戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス   作:重石塚 竜胆

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第八十五話 新生のトリガーオフ

『━━━━クリスちゃん(キネクリ先輩)、お誕生日おめでとう!!』

 

━━━━頼んでも居ないのに、示し合わせたらしいソイツ等があたし(雪音クリス)の家にやって来たのは12月の28日……つまり、あたしの誕生日だった。

 

「お、おぅ……ありがと……よ……」

 

いつものお節介な奴等から、確かに交友はあるが普段はつるまない奴等まで。

寄ってたかって祝福の言葉を投げかけて来て……こんな風に祝われていいのかな。なんて気持ちが鎌首をもたげてしまう。

 

「━━━━はい、クリス。私と響からはコレ。普段のクリスの趣味とはちょっと違うかもだけど……色んな種類がいっぱいあるシリーズで、皆の分をお揃いにしてみたの。

 クリスには赤のを、私には紫の。それで……」

 

「私は黄色ので、翼さんには青のッ!!奏さんにはオレンジので~……お兄ちゃんは黒いのッ!!」

 

「む。私達の分まで考えてくれたのか……?小日向はよく気が付くのだな。良いお嫁さんになれると思うぞ?」

 

「そんな……お嫁さんだなんて、まだ……」

 

「翼さんッ!?私が気が付いたという想定は無いんですかッ!?そっちは私のアイデアなのに!?」

 

「ハハッ!!アタシ的には皆の分ってのが響らしいと思ってたぞ~。よしよし~」

 

「う~……奏さーん!!」

 

「えぇっ!?……す、すまない立花……私はてっきりキーホルダーに決めたのが立花のアイデアかと……」

 

━━━━けど、少し顔を上げるだけで見えてくるのは、誰もが笑っている、そんな姿。そして……

 

「━━━━」

 

おめでとうの言葉を掛けた直後だというのに、真剣な表情でパパとママの仏壇に祈りを捧げる、実直にも程があるバカその二の姿。

……あたしも、こんな風に想ってくれる奴等が居るのなら……笑っても、いいのかな?

 

「ク、リ、ス、ちゃ~ん!!」

 

「どわぁ!?テメ、天音!?」

 

そんな疑問すら振り払うように後ろから強襲を掛けて来たのは、同じクラスになったという縁だけで何故かお節介を焼いて来るバカその三。

桃色の髪をふわりと載せるようにあたしを後ろから抱き込みながら、バカその三はラッピングの付いた色紙を渡してくる。

 

「アニメ同好会候補の皆を代表して~、私からはコレをプレゼントしちゃうわね~。

 ━━━━なんと!!《快傑☆うたずきん》の描きおろしイラストでーす!!」

 

「……なんだって?」

 

よく分からない言葉の羅列にフリーズしたあたしの思考では、ただ問い返す事しか出来ない。

 

「━━━━よくぞ聴いてくれましたッ!!

 《快傑☆うたずきん》とは、天上界にあるハッピーソングキングダムの守護天使で、同時に未来の大天使長候補でもある『うたずきん』が、『うたゆきひめ』や『うたデレラ』と言った童話モチーフの仲間たちと一緒に地上に来訪した所から始まるお話で、歌魔法を使って変身する事で人々に幸せを齎す事で発生するエネルギー結晶『しあわせのかけら』を一年以内に最も集めた者が次なる大天使長になれるという縦軸の下でおっちょこちょいだけどいつも元気で一生懸命なうたずきんが、何故か毎回社会派なサスペンスに巻き込まれては歌魔法で人々を幸せにしていく中で、社会派なサスペンスを止める為に奔走する年上の謎のスーツの青年に恋しちゃったりする思春期の淡い恋心を横軸に『みんなの幸せとはなにか?』を問いかけるマジカルハートフルストーリーで、今はまだ読み切り版第一話と連載版の第一話が掲載されただけなんだけど既に大ヒットの兆しが見え始めてる作品で……」

 

