愛すべき吸血姫   作:トクサン

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 まさか効く薬を見つけ出すのに一ヵ月かかるとは思っていませんでした……。
 活動報告を見て頂いた方、何とか私は生きています。
 ただ薬の副作用がとんでもなくて、ホルモンバランスの崩壊やら免疫低下やら糖尿病の誘発やら……。「これ今の病気治っても私死ぬんじゃない?」という感じでした、怖い。
 取り敢えず一週間集中投薬したら症状が大分和らいだので小説投下します。ただ余り飲み続ける薬ではない様で、減薬して再発したら多分更新止まります、申し訳ない。
 寿命十年位縮んだらいやだなぁ……。


疑惑と執念

 

「陛下……」

「マロニーですか、こんな時間に……ユウが帰って来たのですから今は休むことが先決ですよ、何か話す事があるのなら明日以降にして下さい」

「いいえ陛下、今言わなければならないのです」

 

 場所は聖王の私室、ユウを出迎え彼が自室に戻った事を確認した後、聖王は僅かでも睡眠を摂る為に自室へと戻っていた。しかし其処にノックが鳴り響き、一体誰だと扉を開ければ顔を覗かせたのは評議会の一員であるマロニー。その表情は険しく、余り良い類の話ではないと容易に想像がつく。これは梃子でも動きそうにないと感じた聖王は溜息を吐き、「……紅茶でも?」と尋ねる。マロニーは無言で首を横に振り、「茶なら私が」と口にした。

 

「それで一体何の用でしょう、彼が帰還して直ぐに訪ねて来たのですから、余程重要な事なのでしょう?」

 

 マロニーを部屋に招き入れ、ベッドの脇に設置された小さな丸テーブルを挟んで対面する二人。これが他の評議会のメンバーだったら聖王は決して室内に招いたりしなかっただろう。同性であり自身への忠義が厚いマロニーだからこそ聖王は部屋に招き入れたのだ。テーブルにはマロニーが淹れた紅茶が湯気を立て、聖王は用意されたそれを音もなく啜る。そうしてマロニーが話し出すのを待っていると、彼女は何度か口をまごつかせながら恐る恐ると言った風に話し始めた。

 

「陛下、正直これは私の胸の中に留めておくつもりでした、しかし――最近の陛下を見る限り、周囲に悟られるのは時間の問題だと思い、こうして時間を頂いた次第です」

「……じれったいですね、貴方らしくもない、言いたい事があるのならハッキリ言って下さい」

 

 聖王らしからぬどこか棘のある言い方。それが単純な睡眠不足からくる苛立ちなのか、それともこれからマロニーの口にする言葉が予想出来ているからこその苛立ちなのか。それは聖王自身にも分からなかった。「では、失礼ながら――」、そう前置きしてマロニーはすっと俯いていた顔を上げ、その両の目で聖王を射抜いた。

 

「陛下――貴方はユウ・マグリットという騎士に、聊か以上に懇意が過ぎます」

「っ、マロニー、貴方……!」

「他の面々は信頼と忠義に応える王の誠実の顕れと思っているでしょうが、王よ、貴方がユウ・マグリットに向ける目は出来た臣下に向けるソレとは違う、同じ女だからこそ気付けました、貴方は普段より臣下との距離が近い、それの目を晦まされ本質を見誤っていた――ひと月、ふた月前という訳ではありますまい、一体いつからなのですか」

 

 マロニーは油断なく、まるで問い詰める様な口調でそう言った。王に対する態度としては不遜が過ぎる、しかしその瞳は自身の言葉に絶対の自信を持っていた。間違いない、王はユウ・マグリットに対して特別な感情を抱いていると。聖王は対峙するマロニーに対して腰を浮かせ、しかし数拍置いた後にゆっくりと腰を下ろした。そして深く息を吐き出すと自身の手を目元に置き深く背凭れに体重をかける。

 

「それは貴方の勘違いです――そう言ったら納得しますか?」

「いいえ、理解はしても納得は出来ません」

「そうでしょうね、貴方はそういう人だもの……そう、因みに貴方はいつ頃からそう思ったのかしら?」

 

