━━━━夕暮れの海岸で
「マムが、未来を繋げてくれた……」
……ありがとう、お母さん……
言葉にはしない。だって、いつか……
「……マム、助かるのよね?」
隣に立って、共に見届けるセレナの不安そうな声に、私は彼女の頭を撫でながら応える。
「えぇ……遥かな
━━━━キミに、何度も助けられた。ありがとう……」
波打際の私達の後ろから、二課の正規装者三人と共に歩いて来た少年へ、改めて声を掛ける。
「私からも、ありがとうございます!!」
「アタシ達からも、ありがとうデス!!」
「……ありがとう。」
「━━━━いえ、此方こそ感謝を。
……過程はどうあれ、ナスターシャ教授が世界を救おうとしてくれた事で俺達は月の落下に気付く事が出来ました。
━━━━ナスターシャ教授は、世界を救ったんです。それだけは、誰がなんと言おうと紛れの無い事実です。」
━━━━その言葉に、流し尽くした筈の涙が零れてしまう。
「……ありがとう。マムの行動を認めてくれて……」
「━━━━あの!!マリアさんッ!!」
━━━━次いで言葉を掛けてくるのは、ガングニールのギアペンダントを握った少女。
元々の持ち主だからと返そうと言うのだろうか?だが……
「……ガングニールは、キミにこそ相応しい。
━━━━どうか、その力で人々を救って欲しい。正しい信念の基に。」
「……はい。」
━━━━そもそも、私達はコレからどうなるかすらわからないのだ。
世界を救うという大義の為とはいえ……結局、出来た事は数多の混乱を引き起こし、世界を滅ぼしかけたという罪悪の結実ばかり……
天津共鳴は私達をも救うために行動を起こした。そして、二課もまたそれに応えた事から彼等は信頼できる。
……だが、果たして米国政府が私達を易々と諦めるだろうか?私達は、いわば彼等の汚点の証明そのもの。七彩騎士を放ってきたように私達を消そうと暗躍するのでは無いか?
それに気づいてしまえば、ガングニールを受け取る事なんて出来なかった。
「……だが、今回の一件で、停止していた月の遺跡を再起動してしまった……」
「━━━━バラルの呪詛、か……」
「人類の相互理解は、また遠のいちまったってのかよ……」
━━━━人類に不和を与え、相互理解を拒むとされるバラルの呪詛。
FISの研究では、ルナアタックによって表面構造物が砕かれた衝撃で一時的に停止していたと目されていた。
だがマムは、その遺跡を再起動させる事で地上への落下が起きぬ正常な軌道へと修正した……
故に不和の呪いは未だ解けず、地上にも争いの種は尽きない……
「━━━━へいき、へっちゃらです。」
「━━━━ッ!?」
「……!?」
けれど、だけども。
平気だと、へっちゃらだと言葉を紡ぐガングニールの少女の眼に迷いはなく。
「それは……何故?」
「だって……この世界には、歌があるんですよッ!!