「実はね?皆が装者として戦う姿が人伝のウワサとして都市伝説になっちゃってたの~。だから、それを先んじて抑える事で無茶な撮影等によるSNS映え狙いを抑制する為に二課の皆さんが頭を捻って~……

 そうして出来上がったのがこの《快傑☆うたずきん》なのよ~?」

 

「お、おぅ……二課ってもしかして、頭いいけどバカの集まりなんじゃねーか……?」

 

「ま、ユミの大暴走はいつもの事として……あまあま先輩の伝手のお陰でなんとか手に入ったから、折角なんでキネクリ先輩へのプレゼントにしようって事になったんですよ。

 布教用に使われるのならいいってあまあま先輩もユミも納得してくれましたし。」

 

そう言って話しかけてくるのは、バカその一のクラスメイトの三人組の一人。

 

「ほーん……いや待て。そういや、お前さんはなんで他人の事をそんな変な呼び方するんだ……?

 あのバカと違って先輩と付いてるのはいいが……」

 

「えー?結構いいと思いません?ゆ()()()()ス先輩でキネクリ先輩。」

 

「……色々滅茶苦茶ツッコミたい所はあるがひとまず置いておいて……じゃあ、其処等の連中は?」

 

「えーっと、あまあま先輩、ひ()()でビッキー、こ()()たでヒナ、かざな()()ばささんでりっちゃん先輩、あも()()なでさんでウカさん、とも()()でナリさん。

 んで、()()()までテラジと……板場弓美で、バキュラ。」

 

━━━━いや、どうしてそうなる?と口に出さずに済んだのは奇跡だっただろう。いや、本当にどうしてそうなるんだ?()(キュウ)は分かるがラはどっから来た?

 

「━━━━って!!だからそのあだ名だけはやめてって言ったでしょ創世ッ!?

 花も恥じらう女子高生がなんではたまた時には現れて256発当てないと倒せ無さそうな無敵の名前になってんのよッ!?」

 

「アハハ!!ごめんごめん……ってワケで、今は普通にユミって呼んでるんですよ。」

 

「そ、そうか……」

 

━━━━変わった奴等だな……いや、本当に……

このまま話を進めるのもアレだと思って視線を彷徨わせるあたしの前に立ち替わるようにやって来たのは……さっきまでバカその一を宥めていた筈のセンパイだった。

 

「どうだ、雪音?楽しんでいるか?」

 

「ま、まぁ、ぼちぼち……?

 ━━━━そういや……この忙しい時期によくこんな時間取れましたね?」

 

話を変えるように振るのは、しかし心底からの疑問。

年末年始と言えば特番、歌番、生放送の書き入れ時な筈だが……

 

「あぁ、うむ……実はな。緒川さんに無理を言って時間を作ってもらったのだ。

 ━━━━なので、あと三十分で次のリハーサルに赴かねばならん。」

 

「━━━━って、全然ダメじゃねぇかッ!?んなにゆったり構えてていいのかよッ!?」

 

「うむ。既に下で緒川さんにスタンバイしてもらっている。安心していいぞ。

 ━━━━それでもな。大事な後輩の誕生日を祝ってやりたかったのだ。

 それと、コレは誕生日プレゼントの菓子の詰め合わせだ。緒川さんや奏と一緒に選んだ物だが、良ければ仲の良い友達と一緒に楽しんでくれると嬉しい。」

 

━━━━弾丸のように真っ直ぐに、いつもこの人は飛び込んで来て。

……というかこの菓子、美味いけど高いってウワサだったような……?

 

「んなっ……その……ありがとう……ございます……」

 

━━━━あぁ、本当に。こんなあったかい物にあたしは。

何かを返してやる事が出来るのだろうか……?