 それは間接的にとは言え自身の感情を認める言葉。マロニーは自身の膝を強く握り締めながら、「……正直に申しますと、ユウ・マグリットが評議会入りを決めた時から薄々陛下の感情には気付いておりました」と答えた。聖王はその言葉に目を見開くと、薄く笑みを張り付けて肩を揺らす。その表情は凡そ普段の彼女からは想像もつかない程に軽薄なものだった。

 

「随分前なのね、驚いたわ」

「奴の剣技が凄まじい事は私も知っています、そして闘争に対する貪欲までな覚悟と執念、金剛石の様な精神に鋼の肉体、凡そ【武人】という言葉をあそこまで体現できる人間は彼くらいなものでしょう――しかし私にはユウ・マグリットという男が自身の人格を無理矢理『騎士』という枠内に収めている様に思えて仕方ない、そして評議会という場所は武力だけで在籍を許される程甘くはない筈、ある意味それを許しているユウ・マグリットの武が凄まじいというのは理解できますが、それのみで評議会第二席という場所に手が掛かるかと言えばそうじゃない、【評議会第二席】という言葉の意味、王である貴方が知らぬ筈がない、私が陛下の想いを確信したのは奴が第二席の椅子に座った時です」

「何を言い出すかと思えば、嫉妬かしら?」

「否定はしません」

 

 どこか皮肉る様な口調で帰って来た言葉に、マロニーは淡々とした口調で答えた。相手の内面を曝け出そうとしている以上、自身の感情を偽るような真似はしない。その覚悟を孕んだ表情を前に聖王は僅かに顔を顰めた。

 

「陛下、私は貴方の想いを否定するつもりはありません、しかし私心の為に国を動かすというのであれば、私は貴方を止めなければならない――先程、東部の国境警備隊駐屯地に居る部下から連絡がありました、『羅刹』を見たと」

「ッ!」

 

 羅刹、その言葉がマロ二ーの口から飛び出た途端、聖王は言葉に詰まって思わず目を伏せた。その反応だけでマロニーは確信する。聖王であるにも関わらず、交渉が不得手なのは評議会

 の面々が優秀である弊害だろう。マロニーは王をじっと見つめ、抑揚無く言葉を送った。

 

「貴方はユウ・マグリットの命を優先するあまり彼の忠告を無視した。陛下――近衛を動かしましたね?」

「……近衛隊は私の直轄部隊、どこで何をしようと私の自由の筈です」

「権限の観点で言うのならばそうです、何も間違いはない、しかし問題はそこではありません、羅刹が目撃された地域は東、それも国境から近場の海岸線付近です、例の【紅館】の在る場所から非常に近い、これはただの偶然ですか?」

 

 マロニーの問いかけに聖王は口を閉ざす。彼女の狙いは明らかだった、ユウ・マグリットの命惜しさに再三忠告されていた軍を一部のみとは言え動かしたのだ。これでもし襲撃など仕掛けていれば、ユウの言う通り恐ろしい怪物が国に攻め込んで来てもおかしくない。海を割り、山を砕く恐ろしい生物――そんなモノが国に攻め込んで来たら一体どれほどの損害になるのか。

 

「これはただの推測ですが――自分達から軍を動かさずとも一部の兵が紅館に『独断で』攻め入り、怪物が激怒し襲って来たとなれば神聖軍を動かす大義名分が出来ます、これならばユウ・マグリットひとりに戦わせずに済む、違いますか?」

「……貴方はユウの報告を鵜呑みにしているのですか?」

「半々という所です、戦士が戦場での事を大袈裟に語るのは世の常ですから、しかしユウ・マグリットがそんな見栄を張る様な真似をするとも思えない、そして彼の強さは本物です、その彼があそこまで追い詰められるとなると『嘘』の一言で切って捨てるには余りにも脅威が勝る――だからこそこの件は彼の言葉を信じ、ユウ・マグリットが勝利するのを待つのが最善だと判断しました」

 

