戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第八十三話 喪失のカウントダウン

━━━━街外れの公園で、(天津共鳴)は一人、ベンチに座って途方に暮れていた。

 

「━━━━遺伝子に刻まれた、怪物因子……」

 

天津家の祖である菅原道真。その母親にして、アメノハゴロモ……零落する以前のアメノツムギの持ち主であった天女とは、かつての神の被造物たる怪物であったのだと。

夢の中で神の器となれと俺に囁いて来た神の腕(ディバインアーム)はそう語った。

そして……

 

「ボルヴェルグが俺に託した力……忘却のルーンとは、即ち……」

 

俺に託されたその力のメカニズムが、情報にロックを掛ける事で()()()()()()()()()()()()物だったという事もまた……

 

「……進めば忘却、進まねば死、か……」

 

命を燃やした輝き、その代償。

━━━━死ぬのが怖いのではない。防人として誰かを護る為に戦って死ぬ事などとうに覚悟している。

……怖いのは、忘れられてしまう事。

 

━━━━脳裏を過るのは、ノイズの暴虐の痕。

生きる事を否定され、存在する事を否定され、遺して逝く事を否定された、尊厳すら踏みにじられた炭の山。

 

「……同じなのかも知れないな。俺も……」

 

総てから忘れられて、何も遺せず……それでも、明日に人類(ヒト)の未来を繋げて防人る……

━━━━そう考え、忘却のルーンを今すぐ使おうかという考えが頭を過った、その瞬間。

 

 

「━━━━愚か者めッ!!」

 

 

()が、天から降って来た

 

 

「━━━━ッ!?」

 

思考よりも先に身体に染み着いた反射が肉体を動かし、半捻りを加えた前転にてその()()を避け、相手を見据える。

 

━━━━果たして、其処に立っていた者は《鬼》だった。

 

空手の胴着のようなボロボロの服を着こみ、巨大な数珠を提げた、巨漢の偉丈夫。

朱い髪に黒ずんだ肌。そして……死を直観させるほどに濃密な闘気と、それが込められた、力強い眼。

その体制は振り下ろした手刀の一撃でベンチを両断した事など感じさせぬ構えた立ち姿で止まっている……まるで、何かを見据えるかのように。

 

「……あな、たは……ッ!!」

 

━━━━噂には聞いた事がある。格闘家の間で伝説となって消えたという、一人の男の話。

最早御伽噺だろうと誰もが笑って、映画にだってなった存在。

 

━━━━拳を極めし者が、其処に立っていた。

体幹に些かのブレも無く立ち続け、その一撃を受けたベンチが破壊では無く()()されているというその事実からも彼の技前が噂通り……いや、それ以上なのは如実にしれる……ッ!!

 

━━━━間違いなく、司令と同等ッ!!あるいは……()()()()ッ!?

 

「……何故、避けた?」

 

巌のような巨躯が、その外見に見合った重苦しい言葉で告げたのは、単純な質問。

 

「……死を、予感したからだ。」

 

だから、それに俺が返すのもまた単純な答え。

 

「━━━━自らが消える事を受け入れようとしながら、今更に死を恐れるか?」

 

━━━━だというのに。其処に立つ鬼が投げかける言葉は、俺が目を逸らした事実を貫いて来て。

 

「━━━━ッ!?それは違うッ!!

 仮令(たとえ)最後には消えるとしても、戦わなければならないからだッ!!防人としてッ!!」

 

「……同じであろう。うぬが消えれば、神の力(ディバインウェポン)の復活は遠のく。消滅もまた然り。

 ━━━━うぬが世界を護らんとするのなら、疾く消える事こそが最善だ。」

 

「それ、は……ッ!!

 いや、そもそも何故貴方が知っているッ!?」

 

━━━━詰まった言葉を誤魔化すように、問い返すのは前提の確認。

俺の内に蘇った神の力の事を、何故知っている……!?

 

「愚問なり……我が纏いし《殺意の波動》とは即ち、人の奥底に眠る闘争本能の具現。《人の世の乱れを齎す力》に対抗する為に人が願いし物……

 うぬの中に目覚めんとしている《神》とは、源流を同じくしながらに異なる物。故に、《殺意の波動の意思》たる我が知っているのは当然ッ!!」

 

「殺意の波動……」

 

━━━━これもまた、噂には聞いた事がある。格闘家が道を極める中で辿り着く事があるという境地の一つ。

曰く、『極めし者ですら呑まれる』という、危険極まる力。

司令もその伝説を格闘技として整形したマスターズ通信空手とやらを習っているらしいが……

 

「さぁ、答えよッ!!消えるかッ!!それとも此処で塵と果てるかをッ!!