だからいつか……今日、今この瞬間じゃなくても……
未来に淡い希望を託し、空を見上げる少女の瞳は、とても眩しくて……
「━━━━響……うん。私も、そんな未来を信じたい。」
「……やれやれ。じゃあ、そうやって分かり合う為に手を伸ばす時は……俺も一緒に居てやるよ。」
「……歌、デスか。」
「━━━━いつか未来に人は繋がれると、明日を望んで歩んでいけると……」
「……フィーネさんの言葉?」
「……うん。今の世界は、今を生きる貴方達自身の力でなんとかしなさいって。」
「……そっか。」
━━━━先ほど話に聞いたが、まさか真にフィーネが宿っていたのが調だったとは驚きだ。
私が背負った名を真に受け継ぐ者。それがすぐ近くに居ただなんて。
「……立花響。
━━━━キミに出逢えて、良かった。」
……そろそろ時間なのだろう。近づいて来る二課司令達の姿にそれを感じ取った私は、最後に……そう、最後に。そう、胸の内を明かした。
「━━━━はいッ!!私もですッ!!」
そんな私の告白に笑って答える彼女の眼はなんて……輝かしい物なのだろうか……
◆◆◆◆◆◆◆
「……キミ達の身柄は、日本政府が預からせてもらう。
━━━━今後の事態収拾に協力して欲しい。」
━━━━
「わかっている……マムも、快復さえすれば協力する事に否やは無い筈だ。だが……」
そう言ってマリアさんが目線にて示すのは、手を繋いだ少女、セレナ・カデンツァヴナ・イヴの事。
「……ふむ。行方不明……いや、FISと協力関係にある異端技術研究者の基で治療を受けていたという事だが……」
「あぁ……だが、この娘はつい最近までコールドスリープされていたらしい。なんでも、FIS経由で譲り受けた試作型のコールドスリープカプセルだとか……」
━━━━その、思いっきり聞き覚えのある存在に、司令と俺は揃って頭痛を抑えるように目を隠す。
「それは……もしかしなくとも、かつて了子さんが米国に払い下げたという……」
「どう考えてもそうだろう……個人用コールドスリープ装置《
当時の外交筋が数人胃痛で寝込んだあの悪夢が、巡り巡ってセレナくんを救っていただなどと……」
「……なんなんでしょうね……完ッ全に救われた立場なのに、敬う気持ちが一切湧いてこないの……」
「あはは……ですが、その証拠がセレナさんの無実を証明する鍵にもなりそうですね。」
━━━━そう。マリアさんの妹にして、自らもレセプターチルドレンであるというセレナちゃんの存在はハッキリ言って米国にとっても邪魔なのだ。
であれば……
「七彩騎士を使った制圧は諦めたようですが……アレ?そういえばアゲートさんは?」
「━━━━逃げたよ。とっくのとうにな。銃床使った近接戦闘でも俺か緒川くらいしか相手にならん存在だ。
逃げる分には此方も干渉はしない……と、言う建前の上で撤退してもらった。今頃は他の騎士達と一緒に公海上だろうさ。」
なるほど。向こうからすれば制圧するチャンスだが……其処に関しては、様々な取引があったのだろう。
━━━━あぁ、というかマリアさんが派手にやり過ぎたから、此処で抹殺したとしても人の口に戸は立てられないという事か。
禍福は糾える縄の如しというが、ウェル博士やマリアのド派手な行動が結果的にはFIS脱走からの一連の事件を米国側が火消しする機会を消した……という事になるのだろうか?
「となれば、セレナさんは二課に保護された
「そうですね……二課側で受け入れ先やリディアンの籍を用意しておきます。
コールドスリープしていましたので、セレナさんの肉体年齢は十三歳のまま……となれば、義務教育期間もまだ修了していませんからね。」
「━━━━」
そんな俺と緒川さんのやり取りに、ぽかんと口を開けているFISの装者達……
「えっと……俺達、なにかヘンな事を言ってしまったかな?」
「━━━━ハッ!!あ、いえ……ウワサには聴いていたのだけれど……二課は本当に、装者の事を考えているのだな、と……」
「……FISだと、装者はあくまでも予備プランの予備プラン程度の扱いだったから……」
「そもそもレセプターチルドレン自体、そんなに待遇良くなかったデスよ!?」
━━━━思わず飛び出してしまったのだろう彼女達の言葉に、俺は胸が締め付けられる。
……かつて防げなかった米国による略取の数々。それが、彼女達の人生をこうも変えてしまって……
「━━━━うむッ!!二課は来る者拒まずッ!!去る者は……まず事情を聴くッ!!そんな組織を心掛けているからなッ!!