 

「ふふっ……それでは行ってくる。

 共鳴、雪音のエスコートを頼んだぞ?」

 

「あぁ、しっかりエスコートして来るよ。翼ちゃんも頑張って。」

 

━━━━普段の装いとそうそう変わりはしない筈なのに。

アイドルとして立つが故か、しゃなりしゃなりと歩み出ていくセンパイの背中はやけに大きく見えて……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━というワケで、クリスちゃんを飾り立てるぞ~!!」

 

『おーッ!!』

 

━━━━昼下がりのクリスの誕生日パーティを終えて、(小日向未来)達はディナーの準備も兼ねて東京ナイトタウンの中での買い物に向かっていた。

クリスマス自体は終わったとはいえ、年末年始を煌々と照らすイルミネーションの中を歩く皆は、自然と二手に分かれるような形になっていた

響と天音さんに手を引かれてクリスが連れられ、後ろを歩く私とお兄ちゃんは横に並ぶ形。

 

「……はー……もうすっかり冬だね……お兄ちゃんは防寒大丈夫?

 クリスのエスコートだからって無茶してタキシードとかにしてない?」

 

マフラーを巻いて防寒しても、やっぱり冬は冷え込むもので……

来年はマフラーだけじゃなくて、クリスみたいに上着も羽織らないとダメかな?なんて逸れる思考を戻しながら、上着をキッチリ着込んでいるお兄ちゃんに問いかける。

 

「さっきクリスの部屋で見たでしょうが……セミフォーマルくらいにしてあるって。」

 

「ふふっ、冗談。

 だって……クリスが緊張するのに、お兄ちゃんが何も無いのは不公平でしょ?」

 

「それは……そうかもな。」

 

━━━━そう言いながら微笑むお兄ちゃんには、左腕が無い。

不便じゃないか?って聴くと、馴れればなんでもないさ、と貴方は笑う。

……だけど、その腕が無い理由は。私が……

 

「━━━━未来?」

 

「━━━━えっ!?」

 

「どうしたんだ?響達はもう店に向かっちゃったぞ?」

 

「……その、ごめん……お兄ちゃんの左腕の事、考えてて……」

 

━━━━誤魔化す為の嘘は吐かないって、約束してもらったから。私も、誤魔化す為の嘘は吐きたくない。

だから……

 

「…………そうだなぁ……未来には感謝しないといけないな。」

 

「……え?」

 

「未来のお陰で、俺はFISの皆に手を伸ばす事が出来た。

 ウェル博士の策に嵌められたのは事実だけど……そのお陰で、美舟ちゃんや切歌ちゃん、調ちゃんやセレナちゃんやマリアさん……そして何より、ナスターシャ教授を助ける事が出来たんだ。

 だから、後悔はしていないんだ。」

 

「それは……」

 

━━━━確かに、それは事実なのかも知れない。けど……

 

「どうか泣かないで……未来……」

 

「━━━━泣いて、ないよ……」

 

泣いてなんか、無いのに……

残った右腕で、お兄ちゃんがそっと抱き寄せてくれる、その温かさが切なくて━━━━

 

「━━━━だから、ゴメン。

 未来には……笑って居て欲しい。だから━━━━」

 

━━━━私の頭を抱き寄せる、お兄ちゃんの右手。

そこから発される何かが、輝いた気がして━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━あれ?」

 

━━━━(小日向未来)、今何してたんだっけ……?

 

「ん……気が付いた?」

 

━━━━声に気づいて顔を上げると、すぐ近くに見えるのは、心配そうにのぞき込むお兄ちゃんの顔。

 

「わ……近いってば……!!」

 

あぁ、そうだ……私、クリスの為の買い物に来て……それで……あれ……?

 

「どう?少しは落ち着いた?」

 

「え……?あ、うん……

 それで……何の話してたんだっけ?」

 

━━━━何かを思い出そうとして、すり抜けるような感触。

頭の中、何かが、引っ掛かって……?

