前々から構想はあったのですが、何分ギャグ物には慣れていませんので書き切れなかった作品です。書き溜めないです、今から書きます。
いつのも私と作風が違ったらごめんなさい、しかしこれはこれで書いていて楽しかった……(満足気)
タイトルはその場で浮かんだものを採用したので、後から変更する可能性があります、ご了承下さい。
別に偉くなりたいとか、強くなりたいとか、お金持ちになりたいとか。
そういう理由でこの場所に立っている訳じゃないんだ。名誉なんか求めたことは無いし、莫大な富も必要なかった。男に生まれたからには強くあるべき、なんて旧世代的な考え方を持っていた訳でもない。ただの矜持、プライドだ、信条と言い換えても良い。
俺はただ、そう。
女の子にモテたかっただけなんだ……。
☆
近衛になれば女の子にモテるって聞いた。
ある日友人がそんな事を言った、この場合の近衛とは我が神聖ノイスタッド連邦国の保有する神有軍を指す。聖王をトップとする凡そ四十万の軍勢、連邦に与する周辺国も含めればその数は膨大な数に上る。当時のユウは貴族学校の中等教育を受けている最中だった、恐らく友人も半分冗談でそんな事を口にしたのだろう。しかし、ユウはその言葉を真に受けて高等学校を卒業した翌日――引き留める両親やら妹を差し置いて軍学校の門戸を叩いた。貴族に生まれた長男にあるまじき行動である。
しかし当時の彼は【神中病】というその時期に多く見られる病に罹っており、正常な判断が出来なくなっていた。神中病とは聖王に対する忠誠心が高まるあまり、「俺の右目には神のお力が宿っている……」とか、「うっ、右腕が――神々の力が、暴走するッ!」など、主に自分を天上の神々に選ばれた使徒だと思い込む病気である。ユウは形こそ違えど異性にモテたい余りソレに近い状態になっていた。
ともあれユウ・マグリット・シャンドゥル、中級貴族長男という地位を投げ捨てての入隊である。入隊を果たした直後は彼の実家が再三軍部に対して「息子を家に返して下さい」と懇願し、更には高額な賄賂まで用意する程だったが神聖ノイスタッド連邦の軍は貴族や上層階級との分離を果たしており唯一特権階級という性質が認められない場所だった。当然実家の訴えは棄却され、ユウは新兵として軍学校に入校する事になった、凄いね。
能力はあるのに頭が残念な男、ユウ・マグリット。本人は気付いていないが頭以外はそこそこ優良物件な人物である。当然貴族学校でもそれなりに慕う女性は居た。周囲の好意に何故気付かなかったのか、それは本人が周囲に目を向けていなかったからである。同年代は対象外だったんだね、残念。
そんなこんなで入隊を果たしたユウ・マグリットは訓練兵として軍学校での生活を開始する。本来軍部に貴族のボンボンがやって来るなんて事はまずない、誰が好き好んで己の権力が及ばない場所に身を置くか。これは特権階級との分離によって生まれた弊害でもある。
故にそれはもう奇異の目で見られた。一部の人間からは【愛国に篤い貴族の鑑】と称賛され、一部の人間からは【貴族のボンボン】と罵られる。後者の人間は貴族の坊ちゃんなど訓練に根をあげて直ぐに辞めるだろうと高を括っていたが、そこは不屈の神中パワー。殴られようが蹴られようが、炎天下の中何十キロマラソンを敢行しようが決して折れず、曲がらず、倒れなかった。
これは神中パワーもそうだが貴族には『優れた血には相応の責務が発生する』というノブレス・オブリージュの信条を厳守する掟があった為である。一般の人間から見れば左団扇でウハウハ生きている様に見える貴族だが、きちんと権力に見合うだけの努力は行っているのである。結果、新兵の中でもユウ・マグリットの成績は良好、これには可愛がりを担当していた平民の鬼教官もニッコリ、「さすが貴族やでぇ!」と称賛をせざるを得ない、良かったね。
