは……」
「……それに関しては、人々の善意を信じましょう。内輪の需要だけで無く、大々的に協賛と資金援助を要請する予定ですから……」
財力、そして人脈。これらによる『利益の出る』慈善的経済活動こそ、今の俺の理想を叶える為に必要な物であった。
━━━━だが、それでも。俺個人では総てを救う事は出来ない。
辛い現実ではあるが、目を逸らす事も出来ない現実であった。
「よし、藤尭ァ!!コレから忙しくなるぞ!!三ヶ月……いや、二ヶ月で根回しと準備をする!!」
「了解!!そんな忙しさなら願ったり叶ったりですよ!!」
そうして、藤尭さんは新たな━━━━俺が作ってしまった。仕事へと着手し始める。
そんな藤尭さんに、俺は伝えなければいけない事があった。
「あの、藤尭さん。ありがとうございました。」
「……なんの事だい?」
「さっき、俺が我儘の内容を言う前に、枕を潰そうとしてくれた事です。あの資料、藤尭さんが自分で集めてた物ですよね?」
「……お見通しか。うん、キミは確かに聡い子だけれども。計算上、生存者を救うなんてさっきまでは荒唐無稽な御伽噺だった。だから機先を制しては見たんだが……こっちは謝らないとだね。キミの発想力と、なによりその力を嘗めていた。」
「いえ、天津家という後ろ盾が無ければ俺はまだ、ただの高校生です。だから、藤尭さんの対応は正しかった。だから、ありがとうございました。」
「……そっか。じゃあ、お互いに頑張るとしよう。生存者のみんなを救う為に。」
「━━━━はい!!」
「は~い!!おっまたせ~!!朝っぱらから悪いんだけど共鳴くんに連絡してもらえる~?」
そんな心地よい活気に満ちて来た司令室の空気を、一瞬で破壊しながら現れたのは櫻井女史であった。
そういえば、この三ヶ月という物、母さんを助手にしてレゾナンスギアの開発に尽力していたようであったが……
そんな風にぼんやり考えていた俺の前に、幽鬼のような女性が現れた。
……というか、母さんだった。
「共鳴……大丈夫?」
「いや、それはコッチの台詞。櫻井女史に付き合わされてたんでしょ?まずはゆっくり休んでよ。」
「だって……竜子ちゃんが……」
あぁ、そうだ。と気づく。竜子さんが居なくなってしまってからまだ一晩しか経っていないのだ。であれば、竜子さんとも交流のあった母さんが心配するのは、当然の話だ。
それを、俺に直接見せてくれている事に安心を覚える。これは、疲れているからこそなのだろうな。と思う。
「大丈夫だよ、母さん。竜子さんから、託されてさ。俺は、もう力を振るう事も、助けてくれって泣きつく事も躊躇わないって決めたからさ。」
「……そっか、ちょっと安心。それじゃ、また後でね?」
「うん。」
そう言って母さんは扉の向こうに消えて行く。
そして、それを見届けた櫻井女史が話しかけて来た。
「……お邪魔虫だったかしら?」
「いえ。俺に出来る事は終わってましたので、むしろいいタイミングでした。それで、俺に用事ですか?」
「えぇ。レゾナンスギアの調整が大詰めに入ったのよ。それで、折角の日曜日だし翼ちゃんも呼んで起動実験を行う事にしたの。」
「なるほど。わかりました。このまま待機していればいいですか?ちょっと連絡しておきたい相手が居るんですが……」
「えぇいいわよ。どうせ、この後翼ちゃんに連絡するから時間はかかるしね。ゆっくりしてちょうだい。」
◆◆◆◆◆◆
「……わかりました。午後の予定は元々夕方の物だけでしたので、えぇ。今から本部に向かいます。」
━━━━ツヴァイウイングとしての活動こそ奏が眠り続けている事で休止しているものの、風鳴翼個人としての仕事は、少しずつだが入ってくるようになった。
本当にありがたい事に、ファンの皆は私の歌を待ち続けてくれている。それは、間違いなく私にとってのモチベーションになっていた。
そんな中で、本部からの連絡が入った。
「なにか、あったのですか?」
「えぇ。了子さんからで、レゾナンスギアの起動実験を行うとの事で、翼さんの立ち合いが必要だと。」
「本当ですか!?」
レゾナンスギア、それはシンフォギアの形成するフォニックゲインを利用してバリアコーティングを形成する物だと櫻井女史から聞いている。
それが完成したという事は、共鳴くんが
本来であればそれは歓迎すべき事では無いのだが……
共鳴くんの場合は話が別だ。あのライブの時、天紡がノイズを倒せるなど露も知らずに、それでも彼は護る為に立ちはだかった。
防人としては誇るべき尊い覚悟だが、一歩間違えれば、彼は既にこの世界に居なかっただろう。
━━━━であれば、せめて私と共に戦場に立つ時だけであろうと、彼を護る鎧甲冑が必要だ。
レゾナンスギアは間違いなくそれを成せる物だ。シンフォギアを造り上げた櫻井女史の腕前であれば安心できる。
「えぇ。ですので、これから本部に直行します。翼さんも、それでいいですか?」
「えぇ。此方としても否やはありません。早速向かいましょう。」
期待に逸る心を抑えて緒川さんに返答し、車に乗り込む。
━━━━そういえば、共に戦場に立つ可能性がある以上、共鳴くん。と他人行儀な呼び方をするのは迂遠では無かろうか?