 

「あぁ……未来のお陰で、俺は頑張れたって話だよ。

 ……やっぱり、それでも不安?」

 

━━━━それでも思い出せたのは、お兄ちゃんの左腕について話していたって事。

それを、私のお陰で頑張れたってお兄ちゃんは言ってくれて。だけど……

 

「うん……やっぱり不安。いつもみたいに人助けに行って……そのまま、帰って来ないんじゃないかって……」

 

きゅ、と握るのは、中身のないコートの袖口。

━━━━本当に、無くなってしまったんだという喪失感と、自責の念。

そして……左腕を失くしたように。

お兄ちゃん自身までどこかに行ってしまうんじゃないかって、不安な気持ち。

 

「━━━━じゃあ、約束しようか。」

 

「━━━━約束?」

 

あれ……?約束って……何か、大事な約束を……もうしていたような……?

 

「果てしなく遠くへ行っても……必ず此処へ……未来の下に帰ってくる。

 ……約束だ。」

 

━━━━だけど、お兄ちゃんの真剣な声に圧されてしまう。

何故?どうして?……この答えは、いつか分かるのだろうか?

 

「……分かった。じゃあ……うん。お兄ちゃんがあんまり遅いようなら、私の方から迎えに行っちゃうから。

 だから……」

 

━━━━だから、この約束は仕返しも兼ねて。

お兄ちゃんが手を伸ばし続けるように……私も、手を伸ばし続けるという約束。

 

「……あぁ。必ず帰ってくるから。」

 

━━━━寒空の下、約束にと交わす指の温もり。

この温もりだけは……どうか、すり抜けないように……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━東京は元麻布。仙台坂上近くにひっそりと佇む、隠れ家的レストラン。かつては、常連の紳士が店への道を教えてくれていたという。

普段はフレンチレストランだが、土曜の夕方五時には常連客が会話を楽しむウェイティング・バーにもなるのだとか。

 

 

━━━━なんて、あたし(雪音クリス)がそんな風に現実逃避全開でバカその一のクラスメイト三人組が教えてくれた店の情報を諳んじてる理由。そいつは簡単だ。

 

「━━━━どうしたの?クリスちゃん?」

 

━━━━目の前のバカその二があたしの誕生日プレゼントにと用意した店が、思いっきりオシャレなフレンチレストランだったからだ……ッ!!

どう考えても場違いだろうがッ!!学生二人が年末に貸切とかッ!!

……だというのに、目の前の男はそんなあたしの視線に気づいた風もなく首を傾げて、アペリティフの炭酸入りのミネラルウォーターに口を付ける。

 

「……どうもしねぇよ!!」

 

「Oh!!Signorina(お嬢さん)!!どうしましたかね?」

 

「あ、いや……その……」

 

━━━━そんな店のバーテンダーを継いで数十年になるのだという、イタリア人のシェフ兼バーテンダー。彼にいきなり声を掛けられた事に驚いて、つい委縮してしまう。

 

「━━━━アンジェロさん。今日は貸切にしていただいてありがとうございます。」

 

「ハハハ!!気にしなくてイイヨ。雪音サンの御両親とは常連だった時代から仲が良かったからネ。

 ソレなら常連の頼みみたいなモノさ!!」

 

「……パパとママも……常連だったのか?」

 

「Si!!教授サンとも仲良かったデスね!!」

 

「教授さん……この店の事を教えてくれた取手さんが言ってた《常連の紳士》の人の事ですね?」

 

「それも、Si!!20歳になったら、土曜日の(サタデー)ウェイティング・バーもよろしくお願いネ!!」

 

「━━━━はいッ!!」

 

……そっか。ホントにこの店が、パパとママの通ってた店なんだな……

 

「……って、そういやアイツ等はどうしたんだ?」

 

あたしとこのバカを置いて、他の皆は一足先にどこかに行ってしまったのだが……

 

「あぁ、皆は俺の奢りで焼き肉したいって言うから、イェシアーダさん……あ、ウチのメイドさんね?彼女に頼んで肉を買い込んでもらったし、屋敷で焼き肉してるんじゃないかな?」

 