そして……それは勿論、キミ達にも適用されるッ!!現状の段階では拘束をさせてもらうが、それは恒久的な物ではない事は約束しようッ!!」
暗くなりかけた雰囲気を吹き飛ばすのは、司令の力強い言葉。
……やっぱり敵わないなぁ……
「そうですよマリアさんッ!!また逢って、いっぱいお話して、いっぱい仲良くなりましょうッ!!」
「なれる……のかな……」
「大丈夫ですよ~!!クリスちゃんだって最初はトンデモ無かったんですから~!!」
「━━━━バッ、おまッ!?ちょッ!?」
……あ、コレはダメなパターンだな?瞬間、長い付き合いが響の弄りが行き過ぎる事を察知し、瞬間的に自身の存在感を無にする。
「いや~見せてあげたいよね~、知らない人にもクリスちゃんのネフシュタンの鎧を~!!」
「おまッ!!そういうッ!!やめッ!!」
━━━━ホラ見た事か。こんな意見に賛同なんぞ求められちゃ、どっちに着くにも角が着いてしまってたまったもんじゃない。
……いや、まぁ。ネフシュタンを纏ったクリスちゃんが月の光の下で立つ姿は綺麗だったとは思うのだが。
「言ってる事もトゲトゲしてたけど、コレは今も大して変わらないかな~?」
「━━━━では、皆さんは此方へ。」
そんな響の弄りの間に、緒川さんに連れられてFISの装者達とセレナちゃんはヘリへと向かう。
「━━━━ゴー、トゥ、ヘルッ!!」
「━━━━アームストロングッ!?」
━━━━立て板に水とばかりの響の
「あたた……マリアさん!!
まぁ、こんな感じですよ。
━━━━だから、また。」
━━━━ツッコミが炸裂すると知っていて何故止めなかったのか。その答えがコレだ。
……結局の所、立花響が何かをするというのは大抵、誰かの為なのだから。
「━━━━ありがとう。またいつか、逢いましょう……」
━━━━そんな響の献身に、彼女は笑って。
遠く離れてしまっていた姉妹は、手を繋いでヘリへと向かっていくのだった……
「いや~めでたしめでたし。コレで私達も普通の生活に戻れるって事で……」
「……オイ?
「あぁ、構わないが……」
「右に同じく。」
「流石にかばい立ても出来んなァ……」
「あ、クリス。私も一緒に行くね?」
「━━━━えっ!?ちょっと待って!?コレは綺麗に終わる流れじゃないのォォォォ!?」
「待てやゴラァァァァッ!!人の事ダシ昆布にしやがって、ソイツがちょっきりチョップ一発で無罪放免と行くかよバーロォォォォッ!!」
そう叫びながら走って逃げだす響と、それを追いかけるクリス。
その微笑ましさが眩しくて、俺は手をかざす。
━━━━あぁ、本当に……手を伸ばし続けてよかった……
◆◆◆◆◆◆
「━━━━世界を救う一撃、美事也。だが……」
━━━━遥か遠く、獄炎なる島の岸壁の上より。
男は見下ろす。人の在る様を。
「防人よ。輝きを求める者よ。
善なるを慈しみ、されど手にする事を今だ恐れる小童よ。
……お主の存在、それこそが
━━━━お主は、どちらを選ぶ?」
━━━━それはまるで、裁定を下すように。
厳かな一言を告げ、男は海の涯へと視線を向ける。
「━━━━今はまだ、
……保って、半年……否、
……わざわざそれを待つとは、
━━━━否、その眼が見据えるのは、海そのものでは無く。
◆◆◆◆◆◆
━━━━晴れ渡る空、流れる白い雲。
十一月も半ばの空は、まさに天高く馬肥ゆる秋、といった風情。
「翼さーんッ!!クリスちゃーんッ!!」
「……よかった。響が笑ってくれていて。」
あの時、無我夢中になって走って、杖を投げた時に祈った事。
もう、響が戦わなくていいような……そんな世界になって欲しいって。そんな、ちっぽけな願い。
全部がいきなり叶うなんて思わないけれど……其処に一歩近づいたような、そんな予感。
「聴いてくれ、立花……アレ以来、雪音が私の事を先輩と呼んでくれないのだ……」
「だ、だからァッ!!」
「なになに?クリスちゃんってば、もしかして翼さんの事先輩って呼んでるの?