 出来なければ……」

 

━━━━瞬間、視界の中に確かに存在していた筈の鬼の姿が、消えた。

 

「━━━━砕け散れッ!!下らぬ器と成り果てる前にッ!!」

 

その声と共に、背後より襲い来る()の重圧。

 

「━━━━ッあァッ!!」

 

高速移動だ、と見切るよりも早く、染み着いた反射が右腕を後方に差し込み、ガードへと変え……

 

━━━━次の瞬間、俺は地面を跳ねるように吹き飛ばされていた。

 

「がッ……はッ、あァッ!?

 ━━━━ま、だァ!!」

 

ガード毎弾き飛ばされながらも、受け身を兼ねた捻りを加えて立ち上がり、鬼が居た場所を見据える。

━━━━だが、既に鬼は其処には居ない。

 

「グッ……!!」

 

「━━━━惰弱なりッ!!その程度の力で、その程度の覚悟でッ!!

 自らを消すなどとほざくつもりかッ!!」

 

━━━━滅殺豪昇龍━━━━

 

「がッ!?ク、そァ!!」

 

一瞬の隙に飛び込んで来た鬼の一撃……否、三撃がガードを打ち破り、俺の身体を身動きの効かない空中へと引きずり上げる。

 

「━━━━天魔ッ!!」

 

「ッ!!」

 

━━━━天魔豪斬空━━━━

 

そして、鬼が放つ全身を貫くかのような多数の死の予感に背く為、俺は近くの木に糸を掛けて飛び降りる事で鬼の決死圏を辛くも逃れる。

次の瞬間に放たれたのは、遠当ての域を超えた気弾の乱射。喰らっていたら、まず数瞬は動けなくなっていただろう……

 

「は、はぁ……はぁ……ッ!!」

 

「……うぬの中に眠りし物は確かに世を乱す厄災の種。

 だが、うぬがその愚かな声に耳を傾けるかはまた別の……ぬ?」

 

━━━━耳を、傾ける……?そういえば、あの声は《耳に聞こえる音》としてではなく、念話のように思念を伝えて来た。

で、あるのなら……

 

「━━━━豪鬼ッ!!何をしているんだッ!!」

 

極限状態に加速した思考で朧気ながらに答えに辿り着きかけた俺の後ろから、駆けて来る人影が一人。

白い胴着に、赤いハチマキを巻いた、鬼と同じく筋骨に溢れた男の背中が、俺と鬼の間に立ちふさがる……

 

「……リュウか……我が闘気を追って来たか。」

 

「あぁそうだッ!!この少年に何をしていたッ!!片腕の少年を玩ぶ貴様ではあるまいにッ!?」

 

「……小僧よ。今一度機会をやろう。刻限は恐らく半年後だ。

 ……うぬが導き出す答え、その如何によって、我が拳を振るうかを見定める。

 ━━━━リュウよ!!貴様との決着もだッ!!半年後……サウスタウンにて待って居るぞッ!!」

 

━━━━声と同時に、練り上げた気を鬼は地へと叩きつける。

 

「ぐっ……!?」

 

「待て、豪鬼ッ!!」

 

━━━━叩きつけられた土煙が晴れた時には、もう、鬼は其処には居なかった。

 

「……まったく、どうなってるんだ……?キミ、怪我は無いか?」

 

「あ、はい……貴方は……?」

 

「俺はリュウ。流れの格闘家だ。キミは……」

 

「天津共鳴です。」

 

「天津……あぁ、もしかして共行さんの息子さんか?」

 

乱入して来た男性は、流れの格闘家だという。ストリートファイターという職業は、日本ではともかく、海外においては賭け試合なども含めてなんだかんだと潰えない物なのだと父さんに聴いていた。

だから、父さんを知っているという彼の言葉にも、多少は驚いたがむしろ納得の方が大きかった。

 

「はい。天津共行の息子、天津共鳴です。」

 

「そうか……では、その腕は……」

 

「……はい。防人としての戦いで……」

 