しかしそれはそれ、流石に武闘や剣術となると聊か分が悪い。舞踏の訓練は行っていても武闘の訓練はした事が無かった。そもそも剣なんて初めて持った人間である。それはもうコテンパンにやられた、剣ってあれでしょう、ブンブン振り回せば良い奴でしょう? そんな認識である、だって貴族が剣を持つ機会とかないんだもん。何かあっても警邏の人間が対処してくれるし、貴族が剣もったら仕事なくなっちゃうし。
そんなこんなで教官と二人きりで特訓する羽目になったユウ・マグリット。しかしここで彼の神中病が発症した。何故か分からないが剣術の巧い奴はやたらとモテた気がしたのである。具体的に言うと、こう、剣を振う度に薔薇がファサーと背景に散ったり。何か凄く良い匂いがして来たりする気がした。あと何故か顔が十倍くらいイケメンに描写されている気がした。手足なっが、剣術って凄い。
ここでユウに天啓が奔る。
剣術を極めればモテるんじゃないだろうか。
近衛になりつつ剣術を極めちゃえば一石二鳥、相乗効果でモテ度倍プッシュ、もうこれは史上最強のモテ人生到来と言っても過言ではないのでは? ユウ・マグリット、人生の転機である。それから彼は座学やら何やらをそっちのけでひたすらに剣術にのめり込んだ。全ては背景に薔薇を散らす為に、あと何かこう神様の凄い力みたいなので手足を伸ばして貰うために。あと剣を振っている間は滅茶苦茶イケメンに見えているかもしれないから。
この上無く不純な動機であったが傍から見れば【苦手な剣術を克服する為に努力する貴族の姿】そのものである、これには彼をこき下ろしていた平民の一部も、「べ、別に認めてやらない事もないんだからね!」とニッコリ。何だか良く分からない内に周囲が優しくなって戸惑うユウ・マグリット。けれど翌朝、朝食にクラスメイトからお肉をひと切れプレゼントされて嬉しかったのでどうでも良くなった。凄くポジティブ。
そんなこんなで長男を失い意気消沈する実家を他所に、メキメキと剣の腕を上達させたユウ。いつの間にか自身の上官である教官の腕すら抜き、気付けば軍学校を卒業。そして配属された神聖ノイスタッド連邦・西部方面第二装甲騎馬隊でも一番の腕利きと呼ばれる様になるまでそう時間は掛からなかった。
そこからはもうエスカレーターも生温い、まるでロケット砲の如く打ち上げ式でホイホイと上に登りつめた。元々貴族という点で注目を集めていたユウである、何かにつけて上官に目をつけられ、彼のその常軌を逸した剣術への執念は上層部の知るところとなった。
決定的だったのは年に一度開催される軍部主催の【絢爛舞踏祭】で初出場にも関わらず、剣と盾を用いた攻防一体のスタイルで何と第四席という順位にまで上り詰めた事だ。上官に「結構良い線いけるんじゃない?」と冗談半分で推薦され、「そっすかね」と半笑いで受けた結果こんな事になったのである。出場した本人が一番驚いていた。
当時、ユウ・マグリット二十歳である。
さてはて、軍部の近衛も参加する絢爛舞踏祭で第四席の地位を得たユウは当然の如く第二装甲騎馬隊を離れる事になった。そんな凄腕を地方の一部隊に置いておくのはもったいないという聖王の判断である。そもそも他の上位ランカーは全て聖王管轄の部隊出身者で固められていたので、寧ろ「あの四位の奴誰?」状態であった。悲しいね。
そんなこんなで招集されたユウはその日の内に勅令を受け聖王有する近衛に配属される事になり、その一年後には更にひとつ上の部隊。即ち神聖ノイスタッド連邦評議会の一員となった。評議会とは名ばかりの実質軍部の本隊である、構成される人員は九名――それぞれ役職は異なるが、誰もが何らかの突出した技能を持ち合わせた豪傑ばかりである。当然、貴族を軍部の中枢に入れる事に幾つかの反対意見は出たが、それに関してはユウ・マグリットが実家と完全に離縁する事で決着がついた。両親涙目である、これにはユウも少し罪悪感。それでもモテる為ならば手段を選ばない、ユウはモテ道の修羅である。
それに末席に加えられたユウは、それはもう周囲がドン引きする位喜んだ。近衛を越えて連邦評議会の一員とか、これはもう男にすらモテてしまう案件なのでは? とすら考えていた。もうウキウキである。全人類に愛されちゃう、困ったなぁ、体はひとつしかないのに!