お兄ちゃんと翼さんばっかりず~る~い!!私の事もアレとかコレとかじゃなくて名前とかで呼んで欲しい~!!」
「ちょっと、響?流石にそんな事急に言ったってクリスを怒らせるだけじゃ……」
「……いい機会だから教えてやる……ッ!!」
━━━━と、止めようとしても時すでに遅し。
地の底から這いあがるようなクリスのドスの効いた声がリディアンの校舎入り口に響き渡る。
「あたしはッ!!お前よりッ!!年上でッ!!先輩だって事をなーッ!!」
「━━━━コリンズッ!?」
『はぁ……』
奇しくも重なる溜息に、翼さんと二人、顔を見合わせて苦笑を零す。
「二人とも、それくらいにしておけ。アレからまだ数日しか経っていないのだからな……
傷も癒えていないのに大騒ぎをして傷口が開きました……では申し訳が立たんだろう?」
「えへへ……」
「ねぇ、響……」
━━━━傷と聴いて、思わず口を衝いてしまう言葉。
「んー?」
「……身体、平気?おかしくない?」
……分かっているのに、やっぱり不安。だって、この前までだって、外から見ただけじゃあんな事になってるなんてわからなかったんだもの……
「心配性だなぁ、未来は……私を蝕んでいた聖遺物は、あの時ぜーんぶ、きれいさっぱり消えたんだって。
━━━━未来のお陰だよ。」
「響……」
「━━━━でもね?胸のガングニールは無くなったけれど……皆と紡いだ歌は、絶対に無くしたりしないよ。」
━━━━響は、まるで祈るように言葉を紡ぐ。
「それに……それは私だけじゃなくて……
━━━━きっとそれは、誰の胸にもある歌なんだ……ッ!!」
「フッ……」
「……ったく。大きく出すぎだバカ……けどま、悪くねェんじゃねぇか?そういうのも……」
「えへへ~、そう?」
「もう……調子に乗らないの。」
なんてことない日常。なんてことない時間。
━━━━あぁ、こんな日々がずっと続いて行けばいいのに……
◆◆◆◆◆◆
━━━━よく晴れた十一月の昼下がり。二課と協力関係にあるとある病院にて
「よっ……うーん、やっぱり片腕だとバランスが取りづらいな……」
「……それは、リハビリと言っていい物なのか……?」
「……?えぇ、確かに天津糸闘流の修練を基にした我流の物ですけど……
━━━━
「……いや、それはそうだが……病み上がりならもっとこう……穏当に歩いたり、物を持ったりとか……」
━━━━拘束中という事で俺の随伴が無ければ出歩けないが故、リハビリの間、二課所属の医師の先生と共に待ってもらっているマリアさんの言葉は、何故だかどうにも歯切れが悪い。
ただ地下の実験室を貸して貰って糸を張ったその上で演武をしているだけなのだが……
「フッ……!!うーん……足技も、やっぱりキレが落ちてるな……カウンターウェイトが軽くなって重心移動のタイミングが変わってるからか……?
義手を付けたらどうせまたバランスが変わるだろうし、この状態に馴れるよりはナスターシャ教授に先に義手を作ってもらった方がいいかも知れないな……」
「……ねぇ先生、二課のメンバーって皆こんな感じなの?」
「あはは……流石にあそこまでブッ飛んでるのは装者の皆と共鳴くん、それと司令と緒川さんくらい……かな?
