愛すべき吸血姫   作:トクサン

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死闘

 

 食事はユウが想像していた何倍も豪勢なものだった。食堂は広く、数十人が一度に食事を摂れる規模、部屋は縦長で中央に白いテーブルクロスが掛かった長テーブルが設置されている。そこにこれでもかという程の料理の山、等間隔で設置された三又の蝋燭はユウの為に用意された光源だろう。

 

 この料理の量、恐らく一日そこらで用意出来るものではない、宮廷料理ですら此処までするだろうかという規模、というか吸血鬼の主食は血類なのだから通常これ程の食料を備蓄しておく必要はない筈。そう考えるとこれら全ては自分の為に予め準備されていたものなのだろうと思った。

 

 これには流石のユウも驚きを隠せない、『あれ、もしかして本当に歓迎されちゃっている?』とドキがムネムネ。これはチャンスがあるのではないだろうか、脈があったりなかったりするのではないだろうか。そんな想像から浮足立ち落ち着かない、オイオイこれは二度目にして求婚してもオッケーされてしまう状況だったのでは?

 

「さぁユウ・マグリットよ、好きな物を好きな分だけ食すが良い、どれも我の僕が作ったもの故味は保証しよう、無論おかわりもあるぞ、たんとお食べ!」

「これは……まさかここまで歓迎されているとは思っていなかった、有り難く頂くとしよう」

 

 ユウの隣の席に座りニコニコ笑顔のユリーティカ、近くの皿をユウの近くに引き寄せ「これも美味いぞ!」、「こっちは我のおすすめじゃ!」と次々に料理を押し付ける吸血鬼の祖。彼女達の主食は血であるが別段食事が摂れない訳ではない。一応嗜好品として味わう事は可能だった。

 

 ユウは『自分は歓迎されているのでは?』という疑念が殆ど確信に変わり、ユリーティカと同じくニコニコ笑顔で料理を口の中に放り込む。普通に美味しい料理だった、仮に不味くても隣のユリーティカの笑顔をおかずにすれば生ごみだろうと一気食いであるが。

 

「ほ、ホレ、ゆ、ゆ……マグリット! これなんかは特に我好みの味でな! と、特別に我自ら食べさせてやろうぞ!」

「至上の誉れ」

 

 もう心の声が駄々洩れでも気にしない、だってそれ程に幸せなのだから。ユリーティカがお勧めした料理、ユウとしては一体何だか分からないモノだったが彼女のお勧めするものなら何でもカモン。「あ、あーん」と真っ赤な顔で口にするユリーティカに鼻血を吹き出しながらユウは大口を開け、彼女の差し出した食べ物を口に含んだ。何これめっちゃ美味しい、多分泥団子でも美味しいって思っちゃう奴だこれ。

 

「ど、どうじゃ、美味いかの……?」

「もう普通のご飯が食べられなくなっちゃう」

「そ、そうか!」

 

 ユウの言葉にユリーティカはニコチン。頬を真っ赤に染めながら嬉しそうにはしゃぐ。そんな恐ろしく可愛い生物を目にしていたユウもニコチン。可愛いは正義、つまりユリーティカは正義。それがこの世の真理すぎる、つまりユリーティカは神だった? そうかも(自己完結)。

 

 一種の悟りを開いたユウは仏の様な表情で、次々と「これも、これも」とユリーティカから勧められる料理を頬張った。胃の中が異次元に通じているのではないだろうかと思う程の食べっぷり、普通では無理でもユウならば出来る、だって評議会第二席だから。評議会の戦士って凄いなぁ。

 

 一時間も経過する頃には、あれ程沢山あった料理が殆ど空になる。これだけ気持ち良く食べてくれると用意した甲斐があったというもの。ユリーティカは笑みを絶やさず、「ユウ・マグリットは大食漢だな!」と満足気。これだけ沢山食べてくれたのも全て料理が気に召したからだろうと確信する。本当の所は彼女がどんどん勧めたからなのであるが、それは言わぬが花。ユウは恐ろしい速度で食べ物を消化しつつ穏やかに頷く。

 

「さて食事も終わった事だし――次は食休みじゃな! 中庭にシートを敷いたのじゃ、一緒に少し羽を伸ばさぬか? 戦いも良いが食べたばかりで動くとお腹が痛くなるじゃろう?」

「ふむ、英気も養った事だし戦いをとも思うが、確かに百理ある、その誘い受けよう」

 