「そう思っていた時期もありました」
ユウ・マグリット二十八歳、連邦評議会に加入してから七年。剣術を始めてから十年の歳月が経過したが、今ユウが座っている椅子は連邦評議会の第二席。評議会で二番目に権力を持つ人間が座る場所である。
色々あった、それはもう色々あった――が、それは割愛する。具体的に言うと西へ東へ走り回って剣を振り回していたらいつの間にかこんな地位に座る事になっていた。ビックリである、何でこんな場所に座る事になったのかユウ自身も分からない。剣を振う事しか能がないのにね、おかしいね。
「? どうしましたユウ」
「……いえ、何でもありません、陛下」
中央に鎮座する巨大な円型のテーブル、そしてソレを囲う様にして配置された豪華な白椅子。部屋に入って一番奥の席が第一席、そこから左が第二、右が第三席と続き、第九席が一番手前の椅子となる。第一席に座るのは当然、我らが主である聖王その人――名をノイスタッド・リン・ディアンシー。白いドレスに身を包んだ女性である。聖王と呼ばれる存在には神聖と処女性が求められる、そのあらゆる厳しい条件を満たしたのが王族の中でも彼女のみ。故にその支持率は絶大であり、評議会の面々は彼女に絶対の忠誠を誓っていた。
まぁ、ユウを除いてではあるが。
白い髪に白い肌、豊満でありながら均衡のとれた体つきに加え類稀な美貌を持っているが、ユウにとって恋愛対象にはなり得ない、上司と恋愛とか怖いし、あと王様と結ばれたら評議会の連中に殺されそうだから。ユウは自己保身の出来る男であった、多分。
王はどこか様子のおかしいユウに顔を顰めるが、まぁ気のせいでしょうと咳払いを一つし話を続けた。
「……話を戻します、東側にて発見された紅館の件です、調査報告書は各々目を通していると思います、一応組合の方にも神聖ノイスタッド連邦の名で依頼を出していますが結果は芳しくありません、どうやら彼方の力だけで解決するのは困難な様です――私としても民に無駄な血を流させるのは好みません、この件は我ら神聖ノイスタッド連邦軍にて処理します、そしてこれまでの損害から下手な部隊を出しても返り討ちにされるのが関の山でしょう」
「そうなると我々評議会の誰かが討伐任務に赴くという事になりますかな、討伐任務となると戦闘技能に秀でた者が望ましいですな」
王の言葉に反応したのは四席の男。因みに現在、評議会のメンバーは王を含め五人しか揃っていない。不在の四人は現在方々で職務に励んでおり、評議会とは言いつつも全員が集まるのは稀であった。
四席の男は髭を蓄えたナイスミドルな紳士である。名をローゲイン、ピッシリとした礼服姿に貴族然とした姿、しかし出自は平民である。だが溢れ出るダンディズムがそうとは思わせない、担当は外交と諜報である。彼は髭を撫でながらそっと視線をユウに向ける。
「まぁ討伐の類となると、一番の適任はマグリットしかねぇだろうよ」
「私もその意見に賛成ね」
残る二人が肯定の意思を示す、六席と八席の男女だ。六席に座る男性は筋肉ムキムキのマッチョメン。正に軍部の人間と聞いて連想する姿そのものだろう、しかし聞いて驚く事無かれ、彼の担当は財務全般である。こんな暑苦しい形をしている癖に金勘定が得意な人間なのである、とっても意外。名前はドン、効果音じゃないよ。