だが、幾ら幼馴染とはいえ同年代の男性を呼び捨てにするというのも……
共に戦場に立つという事を思ってふと、そんな思考の迷路に陥ってしまった私を他所に、緒川さんの運転する車は滑らかな動作で二課本部へと走って行くのだった……
◆◆◆◆◆◆
二課本部には、対ノイズ戦を想定したシミュレーターがあるのだという。
本物のノイズとは違うものの、立体投影されたそれらは物理演算によって本物のノイズのように動作するという。
「━━━━話には聞いていましたけど、実際に見て見ると圧巻ですね……」
本物のノイズとは違うのだ。という意識があってもシミュレーションされた疑似ノイズ達のその完成度に圧倒される。
『まぁ、この櫻井了子が取り組んだシミュレーターですもの。中途半端な仕事なんてするはずがないでしょう?』
「流石ですね……」
耳元に付けた通信機から聴こえる櫻井女史の声に半ば呆れながら返事を返す。
━━━━ここはシミュレーター内部、即ち疑似ノイズ達のド真ん中である為、気の利いた返答は出来そうにない。
『では、これよりレゾナンスギア起動実験を開始します。第一段階として翼ちゃん。アメノハバキリの展開をお願い。』
「はい。」
その声に応えるのは、俺の隣に立っている翼ちゃん。
━━━━彼女と共に
そして、シンフォギアが起動する。アウフヴァッヘン波形という特殊な音━━━━即ち、少女の歌を媒体に聖遺物はその姿を現す。
「━━━━
歌が、聴こえる。
━━━━アメノハバキリ。
それが、鎧として翼ちゃんに纏う。
『アメノハバキリ、起動確認。と……じゃあ共鳴くん。次は第二段階、アナタのレゾナンスギアを起動する番よ。準備はいいかしら?』
「……はい。」
『事前説明でも伝えたけど、念のためもう一度確認しておくわね?レゾナンスギアの本体は左右のグローブだけれども、天紡の本体は右手のグローブに取り付けられているわ。
その根本にあるスイッチ、それを押す事でレゾナンスギアは起動する……なにか、少しでも異変を感じたらスイッチを切る事、いいわね?』
「はい!!」
『うん、良い返事だわ。では、レゾナンスギア起動実験、第二段階を始めます。共鳴くん、レゾナンスギアの起動を。』
「はい、レゾナンスギア。
ボタンを押し込む。なんとなく思いついたので、掛け声も付けてみる。
『レゾナンスギア、正常に起動……今の所、問題は無いわね。』
「はい……ただ、なんかフワフワした感覚が身体の周りにあって……微妙に落ち着かないですね……」
『それはバリアフィールドが正常に機能している証よ。我慢してちょうだいな。
……さて、では次に第三段階、対ノイズ戦闘の検証を行います。疑似ノイズが動き出すわよ。準備はいいかしら?』
『はい!!』
翼ちゃんと被った掛け声に内心微笑を浮かべながら、戦う構えを取る。
天津家に伝わる闘法は、半身では無くボクシングスタイルに似た開いた構えを取る。コレは防衛を行う都合上、敵の攻撃を避ける事よりも防ぐ事を重視していった為である。
格闘術でありながら防衛術であり、格闘術でありながら暗器術でもある。その特異性故に一般的な格闘対策は通じない。というのが天紡を使った戦闘スタイルである。
━━━━だが、相手がノイズとなると話は別である。
ノイズは人に近い形をしている物もあるが、その大半は人ならざる姿であり、さらに言えば、攻撃態勢に入った途端に槍状に変形する事すらある。
こうなれば格闘スタイルというのはあまり役に立たない。それ故に、俺は翼ちゃんに声を掛けた。
「ごめん。翼ちゃん。最初は俺一人で戦ってみていいかな。」