 ユリーティカが甲斐甲斐しくユウの口元を拭い、ユウは殆ど何もせず今の幸せを噛み締める。食休みの提案も断るなんてとんでもない、内心で首を凄まじい勢いで縦に振りながらユリーティカの提案を受け入れる。そして再び手を繋ぎ食堂を後にした二人。

 

 その様子をそっと食堂に隣接する部屋の中から覗いていた眷属達は困惑顔。「あれって一応敵なのよね……?」と問いかけて来る同僚に、イチは無言で首を横に振る。あれはもう敵とか味方とかそういう次元では無いと。

 

 中庭に到着した二人は木陰に敷かれたシートの上に寝っ転がって食休み。ユリーティカは吸血鬼なので傘を差し、のびのびと過ごすユウを笑顔で見守る。丁度夕暮れなのも幸いした、朝は苦手でも夕方ならば日の光も弱い。中庭は正面玄関と同じように綺麗に手入れされ、植えられた花や草木で満ちていた。中央に大きな樹が一本あり、それを囲う様にして花とブッシュが並んでいる。

 

 美しい光景だ、まぁユリーティカの方が何倍も美しいし可愛いけどな! とばかりに景色をそっちのけでユリーティカを眺めるユウ。結果ニコニコ笑顔で互いにじっと見つめるバカップルが一組出来上がった。これには太陽も「やってられっか」とばかりに沈む、悲しいね。

 

 そうして徐々に周囲は暗くなり夜が来た。夜は吸血鬼の時間である。少し肌寒く、星々が瞬いて来た頃にユリーティカがまた口を開いた。

 

「食休みが終わったら次は読書でもしようかの! 我は存外読書家でな、色々な本を読むが中でもとびっきりの名作を教えてやっても良いぞ!」

「これは行くしかない」

 

 とても雑な理由で中庭を後にしたユウ、そしてユリーティカの二人は書斎に足を運びユリーティカが選んだ名作集を片っ端から読み込んだ。その殆どは恋愛もので、何とも女性が好みそうな内容のものだった。やっぱり吸血鬼の祖とは言っても中身は普通の女の子(仮)何だなぁとユウはホッコリ。

 

 普段は本なんて欠片も読まないユウだったが、彼女が喜ぶならと慣れない活字を目で追い続ける。だが途中から「これはこの辺が面白くてな」とか「これは主人公が可愛くて」と力説するユリーティカを眺める事に夢中になった。ユリーティカが可愛いから仕方ないね。

 

「読書が終わったならお風呂じゃ!」

「ひゃっほぅ!」

 

 書斎を飛び出した二人は洋館にある大浴場に突撃。しかし途中でイチを筆頭とした眷属の面々に捕まり、「流石にお風呂は別々に」と苦言を呈され渋々別々の風呂場へ向かう事になった。ユウは客間に設置されていたバスタブを使用し、丁寧に体を洗った後に再びユリーティカと合流。あとは彼女の私室に招かれ朝までグッスミン! 卑猥は無いよ、本当だよ。

 

 そうは言ってもユリーティカは吸血鬼なので夜は眠らない、だから眠っているユウの寝顔を嬉しそうに六時間程見つめ続けていた。因みに万が一に備えて部屋の外には眷属が控えていた、出会って二度目で合体など彼女達からすれば認められる筈もない。まぁ単純な力比べならば恐らくユリーティカに軍配が上がるだろう、しかし万が一そういう事になってもユリーティカ本人が『バッチコイ』だからどうしようもない。

 

 だが眷属達の心配――そしてユリーティカの期待――を他所にユウは朝まで爆睡し、眷属は胸を撫でおろしてユリーティカは少しむくれた。

 

 そして翌日の朝、吸血鬼はそろそろ寝る時間。そしてユウは帰る時間である。エントランスに来たユウはユリーティカと対峙し、名残惜しそうに外へと通じる扉に手を掛ける。その背にユリーティカが思わず声を上げた。その表情は別れたくないと言わんばかり、それはユウも全く同じだった。軽く肩を震わせながら互いに目を伏せる。

 

「ゆ、ユウ、次はいつ来てくれるかの……?」

「大丈夫、また一週間後には……いや、五日、三日……明日――此処に住んじゃ駄目?」

「! 勿論良いのじゃ、大歓迎じゃ!」

 

 そんな訳あるかと眷属に放り出され、渋々洋館を後にしたユウ。玄関から涙目で引き留めるユリーティカの声、その声に何度も後ろ髪を引かれながら――七回ほど耐え切れず戻って抱擁を交わした後、眷属に放り出された――妙に冷たい視線で此方を見る軍馬に跨り、城への道を駆け出した。