「……そうか。

 ━━━━もし、また豪鬼が襲ってくる事があったら、どうにか時間を稼いで欲しい。今回みたいに間に合うかは分からないが、出来るだけ速く駆けつけるつもりだ。」

 

「……いいえ。次に彼と出逢った時にはぶつけたいと思います。俺自身の答えを……ッ!!」

 

「……ははっ。なるほど、共行さんの息子なだけはあるみたいだな。それじゃ、またどこかで!!」

 

「はいッ!!」

 

━━━━そう言って、風のようにリュウさんは去っていく。

 

「……俺が今此処で死んでも、神の力の復活自体は止められない……」

 

『だが、俺だけでは不完全だ。完全体へとなるには時間が足りな過ぎる。』

 

━━━━夢の中で奴は言っていた。そして、鬼もまた同様の事を。

つまり、神の力(ディバインウェポン)とやらは俺が消滅したとしても何らかの手段で復活する算段を考えているという事だ。

その為に、何を犠牲にしようと。だから……

 

「━━━━それを砕き、人々を防人るのが、俺の使命だ。」

 

宣言と共に、踏み出す一歩。明日に向かって……

 

「……まずは、学校行かないとな……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━フロンティア事変から、約二週間。

急ピッチで進められた二課仮設本部の修復━━━━担当者が言うにはほぼ新造だったらしいが……その進行も順調な中、(風鳴弦十郎)と緒川はブリッジにて証拠品の精査を行っていた。

 

「フロンティア、およびエアキャリアの残骸をサルベージし、FISの関与を示す証拠が無いかと探っては見たのですが……

 フロンティアはそもそもの構造体の七割がネフィリムの神体構築の為に吸収され、残りの三割も海に落下した際に散逸していまして……」

 

「証拠品としての機能を持つような中枢ブロックは一つも残らなかった、か……エアキャリアの方はどうだ?」

 

「其方も探ってみました。マリアさんの証言通り、騎士アゲートが操縦を誤ってブリッジ上部に突撃、炎上してしまっていたので、PC内部のデータなどは残っていなかったのですが……

 書類の方は炎上する前に落下した影響で燃え残った物があったようです。ただ……」

 

「ただ?」

 

緒川が言い淀むとなると相当の難物だろう。そう予想したのだが……

 

「……二課分析班の最新技術を使って、潮流でバラバラになっていた書類を復元したのですが……」

 

「金かけたなぁ……」

 

「内容が一見すると謎ポエムなので、すわ暗号か!?と解読班を結成しようとした時に通りがかった鳴弥さんから『いや、コレ遺書でしょう?』と一刀両断されてしまいまして……」

 

「……FISの装者諸君、か……」

 

━━━━死を覚悟してまで、シンフォギアを纏って戦った、少女達の歌。

……《少女の歌には、血が流れている》。そう言っていたのは了子くんだったか……

 

「はい。ですので、遺書という事は伏せて、後々共鳴くんの方から本人に私物として直接渡して貰おうかと。ボク達が戻すよりは良いのではないないでしょうか?」

 

「だろうなぁ……」

 

━━━━覚悟といえば、そう。

 

「……共鳴くんだが、その後の様子はどうだ?」

 

「━━━━今の所、腕の喪失による体調不良や、心身のバランスの大きな崩れは見られません。ただ……」

 

「防人として自らを律している可能性は否めない、か……響くんや未来くん達との交流が彼の精神を安定させてくれればいいんだが……」

 

━━━━脳裏に過るのはやはり、腕だけとなって帰って来た共行さんの事。

覚悟を握った天津の男は、どこまでだって突き進んでいくと分かっているだけに見ていて危なっかしい。

 

「……つくづく、難儀なもんだなぁ、俺達も。」

 

「ふふっ、そうですね。」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

━━━━その日、アタシ(暁切歌)は思い出したのデス。

(てがみ)に支配されていた恐怖を……

 

「━━━━はうあァ!?」

 

「切ちゃん?大丈夫?」

 

「だ、だだだ大丈夫デスよ!!なんでもなんにもなんくるないデス!!」

 

「それじゃ沖縄の方言……本当に大丈夫なの?」

 

「アハハ……ちょっと寒気と恐怖と狂気が一緒くたになって襲来しただけなのでもう問題ナシデス!!