反して長い金髪をそのままに軍服を纏っている女性、釣り目がキツイ印象を与えるクールビューティー。彼女は治安・規律担当の女性であり『懲罰隊』を率いる警邏の長だ。主にユウが恐れているのはこの女性で、王に手が出せないのもコイツのせい。聖王に不埒な真似をしたら彼女にしょっ引かれる事間違いなし。評議会の中でも彼女の忠誠心は群を抜いて高い、最早崇拝と言っても良いだろう。
一時期SMもそれもそれでご褒美かな、なんて思っていた時期もあったが懲罰隊の懲罰房を覗きに行った時に余りにも『アレ』な惨状だったので、それ以降そんな考えは捨てるようになった。懲罰隊怖い、いや、本当に。因みに名前はマロニー、見た目に反して可愛い名前である。
「他に意見はなさそうですね……どうでしょうユウ、やって頂けますか?」
「王命とあらば、謹んで拝命致します」
三人の意見を聞き、王がゆっくりと頷いてユウに問いかける。問いかけに対してユウは一も二も無く頭を垂れて肯定を口にした。だって王命だし、断れないし。
余り話は聞いていなかったが紅なんたらの館に行ってそこの連中を皆殺しにすれば良いのだろう。いつもやっている他所との戦争と大体同じである、まぁそれしか出来ないし、それ以外に出来る事も無い。そういう訳でユウ・マグリット、主に紛争・戦争担当はこの任務を引き受ける事と相成った。
我ながら何と生命に対しての頓着が希薄な事かと思う、しかし今更な事である。軍の門戸を潜ってから斬り捨てた蛮族、異国の兵士、賊の数は百や二百では足りない。幸か不幸かユウには剣術に対する類稀な執念があった。それは剣豪が持つ天性の才でも術の理を知るに足る叡智でもない、【
「ではこの件はユウに一任します、準備が整い次第現地に向かって下さい、何か必要なものがあればドンの方に一報を、遠征に必要な物品であれば直ぐに用意させます、ドンもその様に」
「了解しました――ユウ、道中の路銀やら何やらの支度はこっちで済ませてやる、荷は受け持つから旅装と剣の方はそっちで用意しろよ、馬は軍馬で一等良い奴を用意してやるよ、あと足りねぇモンは文書で回せ、用意してやる、ただ嗜好品は駄目だぜ」
「分かった、必要なら連絡する――王よ、それでは私は討伐の準備を始めますので、これで」
「えぇ、くれぐれも宜しくお願いします」
「はっ」
立ち上がって一礼し評議会を後にするユウ。彼の姿が扉の向こうに消え、背中が完全に見えなくなった所で、徐にドンが溜息を吐いた。
「……今日はいつにも増して愛想がねぇな、何か気に入らねぇ事でもあったのか?」
「そう? 私にはいつも通りに見えたけれど」
「ホホッ、まぁ戦う事にしか興味が無い御仁ですからなぁ……最近は他国との小競り合いも減ってきましたし、仮にあっても展開している守衛方面軍だけで対処できる規模でしたから、少々鬱憤が溜まっているのかもしれません」
ドンとマロニーから零れた言葉に対し、ローゲインは笑いながらそう答える。ユウ・マグリットという人物は同じ評議会の面々から『戦闘狂』のレッテルを貼られていた。本人はあくまでモテる為に剣を振っていた訳だが、余りにものめり込み過ぎたその姿勢にいつの間にか戦う事が大好きで仕方ない奴と見られるようになってしまったのである。本人が知ったら全力で否定するだろう、「別に好きで戦っている訳じゃねぇし!」と。全ては給料とまだ見ぬ未来の奥さんに、「やだカッコイイ」と言わせる為である。
「戦いねぇ……評議会の面子は全員腕利きだがよ、アイツは別格だろう、あそこまで行っちまうと血の味を覚えちまうのかね」
「戦いは楽しむモノじゃないわ、必要だから行うだけ、そこに喜怒哀楽の感情は介在しない、そう私は想うのだけれど……まぁ、人それぞれよ、私には理解出来ない世界ね」