「アイツ等らしいな……」

 

━━━━というか、そっちも奢ってるのかよ……其処にも呆れてしまう。

 

「あはは……まぁ、元々年末で皆で遊ぼうって話にはなってたから、ちょうどよかったんじゃないかな?」

 

「……にしたって、全額補填はやり過ぎじゃねぇのか?」

 

「……やっぱり?クラスメイトにもツッコミ入れられちゃったんだよね……

 前にもマックをクラスメイト全員分奢って怒られたし……『流石にやり過ぎだッ!!』って……」

 

「其処で怒ってくれるってのは……いい友達、なんだな……」

 

「……あぁ。俺には勿体ないくらいのいい友達だよ。」

 

「……友達、か……」

 

━━━━真っ先に浮かぶのは、お世話係だなんだと懐いて来る桃色の少女。

……いや、此処で友達と認めると絶対調子に乗るのが目に見えるッ!!それだけは勘弁だッ!!

 

「クリスちゃんは━━━━」

 

「それより、だッ!!

 ……ありがと、な……パパとママの想い出の場所に連れて来てくれて……」

 

「……ふふっ、どういたしまして。

 さ、料理がそろそろ来そうだし……まずは、料理を楽しもう?」

 

「お、おう……そうだな……」

 

━━━━絶望の空を見上げたあの日には、絶対に考えられなかった光景。

まるで、夢のような時間が流れて行って……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

━━━━レストランでの食事を終え、クリスちゃんを部屋まで送り届けて。

帰って来た(あまつともなり)の前に広がっていたのは、まぁ大層な大惨事の光景だった。

 

「……お帰りなさいませ。」

 

「おう、お帰り~」

 

「お帰りなさい、共鳴さん。」

 

「ただいま、イェシアーダさん、奏さん、セレナちゃん……ところで、コレは……」

 

「はい。皆様によって肉は食べ尽くされました。」

 

「凄かったぞ~?クリスやトモにも見せてやりたかったくらいだよ。」

 

「はい……一人でキロ単位のお肉を食べる姿には本当にびっくりしました……」

 

「……結構な量買ってた筈なんだけどなぁ……ま、育ち盛りって事か……」

 

座敷に敷いた炬燵の中にあるのは、座椅子であったまっている奏さんとセレナちゃん、そして……くっつき合って眠る響と未来の姿。

どうやら響が食べ過ぎて動けなくなったのを介抱していた所、未来も寝落ちてしまったようだ。

 

「流石に炬燵で寝ると風邪をひきそう、か……イェシアーダさん、布団の用意は━━━━」

 

Tes.(テス) 既に完了しております。」

 

「━━━━流石。」

 

プロのメイドという触れ込みに偽りはない。イェシアーダさんは既に客間の準備も布団の準備も整えていたらしい。

 

「じゃあお願い。母さんは……」

 

「鳴弥様は仕事で詰めるとの事で連絡が御座いました。お帰りになられるお嬢様方は道行様が別邸への帰り際にお送りになられました。」

 

「アタシ達ももう寝るだけだから、響達の後にイェシアーダさんに送ってもらうよ。」

 

「分かりました。じゃあ、早いけど俺も風呂に入って寝ますね。」

 

Tes.(テス) おやすみなさいませ。」

 

「おやすみなさい、共鳴さん。」

 

「おやすみ~」

 

━━━━セレナちゃんが何故我が家に居るかと言えば、まぁ当然の事ながら戸籍などが存在しない難民状態だったからだ。

幾らなんでも、そんな状態の13歳を一人で暮らさせるような無体をしては二課の沽券に関わる……という事で、お手伝いさんも居り、既に先客(奏さん)も居る我が家が一番だった……という話である。

 

「……」

 

━━━━廊下を歩き、自分の部屋に向かう。帰る時間の連絡はしておいたから、イェシアーダさんが暖房を付けている事だろう。

 

━━━━それが、今の俺には分からない。知覚出来た事を判断出来ない。

 