 聖王は何も言わずに腕を組み、目の前のマロニーを睨みつけた。しかし彼女は主である王の視線に微塵も恐れを抱かず、怯みもしない。ややあって先に視線を逸らしたのは聖王、それから小さく呟くような声で言った。

 

「……マロニー、貴方はユウ・マグリットという騎士が敗北した姿を、今まで見た事がありますか? 彼が評議会に入った後で、です」

「評議会入りの後ですか――いいえ、一度も、諸外国との戦の時でさえ彼は余裕を持って戦っていました、彼の敗北した姿は彼の怪物が現れる前まで一度も目にした事はありません」

「そう、そうよね、彼は千の軍勢を前にしても怯まず、文字通り一騎当千の武を誇る素晴らしい騎士です、彼に与えた鎧も、剣も、盾も、全て私がドンに命じて用意して貰ったものです――少しでも彼が危険な目に遭わない様に、そうやって整えた私の籠」

 

 どこか暗い瞳でそう言葉を紡いだ聖王。マロニーは何か、自分でも良く分からない寒気が体を走り抜けるのを感じた。聖王は俯いたまま深く前のめりになると自身の腕を掻き抱き続ける。彼女の声はマロニーに語り掛けると言うよりも独白に近かった。

 

「彼の強さは良く理解しています、彼の剣術の才、弛まぬ鍛錬、そして国一番の人間に作らせた剣に盾、鎧、それだけあれば決して負けない、理想の騎士が出来上がる、そうすれば安全だと思い込んでいました――けれどそれは彼の剣が『決して負けない』事を前提にした甘えだったのです、彼を凌ぐ敵が現れた時、その剣と盾、そして彼の才が寧ろ悪いものを引き寄せてしまう、中途半端に強いから目をつけられてしまうのです、そして私は有象無象の弱兵を相手にするならば安心して待っていられます、彼は負けないと確信していますから、けれど天上の怪物を相手にさせる事は我慢ならないのです、もし彼が敗北し命を落としたら、そう考えると気が気ではないのです」

「……陛下」

 

 私はねマロニー、何があっても彼には死んで欲しくないの。

 そう言って微笑んだ聖王にマロニーは、しかし美しさや可憐さを感じる事はなかった。そこにあるのは酷く粘着質な、愛とも呼べない様な黒い何かだった。何を犠牲にしても、何を失っても構わない、ただ盲目的なまでの結果を求める瞳。『ユウ・マグリットという男が生存する為』ならば何だって利用する、そう言わんばかりの鬼気迫る圧を背負った王の姿。それを見たマロニーは無意識の内に固唾を呑み込んだ。

 

「ッ、それで国を危険に晒し、民を犠牲にしたとしてもですか……!?」

「王としての在り方を論じるつもりはないの、私は所詮ひとりの人間に過ぎない、王族として生まれ、王族として育った、貴方との違いはそれだけ、それを理解して欲しいとは言わないわ、それに――私はまだ近衛を動かしただけだもの、彼等に戦闘行為を許可した覚えはありません」

 

 そう言ってテーブルの紅茶にそっと口に運ぶ聖王。マロニーは思わず前のめりになっていた姿勢をゆっくりと戻し、それから虚空に向かって息を吐き出した。まだ我が王は理知的である、狂いに落ち話が出来なくなった訳では無い。

 

「マロニー、貴方は先程兵をけしかけて国を襲わせると言っていたけれど、話が飛躍し過ぎです、私は単純に敵の具体的な強さを知りたいだけ……動かした近衛は斥候、つまり偵察、ユウの言葉を信じないわけではないのだけれど、もし彼が敵を過大評価しているのなら幾らでもやり様はあります」

「陛下、しかし相手は――」

「戦の矜持、でしたか? 残念だけれど私は王であって騎士ではないの、正道も邪道もない、常に正しく『勝利』出来る道を選ぶ必要がある、私に矜持があるとすればソレだけ、皆が生きて幸せに暮らせる未来を掴み取る――それ以外は全て塵芥同然」

 

 カラン、と音を立ててソーサーにカップを置く。聖王は強く、そして昏い瞳でマロニーを射抜いた。立場が逆転した、今のマロニーは聖王の雰囲気に呑まれ余裕を失っている。マロニーは既に王を問い詰めるだけの気力と勇気を失っていた。そして先程の言葉、王は『皆が生きて幸せに生きる世界』と言ったが、マロニーには別の意味に聞こえて仕方なかった。彼女にとっての【皆】とは――一体、どこからどこまでだろうか?