 今度、おにーさんも遊びに来てくれるらしいし、体調を崩してなんて居られないデスよ!!」

 

「そうだね……美舟の事とか、マムの事とか。

 色々訊かないとだもんね?」

 

━━━━そう。きっと大丈夫デス。だって今のアタシ達には、皆で勝ち取った明日があるんだから……

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━晴れ渡る空に、鳥の鳴き声が木霊する。

十二月の冷たい空気に晒されながらも(天津共鳴)がその日足を運んだのは関東郊外の屋敷だった。

 

「━━━━失礼します。天津共鳴、入ります。」

 

「……うむ。」

 

室内に座するのは、内閣情報調査室(CIRO)の長……即ち、日本の諜報防衛のトップに立つ存在。

 

━━━━名を、風鳴八紘。

 

「……国防より追われし天津家の者が風鳴の敷居を跨がせていただく温情、感謝致します。」

 

下座となる此方が述べるのは、毎度毎度のお馴染みの口上……とはいえ、コレは致し方無い事だ。

 

「……うむ、国防を万全と為すが故の特例である事、肝に銘じて戴く……では、報告を頼む。」

 

━━━━なにせ、俺達天津は彼の父たる風鳴宗家当主に真っ向から喧嘩を売ったのだから。

宗家からの命令で無碍にされぬだけマシという物だ……

 

「はッ!!ではまず、フロンティア事変後の各国の動きからご説明致します。

 ━━━━FIS構成員全員の拘束、並びにウェル博士の収容は完了しています。

 本来であれば、大半の被害が出た日本の行政府たる日本政府がその責を追訴する筈ですが……」

 

「……Queens of Music会場での宣言を基に、米国は彼等を《世界に対する宣戦布告を為した前代未聞のテロ行為である》として国際法廷での審議を申し立てて居るのだったな……

 此方にも、その情報は入っている。」

 

━━━━全世界生中継の中での国土割譲要求……シンフォギアを釣り出す為にぶら下げた餌が、予想外の形へと姿を変えて彼女達の身を犯そうとしている。

 

「はい。コレは間違いなく世界正義を標榜する米国、その影響力で以て彼女達に死刑を求刑するつもりかと。」

 

「━━━━つまるところは生贄の羊(スケープゴート)、というワケか……」

 

「……はい。米国は今回、彼女達の行動によって数々の不都合な真実を白日の下に晒されてしまいました。

 1971年にFBIから違法な捜査資料が流出した時と同じ……いや、それを遥かに上回る程の……」

 

━━━━それ故、米国はそれを揉み消さねばならない。その為に、何をしようとも。

 

「……未成年の構成員までにも死刑を求刑するとなれば、凡そ合法的なやり口は取れまい……

 となると、湾岸戦争の引き金の一つとなったナイラ証言のように……」

 

「えぇ、偽造された証拠類の用意を既に始めているかと。」

 

「……難題、だな。」

 

「……はい。難題です。

 二課はあくまでも対策の為の実働部隊……政治上の問題に持ち込まれてしまえば、我々が打てる手は極端に少なくなりますから……」

 

━━━━敵は既に包囲を完成させようとしている。だが、その網には一分を超える程の実態が混ぜ込まれているのだ。

拡大解釈と強権執行という理不尽な裁定であろうと、それを打ち破るには生半可なやり口では突破力が足りない……

 

「……だが、光明はある。

 先日、斯波田事務次官が米国政府に吹っ掛けたそうだ。

 ━━━━月の落下に関して、米国政府、並びに米国国家航空宇宙局(NASA)が《ルナアタックの影響による月の軌道への影響は軽微だった》という公式声明を出していた事。

 並びに、《ルナアタック後に設立された》と説明されていたにも関わらず、ソロモンの杖の秘匿、並びにレセプターチルドレンの略取という形で存在が示唆されている米国連邦聖遺物研究機関(Federal Institutes of Sacrist)の設立経緯そのもの……つまり、彼等が隠そうとしている不都合な真実を先んじてぶつけたという事だ。」

 

「━━━━ッ!?

 それは……紙一重なやり口なのでは!?もしも米国が強硬を目論めば……」

 

米国が求める不都合な真実の隠蔽。それを台無しにすれば確かに米国が彼女達を糾弾する理由は消える。

……だが、それはあくまでも米国の出鼻を挫けるというだけの事では無いのか?