 

 最後まで背中から響いて来るユリーティカの声に後ろ髪を引かれ、繰り返し彼女の方を振り返る。しかし軍馬はそんな事知るかとばかりに野を駆け丘を抜ける。そうして洋館が見えなくなるところまで足を進め、ユウは漸く彼女への未練を断ち切った。

 

「ふぅ――厳しい戦いだった」

 

 額に滲んだ汗を指先で拭い、呟く。あともう少しあの場所に居たら、きっと自分は命を落としていただろう。主にユリーティカの可愛さ的な力で。激闘の記憶を頭の中で反芻しながらユウは泥遊びをして帰った。

 

 泥沼に突っ込んで真顔ではしゃぐユウを軍馬は冷たい目で見ていた。泥団子を投げつけてやった。そしたら蹴られた。この野郎。

 

 

 ☆

 

 

「ユウッ!」

「陛下? それにマロニー、ドンまで……」

 

 帰城した時間帯は深夜、既に誰もが寝静まった時間。しかしそれにも関わらずユウを出迎える影が三つあった。場所は城門の傍、夜番の衛兵を除いて誰も居ないハズの石畳の道に評議会のメンバーが集っていた。軍馬の手綱を引いて戻って来たユウに対して、彼の主である聖王は一も二もなく飛びつく。泥と砂利に塗れたユウの姿は汚れ切っている。しかし彼女はそんな事は知らないとばかりにその胸に突撃した。

 

「陛下、御召し物が汚れます……!」

「構いません、こんな布切れの一枚や二枚……っ、無事で帰って来て、本当に良かった…!」

「……すみません、ご心配をお掛けしました」

 

 申し訳無さそうな表情でそう口にするユウ。しかし聖王はユウの胸元に顔を埋めながら首を横に振った。彼は鎧姿ではなく、その下の旅装姿で帰還していた。「ユウ、お前鎧は……」とドンに問いかけれ、彼は頬を掻きながら答える。

 

「奴の一撃をマトモに受けてしまってな、損傷が激しくて外していた、今は荷の中に詰めてある――鍛冶屋の皆には悪い事をしてしまった」

「お前の体を守れたんだ、本望だろうさ、それで、その……怪我はないか?」

「あぁ、幸い大きな怪我はない、防具に救われたな」

 

 聖王の抱擁を受けながらユウは答える。その間に彼の主である聖王はその両手でユウの体に怪我がないか弄って確かめていた。マロニーは何か言いたげな目でその光景を見ていたが、ぐっと唇を噛んで言葉を呑み込む。

 

「しかしこんな時間に……ずっと待っていたのか?」

「あたり前だろうがよ、お前が討伐遠征に出てからは心配で夜も寝付けなかったぜ……取り敢えずはまぁ、お前が無事でホッとしたよ、ユウ」

 

 ユウの問いかけにドンは心から安堵したと言わんばかりの表情を見せる。どうやら本当に寝付けなかったらしい、ドンやマロニー、聖王にさえの目元には僅かな隈が見えた。その事にユウは申し訳なさと同時に嬉しさを覚える。自分は彼等に身を案じられ、信頼されているという事実がひしひしと伝わって来た。

 

「それでユウ、貴方今回の遠征はどうなったの? 奴を――怪物を討伐出来たのかしら」

「いや、残念ながら討伐には至っていない、だが手傷は負わせてやった」

「おぉ!」

 

 ユウの言葉にドンは歓声を上げる。こちらも防具を失ったが奴にも一太刀浴びせる事に成功した、これはユウが怪物を相手に食い下がったという事だ。これには聖王とマロニーも驚き、「流石、評議会一の剣」という言葉を内心で漏らした。何だかんだ言ってもユウ・マグリットという男は期待を裏切らない、最後には必ず皆の望んだ未来を掴み取る。

 

「今すぐ次に奴を屠る事は難しいだろう、けれど薄皮一枚を重ね続け、いずれは奴の首元に刃をお見舞いしてやる――価値ある敗北だ、俺は今、どの時間の自分よりも成長を実感している」

 

 汚泥に塗れながら、しかし欠片も生命力を損なっていないユウの瞳。そこには自分が掴み取るであろう栄光があり、そして強大な怪物を屠る未来を見据えていた。三人も彼の力強い言葉に惹かれ、或は【彼ならば】と信頼を胸に抱く。ユウはそっと聖王の肩を押し、「陛下、いずれ怪物は私が屠ります、ですからご安心を」と微笑んで見せる。薄汚れた姿で、しかし懸命に笑うユウを見た聖王は何か胸の辺りがきゅっと締まるのを自覚した。彼の顔を直視する事が出来ず、小さく頷きながら一歩退きそのまま俯いてしまう。その姿をマロニーはどこか辛そうに見ていた。