「……なるほど、天津家の武は対人格闘術であったな。では、私は出来るだけ防戦に徹するとしよう。」
「……ちょっと、口調硬くなった?」
「……戦場では、私は剣であり、防人なのだ。故に……こういう喋り方を心がけようと思う。ダメ……だろうか?」
「ううん。そっちもカッコよくていいと思う。」
「……そうか、カッコいい。か……うん。ではついでなのだが、戦場では共鳴、と呼び捨てて呼んでもいいだろうか?」
「御随意に、お嬢様?」
「もう……では、征くぞ!!共鳴!!」
「了解!!」
こうして、軽口を叩き合いながらも、対ノイズ戦シミュレーション実験は始まったのだった。
◆◆◆◆◆◆
「……うーん、まぁ。バリアコーティングの出力については特に問題なし。と。ただ~……『装者から半径50m以上離れると大幅にバリアが減衰してしまう』という部分は、レゾナンスギアの構造上どうにもならないわねぇ……
実戦投入を考えるなら、装者とのタッグが基本。と。それでも、対ノイズ戦力が一人でも増える事は喜ばしい事なのだけれどねぇ……」
デブリーフィングは、了子くんの発言から始まった。
「あぁ。ノイズに対抗しうる、現行唯一の戦力。それがシンフォギアだ。であれば、そこに付随する形であっても戦力が拡充出来る事は喜ばしい。翼から見てレゾナンスギアはどうだ?」
「レゾナンスギア……共鳴くんの実力も併せて、背中を預けるに足る戦力であると判断出来ます。特に、天紡を
アレを土壇場でやったというのは流石にどうかと思いますが……」
そう言ってじと目で共鳴くんを見つめる翼。彼女が言っているのは、彼がシミュレーション後半で繰り出した大技の事だ。
天紡を一本の糸では無く、多数の糸と解いて周囲へと振り回す範囲攻撃。ただ、それを試す為にノイズを多く引き付けた事が翼の逆鱗に触れてしまったらしい。
「あー……その、すまん。今までは起動しても繰り出せる糸の数は一本とか二本━━━━多くて四本が限界だったもんだから、つい楽しくなって調子に乗っちゃって……」
「其処等も含めて、翼と共鳴くんの連携特訓を考えた方がいいだろうなぁ。了子くん、見ていて気付いたのだが、レゾナンスギアもRN式と同じく本人の運動能力に依存するんだろう?」
「……あんな変態的機動を見てなおそれを見抜ける弦十郎くんってホントに人間なのか怪しくなってくるのよねぇ……えぇ、その通り。レゾナンスギアは、バリアコーティングの動力すら外部から借りているものだから、シンフォギアと異なり身体能力の向上は期待できないわ。」
確かに天紡をひっかけてのスイング移動や巻き上げでの加速は中々の速度だったが、共鳴くんのそれは映画に出てくるような超人と違い、減速する事をしっかりと考えられている物であった為に気づいたのだが……
「なるほど……となると、今まで通りの対人特訓だけだと足りないですね……小父さん、時々でいいので、昔みたいに特訓を付けてくれませんか?」
「ん?あぁ、俺なら構わんぞ。はっはっは、懐かしいなぁ。昔は共鳴くんが小さかったからあまり激しい鍛錬も出来なかったワケだが。」
「……アレで、まだ激しくなかったんですか……?」
「はて?水切りで石を池の反対端まで飛ばす特訓なんかは共鳴くんも中々楽しんでくれていたと思うのだが……?」
「━━━━確かに天紡を飛ばす時とかにかなり役立ちますけど、アレの為に通算で何百回石を投げたと思ってるんですか!?ちゃんと体力の限界は考えて貰えましたけど!!」
「……本家の庭の周りに平たい石が山ほど積んであったアレは、やはり叔父様の仕業だったんですね……」
かくして、何故か緒川以外の皆から絶句されてしまったのであった。はて?