「……味覚の次は温感、か……」

 

遺伝子の裡より甦る神の力の二度目の発作。それを散らした代償が、温感(それ)だった。

 

「全く……誤魔化せるとはいえ地味に面倒な物から消えていくな……」

 

自室に入り、上着を掛けて椅子に腰かける。

味覚、温感と忘却されていく俺の肉体感覚。

だが、視覚、聴覚、触覚の三つが全て消えない限りは問題無い。ギリギリにはなるが、残りの感覚と勘で補う事で短時間の戦闘行動くらいならば支障はない。無いのだが……

 

「……ちゃんと、笑えてたかな。俺は……」

 

クリスちゃんへの誕生日プレゼント。フレンチレストランでの夕食。

━━━━その味も、俺には感じ取れなかった。

 

俺の左腕を結果的に奪ってしまった事を悔やむ未来。その温かさ。

━━━━その熱も、俺には感じ取れなかった。

 

「……クソッ……!!」

 

約束を破った事。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その無念に、握る拳に力が入る。

━━━━それでも、気を窺うしか無い。

ただ俺の中の因子を消すだけでは足りない。

俺の肉体、海中に喪われた左腕。その行先を探りだし、それを器と降臨せんとする神の力(ディバインウェポン)そのものを消し飛ばす。

 

「……今もフロンティアの残骸をサルベージしている調査部が海底から腕を引き揚げるのが先か、俺の魂が何も感じられなくなるのが先か……」

 

━━━━分の悪い賭けだ。だが、それでも……

 

「━━━━お前を遺して逝くワケには、いかないんだ……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━バチバチと、ギアコンバーターの表面に火花が弾ける。

年末という目出度い時に、修復の済んだ二課仮設本部に籠ってまで(天津鳴弥)がこうしてギアペンダントとにらめっこしている理由。

その原因は、この目の前のギアペンダントの状態にあった。

 

「あーーーー……真っ二つになったギアコンバーターの新造とか、もう二度とやりたくないわ……」

 

━━━━即ち、銀のシンフォギアをマリアちゃんに纏わせた謎の聖遺物……セレナちゃんが言うには、アガートラームだという。

その解析、並びにギアとしてギリッギリにでも使用可能な程度への修復作業だった。

 

「ん~~~~!!

 ……でも、コレが完成しなきゃ、マリアちゃんが釈放されてもセレナちゃんと一緒に出歩く事が出来ないワケだし……」

 

伸びをしながら想いを馳せるのは、保護されて我が家に居候している少女と、その姉の事。

マリアちゃんは、FIS関連がこのまま斯波田事務次官の働きで封殺されたなら陽の下を歩く事が出来る筈だ。

━━━━だが、セレナちゃんはそれだけではすまない。

世界に向けてのパフォーマンスを行ってしまったマリアちゃんと違い、セレナちゃんは存在自体がトップシークレット。

更に言えば、彼女達姉妹の故郷はチェルノブイリ原発事故で帰還不能区域と化したままであり……挙句の果てに、公的な書類上はセレナちゃんは引き取られた養護施設で死亡したとされてしまっている。

米国の情報操作の結果であるそれを二課の側で書き換える事は即ち、(七彩騎士のアゲートくんにはバレているが)米国にセレナちゃんの生存をむざむざ大々的に知らせてしまう事と同じである。

その為に、現状の彼女は記憶喪失だったという名目で就籍を行い(同様に聖遺物にまつわる事件や、ノイズに襲われた事による強いストレスなどによって記憶喪失となり就籍を用いた実例は存在する)、我が家の養子のセレナ・C・天津としたのだが……

 

「つまりそれは、昔の私と同じ立場なのよね……」

 

聖遺物に関わりながらも、自衛の手段を持たない存在。

勿論、二課は全力で彼女を護ると断言できる。だが……

 

「それを絶対と言えぬ事、知らぬ私達では無いものね……」

 

━━━━レセプターチルドレン。

戸籍無縁者や、フィーネの遺伝子的近似値を持つ者達を略取し、フィーネ再誕の器として蒐集した、米国の暗部そのもの。

その犠牲者の中には、日本から誘拐された少女達も居た。

そして、二課はそれを見過ごしてしまった。共鳴という未遂に終わった実例が無ければ、きっと気付く事すら出来なかった国内の不審な失踪事件の数々。

ならば、二度目は無いと断言する事が誰に出来る?