司令なんか腹をぶち抜かれた半日後にはフィーネともう一回戦いに出たし。」
「……どうやら、二課と向き合うのなら常識的な考えは捨てた方が良さそうね……」
「常識的な考え方を持ったままで居てもらえると
……共鳴くん、そろそろ先生との約束の時間だ。片付けてもらえるかな?」
━━━━糸の上で動きの確認を続ける俺に掛けられるのは、次の予定の時間も迫っている事を告げる言葉。
「分かりまし……たッ!!」
部屋の端同士を繋ぐように伸長させていたアメノツムギを回収しながらの跳び上がりに捻りを加え……そして、着地。
「っと……やっぱり止まる時が一番バランスの違いが出るな……
お待たせしました。行きましょうか、マリアさん。」
「えぇ……というか、根本的な質問をしていいか?」
「はい?」
「━━━━私を、拘束せずに連れ回していいのか?
立場上、日本政府、並びにその旗下にある二課は私を拘束する義務がある筈だが……」
━━━━拘束衣では無く、いつぞやのコート姿のマリアさんの疑問は尤もな物。
「えぇ。普通なら問題アリアリですね。
━━━━ただ、ナスターシャ教授達の入院しているこの病院を拘束衣で出歩かせるのは逆に危険なので……」
ナスターシャ教授の入院する特別病棟は難病患者の入院する場所として通常の病棟とは切り離されており、一般人が入り込む可能性は低い。だが、それでも外部から一切見えないワケでは無いのだ。
入院患者の精神面に配慮すればするほど病院というのは見通しが良くならねばならない為にガラス窓が増えていく。そんな中で拘束衣を着た人物が連行されていたら……
「いやー、人体実験をしているのはある意味では事実ですけど、恐怖を煽る為の都市伝説になると流石にマズいですねー。」
「なるほど……なるほど?」
「それにまぁ、対外的には腕輪型発信機を仕込んでいる事で承認を得てますし……マリアさんは、切歌ちゃん達が居る状況で脱走を図るような人では無いでしょう?
━━━━信じていますから。貴方の事を。」
「━━━━」
「く、ククッ……いやぁ、隻腕になっても……共鳴くんはいつも通りだなぁ。」
あれ?何かおかしな事を言っただろうか……?
マリアさんは驚愕の表情で固まっているし、いつもの外科医の先生は笑っているし……
「━━━━貴方ねぇ!?そういう言い方は誤解を招くから、軽々に言うのはよしなさいなッ!!」
「えっ!?誤解も何も、マリアさんが信頼のおける優しい人だというのは分かっていますし……褒め言葉のつもりだったんですが……?」
「褒め筋がおかしいのよッ!!不用心に信頼し過ぎッ!!」
「まぁまぁマリアさん。其処等辺で……共鳴くんは誰に対してもこんな感じなので今さらかと……」
「はぁ……小日向未来の気苦労が知れるわね……」
━━━━何故、そこで未来……?
「うっ……この大型犬のような純粋な視線……切歌と同じタイプ……ッ!!」
「……そういえばマリアさん、素の口調ってもしかしてそっちの方なんですか?」
「えっ……えぇ、そうね……もう取り繕う必要も無いでしょうけど、あちらの口調はフィーネとしての責を負う為の物。
……自分すら偽って、それでも凛と立つ為の寄る辺だった……」
━━━━マリアさんが自らの口調について零すその姿が、防人と歌女の差異に悩む翼ちゃんと重なって見えて。
「……俺は、どちらの口調もマリアさんの姿だと思いますよ……いひゃ、いはいいはい!?」
それ故に思った事を口にしたのだが、返って来たのは何故かマリアさんの指による頬抓り。
「思った事をそのまま口にしないッ!!しかも貴方、今のは誰かに掛けた言葉をそのまま持ち込んだでしょうッ!!
そういうの、女の子は敏感に感じ取るんだから重ねないのッ!!」
「ふぁい……」
━━━━だが、彼女の言い分は蓋し真っ当なので言い訳の余地もない。
「ハッハッハ、仲がいいねぇキミ達は。
さ、キミ達を呼び出した内科の先生は此方だ。それじゃ後はよろしくねー。」
「まったくもう……ほら、私はあくまで連行されてるって事になるんだから貴方から入りなさいな。」
「はい……
━━━━失礼します。」
挨拶の後、俺とマリアさんは診察室に入る。
「……よく来てくれましたね。マリアさん。」
「……えぇ。マム━━━━ナスターシャ教授に関する話だと聴きましたが……いったい、なにが……?」
━━━━ナスターシャ教授の担当医となってくれた先生の表情は、暗い。
……もしや、そこまで病状が重かったのだろうか……?