 

「――取り敢えずはドン、何度も悪いが鎧の修繕と剣の新調を頼みたい、今回の戦闘で随分無茶をしてしまったからな」

「装備か、勿論良いぜ、任せろ」

 

 そう言って馬の荷を解いたユウは、中から大きく拉げた鎧を取り出す。布を外周に巻いたそれは布の上からでも分かる程に元の形を損なっていた。一度や二度ではない、何度も攻撃を食らった痕跡がそこら中に見られる。ドンはそれを見て思わず顔を顰めた、「こりゃあ、ヒデェな」と言葉が漏れる。

 

「ここまで形が崩れると……もう打ち直すより、新しい奴に新調した方が良いだろう」

「すまないな、つい熱くなってしまって、俺とした事が真正面から立ち会ってしまった」

「いや、寧ろこれだけズタボロにやられて体に大きな傷がつかなかった事を喜ぶべきだろう、普通なら中の人間は死んじまう損傷だぜ――しかし新調となると二日、三日じゃ仕上げられない、せめて一週間は時間が欲しいぞ」

「構わない、その間に俺は奴の偵察を行おうと思う」

 

 ユウの言葉に「偵察?」とドンから声が漏れる。「あぁ」と頷きつつ、ユウは自身が余りにも相手の事を知らなすぎると口にした。情報は武器だ、どんな些細な事でさえ戦場では生き死に関わる重要な要素になり得る。特に相手が強大ならば尚更、自身の力だけではない、時には周囲の環境、敵の出自や生活、或は癖などを見抜き動揺させ、貪欲なまでに勝ちを求める必要があった。

 

「悔しいがあらゆる点において奴は俺に勝っている、なら俺は少しでも多く相手の事を知り、対策を立てる必要があるんだ、相手が技量や単純な力で勝っているからこそ、それ以外の要素では必ず俺が勝らなくてはならない――だから僅かな時間でも奴の周囲を探り、環境を理解し、利用する手段を見つけておきたい」

「……成程、ユウ、お前は本気なんだな、相手がどれだけ強大で恐ろしい存在だろうと、本気で勝ちに行こうとしてやがる」

「当然だろう、でなければ騎士など名乗れはしない――恐ろしいから逃げる、勝てないから逃げる、人として正しい行動かもしれない、だが俺は『人である前に騎士で在れ』と教えられてきた、ならば俺はそれを愚直なまでに守ろう、我が祖国と誓いがある限り、この心と剣が折れることは無い」

 

 ユウの力強い言葉を聞き、ドンは手に持った鎧を強く抱き寄せた。この騎士の鏡とも言うべき男の武具を整える事が、何か重大な使命の様に感じられて仕方なかった。この言葉には陛下も勿論、マロニーでさえも感じ入る物があったのか僅かに唇を噛んで俯く。それは溢れ出そうになる涙を必死に堪えている様にも見えた。

 

「ともあれ、まずは休息だな――流石に疲れた、少し眠らせて欲しい」

「あぁ、あぁ勿論だ、ゆっくり休んでくれ、ユウ」

 

 そう口にして薄っすらと目を閉じるユウ、激闘に次ぐ激闘だったのだろう。ドンとマロニーはそんなユウに対して労いの言葉を掛けながら休息を勧めた。しかしユウがその場を離れるより早く、その衣服を掴んだ人物がいた。

 

「ユウ」

「陛下?」

 

 聖王その人である。彼女はユウの袖口を柔らかく掴むと彼を引き留めた。胸元を強く握り締めながら何かを言おうとする聖王、しかし何度か口を開閉させながらもそこから言葉が出て来ることは無く、十秒ほど苦心した聖王は一言、「明日、休息の後で構いません、時間がある時に執務室に来てください」と言った。ユウは彼女の言葉に頷いて見せ、「分かりました」と確り答えた。断る気はない、聖王の命令は絶対であるが故に。

 聖王はユウが頷いた事を確認して、そっと掴んでいた袖口を放した。心無しかその表情はどこか悲痛で、暗い覚悟を秘めている様に見えた。

 

「遠征、お疲れ様でした――今はゆっくり休んでください」

 

 

 





 いやぁ、手に汗握るバトルシーンだったなぁ……。
 
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