 

「先程のユウの件、否定はしません、私は彼に特別な感情を抱いている、彼を失いたくないと心の底から思っている――けれどそれは国とて同じです、彼の損失は国の損失であり、彼ひとりに任せるという行動が最善でないと分かれば、私はそちらを迷いなく選びます」

 

 これを私心と吐き捨てるのならばそれでも構いません、けれどこれは私という人間ではない、王の判断です。そう告げて聖王は静かに席を立った。そこからは拒絶の意思がありありと感じられ、マロニーも思わず立ち上がって何事かを口にしようとした。けれど彼女自身何を言おうとしたのかすら定かでは無く、言葉は途中で遮られた。

 

「陛下、私は――」

「さぁマロニー、もう話す事はありません、今日はもう遅いのですから部屋に戻り休みなさい、明日も執務はあるのですから」

 

 背を向けたまま聖王はそう言い放つ。マロニーは暫く聖王の方へ悲し気な瞳を向けていたが、ややあって俯くと静かに一礼し部屋を後にした。部屋には聖王ひとりが残り、ゆっくりとベッドに近付いた彼女はそのまま倒れ込む。僅かな反動と柔らかな感触を体全体で感じた後、そっと呟いた。

 

「そう、何があっても彼を失う訳にはいかないんです――何があっても」

 

 

 ☆

 

 

「陛下、ユウ・マグリットです」

 

 翌日、ユリーティカとのデート――ではなく死闘を演じた疲れを存分に癒したユウは、昼頃に聖王から呼び出しを受けていた事を思い出し彼女の執務室を訪ねた。聖王である彼女の執務室は城の中でも一等高い場所に設置されている。王たるもの国を見渡せる場所に仕事場を置くべし、という訳ではないが人々の暮らしが目に入る場所を執務室にする事で自身の戒めとするのは本当らしい。先王から仕えていたという評議会古参のメンバーから聞いた話だ。

 質実剛健とも言える、余り装飾品の無い木製の扉をノックすると向こう側から「どうぞ」と声が上がった。心無しかその声色は聖王にしては元気がない様に思える。便秘だろうか。

 

「ユウ・マグリット、入室します」

「えぇ、どうぞ楽にして下さい、あぁ、今紅茶を入れますね」

 

 手慣れた動作で一礼し、そのまま執務室へと踏み込むユウ。視界の中に飛び込んで来た神聖ノイスタッド連邦のトップに恥じないだけの内装と煌びやかさを備えた一室。しかし過度な備品などは一切なく、必要なものを必要な分だけ揃える。そうでなければ一銭を惜しむという方針が見え隠れする様な機能美に溢れた部屋だった。

 

 此処に来たのは随分久しぶりだと思いつつ、「いえ、茶なら私が」とユウはテーブルに近付く。しかし彼女はニコニコと屈託のない笑顔を浮かべつつ、「偶には私にもお茶位淹れさせてください、皆さんがそうやって淹れてくれるので、お茶の淹れ方を忘れそうで」と言った。無理矢理仕事を奪うのも悪いか、本人もこう言っているし。ユウはそう考え、上司に茶を淹れて貰うという状況に微妙な居心地の悪さを覚えつつ静かに彼女の仕事が終わるのを待った。

 

「それで陛下、話と言うのは一体……」

「その前に、今日はきちんと体を休ませましたか?」

「え? あぁ……はい、流石に野営と比べればずっと良質な睡眠を摂れましたし、携帯食料ではない料理を食べる事も出来ました、心身共に問題ありません」

「そうですか、いえ、貴方は誰かが見ていないと無茶をしてしまう人ですから、少し心配で」

 