 

「……そうだな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()止められなかっただろう。

 だが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ━━━━斯波田事務次官の狙いは、米国そのものに譲歩を求める物では無いという事だ。」

 

━━━━八紘さんが語るそれは、かつて。父さんが唱えた新たな護国の理念と似通っていて。

そして、狙いが米国の譲歩を求める物でないとすればそれは……

 

「━━━━国際世論の矛先を、米国へと向ける為……?」

 

「そうだ。情報化の波に伴い、米国はかつての完全一強体制を保つ事が出来なくなっている。それでも、日本と米国の間の単独交渉では非常に分が悪い……

 ━━━━だが、米国が世界正義を標榜するが故に絶対に越えられぬ一線が有る。それが、自国の潔白性だ。実際には異なるとしても、国際社会に見せる面はクリーンでなくてはならない。

 単独の国家でありながら、米国が世界全体に影響を持つように見せかけられる理由がそれであるが故に、彼の国は其処を違える事が出来ない。」

 

「であれば……」

 

「あぁ。斯波田事務次官の追求を認めるワケにはいかんだろうな、米国側は。

 ━━━━今後の動向もまた注視せねばならんが、今すぐに米国の主張が通る事は無いだろう。」

 

「……よかった……」

 

━━━━その言葉に、安堵の溜息が漏れる。

世界を救った彼女達が、世界の為の生贄になるだなんて……そんな事、俺には受け入れられない結末だから。

 

「……他に、報告はあるかね?」

 

━━━━だから、コレで一区切りだと言外に告げる八紘さんの言葉に、緩んだ頬を引き締め、姿勢を更に正す。

 

「はい。フロンティア事変後の一ヶ月程の計測ではありますが、やはり現在の所ノイズの出現は世界的にも確認されていません。

 ━━━━ソロモンの杖によってバビロニアの宝物庫へのゲートが完全に閉じられた事でノイズの偶発的出現の可能性が極端に下がるという母さ……天津博士の仮説。

 追加の検証を続けていく必要はありますが、論ずるに値する物だと思われます。」

 

「……そうか。」

 

━━━━未来が願いと共に投げ放ち、ネフィリムの腕を巻き込んで宝物庫の中へと消えたソロモンの杖。

その力によって再び閉じられたバビロニアの宝物庫は時空から切り離され、今までのようにこの世界と激突する事でノイズを撒き散らす可能性は大きく下がるという。

そして、それは、つまり。

 

「……追加の検証の結果次第ではありますが、認定特異災害であるノイズが地上に現れる事が無くなれば……

 それに対抗する為という名目で結成された特異災害対策機動部一課、並びに二課の存在意義は大きく目減りする事となります。

 そして、シンフォギアの存在と装者の存在がルナアタック、そしてフロンティア事変という形で世界中に知れ渡った以上、二課の存在を旧風鳴機関と同じ秘匿機関として運営、隠匿する事は難しいかと思われます。

 ……現に、旧風鳴機関の設計構想で造られ、目下再建造中の二課仮設本部潜水艦に関しても、各国政府からの資金提供の代わりに技術の供与を求める打診が来ているとか……?」

 

風鳴宗家、並びに風鳴機関前司令であった風鳴訃堂の命の下、後に二課仮設本部となる元の潜水艦を建造していた事実。

それが無ければ、改装を前提にしたとはいえ、三ヶ月程度で二課仮設本部が動き出す事は出来なかっただろう。

━━━━だが、それは露見してしまえば各国の嘴を刺す隙間となる。先ほどの米国と同じように。

 

「……そうだな。秘匿組織とするにもそろそろ限界であろう……親父殿の機嫌は右肩下がりとなるだろうが、日本もまた国際社会の一員である事実からは逃れられん。

 ━━━━ともすれば、二課は国連預かりという形で日本から活動の場所を移すかも知れんな。」

 

「はい。そうなれば二課か、その後進となる組織は国連直轄の……父が所属していたという特務部隊のようになるでしょう。

 ━━━━だからこそ、どうか逢ってあげてくれませんか。()()()に……」

 

━━━━父と娘、難しい関係だろう事は知っている。まだお互いが幼い頃、父に叱られた彼女と出逢ったあの日から。

……けれど、国連直轄となれば日本との関係を維持し続ける事は難しくなるかもしれない。俺と、父さんのように。

 