「……まずは、検査結果からお知らせします。第二宇宙速度を越えた速度での打ち上げ……そして、その状態での月面への激突……
一歩間違えれば……いいえ、即死していたとしてもおかしくない状況でした。
ですが幸いにも、彼女の乗っていた可変型車椅子のパワードスーツ機能によって身体がロックされていた事……
天津さんのアメノハゴロモによって即時の帰還が成し遂げられた事……
━━━━そして何よりも、帰還後の二課仮設本部の医療スタッフによる処置が迅速だった事。これらが合わさった事もあって、事故後の状態としては奇跡的なまでに良いと言えるでしょう。」
「……良かった……本当に、良かった……」
「えぇ。本当に……」
検査結果を聞いて、先生の雰囲気に当てられて張り詰めた表情になっていたマリアさんが胸を撫でおろす。
それが嬉しくて、俺も思わず笑顔が零れる……
「━━━━ですが。」
『━━━━ッ!?』
━━━━だが、それを覆すのは、先生の続けた言葉と、差し出して来た一つの紙。
「コレは……?」
「……身体検査の際に並行して行った血液検査、その他全体的な健康診断の結果です。どうぞ、ご覧になってください」
『……ひッ!?』
━━━━見せられたその内容のあまりの恐ろしさに、俺とマリアさんは同時に詰まった悲鳴を挙げる。
「……申し訳ありませんが、どんな理由があろうと少なくともこれから半年はナスターシャ教授をこの病院から出すつもりはありません。
今回お呼びしたのは、そこの所を納得していただく為です……」
『━━━━はいッ!!分かりましたッ!!
━━━━気づけば、マリアさんと俺は二人揃って頭を下げていた。見るだけで分かる程にあまりにもヤバすぎる状況だったからだ。
「……それで、参考までにナスターシャ教授の普段の食生活についてお聞きしたいのですが……」
「……うぅ……あの時……あの時、調が作ってくれた牛肉風味のもやし炒めに醤油を小瓶一本分も掛けていたマムを止めて居れば……ッ!!
私は……私はなんてことを……ッ!!」
……凄まじく、凄まじく世知辛いお台所事情が暴露されてしまった気がして、何故だろう。涙が溢れて止まらない。
━━━━というか醤油を小瓶一本分ッ!?一食でッ!?
「……今後も此方でリハビリ食を準備しますね。
また、体力が戻り次第胃がんの検査と、必要な場合は手術も行います。
━━━━どうか、彼女に寄り添ってあげてください。希望は人に未来を見せてくれますから。」
「はい……ッ!!」
◆◆◆◆◆◆
━━━━目が覚めた時には、
それから、数日。天津共鳴が約束通りに助けてくれた事で生き長らえた私は、しかし各種検査の結果が芳しく無かったらしく、長期入院を余儀なくされる事となった……
「……やはり病院食は味気ないですね……醤油は無いのでしょうか?」
「もう……マムったら。お医者さんが栄養バランスを考えて作ってくれているんだから、お醤油を追加したりしたらダメでしょう?