 執務室の中央に置かれた硝子テーブルと皮張りのソファ。それに腰掛けた状態で対面する二人、聖王は手元の紅茶に砂糖を零しながら穏やかな口調で言った。「それは、ご心配をお掛けして申し訳ありません」とユウは小さく頭を下げる。しかし聖王の表情はどこまでも笑顔が張り付いていて、心配していながらもそれ自体がどこか楽しいとも言いたげな雰囲気だった。何かいつもの聖王と違う、ユウは本能的な部分でそう感じ取る。しかし一体何が違うのかと聞かれると答えに困る、それは違和の正体が彼女を包み込む雰囲気だとか、空気だとか、そういう言葉に表し難い部分だったからだ。

 

 ユウは何とか聖王の違和の正体を見つけ出そうと思ったが、三秒後には何か面倒くさくなって脳内のユリーティカを愛でる作業に夢中になった。最近ユリーティカ症候群を発症した男である、仕方ないね。

 

「今日呼び出したのは他でもありません、件の紅館に住む怪物――その存在について直接戦った貴方からより詳しい話を聞いておきたいと思っていたのです」

「詳細ですか? しかし、陛下自らせずとも……」

「この件は評議会預かりとなっていますから、下手に話を大きくさせたくもありませんし、それに報告書を纏める手間がなくなるでしょう?」

「はぁ」

 

 文官としてからっきしなのでそういうモノかとユウは独りでに納得する。「それで、怪物の具体的な容姿についてですが」と聖王は問いかけ、ユウは内心で「まぁどうせ戦うのは俺だけだし、適当にそれっぽい怪物の特徴を挙げてやろう」と投げやりな思考に走った。だってユリーティカが可愛いんだもん、大体の問題はこれで免罪符になる。流石ユリーティカ、神様だもんね。

 

「そうですね……大きさは凡そ三メートル前後、体重は重く、踏み込んだ地面が軽く抉れる程度の重量はあります、肌は浅黒く瞳は真っ赤、口元からは恐ろしい牙が生え揃え、対峙するだけで押し潰されそうなプレッシャーを感じます」

「三メートル、人型だとするとかなり大きい体躯ですね」

「えぇ、そして腕は六本、目は四つ、更に隠していますが背中からは黒い翅が生えてきます、重量があるので素早い動きは苦手かと思いきや、地上では圧倒的な筋力にモノを言わせた突撃で彼我の距離を一気に詰め、空中でも馬鹿に出来ない機動力を持っています、生まれる力はかなりのモノです、盾の上からでも吹き飛ばされてしまう様な威力でした、恐らく大楯でも防ぎ切れないでしょう、下手に踏ん張れば諸共砕かれ即死します」

「黒い翅、更に複眼――前に行っていた火射無でしたか、それを考えると恐ろしい、更に空を飛べるとは、正に怪物……良くぞその様な相手から生還しましたね、ユウ」

「奴に技が無かったのが幸いでした、戦い方は基本的に筋力や肉体の頑強さに物を言わせた正面突撃、単純に強力であるが故に攻略は困難です、自惚れになりますが、私と同程度の技量が無ければ勝利するどころか、生き残る事さえ困難でしょう、奴の腕は一振りで剣を折り、鎧を砕きます、さらに距離が離れれば火射無による攻撃――凡そここまで完璧とも言える怪物は早々居ないでしょうね」

 

 我ながら何という恐ろしい存在をでっち上げたものだ。ユウは遠い目をしながらそう思った。目の前の聖王はユウの言葉を全て信じ込んでいる様な顔で、「その様な存在と……」と此方を尊敬の眼差しで見て来る。いや、流石にそんなトンデモ怪物と出会ったら自分でも危うい、というかこんなのは既に神話とか物語の存在である。勝てる勝てないの話では無く、本当にこんな生物と遭遇したら死あるのみだろう。

 自分で嘘を並べときながら何だが、こんな話本当に信じるのか? それで大丈夫か陛下。

 