「凡そマトモでは届くまい、あの領域に至るにはどこか狂ってなければならんよ――陛下、此度の任務、若しやマグリットの為に態々引き上げたものでは?」
「流石ローゲイン、何でもお見通しですね」
どこか茶化す様な口調で自身の主に問いかけたローゲイン。ソレに対し聖王であるディアンシーは悪戯が見つかった子どもの様な表情で笑った。王と臣下の会話にしてはかなりフランクである、評議会の面子に限りディアンシーは『個人的なお願い』と称してなるべく気軽に接してくれと言っていた。全ては友を持たぬ孤独な王の我儘だった。
「でも半分は本当です、元々組合だけでは手に余る案件でした、既に組合は五つのグループを討伐に向かわせていますがいずれも失敗、参加した十八名の内約半数が死亡しています、現在は周辺国とのイザコザも少なくなっているとは言え国内に問題があると察知される訳にはいきません、大規模な討伐隊は組織できませんしユウにとっては丁度良い任務だと思って評議会の方に回して貰いました」
「……陛下はマグリットに全幅の信頼を置いておりますな」
「当然です、神聖ノイスタッド連邦一の剣、それは彼をおいて他にいませんから」
ぐっと胸を張ってそう宣言するディアンシーに他の面々は苦笑を零す。マロニーは若干の嫉妬心も滲ませつつ、しかし反論はせずにいた。実際問題、ただの剣のみで語るのであればユウ・マグリットこそが評議会最強であるからだ。全員の感情が顔に出た所で、ディアンシーは不意に手を一つ叩き提案を口にした。
「そうだ! 実は昨日、メイ・カーリンの商会から良い茶葉が届いたんです、こうやって集まる機会も中々ありませんし、皆さん少しだけお茶にしませんか? あっ、因みにこれは命令じゃなくて、『友人』としてのお願いです」
ニコニコと笑みを絶やさずにそんな事を言う我が国の王。評議会の面々は互いに顔を見合わせ、数秒後に破顔した。こういう王の我儘を聞き入れるのも職務の内――という訳ではないが、断る程狭器の人間はこの場に存在しなかった。各々が朗らかな笑みと共に頷き茶会に向けて意識を向ける。
「ほほっ、陛下のお願いでは断れませんなぁ、では茶菓子でも部屋から調達してきますかのぉ、丁度南部で珍しい菓子を手に入れる機会がありましたので」
「陛下のお心のままに……でしたら私も厨房の方で軽食でも作らせましょう」
「最近あんまり息抜きする時間も無かったんで、助かりますよ陛下、そんじゃ俺も一つ何か良いモンでも拵えてきますぜ!」
評議会の面々が自分抜きで茶会に興じている頃。ユウはとぼとぼと力ない足取りで自室に向かっていた。評議会のメンバーである九人には緊急時には即座に聖王の元に駆け付けられるよう、城内にそれぞれ中規模の私室を与えられている。他の評議会の面々は城内の私室とは別に城下町や郊外に家を構えていたりするのだが、ユウの場合は実家との縁も切った状態で家族も居なかったので、ずっと城内の私室で生活していた。今回の旅に必要な旅装や剣の類も全て部屋だ、今はそれを取りに向かう最中だった。
「討伐任務か……出発は明日かな、戦うのは嫌いじゃないけれど旅とか面倒臭いんだよなぁ、体も洗えないし、飯も不味いし、ベッドないし」
歩きながらボソボソとそんな事を呟くユウ。随分と伸びてしまった前髪が目にかかり、徐に掻き上げる。切ろう切ろうと思っていたのだが先延ばしになっていて、いつの間にか切る事すら失念していた。元々は長髪の方が剣を振う時にフワっと靡いて何かこう貴公子っぽい感じがしてモテるのではないかと思っていたのだが、元の素材が良くないと全然駄目だと言う事に気付き、既に髪型に関する興味は失せている。