◆◆◆◆◆◆
お兄ちゃんから連絡があった。
なんでも、大事な話があるから午後に逢いたいとの事で、待ち合わせまでする事になっていた。ちょっと、デートみたいでワクワクする。
お兄ちゃん。いつでも私を助けてくれる人。あのライブ会場でも、どこでも助けてくれる、大樹のような人。
『なんで彼じゃなくて、何も持たないアンタが生き延びたのよ!!』
それだけに、お兄ちゃんを頼れない時は、ズキリ、と心が痛む。
学校が楽しい。と断言する事は出来ない。
未来と一緒に居る事は楽しいけれど、私に対する風当たりは、やっぱり厳しい。
お父さんも、お酒をよく飲むようになった。時々、お母さんを叩くようにもなってしまった。
きっと、私が生き延びた結果なのだ。と思う。石を投げ込まれるのも。
人の悪意を、これでもかと投げ込まれて、辛くないとは決して言えない。
━━━━けれど、私には陽だまりがある。木陰がある。
だから、私は━━━━立花響は生きている。困っている人が居れば助けたい。お人好しで、能天気な立花響は生きている。
だから━━━━
「ふぉぉぉぉ!?ゴメンね子猫ちゃん!!今大事な回想シーンなので、出来ればバランスを取ってくださるとうれしいのですがふぎゃああああ!!」
私、大絶賛ピンチ中です。
というのも、この寒い中、橋に置き去りにされた子猫が、橋の手すりの外に居るのを見つけてしまったからなのだ。
高さと寒さに震える子猫を放って置けるワケが無く、手すりの外に出たのはいいのだが……
「子猫ちゃんが全然安心してくれなくて暴れあっそこは……ちょっと待って!!頭皮は女の子的にNGなんですわかって子猫ちゃん!!あぅっちょっと、手すりから離れたらアウトォォォォ!?」
この橋から水面までの距離、大体10m程。せめて子猫ちゃんが痛くないようにとギュッと胸元に握りしめ、着水の衝撃に備えたのだが……
「ったく……待ち合わせ場所に居ないからと探して見たら身投げ三秒前か?俺の心臓が止まったらどうしてくれる?」
そうなる前に、お兄ちゃんが来てくれた。
「はぁ……ホント、肝が冷えた……今回は子猫か?」
「はい……大変ご迷惑をおかけいたしております……こちらの子猫ちゃん……かわいいでしょ?」
「かわいいでしょ?じゃないっての」
「あいたー!?」
落ちそうになった橋からちょっと行った場所に、公園がある。元々待ち合わせ場所となる予定だったその公園で、私はお兄ちゃんから説教されていた。
それにしてもチョップは痛い。
「うぅ……折角あのなんかカッコいい糸でまた助けて貰ったというのに……少女漫画とかならもっとこう……」
「……いや、色々今さら過ぎないかそれ……響とは初対面の時点で大分アレだっただろうが……」
「うぐっ」
そう言われてしまうと返す言葉が全く無い。勘違いして突っ込んでお説教して、アレは間違いなく私の中でもトップクラスの黒歴史に入るものだ。
「……ほら、そろそろ行くぞ。」
「あ、うん。でも子猫ちゃんが……アレ?」
ふと気づくと、あの真っ白な子猫ちゃんが居なくなっていた。
「子猫なら、ほら。迎えが来たようだぞ?」
「あ……ホントだ。じゃあねー!!」
お兄ちゃんに指さされた方を見て見ると、子猫ちゃんが親猫から咥えられて帰って行くところだった。野良猫はたくましい物だ。いつかあの子と再会できる日も来るだろうか?
「……帰ったら、ちゃんとうがい手洗いな。野良猫触ったんだからちゃんとしろよ?」
「はーい」
お兄ちゃんと並んで歩きながら返事をする。どうも我が家に向かっているようで、少し身構えてしまう自分が居る。
━━━━今の我が家は、決して見せられたものでは無いからだ。
そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、お兄ちゃんはそっと手を握ってくれた。
あったかいぬくもりを感じて、身体に入っていた力が抜けるのを感じる。
やっぱり、安心できる木陰だなぁ。と思う。
「……今日は、ちょっと響のご家族も含めて、話したい事があるんだ。未来にも話さないといけない事だけど、まずは立花家のみんなからな。」
「……わかった。」
一体、お兄ちゃんが改まって我が家の皆に何を話すというのだろうか?どうも大事な事のようだけれども……
そんなことを思っていると、お母さんから電話が入ってきた。
はて、お兄ちゃんと逢うというのはちゃんと伝えた筈なのだが?
「もしもし?お母さん?どうしたの?」
『響!!お父さんを見てない!?』
「え?お父さんなら今日は休日出勤だって言って朝に出て行ったじゃない……」
『今、会社から電話が来て……お父さん、会社にも来てないって!!』
「えぇっ!?会社にも来てない!?」
お父さんが居なくなった?信じられない言葉に思わず声に出てしまう。
「……響、おじさんが居なくなったのか?」
「あ、うん……お母さん、今お兄ちゃんと居るから、お兄ちゃんと一緒に探してみるよ。」
「……響。」
あ、この顔はダメだ。と直観で分かった。あのライブ会場の時と同じだ。
覚悟を決めた時の顔。カッコいいけど、こういう時にお兄ちゃんが提案するのは、自分が一番苦労する事。
「ダメ。今度は私も一緒に行く。」
「ぬぐ……わかった。ただ、俺の考えは今思いついただけだから荒唐無稽で、間違ってる物かも知れない。それでもいいか?」
「うん。どのみち手がかりも無いしね。」
「それもそうか……よし、じゃあまずタクシーを探すぞ。響はおじさんが乗る電車の路線覚えてるか?」
「え?うん……って、どこまで行く気なの!?」
「こういう時……大抵は路線の逆方面か、終着駅までってパターンらしいから……とりあえず終着駅まで行こうかと。」
「えええええ!?」
こうして、大事な話をされる筈だった私は、お兄ちゃんと一緒にお父さんを探す旅に出る事になったのでした、まる。