「そうなると本当に国を脅かす存在となり得る怪物、そういう訳ですね……」

「えぇ、小国であれば滅ぼして尚余りある、我が連邦の力が強大だからこそ向こうも安易に動いていないのかもしれません、下手に刺激すれば国が焦土と化します」

「――仮に、仮にですが、我が神聖ノイスタッド連邦とその怪物が衝突した場合、どちらが勝利すると思いますか?」

 

 予想だにしていなかった問いかけにユウは一瞬面食らった。評議会の面々を含め、軍を動かす事には再三反対して来た。そこでこの問いかけ、もしかして神聖軍を出すつもりなのかと焦りが生じる。これはもう倍プッシュでトンデモ生物を更に上塗りするしかないとユウは捲し立てる様に言った。

 

「恐らく勝利するのは我が神聖ノイスタッド連邦でしょう、しかし被害は凄まじい数に上ると思われます、陛下、勝つ事だけを考えるのならば話は簡単です、しかし――」

「えぇ、えぇ分かっています、ですからこれは仮定の話と言いました」

「……でしたら、言わせて頂きましょう、ただの兵の剣では奴の皮膚に傷をつける事すら難しい、大筒が直撃して漸く有効打という所です、弓でも難しいでしょう、地上でも空でも凄まじい速さを誇る奴に砲撃を当てるのは至難の技です、仮に戦争になれば大勢が死にます、高々怪物一匹に国を危機に晒す必要はありません、奴は私が抑えます」

「ノイスタッド連邦神聖軍六十万の兵に加えて、周辺同盟国の援軍を含めた討伐隊を組織しても、でしょうか?」

「――正気ですか」

 

 思わずユウの頭からユリーティカの姿が抜け落ち、真っ当な口調でそう告げた。自国のみならず周辺国を巻き込んだ大規模討伐隊。聖王の言葉はそれを発足すると取れた。まさかとユウは頭を抱えたくなった、軍を出さない為に吐き続けていた『僕の考えた最強の怪物』が、自国で対処できないのなら連邦総出で掛かれば良いなどという事態を生んでしまうとは。いや、まだだ、聖王はこれをあくまで仮定の話と言っていた。そこでユウはユリーティカとの安寧――デートとも言う――を守るべく、反論を並べた。

 

「確かに奴の住処は国境の直ぐ近くです、しかし何ら関係の無い地方の国家が協力するとはとても思えません、そもそも大規模討伐隊を組織するような怪物の存在をどうやって他国に認めさせると言うのですか? こんな話、普通であれば信じられない、ただの亜人に連邦の総力を挙げて挑むなど」

「神聖ノイスタッド連邦の主である私の言葉を信じないと言うのならそれでも構いません、信じられない者を纏めて直接屋敷に向かわせ本物を見て頂きましょう、それで向こうが激昂するならばそれもまた善し、怒らせた国に責任を擦り付け軍を遣わせれば良いのです、そうすればこちらの損耗は抑えられます」

「なッ――王よ、一体どうしたというのですか!?」

 

 思わずユウは立ち上がって叫んだ。普段の王からは決して出ないであろう策略、それは聖王を名乗るには聊か過激が過ぎる。無論、ユウとて全てが全て綺麗事で上手くいくとは思っていない。しかし、それでも聖王ノイスタッド・リン・ディアンシーという人物は常に正しくあろうとあった筈だ。その覚悟と神聖さが今の彼女からは感じられない。

 

「貴女はそんな人ではない筈だ、私が見て来た敬愛すべき陛下は常に民と国に尽くし、深い慈愛と優しさに満ちていた……! 何が貴女をそこまで掻き立てるというのですか!?」

 

 立ち上がったまま王に詰め寄り、そう叫ぶユウ。

 それっぽい理由を並べてはいるが、実際の所は洋館に踏み入れられ嘘がバレてしまうのを恐れたからこんなに取り乱しているのである。お願いします、行かないで、ユリーティカの存在がばれちゃう。そうしたら皆でユリーティカ争奪戦待ったなしである、あんなに可愛いのだから人類皆が惚れてしまう事だろう。そんなの許せない、やめろユリーティカは俺だけの人だぶっ殺すぞ。