散髪に行く時間も勿体ないし、いっその事自分で切ってしまおうかと溜息を吐く。長い回廊を歩いていると不意に風が吹き青い空が視界の中に入って来た。その青さたるや何と空虚な事、まるで自分の心の中の様だ。
「近衛になればモテる――友よ、それは偽りだったぞ」
若干の恨みと辛みを込めて空に呟く。実際は評議会入りを果たし、大陸一番の担い手と言われようが全然モテなかった。町など歩けばもっとこう、女性から黄色い声援が飛び交い「キャー」、「キャー」叫ばれ、爽やかな笑顔で手を振る練習など密かにしていたのに、そんなスキルを発揮する機会は一度たりともなかった。
ユウが街を歩くとサッと人混みが割れ、微妙に聞こえない声でのひそひそ話。左右から聞こえる、「見て、評議会のマグリット様よ」、「あれが剣鬼」とかちょっと心を擽られる称号で呼ばれる。何だよ悪口か? 悪口なのか? ンだテメェ上等だ前に出やがれ叩き斬ってやる――なんて事は出来ず、早足でその場を去る毎日。虚しかった、悲しかった、町の人から称賛され愛される私の未来予想図は何処へ。
「……評議会、辞めよっかな」
ボソリと呟かれた言葉。実際これならばまだ実家に居座って居た頃の方がモテていた可能性すらある。あの地獄の様な特訓と訓練を経て手に入ったのは何だ? バキバキに割れた腹筋、盛り上がった筋肉、分厚くなった皮、そして大陸最強の称号である。他人からすれば非常に価値のあるものだろう、何せこの称号の為に一生を捧げる武人も少なくはないのだから。しかしユウからすれば、「そんなんあってもモテねぇよバーカ!」と、そう叫びたい気持ちで一杯だった。多分評議会の面々が聞いたら卒倒する。
しかし今更辞めた所でどうすると言うのか。この十年でやって来た事と言えばひたすらに剣の腕を磨くばかり、そんな事で生計を立てられる仕事とは今と何が違う? 寧ろ富と名声が一度に得られる今の立場こそ、ユウにとっては最も適した環境と言えた。生きるためには仕事をしなければならない、そんな事を自分に向かって呟きつつユウは足を進めた。
モテたいモテたいと再三口にしていたユウであるが、『評議会辞職して婚活しようぜ!』と言い出すには少しばかり理知的であった。
そんなこんなで翌日。自室のナイフで思い切りよく断髪を敢行したユウは鎧と剣、そして愛用の盾を持ち背嚢を担いで城を出た。城門前にはドンが手配したのだろう、血色の良い栗毛色の軍馬が一頭、背に荷を乗せた状態で待機していた。並んだ兵達がユウに向かって槍先を掲げ敬意を示す。それらを手で制しながら馬に近付くと、手綱を握っていた男がユウに深く頭を下げた。
「お待ちしておりましたマグリット様、こちらドン様より命を受けた軍馬です、今ある馬の中では一等疾く丈夫な馬ですので、どれだけ走っても早々潰れはしません」
「ご苦労、荷に不備は無いな?」
「はい、三度点検を済ませました、必要な物は全て揃っています」
男の言葉に頷きユウは馬に跨る。ユウに馬の良し悪しは分からない、流石に最低限の知識はあるが観察眼などは鍛えていなかった。しかしまぁ、ドンが用意した馬ならば良い馬なのだろうと信頼を盾にそう信じる。男から手綱を受け取り、深く鐙に足を差し込んで尻の座りを確かめる。悪くはない、尻の下から感じる呼吸も力強い。
「ご武運を」