━━━━そうすれば、いつか彼女は物言わぬ姿で帰って来てしまうかも知れないのだ。そうはさせないと誓っている。

……そうはならないと信じている。

だけど、やっぱり。

 

「それは……共鳴くん。

 ……それは天津家、並びに二課からの連絡員としての言葉かね?」

 

「━━━━いいえ。俺自身の我儘です。」

 

━━━━()()()()()()()()()()、どうか親子で話して欲しい。国連直轄機関となる事で御当主の割込みの可能性は減る筈なのだから。

 

「……………………それは、出来ない。

 実態として裏にも関わるとはいえ、私の立場はどこまでも表沙汰に立つ者だ。旧友の息子を招く等という隠れ蓑も無しにこの時期に二課との接触があったと知れれば各国は(こぞ)ってそこに嘴を挟む。

 ━━━━故に、私と二課の関係はどこまでも、ビジネスライクであらねばならんのだ。」

 

「ですが……ッ!!」

 

「━━━━くどいッ!!」

 

━━━━追いすがる言葉に重ねられるのは、痛烈なまでの否定の意思。

 

「ッ……失礼しました……」

 

「いや……万難たる危機を排するのが私の仕事だ……故に、是は致し方のない事なのだ。

 ……だが……キミのその厚意の、その心は受け取っておこう……」

 

「はい……」

 

━━━━あぁ、なんて難しいのだろうか。人と人が分かり合うというのは……

父と娘でさえ、こんなにも……遠い━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━あたたかな麦芽飲料に舌鼓を打ちながら、ボク(ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス)は仮説構築を行っていた。

 

「━━━━シンフォギアの適合において、奇跡などという要素は介在しない……であれば、立花響がガングニールに再び適合出来た理由は大よそ予測が付く……」

 

だが。

それはむしろ、より大きな謎を産んだとも言える。

 

「……シンフォギアの産み出すエネルギーの根幹はウタノチカラ……つまり、波形パターンに宿るフォニックゲインを光として固着、物質化する事にある。

 ━━━━だが、逆に言えばそれは、装者という波形の供給源を喪えば固着された物質もただの波へと還る事を示している……」

 

ボク自身は見ていないが、ルナアタック事件の際にもそういった事があったそうだ。

 

「━━━━だというのに。一つだけ例外が存在した。」

 

初めは、誰もそれに気づかなかった。だって当然だろう?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()等!!

 

「なるほど。融合症例!!あまりにも興味深いシロモノだ!!」

 

━━━━二年前のライブ会場の惨劇。其処で破片に身体を貫かれた立花響。

だが、その胸を穿った破片はそんじょそこらの瓦礫などでは無かった!!

即ち、ガングニールのシンフォギア!!その断片!!

 

「……だが、その理屈が分からない。」

 

原因は分かる。結果も分かった。

━━━━だが、それを繋ぐ因果が見えない。

ボクのように、生体型の完全聖遺物を肉体と融合させれば、基本的に安定して融合する事が可能だ。

けれど、それを少しでも崩した不完全聖遺物では、天逆美舟のように聖遺物の強大なエネルギーが干渉を引き起こし……最悪、そのまま聖遺物に喰い破られる。

 

━━━━だというのに。立花響はそうはならなかった。

ギアの欠片だというのに消える事無く、聖遺物の欠片だというのに肉体を喰い潰す事も無くッ!!

 

「何故だ?どうしてだ?

 分からない。だが、分からないからこそ解き明かし甲斐があるってもんだッ!!

 この禁忌の箱(パンドラボックス)は……ッ!!」

 

「……相変わらず、テンションがおかしいんだな。アンタは。」

 

「あぁン?」

 

━━━━そんなボクの思考に水を差すのは、横から掛けられる声。

天津共鳴。憎たらしい上に甘ったれたクソガキが、其処に立っていた。

 

「……おや。ボクに何用ですかね?まだ麦芽飲料はたっぷりありますが……?」

 

「ふざけんな。アンタが本差し入れろって言ったんだろうが!!