 

「だからこそ……バリアフィールドと、最低限の武装だけでも展開出来るようにしないといけない……ん、だけど……」

 

━━━━参った。

櫻井理論に基づき、ギアコンバーター内に仕込まれた総数301,655,722種類のロックの数々。

装者の技量、そしてバトルスタイルに基づいて系統的、段階的にロックが解除されていくその難解にして複雑怪奇摩訶不思議なシステム構造は、様々な分野のエキスパートが集まる二課技術班を以てしても私以外に弄れる段階に達した技術者が居ない。

……そして、そんな私ですらとば口に立てているだけなのだ。

 

「……はぁ……全ッ然わかんないわ……」

 

━━━━というか、完全に二課が誇る先端技術とも、二課が保有する異端技術とも別系統のナニカが仕込まれている。

つまり、今の私はロゼッタストーンも無いままにヒエログリフを解読しようとしている哀れな考古学者という事で……

 

「……其処等辺、いつかフィーネさんがこの世界に戻って来たら分かるのかしらね?」

 

━━━━けれど、フィーネがこの世界に戻ってくるという事は。

それは……新たなる世界の危機が差し迫っている事を示しているのではないだろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……片腕になっても、()()は相変わらずなのね。」

 

━━━━復旧工事の進むスカイタワーの屋上にて。

監視カメラの悉くをハッキングし、警備システムの悉くをもハッキングして、その少女は其処に立っていた。

 

「……月の軌道は修正された。()がこうして蘇ってしまうというイレギュラーはあったけれど……世界はノイズの脅威を排除出来た。

 ━━━━けれど、コレで終わりでは無いわよ?真に異端なるモノ……彼等の毒牙は、すぐ傍まで迫っている。」

 

━━━━月を見上げ、さりとて月を見通さずに少女は語る。この場に居ない誰かに向かって。

 

「遥けき彼方に坐したあの方が姿を隠した後、()の前に立ちはだかったモノ……アダム、なるモノ。」

 

一度は月に伸ばした手を戻し、()()は語る。

 

「アレがなんなのかは分からないけれど……その力は紛れもなく。そして、アレが不死である事もまた、紛れもない……

 ━━━━遥けき彼方に坐したあの方々(カストディアン)に仕えた貴方の先祖であれば、アレの正体も知っていたのかしらね?」

 

その言葉を最後に、踵を返して少女は出口へと歩みを進める。

 

━━━━だが、その歩みは、唐突に止まる。

 

「……高く、高く、塔を作ればあの御方は応えてくれると思って居た。軌道エレベーター(カ・ディンギル)を造り上げ、月の遺跡へと手を伸ばせば、と……

 ━━━━けど……本当に、それは正しかったのかしら……?」

 

━━━━高き塔(カ・ディンギル)の最果てで、誰にも聴かせるつもりのない()の声は、その通りに誰にも届く事は無く……風に溶けて、消えていった……




━━━━そして、時は来る。誰の下にも平等に、どんな事情をも呑み込んで、残酷に。

(ソラ)より帰還せしソレこそ、終わりの始まり。
人は未来(あす)を美酒のように飲み干せるのか。それを知らずとも、投げ捨てぬ為にキミは跳ぶ。それが最期の断崖への飛翔だと知りながらも。

━━━━だから……
果敢なく揺蕩う世界を、キミはキミの手で護ったのだから。
今はただ、孤独な翼を畳んで、ゆっくり眠りなさい。
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