「あぁ、吉報を待て、そう長くはかけん」
キリっとした表情でそう言い放ったユウは、そのまま馬の腹を軽く蹴り城門を緩く駆けた。その背に向けて兵達が礼を見せる。ユウは馬上で、「やっぱり帰って来たら婚活してみようかな」と呟いた。理性は溶けている、仕方ないね。
☆
紅館と呼ばれる場所まで凡そ単馬で二日、近いと言えば近いがユウからすればクソ遠い。一瞬で仕事場まで飛べたら良いのにとか思いつつ、野営を繰り返しながら野を駆ける事暫く。漸く見えた洋館の輪郭に顔を顰める。洋館は海沿いの高台にまるで水平線を眺めるかの様に建てられていた。規模はそれなり、少なくとも平民が持てるような家ではない。屋敷と言っても良いだろう、成金貴族が好きそうな古風な洋館だった。
あそこに良く分からない怪物が住み着いており近隣の村や町から人間を攫っているとの事。亜人やら怪物の類は遠い昔に大部分が討伐、駆逐されたが未だ少数は存在している。その少数も大抵は人間に見つからない様にひっそりと暮らしているものだが――こうも堂々と居を構え、生活している怪物がいるとは。
寧ろ堂々とし過ぎているからこそ今の今まで発見されていなかったのかもしれない。ユウはそう思い、馬の腹を軽く蹴った。洋館が目に見えてからその前に辿り着いたのは直ぐだった。ユウはゆっくりと腰に差した剣の柄を握り締めながら、荷に括りつけていた盾を抜き取る。
「さて、どんな化け物が出て来るのかね」
人を攫う化け物となると大型という訳ではあるまい。
ちなみにそれを本人に言うと「脳が筋肉ってことは全身が筋肉、つまり脳味噌な訳だから俺は超天才という事では?」という言葉が返って来る、ヤバイ。
洋館は錆びた鉄柵で囲われており正面の門戸を開くとギィと錆鉄の甲高い音が鳴った、外見通りかなりの年数が経過しているのだろう。しかし中庭の植物やブッシュなどは綺麗に手入れされており外壁にこびり付いた蔦や苔も寧ろアンティーク家具の様な格調高さを醸し出している。計算された美しさだ、誰かが管理しているのは明らかだった。
亜人が園芸? まさか。
頭に浮かんだ考えを一蹴しつつも一抹の不安が拭えない。そして木製の正面玄関に辿り着いたユウは一つ大きく息を吸い込み、それから盾を構えると勢い良く正面の扉に突進した。脚力に加えて鎧付きの重量、驚異的な体幹によって爆発的な衝撃を生んだシールドバッシュは木製の扉を吹き飛ばし、ユウは半ば滑り込む様な形で洋館の中に入り込んだ。パラパラと木製の扉だった破片が周囲に散らばりユウは床を滑りながらも抜刀、素早く周囲を確認する。
広いエントランスだ、中央には大きなシャンデリアと左右の壁沿いに二階へと通じる階段が二つ。すっと伸びる赤い絨毯と立ち並ぶ絵画が如何にも貴族と言う雰囲気を醸し出している。そして二階の中央、手摺に寄り添う形で此方を見下ろす影が一つ。吹き抜けのエントランスには天井に天窓が設置されており、エントランスの中に差し込む光はそこからのみ通っていた。
「おや――命知らずの馬鹿がまたやって来たと思うて来てみたら、随分と礼儀を知らぬ客よのぅ、突然家の扉を壊して転がり込んで来るとは、礼儀の『れ』の字も知らぬと見える」
薄暗い室内の中に凛とした声が響く。女だ、ユウはその事に思わず舌打ちを零したくなった。仕事とあらば女だろうと子どもだろうと斬り捨てるユウだが、好んで斬りたい訳ではない。それに亜人だろうともし美人だったら更に剣が鈍る、可愛いは正義。