 そんな内心をおくびにも出さず、ただ真摯に聖王の豹変を案じる騎士を演じる。すると聖王であるディアンシーは肩を震わせ、俯いたまま力なく呟いた。

 

「ユウ、貴方も……マロニーの様な事を言うのですね、私を聖王として、敬愛と忠義を尽くすべき対象として見ている、そうとして見ていない」

「それは――当然の事です、我らの王は貴女以外考えられない」

「それは喜ぶべき事なのでしょう、けれど――ユウ、以前貴方は『人で在る前に騎士で在れ』と言いました、ならその言葉は王である私にも当て嵌まるのでしょうか?」

「それは……」

 

 ユウは言葉に詰まった。騎士という道に進んだのはユウ自身の選択だ、けれどノイスタッド連邦の頂点に立つ彼女は違う、生れ落ちたその時より王族としての責務を背負っていた。ユウの様に簡単に捨て去る事の出来る肩書ではない、そう考えると彼女の王としての立ち位置は自らが望んだものではなく、周囲が望んだ為に生まれたものと言えた。自らの意思では無く、他人の意志で国の頂点に立つ彼女。それは聖王から語られた初めての弱音だったのかもしれない。ユウは思わず、自分でも驚く程悲し気な声で問いかけた。

 

「陛下、貴女は――王という椅子を疎まれ、不幸だと思っているのか?」

「……いいえ、この命を貰い世に生まれ落ちた時から今まで、自身を不幸だと思った事は一度もありません、無論この王座を疎んだ事もありません、けれど王とは孤独なモノなのです、『こう在れ』と定められ、進むも退くも命懸け、私の声には万の民の生活と命が掛かっています、けれど忘れてはいませんか? 私は万物を知る神でも無ければ心を持たない屍でもありません――ただの人間なのです」

 

 その声は悲痛に満ちていた。思わず詰め寄っていたユウの体が椅子に深く座り込み、呆然と彼女を見てしまう。ユウは聖王ではない、ノイスタッド・リン・ディアンシーというひとりの人間の底を見た気がした。その時ばかりはユリーティカの笑顔を忘れた、目の前のひとりの女性に釘付けになった。

 聖王は俯いていた顔をそっと上げ、今にも泣き出しそうな顔で言った。

 

「大切な人を失いたくない、その為ならば誰とも知らぬ人間が代わりに死ねば良い――そう願ってしまう事は間違いなのですか?」

 

 それは王としては口にしてはいけない言葉だった。少なくともただの民草であれば、そう願う事はごく当然の事と言えるだろう。しかしそれが立場ある人間の言葉となると途端に言葉はその色を変える。ユウは椅子に深く座ったまま唇を噛んで、そっと目線を落とした。ここで彼女を否定する言葉を吐き出すのが酷く辛かったのだ。けれど強く閉じた瞼の裏にユリーティカの姿を浮かべ、何とか震える声で言葉を絞り出した。

 

「……ひとりの人間として言うのであれば、間違いではないのでしょう、しかし――王としては間違いだ」

「!」

 

 ユウの言葉を聞いた聖王はぐっと顔を更に歪め、目元から一筋の涙を零す。それを乱暴に拭うと、「い、今の話は聞かなかった事にして下さい」と震える声で言った。彼女は泣いていたが、それを知られまいとしているのは明らかだった。ユウはそっと視線を逸らして立ち上がる。

 

「ごめんなさい、少し体調が優れないみたいです……お話はまた今度、続きをしましょう」

「分かりました――それでは陛下」

 

 ユウはそっと一礼して執務室を後にする。後ろ手で扉を閉めた後、何か言い表す事の出来ない不快感の様なものが胸にこびり付いた。それは聖王に対するものではなく、自分自身に向けた感情だ。扉の向こうからはすすり泣く声が聞こえている様な気がした。