━━━━ただでさえ六年前に比べて細くなっちゃったんだから。いい機会だし、此処でゆっくり療養してね?」
「……そう、ですね。随分と長く……仕事に邁進してきましたからね……
次の仕事の依頼も有るには有りますが……こんな身を圧して作ったとて彼は喜ばないでしょうし……」
見舞いに来てくれたセレナ(彼女も同じく、コールドスリープの影響を調べる為の検査入院をしているのだという。)と取り留めも無い話をしながら、午後のひと時を過ごす……
「━━━━本当に、久しぶりのゆっくりした療養になりますね……」
━━━━思えば十数年前のあの日……フィーネがレセプターチルドレン計画を掲げて連れて来た子供たちの押し込まれた劣悪な環境を見た時から、心休まる日がどれほどあっただろうか……
「……うん。マムは頑張ったんだから。だからこうして長いお休みを貰ったって、神様も許してくれるよ。」
「━━━━そうですね……ですが……あの子達は、本国に遺されたレセプターチルドレンの皆は無事なのでしょうか……世界が救われた今、それだけが気がかりで……」
━━━━シンフォギアに適合出来ず、警備兵の道へ進んだ者。研究者の道へ進んだ者。料理人の道へ進んだ者。
……そして、それが出来るよりも先に、他の研究所へ引き取られて行って離れてしまったジャンヌ達のような者達……
贅沢な願いだとは分かっている。けれど……自分が助かった今、脳裏を埋めるのは彼等の行く末……計画が頓挫した事で不要と断ぜられれば、彼等の命脈は……
「━━━━その心配は無用ですよ、ナスターシャ教授。」
━━━━そんな私の不安を払うのは、マリアと共に入室して来た彼……天津共鳴の声。
「どういう……事ですか?」
「諜報部の調べと、外交筋からの情報で、現在のレセプターチルドレンの状況が分かって来たんです。
━━━━結論から言えば、彼等は無事です。米国側で解放、或いは内部調査員による保護が行われているそうです。
追跡調査中ですが、ほぼ全員の安否が確認できるのも時間の問題かと。」
「良かった……!!ね、マリア姉さん!!」
「えぇ……本当に……ダメね。今日は嬉し涙ばかり流しちゃうわ……」
抱き合って我が事のように喜ぶマリア達姉妹の微笑ましさに思わず口角が上がるのが分かる。だが……
「……嬉しいニュースだとは思います。ですが、何故今になって米国はレセプターチルドレンへの方針転換を……?」
━━━━上層部の彼等への評価は冷ややかだった。それはそうだろう。全世界からの数千人規模の誘拐略取、そしてその後の維持管理……どう考えても現代国家で背負いたい責では無い。
そして、フィーネが彼等の誰にも宿った形跡が無かった以上、オルタネイティブ・フロンティア計画に必要だった私達を除けば彼等の利用価値はほぼ0になった筈なのに……
「━━━━それは貴方のお陰ですよ、ナスターシャ教授。」
「わた、しが……?」
「えぇ。ナスターシャ教授と、FISの装者達の蜂起が世界規模のフロンティア事変となった事で、世界はマリアの出自に注目しました。
━━━━即ち、レセプターチルドレンの隠れ蓑となった児童保護施設に、ね?」
「あ、あぁ……」
━━━━それは、まるで福音のように。
「当然、探られれば痛い腹であった為に、FISは彼等の処分を進めようとしていたそうですが……七彩騎士の一人が、その処分を殴り飛ばしたらしいです。
そしてそうなれば当然、何も知らされていなかったとされる大統領と
そんな超大物まで関与した大捕り物と相成って、
「……私の為した事は、何もかも……上手く行かなかったと思って居ました……」
「……」
「ですが……私は……救えたのですね……あの子達を……私自身の選択で……」
━━━━零れ落ちる涙の熱さが、私の心に刺さった棘を溶かしていく。
「━━━━はい。」
「ありがとう……ありがとう……ッ!!」
「マム……ううん。ありがとう……お母さん……」
━━━━マリアも、セレナも、皆喜びの涙を流していて。
そんな中でマリアが掛けてくれたのは……私を、母と呼んでくれる言葉……
「マリア……セレナも……いらっしゃい。今は……この温もりを感じていたいのです……ッ!!」
『━━━━うんッ!!』
━━━━私達は、この世界を……家族を、護りきれたのだ……ッ!!
━━━━
キミは笑って、一人立ち去る。次なる報せを告げる為に……