しかし残念ながらこれは仕事、どうか相手が怪物的な容姿をしている事に期待しつつ剣先を突き付け、淡々とした口調で告げる。
「神聖ノイスタッド連邦評議会第二席、ユウ・マグリット・シャンドゥル――聖王ノイスタッド・リン・ディアンシーの命により、その命、貰い受けに来た」
「! 連邦評議会……成程、ノイスタッドの
手摺に寄り掛かったまま余裕を滲ませる女、ユウはその態度に眉を顰めながらも暗闇で輪郭すら危うい女に向かって声を上げた。
「近隣の村や町から男女問わず人が消えている、組合と連邦はこれをお前の犯行と断定した、故に俺がお前を断罪する、言葉にするべき事は以上だ」
「誘拐……あぁ、成程、そういう事か――最近道理で馬鹿が多くなったと思うたが、そんな事だったとは夢にも思わなんだ、善い善い、理由は分かった」
小さく小首を傾げた女だったが身に覚えがあったのか、一つ相槌を打つとそのままふわりと二階から飛び降りて来る。ドレスか何かを身に纏っているのだろう、靡く衣服の裾が暗闇の中で舞っていた。そのまま音もなく着地した女はゆっくりと姿勢を正し、ユウと対峙する。屋敷の中は嫌に光が少なかった、やはり亜人だなと心の中で思う。暗闇での戦闘は既に手慣れたものだ、障害にもなりはしない。
「どうせ主らは何を言った所で退かんだろうて、ならば今まで通り――殺して血を啜るまでよ、死ぬ覚悟は出来たか人間?」
「死ぬのはお前だ怪物、評議会第二席の剣、そこらの鈍らと同じと思うな」
互いに殺気を滲ませながら武器を構える。ユウは剣を引き、盾を前面に押し出した攻防一体の構え。対して闇夜の中で捉えた女は両手を広げ、ゆっくりとした足取りで近付いて来る。亜人にとってはその体そのもの、或は牙や爪が武器になる。この女もその類なのだろう。しかし単純な技量ならばどんな生物だろうと負ける気はしない、故にユウもゆっくりとした足取りで前進し。
そして、まるで互いに機を図ったかのように――同時に飛び出した。
「我の血肉となる事を光栄に思うが良い、せめて我が美貌に酔いながら死ねッ!」
「怪物の顔なんぞどれも一緒だ、一太刀で斬り殺してやる……!」
互いに脚力は常人の域を逸脱している。間合いを詰めるのは一瞬、そして天窓から差し込む光が照らす中央で双方はぶつかり、金属が甲高い鳴き声を上げ――二人は至近距離で互いの顔を晒した。
「――なッ!?」
「――はっ!?」
トゥンク。
音にすればそんな感じ、正面から向き合った二人は盾と爪をギチギチと鬩ぎ合わせながら視線を交差させた。
ユウの視界に入ったのは燃える様な赤い髪に白い肌、そして髪と同じ赤い瞳をした美しい女。つり上がった目とすっと通った目鼻立ち、それでいて若干自分より低い背と豊満な体つき。服装は聖王とは対照的な黒いゴスロリでボンキュッボン、若干強気な性格も良い。
ぶっちゃけ好みドストライクだった。
対して女に映ったユウの姿。神聖ノイスタッド連邦の総力を挙げて製作された特注品の美しい鎧に身を包んだ騎士、その髪は短く切り揃えられやや鋭すぎる目が此方を射抜いている。顔立ちは整っていて、若干恐ろしい印象を受けるもののソレがまた良い。
筋肉質で短髪で眼つきが鋭くて騎士。
ぶっちゃけ好みドストライクだった。
つまり互いに互いが好みドストライクで、性的趣向を刺激して、とんでもなく運命の相手だった訳で。視線を交差して僅か一秒。二人は武器を握りながらトゥンクトゥンクと心臓を鳴らした。ぶっちゃけて言うと一目惚れした。
やだ――めっちゃタイプ。
うそ――めっちゃ可愛い。