 ……ホレ、錬金術関連のオカルト本だ……一体何に使うんだ?」

 

そう言って男が差し出す本は、確かにボクが以前頼んでいた学術書。

 

「あぁ、ありがとうございます……とだけは言っておきましょう。

 ━━━━あぁそうだ。折角なんで一応、キミに意見だけは聴いておきましょうか……この学術書と同じように、天才であるボクにインスピレーションを与えるのは日々の様々な努力の地道な積み重ねですからねぇ。」

 

「なんでそんな上から目線なんだよ……んで?質問ってなんだよ。」

 

「えぇ。質問といっても一つだけですよ。

 ━━━━立花響の胸に刺さったガングニールの欠片。アレは何故、ヒカリへと還る事無く胸に刺さったままだったのか……という事についてです。

 理論などは此方で考えますから、好き勝手言ってみなさいな。」

 

挑発も兼ねておちょくりながら、ボクは問いを投げかける。この男は頭の回転自体は早いのだから、何か面白い返しでもしてくれば御の字だ。

 

「……確かに。言われてみればそうだな……櫻井理論に則れば、アームドギアの欠片であっても、フォニックゲインが無ければ固着が解けて還る筈なのに……

 ……絶唱によって大規模なフォニックゲインを浴びた事で実体化した……?だが、それなら他にも実体化した実例が無ければおかしい……

 なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?

 ━━━━あ。」

 

「あァ?」

 

━━━━そう。コイツに問いかけたのは何かボクの踏み台になれば御の字程度の思いつきだったのに。

 

「……あぁ、なんだ……そういう事だったのか……」

 

「━━━━分かったってんですかァ?この謎の答えがァ?」

 

「……俺達人類は、誰もが胸に歌を宿している。

 アンタが打ち破られたあの奇跡……七十億の絶唱と同じように。

 だから、響の胸に突き刺さったガングニールの欠片は、歌を聴き続けていたんだ。

 ━━━━あの子の、胸の歌を……」

 

━━━━それは。

━━━━確かに。

━━━━理屈の通る屁理屈で。

 

「ふ、ハハ……アヒャハハハァ!!

 ━━━━天津共鳴ィ!!」

 

「うおっ!?なんだよいきなり……」

 

「く、ククッ!!()()()()()ッ!!あのフィーネも匙を投げていた難問を、お前はッ!!

 なるほど!!確かに!!シンフォギアの適合係数に奇跡が介在しない以上ッ!!誰もの胸に歌が宿るという前提もまた、七十億の絶唱が立証した以上ッ!!

 鼓動に歌が宿るのは必定かッ!!

 ハハッ!!ヒャーハハハハハハハ!!」

 

━━━━ならばつまり。

()()()()()()()という事だッ!!アレもッ!!ソレもッ!!コレもッ!!ドレもッ!!

 

「ふひっ……えぇ。面白いインスピレーション、確かに戴きました。

 気分がいいッ!!最高だッ!!

 ……なので、貴方の質問になんでも答えてあげますよ。どうせ、この前みたいに何かしらの疑問の答えが知りたいからってボクに構ってるんでしょう?」

 

「知りたいというか……まぁいいや。

 ━━━━じゃあ、質問の代わりに、一つ契約してもらっていいか?」

 

「……契約ゥ?此処じゃ発行できるのは空手形だけですよォ?んなモンはテメェが一番よく分かってるでしょう?」

 

ボクの厚意を無碍にし、(あまつさ)え要求上乗せとは厚かましい……とは思ったが、気分がいいのでボクは許そう。

 

「まぁまぁ……

 ━━━━もしも、貴方が拘束を解除されて……世界の危機に立ち向かう事になったらの話だ。

 その時は、一度だけでいい。あの子達シンフォギア装者に無条件で協力して欲しい。」

 

「…………なるほど。ボクに対しての永続的な協力や、人類を救うためにやむを得ぬ犠牲を出す事自体は止めないが……」

 

「そう。たった一度でいい。あの子達が手を伸ばして、誰かを助けようとするのを手伝って欲しい。」

 

「━━━━お前を手伝う。じゃあ無いんですねぇ?」

 

「━━━━あぁ。あの子達を、だ。」

 

━━━━まるで、寿命を悟った老猫のようにくしゃりと笑って、その男は断言した。




━━━━雪が降り積もる。街に、道に、そして心に。
キミがこの世に生まれてくれた日を祝福するかのように灯火は煌めき、夜宴は始まる。

━━━━そう。だから。仮令(たとえ)何も感じられないとしても。
俺は、キミ達が笑って居てくれるだけで、幸せなのだ。
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