 ユウは暫く執務室の前で立ち尽くし、それからそっと息を三度吸い、吐き出すと。

 そのまま何も言わず執務室の前から立ち去った。

 

 

 ☆

 

 

 前回の戦闘より三日後、ユウ・マグリットは偵察の為ひとり紅館に向かった。具体的な出発時刻は他の評議会メンバーや聖王には明かさなかった。ただ一言、「近い内に偵察に出る」とだけ告げ、本戦よりも遥かに軽装な姿で城を出た。軍馬は既にユウ預かりとなっており、好きな時に持ち出す事が出来た為、ユウのフットワークは驚くほどに軽い。恐らくユウが出立した事は城門の警備兵しか気付かなかっただろう、あとは納屋の管理人位なものだ。評議会の面々による見送りも無かったし、ユウはそれで良いと思った。今回は別段戦いに行くわけではない、目的はあくまで偵察なのだから問題無いだろう。

 

 広大な平原を走りながらユウは考えた、内容は聖王と交わした言葉だ。もしや聖王は王としての限界に在るのではないだろうかと。聖王であるディアンシーが評議会の面々に愚痴を零す事は稀にあった、彼女は評議会を臣下として扱っていたが、同時に得難い友としても重宝していた故に。しかしあそこまで悲痛な面持ちで言葉を零す事は今まで一度たりともなかった。それにあんな策を口にすることも、それ程に切羽詰まった状態という事なのだろう。それに自惚れでなければ彼女は自分に対して何か、好意の様なモノを抱いている様に見えた。信頼や友情などではない、もっと男女の関わりに近いナニカ。

 

「何で今になって、こう……モテはじめるのかなぁ」

 

 思わず言葉が漏れた。独り言は軍馬の耳に届き、僅かに首を傾けた馬がふっと此方を嘲笑った様に見える。何となく腹が立ったので横腹を軽く蹴飛ばすと仕返しとばかりに揺すられ危うく滑り落ちる所だった。全く以て気に食わない馬だ。

 

 聖王との関係は良好の一言である。自分で言うのも何だが黙して語らず、全て成果を忠義として立てて来た自分である。きちんと彼女の命令には従っていたし、騎士として恥になる様な事は――ユリーティカの件を除いて――ひとつたりとも行っていない。王に顔向けできる立派な臣下であると胸を張って言えるだろう、少なくとも外面的には。

 

 問題なのはその立派な臣下が過ぎたと言う点かもしれない。やはり友人の言っていた事は正しかったのだろうか。剣も出来て薔薇も散って評議会入りしちゃったから、モテ倍プッシュで陛下の心を射止めてしまったのだろうか。やだ、俺って罪な男……。

 

「いや、でも上司と付き合うのは駄目でしょ」

 

 脳内の思考に思わず自分で口出しする。だって聖王だよ、聖王。神聖ノイスタッド連邦のトップで最高権力者、そんな存在の夫とかちょっと想像つかないし、したくない。ハッキリいってユウ・マグリットという男は格式ばった作法やルールが嫌いだった。貴族社会よりも軍の方が生きやすいと心の底から思っている人間であり、聖王の夫となった場合のあれやこれやの日常生活を想像するとどうにも耐えられそうにない。

 

 あとマロニーが怖い、聖王が自分に好意を抱いているなんて知られたら絶対に殺される。結婚して幸せな家庭を築きながら常に命を狙われるなんて正気の沙汰ではない。ユウとしては断固拒否する姿勢である。そうなるとやはりユリーティカ一択である、それ以外は考えられない、聖王と結婚とかちょっと何言っているのか分からない。「ユリーティカかなぁ、やっぱ」と口にしつつ、ユウは自身の言葉に何度も頷いた。

 

「やっぱりそうだ、ユリーティカだよな! ユリーティカ最高! 超可愛い! 結婚したい! する! というかデートは済ませたのだしこれはもう結婚していると言っても過言ではないのでは……? と言う事は二度目のデートを済ませた今はもう夫婦の関係……ふぅうう! 照れるぜッ! 今、逢いに行きますッ!」

 

 

 

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